今日の話題

血管内の中性脂肪代謝異常と血管疾患との関わりを考える中性脂肪と血管疾患

Nobuhiro Zaima

財満 信宏

近畿大学農学部

近畿大学アグリ技術革新研究所

Ken-ichi Hirano

平野 賢一

大阪大学大学院医学系研究科

Published: 2022-12-01

アブラの摂取を控えたいと考えたとき,具体的な「アブラ」として何を思い浮かべられるだろうか? おそらくは,中性脂肪(脂肪)もしくはコレステロールを思い浮かべられている方が大多数かと考えられるが,摂取に対する考え方をはじめとして中性脂肪とコレステロールが全く別物であると認識している方は意外と多くない.中性脂肪はエネルギー源などとして利用される一方で,コレステロールはエネルギー源とはならず,体内でホルモンの原料などとして利用される.そして,それぞれの代謝異常と疾患の関わり方も異なっている.いわゆる「血管がつまった」状態(粥状動脈硬化症)になった血管は,中性脂肪ではなくコレステロールが血管内に大量に蓄積し,血液の通り道が狭くなっている(1)1) P. Libby, P. M. Ridker & G. K. Hansson: Nature, 473, 317 (2011)..では,中性脂肪の代謝異常は血管にどのような影響を与えるのであろうか? コレステロールと比較して中性脂肪と血管疾患の関わりは不明な点が多いが,ここでは,中性脂肪と血管の狭窄・破裂の関わりについて現在までに明らかになっている知見を紹介する.

血管は血液の通り道であり,血液を介して酸素や栄養素が全身の隅々まで供給され,ものの数分間血流が遮断されただけで我々の生命活動は深刻な危機を迎えることになる.つまり,血管はその形を保つことが重要であり,血管の構造破綻が生命活動に対して深刻な悪影響を与えるとも言い換えることができる.具体的に,致死的なレベルで血液供給を遮断する原因となるのが大血管の狭窄(動脈硬化)と破裂(大動脈瘤)である.

2008年に我々は,心不全患者の冠動脈で通常とは異なる血管狭窄を発見・報告した(2)2) K. Hirano, Y. Ikeda, N. Zaima, Y. Sakata & G. Matsumiya: N. Engl. J. Med., 359, 2396 (2008)..この患者の冠動脈は高度に狭窄し,脂質染色で陽性を示す(アブラが血管に貯まっている)にも関わらず,コレステロールの量は健常人と同じレベルという予想外の結果であった.一体どのようなアブラが蓄積しているのかを調べた結果,血管に異常蓄積しているアブラは,中性脂肪であることがわかった.中性脂肪は,血管壁に存在する細胞内に油滴として異常量蓄積されており,遺伝子解析の結果,この患者は中性脂肪を分解する酵素であるAdipose triglyceride lipase(ATGL)に変異があり,中性脂肪分解に障害が生じていることが明らかになった.この病態は我々の研究グループによって,「中性脂肪蓄積心筋血管症(Triglyceride deposit cardiomyovasculopathy; TGCV)と名付けられ,2019年に欧州最大の希少疾患ネットワークであるOrphanetに独立した疾患単位として登録された(ORPHA code: 565612).現在までに,ATGL遺伝子変異を持たないが冠動脈にTGが異常蓄積する患者群も発見され,ATGL遺伝子変異を有する患者は原発性TGCV,有さない患者は特発性TGCVと臨床的に分類される.中性脂肪と血管狭窄の関係については不明な点がまだ多いが,血管に中性脂肪が異常蓄積することによる脂肪毒性と,エネルギー源である脂肪酸が中性脂肪から供給されないことによるエネルギー代謝不全が疾患の発症と進展に関与すると考えられている(図1図1■血管内に異常蓄積する中性脂肪と疾患の関係上段).

図1■血管内に異常蓄積する中性脂肪と疾患の関係

狭窄(中性脂肪蓄積心筋血管症)においては,細胞内に中性脂肪が油滴として異常蓄積する.これは,ATGLの機能不全の結果と考えられる.破裂(腹部大動脈瘤)においては,血管に本来存在しない脂肪細胞が主に外膜に異所出現することにより,脂肪細胞に蓄積される形で中性脂肪が血管内に異常蓄積する.脂肪細胞は,栄養血管狭窄を起点とする血管内低酸素環境が間葉系幹細胞の分化異常を引き起こした結果生じると考えられる.

一方,血管の破裂(大動脈瘤)は,血管が徐々に拡張し,最終的に血管の外側に血液が流出してしまう状態を指す.この破裂にも中性脂肪が関与していることを我々は発見した.破裂には,血管内の脂肪細胞に中性脂肪が異常に貯め込まれる形で関与しているようである(3)3) H. Kugo, N. Zaima, H. Tanaka, Y. Mouri, K. Yanagimoto, K. Hayamizu, K. Hashimoto, T. Sasaki, M. Sano, T. Yata et al.: Sci. Rep., 6, 31268 (2016)..ただ,常時高い血圧にさらされる血管は,弾性線維と膠原線維が密に存在することで管状構造を維持しており,正常血管内には脂肪細胞が存在する余地はない.脂肪細胞は移動することのない細胞であるため,別の場所からの移動は考えにくい.ではなぜ血管に出現するのか? これを考察するには,破裂の前段階である血管の拡張機構に関する議論から始める必要がある.

血管の拡張の原因として我々が提唱しているのが「血管内循環不全」である.血管を構成する細胞は生きているため,酸素や栄養素を供給される必要があるが,大動脈の血管壁ともなるとある程度の分厚さ(0.5~2.0 mm程度,年齢や性別,動脈の種類で差がある)があり,内腔を流れる血液は血管の外層まで届かない.大動脈の血管壁は,内膜・中膜・外膜の三層で構成されており,内腔からの血液で栄養される領域は,中膜の内側1/3~2/3程度までとされている.そのため,大血管には血管の中に血管(栄養血管と呼ぶ)が存在し,外層の細胞に酸素や栄養素を供給することで血管を構成する細胞の生命活動を支えている.ところが,腹部大動脈瘤患者は,この栄養血管が狭窄し,血管内の血液循環が滞っていることがわかった.血管内循環不全を人工的に動物腹部大動脈に誘導したところ,血管の拡張(腹部大動脈瘤の形成)が観察され,血管内循環不全が血管拡張の一因であることが示唆された(4)4) H. Tanaka, N. Zaima, T. Sasaki, M. Sano, N. Yamamoto, T. Saito, K. Inuzuka, T. Hayasaka, N. Goto-Inoue, Y. Sugiura et al.: PLoS One, 10, e0134386 (2015).

循環不全が発生した血管壁では,酸素や栄養素が不足し,弾性線維や膠原線維といった血管構造を維持するための重要因子の減少もしくは変性が生じる.血管線維成分異常は血管構造の破綻という致命的な病態につながるため,血管にはいくつかの修復機構が存在する.例えば,血管内炎症状況下で血管線維に異常が生じた場合,間葉系幹細胞が血管平滑筋などの細胞に分化することで,血管の正常化に寄与する.ところが,血管線維異常と循環不全が併発する状況下では,間葉系幹細胞は分化異常を示し,脂肪細胞へと分化しやすくなる(5)5) H. Kugo, T. Moriyama & N. Zaima: Adipocyte, 8, 229 (2019)..これにより,血管内に本来存在しない脂肪細胞が異所出現する.この脂肪細胞の異所出現は,ヒト,モデル動物共に膠原線維が豊富な外膜で主に観察される.

エネルギー貯蔵の観点から考えると,誕生した脂肪細胞内に中性脂肪が貯め込まれることは脂肪細胞本来のはたらきであり,自然なことであるが,血管内で脂肪細胞が中性脂肪を貯め込み始めるのは血管の破裂という致命的な病態につながりうる.なぜなら,分化異常により異所出現した脂肪細胞は自身の成長(肥大化)のために,周囲に存在する線維を破壊するプロテアーゼを放出すると同時に,プロテアーゼ産生能の高いマクロファージを動員するからである.このはたらきは,脂肪細胞内に蓄積された中性脂肪量が増す(脂肪細胞が肥大化する)につれて強くなる.その結果,もともと膠原線維が存在していた場所が次々に脂肪細胞に置き換わっていき,その領域の力学的強度は低下してしまい,血液流出(破裂)の危険性が増すと考えられる(図1図1■血管内に異常蓄積する中性脂肪と疾患の関係下段).Niestrawskaらは,脂肪細胞の出現によってヒト腹部大動脈瘤壁の力学的強度が低下することを示し,我々の仮説を支持している(6)6) J. A. Niestrawska, P. Regitnig, C. Viertler, T. U. Cohnert, A. R. Babu & G. A. Holzapfel: Acta Biomater., 88, 149 (2019).

以上が近年になって明らかになった中性脂肪と血管疾患の関係である(図1図1■血管内に異常蓄積する中性脂肪と疾患の関係).血管内の中性脂肪蓄積のいずれもが,中性脂肪を適切に利用できなかった結果として生じたものである可能性がある点は興味深い.つまり,通常,中性脂肪の過剰蓄積といえば,皮下脂肪組織や内臓脂肪組織における蓄積を意味するため,その対策としてエネルギー摂取量を減らすことが重要視される.しかしながら,血管内中性脂肪の異常蓄積は,中性脂肪分解酵素であるATGLの機能低下や血管内低酸素環境によって中性脂肪が適切に利用できずにATP産生が低下している状態,すなわち局所的な(血管内の)エネルギー欠乏状態を反映している可能性がある.我々は,血管内の中性脂肪代謝を改善することにより,狭窄及び破裂を予防・治療できる可能性を見出している(未発表).血管内のエネルギー代謝不全解消という視点は,致死的な血管疾患の新たな予防・治療戦略となりうるかもしれない.

Reference

1) P. Libby, P. M. Ridker & G. K. Hansson: Nature, 473, 317 (2011).

2) K. Hirano, Y. Ikeda, N. Zaima, Y. Sakata & G. Matsumiya: N. Engl. J. Med., 359, 2396 (2008).

3) H. Kugo, N. Zaima, H. Tanaka, Y. Mouri, K. Yanagimoto, K. Hayamizu, K. Hashimoto, T. Sasaki, M. Sano, T. Yata et al.: Sci. Rep., 6, 31268 (2016).

4) H. Tanaka, N. Zaima, T. Sasaki, M. Sano, N. Yamamoto, T. Saito, K. Inuzuka, T. Hayasaka, N. Goto-Inoue, Y. Sugiura et al.: PLoS One, 10, e0134386 (2015).

5) H. Kugo, T. Moriyama & N. Zaima: Adipocyte, 8, 229 (2019).

6) J. A. Niestrawska, P. Regitnig, C. Viertler, T. U. Cohnert, A. R. Babu & G. A. Holzapfel: Acta Biomater., 88, 149 (2019).