解説

鉄依存的な脂質酸化を伴う細胞死フェロトーシスに対するセレン・ビタミンEの作用新たなプログラム細胞死フェロトーシスのメカニズム

Effects of Selenium and Vitamin E on Ferroptosis, a Form of Cell Death Associated with Iron-dependent Lipid Peroxidation: Mechanism of Novel Programmed Cell Death “Ferroptosis”

Kotoko Arisawa

有澤 琴子

東北大学大学院薬学研究科

Yoshiro Saito

斎藤 芳郎

東北大学大学院薬学研究科

Published: 2022-11-01

フェロトーシスは近年見いだされた制御された細胞死形態である.脂質酸化に起因する細胞毒性は長年研究されてきたが,細胞は二価鉄(Fe2+)を産生し,フェントン反応や連鎖的な脂質酸化反応を惹起して細胞死を誘導することが明らかになった.また,これまでにも議論されてきたビタミンEやセレンの抗酸化作用・細胞保護効果が,フェロトーシスの制御にも深く関与している.温故知新ともいえるが,過去に蓄積された知見に新たな研究手法を組み合わせて新規概念として確立したフェロトーシスの研究は急速に発展している.本解説では,フェロトーシスの分子機構とビタミンE・セレンによる抑制について,最新の研究動向や疾患との関連も交えて解説する.

Key words: フェロトーシス; ビタミンE; セレン; 過酸化脂質; 二価鉄

はじめに

フェロトーシス(Ferroptosis)は,近年見いだされた新たな細胞死形態であり,形態学的にはネクローシス様の細胞死を引き起こすが,その細胞死は鉄依存的な脂質酸化反応を特徴とする制御された細胞死である.この酸化反応は,フリーラジカルの生成を介したフェントン反応により進行し,ビタミンEをはじめとしたラジカルスカベンジ型の抗酸化物質はフェロトーシス阻害剤となる(1)1) B. R. Stockwell, J. P. Friedmann Angeli, H. Bayir, A. I. Bush, M. Conrad, S. J. Dixon, S. Fulda, S. Gascón, S. K. Hatzios, V. E. Kagan et al.: Cell, 171, 273 (2017)..フェロトーシスの細胞死実行における脂質酸化物の重要性は,グルタチオン(GSH)存在下で過酸化脂質を除去するグルタチオンペルオキシダーゼ4(GPx4)がフェロトーシスの制御因子であることからも示されている.細胞内へシスチンを取り込むトランスポーターxCTの阻害による細胞内GSHの低下,あるいはGPx4の生合成に必要な必須微量元素セレンの欠乏によってフェロトーシスが誘導されることから,GSH-GPx4システムによる過酸化脂質の還元除去が細胞死の誘導に決定的な役割をしていることがうかがえる(1)1) B. R. Stockwell, J. P. Friedmann Angeli, H. Bayir, A. I. Bush, M. Conrad, S. J. Dixon, S. Fulda, S. Gascón, S. K. Hatzios, V. E. Kagan et al.: Cell, 171, 273 (2017)..さらに,フェロトーシスにはオートファジーなどを介した積極的な二価鉄(Fe2+)の生成(2)2) M. Quiles Del Rey & J. D. Mancias: Front. Neurosci., 13, 238 (2019).やGPx4の分解促進(3)3) K. Shimada, R. Skouta, A. Kaplan, W. S. Yang, M. Hayano, S. J. Dixon, L. M. Brown, C. A. Valenzuela, A. J. Wolpaw & B. R. Stockwell: Nat. Chem. Biol., 12, 497 (2016).が関わるなど,多様な制御機構が関与するプログラムされた細胞死であることが明らかになってきた.本稿では,最近明らかになってきたフェロトーシスの分子機構について解説し,ビタミンEやセレン,鉄などフェロトーシスに関連する食事由来成分の役割や,疾患との関連性について議論する.

フェロトーシスの発見とその特徴

フェロトーシスは,鉄依存的な過酸化脂質の蓄積によって特徴付けられるプログラム細胞死の一種であり,生化学的・遺伝的・形態的に他の細胞死と区別される(4)4) M. Tang, Z. Chen, D. Wu & L. Chen: J. Cell. Physiol., 233, 9179 (2018)..鉄の毒性は1900年代に,脂質の過酸化による細胞傷害は1950年代に報告されているが(5)5) D. Tang, X. Chen, R. Kang & G. Kroemer: Cell Res., 31, 107 (2021).,フェロトーシスとして理解されたのは近年になってからであり,2012年にDixonとStockwellにより提唱された(6)6) S. J. Dixon, K. M. Lemberg, M. R. Lamprecht, R. Skouta, E. M. Zaitsev, C. E. Gleason, D. N. Patel, A. J. Bauer, A. M. Cantley, W. S. Yang et al.: Cell, 149, 1060 (2012).

フェロトーシスは,抗がん剤のスクリーニングによって得られたErastinやRSL3といった化合物のメカニズム解析より明らかにされてきた.Erastinは,シスチントランスポーター(xCT)を阻害し,細胞内へのシスチン取り込み減少とGSHの枯渇を介してグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)活性を阻害させることにより,脂質酸化の除去能を低下させる.脂質酸化の抑制を失った細胞内ではFe2+を介したフェントン反応が亢進して連鎖的な脂質酸化反応が起き,細胞死が誘導される.一方,RSL3はGPx4の活性中心であるセレノシステインに共有結合して不活性化し,過酸化脂質を増加させてフェロトーシスを誘導すると考えられるが,GPx4の上流であるGSH枯渇やシステイン取り込みには影響を与えない(7)7) J. Ju, Y.-N. Song & K. Wang: Aging Dis., 12, 261 (2021)..フェロトーシスの判別は,フェロトーシス阻害剤による細胞死の阻害と過酸化脂質を測定することによって行う.抗酸化剤であるビタミンEやFerrostatin-1などはフェロトーシス阻害剤であるが,鉄依存の細胞死であることを示すためにはDeferoxamineなどの鉄キレート剤で細胞死が抑制されるかを確認する必要がある.

GSHを枯渇させる薬剤はクラスIフェロトーシス誘導化合物(FIN)と呼ばれる.一方,GSH枯渇を介さずに直接GPx4を阻害することでフェロトーシスを引き起こす化合物は,クラスII FINと呼ばれている.最近xCTによるシスチン取り込みがGSHだけでなくGPx4タンパク質発現も制御することが報告され(8)8) Y. Zhang, R. V. Swanda, L. Nie, X. Liu, C. Wang, H. Lee, G. Lei, C. Mao, P. Koppula, W. Cheng et al.: Nat. Commun., 12, 1589 (2021).,多様なメカニズムでフェロトーシスが制御されていることが示されている.

脂質過酸化とフェロトーシス

フェロトーシスの特徴である酸化脂質の蓄積には複数の制御機構があるが,①リン脂質膜の多価不飽和脂肪酸の酸化,②レドックス活性をもつ遊離Fe2+の蓄積,③酸化脂質に対する抗酸化能という3つのパートに大きく整理することができる(9)9) F. Rizzollo, S. More, P. Vangheluwe & P. Agostinis: Trends Biochem. Sci., 46, 960 (2021).(Graphical Abstract).これらは必ずしも順に開始されるものではなく,Fe2+の増加が酸化の連鎖反応開始のトリガーとなる場合もあれば,多価不飽和脂肪酸の合成促進あるいは抗酸化能の抑制を起因として酸化脂質が蓄積され,Fe2+との反応基質が増えることでフェロトーシスに至る場合もある.

脂質過酸化には不飽和脂肪酸の量や細胞内での存在部位が重要であり,フェロトーシスの感受性に密接に関連する.多価不飽和脂肪酸(PUFA)は酵素的/非酵素的に酸化を受けやすい性質をもち,水素の引き抜きにより生成したPUFAラジカル(L・)は酸素と容易に反応してペルオキシラジカル(LOO・)を生じる(図1図1■フェロトーシスにおける過酸化脂質の生成・消去経路).この反応物は,さらに別のPUFAと反応してL・およびヒドロペルオキシド(LOOH)を生じることから,脂質過酸化の連鎖反応を引き起こし,フェロトーシスのシグナルとなる.LOOHがFe2+と反応すると脂質ラジカルを生じるため,Fe2+は連鎖的な脂質酸化反応を促進する(詳細は後述)(10)10) 藤田 直:Yakugaku Zasshi, 122, 203 (2002)..フェロトーシス惹起にかかわる脂質は限定されており,アラキドン酸とアドレン酸をもつホスファチジルエタノールアミン(PE)のレベルが重要であることがリピドミクス研究により示されている(1)1) B. R. Stockwell, J. P. Friedmann Angeli, H. Bayir, A. I. Bush, M. Conrad, S. J. Dixon, S. Fulda, S. Gascón, S. K. Hatzios, V. E. Kagan et al.: Cell, 171, 273 (2017)..ACSL4やLPCAT3はPUFAをもつリン脂質の生合成やリモデリングにかかわる酵素であり,これらの酵素をノックアウトすると脂質過酸化の基質が減少し,フェロトーシスに対して保護的にはたらく(1)1) B. R. Stockwell, J. P. Friedmann Angeli, H. Bayir, A. I. Bush, M. Conrad, S. J. Dixon, S. Fulda, S. Gascón, S. K. Hatzios, V. E. Kagan et al.: Cell, 171, 273 (2017).

図1■フェロトーシスにおける過酸化脂質の生成・消去経路

多価不飽和脂肪酸(PUFA)は生体膜に多く存在し,酵素的/非酵素的に酸化を受けやすい.酵素的には15-lipoxygenase(15-LOX)を介して脂質ヒドロペルオキシド(LOOH)が産生される.非酵素的には,二価鉄(Fe2+)によるフェントン反応を起点に生成したヒドロキシルラジカル(HO・)がPUFAの水素を引き抜きPUFAラジカル(L・)が生じる.次いでペルオキシラジカル(LOO・)が生じ,さらに別のPUFAと反応してL・およびヒドロペルオキシド(LOOH)となる.LOOHはFe2+と反応してふたたびLOO・を生じ,脂質酸化の連鎖反応が起こる.

膜リン脂質において生成したLOOHを還元することのできる酵素がGPx4であり,アルコール体のLOHを生成する.LOHはFe2+と反応してもラジカルを生成しないため,脂質酸化の連鎖反応を停止させることができる.また,ビタミンEなどの抗酸化剤はラジカルを捕捉することで反応を食い止める.Fe2+によるフェントン反応は,鉄のキレート剤により抑制することができる.これらLOOHの蓄積を抑制するタンパク質や化合物がフェロトーシスの阻害因子として同定されている.

リポキシゲナーゼ(LOX)はPUFAを基質とした酵素的酸化をおこなう.LOXはPUFAの二重結合に挟まれたメチレン基から水素を引き抜き,酸素を導入して-OOHを形成する.通常,LOX反応は遊離のPUFAを基質とするが,15-LOXは,PEに結合したアラキドン酸にアクセスすることができ,ヒドロペルオキシPE(PE-15-HpETE)を生成する(1)1) B. R. Stockwell, J. P. Friedmann Angeli, H. Bayir, A. I. Bush, M. Conrad, S. J. Dixon, S. Fulda, S. Gascón, S. K. Hatzios, V. E. Kagan et al.: Cell, 171, 273 (2017)..LOXの阻害はElastin誘発性のフェロトーシスを抑制することからLOXがフェロトーシスの惹起に寄与していると考えられる.また,ビタミンEは15-LOXの活性部位を阻害することでも,フェロトーシスを抑制することが知られている(詳細は後述).

鉄代謝とフェロトーシス

フェロトーシスはその名前のとおり鉄代謝が細胞死実行に決定的な因子であり,細胞内への鉄の取り込みや排出,そしてFe3+からFe2+の代謝調節がフェロトーシスの感受性に影響を及ぼす(図2図2■フェロトーシスにおける鉄代謝調節).

図2■フェロトーシスにおける鉄代謝調節

フェロトーシスではFe2+の蓄積が細胞死実行に必要となる.鉄の取り込み・排出・貯蔵鉄(Fe3+)から遊離鉄(Fe2+)への代謝などが,フェロトーシス感受性に影響を及ぼす.

鉄は二価(Fe2+)と三価(Fe3+)を行き来する遷移金属であり,鉄がフェントン反応の触媒となるのはFe2+の状態である.フェントン反応は鉄に過酸化水素が作用してヒドロキシルラジカル(HO・)が生成する反応であり,反応性の高いヒドロキシルラジカルが脂質と反応するとL・を生じるため,連鎖的な脂質酸化反応につながる.

細胞間の鉄の輸送は主にトランスフェリンにより媒介される.Fe3+を含むトランスフェリンは,受容体によるエンドサイトーシスを経て細胞内に取り込まれる.トランスフェリンから遊離したFe3+は,リソソームの酸性環境で鉄還元酵素であるSTEAP3を介してFe2+に還元され,リソソームからのトランスポーターDMT1を介して細胞質に運ばれる.その後Fe2+は主にミトコンドリアで利用されるが,余剰分はフェントン反応を防ぐためにフェリチンと結合してFe3+の形で貯蔵される(9)9) F. Rizzollo, S. More, P. Vangheluwe & P. Agostinis: Trends Biochem. Sci., 46, 960 (2021).

細胞内の鉄需要に応答して,フェリチンに結合したFe3+を利用可能なFe2+にするためにフェリチンのオートファジーによる分解が行われる.これをフェリチノファジーとよぶ.フェロトーシス誘導時にフェリチノファジーが活性化することが見いだされ,オートファジーのカーゴ受容体である核内受容体コアクチベーター4(NCOA4)を阻害するとフェリチンの分解が抑制され,フェロトーシスが抑制されることなどから,フェリチンのオートファジーによる分解もフェロトーシスを制御する因子として理解されるようになった(2, 11)2) M. Quiles Del Rey & J. D. Mancias: Front. Neurosci., 13, 238 (2019).11) J. He, Z. Li, P. Xia, A. Shi, X. Fuchen, J. Zhang & P. Yu: Mol. Metab., 60, 101470 (2022).

Fe2+産生の場であるリソソームは鉄代謝制御の中心に位置することから,フェロトーシスに密接に関係していると考えられている.リソソームは多量の鉄を収容するため,リソソーム自体もFe2+による酸化的ストレスにさらされることになる.Fe2+の蓄積はリソソーム膜の脂質過酸化とそれに続く膜損傷を介してフェロトーシスを誘発する(12)12) F. Wang, R. Gómez-Sintes & P. Boya: Traffic, 19, 918 (2018)..リソソームの阻害剤であるBafiromycin A1やNH4Clはリソソームへのトランスフェリンの取り込みやFe2+への代謝を抑制することで,フェロトーシスを抑制する(13)13) S. Torii, R. Shintoku, C. Kubota, M. Yaegashi, R. Torii, M. Sasaki, T. Suzuki, M. Mori, Y. Yoshimoto, T. Takeuchi et al.: Biochem. J., 473, 769 (2016)..リソソーム膜の酸化損傷を回避するためには,リソソーム内でキレート錯体の形成を介して不安定な遊離鉄を緩衝する必要があり,その錯体形成にはリソソーム内に存在するシステインとGSH,クエン酸などが働くと考えられる(14)14) Y. Ma, V. Abbate & R. C. Hider: Metallomics, 7, 212 (2015).

体内の鉄の多くは環状化合物であるポルフィリンと錯体を形成したヘムの形で存在しており,ヘムの代謝調節もフェロトーシスとの関連が示唆されている.ヘムはヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)により分解されFe2+を細胞質に放出する.ヘム分解の亢進はFe2+によるフェントン反応と,過酸化脂質の蓄積を促進することが報告されている.一方で,HO-1は酸化ストレスにより誘導されるNrf2標的遺伝子であり,その抗酸化機能はフェロトーシスに対して保護的な役割を持つことも知られている(11)11) J. He, Z. Li, P. Xia, A. Shi, X. Fuchen, J. Zhang & P. Yu: Mol. Metab., 60, 101470 (2022)..ヘムおよびHO-1がフェロトーシスに対して抑制的に働くか,促進的に働くかは,他の鉄代謝機構や脂質過酸化の状況により異なり,その詳細を理解するためには今後更なる分子メカニズムの解明が必要である.

セレンとフェロトーシス

フェロトーシスの主要な制御因子であるGPx4は,必須微量元素セレンを含むユニークなタンパク質である.GPxは,GSH存在下で過酸化物(過酸化水素・過酸化脂質など)を還元無毒化する酵素であり,遺伝子の異なるGPx1~GPx6がファミリーを形成している.GPx5はセレンを含んでおらずその抗酸化作用は不明な点が多いが,それ以外のGPxでは酵素活性部位をセレノシステイン(システインの硫黄がセレンに置き換わったアミノ酸)が形成している(15)15) V. M. Labunskyy, D. L. Hatfield & V. N. Gladyshev: Physiol. Rev., 94, 739 (2014)..セレノシステインは,過酸化物と直接反応して過酸化物を還元(H2O2→H2O, LOOH→LOH)すると,自身のセレノール基(SeH)がSeOHへと酸化される.その後,GSHと反応し,もとのSeHへと還元され,新たな過酸化物と反応する.この反応機構はピンポンメカニズムと呼ばれる(16, 17)16) H.-F. Yan, T. Zou, Q.-Z. Tuo, S. Xu, H. Li, A. A. Belaidi & P. Lei: Signal Transduct. Target. Ther., 6, 49 (2021).17) I. Ingold, C. Berndt, S. Schmitt, S. Doll, G. Poschmann, K. Buday, A. Roveri, X. Peng, F. Porto Freitas, T. Seibt et al.: Cell, 172, 409 (2018)..GPxファミリーを構成するタンパク質は,類似の反応機構により様々な過酸化物を消去するが,GPx4の最大の特徴はリン脂質ヒドロペルオキシドPLOOHを直接還元しうる点にある(18, 19)18) H. Imai: J. Clin. Biochem. Nutr., 46, 1 (2010).19) G. Takebe, J. Yarimizu, Y. Saito, T. Hayashi, H. Nakamura, J. Yodoi, S. Nagasawa & K. Takahashi: J. Biol. Chem., 277, 41254 (2002)..すなわち,細胞膜中に生じたPLOOHを還元し,アルコール体PLOHにすることができる.PLOOHはFe2+と反応して脂質ラジカルが生じるが,PLOHはラジカルを発生しない.生じたPLOOHがGPx4と反応するか,Fe2+と反応するかが,脂質過酸化の連鎖反応制御のターニングポイントとなる.GPx4は細胞生存において重要であり,GPx4のKOマウスでは,胚性致死の表現型を示すことが知られている(7)7) J. Ju, Y.-N. Song & K. Wang: Aging Dis., 12, 261 (2021).

GPxの活性部位では,周囲のアミノ酸が作る環境によりセレノシステインの求核性が高まっており,GPx4活性においてもセレンが重要である.Conradらは,GPx4のセレノシステインのセレンを硫黄に置換した変異体マウスがGPx4活性を欠き,そのMEF細胞はフェロトーシスに対して脆弱になることを示した(17)17) I. Ingold, C. Berndt, S. Schmitt, S. Doll, G. Poschmann, K. Buday, A. Roveri, X. Peng, F. Porto Freitas, T. Seibt et al.: Cell, 172, 409 (2018).

細胞の培養には水溶性ビタミンやミネラル,アミノ酸が含まれる基礎培地にウシ胎仔血清を添加した培地(血清培地)を通常用いるが,血清の代わりにインスリン,トランスフェリン,セレンとアルブミンを基礎培地に加えた“無血清培地”を用いることで多くの細胞が培養できる(20, 21)20) W. L. McKeehan, W. G. Hamilton & R. G. Ham: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 73, 2023 (1976).21) Y. Saito, Y. Yoshida, T. Akazawa, K. Takahashi & E. Niki: J. Biol. Chem., 278, 39428 (2003)..この無血清培地からセレンを除くことでセレン欠乏培地を作り,細胞を培養するとセレン欠乏化に伴って細胞死が誘導される.我々の解析から,セレン欠乏に伴う細胞死は,セレンの代わりにビタミンEや鉄のキレート剤の添加で抑制できること,また細胞死の前に脂質酸化物ができること,アポトーシスとは異なる細胞死形態であることが明らかとなっており(21)21) Y. Saito, Y. Yoshida, T. Akazawa, K. Takahashi & E. Niki: J. Biol. Chem., 278, 39428 (2003).,セレン欠乏によりフェロトーシスが誘導されると考えられる.血清中にはセレンやビタミンEが含まれており,培養に用いるウシ胎仔血清にも両者が含まれる.血清中には,セレンを多く含むセレノプロテインPが含まれており,ApoER2などのリポタンパク質受容体を介して細胞にセレンを効率よく運搬する(22)22) H. Misu, H. Takayama, Y. Saito, Y. Mita, A. Kikuchi, K.-A. Ishii, K. Chikamoto, T. Kanamori, N. Tajima, F. Lan et al.: Nat. Med., 23, 508 (2017)..また,リポタンパク質に含まれるビタミンEも同じくリポタンパク質受容体を介して細胞に取り込まれる(23)23) J. Herz, M. Gotthardt & T. E. Willnow: Curr. Opin. Lipidol., 11, 161 (2000)..セレノプロテインPおよびリポタンパク質中に含まれるビタミンEは,フェロトーシスを抑制し,細胞の生存維持に重要な役割を果たしていると考えられる.

ビタミンEとフェロトーシス

ビタミンEの脂質過酸化に対する保護効果は1930年代から知られていた.1950年代に脂質過酸化による細胞障害が明らかになると,その抑制剤としてビタミンEが注目され,細胞障害保護のメカニズムも広く研究されてきた(24)24) G. Wolf: J. Nutr., 135, 363 (2005)..過酸化脂質に対する強い抗酸化能を持つことからも,フェロトーシスの抑制剤として早くから研究が進められてきた.

前述のとおり,生体膜PUFAはラジカル依存的な脂質酸化反応およびLOXによる酵素的酸化の両者によりPLOOHとなるが,ビタミンEはその両者の反応を制御しうる(25)25) Q. Hu, Y. Zhang, H. Lou, Z. Ou, J. Liu, W. Duan, H. Wang, Y. Ge, J. Min, F. Wang et al.: Cell Death Dis., 12, 706 (2021)..ビタミンEはラジカルスカベンジ機能をもち,連鎖反応で生じたフリーラジカルを捕捉することによってその連鎖反応を断ち切る.脂溶性であるビタミンEは細胞内では主に生体膜に存在し,膜リン脂質のPUFAより生じたペルオキシラジカルPLOO・を効率的に捕捉することができる.ビタミンEはPLOO・などのラジカルに水素を与えて安定化させ,自身はラジカル化する.同じく脂溶性の抗酸化物質であるユビキノン(CoQ)の還元型であるユビキノール(CoQH2)は,ここで生じたビタミンEラジカルを受け取り,還元型のビタミンEに戻す活性を有している.このビタミンEラジカルを消去するユビキノン系も,フェロトーシスの新たな制御分子として注目されている(26)26) K. Bersuker, J. M. Hendricks, Z. Li, L. Magtanong, B. Ford, P. H. Tang, M. A. Roberts, B. Tong, T. J. Maimone, R. Zoncu et al.: Nature, 575, 688 (2019).

リン脂質膜PUFAの酵素的酸化を担う15-LOXは活性中心にFe3+をもち,ビタミンEは15-LOXのFe3+をFe2+に還元することによって15-LOXの活性を阻害する.また,ビタミンEのエステル化誘導体であるα-トコフェロールコハク酸エステルやα-トコフェロールリン酸は,ラジカル捕捉能のあるクロマノール水酸基を持たないが,LOXのPUFA基質結合部位で競合することによってもLOX活性を阻害することから,ビタミンEは複数の方法でLOXを抑制すると考えられている(25)25) Q. Hu, Y. Zhang, H. Lou, Z. Ou, J. Liu, W. Duan, H. Wang, Y. Ge, J. Min, F. Wang et al.: Cell Death Dis., 12, 706 (2021).

ビタミンEをはじめとする抗酸化物質はラジカル反応とLOXによる酵素的酸化の両者を抑制するものが多く,どちらの制御がフェロトーシス抑制に寄与するかは議論の余地がある.ビタミンEやFerrostatin-1, Liproxstatin-1などのフェロトーシス阻害剤は,フェロトーシスを抑制する濃度で15-LOXを阻害しないという報告もあり,15-LOXがフェロトーシスに関与しているかという疑問も提起されている(7)7) J. Ju, Y.-N. Song & K. Wang: Aging Dis., 12, 261 (2021).

ビタミンEには,抗酸化作用を担うクロマン環構造の違いによりα, β, γ, δのアイソフォームが存在する.また,側鎖構造によりトコフェロール(Toc)およびトコトリエノール(T3)に分類される(図3図3■ビタミンEアイソフォームの構造).Tocは飽和したphytyl側鎖構造を有するのに対し,T3は不飽和のisoprenoid側鎖構造を持つ(27)27) Y. Saito & Y. Yoshida: Vitamin E, 2019, pp. 5163.

図3■ビタミンEアイソフォームの構造

フリーラジカルに対して,ビタミンEはクロマン環構造の違いによって異なる反応性を示す.一定速度でペルオキシラジカルを生じるラジカル発生剤とビタミンE類の反応性をエタノールなどの均一溶液中で評価すると,α>β=γ>δの順に反応性が低下する(28, 29)28) Y. Yoshida, Y. Saito, L. S. Jones & Y. Shigeri: J. Biosci. Bioeng., 104, 439 (2007).29) Y. Yoshida, E. Niki & N. Noguchi: Chem. Phys. Lipids, 123, 63 (2003)..一方,均一溶液中ではTocとT3間で抗酸化作用に差は認められず,αTocとαT3は類似のラジカル消去活性を示す(30)30) E. Serbinova, V. Kagan, D. Han & L. Packer: Free Radic. Biol. Med., 10, 263 (1991)..膜内での両者のダイナミクスを比較すると,膜内での拡散速度は両者で大きな差はないが,膜間での移動が両者で異なり,T3はTocに比べてリポソーム膜に素早く取り込まれる(29)29) Y. Yoshida, E. Niki & N. Noguchi: Chem. Phys. Lipids, 123, 63 (2003)..T3の膜間の移動性は,二重結合を持つisoprenoid側鎖に起因する性質と考えられる.培養細胞にビタミンE類を添加し,細胞内への取り込みをみると,αT3はαTocに比べて素早く取り込まれ,αT3は培養細胞系における様々な酸化ストレス障害に対して優れた細胞保護作用を示す(31)31) Y. Saito, Y. Yoshida, K. Nishio, M. Hayakawa & E. Niki: Ann. N. Y. Acad. Sci., 1031, 368 (2004)..αT3は15-LOXも強く阻害し,これはT3の側鎖部分の不飽和結合とLOXとの親和性が高いためだと考えられている(32)32) V. E. Kagan, G. Mao, F. Qu, J. P. F. Angeli, S. Doll, C. S. Croix, H. H. Dar, B. Liu, V. A. Tyurin, V. B. Ritov et al.: Nat. Chem. Biol., 13, 81 (2017)..αT3はラジカル捕捉作用と15-LOXの阻害作用に加え,神経細胞死シグナルに関わるc-Srcや12-LOXと相互作用することも報告されており,強力な細胞保護効果にはこれらの分子との相互作用も関与すると考えられる(33)33) 斎藤芳郎:ビタミン,94, 59 (2020).

動物では,摂取したビタミンEは肝臓に輸送されたのちα-TTPによってVLDLに受け渡され,肝臓から血液中に放出される.ビタミンE同族体の中ではα-トコフェロールが最もα-TTPと結合しやすいため,α-トコフェロールが選択的にVLDLに受け渡されて全身に輸送される(34)34) 河野 望,新井洋由:生化学,86, 232 (2014)..ゆえに,ビタミンE同族体によるフェロトーシス抑制効果は培養細胞と生体内では異なる可能性があるという点には注意をはらう必要がある.

フェロトーシスと疾患

多くの疾患においてフェロトーシスが病態の進行に関与していることが明らかになりつつある.特に,虚血障害や神経変性疾患については複数の報告があり,Ferrostatin-1やLiproxstatin-1などのフェロトーシス阻害剤は,心臓,腎臓,脳,肝臓を虚血障害から保護する(1)1) B. R. Stockwell, J. P. Friedmann Angeli, H. Bayir, A. I. Bush, M. Conrad, S. J. Dixon, S. Fulda, S. Gascón, S. K. Hatzios, V. E. Kagan et al.: Cell, 171, 273 (2017)..また,パーキンソン病やアルツハイマー病などの神経変性疾患では過酸化脂質の蓄積やGSH・GPx4の減少,鉄蓄積の増加などのフェロトーシスの特徴が多く観察される(9)9) F. Rizzollo, S. More, P. Vangheluwe & P. Agostinis: Trends Biochem. Sci., 46, 960 (2021)..脳の鉄レベルは加齢や変性疾患において上昇し,その増加はフェロトーシスの年齢依存的なリスクに寄与する可能性がある(35)35) A. A. Belaidi & A. I. Bush: J. Neurochem., 139(Suppl 1), 179 (2016).

COVID-19の入院患者は機能性鉄欠乏・鉄ホメオスタシスの異常を呈し,重症化で見られる組織炎症にはフェロトーシスが関与することも報告されている(36)36) R. Bellmann-Weiler, L. Lanser, R. Barket, L. Rangger, A. Schapfl, M. Schaber, G. Fritsche, E. Wöll & G. Weiss: J. Clin. Med. Res., 9, 2429 (2020)..慢性閉塞性肺疾患(COPD)(37)37) W. Xu, H. Deng, S. Hu, Y. Zhang, L. Zheng, M. Liu, Y. Chen, J. Wei, H. Yang & X. Lv: J. Inflamm. Res., 14, 2079 (2021).,非アルコール性肝疾患(NASH)(38)38) J.-Y. Duan, X. Lin, F. Xu, S.-K. Shan, B. Guo, F.-X.-Z. Li, Y. Wang, M.-H. Zheng, Q.-S. Xu, L.-M. Lei et al.: Front. Cell Dev. Biol., 9, 701788 (2021).など炎症を伴う疾患にもフェロトーシスが関連し,細胞死がトリガーとなり連鎖的に病態が悪化することが示唆されている.

これらの疾患の治療に対して,ビタミンEをはじめとしたフェロトーシス阻害剤の効果が検証されている.フェロトーシスの抑制には抗酸化物質および鉄キレート剤が有力な候補になりうる.植物の代謝産物であるポリフェノールは,人間の食生活の非栄養素成分であり,その抗酸化性により,様々な疾患の予防や治療における効果が期待されている.クルクミンやエピガロカテキンガレート(EGCG)はエラスチン誘発性のフェロトーシスを抑制するなど,いくつかのポリフェノールについてはフェロトーシスおよび関連疾患の抑制効果が示されている(39)39) N. Kajarabille & G. O. Latunde-Dada: Int. J. Mol. Sci., 20, 4968 (2019)..ポリフェノールによる抗酸化はNrf2の活性化を介して活性酸素除去に働くのが主なメカニズムであると考えられる.抗酸化のメカニズムが異なるビタミンEとの併用による相乗効果が見られるかどうかも,治療薬候補としての焦点となっている.

フェロトーシスに関する最近の報告として,フェロトーシスを起こした細胞から周囲の細胞へ脂質過酸化反応が伝播し,フェロトーシスが連鎖的に進むことが示唆されている.フェロトーシス細胞と正常細胞を共培養した場合および,フェロトーシス細胞の培養上清を正常細胞へ投与した場合にフェロトーシスが拡散したことから,フェロトーシスでは,死細胞の分泌物により周囲の細胞に情報伝達をしていることが報告された(40)40) H. Nishizawa, M. Matsumoto, G. Chen, Y. Ishii, K. Tada, M. Onodera, H. Kato, A. Muto, K. Tanaka & K. Igarashi: Cell Death Dis., 12, 332 (2021)..この伝播現象を抑制することも,フェロトーシスが関連する疾患の効果的な治療法開発につながる可能性がある.生体内で免疫細胞がフェロトーシス細胞をいかに排除するかは明確になっておらず,このような伝播が実際に生体内で起こりうるかという点については,今後さらなる検討が必要である.

一方,フェロトーシスが抗がん剤の研究から発見されたように,がん細胞にフェロトーシスを誘導し,がんを除去するというアプローチもとられている.がん細胞は,その急速な成長を支えるために鉄を獲得する方向に鉄代謝酵素の発現が制御されている(41)41) S. Zhang, W. Xin, G. J. Anderson, R. Li, L. Gao, S. Chen, J. Zhao & S. Liu: Cell Death Dis., 13, 40 (2022)..疫学研究では鉄過剰とがん悪性化リスクの相関が多く報告されてきたが,がん細胞における鉄蓄積は原因ではなく結果である可能性がある.薬剤耐性を持つがん細胞にフェロトーシス誘導剤が効果的に働くことも複数報告されており(42, 43)42) V. S. Viswanathan, M. J. Ryan, H. D. Dhruv, S. Gill, O. M. Eichhoff, B. Seashore-Ludlow, S. D. Kaffenberger, J. K. Eaton, K. Shimada, A. J. Aguirre et al.: Nature, 547, 453 (2017).43) J. Tsoi, L. Robert, K. Paraiso, C. Galvan, K. M. Sheu, J. Lay, D. J. L. Wong, M. Atefi, R. Shirazi, X. Wang et al.: Cancer Cell, 33, 890 (2018).,がん治療の新たな戦略としてもフェロトーシスの利用が期待されている.

おわりに

フェロトーシスは2012年に提唱された新しい細胞死形態であるが,本稿で解説したように,鉄・脂質・ビタミンE・セレン・オートファジーなど,過去のさまざまな研究分野における知見が統合されることで,フェロトーシス研究は著しい発展を遂げている.一方で,フェロトーシスのメカニズムの中心である脂質過酸化と鉄動態を適切に制御するために,生体内には複雑で緻密な制御ネットワークが張りめぐらされている.これらを理解し,疾患治療などに応用するにはまだ多くの検討が必要な段階である.今後フェロトーシス研究にさらに多分野の研究者が足を踏み入れることによって,研究分野としてより一層の広がりが期待される.

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