Kagaku to Seibutsu 60(11): 549 (2022)
巻頭言
日本農芸化学会の創立から一世紀を経て
Published: 2022-11-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
日本農芸化学会は1924年に設立され,100周年を迎えようとしています.本会は「農芸化学分野の基礎及び応用研究の進歩を図り,それを通じて科学,技術,文化の発展に寄与することにより人類の福祉の向上に資することを目的として設立された.」と,本会HPに設立趣旨の記載があります.また農芸化学を「化学を農業生産資材や農業加工品,さらには生理学にまで応用する学問」と説明しています.
今回の原稿依頼を契機に,私なりに本会設立時の社会背景と本会の設立目的の関係を想像してみました.本会設立時の世界は第一次と二次の大戦の戦間期です.1910年代の日本は,第一次大戦で欧州諸国が経済活動を停滞させている間に,戦争特需で繊維・造船・製鉄などの製造業や海運業を発展させました.しかし1920年代の日本は,特需の反動で経済が停滞し,1923年には関東大震災が起こり,戦後恐慌・震災恐慌,その後は世界恐慌に端を発する金融恐慌に苦しめられました.当時の相対的な国力比較データによると,1928年の工業力は米国 : イギリス : ドイツ : 日本=100 : 25.6 : 30.0 : 8.5であり(The Rise and Fall of the Great Powers, Paul Kennedy著),現代と比較すると相対的に日本の状況が大変厳しい時代であったと言えます.一方で,当時の日本の人口は1890年の3,990万人から1928年には6,210万人へと急激に増加しました.人口増加に対応するための食糧増産の必要性,工業化に伴う都市化への対応としての新たな食品加工や流通の需要も高まっていたと思われます.本会創立者の方々は大変不安定な世界および国内情勢の中で,並々ならぬ決意を持って本会の設立に臨んだことが想像されます.その設立趣旨では,当時の工業化と都市化,人口増加を支える,食糧増産や農産加工の基盤となる学問としての基礎から実践的応用までを見据えた戦略的な目標設定がなされていることを強く感じます.これらの様子は,本会HPの創立60周年記念事業の資料から読み取れます(https://www.jsbba.or.jp/about/about_history.html).
学会設立から一世紀を経た現在,日本の人口が減少する一方で世界の人口は増加しており,食糧生産は国内外で異なる課題を抱えています.地球温暖化は現代社会の工業化を支えてきた化石燃料の使用に大きな制限を求めています.日本の長期の景気低迷,東日本大震災と福島原発の事故,COVID-19の感染拡大,ウクライナ戦争等により,食糧とエネルギーの調達の困難さが浮彫になりました.国民生活や産業を支える食糧やエネルギーの調達は,世界との相対的な関係に大きく影響されます.100年前も困難且つ複雑な国内外情勢の下で学会が船出したことを思いますと,来る100周年を節目として,本会の目標を大局的な視点で再構築することには意義があるものと思われます.大学においても,大学改革により財務環境が大きく変化し,大学ミッションの再定義を含め否応なしに対応が求められております.大学における農芸化学の教育研究や本会関連産業界の事業に関わる中長期的目標も世界との相対的な関係の中で再構築する時期に来ていると思われます.本会創立100周年に向けて,農芸化学の教育研究,産業活動の目標についての議論が深まることを期待します.