解説

油脂中の2-/3-MCPD脂肪酸エステル類及びグリシドール脂肪酸エステル類の新規分析法開発とその応用リパーゼを活用した2-/3-MCPDEs, GEsの迅速な間接分析法

Development and Application of New Analytical Methods for Compounds Concerned about Potential Health Risks in Edible Fats and Oils.: Rapid Indirect Method Developed by Using Lipase for Simultaneous of 2-/3-MCPDEs and GEs.

Kinuko Miyazaki

宮崎 絹子

ハウス食品グループ本社株式会社研究開発本部基礎研究部

Published: 2022-08-01

3-クロロ-1,2-プロパンジオール脂肪酸エステル類(3-MCPDEs)及びグリシドール脂肪酸エステル類(GEs)は,食用油脂の精製(主に脱臭)工程において油脂の主成分であるアシルグリセロールから意図せず生成することが近年明らかとなった新規リスク物質である.当初,これら物質を正確に定量できる分析法が存在しなかったため,国内外の複数機関が分析法の開発に取り組んだ.弊社も原材料及び製品の品質保証のため分析法開発に着手し,食用油脂中のこれら物質を精度良く,迅速に同時定量できる酵素的間接分析法を開発した.本法を社外でも広く活用してもらえるよう国内外の基準法への収載するための活動,他機関への技術指導に取り組んできた.さらに,油脂含有食品中の3-MCPDEs及びGEs濃度,加熱調理中の動態を把握するための検討を行った.本稿では,酵素的間接分析法の開発及び応用事例について紹介する.

Key words: リパーゼ; 3-MCPD脂肪酸エステル類; 2-MCPD脂肪酸エステル類; グリシドール脂肪酸エステル類; 酵素的間接分析法

背景

2007~2009年,ドイツ連邦リスク評価研究所が3-MCPDEsとGEsの健康影響評価(1)1) BfR Opinion No: 007/2009, 10 March. http://www.bfr.bund.de/cm/349/initial_evaluation_of_the_assessment_of_levels_of_glycidol_fatty_acid_esters.pdf, 2009.を公表した当初,3-MCPDEsやGEsが体内で加水分解され,毒性を有する遊離型の3-MCPDやグリシドールへと変換されることが懸念された.現在,EU等では食用油脂,乳幼児用調製乳,特殊用途育児食品に含まれる3-MCPDEs及びGEsの基準値を設定・施行している(2, 3)2) European Commission: Commission regulation (EU) 2018/290 of 26 February 2018, https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32018R0290, 2018.3) European Commission: Commission regulation (EU) 2020/1322 of 23 September 2020, https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32020R1322&from=EN, 2020..リスク物質に対して,安全保証のための含有実態調査,健康影響評価,生成メカニズムの解明,低減法の確立等を迅速に行うためには,リスク物質を精度良く定量するための分析法が必要である.分析法の定まっていない新たなリスク物質が発見された際には,分析法の開発が重要度の高い課題であると考える.

当時,油脂中の3-MCPDEs, GEsの主要な分析法としてドイツ脂質科学会(DGF)標準法C-III 18(09)(4)4) Deutsche Gesellschaft für Fettwissenschaft: DGF Standard Methods C-III 18b. Deutsche Einheitsmethoden zur Untersuchung von Fetten, Fettprodukten, Tensiden und verwandten Stoffen. Wissenschaftliche Verlagsgesellschaft, Stuttgart, 2009.が用いられたが,後に,①分析精度に問題があること,②分析種間の意図しない変換が生じること,③分析感度の低さ等,複数の問題が指摘された.そのため2010年以降には各国で,食用油脂を対象とした精度の高い分析法の開発が進められてきた.現在では3-MCPDEsの位置異性体である2-クロロ-1,3-プロパンジオール脂肪酸エステル類(2-MCPDEs)も分析対象となっている.

分析法は直接分析法と間接分析法の2つに大別される(5)5) C. Crews, A. Chiodini, M. Granvogl, C. G. Hamlet, K. Hrnčiřík, J. Kuhlmann, A. Lampen, G. Scholz, R. Weißhaar, T. Wenzl et al.: Food Addit. Contam. A, 30, 11 (2012).表1表1■直接分析法と間接分析法).3-MCPDEsやGEsは結合する脂肪酸の種類,結合位置・数により,数十の類縁化合物が存在する(図1図1■エステル型分析種と遊離型分析種の構造).直接分析法は,食用油脂中のトリ・ジ・モノアシルグリセロールを2種類の固相カラムによって除去し,エステル型分析種を直接,液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS)等で分析する.この方法は2-/3-MCPDEsやGEsの各エステル型分析種について,結合する脂肪酸の種類,脂肪酸の結合位置・数を区別して定量できるため,分子構造毎に有害性を評価する場合や生成経路の解明,低減策の効果を検証する場合に有効な手段である.GEsの直接分析法は日本油化学会(JOCS)及び米国油化学会(AOCS,米国に拠点を置く,油脂,界面活性剤等に関する国際的な専門組織)による合同試験後,日本油化学会基準油脂分析試験法基準法2.4.13-2013(6)6) 日本油化学会編:基準油脂分析試験法,2.4.13-2013 2013.,及び,Joint AOCS/JOCS Official Method Cd28-10(7)7) Joint AOCS/JOCS Official Method: (Am. Oil Chem. Soc. ed.), Cd 28-10, 2013.として登録された.一方の間接分析法は,3-MCPDEs, 2-MCPDEs, GEsのエステル型分析種を各遊離型分析種へ分解後,誘導体化してガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)にて分析する.脂肪酸の種類,脂肪酸の結合位置に関わらず,3-MCPD, 2-MCPD,グリシドールの遊離型相当濃度を同時に定量できるため,必要な標準試薬の種類も少なく,簡便である.現在は間接分析法がスクリーニング分析や品質保証に主に用いられている.本論文では,間接分析法について解説する.

表1■直接分析法と間接分析法
直接分析法間接分析法
対象成分個々のエステル型分析種 
※標準試薬の存在する成分が定量できる.
3-MCPDEs, 2-MCPDEs, GEsを同時分析* 
・3-MCPDEs濃度:3-MCPD当量として定量 
・2-MCPDEs濃度:2-MCPD当量として定量 
・GEs濃度:グリシドール当量として定量
分析操作油脂試料中のトリ・ジ・モノアシルグリセロールを複数の固相カラムにて除去する.LC-MSにて分析する.油脂試料中の3-MCPDEs, 2-MCPDEs, GEsを3-MCPD, 2-MCPD, グリシドールへと加水分解する.グリシドールは3-MBPDへ臭素化する.誘導体化後,GC-MSにて分析する.
利点3-MCPDEs, 2-MCPDEs, GEsに結合する脂肪酸の種類,結合位置・数を区別して定量できる.・定量に必要な標準試薬の種類が少ない. 
・操作が簡便である.
主な基準法【GEsの直接分析法】 
Joint AOCS/JOCS Official Method Cd 28-10** 
日本油化学会基準油脂分析試験法2.4.13-2013**
【加水分解手法】
AOCS Official Method Cd 29a-13
アルカリAOCS Official Method Cd 29b-13 
AOCS Official Method Cd 29c-13*
酵素Joint JOCS/AOCS Official Method Cd 29d-19*** 
日本油化学会基準油脂分析試験法2.4.14-2016***
* AOCS Official Method Cd 29c-13の分析対象は3-MCPDEs及びGEsのみ.2-MCPDEsは対象外.
** GEs 5種類(エステルの種類:パルミチン酸,ステアリン酸,オレイン酸,リノール酸,リノレン酸)が分析対象.
***弊社の開発した分析法.

図1■エステル型分析種と遊離型分析種の構造

丸で囲んだ箇所は脂肪酸エステル類.

食用油脂を対象とした間接分析法

1. 間接分析法開発の流れ

間接分析法のエステル型分析種の分解手法として,通常は酸性やアルカリ性条件下のメタノリシスが使われるが,3-MCPDEsとGEsは類似構造であり,pHの変化により分析種間の意図しない変換が生じる.アルカリ性条件下のメタノリシス中には『3-MCPDEsや3-MCPD』から『グリシドール』への意図しない変換が進行しやすいこと(8)8) H. Sato, N. Kaze, H. Yamamoto & Y. Watanabe: J. Am. Oil Chem. Soc., 90, 1121 (2013).,一方,酸性条件かつ塩化ナトリウム(NaCl)存在下のメタノリシス中には『GEsやグリシドール』から『3-MCPD』への意図しない変換が進行しやすいこと(9, 10)9) R. Weißhaar: Eur. J. Lipid Sci. Technol., 110, 183 (2008).10) R. Weißhaar & R. Perz: Eur. J. Lipid Sci. Technol., 112, 158 (2010).が報告されている(図2図2■間接分析法開発の課題).そのため,分析法開発の最重要課題は,3-MCPDEsとGEs間の意図しない変換を防いだ分解手法の確立であった.2011~2012年には,3-MCPDEs及びGEs分解手法として,①酸,②アルカリ,③酵素を用いた新たな間接分析法がそれぞれ報告された.

図2■間接分析法開発の課題

1.1. 酸分解を特徴とする間接分析法

ユニリーバのErmacora氏とHrincirik氏の開発した方法は,油脂試料中のGEsのエポキシ構造を臭化ナトリウム(NaBr)によって開環・臭素化し,3-ブロモ-1,2-プロパンジオール脂肪酸エステル類(3-MBPDEs)へ変換し,次いで2-/3-MCPDEs, 3-MBPDEsを希硫酸・メタノール溶液中で16時間かけてメタノリシスする手法である(11)11) A. Ermacora & K. Hrncirik: J. Am. Oil Chem. Soc., 90, 1 (2013)..酸性条件下において進行しやすい『GEsやグリシドール』から『3-MCPD』への意図しない変換が生じないよう,低濃度の酸を用いて長時間かけて分解することが特徴である.

1.2. アルカリ分解を特徴とする間接分析法

SGSのKuhlmann氏が開発した方法は,低濃度のアルカリかつ低温(−22°C)条件下で2-/3-MCPDEs, GEsを16時間かけてメタノリシスする手法である.分析法とは別にメタノリシス中の3-MCPDEsからGEsへの意図しない変換の割合(変換係数)を求めて分析値を補正する.変換係数を算出するために,別途検液調製が必要である(12)12) J. Kuhlmann: Eur. J. Lipid Sci. Technol., 113, 335 (2011)..アルカリ条件下で進行しやすい『3-MCPDEsや3-MCPD』から『グリシドール』への意図しない変換を抑制するために,低温,かつ,低濃度のアルカリを用いて長時間かけて分解することが特徴である.防ぎきれない意図しない変換に関しては,変換係数により定量値を補正している.

ドイツ脂質科学会(DGF)は,分析精度に問題があることが報告されたDGF標準法C-III 18(09)を改良し,DGF C-IV 18(10)(13)13) Deutsche Gesellschaft für Fettwissenschaft: DGF Standard Methods C-IV 18 (10), 2011.を開発した.1つの油脂試料を2本の試験管に採取して2つの方法[A法,B法]で分析する.A法,B法とともにアルカリ性条件下で3.5~5.5分間メタノリシスを行う.A法の試験管には酸性のNaCl溶液,B法の試験管には酸性のNaBr溶液を加え,中和とグリシドールを塩素化[A法]または臭素化[B法]する.A法では3-MCPDEsとGEs由来の3-MCPD濃度,B法では3-MCPDEs由来のみの3-MCPD濃度を得る.B法のグリシドールの臭素化によって得られた3-MBPDは分析対象外であるため,“グリシドール濃度=[(A法の3-MCPD濃度)−(B法の3-MCPD濃度)]×[3-MCPDEsからGEsへの変換係数]”から算出する.変換係数を算出するには,別途検液調製が必要である.なお,DGF C-IV 18(10)では2-MCPDEsは分析対象外である.意図しない変換が生じても,A法では3-MCPDEsとGEsの両方を3-MCPDに変換してしまうため分析精度に影響はない.B法では3-MCPDEsからGEsへの意図しない変換は,変換係数や内標準等により補正する.

1.3. 酵素分解を特徴とする間接分析法

弊社の開発した酵素的間接分析法は,リパーゼという酵素により2-/3-MCPDEs及びGEsを0.5時間で加水分解する手法である(14)14) K. Miyazaki, K. Koyama, H. Sasako & T. Hirao: J. Am. Oil Chem, 89, 1403 (2012)..中性付近かつ水系で穏やかに加水分解できるリパーゼを用いることで,pH変化により生じやすい3-MCPDEsとGEs間の意図しない変換を防げるため,分解反応が短時間,かつ,変換係数の算出も必要としない.詳細は『2. 酵素的間接分析法の開発』に記述する.

上記で紹介した間接分析法4法は,課題であった3-MCPDEsとGEs間の意図しない変換に対して,それぞれ異なる分解手法を用いて解決した.これらの分析法は複数機関による性能評価後に,Ermacora氏とHrincirik氏の方法はAOCS Official Method Cd 29a-13(15)15) AOCS Official Method: (Am. Oil Chem. Soc. ed.), Cd 29a-13, 2013.,Kuhlmann氏の方法はAOCS Official Method Cd 29b-13(16)16) AOCS Official Method: (Am. Oil Chem. Soc. ed.), Cd 29b-13, 2013.,DGF C-IV 18(10)はAOCS Official Method Cd 29c-13(17)17) AOCS Official Method: (Am. Oil Chem. Soc. ed.), Cd 29c-13, 2013.,弊社の開発した酵素的間接分析法は日本油化学会基準油脂分析試験法基準法2.4.14-2016(18)18) 日本油化学会編,基準油脂分析試験法,2.4.14-2016 (2016).,及び,Joint JOCS/AOCS Official Method Cd 29d-19(19)19) Joint JOCS/AOCS Official Method: (Am. Oil Chem. Soc. ed.), Cd 29d-19, 2019.として登録され,現在では,油脂や食品の安全性保証のためのツールとして広く活用されている(図3図3■間接分析法4法の概略図).

図3■間接分析法4法の概略図

2. 酵素的間接分析法の開発

3-MCPDEs, GEsの健康影響評価が報告された当時,弊社でもいち早く原料油脂の安全性を評価するためにDGF標準法C-III 18(09)を用いた油脂中の3-MCPDEs, GEs分析を行った.それと並行して添加回収実験による分析法の妥当性評価を実施したが,GEs濃度が高い油脂試料では3-MCPDEs濃度は過小,GEs濃度は過大評価される問題が見つかった.そこで3-MCPDEs及びGEsを精度良く定量するための間接分析法開発に着手した(14)14) K. Miyazaki, K. Koyama, H. Sasako & T. Hirao: J. Am. Oil Chem, 89, 1403 (2012)..3-MCPDEsとGEs間の意図しない変換を防いだ分解手法を試行錯誤する中で,『意図しない変換を防ぎ』かつ『迅速に』加水分解する手法として,pH変化ではなく脂質のエステル結合を加水分解する酵素であるリパーゼの使用を試みた.リパーゼに着目した理由は下記の2点である.1つ目は,多くのリパーゼの最適pHは中性付近にあり,極端な酸性,アルカリ性pHにせずとも加水分解を行うことができるため,pH変化による3-MCPDEsとGEs間の意図しない変換を抑制できるだろうと考えたためである.2つ目はエステル型分析種の分解の迅速化である.リパーゼはその由来によって,脂肪酸の種類と結合位置,アシルグリセロール等に対して分解特異性を有するが,2-/3-MCPDEs, GEsに対する分解特異性が高いリパーゼ及びそのリパーゼに適した加水分解条件を選定することができれば,迅速に加水分解を完了できるだろうと仮説をたてた.

初めに3-MCPDEsのジエステル,モノエステル及びGEsの分解に適したリパーゼの選定を開始した.開発した分析法をルーチン分析に用いることを考慮し,検討に用いるリパーゼは安価かつ国内外で入手可能(安定供給)な試薬に絞り込んだ.3-MCPDジオレアート(3-MCPD-O/O),3-MCPD-1-オレアート(3-MCPD-1-O),グリシジルオレアート(G-O)を添加したパーム油を油脂試料として添加回収実験を行ったところ,検討に用いた6種類のリパーゼ[Candida cylindraceaC. rugosa),Aspergillus niger, Penicillium camembertii, Rhizopus oryzae, C. antarctica, Pseudomonas fluorescens]の何れを用いた場合でも,モノエステルである3-MCPD-1-O及びG-Oは5分間以内に加水分解を完了した.ジエステルである3-MCPD-O/Oに関しては,30分間以内に加水分解を完了したリパーゼはCandida cylindraceaC. rugosa)由来のみであった.そのため,油脂試料中の3-MCPDEs, GEsの加水分解に適したリパーゼとして,C. cylindracea由来のリパーゼを選定した.本分析法の加水分解に要する時間はGEsが5分間以内,2-MCPDEsのジエステルは10~15分間,3-MCPDEsのジエステルは15~20分間であった(図4図4■加水分解時間を変更した場合の3-MCPDEs, 2-MCPDEs, GEsの平均回収率(n=2)).GEsの加水分解が最も速く完了した理由として,GEsは脂肪酸が1つ結合したモノエステルであることが推測される.3-MCPDEsにおいても,モノエステルである3-MCPD-1-Oは,ジエステルである3-MCPD-O/Oよりも加水分解に要する時間は短かった.さらに,“1位と3位”に脂肪酸が結合した2-MCPDEsのジエステルの方が“1位と2位”に脂肪酸が結合した3-MCPDEsのジエステルよりも加水分解が速く完了したことから,C. cylindracea由来リパーゼは3-MCPDEsの“2位”に結合した脂肪酸の分解に最も時間を要すると考えられた.加水分解条件の確立後,3-MCPDEsとGEsを同時分析するため,グリシドールのエポキシ環を臭素により開環・臭素化して3-MBPDへと変換する条件,また,内標準の種類,誘導体化,GC-MS条件等を選定し,酵素的間接分析法を確立した.酵素的間接分析法のフローを図5図5■食用油脂(魚油を除く),及び,DHA・EPA含有油脂に適用した酵素的間接分析法の分析フローに示す.一般的な分解手法としてアルカリ・酸はよく用いられるが,今回の分析対象である3-MCPDEsとGEsはpHが変化すると意図しない変換が生じやすい.従来のアルカリ・酸による分解の反応条件(温度,濃度等)を工夫するのではなく,3-MCPDEs, GEsの新たな分解手法としてリパーゼに着目したことが,迅速・簡便な酵素的間接分析法の確立へと繋がった.

図4■加水分解時間を変更した場合の3-MCPDEs, 2-MCPDEs, GEsの平均回収率(n=2)

3-MCPD-O/O, 2-MCPD-P/P, G-Oを各20 mg/kgとなるよう添加したエキストラバージンオリブ油を試料とした.

図5■食用油脂(魚油を除く),及び,DHA・EPA含有油脂に適用した酵素的間接分析法の分析フロー

本分析法をハウス食品グループ内だけではなく,市場に流通する食品の安全性保証にも広く活用してもらえるように,2013年に日本油化学会規格試験法委員会『MCPD脂肪酸エステル等(間接法)小委員会』を設立し,酵素的間接分析法の性能評価を実施した(20)20) K. Koyama, K. Miyazaki, K. Abe, Y. Egawa, H. Kido, T. Kitta, T. Miyashita, T. Nezu, H. Nohara, T. Sano et al.: J. Oleo Sci., 65, 557 (2016)..13機関に協力いただいた性能評価の結果から酵素的間接分析法は実用に供しうる室間再現精度を有することが確認できたため,2016年に日本油化学会基準油脂分析試験法基準法2.4.14-2016「2/3-MCPD脂肪酸エステル,グリシドール脂肪酸エステル(間接分析—酵素法)」として収載された(18)18) 日本油化学会編,基準油脂分析試験法,2.4.14-2016 (2016)..2019年には,Joint JOCS/AOCS Official Method Cd 29d-19 “2-/3-MCPD Fatty Acid Esters and Glycidyl Fatty Acid Esters in Edible Oils and Fats by Enzymatic Hydrolysis”として登録された(19)19) Joint JOCS/AOCS Official Method: (Am. Oil Chem. Soc. ed.), Cd 29d-19, 2019.

3. 酵素的間接分析法の魚油への適用

酵素的間接分析法では,2-/3-MCPDEs, GEsの加水分解にC. cylindracea由来リパーゼを用いることで,エステル型分析種から遊離型分析種への分解が迅速に完了する.しかしC. cylindracea由来リパーゼはエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)に対する分解特異性は低いことが報告されている(21, 22)21) Y. Tanaka, J. Hirano & T. Funada: J. Am. Oil Chem. Soc., 69, 1210 (1992).22) K. Maruyama: Science and industry, 75, 75 (2001)..酵素的間接分析法においても,C. cylindracea由来リパーゼによる加水分解は植物油脂や魚油を除く動物油脂に主に含まれる,炭素鎖長18以下の脂肪酸が結合したエステル型分析種に対しては適しているが,DHAが結合したエステル型分析種に対する分解特異性は低い.基準油脂分析試験法基準法2.4.14-2016及びJoint JOCS/AOCS Official Method Cd 29d-19の適用範囲は,植物油脂及び“魚油を除く”動物油脂である.魚油を主成分とする食品は欧州や農林水産省の含有実態調査の対象試料としても挙げられており,魚油への適用が必要であった.DHA等が結合したエステル型分析種に対する分解特異性が高いリパーゼの選定,そのリパーゼに適した加水分解条件を検討することで魚油に適用できる酵素的間接分析法への改良を行った.検討に用いた7種類のリパーゼ[C. cylindracea, A. niger, P. camembertii, R. oryzae, C. antarctica, P. fluorescens, Burkholderia cepacia]では,C. antarctica, P. fluorescens, B. cepacia由来のリパーゼを用いた場合G-DHA(DHAが結合したGEs)を加水分解することができた.このうちB. cepacia由来リパーゼが3-MCPD-DHA/DHA(DHAが2つ結合した3-MCPDEs)の加水分解に最も適していたことから,改良法ではC. cylindracea由来リパーゼの代わりにB. cepacia由来リパーゼを加水分解に用いることとした.その他の加水分解条件の検討を行ったところB. cepacia由来リパーゼによる3-MCPD-DHA/DHAの分解は,加水分解溶液中のNaBr(グリシドールの臭素化のために添加)により抑制されたことから,NaBrの添加を加水分解前から後に変更することによって魚油への適用を可能とした(図5図5■食用油脂(魚油を除く),及び,DHA・EPA含有油脂に適用した酵素的間接分析法の分析フロー, 6図6■B. cepacia由来リパーゼを溶解した水溶液中のNaBr濃度の3-MCPDEs, GEs回収率への影響(n=2)(23)23) K. Miyazaki & K. Koyama: J. Oleo Sci., 66, 1085 (2017).

図6■B. cepacia由来リパーゼを溶解した水溶液中のNaBr濃度の3-MCPDEs, GEs回収率への影響(n=2)

3-MCPD-DHA/DHA, G-DHAを各20 mg/kgとなるよう添加したイワシ油を試料とした

魚油を対象とした酵素的間接分析法の改良法は,2017年に日本油化学会基準油脂分析試験法の奨7-2017「魚油中の2/3-MCPD脂肪酸エステル,グリシドール脂肪酸エステル(間接分析—酵素法)」(24)24) 日本油化学会編:基準油脂分析試験法,奨7-2017, 2017.,及び,Joint JOCS/AOCS Recommended Practice Cd 29e-19 “2-/3-MCPD Fatty Acid Esters and Glycidyl Fatty Acid Esters in Edible Oils and Fats by Enzymatic Hydrolysis”(25)25) Joint JOCS/AOCS Recommended Practice: (Am. Oil Chem. Soc. ed.), Cd 29e-19, 2019.として登録された.

油脂含有食品への適用と応用

1. 油脂含有食品に適した分析法の確立

油脂を原料とする食品(油脂含有食品)中の3-MCPDEs, GEs濃度や加熱調理中のこれら物質の動態を把握するために,日本国内で流通する油脂含有食品に適した分析法の確立を目指した.油脂含有食品は,糖,タンパク質や炭水化物等の脂質以外の食品成分を含むことから,食用油脂を対象とした分析法では精製が不十分となり,GC-MSが汚染される,もしくはGC-MSクロマトグラム上で分析対象物質のピークが妨害される可能性が高い.特に,AOCS Official Method Cd 29a-13, Cd 29b-13, Cd 29c-13のような有機溶媒下のメタノリシスは水の存在により妨害されるため,食品からの脂質抽出や脱水工程は必須である(26, 27)26) A. Ermacora & K. Hrncirik: Food Addit. Contam. Part A, 31, 985 (2014).27) AOCS Official Method: (Am. Oil Chem. Soc. ed.), Cd 30-15, 2016..一方,酵素的間接分析法は水系条件下の加水分解であるため,食品中の水分による妨害は少ないだろうと仮説をたてた.食用油脂を対象とした酵素的間接分析をそのまま適用できる食品範囲を確認したところ,単一試験機関であるが,マヨネーズ,マーガリン,ファットスプレッド等の高脂質含有食品については,脂質を抽出することなく分析可能であった.高タンパク・高炭水化物食品に関しては酵素的間接分析法の精製のみでは不十分であり,GC-MSクロマトグラム上に食品の夾雑成分由来のピークが検出された.水溶性の食品成分を除去するための簡易な前処理[イソオクタン,tert-ブチルメチルエーテル,エタノール,臭化ナトリウム水溶液を用いた液液分配]を追加したところ,これらの食品にも適用することができた(28)28) K. Miyazaki & K. Koyama: J. Am. Oil Chem. Soc., 93, 885 (2016).

2017年には農林水産省の平成29年度安全な農林水産物安定供給のためのレギュラトリーサイエンス研究委託事業『油脂を用いた加熱調理が,食材中の3-MCPD脂肪酸エステル類及びグリシドール脂肪酸エステル類の生成に及ぼす影響を把握するための分析法の開発』を受託し,簡易な前処理を追加した酵素的間接分析法と,欧州食品安全機関(EFSA)が報告した酸間接分析法(EFSA法)(29~31)29) T. Wenzl, V. Samaras, A. Giril, G. Buttinger, L. Karasek & Z. Zelinkova: EFSA supporting publication EN-779, 2015.30) JRC Standard Operaing Procedure, In-house validated by the EC-JRC, 2016.31) JRC TECHNICAL REPORTS: EUR 29109 EN, http://publications.jrc.ec.europa.eu/repository/bitstream/JRC110610/eur29109en_-_mvs_mcpde_and_ge_in_food_final_report.pdf, 2018.の性能を検証した.製造時に加熱する油脂含有食品として揚げせんべい,揚げ即席麺,かりんとう,ビスケット,天ぷら,冷凍鶏唐揚げの6食品を選定し,定量下限付近の濃度(0.1~0.2 mg/kg)又は検量線の中間付近の濃度(1~2 mg/kg)の3-MCPDEs, GEs試薬を添加した食品の添加回収率が80~110%内,HorRat(r)値((室内再現精度)/(Horwitz式を用いた推定室間再現精度×2/3))が2以下となることを確認した.定量下限の目標は,食品試料に対して0.025 mg/kgを目安とした.

前処理を追加した酵素的間接分析法では,中鎖脂肪酸結合3-MCPDEs, GEsを含む食品(本研究においてはビスケット)では夾雑物による定量妨害が生じたため,該当する食品を分析する際には,①加水分解時のリパーゼ量の増加,②ヘキサン洗浄前のジエチルエーテル洗浄により水層の中鎖脂肪酸を除去する工程を追加した.EFSA法は食品中の脂質を高圧溶媒抽出装置により抽出後に脱水し,AOCS Official Method Cd 29a-13の改良法(32)32) Z. Zelinkova, A. Giri & T. Wenzl: Food Control, 77, 65 (2017).にて分析する方法である.EFSA法では揚げせんべいの分析時に抽出した脂質層への水分残存が生じたため,試料と脱水剤を混合する容器を一部改良した.また,かりんとう分析時には脂質抽出率が低下したが,本研究課題内では有効な改良策が見出せなかったためEFSA法の性能評価はかりんとうを除く5食品を用いた.前処理を追加した酵素的間接分析法では添加回収率は94~99%,HorRat(r)値は0.06~0.78,改良後のEFSA法では添加回収率は96~100%,HorRat(r)値は0.14~1.05と2法とも良好な結果が得られた.本研究に用いた6食品の中で3-MCPDEs及びGEsが最も低濃度であった冷凍鶏唐揚げを,定量下限算出用の試料とした.定量下限の算出は日を変えて2回実施した(n=6, 2回分析).1回目は両分析法ともにGC-MSのメンテナンス(注入口及びイオン源の洗浄)を行った後に検液を分析し,2回目は酵素的間接分析法では,酵素的間接分析法で抽出・精製した107検体を分析後に定量下限算出用の検体を分析した.EFSA法では,EFSA法で抽出・精製した18検体を分析後に定量下限算出用の検液を分析した.定量下限は文献33に記載した方法で算出した(33)33) 農林水産省:平成29年度安全な農林水産物安定供給のためのレギュラトリーサイエンス研究委託事業,研究成果報告書,https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/regulatory_science/attach/pdf/shuryo_chem-1.pdf, 2018.

1回目[GC-MSメンテナンス後]に算出した食品中の3-MCPDEs濃度(3-MCPD当量として算出)及びGEs濃度(グリシドール当量として算出)の定量下限は,目標とする0.025 mg/kgよりも低濃度域であり良好な結果が得られた(表2表2■冷凍鶏唐揚げを試料として算出した酵素的間接分析法とEFSA法の定量下限).2回目[複数回分析後]の算出においては酵素的間接分析法の3-MCPDEs及びGEs, EFSA法の3-MCPDEsは良好であったが,EFSA法のGEsの定量下限は0.027 mg/kgと目標より高濃度であった.両分析法ともに,定量下限は装置の状態(注入口,イオン源やMS部分の汚染)が大きく影響することが考えられる.装置の汚染に大きく影響する要因は誘導体化に用いるフェニルボロン酸(PBA)試薬である.酵素的間接分析法ではPBAの検液への移行及び装置汚染を防ぐため,PBA及びPBA誘導体の抽出効率が低いヘキサンを敢えて使用している.今回の検討においても酵素的間接分析法はEFSA法と比較して,装置が汚染されづらかった.酵素的間接分析法では5日間連続で分析しても目的成分のピーク形状に影響はなかった.一方のEFSA法では,PBA誘導体化・試験溶液濃縮後の試験管内にPBAが析出し,GCバイアル内でPBAの析出が見られた検液もあった.EFSA法では3日間連続で分析を行うとピーク(特に3-MBPD-PBA及び3-MBPD-d5-PBA)がテーリングして感度も大きく低下したため,こまめにGC-MSの注入口・イオン源洗浄等が必要であった.今回の分析法に限らず,誘導体化工程を含んだ分析法を開発する場合には,GC-MSやカラム等の汚染を防いだ手法を確立することを推奨する.

表2■冷凍鶏唐揚げを試料として算出した酵素的間接分析法とEFSA法の定量下限
酵素的間接分析法EFSA法
3-MCPDEs (mg/kg)GEs (mg/kg)3-MCPDEs (mg/kg)GEs (mg/kg)
GC-MSメンテナンス直後の定量下限a)0.0020.0010.0020.008
複数検体分析後の定量下限a, b)0.0110.0100.0010.027
a) n=6, b)酵素的間接分析法は107検体,EFSA法は18検体分析後に定量下限算出用検体を分析した.

最後に13食品試料を用いて改良後の両分析法から得られた分析値を統計的に比較した結果,分析法間で有意な差は見られなかった.図7図7■酵素的間接分析法及びEFSA法を用いて分析した13食品試料中の3-MCPDEs濃度,GEs濃度の平均プロットに分析値の平均をプロット[横軸:酵素的間接分析法,縦軸:EFSA法]した結果を,表3表3■13食品のうち9食品中の3-MCPDEs濃度(3-MCPD当量),GEs濃度(グリシドール当量)の酵素的間接分析法及びEFSA法による分析値の重み付きデミング回帰分析結果.に分析値の重み付きデミング回帰分析結果を示す.3-MCPDEs, GEsともに傾きと切片の95%信頼区間はそれぞれ1, 0を含むことから,回帰分析においても酵素的間接分析法から得られた食品中の3-MCPDEs, GEsとEFSA法から得られた食品中の3-MCPDEs, GEsは同等であると判断した(33, 34)33) 農林水産省:平成29年度安全な農林水産物安定供給のためのレギュラトリーサイエンス研究委託事業,研究成果報告書,https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/regulatory_science/attach/pdf/shuryo_chem-1.pdf, 2018.34) K. Miyazaki, Y. Takagishi, K. Sakamoto, Y. Yamada & K. Koyama: J. Oleo Sci., 71, 15 (2022).

図7■酵素的間接分析法及びEFSA法を用いて分析した13食品試料中の3-MCPDEs濃度,GEs濃度の平均プロット

13食品のうち,4食品はn=2×4回,9食品はn=3×1回の平均値を使用した.

表3■13食品のうち9食品中の3-MCPDEs濃度(3-MCPD当量),GEs濃度(グリシドール当量)の酵素的間接分析法及びEFSA法による分析値の重み付きデミング回帰分析結果.
係数標準誤差a)95%信頼区間
下限上限
3-MCPDEs濃度切片0.0010.001−0.0020.003
傾き1.0040.0090.9821.025
GEs濃度切片0.0020.006−0.0110.015
傾き0.9820.0400.8871.078
a)標準偏差はジャックナイフ法によって算出した.
n=3×1回分析の結果を解析

2. 油脂含有食品の加熱調理における3-MCPDEs及びGEsの動態

農林水産省の研究委託事業では分析法の確立とともに,油脂含有食品の加熱調理において3-MCPDEs, GEs生成に影響を及ぼす要因の検討も併せて実施した.3-MCPDEs, GEsの生成の有無及び生成に寄与する要因を明らかにするため,「揚げポテトスナック」を作製し,『1. 油脂含有食品に適した分析法の確立』で述べた前処理を追加した酵素的間接分析法を用いて分析した.配合油脂や揚げ油にはパーム油を用いた.汎用的な加熱条件で加熱したところ,焼きクラッカー(ガスオーブン,200°C),揚げポテトスナック(フライヤー,160°C)ともに3-MCPDEs, GEsは新たに生成しなかった.揚げポテトスナックの揚げ油(バッチ式,作製中フライヤーに新油の継ぎ足し無し)においては,3-MCPDEsは経時的に減少し,GEsは増減しなかった(図8図8■2日間の揚げポテトスナック作製時の揚げ油(パーム油)中の3-MCPDEs濃度,GEs濃度の変移(n=3)).パーム油の代わりにこめ油を使用した揚げポテトスナックの場合も,3-MCPDEs, GEsは新たに生成しなかった.揚げ油(バッチ式)中の動態もパーム油を用いた場合と同様に,3-MCPDEsは経時的に減少し,GEsは増減しなかった.

図8■2日間の揚げポテトスナック作製時の揚げ油(パーム油)中の3-MCPDEs濃度,GEs濃度の変移(n=3)

作製途中でフライヤー内の揚げ油に新油は追加しなかった.揚げ油の温度は,製作1日目は140°C, 160°C, 100°C(休憩),180°C, 190°C,製作2日目は160°C, 120°C(休憩),190°Cと変化させた.作製1日目と2日目の間の揚げ油の温度は室温(約13°C)であった.

本研究でモデル加工食品として用いた焼きクラッカー,揚げポテトスナックに関しては,汎用的な加熱条件,時間で作製した場合は,配合油脂及び揚げ油から新たな3-MCPDEs, GEsは生成しないことが示された(33)33) 農林水産省:平成29年度安全な農林水産物安定供給のためのレギュラトリーサイエンス研究委託事業,研究成果報告書,https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/regulatory_science/attach/pdf/shuryo_chem-1.pdf, 2018.

本分析法の活用

本分析法は3-MCPDEs, GEs関連の総説論文に引用(5, 35)5) C. Crews, A. Chiodini, M. Granvogl, C. G. Hamlet, K. Hrnčiřík, J. Kuhlmann, A. Lampen, G. Scholz, R. Weißhaar, T. Wenzl et al.: Food Addit. Contam. A, 30, 11 (2012).35) W. Cheng, G. Liu, L. Wang & Z. Liu: Compr. Rev. Food Sci. Food Saf., 16, 263 (2017).,及び,Joint JOCS/AOCS Official Methodや日本基準油脂分析試験法の基準法として登録されたことで,ハウス食品グループ内での活用のみならず,他の食品メーカーや分析機関の試験法として採用され,油脂や食品の安全性保証のためのツールとして活用いただいている.昨今では,本分析法をさらに簡便に実施できるように,『前処理自動化装置』への導入を分析機器メーカーと共同で検討している(36)36) 野原健太,高桑裕史,杉立久仁代,宮崎絹子,鴨井享宏:アジレント・テクノロジー(株)アプリケーションノート5994-4497JAJP, 2022.

2018年には国際協力機構主催のタイ国別研修「水産製品における食品添加物及び汚染物質に関する検査方法」において,酵素的間接分析法の技術指導を実施した.タイ水産局の研究所を訪問し,本分析法の原理に関する講義,分析技術の指導を行った.また,水産局の研究者と協働で,タイで実施する上での課題解決を行い,本分析法をタイ水産局へ導入した.今後,タイの水産製品の品質管理への本分析法の活用が期待される.

おわりに

本研究では,エステル型分析種の加水分解の手法としてC. cylindracea由来リパーゼ,又は,B. cepacia由来リパーゼを用いることで,食品油脂及び油脂含有食品中の2-/3-MCPDEs, GEsを精度良く,かつ,迅速に定量できる酵素的間接分析法を確立できた.当初の目的は,弊社の原料・製品の安全保証のための分析法開発であったが,社内外の多くの方々にご協力,ご支援いただいたおかげで,本分析法は国内外の基準法として収載された.今後も食用油脂及び油脂含有食品中の3-MCPDEs, GEs濃度の把握,低減対策,食品製造・調理中の動態に関する研究が進められるだろう.酵素的間接分析法に関する研究が,これらの研究の進歩・発展の一助になることを期待する.

お客様に安全な食品をお届けできるよう,これからも食の安全に関する研究に取り組んでいきたい.

Reference

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2) European Commission: Commission regulation (EU) 2018/290 of 26 February 2018, https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32018R0290, 2018.

3) European Commission: Commission regulation (EU) 2020/1322 of 23 September 2020, https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32020R1322&from=EN, 2020.

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5) C. Crews, A. Chiodini, M. Granvogl, C. G. Hamlet, K. Hrnčiřík, J. Kuhlmann, A. Lampen, G. Scholz, R. Weißhaar, T. Wenzl et al.: Food Addit. Contam. A, 30, 11 (2012).

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30) JRC Standard Operaing Procedure, In-house validated by the EC-JRC, 2016.

31) JRC TECHNICAL REPORTS: EUR 29109 EN, http://publications.jrc.ec.europa.eu/repository/bitstream/JRC110610/eur29109en_-_mvs_mcpde_and_ge_in_food_final_report.pdf, 2018.

32) Z. Zelinkova, A. Giri & T. Wenzl: Food Control, 77, 65 (2017).

33) 農林水産省:平成29年度安全な農林水産物安定供給のためのレギュラトリーサイエンス研究委託事業,研究成果報告書,https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/regulatory_science/attach/pdf/shuryo_chem-1.pdf, 2018.

34) K. Miyazaki, Y. Takagishi, K. Sakamoto, Y. Yamada & K. Koyama: J. Oleo Sci., 71, 15 (2022).

35) W. Cheng, G. Liu, L. Wang & Z. Liu: Compr. Rev. Food Sci. Food Saf., 16, 263 (2017).

36) 野原健太,高桑裕史,杉立久仁代,宮崎絹子,鴨井享宏:アジレント・テクノロジー(株)アプリケーションノート5994-4497JAJP, 2022.