解説

ヒト・動物の腸内に生息する嫌気性細菌の代謝機能ビフィズス菌やメタン菌の代謝機能から応用研究への展開

Metabolic Functions of Anaerobic Bacteria in the Intestines of Humans and Animals: From Metabolic Functions of Bifidobacteria and Methanogens to the Application Research

Chihaya Yamada

山田 千早

東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命工学専攻

Published: 2022-09-01

嫌気的な環境は,水田や深海といった自然環境から,身近なところではヒト・動物の消化管内にまで広く分布している.そこに生息する嫌気性細菌は,様々な基質を利用可能であり発酵や嫌気呼吸によってエネルギーを獲得する.本稿では,二つの内容について解説する.前半にヒトの腸内細菌,特に乳児期から離乳期にかけて形成される腸内フローラにおいて機能する糖質加水分解酵素の局在から見る腸内細菌の種間関係について解説する.後半では,メタン菌などの嫌気性細菌が持つ細胞外電子伝達について解説する.

Key words: ヒトミルクオリゴ糖; ビフィズス菌; メタン菌; 腸内細菌; 嫌気性細菌

腸内細菌が持つ糖質加水分解酵素の局在から見る利用方法の違い

1. 乳児型ビフィズス菌が持つ母乳中に含まれるヒトミルクオリゴ糖を分解する酵素

母乳中には,重合度3以上のオリゴ糖が初乳中には20 g/L程度,常乳中には10 g/L程度含まれており,ヒトミルクオリゴ糖とよばれている.ヒトミルクオリゴ糖はヒトの母乳に特異的であり,ヒトミルクオリゴ糖とひとことで言っても様々な種類のオリゴ糖があり,特徴となるのがラクト-N-ビオースI(ガラクトースとN-アセチルグルコサミンがβ1-3結合した2糖,以下LNB)を構成成分とするものである(1)1) T. Urashima, J. Hirabayashi, S. Sato & A. Kobata: Trends Glycosci. Glycotechnol., 30, SE51 (2018)..ヒトミルクオリゴ糖の生理機能の一つとして,腸管内におけるビフィズス菌の選択的増殖作用が明らかとなってきた(2, 3)2) P. Thomson, D. A. Medina & D. Garrido: Food Microbiol., 75, 37 (2018).3) M. Sakanaka, A. Gotoh, K. Yoshida, T. Odamaki, H. Koguchi, J. Z. Xiao, M. Kitaoka & T. Katayama: Nutrients, 12, 71 (2020)..ヒトミルクオリゴ糖は乳児の栄養にはならずに腸まで届き,ヒトミルクオリゴ糖の代謝酵素を特異的に持っているビフィズス菌が代謝する.ヒトミルクオリゴ糖の代謝経路の中で最も重要な酵素が,ヒトミルクオリゴ糖からLNBを切り出す酵素『ラクト-N-ビオシダーゼ(以下LNBase)』である.ビフィズス菌由来のLNBaseは主に菌体外に局在しており,菌体外でヒトミルクオリゴ糖からLNBを切り出し自身もLNBを取り込みつつ,近くに存在する他の腸内細菌も利用可能になることが予想される.

2008年には2種の乳児型ビフィズス菌Bifidobacterium bifidum JCM 1254とB. longum subsp. longum JCM 1217のみがLNBase活性を有していると報告されていた(4)4) J. Wada, T. Ando, M. Kiyohara, H. Ashida, M. Kitaoka, M. Yamaguchi, H. Kumagai, T. Katayama & K. Yamamoto: Appl. Environ. Microbiol., 74, 3996 (2008)..最初にB. bifidum由来のLNBase(LnbB)が発見され立体構造が報告された(4, 5)4) J. Wada, T. Ando, M. Kiyohara, H. Ashida, M. Kitaoka, M. Yamaguchi, H. Kumagai, T. Katayama & K. Yamamoto: Appl. Environ. Microbiol., 74, 3996 (2008).5) T. Ito, T. Katayama, M. Hattie, H. Sakurama, J. Wada, R. Suzuki, H. Ashida, T. Wakagi, K. Yamamoto, K. A. Stubbs et al.: J. Biol. Chem., 288, 11795 (2013)..その後B. longumのLNBase(LnbX)が発見されたが,LnbXのアミノ酸配列は全く新規なものであった(6)6) H. Sakurama, M. Kiyohara, J. Wada, Y. Honda, M. Yamaguchi, S. Fukiya, A. Yokota, H. Ashida, H. Kumagai, M. Kitaoka et al.: J. Biol. Chem., 288, 25194 (2013)..LnbX触媒ドメイン31-625の立体構造を分解能1.82 Åで反応生成物LNBとの複合体構造として決定し,構造情報に基づいて反応メカニズムが明らかにされた(図1図1■Bifidobacterium longum subsp. longum由来のGH136に属するヒトミルクオリゴ糖分解酵素ラクト-N-ビオシダーゼ(LnbX)の結晶構造(7)7) C. Yamada, A. Gotoh, M. Sakanaka, M. Hattie, K. A. Stubbs, A. Katayama-Ikegami, J. Hirose, S. Kurihara, T. Arakawa, M. Kitaoka et al.: Cell Chem. Biol., 4, 515 (2017)..触媒ドメインの構造が明らかにされたことにより,当時新たなGlycoside hydrolase family 136を提唱するに至った(http://www.cazy.org/GH136.html).また,反応に重要なアミノ酸残基を明らかにしたことで,これまで乳児型のビフィズス菌のみがLNBase活性を有すると考えられていたが,ビフィズス菌以外のヒト腸内細菌も活性を有していることが示唆され,新規なGH136 LNBaseの発見にもつながる研究となった.このことについては次の項目で解説する.

図1■Bifidobacterium longum subsp. longum由来のGH136に属するヒトミルクオリゴ糖分解酵素ラクト-N-ビオシダーゼ(LnbX)の結晶構造

菌体外にLNBaseを持つB. longum JCM1217や様々な菌体外酵素を持つB. bifidumは,LNBaseによって分解された部分分解物を菌体外に一時的に生成してから取り込む方法を取っていることから,近くに存在する他の腸内細菌も利用可能である(図2図2■代表的な乳児型ビフィズス菌4種によるヒトミルクオリゴ糖分解経路(8)8) S. Asakuma, E. Hatakeyama, T. Urashima, E. Yoshida, T. Katayama, K. Yamamoto, H. Kumagai, H. Ashida, J. Hirose & M. Kitaoka: J. Biol. Chem., 286, 34583 (2011)..その一方で,B. infantisは菌体外にLNBaseを持っておらず,ヒトミルクオリゴ糖を丸ごと取り込む多くのトランスポーターを持っているため取り込んだ後に菌体内の分解酵素によって分解し代謝する.このことから,乳児の腸内に生息するビフィズス菌とひとことで言ってもヒトミルクオリゴ糖を利用する方法が異なっている.B. bifidumのようなビフィズス菌を仮に利他的なタイプとすると,それとは対照的にB. infantisのようなビフィズス菌を利己的なタイプとすると,どちらのタイプが生存に有利なのか興味深い(9)9) 山田千早:生物工学会誌,93, 627 (2015)..その後,様々な分解酵素を菌体外に持っているB. bifidumをヒトミルクオリゴ糖と一緒に糞便に添加するともともとビフィズス菌が少ない糞便に対して全体のビフィズス菌の割合が増えるということが示された(10)10) A. Gotoh, T. Katoh, M. Sakanaka, Y. Ling, C. Yamada, S. Asakuma, T. Urashima, Y. Tomabechi, A. Katayama-Ikegami, S. Kurihara et al.: Sci. Rep., 8, 13958 (2018)..このことからプレバイオティクスとして期待されているヒトミルクオリゴ糖とプロバイオティクスであるB. bifidumを同時に摂取すると乳児や成人の腸内にビフィズス菌が増える可能性が期待される報告となった.

図2■代表的な乳児型ビフィズス菌4種によるヒトミルクオリゴ糖分解経路

母乳中に多く含まれているヒトミルクオリゴ糖の一つである,ラクトースにフコースが結合したフコシルラクトースは,乳児の腸内にビフィズス菌を増やすために重要であるという報告がある.フコシルラクトースを利用できるビフィズス菌が定着している乳児の糞便中にはビフィズス菌の占有率や酢酸濃度が高くpHが低いことが報告され,フコシルラクトースを取り込むトランスポーターが重要であることが示された(11)11) T. Matsuki, K. Yahagi, H. Mori, H. Matsumoto, T. Hara, S. Tajima, E. Ogawa, H. Kodama, K. Yamamoto, T. Yamada et al.: Nat. Commun., 7, 11939 (2016)..最近,乳児型ビフィズス菌B. longum subsp. infantis由来のフコシルラクトーストランスポーター(FL transporter-1およびFL transporter-2)の特異性が明らかにされた(12)12) M. Sakanaka, M. E. Hansen, A. Gotoh, T. Katoh, K. Yoshida, T. Odamaki, H. Yachi, Y. Sugiyama, S. Kurihara, J. Hirose et al.: Sci. Adv., 5, eaaw7696 (2019). doi: 10.1126/sciadv.aaw7696..FL transporter-1はフコシルラクトース(2’-フコシルラクトースおよび3-フコシルラクトース)の取り込みに関わっていることがわかり,FL transporter-2はフコシルラクトースに加えて,ラクトースに2つのフコースが結合したラクト-N-ジフコテトラオース,ラクト-N-テトラオースにフコースが結合したLNFP Iの取り込みにも関与することが明らかにされた.乳児糞便に生息しているビフィズス菌のゲノムを調べたところFL transporter-2を持つものがほどんどだったことから,ビフィズスフローラ形成に重要な役割を果たしていることが推察された.

ヒトミルクオリゴ糖は国内ではまだ粉ミルクに添加されていないが,国内でもヒトミルクオリゴ糖を安価に合成する方法が開発されている.それに関しては,阪中らの解説文を参照されたい(13)13) 阪中幹祥,片山高嶺:化学と生物,58,386(2020).

2. 離乳期から早期段階において腸内に定着するために成人型腸内細菌が持つ酵素

ヒトミルクオリゴ糖を分解する酵素であるLNBaseは乳児の腸内にいるビフィズス菌だけが持っているとこれまで考えられてきたが,最近になってBacillota門(旧Firmicutes門)に属する腸内細菌Roseburia属細菌やEubacterium属細菌がLNBaseを持ちヒトミルクオリゴ糖を利用することがわかってきた(14)14) M. J. Pichler, C. Yamada, B. Shuoker, C. Alvarez-Silva, A. Gotoh, M. L. Leth, E. Schoof, T. Katoh, M. Sakanaka, T. Katayama et al.: Nat. Commun., 11, 3285 (2020)..それらの腸内細菌は腸内で酪酸を生成することでヒトの健康に寄与することが示唆されている.ヒトミルクオリゴ糖を利用可能なのは乳児型ビフィズス菌に加えて,その後の離乳期,つまりビフィズス菌優勢だった乳児の腸内細菌叢から一部の細菌が置き換わり成熟した成人の腸内環境へと移行する時期にRoseburia属細菌やEubacterium属細菌といった酪酸を生成する腸内細菌がヒトミルクオリゴ糖を利用する機能を有しており,腸内細菌叢形成初期の段階で腸管において有利に増殖しているのではないかと考えられる.Roseburia属細菌やEubacterium属細菌由来の新規なLNBaseのうち,Eubacterium属細菌由来LNBase(ErLnb136)の結晶構造を分解能2.0 Åで反応生成物LNBとの複合体構造を明らかにした(図3図3■ヒト腸内細菌Eubacterium ramulus由来のGH136に属するヒトミルクオリゴ糖分解酵素ラクト-N-ビオシダーゼ(ErLnb136)の結晶構造).ErLnb136以外の他のGH136に属するLNBaseが活性を有する形に折りたたまれるためには,上流または下流に存在する隣接する遺伝子にコードされている専用のシャペロンを必要とするのに対し,ErLnb136は必要としないこと,その代わりとなるシャペロン様の配列がErLnb136のN末端ドメイン(ErLnb136I)に存在することがわかった(図3図3■ヒト腸内細菌Eubacterium ramulus由来のGH136に属するヒトミルクオリゴ糖分解酵素ラクト-N-ビオシダーゼ(ErLnb136)の結晶構造左).構造解析の結果からN末端ドメインのY145が活性中心に近い位置に存在し,活性に重要であることが示された(図3図3■ヒト腸内細菌Eubacterium ramulus由来のGH136に属するヒトミルクオリゴ糖分解酵素ラクト-N-ビオシダーゼ(ErLnb136)の結晶構造右下).N末端ドメイン(ErLnb136I)がC末端の活性ドメイン(ErLnb136II)のフォールディングに関わっているかどうか今後明らかにしたいと考えている.

図3■ヒト腸内細菌Eubacterium ramulus由来のGH136に属するヒトミルクオリゴ糖分解酵素ラクト-N-ビオシダーゼ(ErLnb136)の結晶構造

これまで報告されているGH136に属するLNBaseのほとんどは菌体外に局在する一方で,ErLnb136は菌体内に局在する点も異なる(図4図4■ビフィズス菌だけでなく様々な腸内細菌が持つヒトミルクオリゴ糖分解酵素の局在と関係性).つまりEubacterium属細菌はラクト-N-テトラオースを菌体内に取り込んだ後にLNBaseを作用させてLNBを菌体内で切り出しており,ラクト-N-テトラオースを丸ごと取り込んだ後に菌体内で末端から徐々に切って単糖にしていく乳児型ビフィズス菌B. infantisとは異なる方法で利用している点も興味深い.Firmicutes門に属する他の腸内細菌,Tyzzerella nexilisClostridium nexile),Ruminococcus lactarisもGH136に属するLNBaseを持ち,培養実験においてLNTを利用することが示された(図4図4■ビフィズス菌だけでなく様々な腸内細菌が持つヒトミルクオリゴ糖分解酵素の局在と関係性(15)15) C. Yamada, T. Katayama & S. Fushinobu: Biosci. Biotechnol. Biochem., 86, 464 (2022)..これらは成人の糞便から単離された成人型の腸内細菌として知られているが,上述したRoseburia属細菌やEubacterium属細菌と同様,母乳やミルクから離乳食へと食が変化する時期である離乳期という早期から優勢して腸内に定着するためにヒトミルクオリゴ糖分解酵素と代謝酵素を持っているのではないかと考えられる.