解説

ヒト・動物の腸内に生息する嫌気性細菌の代謝機能ビフィズス菌やメタン菌の代謝機能から応用研究への展開

Metabolic Functions of Anaerobic Bacteria in the Intestines of Humans and Animals: From Metabolic Functions of Bifidobacteria and Methanogens to the Application Research

Chihaya Yamada

山田 千早

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻

Published: 2022-09-01

嫌気的な環境は,水田や深海といった自然環境から,身近なところではヒト・動物の消化管内にまで広く分布している.そこに生息する嫌気性細菌は,様々な基質を利用可能であり発酵や嫌気呼吸によってエネルギーを獲得する.本稿では,二つの内容について解説する.前半にヒトの腸内細菌,特に乳児期から離乳期にかけて形成される腸内フローラにおいて機能する糖質加水分解酵素の局在から見る腸内細菌の種間関係について解説する.後半では,メタン菌などの嫌気性細菌が持つ細胞外電子伝達について解説する.

Key words: ヒトミルクオリゴ糖; ビフィズス菌; メタン菌; 腸内細菌; 嫌気性細菌

腸内細菌が持つ糖質加水分解酵素の局在から見る利用方法の違い

1. 乳児型ビフィズス菌が持つ母乳中に含まれるヒトミルクオリゴ糖を分解する酵素

母乳中には,重合度3以上のオリゴ糖が初乳中には20 g/L程度,常乳中には10 g/L程度含まれており,ヒトミルクオリゴ糖とよばれている.ヒトミルクオリゴ糖はヒトの母乳に特異的であり,ヒトミルクオリゴ糖とひとことで言っても様々な種類のオリゴ糖があり,特徴となるのがラクト-N-ビオースI(ガラクトースとN-アセチルグルコサミンがβ1-3結合した2糖,以下LNB)を構成成分とするものである(1)1) T. Urashima, J. Hirabayashi, S. Sato & A. Kobata: Trends Glycosci. Glycotechnol., 30, SE51 (2018)..ヒトミルクオリゴ糖の生理機能の一つとして,腸管内におけるビフィズス菌の選択的増殖作用が明らかとなってきた(2, 3)2) P. Thomson, D. A. Medina & D. Garrido: Food Microbiol., 75, 37 (2018).3) M. Sakanaka, A. Gotoh, K. Yoshida, T. Odamaki, H. Koguchi, J. Z. Xiao, M. Kitaoka & T. Katayama: Nutrients, 12, 71 (2020)..ヒトミルクオリゴ糖は乳児の栄養にはならずに腸まで届き,ヒトミルクオリゴ糖の代謝酵素を特異的に持っているビフィズス菌が代謝する.ヒトミルクオリゴ糖の代謝経路の中で最も重要な酵素が,ヒトミルクオリゴ糖からLNBを切り出す酵素『ラクト-N-ビオシダーゼ(以下LNBase)』である.ビフィズス菌由来のLNBaseは主に菌体外に局在しており,菌体外でヒトミルクオリゴ糖からLNBを切り出し自身もLNBを取り込みつつ,近くに存在する他の腸内細菌も利用可能になることが予想される.

2008年には2種の乳児型ビフィズス菌Bifidobacterium bifidum JCM 1254とB. longum subsp. longum JCM 1217のみがLNBase活性を有していると報告されていた(4)4) J. Wada, T. Ando, M. Kiyohara, H. Ashida, M. Kitaoka, M. Yamaguchi, H. Kumagai, T. Katayama & K. Yamamoto: Appl. Environ. Microbiol., 74, 3996 (2008)..最初にB. bifidum由来のLNBase(LnbB)が発見され立体構造が報告された(4, 5)4) J. Wada, T. Ando, M. Kiyohara, H. Ashida, M. Kitaoka, M. Yamaguchi, H. Kumagai, T. Katayama & K. Yamamoto: Appl. Environ. Microbiol., 74, 3996 (2008).5) T. Ito, T. Katayama, M. Hattie, H. Sakurama, J. Wada, R. Suzuki, H. Ashida, T. Wakagi, K. Yamamoto, K. A. Stubbs et al.: J. Biol. Chem., 288, 11795 (2013)..その後B. longumのLNBase(LnbX)が発見されたが,LnbXのアミノ酸配列は全く新規なものであった(6)6) H. Sakurama, M. Kiyohara, J. Wada, Y. Honda, M. Yamaguchi, S. Fukiya, A. Yokota, H. Ashida, H. Kumagai, M. Kitaoka et al.: J. Biol. Chem., 288, 25194 (2013)..LnbX触媒ドメイン31-625の立体構造を分解能1.82 Åで反応生成物LNBとの複合体構造として決定し,構造情報に基づいて反応メカニズムが明らかにされた(図1図1■Bifidobacterium longum subsp. longum由来のGH136に属するヒトミルクオリゴ糖分解酵素ラクト-N-ビオシダーゼ(LnbX)の結晶構造(7)7) C. Yamada, A. Gotoh, M. Sakanaka, M. Hattie, K. A. Stubbs, A. Katayama-Ikegami, J. Hirose, S. Kurihara, T. Arakawa, M. Kitaoka et al.: Cell Chem. Biol., 4, 515 (2017)..触媒ドメインの構造が明らかにされたことにより,当時新たなGlycoside hydrolase family 136を提唱するに至った(http://www.cazy.org/GH136.html).また,反応に重要なアミノ酸残基を明らかにしたことで,これまで乳児型のビフィズス菌のみがLNBase活性を有すると考えられていたが,ビフィズス菌以外のヒト腸内細菌も活性を有していることが示唆され,新規なGH136 LNBaseの発見にもつながる研究となった.このことについては次の項目で解説する.

図1■Bifidobacterium longum subsp. longum由来のGH136に属するヒトミルクオリゴ糖分解酵素ラクト-N-ビオシダーゼ(LnbX)の結晶構造

菌体外にLNBaseを持つB. longum JCM1217や様々な菌体外酵素を持つB. bifidumは,LNBaseによって分解された部分分解物を菌体外に一時的に生成してから取り込む方法を取っていることから,近くに存在する他の腸内細菌も利用可能である(図2図2■代表的な乳児型ビフィズス菌4種によるヒトミルクオリゴ糖分解経路(8)8) S. Asakuma, E. Hatakeyama, T. Urashima, E. Yoshida, T. Katayama, K. Yamamoto, H. Kumagai, H. Ashida, J. Hirose & M. Kitaoka: J. Biol. Chem., 286, 34583 (2011)..その一方で,B. infantisは菌体外にLNBaseを持っておらず,ヒトミルクオリゴ糖を丸ごと取り込む多くのトランスポーターを持っているため取り込んだ後に菌体内の分解酵素によって分解し代謝する.このことから,乳児の腸内に生息するビフィズス菌とひとことで言ってもヒトミルクオリゴ糖を利用する方法が異なっている.B. bifidumのようなビフィズス菌を仮に利他的なタイプとすると,それとは対照的にB. infantisのようなビフィズス菌を利己的なタイプとすると,どちらのタイプが生存に有利なのか興味深い(9)9) 山田千早:生物工学会誌,93, 627 (2015)..その後,様々な分解酵素を菌体外に持っているB. bifidumをヒトミルクオリゴ糖と一緒に糞便に添加するともともとビフィズス菌が少ない糞便に対して全体のビフィズス菌の割合が増えるということが示された(10)10) A. Gotoh, T. Katoh, M. Sakanaka, Y. Ling, C. Yamada, S. Asakuma, T. Urashima, Y. Tomabechi, A. Katayama-Ikegami, S. Kurihara et al.: Sci. Rep., 8, 13958 (2018)..このことからプレバイオティクスとして期待されているヒトミルクオリゴ糖とプロバイオティクスであるB. bifidumを同時に摂取すると乳児や成人の腸内にビフィズス菌が増える可能性が期待される報告となった.

図2■代表的な乳児型ビフィズス菌4種によるヒトミルクオリゴ糖分解経路

母乳中に多く含まれているヒトミルクオリゴ糖の一つである,ラクトースにフコースが結合したフコシルラクトースは,乳児の腸内にビフィズス菌を増やすために重要であるという報告がある.フコシルラクトースを利用できるビフィズス菌が定着している乳児の糞便中にはビフィズス菌の占有率や酢酸濃度が高くpHが低いことが報告され,フコシルラクトースを取り込むトランスポーターが重要であることが示された(11)11) T. Matsuki, K. Yahagi, H. Mori, H. Matsumoto, T. Hara, S. Tajima, E. Ogawa, H. Kodama, K. Yamamoto, T. Yamada et al.: Nat. Commun., 7, 11939 (2016)..最近,乳児型ビフィズス菌B. longum subsp. infantis由来のフコシルラクトーストランスポーター(FL transporter-1およびFL transporter-2)の特異性が明らかにされた(12)12) M. Sakanaka, M. E. Hansen, A. Gotoh, T. Katoh, K. Yoshida, T. Odamaki, H. Yachi, Y. Sugiyama, S. Kurihara, J. Hirose et al.: Sci. Adv., 5, eaaw7696 (2019). doi: 10.1126/sciadv.aaw7696..FL transporter-1はフコシルラクトース(2’-フコシルラクトースおよび3-フコシルラクトース)の取り込みに関わっていることがわかり,FL transporter-2はフコシルラクトースに加えて,ラクトースに2つのフコースが結合したラクト-N-ジフコテトラオース,ラクト-N-テトラオースにフコースが結合したLNFP Iの取り込みにも関与することが明らかにされた.乳児糞便に生息しているビフィズス菌のゲノムを調べたところFL transporter-2を持つものがほどんどだったことから,ビフィズスフローラ形成に重要な役割を果たしていることが推察された.

ヒトミルクオリゴ糖は国内ではまだ粉ミルクに添加されていないが,国内でもヒトミルクオリゴ糖を安価に合成する方法が開発されている.それに関しては,阪中らの解説文を参照されたい(13)13) 阪中幹祥,片山高嶺:化学と生物,58,386(2020).

2. 離乳期から早期段階において腸内に定着するために成人型腸内細菌が持つ酵素

ヒトミルクオリゴ糖を分解する酵素であるLNBaseは乳児の腸内にいるビフィズス菌だけが持っているとこれまで考えられてきたが,最近になってBacillota門(旧Firmicutes門)に属する腸内細菌Roseburia属細菌やEubacterium属細菌がLNBaseを持ちヒトミルクオリゴ糖を利用することがわかってきた(14)14) M. J. Pichler, C. Yamada, B. Shuoker, C. Alvarez-Silva, A. Gotoh, M. L. Leth, E. Schoof, T. Katoh, M. Sakanaka, T. Katayama et al.: Nat. Commun., 11, 3285 (2020)..それらの腸内細菌は腸内で酪酸を生成することでヒトの健康に寄与することが示唆されている.ヒトミルクオリゴ糖を利用可能なのは乳児型ビフィズス菌に加えて,その後の離乳期,つまりビフィズス菌優勢だった乳児の腸内細菌叢から一部の細菌が置き換わり成熟した成人の腸内環境へと移行する時期にRoseburia属細菌やEubacterium属細菌といった酪酸を生成する腸内細菌がヒトミルクオリゴ糖を利用する機能を有しており,腸内細菌叢形成初期の段階で腸管において有利に増殖しているのではないかと考えられる.Roseburia属細菌やEubacterium属細菌由来の新規なLNBaseのうち,Eubacterium属細菌由来LNBase(ErLnb136)の結晶構造を分解能2.0 Åで反応生成物LNBとの複合体構造を明らかにした(図3図3■ヒト腸内細菌Eubacterium ramulus由来のGH136に属するヒトミルクオリゴ糖分解酵素ラクト-N-ビオシダーゼ(ErLnb136)の結晶構造).ErLnb136以外の他のGH136に属するLNBaseが活性を有する形に折りたたまれるためには,上流または下流に存在する隣接する遺伝子にコードされている専用のシャペロンを必要とするのに対し,ErLnb136は必要としないこと,その代わりとなるシャペロン様の配列がErLnb136のN末端ドメイン(ErLnb136I)に存在することがわかった(図3図3■ヒト腸内細菌Eubacterium ramulus由来のGH136に属するヒトミルクオリゴ糖分解酵素ラクト-N-ビオシダーゼ(ErLnb136)の結晶構造左).構造解析の結果からN末端ドメインのY145が活性中心に近い位置に存在し,活性に重要であることが示された(図3図3■ヒト腸内細菌Eubacterium ramulus由来のGH136に属するヒトミルクオリゴ糖分解酵素ラクト-N-ビオシダーゼ(ErLnb136)の結晶構造右下).N末端ドメイン(ErLnb136I)がC末端の活性ドメイン(ErLnb136II)のフォールディングに関わっているかどうか今後明らかにしたいと考えている.

図3■ヒト腸内細菌Eubacterium ramulus由来のGH136に属するヒトミルクオリゴ糖分解酵素ラクト-N-ビオシダーゼ(ErLnb136)の結晶構造

これまで報告されているGH136に属するLNBaseのほとんどは菌体外に局在する一方で,ErLnb136は菌体内に局在する点も異なる(図4図4■ビフィズス菌だけでなく様々な腸内細菌が持つヒトミルクオリゴ糖分解酵素の局在と関係性).つまりEubacterium属細菌はラクト-N-テトラオースを菌体内に取り込んだ後にLNBaseを作用させてLNBを菌体内で切り出しており,ラクト-N-テトラオースを丸ごと取り込んだ後に菌体内で末端から徐々に切って単糖にしていく乳児型ビフィズス菌B. infantisとは異なる方法で利用している点も興味深い.Firmicutes門に属する他の腸内細菌,Tyzzerella nexilisClostridium nexile),Ruminococcus lactarisもGH136に属するLNBaseを持ち,培養実験においてLNTを利用することが示された(図4図4■ビフィズス菌だけでなく様々な腸内細菌が持つヒトミルクオリゴ糖分解酵素の局在と関係性(15)15) C. Yamada, T. Katayama & S. Fushinobu: Biosci. Biotechnol. Biochem., 86, 464 (2022)..これらは成人の糞便から単離された成人型の腸内細菌として知られているが,上述したRoseburia属細菌やEubacterium属細菌と同様,母乳やミルクから離乳食へと食が変化する時期である離乳期という早期から優勢して腸内に定着するためにヒトミルクオリゴ糖分解酵素と代謝酵素を持っているのではないかと考えられる.

図4■ビフィズス菌だけでなく様々な腸内細菌が持つヒトミルクオリゴ糖分解酵素の局在と関係性

3. サルのビフィズス菌が持つミルクオリゴ糖分解酵素

GH136に属するLNBase遺伝子をデーターベース上から探してみると,実はヒトだけでなくサルから単離されたビフィズス菌もLNBase遺伝子を持っていることがわかってきた(15)15) C. Yamada, T. Katayama & S. Fushinobu: Biosci. Biotechnol. Biochem., 86, 464 (2022)..サルの仲間の中でも,新世界ザルと呼ばれるマーモセットやタマリンのビフィズス菌ゲノム上にGH136に属するLNBaseと推定される遺伝子が存在している.その一方で,それらよりもヒトに近いゴリラ由来のビフィズス菌B. moukalabenseのゲノム上には現段階でLNBase類似遺伝子が見つかっていない.

乳児型ビフィズス菌由来のGH136に属するLNBase(LnbX)は,母乳中に含まれているヒトに特異的なヒトミルクオリゴ糖を構成するLNBを切り出す機能があるが,ミルクオリゴ糖の組成は哺乳動物ごとで異なり,LNBを構成成分とするミルクオリゴ糖はヒトの母乳に多く含まれており,その他の哺乳動物はLNB(Gal-β1,3-GlcNAc)ではなくLacNAc(Gal-β1,4-GlcNAc)を構成成分とするミルクオリゴ糖が多いことがわかっている(1, 16)1) T. Urashima, J. Hirabayashi, S. Sato & A. Kobata: Trends Glycosci. Glycotechnol., 30, SE51 (2018).16) 浦島 匡,片山高嶺,福田健二:生化学,92, 307 (2020)..今回発見したアカテタマリン由来のビフィズス菌(B. saguini)が持つLNBase(BsaX)がアカテタマリンの腸内でミルクオリゴ糖の分解に寄与しているか,食べ物に含まれる糖質化合物の分解に寄与しているかは不明である.BsaXは,LnbXと80%前後のidentityを示し,in vitro実験ではLNBを切り出す活性があり,サルのミルクオリゴ糖の構成成分として多く含まれるLAcNAを切り出す活性が無いことも確認している(15)15) C. Yamada, T. Katayama & S. Fushinobu: Biosci. Biotechnol. Biochem., 86, 464 (2022)..また,130種類以上の分子種が含まれるヒトミルクオリゴ糖のうち数種のみの分子種に対する活性の有無について基質特異性を調べたところLnbXと全く同じであることが示された.マーモセットやタマリンの腸内にいるビフィズス菌が何のためにLNBase遺伝子を持っているのか.ミルクオリゴ糖の中に少量含まれているラクト-N-テトラオースを分解するために哺乳期から持っているのかもしれないが,その前後の遺伝子を見てみると,糖を分解する酵素群があることがわかった.これらの遺伝子は,GH42 β-galactosidase, GH30_2 xylan 1,4-β-xylosidase, GH31 α-glucosidase, GH3 β-glucosidaseなど,マーモセットやタマリンが食べる物に含まれる糖化合物を分解するためにそれらの酵素群がLNBaseと協働して分解するのではないかと予想している.今後はミルクオリゴ糖だけでなく他の様々な糖化合物に対しても活性を示すかどうか調べることで本来の基質となる糖化合物が何なのかが明らかとなり,タマリンの腸内に生息するビフィズス菌がLNBase遺伝子を持つ意義の解明につながる.

嫌気性細菌が持つ細胞外電子伝達

1. メタン生成に関わる細胞外電子伝達

メタン(CH4)は無臭の気体であり,様々な嫌気環境において発生している.温室効果ガスとしても知られており,牛のゲップからメタンが出ているということも知られているように,その中でも家畜の消化管内容物は重要なメタン発生源の一つである.また,メタンは有用なエネルギー源としても知られており,メタン発酵技術は家畜の排泄物や生ゴミなどの有機性廃棄物からメタンガスとしてエネルギー回収することを可能とし持続可能な社会の構築において欠かせない技術である.

有機性廃棄物の中には,脂質やタンパク質,糖質などの高分子化合物が含まれており,発酵性細菌が高分子化合物を加水分解し,脂肪酸やアミノ酸,単糖から短鎖脂肪酸を生成,さらに共生細菌が短鎖脂肪酸を分解する際に水素(電子)とCO2を生成する.最終的に水素資化性メタン菌が水素とCO2からメタンを生成する(図5図5■多種多様な嫌気性細菌群集が担うメタン生成過程).メタン菌の中には,酢酸からメタンを直接生成する酢酸資化性メタン菌もいる.このように複雑な有機性化合物をメタンにまで分解するために様々な種類の細菌が複合的に関わって分解していることがわかっている.また,温度による影響として中温性のメタン発酵は細菌種の多様性が豊かであり安定性が高いのに対し,高温メタン発酵は処理速度が早いのが利点であるが,中温のものよりも短鎖脂肪酸が蓄積しやすいため安定化・高効率化については課題が残されている(17)17) 野池達也:“メタン発酵”,技報堂出版,2009..その律速反応となっているのが最終段階を担う短鎖脂肪酸を酸化する共生細菌と水素からメタンを生成するメタン菌との水素を介した種間関係である(18)18) 加藤創一郎,渡邉一哉:化学と生物,47, 253 (2009)..水素が溶液中を拡散する速度は遅く,共生細菌とメタン菌が近くに存在しないとこの反応は進行しない.そこで,共生細菌から電子のままメタン菌に電子が渡ってメタンが生成されれば,有機酸の分解が効率的に進行すると考えられ,導電性物質を介した電気共生(electric syntrophy)が発見された(19)19) S. Kato, K. Hashimoto & K. Watanabe: Environ. Microbiol., 14, 1646 (2012)..実際に中温のメタン生成微生物群集に,導電性酸化鉄を添加することで,酢酸やエタノールの分解が促進されてメタン生成が促進されることが示された.Geobacter属細菌とMethanosarcina属細菌やMethanobacterium属細菌が電気共生を担っていると考えられている.その後,他の導電性物質,例えばグラファイトやグラフェンを介して行われることも報告されている(20, 21)20) K. Igarashi, E. Miyako & S. Kato: Front. Microbiol., 10, 3068 (2020).21) P. Gahlot, B. Ahmed, S. B. Tiwari, N. Aryal, A. Khursheed, A. A. Kazmi & V. K. Tyagi: Environ. Technol. Innov., 20, 101056 (2020).

図5■多種多様な嫌気性細菌群集が担うメタン生成過程

筆者らは,導電性酸化鉄マグネタイトを高温メタン発酵汚泥に添加することで,酢酸およびプロピオン酸の分解促進がみられることを明らかにした(22)22) C. Yamada, S. Kato, Y. Ueno, M. Ishii & Y. Igarashi: J. Biosci. Bioeng., 119, 678 (2014)..高温条件においても中温条件で知られていたマグネタイトによる微生物間の電子移動反応促進(電気共生)が生じていること,酢酸分解菌Tepidanaerobacter属細菌およびメタン菌Methanosarcina属細菌が電気共生を行っていることを示した(図6図6■酢酸からのメタン生成を促進させるマグネタイトを介した電気共生関係).短鎖脂肪酸の蓄積が問題となっていた高温メタン発酵において,マグネタイトの添加により酢酸およびプロピオン酸分解に伴うメタン生成を促進させるという結果は,高温メタン発酵の安定化・高効率化につながり,実用的プロセスを考える上で重要な知見となった.また,電子を受け取る側の高温メタン菌Methanosarcina thermophilaが鉄還元能を有し,不溶性の酸化鉄に電子を渡すことが可能であるという新規な機能を明らかにした(23)23) C. Yamada, S. Kato, S. Kimura, M. Ishii & Y. Igarashi: FEMS Microbiol. Ecol., 89, 637 (2014)..これに関連して,メタン菌の細胞外電子伝達が機能するためにどのようなタンパク質が関わっているのか興味深い(24)24) T. Uchiyama, K. Ito, K. Mori, H. Tsurumaru & S. Harayama: Appl. Environ. Microbiol., 76, 1783 (2010).

図6■酢酸からのメタン生成を促進させるマグネタイトを介した電気共生関係

近年,日本国内だけでなく諸外国においてもメタン発酵に導電性物質(繊維や金属)を添加してメタン発酵の効率化が試みられている(21)21) P. Gahlot, B. Ahmed, S. B. Tiwari, N. Aryal, A. Khursheed, A. A. Kazmi & V. K. Tyagi: Environ. Technol. Innov., 20, 101056 (2020)..実際に実験室レベルで観察されていた現象が,応用されてメタン発酵リアクターに実用化される日は近いのではないか.

2. 微生物燃料電池に応用される細胞外電子伝達

上述したような導電性物質を介した細胞外電子伝達機構の研究が盛んに行われてきたのは,不溶性の酸化鉄に電子を渡すことができるGeobacter属細菌とShewenella属細菌が発見されたことに遡る(25)25) D. R. Lovley, D. E. Holmes & K. P. Nevin: Adv. Microb. Physiol., 49, 219 (2004).Geobacter属細菌は絶対嫌気性菌であるのに対し,通性嫌気性菌であるShewenella属細菌も有名な鉄還元菌であり,それらは菌体外にシトクロムcから構成されるナノワイヤーや導電性pilliを使って電子を細胞外に渡すことが可能となる(26)26) D. R. Lovley: Nat. Rev. Microbiol., 4, 497 (2006).

ごく最近,中性環境で微好気条件では鉄を酸化し,嫌気条件では鉄を還元することでエネルギーを獲得できる興味深い微生物が筑波の酸化鉄マットから発見された(27)27) S. Kato & M. Ohkuma: Microbiol. Spectr., 9, e00161 (2021)..これまで単独で鉄を酸化も還元もできる微生物は,pHの低い酸性の環境で生育する好酸性の種に限られていた.地球に豊富に存在する鉄は,有用な電子伝達体であり,生命誕生の歴史とは切り離せない.細胞外電子伝達を有している微生物を利用して微生物燃料電池が開発され,水田に電極をさして発電させることが可能となり,また廃水処理においては有機性廃棄物を効率的に分解するという点からも注目されている技術である.

お わ り に

本項で解説したビフィズス菌とメタン菌は,ヒトなど動物の腸内において共存している.腸内環境で酢酸や酪酸などの短鎖脂肪酸が生成され酸性環境に偏るとメタン菌は生育できなくなる.実際に日本人の腸内にはビフィズス菌が多く,メタン菌が少ないという特徴があると言われている(28)28) S. Nishijima, W. Suda, K. Oshima, S. W. Kim, Y. Hirose, H. Morita & M. Hattori: DNA Res., 23, 125 (2016)..イタリアのサルデーニャ島では,メタン菌が長寿のヒトの腸内に多いという報告もされており,長寿におけるメタン菌の寄与について関心がもたれる(29)29) L. Wu, T. Zeng, A. Zinellu, S. Rubino, D. J. Kelvin & C. Carru: mSystems, 4, e00325 (2019)..このようなメタゲノム解析からわかる腸内細菌の解析結果も比較解析や全体像を把握する上で重要な研究結果であるが,実際に腸内で生息する腸内細菌種を単離して純粋培養し様々な資化性試験や共培養実験を行って比較解析すること,また最終的には無菌マウスに投与して宿主に対する影響について調べる実験を行うことでヒトや動物にとって有用な腸内細菌かどうか調べる研究の重要性には変わりないと考える.

今回解説したような個々の嫌気性細菌が有する新規な代謝機能を理解することで,嫌気性細菌群集を制御するために添加する物質を変えて群集全体を制御することに興味を持って研究を行っている.嫌気性細菌の代謝機能という基礎的な研究から応用研究への展開が期待される.

Reference

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