解説

魚醤の製造プロセス検討と細菌叢解析魚醤の研究動向

Examination of Fish Sauce Preparation and Analysis of Microbiota: Research Trends in Fish Sauce

Seiji Noma

野間 誠司

佐賀大学教育研究院自然科学域農学系生物資源利用学分野,鹿児島大学大学院連合農学研究科

Published: 2022-09-01

一般に発酵食品は特定のスターター微生物を添加し,発酵過程に生じる微生物叢や分解物,代謝物の変遷を安定化させて製造される.しかし魚醤においてはスターターを添加せず,多量の塩(食塩>20%)のみによって微生物叢の制御を図る場合が多く,発酵過程の安定性や作製期間の長さなどに課題を残す.魚醤の研究は発酵期間の短縮や減塩など製造プロセスの改良を中心に行われてきたが,近年,次世代シーケンサーや質量分析技術が魚醤の発酵過程中の細菌叢や代謝物の解析に適用され始めた.今後,これらが融合していくことで魚醤発酵過程の全貌解明と製造工程の効率化・安定化につながると期待される.

Key words: 魚醤; 作製プロセス; 細菌叢

はじめに

魚醤は半年間以上にわたり,20%以上の高塩濃度下(一般に食塩を使用)で魚を分解・発酵させて製造される調味料である.特に東南アジアで広く製造・消費されており,タイのナンプラーやベトナムのニョクマムは世界的に知られている.日本国内では秋田県の「しょっつる」,石川県の「いしる」,香川県の「いかなご醤油」が三大魚醤として有名であるが,近年は日本各地で未利用魚や未利用部位,地域特産の魚介類を原料にした魚醤が製造され,地域の特産品として販売されている.魚醤の遊離アミノ酸濃度は醤油よりも顕著に多く,約2倍に達する場合もあり,風味増強に広く利用されている.

遊離のペプチドやアミノ酸は,魚体(特に筋肉)が内因性および混在する微生物のプロテアーゼによって加水分解されることで生じるが(1)1) K. Lopetcharat, Y. J. Choi, J. W. Park & M. A. Daeschel: Food Rev. Int., 17, 65 (2001).,塩濃度が高いため加水分解速度が遅く,高い遊離アミノ酸濃度を得るためには,6か月から2年もの発酵期間を要する.また,独特の強い風味は魚醤の魅力の一つであり,根強い人気を得ているが,逆に使用初心者からは敬遠される側面もある.そこで,発酵期間の短縮,減塩,風味のマイルド化等を目的とした生産プロセスの改良がなされている.

魚醤の独特の風味は発酵中に混在する微生物,特に細菌の代謝によって形成されるが(1)1) K. Lopetcharat, Y. J. Choi, J. W. Park & M. A. Daeschel: Food Rev. Int., 17, 65 (2001).,魚醤作製時に添加する大量の塩が細菌叢を好塩性,耐塩性細菌に限定するため,魚醤の風味はある程度再現される.ただ,魚醤を作製する際に同じ原料を使用し,同じ条件で作製した場合であっても腐敗する場合としない場合があり,ごくわずかな条件の違いが細菌叢に違いを生じ,発酵と腐敗が分かれると考えられる(2)2) 小柳 喬:生物工学会誌,98, 614–618 (2020)..したがって,魚醤の品質を安定化させるためにはまず製造中の細菌叢や細菌叢の変遷を明らかにすることが重要になる.従来の研究では特定の好塩性微生物を対象にその消長が追跡されてきたが(1)1) K. Lopetcharat, Y. J. Choi, J. W. Park & M. A. Daeschel: Food Rev. Int., 17, 65 (2001).,近年次世代シーケンサーが身近なものになり,魚醤の細菌叢解析にも適用され始めた.同時に細菌の代謝物(揮発性成分)を一斉分析する質量分析技術も発展してきた.さらに統計手法を駆使して両者の関連付けも行われ始めている.

本稿では魚醤研究の動向を作製プロセスの検討,細菌叢解析の2つの観点から紹介する.

作製プロセスの検討

これまでに,スターターの添加,高温やプロテアーゼ添加を利用した速醸化,電気透析や静水圧を利用した減塩・無塩化などが試みられている.これらは実際の製品の製造プロセス改良を目指したものであり,完成した魚醤の評価も遊離アミノ酸量の測定,培養法による微生物数検査,色測定,味やにおいの官能検査など,製品の品質検査を基準としている.

1. スターターの添加

醤油や味噌などの主要な発酵調味料の作製過程と同様に,魚醤においてもスターター微生物の添加により,タンパク質の分解,細菌叢の変化,スターター由来の代謝物が生じるため,発酵過程や風味を変化・安定化させることができる.魚醤の発酵には好塩性,耐塩性のスターターを使用するのが一般的である.

Nguyenら(2020)(3)3) A. D. Q. Nguyen, A. Sekar, M. Kim, L. P. Nguyen, N. T. Le, S. Uh, S. Hong & K. Kim: Food Sci. Nutr., 9, 651 (2020).は,ベトナムの魚発酵ブロス,太陽塩結晶,海水,塩釜の泥から合計344の好塩性菌を分離し,その中から良好な香気を生じるMarinococcus halotoleransを得た.このM. halotolerans添加下で作製したアンチョビ魚醤は,総量,アミノ態窒素(アミノ酸由来の窒素量),アンモニア性窒素(腐敗の指標となるアンモニウムイオン中の窒素量),ヒスタミン含有量等におけるベトナムの品質基準を満たしており,うま味アミノ酸であるアスパラギン酸とグルタミン酸含量が増加していた.また,色,匂い,味も官能的に優れていた.Akolkarら(2010)(4)4) A. V. Akolkar, D. Durai & A. J. Desai: J. Appl. Microbiol., 109, 44 (2010).は高度好塩古細菌のHalobacterium sp SP1(1)をスターターとして,マナガツオ,テンジクイヌノシタ,タイワンサワラを原料とした魚醤を作製した.Halobacterium sp.は細胞外プロテアーゼを分泌しており,総タンパク質および窒素含有量の増加が認められた.また,市販品と比較して必須アミノ酸,風味と香りに寄与するアミノ酸量に優れていた.発酵終了後の魚醤には,非好塩性または耐塩性の微生物が存在しないことも明らかになった.加藤ら(2016)(5)5) 加藤 愛&小谷幸敏:Bull. Soc. Sea Water Sci., Jpn., 70, 303 (2016).は,醤油麴および耐塩性酵母(Zygosaccharomyces rouxii)の添加がマグロの幽門垂を原料とした魚醤の風味を改善したと報告している.

一方で,魚醤が腐敗に向かう際,遊離アミノ酸が微生物の脱炭酸反応を受けて生成する各種アミン類が生成する(6)6) 井部明広:日本調理科学会誌,6, 341 (2014)..これらのアミン類は熱安定性が高く,食品加工および調理で使用される熱処理による不活性化は困難である(1)1) K. Lopetcharat, Y. J. Choi, J. W. Park & M. A. Daeschel: Food Rev. Int., 17, 65 (2001)..Codex規格ではアレルギー様の症状を呈する食中毒を生じるヒスタミンの含有許容基準値を40 mg/100 g以下と定めている(7)7) FAO & WHO: CODEX ALIMENTARIUS: STANDARD FOR FISH SAUCE CXS302-2011, https://www.fao.org/fao-who-codexalimentarius/sh-proxy/es/?lnk=1&url=https%253A%252F%252Fworkspace.fao.org%252Fsites%252Fcodex%252FStandards%252FCXS%2B302-2011%252FCXS_302e.pdf, 2011..Zamanら(2011)(8)8) M. Z. Zaman, F. A. Bakar, S. Jinap & J. Bakar: Int. J. Food Microbiol., 145, 84 (2011).は,アミンオキシダーゼ活性を示す魚醤から分離したStaphylococcus carnosus FS19およびBacillus amyloliquefaciens FS05をスターターとして使用した結果,ヒスタミン濃度をそれぞれ27.7%,15.4%低減できたと報告している.

これらの例のように,スターターの添加によって魚醤の品質改善に成功した例が多く報告されている.

2. 速醸

発酵温度を室温よりも高く設定するとプロテアーゼの活性が上昇し,魚肉タンパク質の分解速度が向上する.また,腐敗を引き起こす各種中温細菌の増殖が抑制されるために減塩も可能になり,水分活性の上昇に伴って更にプロテアーゼの活性が向上する.宇多川(2012)(9)9) 宇多川隆:日本醸造協会誌,107, 477 (2012).は,発酵温度を55°Cに設定することで,食塩無添加でサバ魚醤を15時間で作製できたと報告している.一方で,プロテアーゼの添加による魚肉の分解促進も試みられている.Chaveesukら(2010)(10)10) R. Chaveesuk, J. P. Smith & B. K. Simpson: J. Aquat. Food Prod. Technol., 2, 59 (2010).はトリプシンとキモトリプシン(0.3%,w/w)添加下でニシン魚醤を作製した結果,2か月で総窒素,可溶性タンパク質,遊離アミノ酸含有量が十分に増加したと報告している.この他にも,パパイン,ブロメライン,ペプシンを魚肉の分解促進と製品の品質向上に利用する取り組みも報告されている(11)11) Giyatmi & H. E. Irianto: Adv. Food Nutr. Res., 80, 199 (2017).

3. 脱塩・無塩化

魚醤作製時に添加する多量の塩は,塩かど(舌を直接的に刺激する塩味)を生じる上に,近年の消費者の健康志向に合致しない.そこで,魚醤作製後の脱塩や無塩下での魚醤作製が試みられている.

電気透析法は,陽イオン交換膜あるいは陰イオン交換膜を交互に配置し,両外端に電圧を印加することで陰イオンと陽イオンを選択的に移動,除去する手法である.笹木(2014)(12)12) 笹木哲也:フードケミカル,346, 19 (2014) .は,いしり(いしる)の塩濃度(22~25%)を450分間の電気透析により1%に減少可能であることを示した.また,塩濃度を約13%に減塩したいしりは遊離アミノ酸などの成分,抗酸化性などの機能性を保持していたと報告している.高橋ら(2016)(13)13) 高橋 博,高尾怜美,草薙 慎,生方絃希,高橋佳澄実,角屋光輔,瀧澤一将,樫内悦子,昌子智由,成田幹寿,ほか:日食化誌,23, 149 (2016).は,ハタハタ,タイ,マグロを原料として作製したしょっつるにおいて,塩濃度を3%に低下させてもアミノ酸濃度はほぼ影響を受けなかったと述べている.Chindapanら(2012)(14)14) N. Chindapan, S. S. Sablani, N. Chiewchan & S. Devahastin: Food Bioprocess Technol., 6, 2695 (2013).は魚醤の品質変化を予測するために人工ニューラルネットワークに基づいたモデルを開発した.また,最適処理条件の決定に遺伝的アルゴリズムを使用した多目的最適化を適用した.これらを用いた脱塩と品質変化のシミュレーション結果は実験結果とよく一致し,処理後の魚醤の総芳香化合物と総アミノ酸の濃度,風味の違い,塩味から予測した最適条件は印加電圧6.3 Vで残留塩濃度を14.3%にすることであると結論付けた.以上のように電気透析法は魚醤でも醤油の脱塩と同様,条件設定次第で本質的な品質を保持したままでの脱塩が可能であることが明らかになっている.

一方,100 MPa以下の静水圧下では酵素は失活しないこと,微生物の増殖が抑制されることを利用して,塩を添加せずに静水圧下で魚醤を作製する試みがなされている.重田ら(2008)(15)15) 重田有仁,青山康司,岡崎 尚,松井利郎,難波健二:日本食品科学工学会誌,55, 117 (2008).は,イカ肝臓を60 MPa下で50°C,48時間保持して自己分解させた.その結果,総遊離アミノ酸16,270 mg/100 gが得られ,その中にはグルタミン酸,アスパラギン酸,アラニンなどの味覚活性アミノ酸が高濃度で含まれていた.また,岡崎ら(2007)(16)16) 岡崎 尚,重田有仁,青山康司:日本水産学会誌,73, 734 (2007).は,塩を添加せずに静水圧処理(30°C,60 MPa,24時間)下でナマコ内蔵の自己消化を行った.その結果,ホルモール態窒素(ホルモール法で測定したアミノ態窒素)が通常法(6%食塩,5°C,7日間)の2.8倍程度に増加し,旨味とあと味も向上しており,この分解物調製後に適当な塩を添加することで低塩のしおからを作製できると述べている.

4. 加圧CO2下での減塩魚醤の作製(筆者らの検討)

筆者らは加圧二酸化炭素(CO2)環境下での魚醤製造を試みている.耐圧容器内でCO2を液体食品に加圧溶解すると,pHが最大で3.2程度(純水の場合)まで低下する(Meyssamiら(1992))(図1図1■加圧CO2処理は食品の一時的酸性化を可能にする(17)17) B. Meyssami, M. O. Balaban & A. A. Teixeira: Biotechnol. Prog., 8, 149 (1992)..また,耐圧容器内は嫌気状態になる.このpH低下と嫌気化は,圧力の解放によって容易に解除される.したがって,加圧CO2下で魚醤を作製すれば,好気性微生物の増殖抑制や魚の酸化抑制が期待でき,処理後のpH再調整(中和や酸の除去)を必要としない.実際に加圧CO2下(1–5 MPa, 30°C, NaCl 10%)でイワシ魚醤を調製した結果,腐敗は認められず,培養法での試験では中温細菌,乳酸菌,クロストリジウム属菌のいずれも検出されなかった.また,従来法(大気圧下,30°C, NaCl 20%)と比較して独特の臭みや褐変の抑制など,酸化防止に起因すると思われる品質向上が認められた.さらに,遊離アミノ酸量が1.5~2.5倍に増加した(図2図2■加圧CO2下での減塩魚醤の作製(18)18) S. Noma, L. Koyanagi, S. Kawano & N. Hayashi: Food Sci. Technol. Res., 26, 195 (2020). .なお,他の魚種(ワラスボ)を原料とした場合も類似の傾向で品質向上が認められている(19)19) 古川稔之,野間誠司,出村幹英,林 信行:日本食品保蔵科学会誌,47, 185 (2021).

図1■加圧CO2処理は食品の一時的酸性化を可能にする

図2■加圧CO2下での減塩魚醤の作製

細菌叢解析

魚醤中に含まれる主要な微生物は細菌であり,次世代シーケンサーによる微生物叢解析もこれをターゲットとしている.これまでに発表されている論文では,魚醤中の細菌叢の解析,細菌叢と代謝物の関連付けが主な研究対象になっているが,魚醤作製プロセスの変更が細菌叢に及ぼす影響を解析した論文も出始めている.

1. 魚醤の細菌叢解析

Rodpaiら(2021)(20)20) R. Rodpai: O, Sanpool, T. Thanchomnang, A. Wangwiwatsin, L. Sadaow, W. Phupiewkham, P. Boonroumkaew, P. M. Intapan & W. Maleewong: PROS ONE, https://doi.org/10.1371/journal.pone.0245227, 2021.は,タイ北東部の3つの州から得た発酵淡水魚(pla-ra)5種類(塩濃度7–10%,pH値4.83–7.15, D-/L-乳酸濃度90–450 mg/L)について,16S rRNA遺伝子のV3-V4領域でDNAシーケンスを行った.合計598のoperational taxonomic unitsにSILVAデータベースに基づいて様々な分類階級で注釈を付けた結果,乳酸菌および好塩菌属のTetragenococcus, Halanaerobium, Lactobacillusが優勢であることがわかった.さらに,1つめのpla-raではT. muriaticusが多く,2つ目ではT. muriaticusおよびH. fermentans, 3つ目ではH. fermentans, 4つ目ではL. renniniおよびT. muriaticus,5つ目では,T. muriaticusが多かった.また,Staphylococcus nepalensis, Lactobacillus sakei, L. pentosus, Weissella confusa, Bifidobacterium bifidumなども検出された.

Ohshimaら(2019)(21)21) C. Ohshima, H. Takahashi, S. Insang, C. Phraephaisarn, P. Techaruvichit, R. Khumthong, H. Haraguchi, K. Lopetcharat & S. Keeratipibul: Lebensm. Wiss. Technol., 114, 108375 (2019).はタイの2つの大きな工場(略称:MCとSQ)で製造されている風味の異なるアンチョビ魚醤の細菌叢を発酵時間依存的に調べ,発酵条件の違いが細菌叢に影響することを明らかにした.具体的には,MCにおいては,洗浄後に内臓を除去した魚と塩を10 : 3(w/w)で混合し,オープンエリアにあるセメント製発酵タンク(幅4×長さ4×深さ2.5 m)にて撹拌せずに15か月間発酵させた.SQでは,屋根付き建物内のセメント発酵槽(幅2.5×長さ2.5×深さ2.5 m)内で,購入した塩と魚の混合物(10 : 3(w/w))を撹拌せずに15か月間発酵させた.MCでは,Halanaerobium sp.が最初の優占属であり,中期にLentibacillus sp.,Halomonass sp.およびTetragenococcus sp.が現れ,後期に多様性が最大になった.一方SQでは,発酵初期から発酵後期にかけて高い多様性が認められたが,Peptostreptococcus sp., Peptoniphilus sp., Gallicola sp., Fusobacterium sp., Halanaerobium sp., Vagococcus sp.が最も一般的に認められた.

これらの研究は,魚醤中には基本的に好塩性や耐塩性の細菌が生育しており,優性となる属や種が変遷しつつ魚醤の風味を形成することを改めて支持しているが,同時に,細菌叢は必ずしも同じではなく,原材料および調製法のわずかな違いによって生じることを示唆している.

2. 魚醤の細菌叢と代謝物の解析

Wangら(2020)(22)22) Y. Wang, C. Li, Y. Zhao, L. Li, X. Yang, Y. Wu, S. Chen, J. Cen, S. Yang & D. Yang: Food Chem., 323, 126839 (2020).は細菌叢と代謝物を関連付けたより発展的な研究結果を発表している.すなわち,メタゲノミクス分析とelectronic nose分析(複数種のにおいセンサーとそれらの応答パターン解析を組み合わせ,感覚認知と相関のあるデータを得る手法)を利用して,中国の魚醤「Yu-lu」発酵過程の細菌群集と揮発性化合物の動的変化を分析し,それらの関連付けを行った.56の揮発性化合物が同定されたが,その中で3-methylthiopropanalが最も魚醤のにおいへの寄与度が大きく,これに3-methylbutanal, 1-octene-3-ol, 2-octenalが続いた.微生物とフレーバー物質との相関関係を双方向直交部分最小二乗分析にて調査し,Halanaerobium, Halomonas, Tetragenococcus, Halococcus, Candidatus Frackibacterがフレーバー形成に重要であることを明らかにした.Wangら(2022)(23)23) Y. Wang, Y. Wu, C. Li, Y. Zhao, H. Xiang, L. Li, X. Yang, S. Chen, L. Sun & B. Qi: Front. Nutr., 9, 851895 (2022).はまた,発酵中に代謝機能に関与する遺伝子の存在量が増加傾向を示すことを明らかにし,発酵段階で魚醤から抽出された571のタンパク質を同定した.これらのタンパク質は,主にHalanaerobium, PsychrobacterPhotobacterium,およびTetragenococcus属に由来しており,アラニン,アスパラギン酸,グルタミン酸,およびヒスチジン代謝,リジン分解およびアルギニン生合成を含むアミノ酸代謝に関連する15の経路に関与していることを明らかにした.これらの成果や研究手法は,魚醤の風味予測やデザインにつながると期待される.

3. 魚醤の製造プロセスと細菌叢・代謝物変化

Liら(2022)(24)24) C. Li, W. Li, L. Li, S. Chen, Y. Wu & B. Qi: Food Res. Int., 156, 111153 (2022).は,魚醤製造プロセスの変更が微生物叢ならびに代謝物に及ぼす影響を調べた.具体的には,減塩魚醤の作製時に耐塩性菌であるTetragenococcus muriaticusをスターターとして添加した時の微生物叢と揮発性成分の経時的変化を調べた.この研究は,従来の魚醤製造プロセスの改良と細菌叢解析の研究の融合を試みたものと位置付けることができる.T. muriaticusを添加し,発酵を開始した時にはStaphylococcusの存在率が約74%,Pseudomonasが約6.7%,Tetragenococcusのは約16%であったが,発酵の進行に伴いTetragenococcusが優勢に転じ,10日後に57%を超え,発酵終了時(45日)にピークに達した.α多様性の指標(1つのサンプルにおける多様性.検出された種の数やその割合等の重みづけを変えた複数の指標がある)からT. muriaticusの添加により細菌の多様性が減少したと考えられた.主要な揮発性化合物はTetragenococcusに加え,Synechococcus, Rhodococcus, Stenotrophomonas, Achromobacter, Brucellaによって生成されていたが,発酵45日目にはT. muriaticusのみによって主要な揮発性成分が生成されることが分かった.筆者らはT. muriaticusを減塩魚醤の工業生産のための潜在的な微生物スターターとして発展させ得ると述べている.この研究は,スターターが細菌叢の多様性を制限し,風味を決定づけていく発酵プロセスを明らかにしており,魚醤においても他の発酵食品と共通する現象が起こることを示している.

おわりに

これまでの魚醤研究を俯瞰すると,魚醤作製プロセスの変更と遊離アミノ酸生成の関係,ならびに細菌叢と風味形成の関係が両輪になっており,現在は両者が融合していく過程にあるように思える.最後に紹介したLiら(2022)(24)24) C. Li, W. Li, L. Li, S. Chen, Y. Wu & B. Qi: Food Res. Int., 156, 111153 (2022).の研究は魚醤の品質分析を行っていない点に課題を残すものの,魚醤研究が今後向かうべき重要な方向性の1つを示していると考えられる.今後,スターターの添加のみならず,速醸化等においても同様の解析が行われることが期待される.作製プロセスの変更によって生じる魚醤中の細菌叢と代謝物の変化,内在性プロテアーゼの影響を総合的に明らかにすることで,魚醤生成過程の全体像の把握,ひいては腐敗防止はもちろんのこと風味のデザインなど新たな手法の確立につながると期待される.これらは魚醤の消費上の問題である一般家庭への普及が伸び悩む現状を打開する一助になると思われる.

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