Kagaku to Seibutsu 60(10): 502-508 (2022)
解説
エラジタンニンにおける有機化学合成的手法の発展酸化反応の開発と天然物化学への展開
Advancement of Organic Chemical Synthetic Methods in Ellagitannins: Development of Oxidation Reactions and Application to Natural Product Chemistry
Published: 2022-10-01
エラジタンニンは,ポリフェノールの一部門であり,その抗酸化作用による健康効果が期待されている.19世紀から知られているエラジタンニンであるが,近年になってエラジタンニンを構成するビアリール構造の構築法が確立された.この手法により,多くのエラジタンニンの化学合成が可能になっている.本解説では,先駆者たちの成果を紹介しながら,エラジタンニンに関する研究の最先端について紹介する.
Key words: エラジタンニン; ヘキサヒドロキシジフェノイル基; 酸化的カップリング; 軸不斉
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© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
エラジタンニンは,バラ科などの双子葉植物に含まれる加水分解性タンニンで,カテキンなどと並ぶポリフェノールの一部門である(1, 2)1) O. T. Schmidt & W. Mayer: Angew. Chem., 68, 103 (1956).2) S. Quideau: “Chemistry and biology of ellagitannins: An underestimated class of bioactive plant polyphenols,” World Scientific, 2009..生物活性として,in vivoまたはin vitroでの実験系で抗酸化作用を示すものが数多く見られる.生体内外で生成する種々の活性酸素は有害な物質として働くなど,広範な疾患の原因となると考えられており,抗酸化作用を持つエラジタンニンが多量に含まれる食品・生薬は,健康効果が期待されている(3)3) T. Okuda, T. Yoshida & T. Hatano: “Plant polyphenols,” ed. by R. W. Hemingway & P. E. Laks, Springer US, 1992..エラジタンニンの特徴としては,1,000を超す天然物が知られる程の構造多様性が挙げられる(4, 5)4) E. Haslam: “Plant polyphenols,” ed. by R. W. Hemingway & P. E. Laks, Springer US, 1992.5) S. Quideau & K. S. Feldman: Chem. Rev., 96, 475 (1996)..複雑な構造を有するエラジタンニンであるが,その構造を俯瞰すると一定の規則が存在する(図1図1■エラジタンニンの構造と特有の官能基).エラジタンニンの基本構造は,ガロイル(G)基(1)同士が炭素-炭素結合したヘキサヒドロキシジフェノイル(HHDP)基(2)とD-グルコースとのエステルである.D-グルコースにG基やHHDP基を有する単純なエラジタンニンから,構造の多様性が生じる.すなわち,G基同士や,G基とHHDP基が炭素-酸素結合したC–Oジガラート,さらに多量体,高度に酸化された化合物など様々な構造を持つようになるのである.例えば,HHDP基にG基が酸化的カップリングすると,ノナヒドロキシトリフェノイル(NHTP)基(3)が生じる.また,G基とHHDP基は炭素-酸素結合で連結でき,これによりC–Oジガラートと総称されるデヒドロジガロイル(DHDG)基(4)やマカラノイル基(5),サングイソルボイル基(6),バロネオイル基(7),テルガロイル基(8)などが生成する.さらに,HHDP基は酸化や脱水・水和を受けて,デヒドロヘキサヒドロキシジフェノイル(DHHDP)基(9)やテトラヒドロキシジベンゾフラノイル(THDBF)基(10)などを形成する.さらに,どの構成基がグルコースのどの位置に架橋しているかによって,グルコピラノース環の立体配座が様々に変形することもエラジタンニンの特徴である.エラジタンニンが有するグルコピラノース環の立体配座は,おおよそ熱力学的にも安定ないす型(4C1配座)であるが,アキシアルリッチないす型(1C4配座)や,ねじれ舟型(3S1配座)をとる天然物も知られている.このように,HHDP基を始まりとして,酸化や分子間での多量化反応,G基やHHDP基の部分的な加水分解などが進行することで,構造的多様性が爆発的に増加する.
前述のとおり,HHDP基がエラジタンニンの構造の核となっている.そのため,エラジタンニンの化学合成にはHHDP基の構築法の確立が欠かせない.HHDP基の構築には,2つのG基を酸化させ,炭素–炭素結合を形成する必要がある.
HHDP基構築の先駆的方法は,Feldmanらによって1993年に開発された(図2A図2■HHDP基の構築方法)(6, 7)6) K. S. Feldman & S. M. Ensel: J. Am. Chem. Soc., 115, 1162 (1993).7) K. S. Feldman & S. M. Ensel: J. Am. Chem. Soc., 116, 3357 (1994)..すなわちベンゾフェノンケタールとして保護した没食子酸エステル11を,酢酸鉛(IV)を用いて酸化的にカップリングすると,ビアリール構造が構築された.本法では,ベンゾフェノンケタールを用いた非対称なG基の保護が採用されたため,酸化的カップリングの反応点は,図中のaとbの2点存在する.そのため,カップリング生成物は4つの位置異性体混合物12–15として得られており,生成物の構造を確実に決定することが難しい.したがって酸化的カップリングの工程を,全合成の最終局面にする工夫が望まれる.Feldmanらはこの方法を用いて,4種のエラジタンニンの合成を達成している(8~12)8) K. S. Feldman, S. M. Ensel & R. D. Minard: J. Am. Chem. Soc., 116, 1742 (1994).9) K. S. Feldman & R. S. Smith: J. Org. Chem., 61, 2606 (1996).10) K. S. Feldman & K. Sahasrabudhe: J. Org. Chem., 64, 209 (1999).11) K. S. Feldman & M. D. Lawlor: J. Am. Chem. Soc., 122, 7396 (2000).12) K. S. Feldman, M. D. Lawlor & K. Sahasrabudhe: J. Org. Chem., 65, 8011 (2000)..