Kagaku to Seibutsu 60(10): 492-495 (2022)
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マイクロバイオーム解析で明らかとなった巨大マリモの内部の微生物たちマリモは共生微生物の力をかりて大きくなる
Published: 2022-10-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
マリモ(Aegagropila linnaei)は,北半球の高緯度地方の湖沼や河川に広く分布するアオサ藻綱シオグサ目に属する藻類の一種である.糸状体と呼ばれる長さ3~4 cmの枝分かれした糸状の藻体が岩石等に付着する生態が基本である.糸状体は多年生で絡み合いやすいため,しばしば遊離状態の糸状体が放射状に配列・密生して名称の由来となっている球状の集合体(以下,球状マリモ)を形成する.球は体積当たりの表面積を最小にする形であり,光合成植物であるマリモにとって,光エネルギーの獲得や外界との物質の出入りに不利に働くと考えられる.それにも関わらずなぜ球化するのか,「植物界の謎」として古くから科学者の関心を集めてきた.中でも,北海道阿寒湖の球状マリモは,表面が緻密で美しく,また直径が30 cmを超える大きさになることで世界的に知られ,わが国の特別天然記念物に指定されている.
阿寒湖では,マリモの保護を目的とした調査研究が1950年代から続けられており,成長過程を含めた生態の概要が明らかになっている.球状マリモは,通常,風速が10 m/sec未満の風によって生じる波によって少しずつ回転しながら表面の全体でまんべんなく光合成を行い,糸状体の先端部が伸張成長して直径を増大させる.その際,直径が10 cm近くなると,光の届かない中心近くから糸状体が枯死・分解して空洞を生じる.外側の糸状体が放射状に配列した藻の層の厚さが4 cmを超えることは希で,直径が大きくなるほど空洞が拡大して構造は脆弱になる.放射型球状マリモは,直径が大きくなるほど水流によって動かされやすくなるため,大きな波動が起こると壊れて小さな断片に別れ,これが再び成長するサイクルを繰り返して集団が維持されている.ところが,上述した直径が30 cmに達する球状マリモでは,藻の層が緻密で硬く,こうした構造の強化が大型化に関与しているのではないかと考えられていた.今回,私たちは巨大マリモの内部のマイクロバイオーム(微生物叢)を調べる機会を得て,マリモの成長に伴い微生物の群集構造が変遷していることを知り,この内部の微生物たちがマリモの大型化にも関係していると考えるようになった.
マリモの微生物叢の研究に着手する端緒となったのは,南極のコケ類に共在・共生する微生物の研究である.生物相に乏しいと思われていた南極の湖底にも,植物の集合化現象が存在することが昭和基地周辺の湖で発見された.雪と氷に覆われた南極大陸でも,大陸縁辺には岩盤が露わになる露岩地帯があり,そこに深さや広さ,水質などが異なる湖が点在する.液体の水が存在する湖は南極に棲む生物にとってまさにオアシスである.仏池と名付けられた湖には,本来陸上で観察されるLeptobryum属のコケ類が水中で塔のような構造体を作り上げて生育しており,その様相から「コケ坊主」と名付けられた.コケ坊主は大きいもので高さ80 cmにもなる.極貧栄養湖である南極の湖で,なぜコケ坊主が大きく成長できるのだろうか.それを知るため,コケ坊主の内部に生息する微生物に目を向けた.外層はコケ類や藻類による光合成が活発である.一方,コケ類の分解が進む内層は還元的な環境で,時に空洞になる.脂肪酸分析やマイクロバイオーム解析でそれらを調べたところ,コケ坊主内の酸化的な外層と還元的な内層それぞれの層に系統的に異なる微生物が棲み分けており,コケ坊主全体で,一つのコケ–微生物共生コミュニティを形成していた.そこでは窒素を中心にさまざまな物質を循環し湖底の“ミニ生物圏”となっている(1)1) S. Castro-Sowinski: “The Ecological Role of Micro-organisms in the Antarctic Environment,” Springer, 2019..このコケ坊主のように,球状マリモの内部でも類似した微生物との共生コミュニティが存立することを期待して研究を開始した.
自然のままのマリモ内部の微生物群集を知るため,阿寒湖の湖底から大小サイズの異なる球状マリモを直接採取し,それを船上で速やかに解体しサンプルを調製した.注目されたのは,直径20 cmの巨大な球状マリモでのみ切断面に緑色と茶色を呈した層状構造が観察された点である(図1A, B図1■球状マリモ内部のマイクロバイオーム).茶色の層には砂泥が確認され,このマリモが分布する水域の底質は同様の砂泥であることから,これが糸状体の隙間に入り込まれたものと考えられた.そして,砂泥が層状に溜まるのは,そこでバイオフィルムを形成する細菌(バクテリア)のためであるらしいことが,マイクロバイオーム解析によって後から判った.バイオフィルムは細菌が分泌または排出した多糖類などの有機物質により細胞同士が凝集したもので,排水口のヌメリがこれにあたりその粘性により砂泥が溜まっていると考えられる.この砂泥の層を目安に,各層からサンプルを採取した.“生きた”バクテリアを特定するため,RNAを抽出して得た16S rRNA転写物を利用した.その結果,表層では,光合成や窒素固定を通して周りに炭素源や窒素源を供給しうるシアノバクテリアが見られた(図1C図1■球状マリモ内部のマイクロバイオーム)(2)2) R. Nakai, I. Wakana & H. Niki: iScience, 24, 102720 (2021)..一方,より深層では,亜硝酸酸化菌のNitrospira属菌,また硫黄化合物を酸化してエネルギー源を得る化学合成細菌が優占することがわかった.化学合成細菌は配列からは新規細菌に当たるもので,既に培養された種の中では,温泉の微生物マット(バイオフィルムが積み重なったもの)から分離された硫黄酸化菌Sulfurivermis fontis(3)3) H. Kojima, M. Watanabe & M. Fukui: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 67, 3458 (2017).に近縁であった.火山性のカルデラ湖である阿寒湖が硫黄化合物に富むことを考えると,それを利用する化学合成細菌が生息していて不思議ではない.また,コケ坊主においても化学合成細菌がもつ二酸化炭素固定酵素の遺伝子の検出頻度が内部で高くなっており(4)4) R. Nakai, T. Abe, T. Baba, S. Imura, H. Kagoshima, H. Kanda, Y. Kohara, A. Koi, H. Niki, K. Yanagihara et al.: Polar Biol., 35, 1641 (2012).,光合成と化学合成という異なる炭素固定システムをもつ微生物が異なる部位に局在することがコケ坊主とマリモで共通して見出されたことから,植物の集合化の結果生じた構造に合わせて微生物との共生コミュニティが形成されているということを示しているのであろう.
マイクロバイオーム解析によって,共在・共生している微生物がマリモへの栄養源の一つとなっているらしいことが判ったが,これは当初から予想できたことであった.意外であったのは,それら微生物が作り出しているバイオフィルムが,巨大化するマリモの糸状体の放射状の構造を維持するためにも役立っているのではないかという点である.巨大化したマリモには,粘性のあるバイオフィルム層ができており,そこに溜まった砂泥により複数の層として認められる.このバイオフィルム層は,糸状体どうしを結びつける糊のような働きをしていると考えられる.実際,これが気密性を高め,ガスを溜め,マリモが浮き上がる構造的な原因になっている(図2図2■阿寒湖で高水温時に浮き上がるマリモ).そして同時に,このバイオフィルムは糸状体の構造を機械的に安定化し,少々の波浪にも耐えて30 cmに至るマリモの出現を可能にしているのであろう.巨大なマリモは,かつてオーストリアのツェラー湖やスウェーデンのヘデルビケン湖などでも確認されていたが,湖の環境の悪化により今ではすっかり姿を消してしまい,このような巨大なマリモが見られるのはもう地球上では阿寒湖だけになってしまった.地元の人々にマリモが愛され,その協力により生育環境が守られてきたことが阿寒湖のマリモの存続を支えてきた.マリモに関しては,核磁気共鳴画像法(MRI)を使った内部構造の観察など新技術を使った研究も始まり(5)5) K. Nakayama, K. Komai, K. Ogata, T. Yamada, Y. Sato, F. Sano, S. Horii, Y. Somiya, E. Kumamoto & Y. Oyama: Sci. Rep., 11, 22017 (2021).,新たな巨大化の仕組みを解き明かす試みも始まっている.これらの新しい知見が,この愛らしい生き物を末長く保護するための一助となれば願っている.
Reference
1) S. Castro-Sowinski: “The Ecological Role of Micro-organisms in the Antarctic Environment,” Springer, 2019.
2) R. Nakai, I. Wakana & H. Niki: iScience, 24, 102720 (2021).
3) H. Kojima, M. Watanabe & M. Fukui: Int. J. Syst. Evol. Microbiol., 67, 3458 (2017).