Kagaku to Seibutsu 60(9): 474-480 (2022)
セミナー室
生体膜脂質のダイナミクスと膜輸送担体膜構造とタンパク質の機能関連
Published: 2022-09-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
細胞膜は単純な二重層ではなく,非対称な構造を取る.細胞膜は細胞外側の外葉にホスファチジルコリン(PC)やスフィンゴミエリン(SM)を,細胞質側の内葉にホスファチジルエタノールアミン(PE)やホスファチジルセリン(PS)を多く持つことはよく知られている.細胞膜の主要な成分であるコレステロールは人工膜中でのフリップフロップの速度がリン脂質に比べて早いことから,細胞膜中で均一に分布すると思われてきたが,応答濃度を調整したコレステロール特異的な結合タンパク質によって,コレステロールの分布も非対称であり,細胞膜外葉に多く存在することが報告された(1)1) S. L. Liu, R. Sheng, J. H. Jung, L. Wang, E. Stec, M. J. O’Connor, S. Song, R. K. Bikkavilli, R. A. Winn, D. Lee et al.: Nat. Chem. Biol., 13, 268 (2017)..
細胞膜は垂直方向だけではなく水平方向にも非対称である.細胞膜外葉ではSMがコレステロールと相互作用することで,SMとコレステロールを多く含むラフトと呼ばれる領域が形成される.ラフトがどの程度安定で,どの程度の大きさで存在するのかはまだ議論が続くところであるが,界面活性剤に耐性の画分として生化学的に単離することが可能である.ラフトは膜の厚みが他の部分より厚いため,より長い膜貫通領域を持ったタンパク質が集積してくる.すなわち,細胞膜上で2次元のタンパク質濃度勾配が形成されることになる.
膜の非対称性は時に時空間にも及ぶ.例えば植物は気温が下がると膜脂質を変化させ,凍結から細胞を保護する能力を獲得する.この凍結耐性の獲得に,細胞膜でのラフト形成に関わる糖セラミドとステロールが関与すると考えられており(2)2) D. Takahashi, H. Imai, Y. Kawamura & M. Uemura: Cryobiology, 72, 123 (2016).,特に糖セラミドの不飽和化の重要性が示唆されている(3)3) M. Chen, J. E. Markham & E. B. Cahoon: Plant J., 69, 769 (2012)..また,葉緑体膜においても,脂肪酸鎖の不飽和化に加え,ガラクト脂質の糖鎖のオリゴマー化が凍結耐性に重要であることが分かっている(4)4) E. R. Moellering, B. Muthan & C. Benning: Science, 330, 226 (2010)..そのため,人工的に脂質組成を改変することで,冷害に強い作物を作出できるようになると考えられるなど,今後の研究に期待が集まっている.
細胞はこうした膜の非対称性を利用して,様々な生理反応を進めている.例えば,ラフトは様々なシグナルの起点となり,細胞応答に重要な役割を果たすことが知られている.縦方向の非対称性を利用する最もよく知られている例は,PSを介したアポトーシス細胞の除去であろう.PSはエネルギー依存的な輸送体によって,細胞膜の内葉に存在するように調節されているが,細胞が自発的に細胞死(アポトーシス)を迎えると,輸送体の不活化や,膜非対称性を壊すスクランブラーゼの活性化によって,細胞膜外葉にPSが露出する.マクロファージなどの貪食細胞はこのPSを指標としてアポトーシス細胞を貪食,除去することから,細胞膜表面へのPSの露出は“eat-me signal”として機能する(5)5) K. S. Ravichandran: J. Exp. Med., 207, 1807 (2010)..
細胞膜の非対称性は脂質を膜内で移動させるフリッパーゼ,フロッパーゼ,スクランブラーゼによって,その形成と崩壊が制御されている(図1図1■脂質非対称性にかかわる輸送体).このうちフリッパーゼとフロッパーゼはATP依存的な能動輸送体で,それぞれ膜の外葉から内葉へ,内葉から外葉へと,方向性のある輸送を行う.一方,スクランブラーゼはエネルギーに依存することなく,脂質を外葉から内葉,内葉から外葉の両方向に輸送し,脂質二重層を攪拌する(スクランブル;かき混ぜる).以下,それぞれの輸送体について,生理機能と輸送機構を概説する.
脂質のフリップはP型ATPaseと呼ばれる輸送体によって行われる.P型ATPaseにはイオン輸送に関する輸送体が知られており,細胞の内外でナトリウムとカリウムを交換するNaK-ATPaseやER内腔にCa2+を輸送するCa-ATPase,胃でH+を輸送し,胃内部のpH調節を行うH+-ATPaseなどが挙げられる.P型ATPaseはイオンを輸送すると考えられてきたが,リン脂質を細胞膜の外葉から内葉へ輸送する活性(フリッパーゼ)を持つタンパク質が単離され,その後,P型ATPaseの中でリン脂質の輸送は機能的に大きなウエイトを占めることが明らかになった(6)6) J. T. Best, P. Xu & T. R. Graham: Curr. Opin. Cell Biol., 59, 8 (2019)..現時点ではP型ATPaseの内,15タンパク質を含むP4-ATPaseの多くが脂質のフリッパーゼとして機能することが知られている.
イオンと脂質はその構造が大きく異なるが,基本的な輸送機構は共通であると考えられ,脂質輸送型のP型ATPaseがイオンに比べてはるかに大きな脂質分子をどのようにして輸送するのかは,“giant substrate problem”と呼ばれ長らく謎であった.この2~3年で,輸送する脂質を結合した状態のP型ATPaseの構造が複数報告され,その結合様式が明らかにされつつある.ATP11Cの構造では結合したリン脂質が良く見えているが,それでも結合した脂質のアシル鎖が一本しか確認できないことから,リン脂質の内,少なくとも1本は脂質二重層の疎水性部分に解放された状態で輸送されると考えられる(7)7) H. Nakanishi, T. Nishizawa, K. Segawa, O. Nureki, Y. Fujiyoshi, S. Nagata & K. Abe: Cell Rep., 32, 108208 (2020)..立体構造が明らかにされる以前から提唱されていたモデルに“クレジットカードモデル”と呼ばれるモデルがあり,リン脂質輸送型のP型ATPaseは親水性頭部のみを認識し,大きなアシル鎖の部分は脂質二重層中に露出させ,“giant substrate problem”を回避するのではないかという推察があった(8)8) A. L. Vestergaard, J. A. Coleman, T. Lemmin, S. A. Mikkelsen, L. L. Molday, B. Vilsen, R. S. Molday, M. Dal Peraro & J. P. Andersen: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, E1334 (2014)..得られた構造はこのモデルの基本的なコンセプトが間違っていなかったことを示している.
フロッパーゼとして機能する輸送体は,同じくATPを動力源とするATP-binding cassette(ABC)タンパク質である.ABCタンパク質はすべての生物群に見られ,栄養素の取り込みや脂溶性物質の排出に関与する.ヒトでは48種類が確認されており,その欠損は脂質異常症などの疾患を引き起こす.大腸菌ではMsbAと呼ばれる輸送体が外膜成分であるlipid Aの内膜でのフロップに関与することが知られていた.一方,ヒトのABCタンパク質の中にフロップ活性をもつものが存在するかは不明であったが,いくつかの例が発見され始めている.ABCB4は胆管膜に発現して,胆管内腔にPCとコレステロールを排出することで,強力な界面活性効果を持つ胆汁酸から胆管細胞を保護することがその役割であると考えられてきた.しかし,2017年にABCB4はPEを細胞膜上でフロップさせ,破骨細胞の融合に関与することが示唆された(9)9) A. Irie, K. Yamamoto, Y. Miki & M. Murakami: Sci. Rep., 7, 46715 (2017)..また,善玉コレステロール(High density lipoprotein; HDL)を形成するABCA1は,余剰となったコレステロールを細胞外に排出することで,細胞をコレステロールの過剰な蓄積から保護し,動脈硬化症の発症を抑制すると考えられてきたが,このタンパク質が細胞膜上でコレステロールのフロップに関与することが明らかとなった(1, 10, 11)1) S. L. Liu, R. Sheng, J. H. Jung, L. Wang, E. Stec, M. J. O’Connor, S. Song, R. K. Bikkavilli, R. A. Winn, D. Lee et al.: Nat. Chem. Biol., 13, 268 (2017).10) Y. Okamoto, M. Tomioka, F. Ogasawara, K. Nagaiwa, Y. Kimura, N. Kioka & K. Ueda: Biosci. Biotechnol. Biochem., 84, 764 (2020).11) F. Ogasawara, F. Kano, M. Murata, Y. Kimura, N. Kioka & K. Ueda: Sci. Rep., 9, 4548 (2019)..ABCタンパク質には,ほかにも脂質のフロップに関わると考えられる輸送体が存在することが予想され,ABCタンパク質の生理的意義の理解が大きな転換期を迎えている.
ABCタンパク質の輸送は,構造生物学的解析を中心にその機構の解明が進められてきた.排出型のABCタンパク質では細胞内に向けて開いた基質を結合する構造と,細胞外に向けて開いた基質排出後の構造が報告されている.ABCタンパク質はこの2種類の構造を行ったり来たりして物質を輸送し,1回の輸送サイクルを回すのに1分子,ないし2分子のATPを必要とする.ATPがどのようにして輸送サイクルを駆動するのかは長年の謎であったが,この10年ほどでX線結晶構造解析や極低温電子顕微鏡による単粒子解析(cryo-EM:後述)による立体構造が多数報告され,ATPが構造変化を誘発する機構が明らかになってきた.ABCタンパク質は内向きの構造で輸送基質を結合するが,ATPはこの状態のタンパク質のATP結合領域に結合し,2つのATP結合領域を2量体化させることで,タンパク質全体の構造を大きく変化させ,膜ドメインを外側に開いた状態にする(図2図2■ABCタンパク質の基質輸送サイクル).ATPはその後加水分解され,タンパク質は元の内向き構造にリセットされる.膜中から脂溶性の基質を排出する反応を考えるとき,最もエネルギーが必要なステップは脂溶性の化合物を親水的な環境に放り出すステップであると考えられる.ABCタンパク質はATP結合をこのステップに充てている.ATPは電荷やATP結合領域との間に生じる水素結合などによって,2つのATP結合領域を強引に近づけることができ,これによって輸送に必要なパワーストロークを発生させている(図2図2■ABCタンパク質の基質輸送サイクル).すなわちATPは化学的な磁石として機能し,構造変化を誘発すると考えられる.ATPが加水分解されると十分な保持力を維持できなくなり,ATP結合領域が乖離し,元の状態に戻ると推測される.ATPを使った反応ではATPの加水分解エネルギーを用いて,という表現がよくされるが,ABCタンパク質においてはこの表現は正確ではない.
ABCタンパク質が行う排出とフロップにはどのような違いがあるのか? これについては,はっきりとした結論が得られていないが,筆者は外向き構造が大きなカギを握っていると考えている.筆者らが明らかにした多剤排出ポンプの外向き構造には外向きと呼べるほどの空間がなく,ほぼ閉じた状態にある(12)12) A. Kodan, T. Yamaguchi, T. Nakatsu, K. Matsuoka, Y. Kimura, K. Ueda & H. Kato: Nat. Commun., 10, 88 (2019)..一方,脂質のフロッパーゼとして機能するMsbAでは外向き構造が文字通り外向きに大きく開いており,膜の外葉部分に大きな裂け目がある.このことから,多剤排出ポンプは絞り出すようにして細胞外に基質を排出するのに対し,フロッパーゼでは裂け目を介して外葉に脂質が漏れていくことが推測される(図3図3■排出型輸送体とフロップ型輸送体の外向き構造).
薬物を細胞外に排出する好熱性紅藻由来の輸送体(CmABCB1)と大腸菌のlipidAフロップ輸送体(MsbA)の外向き構造を示した.フロップ型では外葉に大きく開いているのが分かる(6A6M, 3B60を用いて作図).
スクランブラーゼの輸送形式はイオンを濃度勾配に従って流すチャネルタンパク質によく似ている.P型ATPaseやABCタンパク質がATPを用いた能動輸送を行うのに対し,スクランブラーゼは輸送に方向性のない,受動輸送を行う.スクランブラーゼは膜貫通領域に親水性のグルーブ(溝)を持ち,リン脂質の親水性頭部を通すことで,フリップ,フロップの両方向への輸送を行う.その輸送速度は速く,脂質二重層中の側方拡散に匹敵する(13)13) R. Watanabe, T. Sakuragi, H. Noji & S. Nagata: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 115, 3066 (2018)..
1972年にSingerとNicolsonが有名な流動モザイクモデルを提唱して以来(14)14) S. J. Singer & G. L. Nicolson: Science, 175, 720 (1972).,生体膜はタンパク質が脂質の海の中を漂う姿で理解され,脂質は足場として機能するという概念が信じられてきた.一方,近年の技術革新により,脂質と強く結合した膜タンパク質の立体構造が多数報告された.これらの脂質は結合するタンパク質の活性に重要であることが多く,脂質は単なる足場ではなく,膜タンパク質が活性を発揮するための重要なコンポーネントであると推測される.また,直接結合して活性を調節するだけでなく,膜テンションや曲率などの物理的環境を脂質二重層が変動させることで膜タンパク質の活性を調整する例も多く報告されている.
脂質が直接結合して活性を制御する例としてGタンパク質共役型受容体GPCRが挙げられる.アドレナリン受容体(β2AR)の構造解析から,β2ARにはコレステロールが2量体の形成面に結合していることが明らかとなった(15)15) V. Cherezov, D. M. Rosenbaum, M. A. Hanson, S. G. Rasmussen, F. S. Thian, T. S. Kobilka, H. J. Choi, P. Kuhn, W. I. Weis, B. K. Kobilka et al.: Science, 318, 1258 (2007)..この部位に変異を導入したところ,活性の大幅な低下が認められたことから,コレステロールはβ2ARの活性制御に重要であると推測される.
筆者(木村)は様々な構造の低分子化合物を輸送できる多剤排出ポンプ(P糖タンパク質,MDR1)の生化学的解析を長年行っている.多剤排出ポンプは前述のABCタンパク質ファミリーに属し,真核生物で最初に発見されたABCタンパク質でもある.多剤排出ポンプは当初,がん細胞が複数の抗がん剤に対して耐性を示す,がんの多剤耐性の責任遺伝子として単離されたが,その後,本来の生理的役割は,環境中の有害な化合物から生体を保護することであることが明らかとなった.多剤排出ポンプは分子量が300~2,000程度の化合物を構造に関連なく輸送することが可能であるが,多剤排出ポンプが様々な化合物を認識できる能力は多くの研究者の興味を誘い,世界的に研究が展開されていた.筆者もその特性に興味を持ち,多剤排出ポンプを単離,同定した京都大学の植田和光教授のもと,生化学研究を行っていた.ある日,多剤排出ポンプがコレステロールと相互作用するという論文を読み,もしかするとコレステロールは潤滑剤として薬物の輸送速度を促進するのではないかと思い至り,コレステロールを含むリポソームと含まないリポソームに精製した多剤排出ポンプを再構成して酵素化学的な解析を行った.その結果,コレステロールは分子量が500以下の薬剤について一様に親和性を向上させた.この結果から,多剤排出ポンプは分子量が800以上の化合物を効率よく認識し,コレステロール(MW 386)は低分子の化合物を輸送する際に,同時に基質結合部位内に入り,見かけの分子量を増加させることで,低分子に対する認識効率を向上させていることが明らかとなった(16, 17)16) Y. Kimura, A. Kodan, M. Matsuo & K. Ueda: J. Bioenerg. Biomembr., 39, 447 (2007).17) Y. Kimura, N. Kioka, H. Kato, M. Matsuo & K. Ueda: Biochem. J., 401, 597 (2007)..つまり,多剤排出ポンプの基質認識には化合物の形と言うよりは,“どれだけのものが入っているか”が重要であると推測された.最初に構想したコレステロールは潤滑剤であるという仮説とは異なっていたが,試した化合物の中には速度が上昇したものが少しだけあり,これらの化合物ではコレステロールは潤滑剤としても機能するという結果が併せて得られたことは幸いだった.
脂質による膜タンパク質の制御では上記のような直接結合に加えて,膜の物理学的特徴を利用したものも多い.例えばメカノチャネルは生体膜の張力に応じてチャネルを開閉し,細胞に適切な反応を促す.張力を介した制御では,張力によって直接タンパク質の構造が変化するものと,周辺部の二重層構造のゆがみを利用したものが知られている.張力によって直接構造が変化する例ではバクテリアのメカノチャネルであるMscSが挙げられる.MscSは通常の状態では閉じているが,低浸透圧条件によって細胞の容積が増大し,膜に張力が生じるとチャネルが開口し,細胞内のイオンを細胞外へと流出させ,細胞の浸透圧を低下させることで,細胞の破裂と言う最悪の結果を回避する.この時,MscSのチャネル孔を形成するヘリックスが斜めに引き倒され,これによって中心にイオンが通る穴が形成されるが,張力によってタンパク質に力がかかることによって構造変化するのか,引き伸ばされた膜がその厚みを失うことで膜貫通ヘリックスを折りたたむように構造変化をさせるのかは不明であった.ごく最近,ナノディスクを用いた解析で,張力そのものがタンパク質の構造を変化させることを強く示唆する結果が示された(18)18) Y. Zhang, C. Daday, R. X. Gu, C. D. Cox, B. Martinac, B. L. de Groot & T. Walz: Nature, 590, 509 (2021)..脂肪酸鎖の鎖長の異なる脂質を用いてナノディスクに再構成し,構造解析した結果,鎖長を短くしていくだけではチャネルは開口しなかったが,シクロデキストリンで脂質を引き抜き,膜内に張力が生じるような状況を模倣することで,開いた状態の構造が得られた.この開き加減は生体で見られる大電流を流せる状態ではなかったものの,膜張力それ自体がタンパク質の構造を変化させ,活性調節を行っていることは確かであろう.一方,哺乳類で見られるPiezoチャネルは全く異なる機構を用いている.立体構造解析から,Piezoチャネルの膜貫通領域は大きくゆがんでおり,これによって周囲の膜をおわん型に陥没させていると推測された(19)19) Y. R. Guo & R. MacKinnon: eLife, 6, e33660 (2017)..膜に張力が生じるとこのおわん型に陥没した領域が引き伸ばされ,平面になることでチャネル孔を開口させると考えられる.また,Piezoの活性制御にはPSの非対称性が重要であるという報告もあり(20)20) M. Tsuchiya, Y. Hara, M. Okuda, K. Itoh, R. Nishioka, A. Shiomi, K. Nagao, M. Mori, Y. Mori, J. Ikenouchi et al.: Nat. Commun., 9, 2049 (2018).,Piezoは膜の物理的な変化と,結合脂質による直接制御の両面で脂質を利用していると言える.
脂質の結合と物理化学的な変化を利用して,活性を制御すると考えられているチャネルに痛みの受容体がある.我々が熱いものに触ったときに思わず手を引っ込めてしまうのは,感覚器から熱いという刺激が脳に伝達され,それに反応するからである.このためにはまず,熱さ,すなわち温度の変化を感知する機構が必要であり,我々の体ではTRPと呼ばれるチャネルファミリーがこの温度変化の受容体となっている.植物の中にはこの痛みを食害防御として利用するものがある.例えば唐辛子に含まれるカプサイシンはTRPV1という熱を感知するチャネルに作用して,痛みを惹起させる.同様にメンソールはTRPM8と言う冷温感知チャネルに作用し,痛みを与えることで自らが食害されるのを防いでいる.ところがどういう訳か,ヒトと言う奇妙な生き物がおり,大人の味などと言う標語とともにこれらの痛み物質を好んで摂取している.植物にとってもこの対応は想定できなかったであろうが,そのおかげでトウガラシは世界中に生息地を広げることに成功したのも事実である.ともあれ,本稿は脂質によるタンパク質の調節を紹介する場であり,TRPチャネルがどのようにして熱を感知しているかを見ていく.TRPV1の温度調節に脂質が関与していることは,これもナノディスクを用いた電子顕微鏡単粒子解析によって初めて明らかとなった(21)21) Y. Gao, E. Cao, D. Julius & Y. Cheng: Nature, 534, 347 (2016)..得られた構造から,脂質二重層中のTRPV1には脂質二重層の内葉部分に脂質が1分子結合しており,このため膜貫通領域の揺らぎが増すため,チャネル孔を保持できず,イオンは透過しない.カプサイシンはこの脂質と競合し,カプサイシンが結合すると,結合している脂質が追い出され,チャネル孔が安定に形成されることでイオンが通過し,痛みとしてシグナルが伝わる.温度が上昇した場合には,結合した脂質が分子運動によって乖離することでチャネル孔が形成され,痛みとして感知されると推測されている.
興味深いのは,膜タンパク質が周囲の環境に存在する脂質に合わせて,最適化されている可能性があることである.イオン輸送型のP型ATPaseを例にとってみると,細胞膜上で機能するNaK-ATPaseやH+-ATPaseではコレステロールによって活性が促進されるが,ER上に存在してCa2+をER内腔に輸送するCa-ATPase(SERCA)では,膜の流動性に関連すると考えられる効果は認められるものの,直接的な影響は確認されない(22)22) K. R. Hossain & R. J. Clarke: Biophys. Rev., 11, 353 (2019)..これは,細胞膜が約40 mol%のコレステロールを含むのに対して,ER膜が5~7%程度のコレステロールしか含まないことと関連していると考えられる.実際,NaK-ATPaseはリン脂質に加えて複数のコレステロールが結合した状態で構造が決定されている(23)23) R. Kanai, H. Ogawa, B. Vilsen, F. Cornelius & C. Toyoshima: Nature, 502, 201 (2013)..このことから膜タンパク質はそれ自体が存在する周囲の脂質を使って活性を制御する機構を独自に発展させてきたと推測される.
このような例は種を超えてみられる.植物は葉緑体のチラコイド膜上で光合成電子伝達反応を行う.このチラコイド膜はガラクト脂質(MGDGとDGDG)が80%を占める特異な組成を持つ.また,約10%は硫黄を含む糖脂質(SQDG)で,残りの10%を占めるリン脂質もほぼホスファチジルグリセロール(PG)のみと,植物細胞の他のオルガネラとはその組成が大きく異なる(24)24) K. Kobayashi: J. Plant Res., 129, 565 (2016)..チラコイド膜がこのような特異な脂質組成を持つ理由は,葉緑体の細胞内共生にあると考えられる.植物細胞は進化の古い段階で葉緑体を獲得することで,動物細胞と分化したが,この時,葉緑体として取り込まれたのが,シアノバクテリアの一種であったと推測されている.実際,現生のシアノバクテリアの脂質組成は,葉緑体の脂質組成とよく一致する.ただし,合成に関わる酵素遺伝子においては植物とシアノバクテリアとで大きな違いがあり,細胞内共生だけでは説明できないことにも留意する必要がある.さて,これらのチラコイド膜特有の脂質は,脂質二重層だけでなく,光合成電子伝達系のタンパク質複合体にも多く含まれる.実際,光化学系II(PSII)とI(PSI)の詳細な立体構造が近年,シアノバクテリアと植物で次々と明らかにされており(25)25) A. Yoshihara & K. Kobayashi: J. Exp. Bot., 73, 2735 (2022).,いずれの複合体にもチラコイド膜特有の糖脂質やPGが多数結合している様子が観察された(図4図4■植物(エンドウ)の光化学系II-アンテナ複合体(PSII-LHCII)と光化学系I-アンテナ複合体(PSI-LHCI)に含まれる脂質分子).特筆すべきは,チラコイド膜に存在するPGのうちの約30%が,脂質二重層ではなく光化学系複合体の内部に含まれることである(26)26) K. Kobayashi, K. Endo & H. Wada: Front. Plant Sci., 8, 1991 (2017)..これらの脂質は光化学系の構造や機能に必須であり,ガラクト脂質の極性頭部をグルコースに置き換える実験や,PGと相互作用するPSIIタンパク質のアミノ酸の置換実験から,脂質とタンパク質との特異的な相互作用が重要であることが示されている(25)25) A. Yoshihara & K. Kobayashi: J. Exp. Bot., 73, 2735 (2022)..以上のことから,光合成電子伝達系のタンパク質複合体が,自身の周囲に存在する脂質を構造のコンポーネントとし,その中で最大活性を発揮できるようにアジャストされてきた系譜が推測される.シアノバクテリアと植物の葉緑体が未だに同じ脂質を使い続けていることも,この推測を支持する.
チラコイド膜の興味深い特徴として,脂質とタンパク質の相互作用が,その形態をも制御するという現象がある.暗所で発芽した被子植物の子葉では,葉緑体の前駆体のエチオプラストができる.エチオプラスト内には,LPORタンパク質と脂質の複合体により,ハチの巣構造のプロラメラボディ(PLB)が作られる.光が当たると,PORの分解によりPLBが崩壊し,チラコイド膜の土台となるラメラ構造へと変化する.この際,脂質組成は変化しないので,脂質とタンパク質の相互作用の状態が変化することで,膜構造の変化がおこると考えられる(27)27) S. Fujii, H. Wada & K. Kobayashi: Plants, 8, 357 (2019)..チラコイド膜の極端な層状の構造やグラナ構造も,脂質とタンパク質との相互作用による.チラコイド膜のグラナ構造の形成は,脂質二重層に埋め込まれたPSIIとその光捕集アンテナ(LHCII)の超複合体が作るマクロドメインに依存する.チラコイド膜表面のPSII-LHCIIマクロドメイン間でファンデルワールス力や静電相互作用が働くことで膜同士の密着が起こり,グラナスタックが形成されると考えられている(28)28) M. Pribil, M. Labs & D. Leister: J. Exp. Bot., 65, 1955 (2014)..一方,グラナの端の湾曲部分の形成には,CURT1という膜タンパク質が寄与する.脂質二重層に結合したCURT1がグラナの端で多量体を形成することで,膜が強く湾曲するというモデルが提唱されている(29)29) U. Armbruster, M. Labs, M. Pribil, S. Viola, W. Xu, M. Scharfenberg, A. P. Hertle, U. Rojahn, P. E. Jensen, F. Rappaport et al.: Plant Cell, 25, 2661 (2013)..
ここ数年,脂質によるタンパク質の制御機構の解明が大きく進展している.これにはクライオ電子顕微鏡による構造解析技術,タンパク質の再構成技術の飛躍が大きく貢献している.現在,主流となっている単粒子解析は,従来タンパク質の構造解析に用いられてきた結晶化とは全く異なる手法である.単粒子解析では,タンパク質を精製して電子顕微鏡で撮像する(写真を撮る).得られた画像には様々な向きのタンパク質像が含まれているはずであり,ここから個別のタンパク質像をピックアップしてコンピューター上で重ね合わせ,平均化することで3次元構造を再構築する.このため,結晶化の必要がなく,結晶作成が困難であった膜タンパク質の構造解析に適している.単粒子解析自体は20年以上前から存在する手法であったが,その分解能はようやくαヘリックスが棒状に見える程度であった.ここ数年のブレークスルーはカメラ技術の発展によるところが大きい.これによって,従来に比べてより分解能の高い像を電子顕微鏡で得られるようになり,アミノ酸の側鎖まではっきり見える分解能に到達することが可能になった.再構成手法の点ではナノディスクの開発が大きいだろう.ナノディスクは善玉コレステロールとして知られる高密度リポタンパク質(HDL)の初期構造が円盤状の脂質二重層であることに着想を得た手法で,HDLを形成するapoA-IをベースにしたMSP(membrane scaffold protein)の開発により,様々な大きさのディスク状二重層にタンパク質を再構成できる(30, 31)30) Y. V. Grinkova, I. G. Denisov & S. G. Sligar: Protein Eng. Des. Sel., 23, 843 (2010).31) I. G. Denisov & S. G. Sligar: Nat. Struct. Mol. Biol., 23, 481 (2016)..ナノディスクを使った再構成では,膜タンパク質が一定の大きさの二重層に再構成された粒子が得られるため,電子顕微鏡単粒子解析と非常に相性が良い.また,一般の研究室で保有できるコンピューターの計算能力が向上し,各研究室で3次元構造が構築できるようになったことも大きい.電子顕微鏡による撮像技術,膜タンパク質の再構成技術,コンピューター能力がちょうど時を同じくして発展した結果,今日ではトップジャーナルの記事に必ず膜タンパク質の構造が掲載されるような状況になった.この趨勢は少なくともあと数年は続くであろう.脂質と膜タンパク質の関係について新たな発見が爆発的に増加することを期待しつつ本稿を終わる.
Reference
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