Kagaku to Seibutsu 60(12): 621-623 (2022)
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海綿共生細菌による細胞毒性物質の活性化機構カイメン宿主を守る共生細菌
Published: 2022-12-01
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
海底や岩場に固着し回避行動をとれない海綿動物(カイメン)は,魚類・甲殻類・貝類などの捕食者から身を守るために,低濃度で強力な細胞毒性を示す化合物を化学防御物質として組織内に蓄えている.しかし,それら化学防御物質の多くは真核生物に対して普遍的に毒性を示すため,カイメン自身にも有害であると予想される.その毒性を緩和するために,カイメンには細胞毒性物質の活性調節機構の存在が示唆されてきたが,その実態や機構は不明であった.本稿では,筆者たちが近年明らかにしたチョコガタイシカイメンDiscodermia calyxにおける細胞毒性物質カリクリンの活性制御システムについて紹介する.
・カイメンにおける組織傷害に応じた細胞毒性物質の活性調節機構
カリクリンは,真核生物の生存に必須であるタンパク質脱リン酸化酵素1および2Aを特異的に阻害することで,各種がん細胞に対して強力な細胞毒性を示す(1, 2)1) Y. Kato, N. Fusetani, S. Matsunaga, K. Hashimoto, S. Fujita & T. Furuya: J. Am. Chem. Soc., 108, 2780 (1986).2) H. Ishihara, B. L. Martin, D. L. Brautigan, H. Karaki, H. Ozaki, Y. Kato, N. Fusetani, S. Watabe, K. Hashimoto, D. Uemura et al.: Biochem. Biophys. Res. Commun., 159, 871 (1989)..そのためカリクリンを高濃度で含むカイメンD. calyxがその毒性に侵されない理由は長年謎であった.2014年,共生微生物を含むカイメンのメタゲノムよりカリクリン生合成遺伝子クラスターの単離に成功し,シングルセル分析によって難培養性のエントセオネラ属細菌(Ca. Entotheonella)がカリクリン生産菌であることを明らかにした(3)3) T. Wakimoto, Y. Egami, Y. Nakashima, Y. Wakimoto, T. Mori, T. Awakawa, T. Ito, H. Kenmoku, Y. Asakawa, J. Piel et al.: Nat. Chem. Biol., 10, 648 (2014)..さらにカリクリン生合成遺伝子クラスターにコードされているリン酸基転移酵素CalQがカリクリンをリン酸化し,約1,000倍弱毒化したホスホカリクリンへと変換することを見出した.この反応は,宿主カイメンのカリクリンに対する耐性機構を示唆している.一方,ホスホカリクリンを脱リン酸化し,カリクリンへと変換する毒性発現機構は不明であった.カイメンにおける組織損傷の有無で代謝物変化を解析した結果,ホスホカリクリンは組織傷害依存的にカリクリンへと変換されていた.すなわち,平時においてカイメンは自己毒性を軽減するために弱毒性前駆体としてホスホカリクリンを組織内に蓄えている.そこへ外敵に組織が傷つけられると,損傷部位局部的にホスホカリクリンが脱リン酸化され,細胞毒性が1,000倍強い化学防御物質へと瞬時に生物変換されるような活性化機構がD. calyxに備わっていることが明らかになった(3)3) T. Wakimoto, Y. Egami, Y. Nakashima, Y. Wakimoto, T. Mori, T. Awakawa, T. Ito, H. Kenmoku, Y. Asakawa, J. Piel et al.: Nat. Chem. Biol., 10, 648 (2014)..
・ホスホカリクリン活性化酵素の同定
カリクリンに対する耐性機構は,共生細菌エントセオネラが生産するリン酸基転移酵素CalQが担っている.一方,組織傷害に応じた活性化機構の詳細は不明であり,なかでも鍵となるホスホカリクリンの活性化を担う脱リン酸化酵素は未同定であった.そこで筆者らはホスホカリクリンを活性化する脱リン酸化酵素を同定し,その機能を解析することで活性制御機構の全容解明を目指した.カイメンD. calyxの酵素抽出液からホスホカリクリン脱リン酸化活性を指標に各種カラムクロマトグラフィーを用いて,天然酵素の精製に成功した.カイメンから精製した酵素の物理化学的特徴とアミノ酸配列を解析したところ,興味深いことにカリクリン生産菌の有する機能未知の遺伝子calLがコードするタンパク質(CalL)のアミノ酸配列・物理化学的特徴と一致した.実際に,大腸菌の異種宿主発現系を用いて調製した組換えタンパク質CalLは,基質ホスホカリクリンを瞬時にカリクリンへと脱リン酸化したことから,組織傷害に応じたホスホカリクリンの活性化は,エントセオネラ属細菌の生産する脱リン酸化酵素CalLが担うことが明らかになった(4)4) T. Jomori, K. Matsuda, Y. Egami, I. Abe, A. Takai & T. Wakimoto: RSC Chem. Biol., 2, 1600 (2021)..
・カイメンにおける組織傷害に応じたカリクリン活性制御機構
陸上植物や海藻において傷害直後にプロトキシンを活性化する機構が知られており,その制御には予め活性化酵素とプロトキシンがそれぞれ細胞小器官などへ区画化・蓄積されていることが重要である.そのためカイメンD. calyxでも同様の活性制御機構を有していると予想し,D. calyxにおける活性化酵素CalLとカリクリンの局在を調べた.一般的にタンパク質の細胞内局在はN末端側のアミノ酸配列(シグナル配列)を解析することで予想可能である.実際に天然酵素および組換え酵素CalLのN末端アミノ酸配列を解析すると,細菌の外膜と内膜の間隙ペリプラズムに局在していることが示唆された.また異種宿主発現系において,エントセオネラ属細菌と同じグラム陰性細菌である大腸菌においてもペリプラズム画分に組換え酵素CalLが局在していることが明らかになった.さらにD. calyxから遠心分離した3種の細胞画分(海綿細胞画分,エントセオネラ細胞画分,雑多な微生物画分)において,ホスホカリクリン脱リン酸化活性およびカリクリンはエントセオネラ細胞画分に局在していた.以上の結果から次の活性化機構を推定している(図1図1■共生細菌Ca. Entotheonellaの活性化防御機構仮説).平時のエントセオネラ細胞においてCalLとホスホカリクリンがそれぞれペリプラズムと細胞質側に区画化されて蓄積されている.そこへ外敵により細菌膜が傷を負うとエントセオネラ属細菌のペリプラズムに局在していた活性化酵素CalLが,細胞質内のホスホカリクリンと瞬時に反応し,活性化されたカリクリンが毒性を示すことで化学防御が発動する(4)4) T. Jomori, K. Matsuda, Y. Egami, I. Abe, A. Takai & T. Wakimoto: RSC Chem. Biol., 2, 1600 (2021)..
カリクリンは原核生物である細菌に対して抗菌活性を全く示さないため,カリクリンの活性制御機構はエントセオネラ属細菌自身の自己耐性機構である可能性は低く,エントセオネラ属細菌における生態学的役割は不明である.むしろカリクリン活性化防御機構は,宿主カイメンの自己耐性と化学防御の両立のために共生菌が編み出した巧妙な機構のようである.カイメンD. calyxは厳しい海洋環境において番犬ともいえるエントセオネラ属細菌を組織で飼うことにより外敵を撃退してもらう一方,細菌は海水中のプランクトンなどを濾過・栄養吸収するカイメン組織の栄養豊富な環境に住まうことで衣食住に困らない,双方に利益のある相利関係がカイメン–共生細菌間で伺える.