解説

リグニン代謝工学によるイネ科バイオマス植物の育種リグニンの量と構造の改変

Lignin Metabolic Engineering in Grass Biomass Plants: Modification of Lignin Content and Structure

Toshiaki Umezawa

梅澤 俊明

京都大学生存圏研究所

Published: 2022-11-01

バイオマス資源の内,最も蓄積量の多いリグノセルロース(木質)からの工業原材料生産や石炭代替ペレット燃料生産に関する必要性と関心が近年世界的に頓に高まっている.リグノセルロース多糖成分の利用技術開発は既に相当進展しているが,リグニンの大規模利用は,主にその構造の複雑さと単離の難しさに起因して長きに亘り停滞してきた.一方,リグニンは多糖の1.4倍程度の発熱量を有する.そこで,筆者らは高バイオマス生産性の大型イネ科植物のモデルとしてイネを用い,積極的にリグニン増量を図る研究及びリグニンの構造単純化に関する研究を進めた.

Key words: 再生可能バイオマス資源; イネ科植物; 代謝工学; リグニン増量; リグニン構造単純化

はじめに

近年,化石資源・エネルギー依存を脱し,再生可能資源・エネルギーに対する依存度を上げる必要性がますます高まっている.このような方向性は2015年のパリ協定や持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals; SDGs)の採択により加速され(1)1) 梅澤俊明:“リグニン利活用のための最新技術動向”,シーエムシー出版,2020, p. 227.,さらに2020年来のCOVID-19の蔓延と本年(2022年)のウクライナ危機によって一層顕著になってきた.再生可能資源・エネルギーの中でバイオマス資源は唯一工業原材料となる有機化合物を供給することができる点が本質的に重要である.さらに,現在でも世界の一次エネルギーの約10%はバイオマス燃焼によっており,石炭火力発電所の石炭代替燃料としての木質(リグノセルロース)バイオマス燃料の重要性は急速に高まっている.なお,「木質」と言う用語は,樹木系リグノセルロースバイオマスのみならず,草本系も含め植物二次細胞壁に由来するリグノセルロースバイオマスを総称している(2)2) 梅澤俊明:“植物細胞壁”,西谷和彦,梅澤俊明編著,講談社,2013, p. 163.

木質多糖の化学成分利用については,セルロースナノファイバーなど高次構造を生かした利用技術開発や糖化発酵技術開発が進展している.他方,リグニンの化学成分利用については半世紀以上に亘り研究開発が進められてきたものの,その大規模な経済的利用は長きに亘ってパルプ廃液リグニンの燃料・分散剤・粘結剤としての利用などに限られてきた.このリグニンの化学成分利用の難しさは,主に(1)リグニンの構造(芳香核構造及び二量体構造とその配列)の複雑さ・多様性,(2)単離の難しさ,及び(3)誘導体化起点となる官能基が限定されていること,に起因する(1)1) 梅澤俊明:“リグニン利活用のための最新技術動向”,シーエムシー出版,2020, p. 227..最近山田らはスギリグニンの可溶媒分解物(改質リグニン)の包括的利用システム構築を報告している.このシステムでは,上記の困難を回避しつつリグニン分解物全体の一括利用を進め,各方面から注目されている(3)3) 山田竜彦:“リグニン利活用のための最新技術動向”,梅澤俊明監修,シーエムシー出版,2020, pp. 122–131..今後リグニン由来低分子化合物の精製・利用技術開発を進めるには,従来からの技術開発の一層の推進に加え,全く新たな変換反応系の開拓と共に,原料としてのリグニン構造の代謝工学による単純化,即ち上記の困難を緩和した利用し易いリグニンの作出を進めることが緊要と考えられる(図1図1■リグノセルロースバイオマスの利用特性向上に向けたリグニン代謝工学-特に化学成分利用と燃焼利用-(4, 5)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018).5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020).

図1■リグノセルロースバイオマスの利用特性向上に向けたリグニン代謝工学-特に化学成分利用と燃焼利用-

一方,リグニンは多糖の1.4倍程度の高位発熱量を有し(4)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018).,バイオマスの熱利用,例えばペレット化後の直接燃焼などでは,リグニン含有率が高い方が有利である(4)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018)..とりわけ昨今石炭火力発電所における石炭の代替燃料としてのリグノセルロースバイオマスの引き合いが急拡大している.今後太陽光発電や風力発電などが一層増加するとしても,これらの発電量には変動が大きいことから,この変動を補ういわゆるベースロード電源や出力調整電源としての火力発電の重要性は将来に亘り極めて高いと考えられる.もちろんバイオマスは,一旦材料としての利用を行った後,最終的に燃焼利用することが望ましいものの,実際のところ,例えば過去10年間で日本国内産木質バイオマスの燃焼利用量は20倍に増加している(1)1) 梅澤俊明:“リグニン利活用のための最新技術動向”,シーエムシー出版,2020, p. 227..さらに,世界の樹木系木質バイオマスの半分は今なお直接燃焼利用されている.ここで,この直接燃焼利用されている木質バイオマスの多くは,世界的には天然林伐採に相当依存している.そこで,今後持続型社会の構築に向けて,天然林伐採を厳しく制限し,天然林伐採の結果すでに成立してしまった荒廃草原などを活用しつつ,限られた面積でバイオマス生産を持続的に進めることが求められている(6)6) SATREPS: 熱帯荒廃草原の植生回復によるバイオマスエネルギーとマテリアル生産,https://www.jst.go.jp/global/kadai/h2704_indonesia.html, accessed on May 08, 2022..そこで,バイオマスの発熱量増加に繋がるリグニン増量は一つの重要な育種目標となっている(図1図1■リグノセルロースバイオマスの利用特性向上に向けたリグニン代謝工学-特に化学成分利用と燃焼利用-(4, 5, 7)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018).5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020).7) D. L. Funnell-Harris, S. E. Sattler, P. M. O’Neill, T. Gries, H. M. Tetreault & T. E. Clemente: Plant Dis., 103, 2277 (2019).

リグノセルロースは,樹木系と非樹木系に分けることができる.樹木系のリグノセルロースバイオマスは概ね木材に相当するが,その消費量は世界全体で年間20億t程度と見積もることができる(4)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018)..一方非木材系のリグノセルロースバイオマスは主にイネ科植物の茎などであるが,世界全体で年間約36億t生成していると見積もられている(8)8) Y. Y. Tye, K. T. Lee, W. N. W. Abdullah & C. P. Leh: Renew. Sustain. Energy Rev., 60, 155 (2016)..さらに大型のイネ科植物の単位面積当たりの年間バイオマス生産量は,7~93 t ha−1に達し,樹木系のそれ(4~25 t ha−1)より圧倒的に多い(4)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018)..加えて,一般にイネ科植物のリグニンは木材リグニンより容易に抽出されることから,イネ科植物ではリグノセルロース成分の分離特性が木材より優れていると言える(4)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018)..木材が紙パルプ生産や梁材・柱材の生産に必須であることは論を俟たないが,単位面積当たりのバイオマス生産性やナフサ代替としての化学成分利用に注目した場合,大型のイネ科植物は今後一層重要性が高まると考えられる(4, 5)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018).5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020).

リグニンの化学構造

リグニンは樹木や草本を問わずすべての維管束植物において生合成されるフェニルプロパノイド系高分子化合物であり,p-ヒドロキシケイ皮アルコール(モノリグノール)類及び関連フェノール系化合物の酵素による脱水素重合物である.リグニンは主に芳香核上のメトキシ基の数の違いに基づき分類され,コニフェリルアルコール(4-ヒドロキシ-3-メトキシケイ皮アルコール),シナピルアルコール(3,5-ジメトキシ-4-ヒドロキシケイ皮アルコール),p-クマリルアルコール(4-ヒドロキシケイ皮アルコール)に由来するリグニンは,それぞれグアイアシル(G)リグニン,シリンギル(S)リグニン,p-ヒドロキシフェニル(H)リグニンと呼ばれている(図2A図2■リグニン合成経路とリグニンサブストラクチャー(4, 9)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018).9) Y. Tobimatsu, T. Takano, T. Umezawa & J. Ralph: “Lignin: Biosynthesis, Functions, and Economic Significance”, F. Lu, F. Yue, eds, Nova Science Publishers,2019, pp. 79–110..針葉樹のリグニンは主にG型から成り,微量のH型を含んでいる(9)9) Y. Tobimatsu, T. Takano, T. Umezawa & J. Ralph: “Lignin: Biosynthesis, Functions, and Economic Significance”, F. Lu, F. Yue, eds, Nova Science Publishers,2019, pp. 79–110..被子植物のリグニンは,G型とS型に加え微量のH型を含んでいる(9)9) Y. Tobimatsu, T. Takano, T. Umezawa & J. Ralph: “Lignin: Biosynthesis, Functions, and Economic Significance”, F. Lu, F. Yue, eds, Nova Science Publishers,2019, pp. 79–110..被子植物でも広葉樹の二次木部のリグニンは,専らG型とS型から構成されており,痕跡量のH型を含む(9)9) Y. Tobimatsu, T. Takano, T. Umezawa & J. Ralph: “Lignin: Biosynthesis, Functions, and Economic Significance”, F. Lu, F. Yue, eds, Nova Science Publishers,2019, pp. 79–110..イネ科植物のリグニンは,G型とS型に加え少量のH型を含んでいる(9)9) Y. Tobimatsu, T. Takano, T. Umezawa & J. Ralph: “Lignin: Biosynthesis, Functions, and Economic Significance”, F. Lu, F. Yue, eds, Nova Science Publishers,2019, pp. 79–110..リグニンの含有率は,針葉樹材で24~33%(10)10) K. V. Sarkanen & H. L. Hergert: “Lignins”, K. V. Sarkanen, C. H. Ludwig, eds, Wiley, 1971, pp. 43–94.,広葉樹材で16~24%(10)10) K. V. Sarkanen & H. L. Hergert: “Lignins”, K. V. Sarkanen, C. H. Ludwig, eds, Wiley, 1971, pp. 43–94.,イネ科植物の茎では5.5~25%程度である(8)8) Y. Y. Tye, K. T. Lee, W. N. W. Abdullah & C. P. Leh: Renew. Sustain. Energy Rev., 60, 155 (2016)..また,イネ科植物のリグニンには,p-クマール酸がエステル結合により多量に取り込まれている(9)9) Y. Tobimatsu, T. Takano, T. Umezawa & J. Ralph: “Lignin: Biosynthesis, Functions, and Economic Significance”, F. Lu, F. Yue, eds, Nova Science Publishers,2019, pp. 79–110..ここで,モノリグノール特にシナピルアルコールのp-クマール酸エステルが,一種のリグニンモノマーとして機能して,モノリグノールと共重合している(11)11) J. Ralph: Phytochem. Rev., 9, 65 (2010)..一方細胞の種類に着目すると,管状要素(仮道管,道管要素)では主にG型,木部繊維(真正木繊維など)では,G型とS型から構成されている.さらに,細胞壁内の各層においても,モノリグノールの組成比は異なり,細胞間層は二次細胞壁よりメトキシ基含量が低い傾向にある(12, 13)12) 高部圭司:“植物細胞壁”,西谷和彦,梅澤俊明編著,講談社,2013, p. 163–165.13) 高部圭司:“リグニン利活用のための最新技術動向”,梅澤俊明監修,シーエムシー出版,2020, pp. 15–20..なお,植物体全体或いは特定の器官・組織の試料を分析した際に認められるリグニンの量と構造の変動が,当該リグニンの合成代謝の直接的な制御によるのか,そこに存在する細胞の種類の変動に付随して起こるのか,の区別がついていない場合も多い.

図2■リグニン合成経路とリグニンサブストラクチャー

A: フェニルアラニンやチロシンからモノリグノール類に至る経路(ケイ皮モノリグノール経路)を示す.トリシン(フラボノイド)とピセアタノール(スチルベン)の合成はp-クマロイルCoAから分岐している.フラボノリグニンとp-クマロイル化リグニン構造はイネ科植物に特徴的である.白抜き矢印:主要リグニン合成経路,破線経路:存在が推定されているp-クマロイルモノリグノールに至る新規未解明経路,*p-クマロイルシナピルアルコールの構造のみ示している.PAL, フェニルアラニンアンモニアリアーゼ;PTAL, フェニルアラニン/チロシンアンモニアリアーゼ;C4H, ケイヒ酸4-ヒドロキシラーゼ;C3H, 4-クマール酸3-ヒドロキシラーゼ;CAldOMT, 5-ヒドロキシコニフェリルアルデヒドO-メチルトランスフェラーゼ;4CL, 4-ヒドロキシシンナモイルCoAリガーゼ;HCT, 4-ヒドロキシシンナモイルCoA: シキミ酸/キナ酸ヒドロキシシンナモイルトランスフェラーゼ;CCoAOMT, カフェオイルCoA O-メチルトランスフェラーゼ;CCR, シンナモイルCoAレダクターゼ;CAld5H, コニフェリルアルデヒド5-ヒドロキシラーゼ;CAD, シンナミルアルコールデヒドロゲナーゼ;SAD, シナピルアルコールデヒドロゲナーゼ;F5H, フェルラ酸5-ヒドロキシラーゼ;CAOMT, カフェー酸O-メチルトランスフェラーゼ;AEOMT, ヒドロキシケイヒ酸/ヒドロキシシンナモイルCoAエステルO-メチルトランスフェラーゼ;C3′H, 4-クマロイルシキミ酸/キナ酸3-ヒドロキシラーゼ;CSE, カフェオイルシキミ酸エステラーゼ.B: リグニンサブストラクチャー.

上述の,古くから知られてきたリグニンモノマーであるモノリグノールに加え,最近では多様なフェノール性化合物がリグニンモノマーとして機能している例が知られるようになってきた.まず,イネ科植物リグニンでは,フラボン型のフラボノイドであるトリシンがリグニンモノマーとして機能し,いわゆるフラボノリグニン構造を与えていることが示された(5, 9, 14)5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020).9) Y. Tobimatsu, T. Takano, T. Umezawa & J. Ralph: “Lignin: Biosynthesis, Functions, and Economic Significance”, F. Lu, F. Yue, eds, Nova Science Publishers,2019, pp. 79–110.14) P. Y. Lam, A. C. W. Lui, L. Wang, H. Liu, T. Umezawa, Y. Tobimatsu & C. Lo: Front. Plant Sci., 12, 733198 (2021)..加えて,イネ科植物リグニンでは,フェルラ酸がキシランのアラビノース側鎖にエステル結合しており,このフェルラ酸残基同士の結合或いはフェルラ酸残基とモノリグノールの結合により,多糖-フェルラ酸二量体-多糖構造及び多糖-フェルラ酸-リグニン構造が形成されている(11)11) J. Ralph: Phytochem. Rev., 9, 65 (2010)..このように,上記のp-クマール酸エステル構造も含め,イネ科植物に特徴的なリグニン構造が存在する.また,イネ科植物ではないがイネ科植物同様単子葉植物であるヤシ科植物の果実内果皮のリグニンでは,スチルベンであるピセアタノールなどもモノマーとして機能し,いわゆるスチルベノリグニン構造が生成していることが報告されている(9)9) Y. Tobimatsu, T. Takano, T. Umezawa & J. Ralph: “Lignin: Biosynthesis, Functions, and Economic Significance”, F. Lu, F. Yue, eds, Nova Science Publishers,2019, pp. 79–110..さらに,古くはメトキシ基の定量がリグニン化学構造解析の重要項目であり,メトキシ基の存在はリグニンの特徴の一つとされてきたが,最近ではとうとうそのメトキシ基を持たないカテコール型モノリグノールであるカフェイルアルコールの重合物,カテキル(C)リグニン,がバニラ種皮などに存在していることが見出されている(9)9) Y. Tobimatsu, T. Takano, T. Umezawa & J. Ralph: “Lignin: Biosynthesis, Functions, and Economic Significance”, F. Lu, F. Yue, eds, Nova Science Publishers,2019, pp. 79–110.

モノリグノールなどのリグニンモノマーは,単一の結合様式で繋がっているのではなく,数種のモノマー間結合様式(これをリグニンサブストラクチャーと呼ぶ,図2B図2■リグニン合成経路とリグニンサブストラクチャー)で相互に繋がり,これらがランダムに列ぶことにより高分子化している.芳香核構造はサブストラクチャーにも影響を及ぼす.即ち,S型では,5位を介したサブストラクチャーは存在し得ない.そこで,Sリグニンは,Gリグニン或いはHリグニンより,直線性が高くより単純な構造を取っている(15)15) J. J. Stewart, T. Akiyama, C. Chapple, J. Ralph & S. D. Mansfield: Plant Physiol., 150, 621 (2009)..なお,Cリグニンは,β-O-4サブストラクチャーの派生型であるβ-O-4/α-O-3型のベンゾジオキサンサブストラクチャーから専ら構成されており,例外的にサブストラクチャー構造のそろった初めてのリグニンである(9)9) Y. Tobimatsu, T. Takano, T. Umezawa & J. Ralph: “Lignin: Biosynthesis, Functions, and Economic Significance”, F. Lu, F. Yue, eds, Nova Science Publishers,2019, pp. 79–110.

以上のように,リグニンは,細胞の種類,細胞壁層の種類,植物系統の違いという各階層で,(1)芳香核構造,(2)サブストラクチャー,及び(3)これらの配列について多様であり,その結果,リグニンの化学構造は複雑になる(4, 9, 10)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018).9) Y. Tobimatsu, T. Takano, T. Umezawa & J. Ralph: “Lignin: Biosynthesis, Functions, and Economic Significance”, F. Lu, F. Yue, eds, Nova Science Publishers,2019, pp. 79–110.10) K. V. Sarkanen & H. L. Hergert: “Lignins”, K. V. Sarkanen, C. H. Ludwig, eds, Wiley, 1971, pp. 43–94..リグニンモノマーの重合機構やリグニンの基本構造,即ちモノマー間結合様式(サブストラクチャー),は1960年代初頭までに基本的に解明された(16, 17)16) K. Freudenberg: Nature, 183, 1152 (1959).17) K. Freudenberg: Science, 148, 595 (1965)..これらには今なお本質的な修正がないものの,上述の様に近年になってもなお新たなリグニンモノマーやリグニン構造が見出されている.これらの近年の新たな展開は,二次元NMR解析法を始めとするリグニン解析技術が近年大幅に進歩したことに依るところが大きい(18)18) 飛松裕基:“リグニン利活用のための最新技術動向”,梅澤俊明監修,シーエムシー出版,2020, pp. 21–32.

二次代謝は一般に植物の科の中でも相当変動しているが,リグニン合成経路(19)19) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 9, 1 (2010).はフェニルアラニン及びチロシンに由来する代表的なフェニルプロパノイド系二次代謝経路であるにもかかわらず,裸子植物,双子葉植物,イネ科植物などの大括りの系統ごとに見ると,リグニンモノマー,リグニンの化学構造,細胞や細胞壁層の種類による変動の特性は概ねそろっている.さらに,リグニン生合成に関わる酵素のアミノ酸配列についても系統間を超えた高い相同性が認められる場合が知られている.即ち,シナピルアルコールに存在する2つのメトキシ基のうちの1つの導入に与るメチル化酵素,CAldOMT[5-hydroxyconiferaldehyde O-methyltransferase =caffeic acid O-methyltransferase(COMT, CAOMT)],のアミノ酸配列はイネ科植物と双子葉植物に跨って高度に保存されている(20)20) 梅澤俊明,山村正臣,小埜栄一郎,白石 慧,サフェンドリ・コマーラ・ラガムスタリ:木材学会誌,65, 1 (2019)..他方,リグニンと生合成的に近縁であるリグナンのメチル化を触媒する酵素(リグナンOMT)については,従来報告されているものはすべてCAldOMTと同様にPlant OMT(Pl-OMT)II(=type 1 OMT)に属しているが,同一のリグナン化合物のメチル化を触媒するにもかかわらずアミノ酸配列相同性が低いOMTが異なる植物種(例えば,針葉樹と双子葉植物)から得られている(20)20) 梅澤俊明,山村正臣,小埜栄一郎,白石 慧,サフェンドリ・コマーラ・ラガムスタリ:木材学会誌,65, 1 (2019)..これらのリグナンOMTについて,異なる植物種における平行進化が想定されているが,このことは,二次代謝の一般的特質である代謝の多様性(代謝産物,代謝経路,代謝制御などに関する多様性)と軌を一にしている.一方,リグニン生合成に関わるCAldOMTのアミノ酸配列が植物の系統を超えてかなり保存されていることは,リグニン生合成が果たす維管束植物の生存における重要性を示していると考えられる.つまりリグニン生合成が過度に損なわれると維管束植物の生存に不利となるため,当該酵素のアミノ酸配列が高度に保存されていると解釈することができる.

なお,リグニンの量と構造は,生育環境の変動の影響もかなり受けることが知られている.例えば,培地中のケイ素濃度が低い場合或いはケイ酸輸送体の機能不全変異体の場合,イネ或いはソルガムのリグニン含量が増加すること(21, 22)21) S. Suzuki, J. F. Ma, N. Yamamoto, T. Hattori, M. Sakamoto & T. Umezawa: Plant Biotechnol., 29, 391 (2012).22) R. R. Rivai, T. Miyamoto, T. Awano, A. Yoshinaga, S. Chen, J. Sugiyama, Y. Tobimatsu, T. Umezawa & M. Kobayashi: Plant Sci., 321, 111325 (2022).,また,培地中の窒素濃度が低下するとソルガムのリグニンのS/G比が減少することが報告されている(23)23) R. R. Rivai, T. Miyamoto, T. Awano, R. Takada, Y. Tobimatsu, T. Umezawa & M. Kobayashi: Sci. Rep., 11, 23309 (2021)..さらに,病傷害に応答して合成されるいわゆるストレスリグニンの存在も古くから知られてきた.ストレスリグニンや培養細胞のリグニンは一般的にメトキシ含量が少ないとされている(24)24) 寺島典二:木材学会誌,59, 65 (2013)..同様に,針葉樹が傾斜して生育した場合,傾斜の下部側に形成される圧縮あて材のリグニンではメトキシ基を持たないH型リグニンが顕著に増加している(25)25) 福島和彦,吉永 新:“あて材の科学”,吉澤伸夫監修,海青社,2016, p. 138–145.

リグニンの代謝工学

リグニンの代謝工学を進める際は,当然のことながら得られた形質転換体・変異体のリグニンの定性・定量分析を行う必要がある.一般に,得られる形質転換体・変異体の数は多くかつ植物体の量は限られている.一方,従来からのリグニン分析法のスループットが低く,この点が実験遂行上の隘路となっていた.そこで,筆者らはまず,基本的なリグニンの化学分解分析法のスループットの向上を図った.芳香核組成解析用のニトロベンゼン酸化分解法(26, 27)26) 山村正臣,梅澤俊明:“リグニン利活用のための最新技術動向”,梅澤俊明監修,シーエムシー出版,2020, pp. 33–38.27) 山村正臣,梅澤俊明:“植物細胞壁実験法”,石井 忠,石水 毅,梅澤俊明,加藤陽治,岸本崇生,小西照子,松永俊朗編著,弘前大学出版会,2016, pp. 131–134.,β-O-4構造解析用のチオアシドリシス法(26, 28)26) 山村正臣,梅澤俊明:“リグニン利活用のための最新技術動向”,梅澤俊明監修,シーエムシー出版,2020, pp. 33–38.28) 山村正臣,梅澤俊明:“植物細胞壁実験法”,石井 忠,石水 毅,梅澤俊明,加藤陽治,岸本崇生,小西照子,松永俊朗編著,弘前大学出版会,2016, pp. 144–147.,リグニン定量用のチオグリコール酸リグニン法(26)26) 山村正臣,梅澤俊明:“リグニン利活用のための最新技術動向”,梅澤俊明監修,シーエムシー出版,2020, pp. 33–38.,及び迅速かつ非破壊的にリグニン量の推定を可能とする近赤外分光分析法(29)29) T. Hattori, S. Murakami, M. Mukai, T. Yamada, H. Hirochika, M. Ike, K. Tokuyasu, S. Suzuki, M. Sakamoto & T. Umezawa: Plant Biotechnol., 29, 359 (2012).である.

フェニルアラニンやチロシンからモノリグノール類に至る合成経路の名称は未だに確定したものがないが,筆者らはこれをケイ皮酸モノリグノール経路と呼んでいる(図2A図2■リグニン合成経路とリグニンサブストラクチャー(19)19) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 9, 1 (2010)..古くから知られているイネ科植物のブラウンミッドリブ(brown midrib)変異体は,トウモロコシ,ソルガム,パールミレット,イネの中肋部分が褐色に着色した変異体で,一般にリグニン含量が低下すると共に消化性が向上している.高消化性の飼料として古くから実用化されているものもある.この変異体は,通常bm変異と記載されるが,ソルガムについては,bloomlessbm)変異と区別するためbmrと記載される(1)1) 梅澤俊明:“リグニン利活用のための最新技術動向”,シーエムシー出版,2020, p. 227..このbmbmr)変異の原因遺伝子のすべてが解明されているわけではないが,ケイ皮酸モノリグノール経路上の酵素遺伝子であるCAldOMT, cinnamyl alcohol dehydrogenaseCAD),4-hydroxycinnamate CoA ligase4CL)の機能不全やリグニンのメトキシ基生成におけるメチル基供与体であるS-アデノシルメチオニンの供給系の変異がbm変異を引き起こすことが報告されている(1)1) 梅澤俊明:“リグニン利活用のための最新技術動向”,シーエムシー出版,2020, p. 227..これらの変異体の存在は,リグニン生合成系にある程度の変異が入っても十分な生育を示す例として,その後のリグニンの代謝工学研究に対する指針となった.

本経路の代謝工学によるリグニン生合成の制御については,過去30年間で極めて多数報告されてきた(4, 5, 30~33)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018).5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020).30) R. Rinaldi, R. Jastrzebski, M. T. Clough, J. Ralph, M. Kennema, P. C. A. Bruijnincx & B. M. Weckhuysen: Angew. Chem. Int. Ed., 55, 8164 (2016).31) Y. Mottiar, R. Vanholme, W. Boerjan, J. Ralph & S. D. Mansfield: Curr. Opin. Biotechnol., 37, 190 (2016).32) A. S. Pazhany & R. J. Henry: Ind. Eng. Chem. Res., 58, 16190 (2019).33) V. G. Lebedev & K. A. Shestibratov: Russ. J. Plant Physiol., 68, 596 (2021)..リグニン量の減少は,遺伝子の機能解析と言う学術目的の他,酵素糖化性・パルプ化特性・飼料特性(消化性)の向上など,主にリグノセルロース多糖成分の利用特性向上に向けた応用目的から過去四半世紀以上に亘り世界的に非常に注力されており,とりわけリグノセルロースの酵素糖化性向上や第二世代バイオエタノール生産性の向上を目指した研究が既に非常に多数報告されてきた(30, 32)30) R. Rinaldi, R. Jastrzebski, M. T. Clough, J. Ralph, M. Kennema, P. C. A. Bruijnincx & B. M. Weckhuysen: Angew. Chem. Int. Ed., 55, 8164 (2016).32) A. S. Pazhany & R. J. Henry: Ind. Eng. Chem. Res., 58, 16190 (2019)..一方,リグニンの積極的利用を目指す研究においてはリグニン生合成の増強と構造単純化が重要であるが,この方向性の研究は極めて限られてきた.筆者らは,リグノセルロースの直接燃焼利用やリグニンの利用のためのリグニン代謝工学を進めるに際し,標的植物として樹木よりはるかにバイオマス生産性の高い大型イネ科植物に着目した.まず,大型イネ科植物であるエリアンサスやソルガムについてリグニン含量と構造の解析を進めた.エリアンサスについては,酵素糖化性とリグニン含量が逆相関を示さない組織の存在を見出すと共に,インドネシア産ソルガムについて高リグニン含量でG/S比の大きい系統を見出した(5)5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020)..この高リグニン系統のソルガムは火力発電所での燃焼試験に供する予定である.さらに大型イネ科植物のモデルとしてイネを用い,リグニン含量の積極的増加を目指した研究を進めた(図3図3■リグニン含有量増加とリグニン構造の単純化(1, 4, 5)1) 梅澤俊明:“リグニン利活用のための最新技術動向”,シーエムシー出版,2020, p. 227.4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018).5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020)..即ち,シロイヌナズナの活性化型転写因子遺伝子AtMYB61をイネで発現させた場合,リグニン量が顕著に(53%)増加した.これは計算上4.7%程度の発熱量増加に相当する.一方,イネの抑制型転写因子遺伝子OsMYB108, OsWRKY36及びOsWRKY102につきゲノム編集技術により機能無効化(knockout, KO)したところ,いずれもリグニン量が大幅に増加した(増加量:OsMYB108 KO, 18.8%; OsWRKY36 KO, 28%; OsWRKY102 KO, 32%; OsWRKY36OsWRKY102の二重KO, 41%)(5)5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020)..これらの遺伝子に関する情報を基に,実用イネ科バイオマス植物(ソルガム)について高リグニン含量変異体の選抜育種をTILLING(Targeting Induced Local Lesions in Genomes)法により進めている.なお,近年リグノセルロースの利用特性向上を目指した,代謝活性化型転写因子遺伝子の過剰発現によるソルガムのリグニン増量も報告されている(7, 34)7) D. L. Funnell-Harris, S. E. Sattler, P. M. O’Neill, T. Gries, H. M. Tetreault & T. E. Clemente: Plant Dis., 103, 2277 (2019).34) E. D. Scully, T. Gries, G. Sarath, N. A. Palmer, L. Baird, M. J. Serapiglia, B. S. Dien, A. A. Boateng, Z. Ge, D. L. Funnell-Harris et al.: Plant J., 85, 378 (2016).

図3■リグニン含有量増加とリグニン構造の単純化

AA: フェニルアラニン/チロシン,S: シリンギルリグニン,G: グアイアシルリグニン,H: p-ヒドロキシフェニルリグニン,KO: 機能無効化,UP: 過剰発現,CAld5H: コニフェリルアルデヒド5-ヒドロキシラーゼ,C3′H, 4-クマロイルシキミ酸/キナ酸3-ヒドロキシラーゼ.

リグニンの構造改変,即ちリグニン芳香核の組成の制御/単純化とリグニンサブストラクチャーの種類の制御も可能となっている.リグニンの芳香核組成の単純化は,リグニン分解生成物の組成の単純化をもたらすと予想される.また,SリグニンはGリグニンより,分子の直線性が高く高分子素材として優れる(1)1) 梅澤俊明:“リグニン利活用のための最新技術動向”,シーエムシー出版,2020, p. 227.と共に,リグニン分解酵素(リグニンペルオキシダーゼ)による分解を受けやすく(1, 35)1) 梅澤俊明:“リグニン利活用のための最新技術動向”,シーエムシー出版,2020, p. 227.35) T. Umezawa: Wood Res., 75, 21 (1988).,さらにパルプ化が進みやすい(1)1) 梅澤俊明:“リグニン利活用のための最新技術動向”,シーエムシー出版,2020, p. 227..芳香核上のメトキシ基の数は発熱量にも影響する.メトキシ基数の減少は若干ながら炭素含量増加をもたらすことから,Sリグニン<Gリグニン<Hリグニンの順で発熱量はわずかずつ上昇する(4, 5)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018).5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020)..筆者らは高バイオマス生産性のイネ科植物の芳香核組成の制御を目指し,モデルとしてのイネに対しOryza sativa CAld5H(OsCAldOMT)の過剰発現(overexpression, OX)と発現抑制(knockdown, KD)/機能無効化(KO),及びOryza sativa p-coumaroyl shikimate/quinate 3-hydroxylase(OsC3′H)の発現抑制/機能無効化を試みた(図3図3■リグニン含有量増加とリグニン構造の単純化(5)5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020)..その結果,OsCAld5HのOXではSリグニン増加(S/G比12.5倍)(5)5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020).OsCAld5HのKD/KOではGリグニン増加[S/G比:0.2倍(KD),0.4倍(KO)](5)5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020).OsC3HのKDではHリグニンの大幅増加(H/G比88倍)(5)5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020).が達成された.また,これらの芳香核組成が単純化された形質転換体につき,化学処理特性改善が認められた(5)5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020)..ここで,C3HCAld5Hについて生理的に機能しているイネ遺伝子はそれぞれ一つであることから,ゲノム編集技術を用い作成したOsCAld5H及びOsC3H機能無効化変異体,即ち,Sリグニン合成経路及びG/Sリグニン合成経路が遮断できているはずの変異体ではそれぞれ,G及びHリグニンの組成がほぼ100%となることが期待された.しかし,いずれの場合も予想に反して,Sリグニンのうちイネ科植物リグニンに特徴的な構造であるp-クマロイル化されたSリグニン量は,コントロールの野生株と比べて大きな変動が認められなかった(5)5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020)..さらに,上述のリグニン量の増加を目的とした活性化型の転写因子遺伝子の過剰な発現と,抑制型の転写因子遺伝子の機能無効化でも,イネ科リグニンに特徴的な構造の量が優先して変動していた(5)5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020)..以上に基づき,イネでは,そしておそらくイネ科植物一般でも,イネ科植物リグニンに特徴的なp-クマロイル化されたSリグニンの生合成について,従来知られていたSリグニン合成経路とは異なる新規未知経路が存在すると結論付けられた(図2A図2■リグニン合成経路とリグニンサブストラクチャー(5)5) T. Umezawa, Y. Tobimatsu, M. Yamamura, T. Miyamoto, Y. Takeda, T. Koshiba, R. Takada, P. Y. Lam, S. Suzuki & M. Sakamoto: Lignin, 1, 30 (2020)..その後,イネ科植物のもう一つのモデル植物であるミナトカモジグサから,p-クマール酸の3-位のヒドロキシ化を触媒する酵素(C3H)が見出された.C3′HとCAld5HがシトクロムP450であるのに対し,この酵素はアスコルビン酸ペルオキシダーゼであるが,この酵素が上記新経路上に位置している可能性が高い(36)36) J. Barros, L. Escamilla-Trevino, L. Song, X. Rao, J. C. Serrani-Yarce, M. D. Palacios, N. Engle, F. K. Choudhury, T. J. Tschaplinski, B. J. Venables et al.: Nat. Commun., 10, 1994 (2019)..いずれにしても,イネ科植物のリグニンの代謝制御を徹底して進めるには,この新規経路の実態解明が必須である.

芳香核組成の改変に伴いサブストラクチャー組成の変動が必然的に起こる.例えばβ-5, 5-5, 4-O-5,ジベンゾジオキソシンなどのサブストラクチャーはSリグニンには存在し得ないので,Sリグニンではβ-O-4構造とβ-β構造が主体となる(15)15) J. J. Stewart, T. Akiyama, C. Chapple, J. Ralph & S. D. Mansfield: Plant Physiol., 150, 621 (2009)..一般に,β-O-4構造はほかのサブストラクチャーより化学反応に際して反応性が高い(4)4) T. Umezawa: Phytochem. Rev., 17, 1305 (2018).ことから,芳香核組成の単純化は,リグニンの分解反応性の制御にもつながると期待される.

リグノセルロースバイオマス資源の持続的生産利用

脱化石資源依存が一層加速されている昨今,最も大量かつ持続的生産を見込むことのできる再生可能資源としてのリグノセルロースバイオマスの重要度が一層上昇している.リグノセルロースバイオマス資源の重要性の一つは太陽光発電や風力発電では得られない炭素資源供給性を有していることであるが,目下のところ,ナフサからの工業原材料生産の代替となるようなリグノセルロースバイオマスを原料とするリファイナリーシステムの確立にはなお時間を要するのが実態である.一方,樹木系リグノセルロースバイオマス資源の現在の主要な利用方法は,木質材料利用,紙パルプ生産と燃焼利用であり,燃焼利用が全体の半分を占めている.今後太陽光発電や風力発電の導入が一層進むとしてもこれらの発電量には変動が大きい.そこで,この変動を補うため,ベースロード電源或いは出力調整電源としての火力発電は今後も重要であり,石炭代替燃料として即効性を見込むことのできるリグノセルロースバイオマス燃料の確保は喫緊の課題となっている.これらの昨今の状況に鑑み,まずは,高バイオマス生産性のソルガムなどを用いて,石炭代替燃料としてのペレット生産を社会実装することは重要である(6)6) SATREPS: 熱帯荒廃草原の植生回復によるバイオマスエネルギーとマテリアル生産,https://www.jst.go.jp/global/kadai/h2704_indonesia.html, accessed on May 08, 2022..ここで一定量の持続的なバイオマス生産が軌道に乗れば,これを核としてさらにバイオリファイナリー構築に向けて展開することも可能と考えられる.従来のリグニン生合成の代謝工学は,主としてリグニン生合成系の遺伝子の機能解析とリグニン量の低減による木質多糖の利用性向上が主目的とされてきた.これらの方向性も重要ではあるが,加えて今後のリグノセルロースの燃焼利用に向けては,リグニンの増量が,また,化学成分利用に向けてはリグニンの構造単純化が重要な代謝工学の方向性と考えられる.さらに,これらを達成するためには,基盤研究として,リグニン及び関連化合物の生合成調節機構の理解,さらには進化過程の理解などを進めることも重要である.

Acknowledgments

以上の研究成果の多くは,京都大学生存圏研究所森林代謝機能化学研究室を中心に多くの共同研究者,研究員,大学院学生,技術員の方々のご尽力により得られたものであり,これらすべての方々に篤く御礼申し上げる.

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