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陸棲イモリが有する神経毒テトロドトキシンの謎化合物探索によるテトロドトキシン生合成へのアプローチ

Yuta Kudo

工藤 雄大

東北大学学際科学フロンティア研究所

東北大学大学院農学研究科

Mari Yotsu-Yamashita

山下 まり

東北大学大学院農学研究科

Published: 2022-09-01

イモリは神経毒テトロドトキシン(tetrodotoxin, TTX, 1図1図1■有毒イモリから質量分析器(MS)による探索で発見されたテトロドトキシン(TTX)類縁体と環状グアニジノ化合物(抜粋))を化学防御物質として保有することで,外敵から自身および卵を守っている.TTXはもともとフグ毒として単離され,構造解析,全合成のいずれにおいても名だたる日本人研究者が貢献してきた.一方,1964年当時タリカトキシンと呼称されていたカリフォルニアイモリの毒がTTXと同一物質であると報告され,海洋魚類のフグと陸棲両生類のイモリが全く同じ毒を保有するという興味深い事実が明らかになった.海洋ではカニ,巻貝,ヒョウモンダコ,ヒラムシなどから,陸ではヤドクガエルからもTTXが検出されており,他に類を見ない複雑な化学構造と強力な毒性を持つTTXが世界各地の広範な生物種に分布していると言える.薬理学においては電位依存性ナトリウムチャネルの阻害剤として不可欠な試薬であり,今なお類縁体を含む有機合成研究が盛んに行われている.多分野で注目されるTTXであるが,大きな謎が残されている.それは自然界で誰がどの様にしてTTXを生産するか?という生合成の謎である.本稿では,陸棲イモリのTTXに焦点をあて,起源と生合成の解明に向けた研究例を我々の研究を主として概説する.

・イモリにおけるテトロドトキシンの起源

イモリのTTXの起源は内因性か外因性か長らく議論されている.内因性を支持するデータとしてサメハダイモリTaricha granulosaのTTX量が飼育下で上昇した報告などがある(1, 2)1) B. L. Cardall, E. D. Brodie Jr., E. D. Brodie III & C. T. Hanifin: Toxicon, 44, 933 (2004).2) B. G. Gall, A. N. Stokes, E. D. Brodie III & E. D. Brodie Jr.: Toxicon, 213, 7 (2022)..一方,我々は研究室で卵から孵化させ,飼育したアカハライモリCynops pyrrhogasterの毒成分を液体クロマトグラフィー–質量分析法(LC–MS)で分析し,TTXや既知類縁体が全く生産されないことを確かめた(3)3) Y. Kudo, C. Chiba, K. Konoki, Y. Cho & M. Yotsu-Yamashita: Toxicon, 101, 101 (2015)..同様の結果がAtelopus属のヤドクガエルでも報告される(4)4) J. W. Daly, W. L. Padgett, R. L. Saunders & J. F. Cover Jr.: Science, 35, 1986 (1997)..また,研究室で飼育した無毒イモリが経口投与されたTTXやその類縁体を皮などの身体組織に蓄える結果が得られている(5)5) Y. Kudo, C. Chiba, K. Konoki, Y. Cho & M. Yotsu-Yamashita: Toxicon, 137, 78 (2017)..2020年にはEisthenらによってサメハダイモリからTTX生産能を有する微生物が報告された(6)6) P. M. Vaelli, K. R. Theis, J. E. Williams, L. A. O. Connell, J. A. Foster & H. L. Eisthen: eLife, 9, e53898 (2020)..これらの報告を俯瞰すると毒は外因性と考えるのが優勢とも思われるが,未だラベル化合物の取込み実験などでTTX生産の確固たる証拠を掴んだ例は皆無である.陸上生物のTTXの起源については更なる検証が待たれる.

・陸上テトロドトキシンの生合成

起源生物の曖昧さからTTXの生合成経路は解明されておらず,生合成に関わる遺伝子や酵素,さらにTTXを構築する小分子も未決定である.故に生合成遺伝子・酵素の機能解析や取込み実験といった定法による生合成研究は現状不可能といえる.一方で我々のグループを主として天然から種々のTTX類縁体が発見されてきた(7, 8)7) M. Yotsu–Yamashita: J. Toxicol. Toxin Rev., 20, 51 (2001).8) M. Yotsu-Yamashita, Y. Abe, Y. Kudo, R. Ritson-Williams, V. J. Paul, K. Konoki, Y. Cho, M. Adachi, T. Imazu, T. Nishikawa et al.: Mar. Drugs, 11, 2799 (2013)..手がかりが乏しい状況下,それらの化学構造は生合成経路を反映した貴重な情報と捉えることができる.我々は陸上TTXの生合成経路の知見を得るために,有毒イモリから新規TTX関連化合物(生合成中間体)の探索を継続してきた.TTXの持つ官能基のほとんどが生物活性の発現に重要であり,生合成中間体には活性が無いことが予想されたため生物活性を指標とする探索は適当ではなかった.そこでLC-MSを用いてTTXと類似の化学構造を持つ化合物を探索した.本探索によって有毒イモリから種々の新規TTX類縁体が発見されたが,特に重要な成分はオキナワシリケンイモリC. ensicauda popeiより得た10-hemiketal型の類縁体(2図1図1■有毒イモリから質量分析器(MS)による探索で発見されたテトロドトキシン(TTX)類縁体と環状グアニジノ化合物(抜粋))であった(9)9) Y. Kudo, Y. Yamashita, D. Mebs, Y. Cho, K. Konoki, T. Yasumoto & M. Yotsu-Yamashita: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 14546 (2014)..化合物2はC5–C10が直接炭素–炭素結合した予期せぬ構造を持ち,その骨格がグアニジノ基とC10単位から成る事に着目して,モノテルペンに由来する生合成経路の可能性を考えた.次に,推定経路における予想生合成中間体を,LC-MSを用いて分子式を指標として探索し,2の前駆体に相当すると思われる含グアニジン6員環と5員環がシス型に縮環したCep-210(3)とCep-212(4)を発見した(図1図1■有毒イモリから質量分析器(MS)による探索で発見されたテトロドトキシン(TTX)類縁体と環状グアニジノ化合物(抜粋)(10)10) Y. Kudo, T. Yasumoto, D. Mebs, Y. Cho, K. Konoki & M. Yotsu-Yamashita: Angew. Chem. Int. Ed., 55, 8728 (2016)..さらに7員環を有するCep-228A(5),Cep-242(6),Tgr-238(7)や,新規三環性骨格を有するTgr-288(8),Tgr-210(9)など多様な環状グアニジノ化合物が発見された(図1図1■有毒イモリから質量分析器(MS)による探索で発見されたテトロドトキシン(TTX)類縁体と環状グアニジノ化合物(抜粋)(10~13)10) Y. Kudo, T. Yasumoto, D. Mebs, Y. Cho, K. Konoki & M. Yotsu-Yamashita: Angew. Chem. Int. Ed., 55, 8728 (2016).11) Y. Kudo & M. Yotsu-Yamashita: J. Nat. Prod., 82, 1656 (2019).12) Y. Kudo, C. T. Hanifin, Y. Kotaki & M. Yotsu-Yamashita: J. Nat. Prod., 83, 2706 (2020).13) Y. Kudo, C. T. Hanifin & M. Yotsu-Yamashita: Org. Lett., 23, 3513 (2021)..なお,名古屋大学の西川らによって24の合成研究が報告されている(14, 15)14) M. Adachi, T. Miyasaka, Y. Kudo, K. Sugimoto, M. Yotsu-Yamashita & T. Nishikawa: Org. Lett., 21, 780 (2019).15) T. Miyasaka, M. Adachi & T. Nishikawa: Org. Lett., 23, 9232 (2021)..いずれもグアニジン&モノテルペンの骨格を有しており,geranyl guanidineのような共通の前駆体から多岐の成分が生成する経路が考えられた(図1図1■有毒イモリから質量分析器(MS)による探索で発見されたテトロドトキシン(TTX)類縁体と環状グアニジノ化合物(抜粋)).

図1■有毒イモリから質量分析器(MS)による探索で発見されたテトロドトキシン(TTX)類縁体と環状グアニジノ化合物(抜粋)

また,これらの化合物は属や生息地を超えてTTX含有イモリに遍在する傾向があり,かつ無毒イモリから一切検出されないことからTTXと関連があると考えられる.このように化合物探索を通じて生合成経路の知見を蓄積してきたが,本稿のタイトルの通りイモリの毒は未だ謎に包まれており,今後の検証が大きな課題である.なお,フグからはイモリと異なりスピロ環状グアニジノ化合物が発見されている(16)16) N. Ueyama, K. Sugimoto, Y. Kudo, K. I. Onodera, Y. Cho, K. Konoki, T. Nishikawa & M. Yotsu-Yamashita: Chemistry, 24, 7250 (2018)..また,視点を変えるとグアニジノ基を有するテルペノイドは植物や藍藻の生物活性成分,海綿のサンゴ成長阻害剤など,数は多くないものの報告例がある(17~19)17) B. Sullivan, D. J. Faulkner & L. Webb: Science, 221, 1175 (1983).18) L. O. Regasini, I. Castro-Gamboa, D. H. S. Silva, M. Furlan, E. J. Barreiro, P. M. P. Ferreira, C. Pessoa, L. V. C. Lotufo, M. O. De Moraes, M. C. M. Young et al.: J. Nat. Prod., 72, 473 (2009).19) S. Mo, A. Krunic, S. D. Pegan, S. G. Franzblau & J. Orjala: J. Nat. Prod., 72, 2043 (2009)..しかしいずれも生合成に関する知見がほとんどなく,未踏の研究対象として興味深い.イモリのテトロドトキシンの研究がグアニジノテルペノイドの新展開にも成り得ると期待している.

Reference

1) B. L. Cardall, E. D. Brodie Jr., E. D. Brodie III & C. T. Hanifin: Toxicon, 44, 933 (2004).

2) B. G. Gall, A. N. Stokes, E. D. Brodie III & E. D. Brodie Jr.: Toxicon, 213, 7 (2022).

3) Y. Kudo, C. Chiba, K. Konoki, Y. Cho & M. Yotsu-Yamashita: Toxicon, 101, 101 (2015).

4) J. W. Daly, W. L. Padgett, R. L. Saunders & J. F. Cover Jr.: Science, 35, 1986 (1997).

5) Y. Kudo, C. Chiba, K. Konoki, Y. Cho & M. Yotsu-Yamashita: Toxicon, 137, 78 (2017).

6) P. M. Vaelli, K. R. Theis, J. E. Williams, L. A. O. Connell, J. A. Foster & H. L. Eisthen: eLife, 9, e53898 (2020).

7) M. Yotsu–Yamashita: J. Toxicol. Toxin Rev., 20, 51 (2001).

8) M. Yotsu-Yamashita, Y. Abe, Y. Kudo, R. Ritson-Williams, V. J. Paul, K. Konoki, Y. Cho, M. Adachi, T. Imazu, T. Nishikawa et al.: Mar. Drugs, 11, 2799 (2013).

9) Y. Kudo, Y. Yamashita, D. Mebs, Y. Cho, K. Konoki, T. Yasumoto & M. Yotsu-Yamashita: Angew. Chem. Int. Ed., 53, 14546 (2014).

10) Y. Kudo, T. Yasumoto, D. Mebs, Y. Cho, K. Konoki & M. Yotsu-Yamashita: Angew. Chem. Int. Ed., 55, 8728 (2016).

11) Y. Kudo & M. Yotsu-Yamashita: J. Nat. Prod., 82, 1656 (2019).

12) Y. Kudo, C. T. Hanifin, Y. Kotaki & M. Yotsu-Yamashita: J. Nat. Prod., 83, 2706 (2020).

13) Y. Kudo, C. T. Hanifin & M. Yotsu-Yamashita: Org. Lett., 23, 3513 (2021).

14) M. Adachi, T. Miyasaka, Y. Kudo, K. Sugimoto, M. Yotsu-Yamashita & T. Nishikawa: Org. Lett., 21, 780 (2019).

15) T. Miyasaka, M. Adachi & T. Nishikawa: Org. Lett., 23, 9232 (2021).

16) N. Ueyama, K. Sugimoto, Y. Kudo, K. I. Onodera, Y. Cho, K. Konoki, T. Nishikawa & M. Yotsu-Yamashita: Chemistry, 24, 7250 (2018).

17) B. Sullivan, D. J. Faulkner & L. Webb: Science, 221, 1175 (1983).

18) L. O. Regasini, I. Castro-Gamboa, D. H. S. Silva, M. Furlan, E. J. Barreiro, P. M. P. Ferreira, C. Pessoa, L. V. C. Lotufo, M. O. De Moraes, M. C. M. Young et al.: J. Nat. Prod., 72, 473 (2009).

19) S. Mo, A. Krunic, S. D. Pegan, S. G. Franzblau & J. Orjala: J. Nat. Prod., 72, 2043 (2009).