Kagaku to Seibutsu 60(11): 604-610 (2022)
セミナー室
植物における低マグネシウム環境での生存戦略とはマグネシウムイオンの生化学的性質が生み出す植物成長の調和
Published: 2022-11-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
マグネシウム(Mg)は,あらゆる生物にとってエネルギー代謝や核酸およびタンパク質合成を含む多くの酵素反応の補因子として働く,生命維持に必須の無機元素である.Mgの摂取量が少ないことは,疾患のリスク増大につながる.特に,高血圧症や2型糖尿病はMg不足との関連が強いことが知られている(1)1) J. Vormann: AIMS Public Health, 3, 329 (2016)..多くの国において一日当たり概ね300~400 mg(成人)というMg推奨摂取量が提示されているが,2016年のアメリカでの調査結果によると,人口の4分の1は,推奨量の半分以下しか摂取しておらず,しかも摂取量は年々低下し続けている(1)1) J. Vormann: AIMS Public Health, 3, 329 (2016)..その要因の一つとして考えられるのは,農作物のMg含量の低下である.コムギはカロリー供給源として重要な穀物であるが,農業の近代化の過程で選抜された多収性の品種はMg含量が低い傾向にある.また,市販の野菜の調査結果においてもMg含量の明らかな低下が確認されている(2)2) A. Rosanoff: Plant Soil, 368, 139 (2013)..そして農地土壌のMg含量の低下が,この傾向に拍車をかけている(1)1) J. Vormann: AIMS Public Health, 3, 329 (2016)..
本稿では,Mg欠乏環境下での作物生産を見据え,土壌中のMgが不足する条件や,植物がMg不足にどのように適応するのかについて,Mgの化学的特性という視点から解説する.
作物栽培の土台となる作土層は,粘土粒子や腐植物質に富む.そして,粘土粒子や腐植物質は負に帯電しているため,土壌中の陽イオンを電気的に吸着し保持する.Mgは地殻含有量が8番目に多い元素で,水滑石や苦灰石(ドロマイト)はMgを多く含む鉱物として有名である.鉱物中のMgは,長い年月にわたる風化作用の結果,植物が吸収できるイオン(Mg2+)となって土壌に供給される.土壌溶液中でのMg2+濃度の中央値は25 ppmである(3)3) 太田直一:化学教育,20, 182 (1972)..Mg2+は土壌中の粘土粒子や腐植物質に電気的な吸着で保持されるが,共存する他の陽イオンの濃度が増加するとともにMg2+の保持量は低下する.H+の多い酸性土壌においてMgが不足しやすくなるのはこのためである(4)4) A. Gransee & H. Führs: Plant Soil, 368, 5 (2013)..多雨であることも,土壌の酸性化を促す.これは,空気中の二酸化炭素が雨に溶け込んで,地表に到達する頃の雨水はpH 5.7程度の弱酸性となることに起因する.このメカニズムは,現在懸念されている大気中二酸化炭素濃度の上昇が,土壌からのMg2+の溶脱を一層促進することを示している.また,三大栄養素の一つであるカリウム(K)の施肥や,土壌pH矯正のための炭酸カルシウム(Ca)投入によるK+やCa2+濃度の増加もMg不足につながりやすい(4)4) A. Gransee & H. Führs: Plant Soil, 368, 5 (2013)..実際に作物生産の現場では,K過剰環境下でMg欠乏が出やすいという事実とともに,K, Ca, Mgのバランスを考慮した土づくりの重要性が説かれている.加えて,特に冬季にはアンモニア態窒素(NH4+)の過剰施肥もMg欠乏症の要因となる.低温下では土壌微生物による硝化が抑制され,NH4+がMg2+の吸収を妨げるためと考えられている(5)5) 堤 道雄,高橋誠助:日本土壌肥料学会誌,59, 370 (1988).さらに,そもそも土壌中の粘土や腐植含量が少なければ,土壌中にMg2+が保持されずMg不足になりやすい.この場合は,Mg2+のみならず,K+やCa2+も欠乏した貧栄養土壌と捉えることができ,砂丘未熟土がその典型である.
植物成長に果たすMgの役割には,Mg2+の,特に水溶液中での物理化学的性質が深く関係している.水に溶けたMg2+は,6個の水分子と水和した[Mg(H2O)62+]として存在する(図1A図1■マグネシウムイオンの性質)(6)6) I. Persson: Pure Appl. Chem., 82, 1901 (2010)..静電的相互作用によってMg2+に配向した水分子中の酸素原子はMg2+から2.10 Åの距離にあり,Mg2+を中心とした正八面体構造(octachedron)をとる(6)6) I. Persson: Pure Appl. Chem., 82, 1901 (2010)..この6個の水分子がMg2+の第一水和殻で,生体内の主要な陽イオンの中でも水分子の交換頻度が低く,安定な構造をとっている(7)7) N. Schwierz: J. Chem. Phys., 152, 224106 (2020)..後述のように,安定な正八面体構造は,Mg2+と生体分子との相互作用において極めて重要な意味を持つ.第一水和殻の外側には,第一水和殻の水分子と緩やかに水素結合した12個の水分子が並び,第二水和殻を形成している.第二水和殻までを含めたMg2+の水和イオン半径は4.28 Åとなる(8)8) A. G. Volkov, S. Paula & D. Deamer: Bioelectrochem. Bioenerg., 42, 153 (1997)..このようなMg2+の特徴は,多量必須栄養素であるK+やCa2+とは大きく異なる(図1B図1■マグネシウムイオンの性質).Ca2+はMg2+と同族の二価陽イオンであるが,第一水和殻の水分子は四角錐反柱形分子構造(square antiprism)をとっており,また,観測される水分子数は6~8個と,不安定である(6, 9, 10)6) I. Persson: Pure Appl. Chem., 82, 1901 (2010).9) F. Bruni, S. Imberti, R. Mancinelli & M. A. Ricci: J. Chem. Phys., 136, 064520 (2012).10) H. Ohtaki & T. Radnai: Chem. Rev., 93, 1157 (1993)..
生命活動においてMg2+の担う重要な機能の1つが,アデノシン三リン酸(ATP)との複合体形成による加水分解反応の仲立ちである(図1C図1■マグネシウムイオンの性質).水溶液中においてATPは大きな負電荷を持つが,第一水和殻の水分子2個を脱水和したMg2+がATPのγ位とβ位のリン酸基に配位することでMg-ATP複合体の負電荷が中和される.中和されたMg-ATP複合体は多様な酵素の基質となる(11)11) A. S. Mildvan: Magnesium, 6, 23 (1987)..酵素反応の活性部位においては,Mg-ATP複合体のMgは水分子をさらに脱水和し(全て脱水和するとは限らない),代わってアミノ酸残基の酸素原子と水素結合することでATPを安定に保つと同時に,γ位のリン酸基の切り離しを促す.では,このようなATP加水分解に関わる一連の役割は,Mg2+に特異的なのだろうか.実は,Mg2+と類似の第一水和殻を持つマンガン(Mn2+)とATPの複合体(Mn-ATP)も, ATP分解酵素やリン酸基転移酵素の基質になることができる.Mn-ATPを基質としてγ位のリン酸基を外す反応の速度は,Mg-ATPを基質とした場合と同等だったという報告もある.しかし,その後の反応に違いがある.Mn-ATPの場合,加水分解反応後のリン酸イオン(Pi)の解離がMg-ATPの場合に比べて早まる.例えば筋収縮に関わるミオシン分子においては,基質が活性部位に結合することで生じる構造変化の保持時間の短縮,すなわち,分子運動の不安定化を引き起こす(12)12) J. Ge, F. Huang & Y. E. Nesmelov: Protein Sci., 26, 2181 (2017)..また,化学反応の連続からなるリン酸基転移反応においては,リン酸(Pi)放出のタイミングの変化は,酵素反応全体の円滑な進行を乱す.一方,反応生成物であるMn-ADPの離脱はMg-ADPより遅いことから,Mn-ADPはMg-ADPの場合よりも活性部位にやや長くとどまる.そのため,初回の酵素反応の速度はMg-ATPとMn-ATPは同じだが,時間とともに,Mn-ATPを基質とした反応の速度は低下していく(13)13) S. Diamant, A. Azem, C. Weiss & P. Goloubinoff: Biochemistry, 34, 273 (1995)..ATPをエネルギー供給体とした生命活動は,Mg-ATPに最適化されたシステムになっていると考えられる.
第一水和殻の水分子とゆるやかに水素結合するという第二水和殻の性質も,生体内でのMg2+の役割分担に一役買っている.核酸はリン酸基に由来する負の電荷を持った高分子で,水和したMg2+との間に水素結合を形成することで立体的な構造を安定化している.RNAの主溝(major groove)に配位したMg2+と,それに最も近い位置にあるRNA分子内の酸素の距離は4.0 Å前後であり(14)14) T. Yu & S. J. Chen: Biophys. J., 114, 1274 (2018)., Mg2+の水和イオン半径に酷似している.つまりMg2+は,第二水和殻の水分子を部分的に脱水和し,第一水和殻を挟んで核酸と複数の水素結合を形成しているわけである.この水素結合の形成には配列特異性があることもわかっており,核酸の折れ曲がりや捻じれなどの三次構造変化を適切に引き起こすことで,核酸の正常な機能の発現を支えている(15)15) M. Guéroult, O. Boittin, O. Mauffret, C. Etchebest & B. Hartmann: PLoS One, 7, e41704 (2012)..酵母においてミトコンドリアにMg2+を取り込むMg2+輸送体MRS2を欠損すると,RNAのスプライシング異常という表現型を示す.これは,スプライシング活性を持つRNAであるリボザイムが,ミトコンドリアのMg2+濃度の低下によって,適切な構造変化を起こせず機能不全になる結果であることがわかっている(16)16) V. Knoop, M. Growth-Malonek, M. Gebert, K. Eifler & K. Weyand: Mol. Genet. Genomics, 274, 205 (2005)..
この1年間に,植物のMgの長距離輸送を担う輸送体について大きな進展があった.維管束を通じたMg2+の長距離輸送において重要なプロセスである,導管への積み込み(loading)と,導管からの積み下ろし(unloading)を担う分子が同定されたのである.これにより,植物体内での機能が判明したMg2+輸送体が属するファミリーは以下の3つとなった.
1つ目は,2000年および2001年に相次いで報告されたMRS2/MGTファミリーである(16)16) V. Knoop, M. Growth-Malonek, M. Gebert, K. Eifler & K. Weyand: Mol. Genet. Genomics, 274, 205 (2005)..酵母でのオーソログは,ミトコンドリア局在のMg輸送体MRS2や細胞膜Mg輸送体ALR1,液胞Mg輸送体MNR2であり,原核生物でのオーソログは高濃度のコバルト(Co2+)への耐性に関わる分子として同定されたCorAである.そのため,このファミリー全体をCorAスーパーファミリーとも呼称する(16)16) V. Knoop, M. Growth-Malonek, M. Gebert, K. Eifler & K. Weyand: Mol. Genet. Genomics, 274, 205 (2005)..シロイヌナズナにおいてMRS2/MGTファミリーに属するメンバーは9つで,全てがMg2+輸送活性を持つことがわかっている(17)17) M. Gebert, K. Meschenmoser, S. Svidová, J. Weghuber, R. Schweyen, K. Eifler, H. Lenz, K. Weyand & V. Knoop: Plant Cell, 21, 4018 (2009)..酵母で見られるように,植物体内においても葉緑体を含め様々な細胞内小器官に局在するが,いくつかのメンバーについては,複数の異なる細胞内局在が報告されるなど未だ判然としない面もある.MRS2/MGT輸送体の欠損変異体の成長阻害は,Mg欠乏や過剰というストレス環境下で顕在化する傾向があり,また,9つのメンバーのうち3つまでもが,葯で発現し花粉の発達に必須の輸送体として機能している(18)18) X. F. Xu, B. Wang, Y. Lou, W. J. Han, J. Y. Lu, D. D. Li, L. G. Li, J. Zhu & Z. N. Yang: Plant J., 84, 925 (2015)..
MRS2/MGT輸送体の属するCorAスーパーファミリーは5量体で機能するチャネル型の輸送体である.イオン透過孔の入口付近には,グリシン-メチオニン-アスパラギンの配列(GMNモチーフ)が並んでおり,生物種間での保存性が高い(16)16) V. Knoop, M. Growth-Malonek, M. Gebert, K. Eifler & K. Weyand: Mol. Genet. Genomics, 274, 205 (2005)..この特徴的なGMNモチーフは,Mg2+選択的な輸送に寄与していると予想され,長年にわたって主要な研究対象の一つであり続けている.しかしこれまでのところ,G, M, Nの何が何故大事なのか,結論には至っていない.また,Mg2+以外の重金属イオンに対しても輸送活性を示す場合がある,という点もこのファミリーに属する輸送体の特徴である.例えば,シロイヌナズナAtMRS2-10/MGT1はNi2+, Zn2+, Al3+も通す(19)19) S. Ishijima, Y. Manabe, Y. Shinkawa, A. Hotta, A. Tokumasu, M. Ida & I. Sagami: Biochim. Biophys. Acta Biomembr., 1860, 2184 (2018)..特にNi2+に対しては他にも多くのメンバーが輸送活性を示すため,入手の難しいMgの放射性同位体28Mgの代わりにニッケルの放射性同位体63Niを用いた輸送活性試験も多く報告されている.
さらに近年,CryoEMを用いた結晶構造解析により,CorAの細胞質ドメインに存在するMg2+結合部位を介した構造変化によるイオン透過孔の開閉調節機構が明らかにされた(20)20) D. Matthies, O. Dalmas, M. J. Borgnia, P. K. Dominik, A. Merk, P. Rao, B. G. Reddy, S. Islam, A. Bartesaghi, E. Perozo et al.: Cell, 164, 747 (2015)..植物のMRS2/MGTファミリーにもこれと同様のMg2+濃度依存的な自己調節機能があるのかを明らかにすることは,植物のMg2+濃度維持機構を理解する上で重要な課題になると思われる.
2つ目の輸送体ファミリーは,原核生物のCorBのオーソログとして新たに同定されたMGRファミリーである.原核生物のコバルト耐性に関わる分子としてCorAに続いて同定されたCorBは,細胞内から外へのMg2+の排出に寄与する.この性質はMGRにも共通しており,シロイヌナズナでは根の維管束において細胞からMg2+を排出し,隣接する導管に供給する役割や(21)21) S. F. Meng, B. Zhang, R. J. Tan, X. J. Zheng, R. Chen, C. G. Liu, Y. P. Jing, H. M. Ge, C. Zhang, Y. L. Chu et al.: Mol. Plant, 19, 1674 (2022).,細胞質から液胞へとMg2+を輸送(隔離)するという役割(22)22) R. J. Tang, S. F. Meng, X. J. Zheng, B. Zhang, Y. Yang, C. Wang, A. G. Fu, F. G. Zhao, W. Z. Lan & S. Luan: Nat. Plants, 8, 181 (2022).を持つ.CorBや,CorBのヒトにおけるオーソログであるCNNMタンパク質は,細胞質ドメインに存在するMg-ATP結合部位を介して輸送活性が制御されている(23)23) Y. S. Chen, G. Kozlov, B. E. Moeller, A. Rohaim, R. Fakih, B. Roux, J. E. Burke & K. Gehring: Nat. Commun., 12, 4028 (2021)..Mg-ATPが結合すると輸送体の構造が変化して,細胞膜貫通領域内のMg2+結合性アミノ酸残基が細胞外に向かって開き,結合していたMg2+が細胞外に放出されるという仕組みである.つまり,リガンドは違えど,CorBもCorAと同様の自己調節機能を持ち,細胞内のMg2+濃度の維持に寄与していることになる.液胞に局在するMGRについては,Ca2+センサータンパク質CBLとリン酸化タンパク質CIPKによるシグナル伝達経路によっても制御されていることがわかっている(22)22) R. J. Tang, S. F. Meng, X. J. Zheng, B. Zhang, Y. Yang, C. Wang, A. G. Fu, F. G. Zhao, W. Z. Lan & S. Luan: Nat. Plants, 8, 181 (2022)..
3つ目は,12個のメンバーを含む重金属イオン輸送体MTPファミリーである.従来,Mn2+やZn2+の輸送に関わる輸送体メンバーが知られていたが,あらたにMg2+輸送活性を示すMTP10が報告された(24)24) H. Ge, Y. Wang, J. Chen, B. Zhang, R. Chen, W. Lan, S. Luan & L. Yang: J. Integr. Plant Biol., 64, 166 (2022)..シロイヌナズナにおいてMTP10は維管束柔細胞の細胞膜に局在し,導管中を移動するMg2+を周囲の細胞に取り込む.この機能は,維管束系の終着点に位置する花や莢などのシンク器官がMg過剰環境において高濃度のMgに曝されることを防ぐ.
Mg濃度に応じた輸送活性調節や,あるいは,重金属イオンとの関係を考慮すると,各輸送体の植物体内での機能を解明するためには,それぞれが局在する周辺の環境,すなわち細胞内小器官ごとの遊離Mg2+濃度や,ATPと複合体を形成しているMg2+の濃度が重要性を増す.CorAスーパーファミリーのように,たとえ他のイオンも輸送可能であっても,他のイオンに比べてMg2+濃度が十分に高ければ,植物体内では主にMg2+を輸送していると考えられるからである.これまでに得られている代表的な測定値を図2図2■植物細胞における各小器官のマグネシウム濃度に示した.器官間の濃度差は大きく,中でも細胞質の遊離Mg2+濃度は低く保たれており,一般的な土壌での土壌溶液Mg2+濃度と大差がない.また,小胞体(ER)については,Ca2+の濃度が高いこともあり,Mg2+濃度の正確な測定は難しいと言われている.Mg2+検出用の蛍光分子(プローブ)の多くが,共存するCa2+の影響を受けるためである.このような問題を解決するため,Mg2+特異的な結合領域を持つCorAの細胞質ドメインを利用した新たな蛍光タンパク質MARIOが開発された(25)25) K. Maeshima, T. Matsuda, Y. Shindo, H. Imamura, S. Tamura, R. Imai, S. Kawakami, R. Nagashima, T. Soga, H. Noji et al.: Curr. Biol., 28, 444 (2018)..Mg2+が結合すると構造変化が起こり,2種類の蛍光タンパク質が近づくことでFRETが起こる仕組みである.MARIOの植物適用例として核や葉緑体(ストロマ)のMg2+濃度測定が報告されている(26)26) J. Li, K. Yokosho, S. Liu, H. R. Cao, N. Yamaji, X. G. Zhu, H. Liao, J. F. Ma & Z. C. Chen: Nat. Plants, 6, 848 (2020)..
作物栽培の現場においてMg欠乏症は下位葉に現れる葉脈間の黄化という特徴で認められることが一般的である.葉の黄化は葉緑素の減少を意味しており,葉緑素の中心にはMg2+が結合していることを考えると,Mgの不足による葉緑素減少は明快にも思える.しかし実際には,葉の黄化は複合的な要因によるもので,そこに至るプロセスや適応反応については現在も研究が進められている.
Mg欠乏によって黄化した葉に特徴的に観察されるのは,葉緑体内でのデンプンの過剰蓄積である.デンプンの蓄積は光合成を阻害し,余剰の光エネルギーは活性酸素種(ROS)の発生を促進する(図3図3■光合成と糖転流のプロセスとマグネシウム欠乏応答の関係).その結果,生体膜の過酸化が進み,葉緑体が損傷する.デンプンの過剰蓄積の主要因はスクロース転流の低下と考えられている(27)27) W. Guo, H. Nazim, Z. Liang & D. Yang: Crop J., 4, 83 (2016)..スクロースの篩管への輸送は,H+との共輸送によるもので,篩部伴細胞でのMg-ATPの加水分解を伴うH+濃度勾配が必要である(図3図3■光合成と糖転流のプロセスとマグネシウム欠乏応答の関係).つまり,スクロースの篩管への輸送はMg欠乏に感受性のあるプロセスである.Mg欠乏下では細胞質内Mg-ATP濃度が半分近くにまで低下することが報告されている(28)28) E. Gout, F. Rébeillé, R. Douce & R. Bligny: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, E4560 (2014)..この,光合成産物分配の異常を起点とするMg欠乏症の発症メカニズムは,多くの植物種における実験によってサポートされた,通説と位置づけられるものである.Mg欠乏に関する研究論文80報の統合解析結果も,Mg欠乏環境と過酸化ストレスおよび炭素固定速度の間には,植物種や栽培条件の違いを越えて,良い相関があることを示している(29)29) M. Hauer-Jákli & M. Tränkner: Front. Plant Sci., 10, 766 (2019)..
しかしながら,過酸化ストレスの指標を個別に比較すると,Mg欠乏への応答の多様性が浮き彫りになる.スーパーオキシドジムスターゼ(SOD)とカタラーゼ(CAT)は過酸化ストレスの緩和システムにおいて主要な抗酸化酵素であるが,Mg欠乏環境下での活性化の有無は実験によって異なっている.あまりにも深刻なMg欠乏条件下では,これらの酵素の活性化は見られなくなる傾向にある(29)29) M. Hauer-Jákli & M. Tränkner: Front. Plant Sci., 10, 766 (2019)..さらに,ホウレンソウを使った実験では,Mg肥料の葉面散布によってMg不足を解消させたほうが,SODとCATの活性が高まると報告している.なお,一般的に抗酸化酵素の活性化は,チオール基の酸化還元状態や,リン酸化を介したシグナル伝達経路などによって制御されると考えられているが(30)30) P. Dvořák, Y. Krasylenko, A. Zeiner, J. Šamaj & T. Takáč: Front. Plant Sci., 11, 618835 (2020).,これらとMg欠乏下での酵素の活性化との関係はわかっていない.
また,ミネラルの欠乏下で広く観察される応答の一つに,根の形態の変化がある.しかしMg欠乏については,これまでのところ,Mg欠乏耐性に資すると解釈できるような根の形態・成長の変化は観察されていない.Mg欠乏下においてバイオマスの地上部/地下部の比率の変化が捉えられることがあるが,Mg欠乏の統合解析によると,根の成長抑制の度合いは,Mg欠乏処理開始時の植物齢や,処理開始前のMg投与量に依存していた(29)29) M. Hauer-Jákli & M. Tränkner: Front. Plant Sci., 10, 766 (2019)..環境中のMg濃度変化を検知した積極的な適応反応というよりも,Mg欠乏によって光合成産物の根への転流が阻害されることで根の成長が抑制された,受動的な反応という色合いが強そうである.
Mg2+が酵素活性に果たす役割の大きさを踏まえれば,Mg欠乏に応じた成長のために代謝の調節が行われている可能性は大いに考えられる.ダイズとピーマンの葉と根でそれぞれ行われた代謝産物の解析結果を比べると,葉において,クエン酸とピルビン酸が低下傾向,グルコースとフルクトースが上昇傾向にあったことから(31, 32)31) Y. X. Kim, T. J. Kim, Y. Lee, S. Lee, D. Lee, T. K. Oh & J. Sung: Appl. Biol. Chem., 61, 661 (2018).32) N. Yang, J. Jiang, H. Xie, M. Bai, Q. Xu, X. Wang, X. Yu, Z. Chen & Y. Guan: Front. Plant Sci., 8, 2091 (2017).,Mg-ATPを消費する解糖反応の遅滞が生じている可能性が示唆される.また,グルコースとフルクトースの蓄積は,ヘキソキナーゼによる光合成関連遺伝子の発現抑制を促すことが知られている(33)33) D. Granot, R. David-Schwartz & G. Kelly: Front. Plant Sci., 4, 44 (2013)..Mg-ATP濃度低下の影響は,スクロース輸送体のみならず,多くのタンパク質の活性に及んでいることが予想されるのである.
さらに,Mg欠乏が葉緑体中のMg2+濃度を低下させ,これが光合成を抑制するという現象もイネにおいて捉えられた.光合成速度はRuBisCO活性に依存するが,RuBisCOによる二酸化炭素固定の活性部位にはMg2+の結合が必要であることがその理由である(26)26) J. Li, K. Yokosho, S. Liu, H. R. Cao, N. Yamaji, X. G. Zhu, H. Liao, J. F. Ma & Z. C. Chen: Nat. Plants, 6, 848 (2020)..つまり,通説として述べたような糖の過剰蓄積による光合成阻害以外にも,葉緑体内Mg2+濃度の低下が直接的にRuBisCO活性の抑制を通じて光合成を抑制するというシンプルな経路があるということである(図3図3■光合成と糖転流のプロセスとマグネシウム欠乏応答の関係).
Mg不足に対応する仕組みとして,体内でのMgの再利用と,根によるMg吸収の活性化が観察されている.葉緑体は地上部の全Mg含量の20%を含むとされ,その多くが葉緑素と結合している.Mg欠乏下では,葉緑体の分解が促進されて葉の黄化が観察されるようになるが,イネにおいて,葉緑素分解の第一段階であるMg2+の脱離反応を触媒する酵素SGRの発現が,Mg欠乏に応じて特異的に誘導され,葉緑素内のMgの再利用を促進することが示された(図3図3■光合成と糖転流のプロセスとマグネシウム欠乏応答の関係)(34)34) Y. Y. Peng, L. L. Liao, S. Liu, M. M. Nie, J. Li, L. D. Zhang, J. F. Ma & Z. C. Chen: Plant Physiol., 181, 262 (2019)..SGRを欠損すると,Mg欠乏下でも葉緑素は分解されず,その結果若い葉へのMg2+の転流が不十分となる.そして,Mg不足にも関わらず緑を保った成熟葉では光合成明反応が続き,活性酸素種がさらに産生される.つまり,Mg欠乏による葉の黄化そのものが,Mgの再利用と酸化ストレス抑制を実現する,Mg欠乏耐性機構の一つと言える.
また,根によるMg2+吸収システムも,Mg欠乏に応じて変化していることがわかっている.培地中Mg濃度が低いほど,また,そこでの栽培時間が長くなるほど,根の示す最大吸収速度(Vmax)および親和性(Km)が高まる.環境中の低濃度のMg2+に合わせた吸収様式に変化しているわけである(35)35) T. Ogura, N. I. Kobayashi, H. Suzuki, R. Iwata, T. M. Nakanishi & K. Tanoi: Planta, 248, 745 (2018)..この変化には,シロイヌナズナにおいてはAtMRS2-4/MGT6とAtMRS2-7/MGT7が必要であることも示されているが,これらが具体的にどのように機能しているのかはまだ一致した見解が得られていない.また,Mg欠乏に応じて上昇した吸収速度は,適切な濃度のMgを含む培地に根を5分間移すだけで,急激に低下するという特徴もある(35)35) T. Ogura, N. I. Kobayashi, H. Suzuki, R. Iwata, T. M. Nakanishi & K. Tanoi: Planta, 248, 745 (2018)..根におけるMg2+吸収システムは,根圏あるいは根細胞の局所的な環境に応答しているのかもしれない.
水分子との関係において見られるMg2+と2価重金属イオンの化学的な類似性が,植物体内のMg動態を司るMg輸送体の性質にも深く関わっていることがわかってきた.各Mg輸送体に備わるMg2+選択的な輸送メカニズムの解明は,生物の生命活動を理解する上で重要であることはもちろん,イオン選択性を持ったマテリアルの研究開発にも貢献できると思われる.
代表的なMg欠乏症状である下位葉の黄化が発生するメカニズムについては,糖輸送の阻害とROS発生による過酸化ストレスを主要因とした経路の他にも,複数の経路が存在し,それらが同時並行で進んでいる実態が見えてきた.このようなMg欠乏に対する植物の耐性機構を追究していくには,耐性・感受性の判定基準を明確にした植物材料が有効と思われる.低Mg環境でも成長できる,植物体のMg含量が低くても成長できる等,幾通りかの「耐性」が存在することを想定した植物材料の充実は,Mg欠乏耐性機構の解明に重要な要素になるだろう.
気候変動というリスクは,Mgにとっても無縁ではない.大気中の二酸化炭素濃度の上昇は,土壌の酸性化を進め,Mg欠乏を助長する.さらに,Mg欠乏症を発症するほど深刻な欠乏ではなくても,植物体のMg含量の低下は多様な環境ストレスへの耐性を弱める可能性があるため(29)29) M. Hauer-Jákli & M. Tränkner: Front. Plant Sci., 10, 766 (2019).,気候変動下での作物生産に対して間接的に影響をもたらすことが予想される.持続的な作物生産を実現するためにも,Mgの化学的・生物学的な性質と,Mg欠乏下での植物生理への一層の理解が重要と思われる.
Reference
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