解説

絶食誘導腸管粘膜萎縮と予防栄養腸管粘膜萎縮の回復

Fasting-induced Intestinal Atrophy and Preventive Nutrition: Intestinal Atrophic Restoration

Hiroyuki Uchida*

内田 博之*

城西大学薬学研究科医療栄養学専攻

Junta Ito

伊東 順太

城西大学薬学研究科医療栄養学専攻

Published: 2022-10-01

絶食は小腸粘膜萎縮を伴い,粘膜バリア機能の喪失が起こる.その結果,bacterial translocation(BT)が発症し,感染症や敗血症に至る.これは経腸栄養治療に比べて,静脈栄養治療の患者に危惧されている.絶食誘導腸管粘膜萎縮は,粘膜のinducible nitric oxide synthase(iNOS)発現によるnitric oxide(NO)がreactive oxygen species(ROS)を介して,粘膜上皮細胞のアポトーシス誘導により生じる.絶食中の選択的iNOS阻害剤の投与や絶食後の再摂食により,絶食誘導腸管粘膜萎縮はiNOSの阻害や発現の抑制に伴うROSの減弱により予防できる.絶食誘導腸管粘膜萎縮の調節にはiNOSに加え,neuronal nitric oxide synthase(nNOS)も関与している.ここでは,これらのメカニズムを紹介し,絶食誘導腸管粘膜萎縮を予防する目的で,絶食中の栄養成分の投与や非消化性物質の摂食について説明する.

Key words: 絶食; 腸萎縮; アポトーシス; 細胞増殖; 活性酸素種

はじめに

小腸粘膜は,栄養成分の消化吸収,障害応答,バリア機能と免疫学的応答を含む多様な生物学的役割を有している(1, 2)1) M. Barrett, F. R. Demehri & D. H. Teitelbaum: Curr. Opin. Clin. Nutr. Metab. Care, 18, 496 (2015).2) F. R. Demehri, S. M. Krug, Y. Feng, I. F. Lee, J. D. Schulzke & D. H. Teitelbaum: Dig. Dis. Sci., 61, 1524 (2016)..絶食,絶食時の静脈栄養治療,絶食時の経腸栄養治療,食事制限,腸閉鎖,長期の腸閉塞,肥満外科手術と腸大量切除は,腸の生理学的な適応応答を促し,腸の重量と機能を変化させる(3)3) D. Shaw, K. Gohil & M. D. Basson: World J. Gastroenterol., 18, 6357 (2012)..このような腸の適応応答を調節することは,胃腸病学における重要な治療的アプローチとなる.

絶食は,腸上皮細胞の透過性の増加とタイトジャンクションの障害を生じ,その結果として小腸に腸管粘膜萎縮という特徴的な形態変化を伴い,さらには腸管粘膜バリア機能の喪失が起こる.これらは,bacterial translocation(BT)(腸内細菌の過剰増殖により,細菌や毒素が門脈,肝臓およびリンパ管を経て体内に侵入する状態)を発症し,感染症や敗血症の罹患に至る.特に,経腸栄養治療に比べて,長期の静脈栄養治療の患者で危惧されている(図1図1■絶食時の2つの栄養治療(4)4) H. Yang, Y. Feng, X. Sun & D. H. Teitelbaum: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1165, 338 (2009)..栄養サポート療法に関係する多くの医師,管理栄養士は,長期間の静脈栄養治療に比べて早期の経腸栄養治療の重要性,具体的には,院内死亡率の低下,入院期間の短縮と医療費の削減などをしばしば経験する(5, 6)5) T. A. Mikhailov, S. J. Gertz, E. M. Kuhn, M. C. Scanlon, T. B. Rice & P. S. Goday: JPEN J. Parenter. Enteral Nutr., 42, 920 (2018).6) Y. Koga, M. Fujita, T. Yagi, M. Todani, T. Nakahara, Y. Kawamura, K. Kaneda, Y. Oda & R. Tsuruta: J. Crit. Care, 47, 153 (2018)..腸管粘膜の恒常性と完全性を維持する早期の経腸栄養治療の効果は,栄養治療の選択肢として重要である.ここで決まって生じる疑問は,冬眠中の絶食状態の動物の腸はどのようになっているのか,そして腸管粘膜萎縮が生じてBT,敗血症にならないのだろうかということである.冬眠で代表的な動物のクマは,夏季の活動時に比べ冬眠中に代謝機能を顕著に低下させることができ,体温や心拍数の低下,脈拍の間隔の延長がおきる.この代謝機能の低下は,絶食下の消化管の保護に対して有効的に作用しているものと予想される.げっ歯目リス科のマーモットでは,冬眠中の絶食により消化管を萎縮することが観察されており,代謝機能を低下させることによって生存することができる.春には,BT,敗血症を心配することなく元気に活動できる.

図1■絶食時の2つの栄養治療

経腸栄養治療は,栄養剤を経口的に摂取するか,経管的に胃腸に投与する処置である.静脈栄養治療は,輸液剤を静脈内に投与する処置である.

絶食による腸管腔内の食物欠如は,腸管腔内の栄養成分と機械的刺激の欠如に起因する腸の生理学的な適応応答として,腸組織の機能学的と形態学的な変化を有する腸管粘膜萎縮を引き起こす.小腸粘膜の機能と形態は,腸絨毛のアポトーシスと腸陰窩の細胞増殖のバランスによって調整されることが報告されている(図2図2■腸管粘膜の構造と腸管粘膜萎縮(7, 8)7) K. Fujimoto, R. Iwakiri, B. Wu, T. Fujise, S. Tsunada & A. Ootani: J. Gastroenterol., 37, 139 (2002).8) J. N. Rao & J. Y. Wang: “Regulation of Gastrointestinal Mucosal Growth,” Morgan & Claypool Life Sciences, 2010..小腸粘膜は細胞回転が活発な組織であり,小腸粘膜上皮細胞は陰窩底部の幹細胞を由来とし,パネート細胞,粘液細胞,内分泌細胞および円柱上皮細胞に増殖・分化する(9)9) C. S. Potten: Am. J. Physiol., 273, G253 (1997)..陰窩底部の幹細胞は,細胞分裂を繰り返し陰窩上部に移行し,やがて細胞は分裂を停止し,腸絨毛の円柱上皮細胞となる.この小腸粘膜上皮細胞は3~5日間かけて腸絨毛先端部までの移動中にアポトーシスにより脱落する.小腸粘膜上皮の細胞回転は,陰窩細胞の細胞増殖,陰窩細胞と腸絨毛上皮細胞のアポトーシスの均衡により調節されている.そのために,絶食による腸管粘膜萎縮においても,絶食を引き金とした小腸粘膜上皮細胞の細胞増殖の抑制とアポトーシスの促進により生じるものと予想される.

図2■腸管粘膜の構造と腸管粘膜萎縮

小腸粘膜上皮の細胞回転は,陰窩細胞の細胞増殖,陰窩細胞と腸絨毛上皮細胞のアポトーシスの均衡により調節されている.腸管粘膜萎縮は,小腸粘膜上皮細胞の細胞増殖の抑制とアポトーシスの促進により生じる.

絶食による腸管粘膜萎縮の誘導

ラットにリポポリサッカライドの投与あるいは長期間の輸液剤の経口投与は,腸管粘膜のアポトーシス促進とバリア機能喪失を伴う腸管粘膜萎縮を生じるが,inducible nitric oxide synthase(iNOS)阻害剤の投与はこれらを軽減し,BTを予防することが報告されている(10, 11)10) E. Dickinson, R. Tuncer, E. Nadler, P. Boyle, S. Alber, S. Watkins & H. Ford: Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Physiol., 277, G1281 (1999).11) C. M. Hsu, C. H. Liu & L. W. Chen: Shock, 13, 135 (2000)..iNOSの産生するnitric oxide(NO)は腸障害に関係しており,iNOSは腸の病理組織学的変化に寄与するタンパク質として重要な役割を果たしている(12)12) H. Lu, B. Zhu & X. D. Xue: World J. Gastroenterol., 12, 4364 (2006).

そこで,私たちは,絶食による腸管粘膜萎縮においてもiNOSが関与するとの仮説を立て,絶食誘導腸管粘膜萎縮モデルラットを使用して,腸粘膜アポトーシスの調節におけるNOSの役割を研究した(図3図3■絶食による腸管粘膜萎縮の発生とその予防(13)13) J. Ito, H. Uchida, T. Yokote, K. Ohtake & J. Kobayashi: Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Physiol., 298, G916 (2010)..雄性ウイスターラット(specific pathogen free, SPF)を使用し,絶食中に生理的食塩水を投与した群と選択的iNOS阻害剤のアミノグアニジン(AG)を投与した群の2群に分け,絶食時間は,それぞれ24, 48, 60と72時間とした.空腸粘膜の組織形態学的観察により腸管粘膜萎縮,アポトーシスインデックス(AI)と細胞増殖インデックス(CI)を観察した.空腸の内因性NO産生とreactive oxygen species(ROS)産生を確認するために,免疫組織学的観察によりiNOSタンパク質の発現,生化学的分析によりNO産生の指標として亜硝酸塩レベル,ROS産生の指標として8-ヒドロキシデオキシグアノシン(8-OHdG)レベルを測定した.Reverse Transcription Polymerase Chain Reaction(RT-PCR)法によりiNOS, neuronal nitric oxide synthase(nNOS)とインターフェロン-γ(IFN-γ)のmRNAの転写レベルを測定した.絶食は,CIの抑制とAIの促進に起因する腸粘膜萎縮を有意に引き起こした(図2図2■腸管粘膜の構造と腸管粘膜萎縮).そして,腸のiNOS mRNAの転写レベル,iNOSタンパク質の発現と亜硝酸塩レベルを増加させた.一方,AGの投与は,絶食で誘導されるiNOS mRNAの転写,iNOSタンパク質の発現および亜硝酸塩の産生を抑制し,AIを減弱させた.また,絶食によりROS産生,そしてIFN-γ mRNAの転写が誘導されるが,AG投与がそれらを抑制するということを確認した.さらに,絶食によりiNOS mRNAの転写およびタンパク質の発現が促進される一方で,nNOS mRNAの転写レベルが抑制されることを観察した.これらの結果は,絶食により腸粘膜に誘導されたiNOSがNO, ROSおよびIFN-γといったアポトーシスメディエーターを促進するということを示唆している(図3図3■絶食による腸管粘膜萎縮の発生とその予防).また,絶食ラットの腸にはnNOS発現の低下が確認され,これは絶食誘導腸管粘膜萎縮の調節にはiNOSだけでなく,nNOSも関与しているものと示唆された.腸におけるnNOSとiNOSの役割については,炎症後機能性胃腸障害,腸の虚血再灌流障害と壊死性全腸炎の発症と進展の鍵の役割をしているという報告がある(12, 14)12) H. Lu, B. Zhu & X. D. Xue: World J. Gastroenterol., 12, 4364 (2006).14) T. Fujise, R. Iwakiri, B. Wu, S. Amemori, T. Kakimoto, F. Yokoyama, Y. Sakata, S. Tsunada & K. Fujimoto: Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Physiol., 291, G110 (2006)..また,ラット小腸においてnNOSが腸の主要なアイソフォームであり,nNOSがNF-κBのダウンレギュレーションを介してiNOSの遺伝子発現を抑制するという報告がある(15)15) X. W. Qu, H. Wang, I. G. De Plaen, R. A. Rozenfeld & W. Hsueh: FASEB J., 15, 439 (2001)..nNOSの抑制はIκBαの分解によってNF-κBを活性化し,iNOSの発現へとつながり,nNOSとiNOSの発現は相反関係にある.

図3■絶食による腸管粘膜萎縮の発生とその予防

絶食により腸粘膜に誘導されたiNOSがNO, ROS産生を促進し,そしてアポトーシスの誘導と細胞増殖の抑制により腸管粘膜萎縮が生じる.また,この経路にはnNOSも関与している.

絶食による腸管粘膜上皮細胞のアポトーシスの誘導と細胞増殖の抑制により腸管粘膜萎縮が発症し,そのメカニズムとしてiNOSとnNOSの関与が明らかになったが,これらの関与が絶食後の再摂食においても観察されるかどうか検討することが次の課題である.

絶食誘導腸管粘膜萎縮と再摂食

絶食の初期は,腸管粘膜萎縮が生理的範囲内で発症していることから,その後の標準固形餌の再摂食により腸管粘膜萎縮の回復が見られたとの報告がある(16)16) D. W. Nelson, S. G. Murali, X. Liu, M. C. Koopmann, J. J. Holst & D. M. Ney: Am. J. Physiol. Regul. Integr. Comp. Physiol., 294, R1175 (2008)..私たちは,短期間の絶食誘導腸管粘膜萎縮が再摂食により改善すること,そして腸管粘膜萎縮の回復過程に及ぼすiNOSとnNOSの関与について検討を行った(17)17) J. Ito, H. Uchida, N. Machida, K. Ohtake, Y. Saito & J. Kobayashi: Exp. Biol. Med. (Maywood), 242, 762 (2017).

雄性ウイスターラット(SPF)を使用し,自由摂食群,72時間絶食群,そして72時間絶食後に6時間,24時間と48時間の標準固形餌の再摂食を実施した群の5群に分けた.空腸組織を使用して,RT-PCRによりiNOSnNOS mRNAの転写,これらのタンパク質レベルを測定した.粘膜高,粘膜上皮細胞のAI,陰窩細胞のCI, IFN-γ mRNAの転写レベル,亜硝酸塩レベル,8-OHdGと腸運動の指標として腸運動インデックス(MI)を測定した.粘膜高とNOSタンパク質レベルの相関関係を算出し,評価した.再摂食の時間とともに,粘膜高,nNOS mRNAの転写とタンパク質の発現は有意に増加した.nNOSタンパク質は,腸筋層間神経叢と神経線維に局在していた.再摂食の時間とともに,nNOSタンパク質レベルと粘膜高には,有意な正の相関関係が確認された.反対に,iNOS mRNAの転写とタンパク質の発現は,再摂食時間依存的に低下した.iNOSタンパク質は,腸粘膜上皮細胞に局在していた.再摂食の時間とともに,iNOSタンパク質レベルと粘膜高には,有意な負の相関関係が確認された.また,nNOSとiNOSタンパク質レベルにも,有意な負の相関関係が確認された.絶食により低下したMIは,再摂食時間依存的に増加した.これらの結果は,再摂食がiNOS発現を抑制し,絶食誘導腸管粘膜萎縮を回復させること,そしてiNOSの抑制は,アポトーシスメディエーターのNO, ROSとIFN-γを抑制することによりアポトーシスを抑制,陰窩の細胞増殖の促進すること,腸管腔内の機械的刺激を介してnNOS発現の促進を引き起こすことを示唆した(図3図3■絶食による腸管粘膜萎縮の発生とその予防).

ここで,絶食とは食事摂取が困難で腸管を使用しない状態であり,腸管腔内の食物の欠如を意味する.腸管腔内の栄養成分と機械的刺激の欠如に起因する腸の生理学的な適応応答として,腸組織の機能学的と形態学的な変化を有する腸管粘膜萎縮が引き起こされた.私たちは,絶食ラットへの標準固形餌の再摂食が,絶食誘導腸管粘膜萎縮を回復し,nNOSとiNOSの関与を明らかにしたが,これらの結果は,腸管腔内の栄養成分による効果であるのか,あるいは機械的刺激の効果であるのか,それともこれら2つの複合的な効果であるのかが明らかにされていない.そこで,次に絶食誘導腸管粘膜萎縮ラットを使用して,栄養成分のみの経口投与,あるいは腸管粘膜への機械的刺激を促すために非消化性物質を摂食させる実験を実施した.

栄養成分による腸管粘膜萎縮の予防

絶食は,炎症,損傷とショックによる腸粘膜構造と機能の損失に関与するROS産生を引き起こす(13)13) J. Ito, H. Uchida, T. Yokote, K. Ohtake & J. Kobayashi: Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Physiol., 298, G916 (2010)..さらに,絶食状態は,腸粘膜に生じたROSの減弱作用を有する抗酸化物質であるglutathione(GSH)の枯渇も伴っている(18)18) T. Y. Aw: Toxicol. Appl. Pharmacol., 204, 320 (2005)..腸粘膜のGSHの由来は,腸粘膜の細胞内合成,胆汁からの肝由来GSH,そして果物,野菜と肉からの食事由来GSHである(19)19) T. Y. Aw: J. Clin. Invest., 94, 1218 (1994)..そこで,私たちは,絶食により誘導された腸管粘膜萎縮における経口GSH投与の影響について検討した(20)20) H. Uchida, Y. Nakajima, K. Ohtake, J. Ito, M. Morita, A. Kamimura & J. Kobayashi: World J. Gastroenterol., 23, 6650 (2017)..特に,細胞内GSH合成のパラメーターとして,細胞内のGSHレベルと細胞膜表面のγ-glutamyl transpeptidase(Ggt)発現の関連に着目した.

雄性ウイスターラット(SPF)を使用し,48時間絶食,72時間絶食と摂食中に生理的食塩水(SA)を経口投与した3群,48時間絶食と72時間絶食中に低濃度GSHを経口投与した2群,そして48時間絶食,72時間絶食と摂食中に高濃度GSHを経口投与した3群の計8群に分けた.空腸組織の粘膜高,AIとCIを測定した.空腸組織を使用し,iNOSタンパク質の発現,亜硝酸塩レベル,8-OHdGレベル,GSHの細胞内再合成の指標としてGSH/oxidized glutathione(GSSG)とGgt1 mRNAの転写レベルを測定した.経口GSH投与は,低濃度および高濃度ともに,絶食により誘導される腸管粘膜萎縮を顕著に減弱させた.特に,粘膜高はSA投与群に比べてGSH投与群で高く,低濃度よりも高濃度で高かった.この効果は,腸のiNOSタンパク質の発現,引き続き生じるNOとROS産生がSA投与群に比べてGSH投与群で有意に減弱したことと矛盾しなかった.さらに,経口GSH投与は,絶食により生じた空腸の細胞増殖能の低下を改善した.興味深いことに,空腸のGSHレベルおよびGgt1 mRNAの転写は,絶食のみに比べ絶食中にGSHの経口投与を行ったラットでは有意に減弱した.GSHの経口投与は,GSH欠乏腸組織へのGSHバックアップとして作用しなかった.これらのことは,絶食中の経口GSH投与が,絶食によるROS産生と腸粘膜上皮細胞のアポトーシスの促進を減弱し,細胞増殖の抑制を改善することによって,腸管粘膜萎縮の発症を減弱したことを示唆する(図3図3■絶食による腸管粘膜萎縮の発生とその予防).

細胞膜外に局在するγ-グルタミル回路の唯一の酵素であるGgtは,細胞外GSHの分解と細胞内GSH合成の律速物質であるシステインの供給を担っており,GSHホメオスタシスの重要な役割を有している(21)21) H. Zhang, H. J. Forman & J. Choi: Methods Enzymol., 401, 468 (2005)..ヒトと実験動物による経口GSH投与の研究には,GSH欠乏状態下における経口GSH投与によって,腸組織に補充されたGSHを利用してROS消去を促進することができるという報告がある(19, 22)19) T. Y. Aw: J. Clin. Invest., 94, 1218 (1994).22) B. Schmitt, M. Vicenzi, C. Garrel & F. M. Denis: Redox Biol., 6, 198 (2015)..しかし,私たちの絶食状況下での研究結果は別のメカニズムを示唆していた.

別の解釈として,腸管腔内のGSHは,細胞外の酸化還元のコントロールの役割を担っている.細胞外のSH/SS酸化還元状態は,細胞膜表面に存在する重要な機能を有するタンパク質の活性化,抗酸化物質の上向き調節と解毒システムの提供により,組織内に産生されたROSの消去を調節するとの報告がある(23)23) S. Pérez, R. Taléns-Visconti, S. Rius-Pérez, I. Finamor & J. Sastre: Free Radic. Biol. Med., 104, 75 (2017)..絶食中に経口投与されたGSHは,腸管腔において細胞外の酸化還元のコントロールの役割を担っており,腸組織に産生されたROSの消去を行っている可能性があるが,残念なことに今回の研究では詳細に証明されていない.

絶食ラットへの経口的なGSHの投与は絶食誘導腸管粘膜萎縮を回復し,iNOS, NOとROSの関与が明らかとなった.腸管腔内の栄養成分による効果の一例を提示することができた.次に腸管腔内表面の機械的刺激の効果について説明をする.

非消化性物質による腸管粘膜萎縮の予防

絶食中の非消化性物質を摂食させる研究には,腸管腔内で化学的安定性のある発泡スチロール(EP)を使用した実験があり,腸管粘膜萎縮の発症の軽減を報告している(24)24) T. Kakimoto, T. Fujise, R. Shiraishi, T. Kuroki, J. M. Park, A. Ootani, Y. Sakata, S. Tsunada, R. Iwakiri & K. Fujimoto: Exp. Biol. Med., 233, 310 (2008)..私たちは,絶食中のEP摂食が腸管粘膜萎縮の発生機序にどのような効果を有しているのかを,いくつかの研究室未発表データを紹介し解説する.

雄性ウイスターラット(SPF)を使用し,自由摂食群,48時間絶食群,72時間絶食群,48時間絶食中のEP摂食群,72時間絶食中のEP摂食群の5群に分けた.空腸を使用し,粘膜のiNOSとnNOSタンパク質の発現,CIとAI,そして粘膜高(絨毛高,陰窩深)を測定した.空腸の亜硝酸塩レベルと8-OHdGレベルの測定に加え,MIを測定した.

絶食ラットの粘膜高,絨毛高と陰窩深は,コントロールラットに比べて,有意に低下した.しかし,絶食ラットに比べて,絶食中のEP摂食は,粘膜高,絨毛高と陰窩深が有意に増加した(図4図4■腸管粘膜萎縮の観察).図中の組織標本においても,それらの変化は顕著に観察された.絶食中のEP摂食は腸管粘膜萎縮を軽減することが確認された.絶食ラットの絨毛片側の細胞数は,コントロールラットに比べて,有意に減少した(図5図5■アポトーシスと細胞増殖の評価).絶食中のEP摂食は細胞数を有意に増加した.絶食ラットの絨毛細胞のAIはコントロールラットに比べて有意に増加し,絶食中のEP摂食はAIを有意に低下した.絶食による絨毛細胞数の減少は,アポトーシスによるものと考えられた.絶食ラットの陰窩片側の細胞数は,コントロールラットに比べて,有意に減少した.絶食中のEP摂食は細胞数を有意に増加した.絶食ラットの陰窩細胞のAIはコントロールラットに比べて有意に増加し,絶食中のEP摂食はAIを有意に低下した.また,絶食ラットの陰窩細胞のCIは,コントロールラットに比べて,有意に低下した.絶食中のEP摂食はCIを有意に増加した.絶食による陰窩細胞数の減少は,アポトーシスの誘導と細胞増殖の抑制によるものと考えられた.絶食中のEP摂食は,粘膜上皮細胞のアポトーシスの抑制と陰窩の細胞増殖の促進を生じ,腸管粘膜萎縮を回復させることが示唆された.

図4■腸管粘膜萎縮の観察

腸粘膜の組織形態学的観察(粘膜高,絨毛高と陰窩深)により腸管粘膜萎縮を評価する.絶食により粘膜高,絨毛高と陰窩深が低下する.

図5■アポトーシスと細胞増殖の評価

アポトーシスと細胞増殖は,腸粘膜上皮細胞の数を変化させるので,細胞数,アポトーシスインデックス(AI)と細胞増殖インデックス(CI)により評価する.絶食により細胞数とCIが減少し,AIが増加する.

絶食ラットのiNOSタンパク質は,コントロールラットに比べて,有意に増加した(図6図6■NOSタンパク質発現とアポトーシスメディエーターの評価).絶食ラットに比べて,絶食中のEP摂食では有意に低下した.一方,nNOSタンパク質は,iNOSタンパク質と相反する挙動を示した.絶食中のEP摂食は絶食誘導iNOS発現を抑制し,nNOS発現を増加した.絶食ラットの亜硝酸塩レベル,8-OHdGレベルは,コントロールのラットに比べて,有意に増加した.絶食中のEP摂食では有意に低下した.絶食中のEP摂食は,絶食により誘導されたiNOS発現,NOとROS産生を抑制する一方で,絶食により抑制されたnNOS発現を増加することが明らかとなった.

図6■NOSタンパク質発現とアポトーシスメディエーターの評価

内因性NO産生とROS産生を確認するために,iNOSタンパク質の発現,NO産生の指標の亜硝酸塩レベル,ROS産生の指標の8-OHdGレベルを測定した.iNOSの発現を調節するnNOSタンパク質の発現も測定した.絶食によりiNOSタンパク質発現,亜硝酸塩レベルと8-OHdGが増加し,nNOSタンパク質発現が低下した.

絶食ラットのMIは自由摂食ラットに比べて,低下傾向が強くなった(図7図7■腸運動の評価).絶食ラットに比べて,絶食中のEP摂食はMIが顕著に増加した.絶食ラットの腸運動はEP摂食により増加し,これはnNOSタンパク質の発現傾向を反映していた.対照的に,iNOSタンパク質の発現とは逆のパターンであった.こうして,絶食中のEP摂食では,陰窩の細胞増殖と腸運動の両方がnNOSタンパク質の発現と合致していた.一方,腸粘膜上皮細胞のアポトーシスは,iNOSタンパク質の発現と合致していた.したがって,nNOSとiNOSの発現は,腸管腔内の機械的刺激の有無に依存して制御されている可能性がある.ラット小腸の腸筋層間神経叢のnNOS発現によって,交感神経系の内臓神経は抑制的に制御されているが,消化管内の食塊による腸管腔表面の機械的刺激はこの内臓神経の刺激を減弱するとの報告がある(25)25) K. Nakao, T. Takahashi, J. Utsunomiya & C. Owyang: J. Physiol., 507, 549 (1998)..EP摂食による腸管腔内の機械的刺激がnNOS発現を誘導し,内臓神経の作用を減弱することによって,腸運動が亢進したものと示唆された.また,nNOSとiNOS発現は相反的に制御(15, 17)15) X. W. Qu, H. Wang, I. G. De Plaen, R. A. Rozenfeld & W. Hsueh: FASEB J., 15, 439 (2001).17) J. Ito, H. Uchida, N. Machida, K. Ohtake, Y. Saito & J. Kobayashi: Exp. Biol. Med. (Maywood), 242, 762 (2017).されているので,EP摂食はiNOS発現の抑制にも関与している.

図7■腸運動の評価

ラット生体を使用した腸運動インデックス(MI)は,腸の漿膜に外科的に装着した筋収縮トランスデューサーにより,30分ごとに輪状筋の収縮力を継続的に記録することにより測定した.絶食によりMIが低下した.なお,トランスデューサーは腹腔内に留置し,14日間の予備飼育後測定に使用した.

これらの結果は,絶食中のEP摂食が腸管腔内の機械的刺激により粘膜下筋層のnNOSタンパク質を誘導し,腸蠕動運動を維持し,そしてiNOSタンパク質の発現,NOとROSの産生を抑制するものと示唆した(図3図3■絶食による腸管粘膜萎縮の発生とその予防).これに伴い,粘膜上皮細胞のアポトーシスの抑制および陰窩の細胞増殖の促進を生じ,腸管粘膜萎縮を回復させる可能性がある.

まとめ

絶食はiNOS発現を誘導し,腸管粘膜萎縮を発生させること,そしてiNOSの誘導は,アポトーシスメディエーターのNO産生,ROS産生とIFN-γ発現を促進することにより粘膜上皮細胞のアポトーシスを促進,陰窩の細胞増殖を抑制することが示唆された絶食後の再摂食,絶食中に抗酸化物質であるGSHを経口的に投与や非消化性物質を摂食させることにより,絶食誘導腸管粘膜萎縮を改善できることが明らかとなった.また,腸管腔内の機械的刺激を介してnNOS発現の促進を引き起こし,これがiNOS発現の抑制に結びつくことを示唆した.

絶食誘導腸管粘膜萎縮を予防するには,ROSの産生あるいは消去を制御することが重要である.そして,ROSの制御には,腸管内の抗酸化能を有する栄養成分と機械的刺激を有する非消化性物質が有効的に作用することが明らかとなった.これらの結果は,静脈栄養法と比較して,腸粘膜の完全性を担保できる初期の経腸栄養法の優位性において,腸管腔内の栄養成分だけでなく機械的刺激の重要性についても提示するものである.今後の,腸粘膜保護機能の高い経腸栄養剤,機能性食品や食事の献立・メニューの開発に応用できることを期待している.

Reference

1) M. Barrett, F. R. Demehri & D. H. Teitelbaum: Curr. Opin. Clin. Nutr. Metab. Care, 18, 496 (2015).

2) F. R. Demehri, S. M. Krug, Y. Feng, I. F. Lee, J. D. Schulzke & D. H. Teitelbaum: Dig. Dis. Sci., 61, 1524 (2016).

3) D. Shaw, K. Gohil & M. D. Basson: World J. Gastroenterol., 18, 6357 (2012).

4) H. Yang, Y. Feng, X. Sun & D. H. Teitelbaum: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1165, 338 (2009).

5) T. A. Mikhailov, S. J. Gertz, E. M. Kuhn, M. C. Scanlon, T. B. Rice & P. S. Goday: JPEN J. Parenter. Enteral Nutr., 42, 920 (2018).

6) Y. Koga, M. Fujita, T. Yagi, M. Todani, T. Nakahara, Y. Kawamura, K. Kaneda, Y. Oda & R. Tsuruta: J. Crit. Care, 47, 153 (2018).

7) K. Fujimoto, R. Iwakiri, B. Wu, T. Fujise, S. Tsunada & A. Ootani: J. Gastroenterol., 37, 139 (2002).

8) J. N. Rao & J. Y. Wang: “Regulation of Gastrointestinal Mucosal Growth,” Morgan & Claypool Life Sciences, 2010.

9) C. S. Potten: Am. J. Physiol., 273, G253 (1997).

10) E. Dickinson, R. Tuncer, E. Nadler, P. Boyle, S. Alber, S. Watkins & H. Ford: Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Physiol., 277, G1281 (1999).

11) C. M. Hsu, C. H. Liu & L. W. Chen: Shock, 13, 135 (2000).

12) H. Lu, B. Zhu & X. D. Xue: World J. Gastroenterol., 12, 4364 (2006).

13) J. Ito, H. Uchida, T. Yokote, K. Ohtake & J. Kobayashi: Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Physiol., 298, G916 (2010).

14) T. Fujise, R. Iwakiri, B. Wu, S. Amemori, T. Kakimoto, F. Yokoyama, Y. Sakata, S. Tsunada & K. Fujimoto: Am. J. Physiol. Gastrointest. Liver Physiol., 291, G110 (2006).

15) X. W. Qu, H. Wang, I. G. De Plaen, R. A. Rozenfeld & W. Hsueh: FASEB J., 15, 439 (2001).

16) D. W. Nelson, S. G. Murali, X. Liu, M. C. Koopmann, J. J. Holst & D. M. Ney: Am. J. Physiol. Regul. Integr. Comp. Physiol., 294, R1175 (2008).

17) J. Ito, H. Uchida, N. Machida, K. Ohtake, Y. Saito & J. Kobayashi: Exp. Biol. Med. (Maywood), 242, 762 (2017).

18) T. Y. Aw: Toxicol. Appl. Pharmacol., 204, 320 (2005).

19) T. Y. Aw: J. Clin. Invest., 94, 1218 (1994).

20) H. Uchida, Y. Nakajima, K. Ohtake, J. Ito, M. Morita, A. Kamimura & J. Kobayashi: World J. Gastroenterol., 23, 6650 (2017).

21) H. Zhang, H. J. Forman & J. Choi: Methods Enzymol., 401, 468 (2005).

22) B. Schmitt, M. Vicenzi, C. Garrel & F. M. Denis: Redox Biol., 6, 198 (2015).

23) S. Pérez, R. Taléns-Visconti, S. Rius-Pérez, I. Finamor & J. Sastre: Free Radic. Biol. Med., 104, 75 (2017).

24) T. Kakimoto, T. Fujise, R. Shiraishi, T. Kuroki, J. M. Park, A. Ootani, Y. Sakata, S. Tsunada, R. Iwakiri & K. Fujimoto: Exp. Biol. Med., 233, 310 (2008).

25) K. Nakao, T. Takahashi, J. Utsunomiya & C. Owyang: J. Physiol., 507, 549 (1998).