セミナー室

硫黄欠乏に対する植物の応答適応のための内的動態

Takehiro Ito

伊藤 岳洋

東京農工大学大学院連合農学研究科

Liu Zhang

九州大学大学院農学研究院

Naoko Ohkama-Ohtsu

大津(大鎌) 直子

東京農工大学大学院農学研究院

Akiko Maruyama-Nakashita

丸山 明子

九州大学大学院農学研究院

Published: 2022-10-01

はじめに

硫黄(S)は高等植物における必須元素の一つであり,システイン(Cys)やメチオニン(Met)に含まれタンパク質を構成する他,補酵素,脂質,特化代謝物等の様々な化合物に含まれ,植物の生長や環境応答において重要な役割を果たす(1, 2)1) P. Marschner: “Marschner’s Mineral Nutrition of Higher Plants: Chapter 6 Functions of Mactonutrients, 6.2 Sulphur,” Academic Press, 2012, p.151–158.2) S. R. Long, M. Kahn, L. Seefeldt, Y. F. Tsay & S. Kopriva: “Biochemistry & Molecular Biology of Plants: Chapter 16 nitrogen and sulfur,” Wiley Blackwell, 2015, p.746-768..Cysや,Cysを含むペプチドおよびタンパク質は,チオール基を介して細胞の酸化還元調節や,タンパク質の酸化還元による活性制御に働く.中でもグルタチオン(γ-Glu-Cys-Gly; GSH)は細胞内に高濃度で存在し,酸化ストレスを軽減する.GSHが重合したファイトケラチンやCysを多く含むペプチドであるメタロチオネインは,チオール基においてカドミウムやヒ素等をキレートし,液胞に隔離することにより,植物の重金属耐性を担っている(1, 2)1) P. Marschner: “Marschner’s Mineral Nutrition of Higher Plants: Chapter 6 Functions of Mactonutrients, 6.2 Sulphur,” Academic Press, 2012, p.151–158.2) S. R. Long, M. Kahn, L. Seefeldt, Y. F. Tsay & S. Kopriva: “Biochemistry & Molecular Biology of Plants: Chapter 16 nitrogen and sulfur,” Wiley Blackwell, 2015, p.746-768..グルコシノレート(GSL)をはじめとした含硫特化代謝物は,病害虫に対する防御物質として機能する.作物中の含硫特化代謝物は辛味や臭いの成分であるだけでなく,抗菌作用や抗酸化作用,癌予防作用を持つ健康成分としても注目されている(3)3) B. A. Halkier & J. Gershenzon: Annu. Rev. Plant Biol., 57, 303 (2006).

農地におけるS欠乏(−S)は世界中で見られ,特に多雨地域で多い.先進国では酸性雨被害への対策として工場への排煙脱硫装置の設置が義務付けられた.その結果,21世紀初頭に酸性雨の被害は軽減した一方,Sの降下が減少したために圃場に−Sが広がっている(1)1) P. Marschner: “Marschner’s Mineral Nutrition of Higher Plants: Chapter 6 Functions of Mactonutrients, 6.2 Sulphur,” Academic Press, 2012, p.151–158..日本は火山国であり作物に−Sが生じにくいと考えられてきたが,近年は硫化水素の発生により生じる秋落ちを防ぐために長期に渡り無硫酸根肥料を施用してきた圃場における水稲の−Sが問題となっている(4)4) 菅野均志:肥料科学,41, 29 (2019).

植物が−Sにさらされると,タンパク質や葉緑体含量が減少し,生育や光合成活性が低下する.生育低下は根よりも地上部の方が顕著であり,−S下では地上部/根の重量比が減少する.植物におけるSの要求量は種子中のS含量に比例することが知られており,特にアブラナ科植物では要求量が多い(1)1) P. Marschner: “Marschner’s Mineral Nutrition of Higher Plants: Chapter 6 Functions of Mactonutrients, 6.2 Sulphur,” Academic Press, 2012, p.151–158..作物の−Sは,動物にとっての必須アミノ酸であるMetを減少させ,栄養価の低下を招くだけでなく,−Sの小麦で作ったパンは膨らみが足りない等,加工性の低下にもつながる(2)2) S. R. Long, M. Kahn, L. Seefeldt, Y. F. Tsay & S. Kopriva: “Biochemistry & Molecular Biology of Plants: Chapter 16 nitrogen and sulfur,” Wiley Blackwell, 2015, p.746-768.

世界的に広がる−S下でも作物生産を維持するためには,植物が持つ−Sへの適応機構を理解し,応用技術につなげる必要がある.本稿では,近年の研究により明らかとなった植物における分子レベルのS吸収・同化の調節や代謝変換による−S適応を概説する.

硫黄の同化

植物は無機態Sを吸収して有機態Sへと同化するが,動物にはSの同化経路がなく有機態Sを植物に依存している.植物が根から環境中より吸収するSの主な形態は硫酸イオンである.硫酸イオンは次節で述べる様々な硫酸イオン輸送体により吸収され,植物体内の各器官に分配される.細胞内に入った硫酸イオンは,葉緑体(非光合成組織では色素体)に運ばれた後にATPスルフリラーゼ(ATPS)より活性化され,アデノシン5′-ホスホ硫酸(APS)となる(図1図1■高等植物の硫黄同化経路).次にAPSからAPS還元酵素(APR)および亜硫酸還元酵素(SIR)による2段階の還元により硫化物イオンを生じる.APRやSIRは葉緑体(色素体)にのみ存在するため,これらの還元反応は葉緑体(色素体)内でのみ起こると考えられる.生じた硫化物イオンは,OASチオールリアーゼ(OAS-TL)によりO-アセチルセリン(OAS)と反応してCysへと同化される(2, 5~7)2) S. R. Long, M. Kahn, L. Seefeldt, Y. F. Tsay & S. Kopriva: “Biochemistry & Molecular Biology of Plants: Chapter 16 nitrogen and sulfur,” Wiley Blackwell, 2015, p.746-768.5) T. Leustek, M. N. Martin, J. A. Bick & J. P. Davies: Annu. Rev. Plant Physiol. Plant Mol. Biol., 51, 141 (2000).6) K. Saito: Plant Physiol., 136, 2443 (2004).7) H. Takahashi, S. Kopriva, M. Giordano, K. Saito & R. Hell: Annu. Rev. Plant Biol., 62, 157 (2011)..OASは窒素同化に由来するセリンを前駆体としてセリンアセチルトランスフェラーゼ(SERAT)により生合成される.これらの反応は,葉緑体(色素体)に加え,細胞質およびミトコンドリアでも行われている(8, 9)8) M. Noji, K. Inoue, N. Kimura, A. Gouda & K. Saito: J. Biol. Chem., 273, 32739 (1998).9) M. Watanabe, M. Kusano, A. Oikawa, A. Fukushima, M. Noji & K. Saito: Plant Physiol., 146, 310 (2008)..後述のように,SERATとOAS-TLは複合体を形成するが,その安定性は硫化物イオンとOASの濃度に依存しており,より効率的にSを同化できるよう精密な制御を受けている(10)10) M. Wirtz & R. Hell: Plant Cell, 19, 625 (2007).

図1■高等植物の硫黄同化経路

斜字は酵素名を示す.APS, アデノシン5′-ホスホ硫酸;PAPS, 3′-ホスホアデノシン5′-ホスホ硫酸;OAS, O-アセチルセリン;ATPS, ATPスルフリラーゼ;APR, APS還元酵素;SIR, 亜硫酸還元酵素;APK, APSキナーゼ;SERAT, セリンアセチルトランスフェラーゼ;OAS-TL, OASチオールリアーゼ.

Cysはタンパク質の構成成分となる他,Met等の様々な有機S化合物の生合成過程において還元Sを供給する.しかし,Cysは生理的条件でチオラートアニオンを生じやすく,活性酸素の発生を誘発するため(11)11) 渡辺文太・平竹 潤:化学と生物,53,354 (2015).,細胞内に高濃度で存在できない.これを回避するために有機態SはGSHとして貯蔵,輸送される.GSHは,Cysよりγ-グルタミルシステイン(γ-Glu-Cys)合成酵素およびGSH合成酵素による2段階のATPを要する反応で合成される(12, 13)12) R. Hell & L. Bergmann: Planta, 180, 603 (1990).13) C.-L. Wang & D. J. Oliver: Plant Mol. Biol., 31, 1093 (1996).

タンパク質を構成するもう一つの含硫アミノ酸であるMetの炭素骨格はアスパラギン酸に,Sはシステインに由来する.Met合成の鍵酵素であるシスタチオニンγ合成酵素の翻訳は,Metおよびその代謝産物であるS-アデノシルメチオニンによる負のフィードバック制御を受ける(14~16)14) Y. Chiba, M. Ishikawa, F. Kijima, R. H. Tyson, J. Kim, A. Yamamoto, E. Nambara, T. Leustek, R. M. Wallsgrove & S. Naito: Science, 286, 1371 (1999).15) Y. Chiba, R. Sakurai, M. Yoshino, K. Ominato, M. Ishikawa, H. Onouchi & S. Naito: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 10225 (2003).16) H. Onouchi, Y. Nagami, Y. Haraguchi, M. Nakamoto, Y. Nishimura, R. Sakurai, N. Nagao, D. Kawaski, Y. Kadokura & S. Naito: Genes Dev., 19, 1799 (2005)..高濃度のS-アデノシルメチオニンによりその翻訳が停止し,mRNAの分解が促進されるためである(14~16)14) Y. Chiba, M. Ishikawa, F. Kijima, R. H. Tyson, J. Kim, A. Yamamoto, E. Nambara, T. Leustek, R. M. Wallsgrove & S. Naito: Science, 286, 1371 (1999).15) Y. Chiba, R. Sakurai, M. Yoshino, K. Ominato, M. Ishikawa, H. Onouchi & S. Naito: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 100, 10225 (2003).16) H. Onouchi, Y. Nagami, Y. Haraguchi, M. Nakamoto, Y. Nishimura, R. Sakurai, N. Nagao, D. Kawaski, Y. Kadokura & S. Naito: Genes Dev., 19, 1799 (2005).

APSキナーゼ(APK)の働きによりAPSが1分子のATPと反応して生じる3′-ホスホアデノシン5′-ホスホ硫酸(PAPS)は,GSL等の特化代謝物,植物ホルモン(17, 18)17) S. K. Gidda, O. Miersch, A. Levitin, J. Schmidt, C. Wasternack & L. Varin: J. Biol. Chem., 278, 17895 (2003).18) G. L. Fernandez-Milmanda, C. D. Crocco, M. Reichelt, C. A. Mazza, T. G. Kollner, T. Zhang, M. D. Cargnel, M. Z. Lichy, A.-S. Fiorucci, C. Fankhauser et al.: Nat. Plants, 6, 223 (2020).やペプチドホルモン(19, 20)19) R. Komori, Y. Amano, M. Ogawa-Ohnishi & Y. Matsubayashi: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 106, 15067 (2009).20) C. Kaufmann & M. Sauter: J. Exp. Bot., 70, 4267 (2019).等の生理活性分子に硫酸基を供給する.

硫酸イオンの吸収と分配

硫酸イオンは硫酸イオン輸送体(SULTR, Sulfate Transporter)によって吸収・輸送される(図2図2■硫黄欠乏に応じた硫酸イオン吸収と輸送の変化).モデル植物であるシロイヌナズナには12種のSULTRが存在し,構造的な類似性から4グループに分類される(21, 22)21) H. Takahashi: J. Exp. Bot., 70, 4075 (2019).22) 丸山明子:日本土壌肥料学会誌,92, 121 (2021)..このうち根からの硫酸イオン吸収を担うのがSULTR1;1とSULTR1;2であり,根の表皮細胞と皮層細胞の細胞膜に局在し,低濃度の硫酸イオンを細胞内に取り込む(23~25)23) H. Takahashi, A. Watanabe-Takahashi, F. W. Smith, M. Blake-Kalff, M. J. Hawkesford & K. Saito: Plant J., 23, 171 (2000).24) N. Shibagaki, A. Rose, J. P. McDermott, T. Fujiwara, H. Hayashi, T. Yoneyama & J. P. Davies: Plant J., 29, 475 (2002).25) N. Yoshimoto, H. Takahashi, F. W. Smith, T. Yamaya & K. Saito: Plant J., 29, 465 (2002).SULTR1;1SULTR1;2の発現は−Sによって著しく促進され,同時に硫酸イオン吸収活性も促進される.SULTR1;1, SULTR1;2の二重欠損株は硫酸イオンをほとんど吸収せず,その生育は著しく抑制され,硫酸イオンが欠乏するとほとんど生育しない(26, 27)26) N. Yoshimoto, E. Inoue, A. Watanabe-Takahashi, K. Saito & H. Takahashi: Plant Physiol., 145, 378 (2007).27) M. Barberon, P. Berthomieu, M. Clairotte, N. Shibagaki, J. C. Davidian & F. Gosti: New Phytol., 180, 608 (2008).

図2■硫黄欠乏に応じた硫酸イオン吸収と輸送の変化

硫黄欠乏によって発現の上昇するSULTRを太字で示す.環境中の硫黄量が不足すると,硫酸イオンの吸収,地上部への輸送,液胞からの排出が促される.少ない硫酸イオンを効率的に吸収し,地上部や細胞質への分配を増やす合目的な変化である.

SULTR1;1とSULTR1;2の間にも役割分担があり,Sが十分にある時にはSULTR1;2が吸収を担う.SULTR1;2が専ら非根毛細胞で発現する一方,SULTR1;1は根毛細胞で高く発現する(28)28) Y. Kimura, T. Ushiwatari, A. Suyama, R. Tominaga-Wada, T. Wada & A. Maruyama-Nakashita: Plants, 8, 106 (2019).SULTR1;1の転写産物量が硫酸イオン濃度と負の相関を示すのに対し,SULTR1;2の転写産物量は多量栄養素全般の不足により増加するため,−S専門のSULTR1;1,様々な需要に応じるSULTR1;2と理解されている(29)29) H. Rouached, M. Wirtz, R. Alary, R. Hell, A. B. Arpat, J. C. Davidian, P. Fourcroy & P. Berthomieu: Plant Physiol., 147, 897 (2008)..実際にSULTR1;2の発現は重金属や乾燥など,各種の酸化ストレス条件でも強く誘導される.−Sに応じたSULTR1;1SULTR1;2の発現上昇は,どちらも5′上流域によるが,応答配列はそれぞれに異なる(30)30) A. Maruyama-Nakashita, Y. Nakamura, A. Watanabe-Takahashi, E. Inoue, T. Yamaya & H. Takahashi: Plant J., 42, 305 (2005)..これらの上流域のメチル化を促進する核タンパク質としてMore Sulphur Accumulation 1(MSA1)が同定された(31)31) X.-Y. Huang, D.-Y. Chao, A. Koprivova, J. Danku, M. Wirtz, S. Müller, F. J. Sandoval, H. Bauwe, S. Roje, B. Dilkes et al.: PLoS Genet., 12, e1006298 (2016).MSA1の発現もまた−Sにより誘導される.

シロイヌナズナの根は同心円状の細胞層から成り,水分や養分を地上部に輸送する導管や器官間輸送に働く篩管は中心部の維管束系に含まれる.維管束系の外側に位置する内皮細胞層には不透性のカスパリー帯があるため,根表面から吸収された硫酸イオンが導管に到達するためには,内皮細胞に至るまでに細胞内に輸送される必要がある.また,導管は細胞外空間であるため,維管束系に運ばれた硫酸イオンは,細胞膜を介して細胞外に排出される必要がある.この排出を担う輸送体は不明だが,導管内の硫酸イオン濃度が木部柔細胞内よりも低いため,受動輸送による可能性もある(21)21) H. Takahashi: J. Exp. Bot., 70, 4075 (2019)..導管内に移動した硫酸イオンは,蒸散による上向きの流れに乗り地上部へと輸送される.この過程で部分的に細胞外に漏れ出た硫酸イオンを木部柔細胞に回収するのに低親和型輸送体のSULTR2;1とSULTR3;5が働き,導管への輸送を促進する(23, 32, 33)23) H. Takahashi, A. Watanabe-Takahashi, F. W. Smith, M. Blake-Kalff, M. J. Hawkesford & K. Saito: Plant J., 23, 171 (2000).32) T. Kataoka, N. Hayashi, T. Yamaya & H. Takahashi: Plant Physiol., 136, 4198 (2004).33) A. Maruyama-Nakashita, A. Watanabe-Takahashi, E. Inoue, T. Yamaya, K. Saito & H. Takahashi: Plant Cell, 27, 1279 (2015)..−S下で起こる地上部への硫酸イオン輸送の促進は,根でSULTR2;1の発現が上昇し,SULTR3;5とともに木部柔細胞への再吸収を促進することによる(32, 33)32) T. Kataoka, N. Hayashi, T. Yamaya & H. Takahashi: Plant Physiol., 136, 4198 (2004).33) A. Maruyama-Nakashita, A. Watanabe-Takahashi, E. Inoue, T. Yamaya, K. Saito & H. Takahashi: Plant Cell, 27, 1279 (2015).SULTR2;1の発現は,3′非転写領域に存在する応答配列SURE21により誘導される(33)33) A. Maruyama-Nakashita, A. Watanabe-Takahashi, E. Inoue, T. Yamaya, K. Saito & H. Takahashi: Plant Cell, 27, 1279 (2015).

硫酸イオンは篩部経由でも輸送される.SULTR1;3は,篩部伴細胞に局在し,地上部から地下部への硫酸イオン輸送に働く(図2図2■硫黄欠乏に応じた硫酸イオン吸収と輸送の変化(34)34) N. Yoshimoto, E. Inoue, K. Saito, T. Yamaya & H. Takahashi: Plant Physiol., 131, 1511 (2003)..SULTR2;2も根の篩部に局在する(23)23) H. Takahashi, A. Watanabe-Takahashi, F. W. Smith, M. Blake-Kalff, M. J. Hawkesford & K. Saito: Plant J., 23, 171 (2000)..SULTR2;1は,地上部では篩部全体に存在し,古い葉から若い葉への硫酸イオン輸送に働く(35)35) G. Liang, F. Yang & D. Yu: Plant J., 62, 1046 (2010)..鞘と種子をつなぐ組織でも強く発現し,種子への硫酸イオン輸送にも働く(36)36) M. Awazuhara, T. Fujiwara, H. Hayashi, A. Watanabe-Takahashi, H. Takahashi & K. Saito: Physiol. Plant., 125, 95 (2005)..種子への硫酸イオン輸送にはSULTR3やSULTR4;1の貢献も報告されている(37, 38)37) H. Zuber, J. C. Davidian, G. Aubert, D. Aime, M. Belghazi, R. Lugan, D. Heintz, M. Wirtz, R. Hell, R. Thompson et al.: Plant Physiol., 154, 913 (2010).38) H. Zuber, J. C. Davidian, M. Wirtz, R. Hell, M. Belghazi, R. Thompson & K. Gallardo: BMC Plant Biol., 10, 78 (2010).

硫酸イオン還元が色素体内で起こることから,細胞質から色素体への硫酸イオン輸送はS同化に必須である.SULTR3;1をはじめとするSULTR3が色素体への硫酸イオン輸送に働くことが報告された(39)39) Z. Chen, P.-X. Zhao, Z.-Q. Miao, G.-F. Qi, Z. Wang, Y. Yuan, N. Ahmad, M.-J. Cao, R. Hell, M. Wirtz et al.: Plant Physiol., 180, 593 (2019)..一方で,複数のSULTR3が細胞膜に局在することも示されている(32, 40~42)32) T. Kataoka, N. Hayashi, T. Yamaya & H. Takahashi: Plant Physiol., 136, 4198 (2004).40) H. Zhao, T. Frank, Y. Tan, C. Zhou, M. Jabnoune, A. B. Arpat, H. Cui, J. Huang, Z. He, Y. Poirier et al.: New Phytol., 211, 926 (2016).41) N. Yamaji, Y. Takemoto, T. Miyaji, N. Mitani-Ueno, K. T. Yoshida & J. F. Ma: Nature, 541, 92 (2017).42) G. Ding, G. J. Lei, N. Yamaji, K. Yokosho, N. Mitani-Ueno, S. Huang & J. F. Ma: Mol. Plant, 13, 99 (2020)..全SULTR3欠損株に由来する葉緑体でも野生型株の半分程度の取り込みを示すことから(39)39) Z. Chen, P.-X. Zhao, Z.-Q. Miao, G.-F. Qi, Z. Wang, Y. Yuan, N. Ahmad, M.-J. Cao, R. Hell, M. Wirtz et al.: Plant Physiol., 180, 593 (2019).,色素体への輸送には他の働き手もいるはずである.−S時には,液胞内に貯蔵された硫酸イオンが細胞質へと排出され,同化に使われる.これは液胞膜に局在するSULTR4;1, SULTR4;2の働きによっており,これらの発現もまた−Sにより促進される(43)43) T. Kataoka, A. Watanabe-Takahashi, N. Hayashi, M. Ohnishi, T. Mimura, P. Buchner, M. J. Hawkesford, T. Yamaya & H. Takahashi: Plant Cell, 16, 2693 (2004).

硫黄欠乏の受容と情報伝達

−Sによる発現制御はSULTRに留まらず,APRをはじめとする同化酵素や含硫代謝物の生合成や代謝に働くタンパク質の遺伝子発現もダイナミックに変化する(図3図2■硫黄欠乏に応じた硫酸イオン吸収と輸送の変化).このためにはまず,植物は環境中のSの状態を認識する必要がある.近年,SULTRがS状態の感知に働くことが示された(44)44) B. Zhang, R. Pasini, H. Dan, N. Joshi, Y. H. Zhao, T. Leustek & Z. L. Zheng: Plant J., 77, 185 (2014)..S濃度が高くなると−S応答遺伝子の発現は低下する.この応答が起きない変異株が探索され,その原因遺伝子を突き止めたところ,SULTR1;2だったのである.これらの変異株ではSULTR1;2の硫酸イオン輸送活性が失われるが,高S条件下で硫酸イオンやGSHの内部濃度が野生型株と変わらない状態でも−S応答遺伝子の発現が高いまま維持された.硫酸イオン輸送体による硫酸イオンの受容機能は酵母でも示されている(45)45) H. N. Kankipati, M. Rubio-Texeira, D. Castermans, G. Diallinas & J. M. Thevelein: J. Biol. Chem., 290, 10430 (2015)..SULTR以降の情報伝達や−Sの受容におけるSULTRの働きについては今後の解析が待たれる.

図3■硫黄栄養に応じた遺伝子発現の変化

硫黄が不足するとSLIM1転写因子が未知の機構により活性化し,−S応答遺伝子の発現が変化する.SULTR2;1APRなど,SLIM1によらない−S応答も存在する.通常時にはSULTR1;2が硫酸イオンを感知して−S応答を抑制するが,その情報伝達機構は不明である.

植物がどのように−Sを感じているかについては議論が続いている.また,緑藻クラミドモナスで知られるようなリン酸化酵素による調節も高等植物では明確でない.一方で,高等植物では−Sに応じた遺伝子発現制御の大体を調節する転写制御因子Sulfur Limitation1(SLIM1)が知られている(46, 47)46) A. Maruyama-Nakashita, Y. Nakamura, T. Tohge, K. Saito & H. Takahashi: Plant Cell, 18, 3235 (2006).47) A. Maruyama-Nakashita: Curr. Opin. Plant Biol., 39, 144 (2017).slim1変異株では,SULTRMSA1に加え,後述するmicroRNA395(miR395)やGSLやGSHの代謝酵素の発現上昇,GSL生合成遺伝子の発現低下など,ほとんどの−S応答が緩和され,−S下での成長が抑制される.一方で,根におけるAPRSULTR2;1の−S応答はslim1変異株で変化しないことから,未解明の調節機構が示唆されている.SLIM1は植物特有の転写因子族Ethylene-Insensitive3-Like(EIL)ファミリーの転写因子EIL3と同一である.シロイヌナズナには6種のEILが存在し,このうちEIN3とEIL1は植物ホルモンであるエチレンを介した遺伝子発現の調節を担う(48)48) H. Guo & J. R. Ecker: Curr. Opin. Plant Biol., 7, 40 (2004).SLIM1の転写産物量は−S下でわずかに上昇するのみであり,高発現させても−S下でのみ相補が認められることから,SLIM1の機能発現は転写後制御によると考えられる(46)46) A. Maruyama-Nakashita, Y. Nakamura, T. Tohge, K. Saito & H. Takahashi: Plant Cell, 18, 3235 (2006)..最近,EIL1が−S応答に部分的に寄与すること(49)49) A. Dietzen, A. Koprivova, S. J. Whitcomb, G. Langen, T. O. Jobe, R. Hoefgen & S. Kopriva: Plant Physiol., 184, 2120 (2021).,EIN3がSLIM1とヘテロダイマーを形成してその機能を阻害することが報告された(50)50) A. Wawrzynska & A. Sirko: Plant Sci., 253, 50 (2016)..EIL間の関係性やSLIM1の機能発現機構の解明が待たれる.

硫酸イオン輸送と同化について,いくつかの転写後調節機構も知られている.−S下で発現するmiR395は,ATPSSULTR2;1の転写産物を標的として減少させることにより,古い葉から若い葉への硫酸イオン輸送を適切に保つ(35)35) G. Liang, F. Yang & D. Yu: Plant J., 62, 1046 (2010)..SULTR1;2のSTASドメインは細胞質型のOASTLと相互作用し,この相互作用は硫酸イオン吸収を抑制し,システイン合成活性を促進する(51)51) N. Shibagaki & A. R. Grossman: J. Biol. Chem., 285, 25094 (2010)..−S下では未知の仕組みにより相互作用が解除され,SULTR1;1が働き出すため,吸収活性が促進される.システイン合成は後述するようにSERATとOAS-TLの複合体の状態によって調節される(10)10) M. Wirtz & R. Hell: Plant Cell, 19, 625 (2007)..また,−S下でSULTR1;1とSULTR1;2のタンパク質レベルを維持する未知の機構の存在も示唆されている(26)26) N. Yoshimoto, E. Inoue, A. Watanabe-Takahashi, K. Saito & H. Takahashi: Plant Physiol., 145, 378 (2007).

硫黄欠乏に応じた硫黄貯蔵物質の代謝変換

硫酸イオンの吸収や同化を促進する仕組みに加え,貯蔵Sの生合成を不活化し,再利用を促進する機構も知られている.−S下であることを考えると,Sの貯蔵形態や必要に応じてそれらを活用する仕組みは,より環境への適応に重要かもしれない.液胞内に貯蔵された硫酸イオンの活用については「硫酸イオンの吸収と分配」で述べた.ここではシロイヌナズナにおける主なSの貯蔵物質であるグルコシノレート(GSL)とグルタチオン(GSH)の−Sに応じた代謝変換について述べる.

1. グルコシノレート(GSL)生合成の抑制

アブラナ科植物は,Sを含む特化代謝産物であるGSLを生産するため,Sに対する要求量が高い.GSLは少なくとも2個のS原子を持ち,構造的にSに富む(52, 53)52) C. D. Grubb & S. Abel: Trends Plant Sci., 11, 89 (2006).53) B. A. Halkier & J. Gershenzon: Annu. Rev. Plant Biol., 57, 303 (2006)..GSLは組織によって全S含有量の30%にも及び,Sの施肥によりGSL含量を増加させることができる(54)54) K. L. Falk, J. G. Tokuhisa & J. Gershenzon: Plant Biol., 9, 573 (2007)..一方,−Sに曝されると,GSL生合成の抑制と分解の促進により植物体内のGSL濃度は激減する(46, 47, 55~57)46) A. Maruyama-Nakashita, Y. Nakamura, T. Tohge, K. Saito & H. Takahashi: Plant Cell, 18, 3235 (2006).47) A. Maruyama-Nakashita: Curr. Opin. Plant Biol., 39, 144 (2017).55) A. Maruyama-Nakashita, E. Inoue, A. Watanabe-Takahashi, T. Yamaya & H. Takahashi: Plant Physiol., 132, 597 (2003).56) V. Nikiforova, J. Freitag, S. Kempa, M. Adamik, H. Hesse & R. Hoefgen: Plant J., 33, 633 (2003).57) M. Y. Hirai & K. Saito: J. Exp. Bot., 55, 1871 (2004)..これらの事実から,GSLはSの貯蔵に働く,即ち,−S下でGSLからSが放出され,S同化へと再利用されると推定されてきた.

GSLはいくつかのアミノ酸を基に生合成される.シロイヌナズナには主にMet由来の脂肪族GSL(mGSL)とトリプトファン由来のインドールGSL(iGSL)から成る40種のGSLが存在する(52, 53)52) C. D. Grubb & S. Abel: Trends Plant Sci., 11, 89 (2006).53) B. A. Halkier & J. Gershenzon: Annu. Rev. Plant Biol., 57, 303 (2006)..mGSL生合成に働くBCAT4, CYP79F2, MAM1, MAMLやiGSLの生合成に働くCYP79B2, CYP79B3, CYP83B1などの転写産物量は,−S下で低下する(図4図4■通常時(左)および硫黄欠乏時(右)におけるグルコシノレート(GSL, 上)とグルタチオン(GSH, 下)の代謝変化(46)46) A. Maruyama-Nakashita, Y. Nakamura, T. Tohge, K. Saito & H. Takahashi: Plant Cell, 18, 3235 (2006)..これらの転写産物量の減少は,SLIM1により制御される(46)46) A. Maruyama-Nakashita, Y. Nakamura, T. Tohge, K. Saito & H. Takahashi: Plant Cell, 18, 3235 (2006)..また,GSL生合成遺伝子の発現は,R2R3 MYB転写因子によって正に制御される(58)58) H. Frerigmann & T. Gigolashvili: Front. Plant Sci., 5, 626 (2014)..MYB28, MYB29, MYB76はmGSL合成の制御因子であり,中でもMYB28が主要に働く(58~60)58) H. Frerigmann & T. Gigolashvili: Front. Plant Sci., 5, 626 (2014).59) M. Y. Hirai, K. Sugiyama, Y. Sawada, T. Tohge, T. Obayashi, A. Suzuki, R. Araki, N. Sakurai, H. Suzuki, K. Aoki et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 104, 6478 (2007).60) I. E. Sønderby, M. Burow, H. C. Rowe, D. J. Kliebenstein & B. A. Halkier: Plant Physiol., 153, 348 (2010)..MYB34, MYB51, MYB122はiGSL合成を促進し,中でもMYB34が主要に働く(図4図4■通常時(左)および硫黄欠乏時(右)におけるグルコシノレート(GSL, 上)とグルタチオン(GSH, 下)の代謝変化(58, 61~63)58) H. Frerigmann & T. Gigolashvili: Front. Plant Sci., 5, 626 (2014).61) J. L. Celenza, J. A. Quiel, G. A. Smolen, H. Merrikh, A. R. Silvestro, J. Normanly & J. Bender: Plant Physiol., 137, 253 (2005).62) T. Gigolashvili, B. Berger, H. P. Mock, C. Müller, B. Weisshaar & U. I. Flügge: Plant J., 50, 886 (2007).63) H. Frerigmann & T. Gigolashvili: Mol. Plant, 7, 814 (2014)..SLIM1はin vitroではMYBの発現を抑制することが報告されているが,in vivoではMYB29とMYB76の発現のみが−Sによって抑制され,これは−S下におけるGSLの減少と一致する(58)58) H. Frerigmann & T. Gigolashvili: Front. Plant Sci., 5, 626 (2014)..一方で,MYB28, MYB51, MYB34, MYB122の発現は短期の−Sではほとんど変化せず,長期の−Sでは増加することさえある(58)58) H. Frerigmann & T. Gigolashvili: Front. Plant Sci., 5, 626 (2014)..このように,MYBの発現量増加とGSLの減少が矛盾することから,−S下でGSL生合成を負に制御する他の機構が示唆されていた.

図4■通常時(左)および硫黄欠乏時(右)におけるグルコシノレート(GSL, 上)とグルタチオン(GSH, 下)の代謝変化

斜字体で示した各タンパク質の文字サイズは発現の強さを表す.

−Sに応じてGSL生合成を負に制御する因子は,−S下で発現が誘導される機能未知遺伝子から発見された.Sulfur Deficiency Induced 1SDI1)とSDI2の発現量は−S下で著しく増加する(30, 46)30) A. Maruyama-Nakashita, Y. Nakamura, A. Watanabe-Takahashi, E. Inoue, T. Yamaya & H. Takahashi: Plant J., 42, 305 (2005).46) A. Maruyama-Nakashita, Y. Nakamura, T. Tohge, K. Saito & H. Takahashi: Plant Cell, 18, 3235 (2006).sdi1欠損株では,−S下で組織中の硫酸イオン濃度が高くなることから,−S条件で貯蔵Sを利用する役割を果たすことが示唆されていた(64)64) J. R. Howarth, S. Parmar, P. B. Barraclough & M. J. Hawkesford: Plant Biotechnol. J., 7, 200 (2009)..一方,SDI2は,ゲノムワイド関連研究においてGSL蓄積を変化させる候補遺伝子として同定されていた(65)65) E. K. F. Chan, H. C. Rowe, J. A. Corwin, B. Joseph & D. J. Kliebenstein: PLoS Biol., 9, e1001125 (2011)..このように,SDIがGSLやS代謝に関わることが示唆されていたが,その機能は2016年に初めて明らかにされた(66)66) F. Aarabi, M. Kusajima, T. Tohge, T. Konishi, T. Gigolashvili, M. Takamune, Y. Sasazaki, M. Watanabe, H. Nakashita, A. R. Fernie et al.: Sci. Adv., 2, e1601087 (2016).

SDI1, SDI2の二重欠損株では,mGSLの蓄積とmGSL生合成遺伝子の転写産物量が増加し,高発現株ではこれらが減少することから,SDIにmGSL生合成を抑制する働きがあることが示された(66)66) F. Aarabi, M. Kusajima, T. Tohge, T. Konishi, T. Gigolashvili, M. Takamune, Y. Sasazaki, M. Watanabe, H. Nakashita, A. R. Fernie et al.: Sci. Adv., 2, e1601087 (2016)..さらに,SDI1とMYB28のタンパク質間相互作用が植物細胞の核で観察され,この相互作用がMYB28によるmGSL生合成酵素遺伝子の発現促進を阻害することが分かった(図4図4■通常時(左)および硫黄欠乏時(右)におけるグルコシノレート(GSL, 上)とグルタチオン(GSH, 下)の代謝変化(66)66) F. Aarabi, M. Kusajima, T. Tohge, T. Konishi, T. Gigolashvili, M. Takamune, Y. Sasazaki, M. Watanabe, H. Nakashita, A. R. Fernie et al.: Sci. Adv., 2, e1601087 (2016)..この相互作用は,mGSL生合成酵素遺伝子CYP79F1およびCYP83Aの5′上流域にある推定シス因子に対するMYB28の結合には影響しない(66)66) F. Aarabi, M. Kusajima, T. Tohge, T. Konishi, T. Gigolashvili, M. Takamune, Y. Sasazaki, M. Watanabe, H. Nakashita, A. R. Fernie et al.: Sci. Adv., 2, e1601087 (2016)..SDI1がMYB28の転写誘導活性を抑制する機構については今後の解析が待たれる.

GSL生合成の調節に働く他の転写因子も報告されている.MYC2, MYC3, MYC4は,GSL生合成遺伝子のプロモーターに直接結合し,MYB28と相互作用してmGSL生合成を正に制御する(67)67) F. Schweizer, P. Fernández-Calvo, M. Zander, M. Diez-Diaz, S. Fonseca, G. Glauser, M. G. Lewsey, J. R. Ecker, R. Solano & P. Reymond: Plant Cell, 25, 3117 (2013)..最近,SDI1がMYB28, MYC2と3者複合体を形成し,−S下でSリッチな種子貯蔵タンパク質の蓄積を抑制することが報告された(68)68) F. Aarabi, A. Rakpenthai, R. Barahimipour, M. Gorka, S. Alseekh, Y. Zhang, M. A. Salem, F. Brückner, N. Omranian, M. Watanabe et al.: Plant Physiol., 187, 2419 (2021)..このようなタンパク質複合体がGSL生合成の調節に果たす役割ついても今後の研究が待たれる.

2. グルコシノレート(GSL)分解の促進と硫黄同化への再利用

GSLの分解もまた−Sにより促進される.GSLやその代謝産物が植物の防御やヒトの疾患予防に働くことから,GSLの分解機構は長い間研究者の注目を集めてきた(3, 69~71)3) B. A. Halkier & J. Gershenzon: Annu. Rev. Plant Biol., 57, 303 (2006).69) U. Wittstock & M. Burow: Arabidopsis Book, 8, e0134 (2010).70) A. F. N. M. Abdull Razis & N. M. Noor: Asian Pac. J. Cancer Prev., 14, 1565 (2013).71) S. Maina, G. Misinzo, G. Bakari & H.-Y. Kim: Molecules, 25, 3682 (2020)..GSLは,チオグルコースとアミノ酸に由来する側鎖が結合した硫酸化イソチオシアネートを核とする基本構造を持つ(3, 69)3) B. A. Halkier & J. Gershenzon: Annu. Rev. Plant Biol., 57, 303 (2006).69) U. Wittstock & M. Burow: Arabidopsis Book, 8, e0134 (2010)..GSL分解の初発過程は,ミロシナーゼと呼ばれるβ-グルコシダーゼ(BGLU)により触媒される.BGLUがGSLに作用すると,GSLのチオグルコシド結合が切断され,グルコースが放出される.不安定な中間体は,硫酸イオンを遊離し,残ったアグリコンはイソチオシアネート(ITC),エピチオシアネート,ニトリルのいずれかに代謝される(69, 72)69) U. Wittstock & M. Burow: Arabidopsis Book, 8, e0134 (2010).72) Z. Zhang, J. A. Ober & D. J. Kliebenstein: Plant Cell, 18, 1524 (2006)..シロイヌナズナに存在する47個のBGLUのうち,22個がGSLの加水分解に働くと推定され,これらはアミノ酸配列の相同性から典型BGLU(BGLU34-BGLU39)と非典型BGLU(BGLU18-BGLU33)とに分けられる(73)73) R. T. Nakano, M. Piślewska-Bednarek, K. Yamada, P. P. Edger, M. Miyahara, M. Kondo, C. Böttcher, M. Mori, M. Nishimura, P. Schulze-Lefert et al.: Plant J., 89, 204 (2017)..各BGLUの転写産物量は植物の成長段階やストレス条件によって変化し,GSLやその分解産物に多様な生理機能をもたらすと推定されている(3, 74)3) B. A. Halkier & J. Gershenzon: Annu. Rev. Plant Biol., 57, 303 (2006).74) R. Sugiyama & M. Y. Hirai: Front. Plant Sci., 10, 1008 (2019).

BGLUのうち,特に−S下で機能すると推測されてきたのがBGLU28とBGLU30である(46, 47, 55~57)46) A. Maruyama-Nakashita, Y. Nakamura, T. Tohge, K. Saito & H. Takahashi: Plant Cell, 18, 3235 (2006).47) A. Maruyama-Nakashita: Curr. Opin. Plant Biol., 39, 144 (2017).55) A. Maruyama-Nakashita, E. Inoue, A. Watanabe-Takahashi, T. Yamaya & H. Takahashi: Plant Physiol., 132, 597 (2003).56) V. Nikiforova, J. Freitag, S. Kempa, M. Adamik, H. Hesse & R. Hoefgen: Plant J., 33, 633 (2003).57) M. Y. Hirai & K. Saito: J. Exp. Bot., 55, 1871 (2004)..発現が−Sによって大きく誘導されるBGLU28BGLU30の働きは,これらの単欠損株および二重欠損株(bglu28, bglu30bglu28/30)を用いた研究から明らかとなった(75)75) L. Zhang, R. Kawaguchi, T. Morikawa-Ichinose, A. Allahham, S.-J. Kim & A. Maruyama-Nakashita: Plant Cell Physiol., 61, 803 (2020).bglu28/30では,野生型株と比較してGSL量が増加し,硫酸イオン,Cys, GSH,タンパク質量,タンパク質中S量が減少した.さらに,bglu28/30の生育は−Sにより野生型株で認められるよりも強く抑制された(75)75) L. Zhang, R. Kawaguchi, T. Morikawa-Ichinose, A. Allahham, S.-J. Kim & A. Maruyama-Nakashita: Plant Cell Physiol., 61, 803 (2020)..これらの結果から,BGLU28とBGLU30が−SによるGSL分解に働き,GSL由来のSが植物の生命維持に不可欠なS同化に再利用されることが示唆された(図4図4■通常時(左)および硫黄欠乏時(右)におけるグルコシノレート(GSL, 上)とグルタチオン(GSH, 下)の代謝変化).

GSL由来のSの再利用機構は,同位体標識したGSLを用いた最近の研究により直接的に示された.同位体標識したGSL(4MSB-34S)を植物に与えると,34Sを含むCys, Met, GSHが蓄積した(76)76) R. Sugiyama, R. Li, A. Kuwahara, R. Nakabayashi, N. Sotta, T. Mori, T. Ito, N. Ohkama-Ohtsu, T. Fujiwara, K. Saito et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e2017890118 (2021)..重水素ラベルした4MSBを利用した同様の実験により,4MSBに由来するITCであるスルフォラファンやそのGSHやCysとの重合体,ラファヌサム酸(RA)が検出され,これらの蓄積量の経時変化からGSL分解に始まるGSH依存的なSの再利用経路が示された(76)76) R. Sugiyama, R. Li, A. Kuwahara, R. Nakabayashi, N. Sotta, T. Mori, T. Ito, N. Ohkama-Ohtsu, T. Fujiwara, K. Saito et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e2017890118 (2021)..GSHとの重合体を経て,ITC基のS原子はRAに移動し,最終的にCysが再生産される経路である(76)76) R. Sugiyama, R. Li, A. Kuwahara, R. Nakabayashi, N. Sotta, T. Mori, T. Ito, N. Ohkama-Ohtsu, T. Fujiwara, K. Saito et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e2017890118 (2021).

一方で,ITCはGSLに由来する唯一の代謝物ではなく,他の代謝経路,特にニトリルを生じる代謝経路も存在する(77, 78)77) R. Kissen & A. M. Bones: J. Biol. Chem., 284, 12057 (2009).78) T. Janowitz, I. Trompetter & M. Piotrowski: Phytochemistry, 70, 1680 (2009)..Sの再配分という観点から,もう一つのS放出を伴うニトリルへの代謝経路は,植物の−Sへの適応にとってより有益であると考えられる.ニトリルの生成と代謝に関わる2つの遺伝子,Nitrile Specifier Protein 5Nitrilase 3の発現が−S下で上昇することからも−S下ではこの代謝経路が主要に働く可能性が期待される(図4図4■通常時(左)および硫黄欠乏時(右)におけるグルコシノレート(GSL, 上)とグルタチオン(GSH, 下)の代謝変化(46, 55, 56, 77, 78)46) A. Maruyama-Nakashita, Y. Nakamura, T. Tohge, K. Saito & H. Takahashi: Plant Cell, 18, 3235 (2006).55) A. Maruyama-Nakashita, E. Inoue, A. Watanabe-Takahashi, T. Yamaya & H. Takahashi: Plant Physiol., 132, 597 (2003).56) V. Nikiforova, J. Freitag, S. Kempa, M. Adamik, H. Hesse & R. Hoefgen: Plant J., 33, 633 (2003).77) R. Kissen & A. M. Bones: J. Biol. Chem., 284, 12057 (2009).78) T. Janowitz, I. Trompetter & M. Piotrowski: Phytochemistry, 70, 1680 (2009).

3. グルタチオン(GSH)の分解とシステインの回収

GSHは細胞内に1~5 mMというCysの10~50倍もの濃度で存在し,有機態Sの貯蔵や輸送に主要な役割を果たす(79)79) G. Noctor, G. Queval, A. Mhamdi, S. Chaouch & C. H. Foyer: Arabidopsis Book, 9, e0142 (2011)..GSHはγ-Glu-Cys-Glyの構造を持つトリペプチドであり,GSH分解はCysを含めた3つの構成アミノ酸を供給する.特に−S下においては,この反応によるSの再分配が重要な役割を果たすと考えられる.

シロイヌナズナには複数のGSH分解酵素が存在し,その分解経路は単純ではない.最初に発見されたγ-glutamyl transpeptidase(GGT)は細胞外空間に存在するタンパク質であり,当初その機能は細胞外のGSHを分解することで構成アミノ酸を細胞内に輸送することにあると考えられた(80)80) A. K. Bachhawat & S. Yadav: IUBMB Life, 70, 585 (2018)..取り込まれたアミノ酸が細胞内でGSHに再合成されることで実質的なGSH輸送となる通称“γ-グルタミルサイクル”が提唱され,GGTはそのサイクルの一端を担うと予想された(81)81) M. Orlowski & A. Meister: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 67, 1248 (1970)..しかし,GGT変異体のGSH濃度やGSH分解速度が野生型株と同程度であることが示され(82)82) N. Ohkama-Ohtsu, A. Oikawa, P. Zhao, C. Xiang, K. Saito & D. J. Oliver: Plant Physiol., 148, 1603 (2008).,GSH分解におけるGGTの役割は大きくないと考えられるに至った.

その後,細胞質に局在するGSH分解酵素としてγ-glutamyl cyclotransferase(GGCT)およびγ-glutamyl peptidase(GGP)が同定された(83~85)83) B. Paulose, S. Chhikara, J. Coomey, H. I. Jung, O. Vatamaniuk & O. P. Dhankher: Plant Cell, 25, 4580 (2013).84) S. Kumar, A. Kaur, B. Chattopadhyay & A. K. Bachhawat: Biochem. J., 468, 73 (2015).85) T. Ito, T. Kitaiwa, K. Nishizono, M. Umahashi, S. Miyaji, S. Agake, K. Kuwahara, T. Yokoyama, S. Fushinobu, A. Maruyama-Nakashita et al.: Plant J., in press (2022)..大部分のGSHが細胞内に存在することから,現在では主要なGSH分解の場は細胞内であると考えられている.GGCTにはGGCT2;1, GGCT2;2, GGCT2;3の3種が存在し,いずれもGSHのGlu残基を5-オキソプロリンとして分離する(83, 84)83) B. Paulose, S. Chhikara, J. Coomey, H. I. Jung, O. Vatamaniuk & O. P. Dhankher: Plant Cell, 25, 4580 (2013).84) S. Kumar, A. Kaur, B. Chattopadhyay & A. K. Bachhawat: Biochem. J., 468, 73 (2015)..この5-オキソプロリンは,OXP1という別の酵素によってATP依存的にGluへと再生される(82)82) N. Ohkama-Ohtsu, A. Oikawa, P. Zhao, C. Xiang, K. Saito & D. J. Oliver: Plant Physiol., 148, 1603 (2008)..また,もう一つの生成物であるCys-GlyもCysとGlyに分解され,最終的にGSHは3つの構成アミノ酸へと加水分解される(図4図4■通常時(左)および硫黄欠乏時(右)におけるグルコシノレート(GSL, 上)とグルタチオン(GSH, 下)の代謝変化).もう一つの細胞質型GSH分解酵素であるGGPにも5つのホモログが存在し,そのうちGGP1とGGP3は全身で恒常的に発現する(85, 86)85) T. Ito, T. Kitaiwa, K. Nishizono, M. Umahashi, S. Miyaji, S. Agake, K. Kuwahara, T. Yokoyama, S. Fushinobu, A. Maruyama-Nakashita et al.: Plant J., in press (2022).86) F. Geu-Flores, M. E. Møldrup, C. Böttcher, C. E. Olsen, D. Scheel & B. A. Halkier: Plant Cell, 23, 2456 (2011)..GGPはGGCTと異なり,GSHのGlu残基をそのままGlu分子として分離するため,OXP1によるATP消費がない分エネルギー効率に優れると考えられる(図4図4■通常時(左)および硫黄欠乏時(右)におけるグルコシノレート(GSL, 上)とグルタチオン(GSH, 下)の代謝変化(85)85) T. Ito, T. Kitaiwa, K. Nishizono, M. Umahashi, S. Miyaji, S. Agake, K. Kuwahara, T. Yokoyama, S. Fushinobu, A. Maruyama-Nakashita et al.: Plant J., in press (2022)..GGPのユニークな特徴は,GSL合成経路におけるGSH抱合体の分解にも働くことである(86, 87)86) F. Geu-Flores, M. E. Møldrup, C. Böttcher, C. E. Olsen, D. Scheel & B. A. Halkier: Plant Cell, 23, 2456 (2011).87) F. Geu-Flores, M. T. Nielsen, M. Nafisi, M. E. Møldrup, C. E. Olsen, M. S. Motawia & B. A. Halkier: Nat. Chem. Biol., 5, 575 (2009)..すなわち,GGPはSの一次代謝と特化代謝の双方で機能する.

−S下に置かれた植物では,GGCT2;1の発現が劇的に上昇し,GSH分解が促進される(88)88) N. C. Joshi, A. J. Meyer, S. A. K. Bangash, Z. L. Zheng & T. Leustek: New Phytol., 221, 1387 (2019).GGCT2;1の変異株(ggct2;1)は,−S下において根端におけるGSH濃度が野生型株よりも高く,主根長が増加し,側根の生長が抑制されなくなるといった表現型を示す(88)88) N. C. Joshi, A. J. Meyer, S. A. K. Bangash, Z. L. Zheng & T. Leustek: New Phytol., 221, 1387 (2019)..GSHは根端の分裂活性に不可欠であり,GSH含量が野生型株の5%未満であるrml1root meristemless1)変異株は,根端分裂組織を欠く(89)89) T. Vernoux, R. C. Wilson, K. A. Seeley, J. P. Reichheld, S. Muroy, S. Brown, S. C. Maughan, C. S. Cobbett, M. Van Montagu, D. Inzé et al.: Plant Cell, 12, 97 (2000)..このことから,ggct2;1における根の形態変化は,GGCT2;1の欠損によって植物がGSH分布を制御できなくなったためであると考えられる.

一方,GGPは−Sへの応答性を持たないが,GGP1は恒常的に多量に発現する.ggp1変異株は,−S下で先述のggct2;1と同様に−SシグナルであるOASを野生型株よりも多量に蓄積することから,GGP1もGSH分解による硫黄の再分配に寄与すると考えられる.また,GGPはGSH抱合体の分解にも機能するが,−S下ではGSL合成が抑制され,GSH抱合体の濃度が減少すると考えられるため,GGPの反応に占めるGSH分解の割合が増加すると予想される.

このように,−S時のGSH分解経路は明らかになりつつあるものの,生じたCysの用途など,詳細な生理学的役割は未解明である.また,GSH分解はS濃度によらず活発に行われているようであり,通常条件下でもGSH合成阻害剤を投与すると,GSH濃度は一日で8割も減少する(82)82) N. Ohkama-Ohtsu, A. Oikawa, P. Zhao, C. Xiang, K. Saito & D. J. Oliver: Plant Physiol., 148, 1603 (2008)..この点をふまえると,GSH分解は−S時にとどまらず,植物のS代謝全般において重要な機能を担うのかもしれない.

他元素との関わり

S代謝は炭素(C)や窒素(N)をはじめとする他の栄養素の代謝と協調して制御される(90, 91)90) G. Courbet, K. Gallardo, G. Vigani, S. Brunel-Muguet, J. Trouverie, C. Salon & A. Ourry: J. Exp. Bot., 70, 4183 (2019).91) Q. Li, Y. Gao & A. Yang: Int. J. Mol. Sci., 21, 8926 (2020)..植物体内ではN, Sの比がある程度一定に保たれており,CやNが不足すると−S応答も起きない(92, 93)92) A. Koprivova, M. Suter, R. O. den Camp, C. Brunold & S. Kopriva: Plant Physiol., 122, 737 (2000).93) A. Maruyama-Nakashita, Y. Nakamura, T. Yamaya & H. Takahashi: J. Exp. Bot., 55, 1843 (2004)..このような栄養素間の調節機構は,リービッヒの最少率を裏付ける分子機構としても興味深いものである.

S同化経路の最終段階であるCys合成では,Sが硫化物イオンとして,C・NがOASとして供給され,植物はそれらを通じて栄養状態を感知すると考えられている.OASを合成するSERATおよびCysを合成するOAS-TLは,Cys合成複合体(CSC)を形成することで代謝を制御する(10, 94)10) M. Wirtz & R. Hell: Plant Cell, 19, 625 (2007).94) M. Watanabe, Y. Chiba & M. Y. Hirai: Front. Plant Sci., 12, 643403 (2021)..CSCの形成によりSERATは活性化し,OAS-TLは不活性化する.また,CSCは硫化物イオンによって安定化し,OASによって不安定化する.従って,−S下では硫化物イオンが減少してOASが蓄積することで,CSCの解体が進み,OAS合成が抑制されてCys合成が促進される.さらに,蓄積したOASは−Sシグナルとして働き,前述のAPR3, MSA1, SDI1, SDI2, GGCT2;1を含めた硫黄代謝関連遺伝子の発現を上昇させる(94, 95)94) M. Watanabe, Y. Chiba & M. Y. Hirai: Front. Plant Sci., 12, 643403 (2021).95) F. Aarabi, T. Naake, A. R. Fernie & R. Hoefgen: Trends Plant Sci., 25, 1227 (2020).

S代謝はTOR(target of rapamycin)キナーゼによる制御も受ける.TORは代謝や環境の情報を統合し,生長を制御するマスターレギュレーターである(96)96) G. M. Burkart & F. Brandizzi: Trends Biochem. Sci., 46, 417 (2021)..Cys前駆体のうちSが不足する場合には,糖の減少を通じてTOR活性が低下し,翻訳の減少・分裂組織の活性低下・オートファジーの増加などが引き起こされる(97)97) Y. Dong, M. Silbermann, A. Speiser, I. Forieri, E. Linster, G. Poschet, A. A. Samami, M. Watanabe, C. Sticht, A. A. Teleman et al.: Nat. Commun., 8, 1 (2017).,一方,C・N(OAS)が不足する場合には,GCN2キナーゼによって同様に生長が制御される(97)97) Y. Dong, M. Silbermann, A. Speiser, I. Forieri, E. Linster, G. Poschet, A. A. Samami, M. Watanabe, C. Sticht, A. A. Teleman et al.: Nat. Commun., 8, 1 (2017)..加えて,TORがCysの用途をGSH合成からタンパク質合成へシフトさせること(98)98) A. Speiser, M. Silbermann, Y. Dong, S. Haberland, V. V. Uslu, S. Wang, S. A. K. Bangash, M. Reichelt, A. J. Meyer, M. Wirtz et al.: Plant Physiol., 177, 927 (2018).,TOR活性がGSLの一種である3-ヒドロキシプロピルGSLの投与によって阻害され,根の伸長が抑制されること(99)99) F. G. Malinovsky, M.-L. F. Thomsen, S. J. Nintemann, L. M. Jagd, B. Bourgine, M. Burow & D. J. Kliebenstein: eLife, 6, e29353 (2017).も報告されており,生長およびストレス応答に伴う資源配分もTORによって調節されることが提案されている.

リン(P)による硫酸イオン分配の調節も報告されている.P欠乏(−P)はSULTR1;3の発現を促進し,SULTR2;1の発現を抑制する(100)100) H. Rouached, D. Secco, B. Arpat & Y. Poirier: BMC Plant Biol., 11, 19 (2011)..この応答は−Pへの応答を司るMYB転写因子PHR1の制御下にあり,結果として地上部から地下部への硫酸イオン輸送を促進する.逆に−Sはリン酸の吸収と地上部への輸送を促進し,地上部のリン酸イオン量を増加させる(101)101) A. Allahham, S. Kanno, L. Zhang & A. Maruyama-Nakashita: Int. J. Mol. Sci., 21, 2971 (2020)..Sと鉄にも同様の関係が知られ,鉄欠乏によるS同化の抑制や−Sによる鉄輸送の抑制が知られている(102)102) I. Forieri, C. Sticht, M. Reichelt, N. Gretz, M. J. Hawkesford, M. Malagoli, M. Wirtz & R. Hell: Plant Cell Environ., 40, 95 (2017)..これらの相互作用の分子機構や生理的意義は不明であり,今後の解析が待たれる.

おわりに

本稿では,植物が−S環境を生き抜くための戦略について,S同化の促進とS貯蔵物質の代謝変換,S同化への再利用の仕組みを概説した.主にシロイヌナズナを解析対象とした分子生物学的・遺伝学的な研究がこれらの理解に大きく貢献してきた.一方で,硫酸イオンのみならず各種含硫代謝物の輸送機構,−Sの受容から各代謝系の調節に至る情報伝達系,各代謝変換が−Sへの適応をもたらす物質レベルの機構,他の元素によるS代謝の調節や逆にSが他元素の代謝や機能に及ぼす影響など,様々な側面からの研究課題も多く残されている.植物種によってS要求量やS代謝のあり方も異なっており,これらと−S応答との関連にも興味がもたれる.本稿では取り上げていないが,タンパク質機能の調節にジスルフィド結合の酸化還元が果たす役割,各種の生理活性物質やタンパク質の機能調節に果たす硫酸化,過硫化,チオ化の役割など,生化学的な側面からのSの重要性も知られている.これらは植物が不良環境に対処する機構として知的好奇心を誘起するだけでなく,S同化能の高い植物や有用含硫化合物を多く含む植物の作出,需要に応じた植物の育成法等への技術開発につながる課題として今後の展開が期待される.

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