セミナー室

植物の低リン適応戦略肥料三要素の一つリンをめぐる知見の温故知新

Jun Wasaki

和崎

広島大学大学院統合生命科学研究科

Published: 2022-08-01

はじめに

植物の生育に必要なリンは,農耕地では肥料として与える量も多く肥料三要素の一つに数えられる.しかしながら,リン酸質肥料の原料となるリン鉱石は涸渇が懸念されており,2030年台には生産のピークを迎え,その後は減産すると試算されている(1)1) D. Cordell, J. O. Drangert & S. White: Glob. Environ. Change, 19, 292 (2009)..採掘可能なリン資源は我が国では既に払底していることから,リンの供給源は輸入に依存している.そのため,リン酸質肥料の農家購入価格は高騰しており,経営を圧迫する要因の一つとなっている.世界的にみた場合でも,リン酸質肥料の高騰によって購買力が劣る途上国において農耕地のリン不足が懸念される.その上,食糧だけでなくバイオマスとしての利用目的でリン鉱石資源の需要も高まることが予想される.リンの資源の問題は,国連の定めたSDGsにおける複数のゴールとも関連があり,社会的な問題意識としても重要性が高まっている.

植物はアニオンであるリン酸イオンとしてリンを吸収するが,植物の生育する環境である土壌を構成する鉱物はアルミニウム,カルシウム,鉄などを多く含むため,リン酸はこれらの元素に起因する陽イオンと結合したり,吸着されたりする.これにより,土壌中での化学的な特徴として,リン酸は固定されやすく,かつ移動しにくい.そのため,土壌中のリンは,存在する全体量が多くてもごく一部だけが直接吸収可能な形態でしかなく,植物は生育に必要なリンが不足する「低リン」の状況にしばしば陥る.その不足を補うため,作物生産の場面では,化学肥料あるいは堆肥等の形で農耕地に投入される.リン酸は多く与えても直接の過剰害はあまり出現しないこともあり,従来は過剰に投入される傾向にあった.このような背景から,農耕地土壌中のリン酸の蓄積は進んでおり,一部では土壌によるリン酸固定のキャパシティを超過して環境中への流出も生じている.

植物は,低リン条件に陥ると,これに適応するための戦略を有する.その戦略は,根からの吸収を高めるための戦略と,体内に保有するリンを有効利用するための戦略に大きく分けることができる.リン鉱石資源の枯渇と,土壌中のリン酸の蓄積が進んでいる現状を踏まえると,植物が有する低リンへの適応戦略を理解し,これらの仕組みを活用することは重要であろう.

本稿では,植物のもつ低リン適応戦略について,古くから知られていた知見を踏まえつつ,近年の解析技術の進展に伴ってわかってきたことを含めて概説する.

根からのリンの積極的吸収

植物は,リンを含むほとんどの栄養を根から吸収する.そのため,根の形態と機能は栄養の吸収において極めて重要である.古くより根は養分の存在を感知することが知られており,リン酸の場合にも,高い濃度で存在する領域では根の量が増える(2)2) M. C. Drew: New Phytol., 75, 479 (1975)..通常,栄養は土壌中に一様に存在するわけではなく,特にリンの場合は分子形態も含めてヘテロに存在する.このことを踏まえると,リンが不足する植物にとって,吸収可能なリン酸が多いところに根を増やす戦略は有効であるといえる.イネでは,低リン耐性の強い品種Kasalathにおいて,その耐性に関わるQTL(量的形質遺伝子座;quantitative trait loci)としてPup1が同定された(3)3) M. Wissuwa, J. Wegner, N. Ae & M. Yano: Theor. Appl. Genet., 105, 890 (2002).が,タンパク質キナーゼをコードするその原因遺伝子Pstol1は,低リン条件で根の量を増やす形質に寄与し,低リン耐性をもたらすことが明らかにされた(4)4) R. Gamuyao, J. H. Chin, J. Pariasca-Tanaka, P. Pesaresi, S. Catausan, C. Dalid, I. Slamet-Loedin, E. M. Tecson-Mendoza, M. Wissuwa & S. Heuer: Nature, 488, 535 (2012).

多くの植物では,リンが不足すると根の形態に変化が起きる.植物によってその様態は異なるが,根毛密度を増やす,側根の形成数を増やすなどの形態変化によって,根の全体量における相対的な根の表面積を増やしてリンの吸収効率を向上する(5)5) 俵谷圭太郎・和崎 淳:日本土壌肥料学雑誌,83, 173 (2012)..また,土壌中に存在するリンの多くは,植物にとって直接吸収することができない「難利用性」のリンである.植物は,難利用性リンを利用する戦略も有している.溶けにくい形態で存在する難溶性リンを溶解するために,根からクエン酸やリンゴ酸などの有機酸を分泌し,有機酸のもつキレート能により金属イオンと結合したリン酸を可溶化する(6)6) 一家崇志・森田明雄・小山博之:日本土壌肥料学雑誌,83, 449 (2012)..また,有機化合物として存在するリンも土壌中には多く存在し,表層土では20~80%を占めている(7)7) R. C. Dalai: Adv. Agron., 29, 83 (1977)..この有機態リンを利用するために,植物は根から酸性ホスファターゼを分泌し,加水分解して吸収する(8)8) 和崎 淳:日本土壌肥料学雑誌,83, 177 (2012)..さらに,陸上植物の多くは菌根菌との共生によるリンの獲得戦略を有している(9)9) 俵谷圭太郎:日本土壌肥料学雑誌,83, 620 (2012)..菌根菌と共生した植物は「菌根」とよばれる共生体を形成し,光合成産物を菌根菌に供給する.真菌である菌根菌は,菌糸を根圏の外に伸ばして,植物の根が到達しない領域からリンを吸収し,これを植物に供給する.

低リン耐性の高い植物の一部には,クラスター根やダウシフォーム根などとよばれる,特殊な根を形成するものがある(10, 11)10) 丸山隼人・和崎 淳:化学と生物,55, 189 (2017).11) 和崎 淳:日本土壌肥料学雑誌,92, 408 (2021)..クラスター根とは,1 cmほどの根の狭い範囲に20~100本程度の短い小根が側根として密に生じて試験管ブラシのような構造となったもので(12)12) C. Gallardo, B. Hufnagel, C. Casset, C. Alcon, F. Garcia, F. Divol, L. Marques, P. Doumas & B. Peret: Physiol. Plant., 165, 4 (2019).,シロバナルーピンなどマメ科の一部や,ヤマモガシ科やヤマモモ科などがこれを形成することができる(図1A, B図1■クラスター根とダウシフォーム根の様子).クラスター根では,これを形成する小根においても根毛が密に生じており,根の表面積がさらに大きくなる.表面積の拡大だけでなく,クラスター根の領域では難利用性のリン吸収に必要な各種の生理機能(高親和性リン酸トランスポーターの発現,クエン酸やリンゴ酸の分泌,酸性ホスファターゼの分泌など)が劇的に高くなることが知られている.ダウシフォーム根とは,側根のごく狭い領域が膨らみ,そこに密な根毛を形成してブラシのような構造をとったものである(図1C図1■クラスター根とダウシフォーム根の様子~E).単子葉植物のカヤツリグサ科などがダウシフォーム根を形成し,クラスター根と同様に根の表面積を拡大することとリン吸収に必要な生理機能を高めることが示されている.近年,筆者らは日本在来のカヤツリグサ科植物の多くの種がダウシフォーム根を形成し,リン吸収に寄与していることを示した(13)13) G. Masuda, H. Maruyama, H. Lambers & J. Wasaki: Plant Soil, 461, 107 (2021).

図1■クラスター根とダウシフォーム根の様子

Aヤマモガシ(Helicia cochinchinensis)成木の根元から土壌を掘り返したときに得られたクラスター根,B栽培したヤマモガシ実生が形成したクラスター根,Cダウシフォーム根形成前のコジュズスゲ(Carex macroglossa)側根,Dダウシフォーム根発達中のコジュズスゲ側根,E成熟したコジュズスゲのダウシフォーム根.Bar =1 cm (A, B), 1 mm(C, D, E).
写真:和崎 淳(A, B),枡田元気(C, D, E).

これらの特殊な根の形成を通したリンの吸収戦略は,「根圏」の拡大を通して栄養の吸収を高める機能であると理解される.根圏(rhizosphere)とは,1世紀以上前に「根の影響を受ける土壌領域」と定義された用語である(14, 15)14) L. Hiltner: Arbeiten der Deutschen Landwirtschaftlichen Gesellschaft, 98, 59 (1904).15) A. Hartmann, M. Rothballer & M. Schmid: Plant Soil, 312, 7 (2008)..根圏の概念は水耕栽培や寒天ゲル上で行われる実験的な植物栽培では意識されないことが多いが,実際に植物が生育する土壌中では極めて重要な領域と捉えられる.近年,根圏をキーワードとした論文は大幅に増加している.Web of Scienceを用いて,“rhizosphere”を含む論文検索を行った結果,“plant and root”と比較して増加割合が大きい(図2図2■根圏とリン栄養関連論文の出版割合の推移).特にこの数年の論文刊行割合の増加が顕著であるが,リン(phosphate or phosphorus)をキーワードに含むと,その増加割合がさらに大きい.根圏というキーワードがリンという栄養の動態の理解に寄与している一つの証左といえるだろう.特に,近年では次世代シーケンサが汎用化されたことに伴い,mRNAの配列を網羅的に解読するRNA-seqにより,発現する遺伝子の内訳を理解するトランスクリプトーム解析や,生物種間で保存される共通配列を対象とした網羅的なDNA配列の解析による土壌微生物群集構造解析など,多様な包括的解析を行うことが可能になった.例えば,クラスター根を形成するシロバナルーピンでも複数のRNA-seq解析が行われるなど,クラスター根で起きる劇的な生理的変化の理解が進められてきた.その結果,長らく未同定であったリン欠乏のクラスター根で機能するリンゴ酸トランスポーターが2020年に同定された(16)16) Y. Zhou, B. Neuhäuser, G. Neumann & U. Ludewig: Plant Cell Environ., 43, 1691 (2020)..本稿では植物–微生物間相互作用についてはあまり触れていないが,植物のリン栄養における微生物の寄与は大きく,その理解の進展も著しい.なお,根圏の概念は,菌根菌が共生している場合には菌糸の影響する範囲を含めて菌根圏(mycorrhizosphere),と捉えることもでき,この理解の方が実態に合っているかもしれない.