Kagaku to Seibutsu 60(11): 560-564 (2022)
解説
下部尿路機能におけるNOの生理的役割に関する最近の話題下部尿路と一酸化窒素
The Physiological Role of NO on Lower Urinary Tract and Novel Insight: Lower Urinary Tract and NO
Published: 2022-11-01
下部尿路は膀胱と尿道から構成される.下部尿路の主としての機能は,尿を体外へ排出する排尿機能と尿を貯める蓄尿機能である.蓄尿時には膀胱体部は弛緩し,出口部である膀胱頸部と尿道は収縮する(図1図1■蓄尿時と排尿時の下部尿路の動き).一方,排尿時には膀胱体部は収縮し,膀胱頸部と尿道は弛緩する.このダイナミックな動きには,末梢神経や中枢神経による機能制御が関わっている(1)1) W. C. de Groat, D. Griffiths & N. Yoshimura: Compr. Physiol., 5, 327 (2015)..さらに神経伝達物質としてはアドレナリン,アセチルコリン,アデノシン三リン酸(ATP),そして一酸化窒素(NO)が各部位でそれぞれ重要な役割を担っている(1)1) W. C. de Groat, D. Griffiths & N. Yoshimura: Compr. Physiol., 5, 327 (2015)..いずれの神経伝達物質も下部尿路機能のコントロールにおいて重要な役割を果たしており,これらの神経伝達物質による制御が何らかの原因で障害されると様々な下部尿路機能症状をきたすこととなる(1)1) W. C. de Groat, D. Griffiths & N. Yoshimura: Compr. Physiol., 5, 327 (2015)..神経伝達物質のなかでもNOは,血管拡張作用を有する物質としてIgnarroらによって発見された物質である(2)2) L. J. Ignarro, G. M. Buga, K. S. Wood, R. E. Byrns & G. Chaudhuri: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 84, 9265 (1987)..NOはL-アルギニンがL-シトルリンに変換される際,NO合成酵素(NO synthase, NOS)によって産生される(3)3) R. M. Palmer, D. S. Ashton & S. Moncada: Nature, 333, 664 (1988)..NOSには3種類のアイソフォームが存在し,恒常的に発現している内皮型NOS(eNOS)と神経型NOS(nNOS),炎症により誘導される誘導型NOS(iNOS)に分類される.最近では,このNOが,膀胱の知覚神経の興奮抑制や膀胱頸部,尿道の弛緩に関わることが報告されている.一方で,iNOS由来のNOは活性酸素種を産生することで毒性を示すとも言われている.下部尿路機能とNOの関係については未だ謎が多いものの,10年前と比べて随分とその知見が増えてきた.本稿では下部尿路機能におけるNOの生理的な役割と治療の可能性について最近の話題を紹介させていただく.
Key words: 一酸化窒素(NO); 下部尿路機能; 生理的役割; 新規治療
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
下部尿路組織におけるNOの役割の1つ目として,膀胱の知覚神経の興奮を抑制する働きが報告されている.Aizawaらは雌性ラットを用いた研究から,この働きを証明している(4)4) N. Aizawa, Y. Igawa, O. Nishizawa & J. J. Wyndaele: Eur. Urol., 59, 264 (2011)..具体的には,ウレタン麻酔下でラットの膀胱に存在するAδ線維,C線維の興奮を記録し,各種薬剤による影響を評価している.まず,1つ目の実験では,NO合成酵素の阻害物質であるL-NAMEを膀胱内投与し,その後,NOの基質であるL-アルギニンを静脈内投与している.また,2つ目の実験では,L-アルギニンを静脈内投与し,続けて膀胱の過活動を引き起こすアクロレインを膀胱内に投与している.膀胱内をL-NAMEで充填すると,Aδ線維,C線維の活動が共に増大し,L-アルギニンの静脈内投与はどちらの活動も減弱させた.またアクロレインの膀胱内投与はどちらの神経も興奮させたが,L-アルギニンの前投与により興奮が抑制されることも示されている.筆者らはNO合成酵素がラット膀胱内に存在しており,NOの基質であるL-アルギニンは知覚神経であるAδ線維,C線維共に抑制的に働くと推察している.
またOzawaらは,シクロホスファミド誘発性膀胱炎モデルを用いてNOドナーの効果を検討している(5)5) H. Ozawa, M. B. Chancellor, S. Y. Jung, T. Yokoyama, M. O. Fraser, Y. Yu, W. C. de Groat & N. Yoshimura: J. Urol., 62, 2211 (1999)..雌性ラットにシクロホスファミド(100 mg/kg)を腹腔内投与し48時間後に排尿機能評価を行っている.シクロホスファミドを投与した個体では,排尿間隔が短縮しており頻尿症状を呈した.NOドナーを膀胱内に投与したところ,排尿間隔が改善することが報告されている.また逆にNOS阻害剤の膀胱内投与による変化は見られなかったと報告している.またラットの求心性神経にNOドナーを滴下したところ,神経へのCa2+イオンの流入が抑制されることを示しており,NOが直接神経細胞へ作用している可能性がある.
一方,膀胱頸部(内尿道付近)や尿道においては,NOは筋肉の弛緩反応に関わるとされている.NOは可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)を活性化し環状グアノシン一リン酸(cGMP)濃度を上昇させて内尿道括約筋や他組織の平滑筋の弛緩を制御している(6)6) K. E. Andersson & K. Persson: World J. Urol., 12, 274 (1994)..我々のグループのこれまでの研究においても,ラット膀胱頸部を用いて光応答性NOドナーによる弛緩反応について報告している(7)7) K. Maeda, Y. Hotta, N. Ieda, T. Kataoka, H. Nakagawa & K. Kimura: J. Pharmacol. Sci., 146, 226 (2021)..光応答性NOドナーは光照射に応じてNOが放出されるため,NOが放出される部位と時間を制御することが可能なドナーである.このNOドナーを用いたところ,雌雄共にラットの膀胱頸部がNOにより弛緩すること,またこの反応にsGCが関与することが示された.さらに,ヒト膀胱頸部を用いた報告でも,NOドナーを投与により弛緩反応が観察されることが報告されている(8)8) S. Bustamante, L. M. Orensanz, P. Recio, J. Carballido, A. García-Sacristán, D. Prieto & M. Hernández: Neurosci. Lett., 477, 91 (2010)..
このように下部尿路において,NOは膀胱体部では求心路(知覚神経)の抑制に働いており,尿を貯める際に機能していると考えられる.一方で膀胱頸部や尿道においては,筋肉を弛緩させる,つまり尿の排出を助けるように機能していると考えられる.このようにNOは下部尿路において部位ごとに相反する複雑な支配に関わっている.またNOは血管平滑筋を弛緩させる働きを有していることから,下部尿路組織における血行動態の保持にも関わると考えられている.つまり,NOは下部尿路機能において,知覚神経の抑制・筋肉の弛緩・下部尿路の血行動態を介して関与すると考えられる.現行の下部尿路障害治療薬のひとつであるホスホジエステラーゼ5阻害薬であるタダラフィルは,NO/cGMP経路の賦活化を引き起こし,これらの作用点に効果を有していると考えられている.タダラフィルについては次項の「下部尿路機能障害治療としてのNOの可能性」で詳しく紹介する.このようにNOは膀胱や尿道など下部尿路の機能制御に深く関わっていることが分かる.
下部尿路機能障害によって引き起こされる症状は,蓄尿期にみられる蓄尿症状,排尿期にみられる排尿症状,そして排尿直後にみられる排尿後症状に大別される.これまで論じてきたように,NOは蓄尿と排尿の両方に関わることが示唆されている.このことから,NOは蓄尿症状と排尿症状の治療の際の標的として有効かもしれない.しかしながら,現在までNO自体を標的とした下部尿路治療薬は上市されていない.その理由としては,いくつか考えられる.NOと下部尿路機能との関わりやメカニズムが完全に明らかになっていないことが理由の一つとして考えられる.また,NOは常温・常圧で気体であり,下部尿路以外の作用点を多く持つだけでなく,作用半減期が非常に短い.そのため,狙った部位に適切な時間だけNOを投与することは困難である.したがって,NOそのものを補充もしくは阻害する薬剤の開発は,これらの問題を解決しなければ実現が困難であると考えられる.
現在,NO/cGMP系に注目した下部尿路機能障害治療薬としてタダラフィルがすでに上市されている.タダラフィルは,血管平滑筋の主要な弛緩反応であるNO/GC/cGMP経路で知られるcGMPの分解酵素であるPDE5を阻害する薬剤である.タダラフィルは膀胱平滑筋や下部尿路血管,前立腺内のcGMP濃度を上昇させる効果が期待される.血管や下部尿路組織に分布するPDE-5を阻害することによりcGMP濃度を上昇させ,下部尿路の血行動態の改善や尿道抵抗の軽減や膀胱の過伸展の改善につながると考えられている(9)9) 日本新薬:医薬品インタビューフォーム,ザルティア®錠,2022年4月改訂(第8版),p.26..
さて,NOは強力な神経伝達物質であるが,先に述べたように作用部位を限局する必要がある.この点を克服できれば,NO自体を補充する新たな下部尿路障害治療につながることが期待される.我々は光応答性NOドナーに着目し現在研究を進めている.光応答性NOドナーとは,名前の通り光照射に応じてNOを放出する特徴をもつ物質である.この性質から光を照射している部位に限局してNO放出を制御することが可能である.また放出時間も照射時間に限定することができる.これまでに,筆者たちはいくつかの光応答性NOドナーを開発してきており,最近では赤色光応答性NOドナーの開発に成功している.この物質に関する実験として,膀胱内にこの物質の溶液を20分間留置した後,採取した膀胱頸部に赤色光を照射する実験を行った(図2図2■光応答性NOドナーを用いた膀胱頸部への応用実験).その結果,光照射に応じた弛緩反応が観察された(図3図3■光応答性NOドナーを用いた弛緩反応)(7)7) K. Maeda, Y. Hotta, N. Ieda, T. Kataoka, H. Nakagawa & K. Kimura: J. Pharmacol. Sci., 146, 226 (2021)..この実験は膀胱を採取して行ったため神経への影響は不明であるが,仮に筋肉にのみ作用させることができれば排尿障害に,膀胱の知覚神経にのみ作用させることができれば蓄尿障害に対する治療方法として応用が可能だろう.まだ発展途中の研究ではあるが,新たな視点を提供する研究としてさらなる進展が期待される.
1992年,NOがScience誌によって「The Molecule of the Year」として紹介されてから30年が経過した(10)10) D. E. Koshland Jr.: Science, 258, 1861 (1992)..NOの生体内作用に対する研究はついに下部尿路にまで広がり,下部尿路機能障害に対する新たなアプローチの出現を期待させる.しかし,生体の様々な部位に作用し,迅速に分解されるNOを標的にするには,生体を網羅するほどの徹底的な研究と画期的な投与方法の発案が必要となるだろう.今回の解説では末梢の下部尿路組織中でのNOの役割について概説させて頂いた.実際にはNOは中枢でも作用しており,排尿制御に深く関わることも報告されている.NOを治療として使用するためには,やはり限局的な作用が重要なカギになると考えられる.不断の研究がNOの可能性を明らかにし,まったく新しい概念の薬剤が開発されることを願う.
Reference
1) W. C. de Groat, D. Griffiths & N. Yoshimura: Compr. Physiol., 5, 327 (2015).
3) R. M. Palmer, D. S. Ashton & S. Moncada: Nature, 333, 664 (1988).
4) N. Aizawa, Y. Igawa, O. Nishizawa & J. J. Wyndaele: Eur. Urol., 59, 264 (2011).
6) K. E. Andersson & K. Persson: World J. Urol., 12, 274 (1994).
9) 日本新薬:医薬品インタビューフォーム,ザルティア®錠,2022年4月改訂(第8版),p.26.