農芸化学@High School

雄と雌のミトコンドリアCO1を用いたカラスガイ族の交雑種の検出

築根

埼玉県立松山高等学校生物部

中野 律久

埼玉県立松山高等学校生物部

菅谷 亮介

埼玉県立松山高等学校生物部

Published: 2022-10-01

淡水二枚貝であるカラスガイ族のミトコンドリアの両性遺伝を利用し,交雑種が検出できないかを研究した.各地の雄のサンプルを用いて,精子から雄ミトコンドリアのDNAを,体細胞から雌ミトコンドリアのDNAを抽出し,CO1領域の塩基配列を決定し雌雄の系統樹を作成した.この系統樹において,雌雄で異なる種として同定された割合は約26%(5/19)であった.これらは交雑種であり,種間や属間で交雑が起きていることが実証できた.

本研究の目的・方法および結果と考察

【目的】

ミヤコタナゴは,国の天然記念物に指定されている.埼玉県のミヤコタナゴは野外には生息しておらず,水族館等で管理され,増殖が行われている.しかし,この増殖したミヤコタナゴを野外に放流できない状態となっている.それは,ミヤコタナゴが産卵するイシガイ目の貝類が生息環境等の劣化により野外に生息していないからである.そこで,松山高校生物部では,ミヤコタナゴなどを増殖させるためにはその産卵母貝となるイシガイ目について研究することが重要だと考え,これをテーマとした研究を進めている(1~4)1) 佐久間幹大,鳥屋太志:日本産イシガイ類の分子系統解析.埼玉県立松山高等学校生物部,2015.2) 石川春樹,砂村遥平:両性遺伝するドブガイ類の雄ミトコンドリアの分子系統解析.埼玉県立松山高等学校生物部,2016.3) 草野侑巳,星野直樹,熊木日向:日本産ドブガイ類の種分化.埼玉県立松山高等学校生物部,2017.4) M. Lopes-Lima, A. Hattori, T. Kondo, J. Hee Lee, S. Ki Kim, A. Shirai, H. Hayashi, T. Usui, K. Sakuma, T. Toriya et al.: Mol. Phylogenet. Evol., 146, 106755 (2020)..その研究成果を,Manuel Lopes-Lima教授らとの国際共同研究で,日本のイシガイ目の担当としてその分布状況をまとめてきた(4)4) M. Lopes-Lima, A. Hattori, T. Kondo, J. Hee Lee, S. Ki Kim, A. Shirai, H. Hayashi, T. Usui, K. Sakuma, T. Toriya et al.: Mol. Phylogenet. Evol., 146, 106755 (2020)..山脈や海による地理的隔離により日本のカラスガイ族も種分化が起こり,6属13種が生息していることが明らかにされた.また,外来種1種(Sinanodonta cf. woodiana 1)が確認されている.

これらのなかには形態だけでは種の同定が困難なものがあるが,雌のミトコンドリアのCO1領域(シトクロームcオキシダーゼ・サブユニットIの遺伝子領域で,この遺伝子によりエネルギー産生酵素が合成される)をPCR法で増幅し塩基配列を調べれば,多くの場合種が同定できる.CO1領域はバーコード領域として知られており,高等真核生物全体を通して一定に保たれている塩基配列であるため,種を判別するのに最適である.しかし,ミトコンドリアの塩基配列だけでは正確な種の同定はできない.形態が良く似ている個体では,雌のミトコンドリアだけではなく核の塩基配列を調べることが重要となってくる.また,これによって交雑種の存在を指摘できる可能性がある.

イシガイ目の交雑種は,中国産のヒレイケチョウガイ(Sinohyriopsis cumingii)が淡水真珠養殖のために人為的に移植されたことにより,在来種のイケチョウガイ(Sinohyriopsis schlegelii)と交雑しその交雑種が琵琶湖と霞ヶ浦に生息していることが初めて報告された(5, 6)5) 白井亮久:ちりぼたん,39,25 (2008).6) A. Shirai, T. Kondo & T. Kajita: Venus, 68, 151 (2010)..この研究では,雌のミトコンドリアのCO1領域と核における特定の塩基配列であるITS領域を調べて,交雑種の存在を証明している.ITS領域は真核生物のリボソームRNAをコードする遺伝子の間に存在する領域であり,変異とコピー数が多いことから分子系統樹に使われることが多い.

多くの生物では,雌のミトコンドリアのみが子孫に引き継がれる母性遺伝をする.しかし,カラスガイ族を含むイシガイ目では,雄のミトコンドリアが雄に遺伝する.具体的には,雄のミトコンドリアが精巣や雄の体細胞に存在し,雄では両性遺伝すること(7)7) M. Soroka: Folia Biol., 56, 91 (2008).が知られている(図1図1■雌雄のミトコンドリアの構成).そこで,雄のミトコンドリアと雌のミトコンドリアの両方のCO1遺伝子の組み合わせで,交雑種を検出できないかを研究することにした.雄のミトコンドリアのCO1の遺伝子データは,NCBI(米国の国立生物科学情報センター)のGenBankにはほとんど登録されていないため,松山高校生物部で解析(2)2) 石川春樹,砂村遥平:両性遺伝するドブガイ類の雄ミトコンドリアの分子系統解析.埼玉県立松山高等学校生物部,2016.されていた雄ミトコンドリアCO1の遺伝子データを基にプライマーを作成し,雄の精子から目的の遺伝子を増幅し,塩基配列を調べた.このデータが多く集まれば,日本産ドブガイの雄系統と雌系統の組み合わせがどのようになっているかを分析でき,分類学的位置や生息地域の遺伝的多様性を明確にすることもできる.また,本研究において,現状では不明瞭な交雑種の存在の有無の評価もできるものと考えている.この交雑種の存在を実証するためには,ミトコンドリアのCO1領域のみならず,核のITS領域のデータ収集も必要なので,この組み合わせでの予備的検討も行った.

図1■雌雄のミトコンドリアの構成

【方法】

1. カラスガイ族のサンプル

大阪自然史博物館の福原修一・田部雅昭コレクション(イシガイ目)からカラスガイ族の組織標本を分譲して頂いた.この標本の中でMDH(malate dehydrogenase:リンゴ酸脱水素酵素)泳動パターンから標本番号にAがあるものは,ヌマガイ(Sinanodonta lauta),Bがタガイ(当時はSinanodonta japonica,現在の分類ではBeringiana属),Cがフネドブガイ(当時はAnemina arcaeformis,現在の分類では多くがBuldowskia属)と同定されたサンプルである.また,過去に先輩方が残したサンプルと研究者から分譲して頂いたサンプルや野外から採取した貝も含めて,総計19サンプルを使用した.

2. DNA抽出とシークエンス解析

生きている貝については,解剖し生殖腺を取り出し精子があるか顕微鏡で観察し,その存在が確認できたら雄とし,卵巣に卵,または鰓(エラ)にグロキディウム幼生が確認できた場合は雌とした.精子または体細胞(足の組織)の一部をQuickGene DNA tissue kit S(倉敷紡績株式会社製)で処理しQuickgene-mini 80(富士フィルム製)を用いてDNAを抽出した.そして,抽出したDNAをPCR法で増幅し,電気泳動を行った.その後,電気泳動にてバンドが確認できたサンプルはシークエンス解析を業者(ユーロフィンジェノミクス)に依頼した.

3. 雄と雌のミトコンドリアCO1の系統樹

各地の雄個体の精子から雄ミトコンドリア,体細胞(足の組織)から雌ミトコンドリアのDNAを抽出し(図1図1■雌雄のミトコンドリアの構成),CO1領域の塩基配列を決定した.決定した塩基配列データとGenBankのデータを基に,最尤法を用いて分子系統樹をフリーソフトMEGA7で作成した.

【結果】

雄サンプルのデータを基に,雌雄のCO1の系統樹を作成した(図2図2■雄サンプルからの雌と雄のCO1の系統樹).また,この系統樹において,雌雄のCO1で同定した種が異なるサンプルを表1表1■雌雄でミトコンドリアCO1塩基配列が異なる交雑種にまとめた.

図2■雄サンプルからの雌と雄のCO1の系統樹

(上:体細胞の雌CO1, 下:精子の雄CO1, 〇:雌雄で同一種,▲:雌雄で異なる種)番号を付したサンプルは本研究のデータであり,それ以外はGenBankのデータである.

表1■雌雄でミトコンドリアCO1塩基配列が異なる交雑種
番号サンプル名雌CO1による種名雄CO1による種名
1Shiga-6Sinanodonta calipygosBeringiana gosannensis
3Ibaraki-2Sinanodonta lautaSinanodonta cf. woodiana 1
5Shizuoka-5Sinanodonta lautaBeringiana sp. 2
9Hokkaido-12Sinanodonta lautaBeringiana gosannensis
10Hokkaido-20Sinanodonta lautaBeringiana sp. 1

調べた19個体の中で,雌雄で異なる種として同定されたのは5個体なので,約26%(5/19)が交雑種の可能性が高い.Ibaraki-2の組み合わせはSinanodonta属内の種間雑種,残り4個体はSinanodonta属とBeringiana属による属間雑種と考えられる.しかし,田部らは,MDH泳動パターンをもとに分類したSinanodonta属とBeringiana属が混生している場所のサンプルに交雑個体の泳動パターンが認められなかったことから,Sinanodonta属とBeringiana属には生殖隔離が起こり,交雑できないとしている(8)8) 田部雅昭,福原修一,長田芳和:貝類学雑誌,53, 29 (1994).

本研究の意義と展望

本研究にて2属の交雑種として考えられる4サンプルを検出した.今後の課題として,これらのITS領域の塩基配列をPCR-SSCP法(一本鎖高次構造多型解析),すなわち,2本鎖DNAを熱により1本鎖にして泳動し,この1本鎖にしたDNAの塩基配列を調べる方法(6)6) A. Shirai, T. Kondo & T. Kajita: Venus, 68, 151 (2010).を用いて正確に決定し,交雑個体であることの証拠をさらに積み上げて実証したい.

また,Beringiana sp. 1がBeringiana beringianaであり,Beringiana sp. 2がBeringiana japonicaである可能性が高いので,この地域の雄を多く調べ,証明したい.

交雑種の存在を実証するためには,核のITS領域のデータを多く収集することも必要である.MDH(リンゴ酸脱水素酵素)泳動パターンから,A型(Sinanodonta属),B型(Beringiana属),C型(多くはBuldowskia属)と同定されている福原修一・田部雅昭コレクションを用いて,雌CO1と核ITSの系統樹から同定された属とMDH泳動パターンから同定されている属との関係をまとめた(未掲載).その結果,MDH泳動パターンから同定された属とITSの系統樹から同定された属の一致率は,93%(14/15)であり,標本番号83A-36(MDH:Sinanodonta属,ITS:Buldowskia属)だけが一致しなかった.しかし,雌のCO1の系統樹から同定された属では,MDH泳動パターンとの一致率は0%であった.この大きな相違の原因は何からくるのだろうか.

この点を明らかにするために,まず,MDH泳動パターンとITSで同定した時にどのような関係があるかを調べた.MDH(リンゴ酸脱水素酵素)はTCAサイクル内で還元反応を行う酵素であるが,この酵素の遺伝子はミトコンドリアではなく核内に存在する.したがって,核に存在するITSと同じなので両方法で同定した属の一致率は高い.次に,核の遺伝子であるMDHの泳動パターンと雌のミトコンドリアの遺伝子であるCO1の場合である.これらの方法で同定した属が一致しないならば,交雑種が考えられる.しかし,15サンプルの全てが一致していないので,全てを交雑種として判定することは難しい.以前の研究でこのコレクションのサンプルのCO1を調べたが,MDH泳動パターンで同定された属とほぼ一致していた(一部の例外有り).

今後の課題として,このコレクションの一部には雄(ただし,体細胞なので,雄ミトコンドリアが少ない)もあるので,より感度の良い雄CO1プライマーを作成し,雌雄で同定された種が異なるかどうかで交雑種であるかを検討したい.また,交雑種になると体細胞に残る雄ミトコンドリアが多くなるのかについても新たな研究テーマとして取り組みたい.

この研究が進展して,なぜイシガイ目では雄のミトコンドリアが排除されずに両性遺伝するのかが解明されると,母性遺伝する生物では,どのような仕組みで雄ミトコンドリアだけを排除できるかの研究の手がかりが見つかる可能性がある.

Note

本研究は,日本農芸化学会2022年度大会(京都)における「ジュニア農芸化学会」(発表は新型コロナウイルス感染症対策のためオンライン形式で実施)に応募された研究のうち,本誌編集委員会が優れた研究として選定した6題の発表のうちの一つです.

Reference

1) 佐久間幹大,鳥屋太志:日本産イシガイ類の分子系統解析.埼玉県立松山高等学校生物部,2015.

2) 石川春樹,砂村遥平:両性遺伝するドブガイ類の雄ミトコンドリアの分子系統解析.埼玉県立松山高等学校生物部,2016.

3) 草野侑巳,星野直樹,熊木日向:日本産ドブガイ類の種分化.埼玉県立松山高等学校生物部,2017.

4) M. Lopes-Lima, A. Hattori, T. Kondo, J. Hee Lee, S. Ki Kim, A. Shirai, H. Hayashi, T. Usui, K. Sakuma, T. Toriya et al.: Mol. Phylogenet. Evol., 146, 106755 (2020).

5) 白井亮久:ちりぼたん,39,25 (2008).

6) A. Shirai, T. Kondo & T. Kajita: Venus, 68, 151 (2010).

7) M. Soroka: Folia Biol., 56, 91 (2008).

8) 田部雅昭,福原修一,長田芳和:貝類学雑誌,53, 29 (1994).