今日の話題

アブラムシと赤とんぼの深い繋がりの発見アブラムシのカロテノイド生合成遺伝子の機能解明

Norihiko Misawa

三沢 典彦

石川県立大学生物資源工学研究所遺伝子機能学研究室

Published: 2022-09-01

カロテノイドは光酸化等の活性酸素による障害から生物を守る役割を担う黄~橙~赤色の天然色素であり,植物(高等植物,シダ,コケ)や藻類(緑藻,褐藻,紅藻,珪藻等)及び一部の微生物[細菌,アーキア(古細菌),真菌(カビ,酵母等)]により生産される(1, 2)1) W. Stahl & H. Site: Biochim. Biophys. Acta, 1740, 101 (2004).2) G. Britton, S. Liaaen-Jensen & H. Pfander: “Carotenoids: Handbook”, Birkhäuser Verlag, 2004..一方,動物界に属する生物はカロテノイドを生合成できないので,自らの健康を維持するために,植物等カロテノイド産生生物由来のものを摂取する必要がある.節足動物のアブラムシやハダニは,農業や園芸上厄介な害虫であるが,これらがカロテノイド生合成遺伝子(真菌から由来したCrtYBCrtI遺伝子)を例外的に染色体内に保持していることが,それぞれ,エンドウヒゲナガアブラムシ(the pea aphid;Acyrthosiphon pisum)及びナミハダニ(Tetranychus urticae)のゲノム解析研究等を通して2010年(3)3) N. A. Moran & T. Jarvik: Science, 328, 624 (2010).及び2011年(4)4) M. Grbić, T. Van Leeuwen, R. M. Clark, S. Rombauts, P. Rouzé, V. Grbić, E. J. Osborne, W. Dermauw, P. C. T. Ngoc, F. Ortego et al.: Nature, 479, 487 (2011).に明らかにされた.2013年には,虫こぶを作るタマバエ(Asteromyia carbonifera)にも同じ生合成遺伝子があることが報告された(5)5) C. Cobbs, J. Heath, J. O. Stireman III & P. Abbot: Mol. Phylogenet. Evol., 68, 221 (2013)..なお,カロテノイド産生真菌では,CrtYBCrtI遺伝子の働きにより,材料となるGGPP(ゲラニルゲラニル二リン酸;geranylgeranyl diphosphate)からβ-カロテン[β-Carotene(慣用名);β,β-Carotene(IUPAC semi-systematic name)]が主に生合成されるが,アブラムシ,ハダニ,タマバエにおける相同遺伝子も同様の動きをしていると考えられた.アブラムシ(エンドウヒゲナガアブラムシ)由来の全カロテノイド生合成遺伝子の機能は2021年に解明された(6)6) M. Takemura, T. Maoka, T. Koyanagi, N. Kawase, R. Nishida, T. Tsuchida, M. Hironaka, T. Ueda & N. Misawa: BMC Zoology, 6, 1 (2021)..その結果,アブラムシが持つ全カロテノイドをGGPPから作るために4つの遺伝子(ApCrtYB1, ApCrtYB3, ApCrtI2, ApTor)が必要であること,そのうちの1つのApCrtYB3遺伝子はアブラムシだけで進化しており,β-Carotene等β-環を持つカロテノイド以外に,γ-環を持つ特殊なカロテノイド[β,γ-Carotene(主要成分),γ,γ-Carotene, γ,ψ-Carotene(マイナー成分);これらをγ-carotenoidsと呼ぶ]をリコペン(Lycopene; ψ,ψ-Carotene)から作る機能を持つことが見出された(図1図1■エンドウヒゲナガアブラムシにおけるカロテノイド生合成遺伝子の機能,及びカロテノイド生合成経路(6)6) M. Takemura, T. Maoka, T. Koyanagi, N. Kawase, R. Nishida, T. Tsuchida, M. Hironaka, T. Ueda & N. Misawa: BMC Zoology, 6, 1 (2021)..なお,γ-カロテン(γ-Carotene; β,ψ-Carotene)は,ここで言うγ-carotenoidsとは全くの別物なので注意されたい.興味深いことに,50年以上も昔に,γ,γ-Caroteneがアブラムシ(Macrosiphum liliodendri)から単離され同定されていた(2)2) G. Britton, S. Liaaen-Jensen & H. Pfander: “Carotenoids: Handbook”, Birkhäuser Verlag, 2004..ところがその後,γ-環ではなくε-環を持つカロテノイド[α-カロテン(α-Carotene; β,ε-Carotene)等]がアブラムシに含まれるという,間違いと思われる報告が2021年まで続いた(3, 6)3) N. A. Moran & T. Jarvik: Science, 328, 624 (2010).6) M. Takemura, T. Maoka, T. Koyanagi, N. Kawase, R. Nishida, T. Tsuchida, M. Hironaka, T. Ueda & N. Misawa: BMC Zoology, 6, 1 (2021)..γ-carotenoidsはε-環を持つカロテノイドとよく似た化学的挙動を示すことがその原因であろう.たとえば,β,γ-Caroteneとα-CaroteneとのUV-可視,MS及びMS/MSスペクトルはほとんど同じである.また,γ-carotenoidsは1977年には,ナナホシテントウムシ(Coccinella septempunctata)に含まれることが見出された(2)2) G. Britton, S. Liaaen-Jensen & H. Pfander: “Carotenoids: Handbook”, Birkhäuser Verlag, 2004..当時なぜこの昆虫がこんな特殊なカロテノイドを持っているかはわからなかったが,今回,それがアブラムシ由来であることが明らかとなった.

図1■エンドウヒゲナガアブラムシにおけるカロテノイド生合成遺伝子の機能,及びカロテノイド生合成経路

アキアカネ(Sympetrum frequens)は,3,000年前に始まった日本の稲作文化の発展と風土に適応して繁栄してきたと考えられ,今世紀に入りその個体数を急減させるまでは(7)7) 上田哲行,神宮寺 寛:TOMBO, 55, 1 (2013).,赤とんぼと言えばアキアカネを意味するほどに日本人にとって最も身近な昆虫の1つであった[したがって,アキアカネを赤とんぼ(the red dragonfly)と呼びたい].図2図2■赤とんぼ(アキアカネ)の生活環,及びアブラムシ由来のカロテノイドの寄与率に赤とんぼの生活環を示した.赤とんぼは夏の始まりに羽化するとすぐに1,000 m級の高原・山に移動し,そこで盛んに小型の節足動物を摂取しつつ涼しい夏を過ごして成熟成虫となり,秋に繫殖のために平野部に戻ってくる.

図2■赤とんぼ(アキアカネ)の生活環,及びアブラムシ由来のカロテノイドの寄与率

筆者らは,特殊なカロテノイドであるγ-carotenoidsが,アブラムシをめぐる食物連鎖の生態的指標となると考え,いくつかの節足動物のカロテノイドを定量した.その結果,アブラムシを好んで食べるササグモ(Oxyopes sertatus)やナナホシテントウムシは言うに及ばず,赤とんぼ(胴部の赤色は,カロテノイドとは別の色素)やジョロウグモ(Nephila clavata)にもγ-carotenoidsが含まれていることがわかり,アブラムシからの食物連鎖が実証された(6)6) M. Takemura, T. Maoka, T. Koyanagi, N. Kawase, R. Nishida, T. Tsuchida, M. Hironaka, T. Ueda & N. Misawa: BMC Zoology, 6, 1 (2021)..γ-carotenoids含量から計算したアブラムシ由来のカロテノイドの寄与率は,ササグモ27%,ナナホシテントウムシ(成虫)61%,ジョロウグモ5%となり,赤とんぼでは,ヤゴ0%,羽化直後の未熟成虫0%,高原・山での未熟成虫12%,秋の平野部での成熟成虫44%となった(図2図2■赤とんぼ(アキアカネ)の生活環,及びアブラムシ由来のカロテノイドの寄与率).赤とんぼは夏期に過ごす高原・山で,飛翔したアブラムシを多量に捕食していると考えられた.さらに,赤とんぼの糞中に,マメクロアブラムシ(the black bean aphid;Aphis fabae)の細胞内共生細菌であるSerratia symbioticaが見出された(6)6) M. Takemura, T. Maoka, T. Koyanagi, N. Kawase, R. Nishida, T. Tsuchida, M. Hironaka, T. Ueda & N. Misawa: BMC Zoology, 6, 1 (2021)..以上の結果は,アブラムシと赤とんぼ(成虫)の間には,食物連鎖を通した深い繋がりがあることを初めて示すものである.また,赤とんぼ(成虫)を含む前述の肉食の節足動物は,日光の下でも活動的であるが,アブラムシから得たカロテノイド等を利用して光酸化障害から自らを守っているものと推察される.

Reference

1) W. Stahl & H. Site: Biochim. Biophys. Acta, 1740, 101 (2004).

2) G. Britton, S. Liaaen-Jensen & H. Pfander: “Carotenoids: Handbook”, Birkhäuser Verlag, 2004.

3) N. A. Moran & T. Jarvik: Science, 328, 624 (2010).

4) M. Grbić, T. Van Leeuwen, R. M. Clark, S. Rombauts, P. Rouzé, V. Grbić, E. J. Osborne, W. Dermauw, P. C. T. Ngoc, F. Ortego et al.: Nature, 479, 487 (2011).

5) C. Cobbs, J. Heath, J. O. Stireman III & P. Abbot: Mol. Phylogenet. Evol., 68, 221 (2013).

6) M. Takemura, T. Maoka, T. Koyanagi, N. Kawase, R. Nishida, T. Tsuchida, M. Hironaka, T. Ueda & N. Misawa: BMC Zoology, 6, 1 (2021).

7) 上田哲行,神宮寺 寛:TOMBO, 55, 1 (2013).