Kagaku to Seibutsu 60(9): 459-466 (2022)
解説
寄生性フジツボ(フクロムシ)の生物学寄生に特化した根・菌糸状の体を持つ動物の謎
Biology of Parasitic Barnacles: An Unique Root or Mycelia-like Barnacle Body Specialized for Parasitization
Published: 2022-09-01
寄生性フジツボはおぞましい寄生性生物の代表格とされる.それは宿主をフジツボの栄養供給装置,扶育装置,乳母ロボットにしてしまうからである.宿主は栄養を搾取されるだけではなく,その生殖機能が抑制され,甲斐甲斐しく寄生性フジツボとその幼生を育てるために一生を捧げる.寄生された雄宿主の形態は疑似雌化し,フジツボ胚の扶育のために,雌が通常行う抱卵行動と類似の行動を行うようになる.本稿では,寄生性フジツボの概要を解説するとともに,我々が行っているトランスクリプトーム解析の結果を元に,インテルナによる栄養収奪やエクステルナへの栄養の輸送,および宿主制御に関する作業仮説を提示する.
Key words: 寄生; フクロムシ; 寄生性フジツボ; 宿主コントロール; 栄養吸収
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
寄生性フジツボ(根頭上目Rhizocephala)は,磯で見かけるフジツボと同じ鞘甲亜綱Thecostraca,蔓脚下綱Cirripediaに属する.一般的に,フジツボの仲間は岩や船底,発電所の取水口などに付着し,大きな被害をもたらすため,付着防除の観点から,「化学と生物」誌にたびたび登場してきた(1~5)1) 紙野 圭:化学と生物,42, 724 (2004).2) 岡野桂樹:化学と生物,45, 823 (2007).3) 北野克和:化学と生物,46, 666 (2008).4) 北野克和:化学と生物,57, 352 (2019).5) 沖野龍文:化学と生物,59, 16 (2021)..この仲間の特徴は付着に特化した柿の種のような形をしたキプリス幼生を持つことである(コラム参照).しかし,通常のフジツボと寄生性フジツボでは,付着後の体つくりやエネルギー獲得の方法が全く異なっている.
寄生性フジツボの和名はフクロムシである.寄生性フジツボという名称は,英語で一般的に使われているParasitic barnacle(6, 7)6) J. T. Høeg, C. Noever, D. A. Rees, K. A. Crandall & H. Glenner: Zool. J. Linn. Soc., 190, 632 (2019).7) G. Walker: J. Morphol., 249, 1 (2001).の和訳である.フクロムシというと,昆虫をイメージされる方が多いかもしれない.また,我々の主な研究対象は,発電所などに大きな被害をもたらすアカフジツボである(2, 8)2) 岡野桂樹:化学と生物,45, 823 (2007).8) 岡野桂樹:“フジツボ類の最新学”,恒星社厚生閣,2006, p.168..アカフジツボと寄生性フジツボが同じ仲間でありながら,どうしてその生存戦略も形態も全く異なるかに疑問を持ち,研究を進めている.そこで,ここでは和名のフクロムシではなく,敢えて寄生性フジツボという生物の分類群を強調した名称を使わせていただく.
寄生性フジツボの英語名で,もうひとつよく使われるのは,Rhizocephalan barnacleである.これは分類群の学名であるRhizocephala(根頭上目)(7, 9, 10)7) G. Walker: J. Morphol., 249, 1 (2001).9) J. T. Høeg: “Microscopic Anatomy of Invertebrates Volume 9: Crustacea Wiley-Liss, 1992, p313.10) J. T. Høeg: J. Mar. Biol. Assoc. U. K., 75, 517 (1995).に基づいている.根(Rhizo)のような頭(cephala)を持つフジツボという意味である(11)11) Rhizocephala-Wikipedia, https://en.wikipedia.org/wiki/Rhizocephala. 2022..宿主体内で栄養を搾取するための構造が,根に似ていることに起因する.和名のフクロムシは,宿主腹部にフクロ状の生殖装置を形成することに注目した命名法である.
寄生性フジツボは,カニやヤドカリなどの甲殻類に寄生するが,カニを宿主とするものが良く知られている(6, 7, 10)6) J. T. Høeg, C. Noever, D. A. Rees, K. A. Crandall & H. Glenner: Zool. J. Linn. Soc., 190, 632 (2019).7) G. Walker: J. Morphol., 249, 1 (2001).10) J. T. Høeg: J. Mar. Biol. Assoc. U. K., 75, 517 (1995)..寄生性フジツボは一生涯摂餌・消化器官を持たず,宿主から搾取した栄養だけに依存して生きる.寄生性フジツボ(フクロムシ)や,寄生生物に興味のある方は,わかりやすい紹介記事や成書があるので,それらをぜひご覧いただきたい(12~15)12) 吉田隆太:珍獣図鑑(7):成体≒卵巣?甲殻類に寄生しメス化させちゃう甲殻類,フクロムシの美学,http://hotozero.com/knowledge/animals_007/,2020.13) 高橋 徹:“フィールドの寄生虫学”,東海大学出版会,2004, p.81.14) 成田聡子:“したたかな寄生 脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち”,幻冬舎新書,2016, p.93.15) 成田聡子:“えげつない!寄生生物”,新潮社,2020, Case 06..
寄生性フジツボの成体(生殖可能となった個体を成体と定義,図1図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ)は,宿主内部に存在する構造(インテルナ,図1A1~4図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ)と,宿主体外に形成される構造(エクステルナ,図1B1~3図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ)からなる(7, 9, 10)7) G. Walker: J. Morphol., 249, 1 (2001).9) J. T. Høeg: “Microscopic Anatomy of Invertebrates Volume 9: Crustacea Wiley-Liss, 1992, p313.10) J. T. Høeg: J. Mar. Biol. Assoc. U. K., 75, 517 (1995)..インテルナは宿主から栄養を収奪し,エクステルナに栄養を供給するだけでなく,様々な宿主コントロールを行う.寄生機能の主軸を担い,寄生している状態では常に存在する(図2図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環右下).根または菌類の菌糸に似ていて(図1A1図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ),動物界には全く見られないユニークな構造である(16)16) J. Bresciani & J. T. Høeg: J. Morphol., 249, 9 (2001)..大部分は宿主の栄養吸収の重要な場である肝膵臓に絡みつくように存在(図1A2図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環矢印)(17)17) C. Noever, J. Keiler & H. Glenner: J. Sea Res., 113, 58 (2016).するが,脚などの動きを司る胸部神経節の周辺にも多い.植物のひげ根のようなものもあれば,主根と側根のようなものなど,形態はさまざまである(16)16) J. Bresciani & J. T. Høeg: J. Morphol., 249, 9 (2001)..我々が研究しているイソガニやイワガニに寄生するフクロムシ科(Sacculinidae)の寄生性フジツボ(18)18) M. Kobayashi, Y. H. Wong, M. Oguro-Okano, N. Dreyer, J. T. Høeg, R. Yoshida & K. Okano: J. Crustac. Biol., 38, 329 (2018).では,植物のひげ根,または菌糸を想像させる(図1A1図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ).断面を見ると,インテルナはちくわ,またはきりたんぽのような形態(図1A3, A4図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ)をしている.中央にはルーメン(エクステルナに続く導管様の構造,図1A3図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ図3■寄生された雄ガニ形態の疑似雌化点線と矢印,A4矢印)を有し,宿主の体液に接する外側には薄いキチン層を持つ(16)16) J. Bresciani & J. T. Høeg: J. Morphol., 249, 9 (2001)..文献では2層の細胞層からなると報告されている(16)16) J. Bresciani & J. T. Høeg: J. Morphol., 249, 9 (2001).が,少なくとも我々の研究対象では,それほどはっきりした2層構造ではなく,比較的自由な,一見無秩序にも見える不思議な細胞構築を有する.
エクステルナ(図1B1~3図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ)(7, 9, 10, 18, 19)7) G. Walker: J. Morphol., 249, 1 (2001).9) J. T. Høeg: “Microscopic Anatomy of Invertebrates Volume 9: Crustacea Wiley-Liss, 1992, p313.10) J. T. Høeg: J. Mar. Biol. Assoc. U. K., 75, 517 (1995).18) M. Kobayashi, Y. H. Wong, M. Oguro-Okano, N. Dreyer, J. T. Høeg, R. Yoshida & K. Okano: J. Crustac. Biol., 38, 329 (2018).19) F. Alvarez, J. L. Bortolini & J. T. Høeg: J. Morphol., 271, 190 (2009).は,インテルナが生殖可能な状態になると,宿主の腹部に形成される袋状の生殖のための構造である(図1B1図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ).腹部に形成されるというと穏やかだが,実際は腹部の,カニの場合は腹部が折りたたまれたふんどしと言われる部分の,クチクラを突き破って形成される(図1B1図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ).昔,エイリアンが人の胸部を突き破って突如姿を現す映画にぞっとしたことがあるが,その作者は寄生性フジツボのことを知っていたのではないかと思うほどである.
一見無秩序で単純そうに見えるインテルナの構造とは対照的に,エクステルナは複合的な構造をしている(図1B2, B3図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ)(9, 10, 18, 19)9) J. T. Høeg: “Microscopic Anatomy of Invertebrates Volume 9: Crustacea Wiley-Liss, 1992, p313.10) J. T. Høeg: J. Mar. Biol. Assoc. U. K., 75, 517 (1995).18) M. Kobayashi, Y. H. Wong, M. Oguro-Okano, N. Dreyer, J. T. Høeg, R. Yoshida & K. Okano: J. Crustac. Biol., 38, 329 (2018).19) F. Alvarez, J. L. Bortolini & J. T. Høeg: J. Morphol., 271, 190 (2009)..外側は外套部と呼ばれる.出入口(開口部)のある頑強なキチン質でできた袋(殻)である.開口部は海水で満たされた外套腔と外部の海水をつなぐ部分で,後で述べる雄のキプリス幼生侵入のための入口であり,また,孵化したノープリウス幼生を孵出する際の出口である.外套部のキチン質の下には発達した筋肉があり,エクステルナを収縮弛緩させ,開口部を通じて外套腔に海水を出し入れし,外套腔内の胚の発生や幼生の孵出を助ける.外套腔は胚発生の場で,受精前は海水で満たされ狭い(図1B3図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ左)が,胚の発達につれてエクステルナの大部分を占めるようになる(図1B3図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ右).その内側に卵巣があり,その下部に精子を格納するリセプタクルというユニークな構造がある(図1B2, B3図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ)(9, 10, 18)9) J. T. Høeg: “Microscopic Anatomy of Invertebrates Volume 9: Crustacea Wiley-Liss, 1992, p313.10) J. T. Høeg: J. Mar. Biol. Assoc. U. K., 75, 517 (1995).18) M. Kobayashi, Y. H. Wong, M. Oguro-Okano, N. Dreyer, J. T. Høeg, R. Yoshida & K. Okano: J. Crustac. Biol., 38, 329 (2018)..
寄生性フジツボの生活環は,海中を漂ってプランクトン生活を送る幼生期(図2図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環左)と,宿主に寄生して存在する寄生期(図2図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環右)からなる.寄生期においては,インテルナが宿主内部で生殖可能な状態に発達するまでの時期に起こる出来事(図2図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環右下)と,宿主外部(腹部)にバージンエクステルナを形成し,エクステルナが成熟し,受精と胚発生をエクステルナの外套腔内で行う生殖期に起こる出来事(図2図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環右上)に分けて示した.性別という点に着目して生活環を見ると,宿主に寄生した状態では,インテルナもエクステルナの大部分も雌である(9, 10, 14)9) J. T. Høeg: “Microscopic Anatomy of Invertebrates Volume 9: Crustacea Wiley-Liss, 1992, p313.10) J. T. Høeg: J. Mar. Biol. Assoc. U. K., 75, 517 (1995).14) 成田聡子:“したたかな寄生 脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち”,幻冬舎新書,2016, p.93..雄の細胞はエクステルナのリセプタクル中にある精細胞だけである(9, 10)9) J. T. Høeg: “Microscopic Anatomy of Invertebrates Volume 9: Crustacea Wiley-Liss, 1992, p313.10) J. T. Høeg: J. Mar. Biol. Assoc. U. K., 75, 517 (1995)..
卵巣内の卵が成熟し,受精可能な状態になると,卵巣から外套腔への排卵が起こる.同時に成熟した精子がリセプタクルから外套腔に放出され,外套腔内で受精が起こる(図2図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環右上)(9, 10)9) J. T. Høeg: “Microscopic Anatomy of Invertebrates Volume 9: Crustacea Wiley-Liss, 1992, p313.10) J. T. Høeg: J. Mar. Biol. Assoc. U. K., 75, 517 (1995)..受精時に雄雌の性別を獲得した受精卵は,発生が進む(図1B3図1■寄生性フジツボのインテルナとエクステルナ図3■寄生された雄ガニ形態の疑似雌化右)と,甲殻類に典型的なノープリウス幼生となり孵出する(図2図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環左上)(10, 18)10) J. T. Høeg: J. Mar. Biol. Assoc. U. K., 75, 517 (1995).18) M. Kobayashi, Y. H. Wong, M. Oguro-Okano, N. Dreyer, J. T. Høeg, R. Yoshida & K. Okano: J. Crustac. Biol., 38, 329 (2018)..孵出したノープリウス幼生は脱皮を数回繰り返し,フジツボの仲間に特徴的な柿の種のような形をし,付着に特化したキプリス幼生となる(18, 20)18) M. Kobayashi, Y. H. Wong, M. Oguro-Okano, N. Dreyer, J. T. Høeg, R. Yoshida & K. Okano: J. Crustac. Biol., 38, 329 (2018).20) J. T. Høeg, D. Maruzzo, K. Okano, H. Glenner & B. K. K. Chan: Integr. Comp. Biol., 52, 337 (2012)..したがって,受精卵と発生中の胚,ノープリウス幼生,キプリス幼生の時には雌雄がある.キプリス幼生の雌雄は特に重要である.キプリス幼生の雌雄によって,付着場所が異なるからである(9,10,20~23)9) J. T. Høeg: “Microscopic Anatomy of Invertebrates Volume 9: Crustacea Wiley-Liss, 1992, p313.10) J. T. Høeg: J. Mar. Biol. Assoc. U. K., 75, 517 (1995).20) J. T. Høeg, D. Maruzzo, K. Okano, H. Glenner & B. K. K. Chan: Integr. Comp. Biol., 52, 337 (2012).21) R. Yanagimachi: Biol. Bull., 120, 272 (1961).22) J. T. Høeg: Acta Zool., 66, 1 (1985).23) J. T. Høeg: Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 317, 47 (1987)..すなわち,雌のキプリス幼生はカニなどに付着し,宿主体内でインテルナを形成する(図2図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環右下)(20, 22, 24)20) J. T. Høeg, D. Maruzzo, K. Okano, H. Glenner & B. K. K. Chan: Integr. Comp. Biol., 52, 337 (2012).22) J. T. Høeg: Acta Zool., 66, 1 (1985).24) H. Glenner: J. Morphol., 249, 43 (2001)..一方,雄のキプリス幼生はインテルナが生殖可能になり,宿主の腹部を突き破って形成されるバージンエクステルナの開口部に付着し,リセプタクル内で精子を生産するための精原細胞を供給する(23)23) J. T. Høeg: Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 317, 47 (1987)..付着してインテルナが成長し,バージンエクステルナが形成されるまでの時間はまちまちであるが,我々の系における実験室内の結果では,半年の時点では形成されなかった.カニを宿主とする場合,半年から数年という報告がある(25)25) G. Walker: J. Exp. Mar. Biol. Ecol., 106, 151 (1987)..したがって,海洋環境下での状況を考えると,付着時期の時間的なずれから見て,卵と精子は遺伝的にかけ離れたグループとなる可能性が高い.一方,広い海で雄のキプリス幼生が付着してくれる可能性は,かなり低くなってしまうかもしれない.その意味では生殖効率を無視し,遺伝的な多様性を追求したかに思える生殖形態である.
寄生性フジツボの最も興味深い問題の一つである雌雄の問題と,キプリス幼生雌雄の付着場所の違いを初めて見出したのは,発生学の泰斗であるハワイ大学の柳町隆三である.彼は哺乳類の発生学研究に進む前の1960年前後,北大大学院時代に,寄生性フジツボの受精卵や幼生に雄雌があり,付着する場所が異なることを証明し,寄生性フジツボの生活環の一番重要な部分の謎を明らかにした,寄生性フジツボ研究の先駆者でもある(21)21) R. Yanagimachi: Biol. Bull., 120, 272 (1961)..
研究が進んでいるフクロムシ科(Sacculinidae)の寄生性フジツボで,付着後についてもう少し詳しく説明すると,雌のキプリス幼生は宿主カニに付着し,注入針を持つケントロゴン幼生となり,宿主内部にバーミゴン幼生を注入する(図2図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環右下)(20, 23, 24, 26)20) J. T. Høeg, D. Maruzzo, K. Okano, H. Glenner & B. K. K. Chan: Integr. Comp. Biol., 52, 337 (2012).23) J. T. Høeg: Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 317, 47 (1987).24) H. Glenner: J. Morphol., 249, 43 (2001).26) H. Glenner & J. T. Høeg: Nature, 377, 147 (1995)..バーミゴン幼生は宿主内部でインテルナとなって成長(図2図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環右下)し,生殖可能になるとバージンエクステルナという小さな袋状組織を,カニのフンドシ内部のキチン殻を破って形成する(図2図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環右中央).一方,雄のキプリス幼生は,バージンエクステルナの開口部に付着し,トリコゴン幼生に変態し,リセプタクル内部に入り込み,そこに精原細胞を産み付ける(図2図2■寄生性フジツボ(フクロムシ科)の生活環中央の青矢印)(23)23) J. T. Høeg: Philos. Trans. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 317, 47 (1987)..精原細胞を得たエクステルナは成長を開始し,成熟エクステルナ(mature externa)となる.成熟エクステルナは卵成熟を定期的に行い,数週間おきに受精と幼生孵出を繰り返す.一般的に,何回か幼生を孵出させた成熟エクステルナは御用済みとなり,脱落することが多い(27)27) T. Takahashi & S. Matsuura: Biol. Bull., 186, 300 (1994)..エクステルナが脱落すると,エクステルナが存在していた間は脱皮が抑制されていた宿主ガニは,脱皮が可能になる(27)27) T. Takahashi & S. Matsuura: Biol. Bull., 186, 300 (1994)..脱落して数か月たつと脱皮し,新たなバージンエクステルナを作り,新しい雄のキプリス幼生を迎え入れる準備に入る.そのため,インテルナは一生,宿主から搾取を続け,ある一定周期でエクステルナを形成し,子孫をつくり続ける.
寄生性フジツボが寄生の典型例として恐れられるのは,寄生性フジツボが宿主を制御するやり方が過激なためである.寄生された宿主が受ける影響は,外部形態の変化,寄生去勢,エクステルナ存在下での脱皮抑制,および行動変化などが知られている(7,9,10,12~15)7) G. Walker: J. Morphol., 249, 1 (2001).9) J. T. Høeg: “Microscopic Anatomy of Invertebrates Volume 9: Crustacea Wiley-Liss, 1992, p313.10) J. T. Høeg: J. Mar. Biol. Assoc. U. K., 75, 517 (1995).12) 吉田隆太:珍獣図鑑(7):成体≒卵巣?甲殻類に寄生しメス化させちゃう甲殻類,フクロムシの美学,http://hotozero.com/knowledge/animals_007/,2020.13) 高橋 徹:“フィールドの寄生虫学”,東海大学出版会,2004, p.81.14) 成田聡子:“したたかな寄生 脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち”,幻冬舎新書,2016, p.93.15) 成田聡子:“えげつない!寄生生物”,新潮社,2020, Case 06..ただし,これらの典型的な影響は,フクロムシ科の寄生性フジツボと宿主カニで見られるものが多く,ほかの生物に寄生する寄生性フジツボでは顕著ではないことも多い.寄生性フジツボは遺伝子的にみて大変多様な分類群(6)6) J. T. Høeg, C. Noever, D. A. Rees, K. A. Crandall & H. Glenner: Zool. J. Linn. Soc., 190, 632 (2019).であり,寄生による影響は,寄生種-宿主次第で大きく異なる.一概に議論するのはあまり意味がないことを断っておきたい.ここでは,我々の研究対象であるフクロムシ科3属3種の寄生性フジツボが,宿主であるイソガニに及ぼす影響を紹介する.
外部形態への顕著な影響は,雄ガニが寄生されたときに見られる(図3図3■寄生された雄ガニ形態の疑似雌化).通常のイソガニでは,雄は雌に比べ,ハサミが大きく,フンドシ部分が狭いという顕著な外見上の違いがある(図3図3■寄生された雄ガニ形態の疑似雌化左).寄生された雄ガニ(以下,寄生雄と称する)はハサミが小型化するとともにフンドシ部分が広がり,形態の疑似雌化が起こる(図3図3■寄生された雄ガニ形態の疑似雌化右).一見して,ほとんど雌に見えるまでフンドシが平がった個体も見られるが,その場合でもペニスは存在するので,寄生雄が完全に雌化しているわけではない.また,成熟した雌は卵塊を支えるための腹肢があるが,寄生雄では,腹肢ができる場合もあるが,腹肢が形成されない場合も多い.一方,寄生雌の外部形態には,エクステルナがあるなしを除き,目立った形態変化は見られない.寄生雌でも,エクステルナが存在する個体では脱皮は見られず,エクステルナが脱落して次のバージンエクステルナが出現する直前に脱皮が起こるのは,雄雌の宿主に共通である.寄生性フジツボは,雌ガニの体の構造をそのまま利用しているように見える.