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ペクチンの分子構造と生理機能陸生植物に普遍的に存在する分子に秘められた健康維持機能

Tomio Yabe

矢部 富雄

岐阜大学応用生物科学部,岐阜大学糖鎖生命コア研究所,岐阜大学高等研究院先制食未来研究センター

Published: 2022-12-01

ペクチンは,すべての陸生植物の一次細胞壁と中葉に普遍的に存在し,セルロースやヘミセルロースといった多糖類とともに,植物の生存に必要不可欠な高分子化合物の一つである.その量および質は植物種および部位によって大きく異なっているものの,成長過程を時間的および空間的に調節している物質であるため,ペクチンの組成や構造の変化を介して,特定の発生過程を制御していることが知られている(1)1) R. Palin & A. Geitmann: Biosystems, 109, 397 (2012).

ペクチンの研究の歴史は古く,最初に発見されたペクチンとしてタマリンドから発見されたゼリー状物質がVauquelinによって報告されたのは,200年以上前の1790年のことである.その後,Braconnotによって,「濃厚な,固まる」を意味するギリシャ語の“pektos”にちなんで「pectin」と名付けられたのも1825年のことである.それから100年ほどして,1917年にEhrlichはペクチンがD-ガラクツロン酸(GalA)の重合体であることを提唱し,さらにHengleinとSchneiderがGalAはα-1,4結合によって直鎖状に結合していることを1936年に報告した.こうした報告から80年以上を経た現在では,多彩な機能を発揮する構造的特徴を裏付けるかのように,ペクチン分子がGalA以外にも複数の単糖から構成されており,さらにいくつかの構造領域からなる非常に複雑な分子であることが明らかにされつつある(2)2) 石水 毅,竹中悠人:応用糖質科学,10, 215 (2020).

例えば,ペクチン分子の主鎖構造は「平滑」領域と「毛様」領域に分けることができ,平滑領域はホモガラクツロナン(HG)から構成され,直鎖状の骨格を形成している一方,毛様領域はラムノガラクツロナン-I(RG-I)とラムノガラクツロナン-II(RG-II)から構成されていることが知られている.このうちHGは,細胞壁中の間隙を充填するペクチンが,一次細胞壁の強度を調節する際の「鍵因子」として機能している.また,HGやRG-Iが植物種によってその構造が大きく異なるのに対し,RG-IIはペクチン分子構造の中で最も複雑な領域であるにもかかわらず,進化の過程を通して非常によく保存されており,すべての陸上植物のペクチン分子中に共通して存在する.これら3つの構造領域は,それぞれの位置関係や結合様式の詳細はいまだに不明ながらも,共有結合によって互いに連結していると考えられている(3)3) M. A. Atmodjo, Z. Hao & D. Mohnen: Annu. Rev. Plant Biol., 64, 747 (2013).

ペクチンが,その構造的特徴を背景に,食品添加物をはじめとして既にさまざまな用途に利用されているという事実は,植物が生存するための必須成分として進化的にペクチンを選んだ際に担保された構造的多様性を反映しているのかもしれない.そのため,これまで食品のテクスチャーや見た目の改善・改良に貢献してきた食品添加物としてのペクチンが,最近では健康を維持するための生体調節機能因子として,さまざまな報告がなされるようになってきたことも,ペクチンの構造的多様性を考えればそう不思議なことではない.

我々が野菜や果物を食した際には,当然ながらペクチンを食品成分として摂取している.その際,ペクチンはヒトの消化酵素による分解を受けず,さらには小腸において栄養成分として吸収もされないため,いわゆる「食物繊維」に分類される食品素材である.ヒトにとって非栄養素として摂取されたペクチンは,小腸を通過して大腸に到達した後に腸内細菌によって短鎖脂肪酸にまでほぼ完全に発酵される.大腸で生成された短鎖脂肪酸が吸収されて発揮される機能性,例えばコレステロール低下や,血清グルコース濃度の低下,そして抗ガン作用に有効だといった多くの効果が,いまやペクチンの生理機能として多数報告されている.こうしたペクチンの健康への有効性は,その組成や生物学的活性を有する特定の構造領域が存在することに依存すると考えられており,潜在的な栄養補助食品として,もしくは健康維持・調節における機能物質として,ペクチンをより有効に活用するためには,その構造と機能との密接な関係を解明することが今後ますます重要であると考えられる.

健康維持に関わるヒトの生理機能調節に食物繊維が大いに関与することが知られている(4)4) 海老原清:日本栄養・食糧学会誌,61, 3 (2008)..ペクチンを食品成分として摂取した際にも,ペクチンは水溶性食物繊維として機能し,他の物質との物理化学的な相互作用,腸内細菌叢を介したプレバイオティクス作用,腸管への直接的な生理作用といった作用機序によって保健機能を発揮している.こうした機能は,ペクチンの多糖構造に依存する知見も得られてはいるものの,まだまだ十分に解明されていないのが現状である.特に,ペクチンのRG-I領域に存在する側鎖構造を認識するヒトの生体内分子を介した腸管における生体調節機能の発揮は,ヒトが進化の過程で植物に由来する素材を食品として選抜したことによる,植物との共進化の可能性を秘めているのではないかと考えているのだが,果たしてどうだろうか.すなわち,多糖構造と生理活性との相関の解明は,健康維持における食物繊維の意義をあらためて考える上でも重要な鍵を握っていると推察している.

これまでに報告されているペクチンのさまざまな生理機能の中でも,私たちのグループは大腸に到達して腸内細菌による発酵を受ける前の,小腸を通過中のペクチンの生理機能に注目している.すなわち,腸細胞によって特定のペクチン分子構造が認識されることによって,健康維持機能に関わる何らかの調節がなされているのではないかと考え,特に,ペクチンによる小腸絨毛の形態変化におけるその作用機序と腸管免疫細胞におけるペクチンの抗炎症作用機構を研究している(5)5) 北口公司,矢部富雄:Trends Glycosci. Glycotechnol., 31, J91 (2019)..具体的には,ペクチンがフィブロネクチンを介してα5β1インテグリンを受容体とするシグナル伝達系を刺激し,成長因子の発現上昇と細胞表面ヘパラン硫酸糖鎖の硫酸化構造の変化をもたらすことにより成長因子の細胞外への分泌を促すことや,小腸パイエル版に存在する抗原提示細胞にペクチンが直接作用することによる炎症性サイトカインの分泌調節について知見が得られている.これらの分子メカニズムについては,いまだに不明な点が多いが,陸生植物に普遍的に存在するペクチンにおける進化の過程での分子構造の変化の変遷と,その変遷に合致してヒトの腸細胞のペクチン分子への応答性の強弱が明らかとなれば,ヒトの進化の過程で植物との共生をもくろんだ足跡を垣間見ることができるようになる.その日が来ることを楽しみにしつつ,ここに筆を擱く.

Reference

1) R. Palin & A. Geitmann: Biosystems, 109, 397 (2012).

2) 石水 毅,竹中悠人:応用糖質科学,10, 215 (2020).

3) M. A. Atmodjo, Z. Hao & D. Mohnen: Annu. Rev. Plant Biol., 64, 747 (2013).

4) 海老原清:日本栄養・食糧学会誌,61, 3 (2008).

5) 北口公司,矢部富雄:Trends Glycosci. Glycotechnol., 31, J91 (2019).