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植物組織間で異なる葉緑体脂質代謝バランス孔辺細胞の葉緑体形成及び根細胞葉緑体の発達誘導には小胞体からの脂質供給が欠かせない

Tomoki Obata

小畑 智暉

九州大学理学部生物学科植物生理学研究室

Boseok Song

普錫

九州大学理学部生物学科植物生理学研究室

Juntaro Negi

祢冝 淳太郎

九州大学理学部生物学科植物生理学研究室

Published: 2022-12-01

葉緑体は,植物独自の細胞小器官である色素体の分化形態の1つであり,光合成だけでなく,アミノ酸や脂肪酸合成など植物が生きていくうえで重要な機能を持つ(1)1) N. Rolland, G. Curien, G. Finazzi, M. Kuntz, E. Maréchal, M. Matringe, S. Ravanel & D. Seigneurin-Berny: Annu. Rev. Genet., 46, 233 (2012)..また,葉緑体は葉肉細胞や孔辺細胞など様々な組織で形成され,本来葉緑体形成が抑制されている根細胞でも,地上部を切除することで葉緑体が発達し根が緑化することも知られている(2)2) K. Kobayashi, A. Ohnishi, D. Sasaki, S. Fujii, A. Iwase, K. Sugimoto, T. Masuda & H. Wada: Plant Physiol., 173, 2340 (2017)..これらの葉緑体は形成される植物組織によって形態的な特徴が異なり,たとえば,孔辺細胞葉緑体のグラナは,葉肉細胞葉緑体と比べて未発達であり,葉緑体のサイズが小さい(3)3) T. Lawson: New Phytol., 181, 13 (2009)..筆者らは,これまでに知られていた形態的な特徴に加えて,葉緑体脂質の代謝バランスが,植物組織間で異なることを明らかにした.これらの知見は,葉緑体の性質や機能についても植物組織の間で異なる可能性を示唆している.

葉緑体のチラコイド膜は,リン脂質が多い細胞膜とは異なり,MGDG(モノガラクトシルジアシルグリセロール)やDGDG(ジガラクトシルジアシルグリセロール)といった糖脂質が豊富に含まれているのが特徴である.シロイヌナズナなどでは,これらの葉緑体脂質は,葉緑体のみで合成が完結する色素体経路と,一度小胞体を経由し,葉緑体に戻る小胞体経路の2つの経路から合成される.また,2つの経路から合成される糖脂質は,グリセロールに結合している脂肪酸の炭素数の違いから識別することができる(4)4) C. Benning: Annu. Rev. Cell Dev. Biol., 25, 71 (2009)..筆者らは,葉肉細胞における葉緑体形成は正常であるが,孔辺細胞での葉緑体形成が阻害されたシロイヌナズナの変異体,gles1green less stomata 1)を単離した.gles1は葉緑体包膜に局在する脂質輸送体TGD(トリガラクトシルジアシルグリセロール)複合体のサブユニットの1つ,TGD5の変異体であった(5)5) J. Negi, S. Munemasa, B. Song, R. Tadakuma, M. Fujita, T. Azoulay-Shemer, C. B. Engineer, K. Kusumi, I. Nishida, J. I. Schroeder et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 115, 9038 (2018)..このTGD複合体は孔辺細胞だけでなく,葉肉細胞の葉緑体でも発現しており,小胞体経路上の小胞体から色素体への脂質輸送を担うと考えられている(5, 6)5) J. Negi, S. Munemasa, B. Song, R. Tadakuma, M. Fujita, T. Azoulay-Shemer, C. B. Engineer, K. Kusumi, I. Nishida, J. I. Schroeder et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 115, 9038 (2018).6) A. A. Lavell & C. Benning: Plant Cell Physiol., 60, 1176 (2019)..小胞体経路が阻害されたことによる葉緑体形成への影響がなぜ孔辺細胞と葉肉細胞で異なるのか,その原因を明らかにするため孔辺細胞と葉肉細胞のLC-MS/MSシステムによる脂質組成解析を行った.その結果,孔辺細胞では葉肉細胞と比較して色素体経路が退化しており,葉緑体脂質の多くが小胞体経路を経て合成されていることがわかった.この孔辺細胞における小胞体経路優位な脂質代謝バランスが,gles1で孔辺細胞特異的に葉緑体形成が阻害される原因であると考えられる(5)5) J. Negi, S. Munemasa, B. Song, R. Tadakuma, M. Fujita, T. Azoulay-Shemer, C. B. Engineer, K. Kusumi, I. Nishida, J. I. Schroeder et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 115, 9038 (2018)..また最近,筆者らは地上部切除によって発達が促進される根細胞葉緑体が,孔辺細胞と同じく小胞体経路由来の脂質供給に依存していることを根の脂質組成解析から明らかにした.実際に,野生型や色素体経路が阻害された変異体であるats1は,地上部切除により根が緑化するのに対して,小胞体経路が阻害されたgles1では,根の緑化が強く阻害されていた.根細胞葉緑体は,デンプンが蓄積し,グラナが未発達であり,孔辺細胞葉緑体と構造的に類似しているが,さらに今回,脂質代謝の小胞体経路が発達している共通点があることがわかった(7)7) T. Obata, K. Kobayashi, R. Tadakuma, T. Akasaka, K. Iba & J. Negi: Plant Cell Physiol., 62, 494 (2021)..これらの知見は,葉緑体脂質合成に対する2つの脂質合成経路の寄与度すなわち,葉緑体の脂質代謝バランスが植物組織間で異なることを示しており(図1図1■植物組織における葉緑体脂質代謝フラックスの概念図及び各葉緑体の電顕画像),組織ごとの脂質代謝バランスの違いが,葉緑体の特徴にも影響する可能性が示唆された.

図1■植物組織における葉緑体脂質代謝フラックスの概念図及び各葉緑体の電顕画像

小胞体経路を青,色素体経路を赤矢印で示した.矢印の太さや色の濃さは各経路の葉緑体脂質合成に対する寄与度を概念的に示した.右図は各細胞における葉緑体の電子顕微鏡画像である.孔辺細胞と根細胞では,デンプンの蓄積など葉緑体の形態的特徴に類似点がある.

葉肉細胞とそれ以外の植物組織での葉緑体の性質の違いは脂質代謝以外にも明らかになっている.色素体外包膜のタンパク質輸送装置であるTOC(translocon of outer membrane complex)の1つTOC159ファミリーは,輸送するタンパク質前駆体の選択性に関与している.また,TOC159などを含むTOC受容体の遺伝子発現は植物組織や,成長度合によって異なることが知られている(8)8) E. Demarsy, A. M. Lakshmanan & F. Kessler: Front. Plant Sci., 5, 483 (2014)..このTOC受容体のうちTOC159の変異体では,葉肉細胞葉緑体の形成は阻害される一方で,根や孔辺細胞の葉緑体形成は正常であることが知られている(9)9) T. S. Yu & H. M. Li: Plant Physiol., 127, 90 (2001)..これらの知見から,葉緑体は植物組織ごとに異なるメカニズムで形成されていると考えられる.タンパク質輸送装置や,脂質代謝バランスを含めた葉緑体形成メカニズムの違いは,組織ごとに異なる葉緑体機能を生み出しているのかもしれない.

植物組織によって葉緑体脂質代謝バランスが異なる生理学的意義ついては,現在も不明な点が多い.近年,小胞体経路が強光環境下で促進され,膜脂質組成が変化し,強光環境に適したチラコイド膜の再構築に貢献することが報告された(10)10) L. Yu, J. Fan, C. Zhou & C. Xu: Plant Physiol., 185, 94 (2021)..この知見は,植物の脂質代謝バランスが,環境変化への適応に関与する可能性を示唆している.孔辺細胞葉緑体は,環境変動やストレスにさらされやすい表皮組織に存在し,根細胞葉緑体は地上部を失う特殊なストレス環境下で,その発達が促進される.このような葉緑体が,小胞体型優位な脂質代謝バランスを持つことは環境ストレス耐性を上げる対策の1つかもしれない.

また,小胞体を介した脂質代謝経路では,葉緑体に輸送される脂質以外にも貯蔵脂質であるTAG(トリアシルグリセロール)などが合成される.TAGは,気孔開口時に分解され,気孔開口に必要なATPを供給すると報告されている(11)11) D. H. McLachlan, J. Lan, C. M. Geilfus, A. N. Dodd, T. Larson, A. Baker, H. Hõrak, H. Kollist, Z. He, I. Graham et al.: Curr. Biol., 26, 707 (2016)..孔辺細胞は小胞体経路への脂質投資を増やすことで,迅速な気孔開閉調節を可能とする細胞内環境を構築しているのかもしれない.小胞体経路で合成される脂質の気孔や根における役割がさらに明らかになれば,これらの植物組織で小胞体型優位な脂質代謝バランスを持つ意義についても新たな知見が得られるだろう.

Reference

1) N. Rolland, G. Curien, G. Finazzi, M. Kuntz, E. Maréchal, M. Matringe, S. Ravanel & D. Seigneurin-Berny: Annu. Rev. Genet., 46, 233 (2012).

2) K. Kobayashi, A. Ohnishi, D. Sasaki, S. Fujii, A. Iwase, K. Sugimoto, T. Masuda & H. Wada: Plant Physiol., 173, 2340 (2017).

3) T. Lawson: New Phytol., 181, 13 (2009).

4) C. Benning: Annu. Rev. Cell Dev. Biol., 25, 71 (2009).

5) J. Negi, S. Munemasa, B. Song, R. Tadakuma, M. Fujita, T. Azoulay-Shemer, C. B. Engineer, K. Kusumi, I. Nishida, J. I. Schroeder et al.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 115, 9038 (2018).

6) A. A. Lavell & C. Benning: Plant Cell Physiol., 60, 1176 (2019).

7) T. Obata, K. Kobayashi, R. Tadakuma, T. Akasaka, K. Iba & J. Negi: Plant Cell Physiol., 62, 494 (2021).

8) E. Demarsy, A. M. Lakshmanan & F. Kessler: Front. Plant Sci., 5, 483 (2014).

9) T. S. Yu & H. M. Li: Plant Physiol., 127, 90 (2001).

10) L. Yu, J. Fan, C. Zhou & C. Xu: Plant Physiol., 185, 94 (2021).

11) D. H. McLachlan, J. Lan, C. M. Geilfus, A. N. Dodd, T. Larson, A. Baker, H. Hõrak, H. Kollist, Z. He, I. Graham et al.: Curr. Biol., 26, 707 (2016).