プロダクトイノベーション

疾病の予防に役立つ東北地域の食料資源の探索産学連携による弘前大学の共同研究成果製品

Hayato Maeda

前多 隼人

国立大学法人弘前大学農学生命科学部

Published: 2022-09-01

はじめに

青森県は日本海,太平洋,津軽海峡,陸奥湾と三方が海に囲まれ,世界自然遺産の白神山地,険しい八甲田山系と自然豊かな地域である.また農水産業が盛んで農業産出額は東北1位であり,中でもリンゴを含めた果実は全国1位である(2020年統計).水産物ではイカが1位,ホタテが全国2位を誇る.弘前大学は県内唯一の国立大学として地域に根差した研究や社会貢献を目指している.

地域資源を活用した共同研究や共同開発製品の事例が多く,最も有名なものはサケの鼻軟骨に含まれるプロテオグリカンの研究と製品化である.プロテオグリカンはタンパク質と糖鎖が共有結合した構造をしており,皮膚の水分保持や関節の動きを円滑にする働きを担う体内の成分である.青森県ではサケを使った郷土料理としてサケの鼻軟骨(氷頭:ひず)を使った「氷頭なます」が古くから食べられてきた.弘前大学ではこの氷頭からプロテオグリカンを高純度で大量抽出し,機能性を解明する研究が進められた(1)1) 内山大史:産学連携学,15,34 (2019)..現在ではプロテオグリカンは化粧品,食品,サプリメントなど200品目以上の製品が販売され,それらの累計製造出荷額は約297億円(2020年)に達している.

弘前大学は共同研究成果製品に大学のロゴマークを使用できる制度を設けている.この制度を活用し2013年から現在までに18製品の地元企業との共同研究成果製品の開発に携わってきた.本稿では特に成功をおさめた「黒ゴボウ」と「赤キクイモ」製品を中心に紹介をする.

黒ニンニクと黒ゴボウ

ニンニクとゴボウは青森県が全国第1位の生産量である.ニンニクは生で出荷される以外に,加工食品である黒ニンニクの製造も盛んである.青森県では2006年頃から県内企業が量産を開始し,現在では青森県内企業の年間売上高は20億円以上に成長している.黒ニンニクは生のニンニクをある程度湿度を保ち40~70°C程度で数週間維持することで加工できる.特殊な設備が無くても製造できることから,小規模な企業でも低コストで製造できる.生のニンニクを過剰に摂取すると体質によっては強い刺激による腹痛や下痢,また口臭悪化が問題になる.黒ニンニクはドライフルーツのような甘みがあり,加工工程で刺激や臭いの強い硫黄化合物が除去されるため,比較的気軽に摂取できる.黒ニンニクには抗酸化や免疫賦活作用をはじめとした機能性があることが報告されている(2, 3)2) E. Sato, M. Kohno, H. Hamano & Y. Niwano: Plant Foods Hum. Nutr., 61, 157 (2006).3) D. Wang, Y. Feng, J. Liu, J. Yan, M. Wang, J. Sasaki & C. Lu: Med. Aromat. Plant Sci. Biotechnol., 4, 37 (2010)..また熟成時間の経過と共に増加する物質と抗酸化活性の変化について電子スピン共鳴法(ESR)で評価した(4)4) K. Nakagawa, H. Maeda, Y. Yamaya & Y. Tonosaki: Molecules, 25, 4578 (2020)..その結果,熟成時間の経過とともに抗酸化活性が上昇し,糖とアミノ酸から生成するメイラード反応化合物,特に5-ヒドロキシフルフラールが特異的に上昇することを確認した.

農産物の栽培や加工をおこなっている(有)柏崎青果では黒ニンニクの製造施設を活用し,他の野菜類でも同様の加工ができないか2010年頃に検討をおこなっていた.この発想は廃棄される野菜の有効活用が目的であった.ゴボウの加工食品は乾燥野菜などに限られている.また形の悪い規格外のゴボウは廃棄され堆肥にされていた.廃棄される野菜で簡単な製造法により加工食品を作ることができないか様々な野菜で検討をおこなった.その結果,ゴボウはニンニクと同様に黒ニンニクに類似した甘さや食感に加工できることが分かり,製造特許を取得した(図1図1■ゴボウの新しい加工食品「黒ゴボウ」).ゴボウは日常的に食べられている食材の中では食物繊維が豊富であり,中でも腸内環境改善作用などの機能性の報告があるイヌリンが多い食材である(5)5) A. J. Moshfegh, J. E. Friday, J. P. Goldman & J. K. C. Ahuja: J. Nutr., 129(Suppl), 1407S (1999)..黒ゴボウは,黒ニンニクと同じような味や食感があるが,健康の維持に役立つ機能性については不明であった.

図1■ゴボウの新しい加工食品「黒ゴボウ」

黒ゴボウの機能性

ゴボウは元々,抗酸化作用があるクロロゲン酸をはじめとしたポリフェノールを含む食材である.黒ゴボウの抗酸化活性をDPPHラジカル消去活性試験にて評価した(6)6) 前多隼人,鴨下加奈子,山谷梨恵,工藤重光,古川博志,佐々木甚一,柏崎進一:New Food Industry, 56, 27 (2014)..その結果,黒ニンニクと同様に黒ゴボウは未加工のゴボウよりも抗酸化活性が高いことが明らかとなった(図2図2■黒ゴボウの抗酸化活性と糖吸収緩和作用左).次に,食後の糖の吸収を穏やかにする作用を評価した.唾液,膵液中のα-アミラーゼに対して阻害活性を有する成分は糖の吸収を穏やかにする効果が期待され,ポリフェノールや難消化性の食物繊維を含む機能性食品が開発されている.黒ゴボウの抽出物には,α-グルコシダーゼ阻害活性があることが確認された.また黒ゴボウ抽出物をマウスに投与し,糖負荷試験を実施した(図2図2■黒ゴボウの抗酸化活性と糖吸収緩和作用右).その結果,糖負荷後の血糖値の上昇の抑制傾向も確認された(6)6) 前多隼人,鴨下加奈子,山谷梨恵,工藤重光,古川博志,佐々木甚一,柏崎進一:New Food Industry, 56, 27 (2014)..よって黒ゴボウの摂取は食後の血糖値の上昇を穏やかにすることが示唆された.

図2■黒ゴボウの抗酸化活性と糖吸収緩和作用

左:未加工のゴボウと黒ゴボウの抽出物の抗酸化活性をDPPHラジカル消去活性試験にて比較した.抗酸化活性はmg/Lピロガロール当量で示した.右:黒ゴボウ抽出物を投与した後糖負荷試験を実施し,食後血糖値の上昇具合を評価した.

これらの結果を基に黒ゴボウと黒ゴボウを使った茶を共同研究成果製品として2014年に販売した.その後より気軽に摂取できる製品としてペットボトルの黒ゴボウ茶の開発を青森市の丸大堀内(株)の協力でおこなうことになった.丸大堀内(株)では青森県産品を使った全国展開する加工食品をプロデュースしてきた実績があった.長く売れる製品のポイントとしては,まずは美味しさが重要である.試作品を作り社内や学生モニターの意見を取り入れた.黒ゴボウのみで作ったお茶はゴボウの風味が強いのだが,好みの分かれる味であることがわかった.そこで販売実績のあった黒大豆茶とブレンドし,万人受けする製品にすることになった.弘前大学医学部保健学研究科との共同研究で,黒大豆の機能性については,特にアントシアニンを蓄積する種皮の部分の抗酸化活性が高いことをESRイメージング法で分析していた(7)7) K. Nakagawa & H. Maeda: Free Radic. Res., 51, 187 (2017)..黒大豆の抗酸化成分もブレンドしたペットボトル茶「だぶる黒茶」が2017年に完成した(図3図3■黒ゴボウと黒豆のペットボトル飲料「だぶる黒茶」左).

図3■黒ゴボウと黒豆のペットボトル飲料「だぶる黒茶」

パッケージデザインは丸大堀内(株)に入社した本学の卒業生がイメージを手掛け,プロのデザイナーの手によりブラッシュアップした.ゴボウの写真を大きく掲載し,素材を印象付けるデザインを採用した.容量は350 mLの小さいサイズをあえて採用した.これはゴクゴクとたくさん飲む飲料というよりは,ゆっくりと仕事の合間に飲むことを想定したためである.また女性のユーザーをターゲットにしており,小さなカバンに入れても持ち運びしやすいことも考えている.当時ノンカフェインのニーズが高まってきており,大手飲料メーカーからデカフェやノンカフェインのお茶の販売が相次いでいた.そのため,「だぶる黒茶」にもノンカフェインの文言を入れることになった.ペットボトル飲料は販売が増加する時期が夏場であり,その次が寒い冬季にピークがあるとのことから,容器はホット販売も可能なものを採用した.「だぶる黒茶」は初年度に20万本を出荷した.初めは青森県内のスーパーマーケット,大学構内,お土産店,インターネット販売であったが,東北各県に販路が拡大していった.2019年にはコープ宮城のプライベートブランドの「古今東北」の製品に採用され,姉妹品の「香ばしのだぶる黒茶」が販売を開始した(図3図3■黒ゴボウと黒豆のペットボトル飲料「だぶる黒茶」右).こちらは生活協同組合CO・OP店舗の他,生協共同購入製品にも掲載されている.2021年度には300万本以上が販売された.地方企業のプロデュース製品としては異例の長期にわたる販売と販売本数であり,大きな成果をおさめている.

赤キクイモ

青森県の五所川原市では果肉にアントシアニンが蓄積する赤肉リンゴ品種「赤~いりんご御所川原」を特産化している.果肉の赤い色に加え,他の品種よりもポリフェノール含量が数倍高いのが特徴である.この赤色を地域のブランドイメージとし,同じ赤色の農作物として赤キクイモ(010系統243277号)の生産を進めている.この赤キクイモは北海道在来種を導入したものである.種苗で流通している紫キクイモと比較すると小ぶりであり,収量は多くはない.キクイモは腸内環境改善などの機能性が期待されるイヌリンが特に多い作物である(5)5) A. J. Moshfegh, J. E. Friday, J. P. Goldman & J. K. C. Ahuja: J. Nutr., 129(Suppl), 1407S (1999)..この赤キクイモの付加価値の向上につながる機能性成分の分析をおこなった結果,乾燥重量100 g当たり61.7 gのイヌリンが含まれていることが明らかになった.さらに赤キクイモ摂取による肥満に関係する疾患の予防作用をマウスによる動物試験で評価した(図4図4■赤キクイモ粉末投与による高脂肪食投与マウスの肝臓での炎症抑制作用).正常マウス(C57BL/6J)に対し,対照群には高脂肪食を,赤キクイモ群には赤キクイモ粉末を5%含む高脂肪食を投与し30日間実験飼育をおこなった.その結果,赤キクイモ群は肝臓の炎症の指標である血清のGOT値とGPT値が対照群と比較し有意に低い値を示した.また肝臓脂質の蓄積も抑えられていた.一般的に高脂肪食摂取により腸管内の短鎖脂肪酸生産菌の割合が低下し,糞中の短鎖脂肪酸含量が低下する.赤キクイモ群では糞中のプロピオン酸,酪酸含量が高かった.このことから赤キクイモ摂取により腸管内の短鎖脂肪酸の産生能が高まることも示された.腸管内で産生する短鎖脂肪酸は脂肪酸受容体であるGPR43やGPR41に作用し,脂肪組織での脂肪蓄積抑制や交感神経に作用しエネルギー消費を促す(8)8) H. Shimizu, R. Ohue-Kitano & I. Kimura: Glycative Stress Research, 6, 181 (2019)..これらの結果から,赤キクイモの摂取は腸管内での短鎖脂肪酸の産生を促し,高脂肪食による肝臓脂質の蓄積と炎症を抑制することが示唆された(入戸野理ほか,日本食品科学工学会東北支部2021年大会).

図4■赤キクイモ粉末投与による高脂肪食投与マウスの肝臓での炎症抑制作用

赤キクイモに含まれる成分の特徴を生かした製品として,ドリンク,うどん,サプリメントの開発と販売をおこなった(図5図5■青森県五所川原市産の赤キクイモを使った共同研究成果製品).赤キクイモドリンク「御所の紅」(ごしょのあか)は1本50 mLあたり赤キクイモ由来のイヌリンを約3.35 g配合した.「赤~いりんご御所川原」リンゴの果汁を加え,酸味のある製品に仕上げた.その他に赤キクイモ粉末とうどんの「御所の基」(ごしょのもと),葉の粉末とうどん「御所の翠」(ごしょのみどり)なども販売している.これらは2020年度から五所川原市のふるさと納税返礼品にも採用されている.2022年4月現在,イヌリンを含む機能性表示食品の届出が100製品以上ある.青森県庁では県内企業の機能性表示食品の届出を促すため,イヌリンの研究レビューを県内企業者に提供している.本製品も近い将来の機能性表示食品の届出を計画している.