Kagaku to Seibutsu 60(12): 633-640 (2022)
解説
細胞膜に備わるステロール濃縮メカニズム研究の新展開~細胞膜リン脂質非対称性の秘められた機能~ステロール分子をめぐる細胞膜三つ巴攻防戦?
Recent Advances in the Study of Sterol Enrichment Mechanisms at the Plasma Membrane~Secret Functions of Plasma Membrane Phospholipid Asymmetry~: The Three-way Battle for Sterol Molecules at the Plasma Membrane?
Published: 2022-12-01
細胞膜は,細胞外と細胞内を分け隔てる器官であり,選択的な物質の出し入れやバリア機能など重要な機能を有する.細胞膜は,ステロール,グリセロリン脂質とスフィンゴ脂質から構成される脂質二重層構造を持つ.細胞全体の60~90%以上ものステロール分子が細胞膜に濃縮しているが(1),その濃縮メカニズムは完全には明らかとなっていない.本稿では,細胞膜ステロールの濃縮メカニズムについて焦点を当て,その輸送に関わる脂質輸送タンパク質(lipid transfer protein; LTP)である二つのファミリータンパク質群に加え,最近,筆者らが出芽酵母の研究から明らかにした細胞膜リン脂質非対称性が有するステロール保持機構について概説する(2).
Key words: 細胞膜; ステロール; リン脂質非対称性; 脂質輸送タンパク質; 脂質分子の膜内状態
© 2022 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2022 公益社団法人日本農芸化学会
細胞膜の構成脂質の分布や含有量を適切に変化させることは,多くの細胞内での現象や細胞外の環境変化に対して,細胞膜機能を正常に発揮させる上で重要である.哺乳類のコレステロールや真菌類のエルゴステロールなどのステロール類は主要な非極性脂質であり,その恒常性は厳密に制御されている(3)3) Y. Lange & T. L. Steck: Traffic, 21, 662 (2020)..近年,ステロールを輸送する脂質輸送タンパク質(lipid transfer protein; LTP)の多数が特定されている(4)4) L. H. Wong, A. Copic & T. P. Levine: Trends Biochem. Sci., 42, 516 (2017)..オキシステロール結合タンパク質(oxysterol-binding protein; OSBP)およびOSBP関連タンパク質(OSBP-related protein; ORP)は,ステロールとリン脂質の輸送を制御する真核生物の遺伝子ファミリーを構成している(以下,両者をまとめてOSBP/ORPと表記する,図1A図1■オキシステロール結合ドメイン関連タンパク質ファミリー)(5)5) A. Pietrangelo & N. D. Ridgway: Cell. Mol. Life Sci., 75, 3079 (2018)..これらのタンパク質は,C末端にOSBP-relatedリガンド結合ドメイン(OSBP-related ligand binding domain; ORD)と呼ばれる脂質結合ドメインを有し,高度に保存されたEQVSHHPPモチーフを保持している.OSBP/ORPの多くは,N–末端側にpleckstrinホモロジー(PH)ドメインを持ち特有のホスファチジルイノシトールリン酸(PIPs)を認識する.加えて,複数のOSBP/ORPは,小胞体関連膜タンパク質であるVAP(vesicle-associated membrane protein)と相互作用するFFATモチーフを有する.OSBP/ORPは,PHドメインを介してオルガネラ膜(ゴルジ体,細胞膜,エンドソーム)のPIPsと結合することで固定され,FFATモチーフにより小胞体と相互作用することでオルガネラ間の脂質輸送を制御している.
(A)出芽酵母のオキシステロール結合ドメイン関連タンパク質ファミリーOshs.Osh4(本文中ではKesl), Osh5, Osh6, 及びOsh7は,構造的類似性を有するため模式図にまとめて表示する.(B)Kes1によるステロールとホスファチジルイノシトール-4-リン酸の脂質交換反応
ヒトにはOSBPと11種類のORPを加えた12種類が,出芽酵母には7種類のORP(Osh1–7)が存在する(図1図1■オキシステロール結合ドメイン関連タンパク質ファミリー).これらのタンパク質は,ステロールに加えてPIPsや他のリン脂質に結合し,それぞれの脂質をターゲット膜に導入する.出芽酵母に存在するOsh4/Kes1はFFATモチーフを有さないが,小胞体からゴルジ体や細胞膜へエルゴステロールを導入し,交換反応によりターゲット膜からホスファチジルイノシトール-4-リン酸を受け取ることで,脂質の濃度勾配の形成に機能する(図1B図1■オキシステロール結合ドメイン関連タンパク質ファミリー)(6)6) B. Antonny, J. Bigay & B. Mesmin: Annu. Rev. Biochem., 87, 809 (2018)..
別のコレステロール輸送タンパク質として,脂質結合/輸送に関わるSteroidogenic acute regulatory(StAR)transfer(StART)domain(StARD)を有するタンパク質から構成されるStARkinスーパーファミリーが挙げられる(1, 7)1) A. K. Menon: Curr. Opin. Cell Biol., 53, 37 (2018).7) J. Luo, L. Y. Jiang, H. Yang & B. L. Song: Trends Biochem. Sci., 44, 273 (2019)..出芽酵母においてこのドメインは保存されていないが,Levin et al.はStARDに似たStARD-likeドメインを有するLAMタンパク質がステロール輸送を行う可能性を報告している(8)8) A. T. Gatta, L. H. Wong, Y. Y. Sere, D. M. Calderón-Noreña, S. Cockcroft, A. K. Menon & T. P. Levine: eLife, 4, e07253 (2015)..出芽酵母には,6種類のLAMタンパク質(Lam1–Lam6)が存在する(図2A図2■StARkinスーパーファミリータンパク質).Lam1–Lam4は,小胞体-細胞膜の膜接着部位に局在し細胞膜から小胞体へのエルゴステロールの輸送を行うと考えられる(図2B図2■StARkinスーパーファミリータンパク質)(8, 9)8) A. T. Gatta, L. H. Wong, Y. Y. Sere, D. M. Calderón-Noreña, S. Cockcroft, A. K. Menon & T. P. Levine: eLife, 4, e07253 (2015).9) A. Murley, R. D. Sarsam, A. Toulmay, J. Yamada, W. A. Prinz & J. Nunnari: J. Cell Biol., 209, 539 (2015)..Naito et al.は,哺乳類においても同様のステロール輸送活性を示すGRAMD1(GRAMD1a–c)を見いだした(10)10) T. Naito, B. Ercan, L. Krshnan, A. Triebl, D. H. Z. Koh, F. Y. Wei, K. Tomizawa, F. T. Torta, M. R. Wenk & Y. Saheki: eLife, 8, e51401 (2019)..GRAMD1は,LAMタンパク質にも進化的に保存されているGRAMドメインを有しており,このドメインがコレステロールを細胞膜から小胞体膜へ輸送する機能に重要であることが明らかになった(10)10) T. Naito, B. Ercan, L. Krshnan, A. Triebl, D. H. Z. Koh, F. Y. Wei, K. Tomizawa, F. T. Torta, M. R. Wenk & Y. Saheki: eLife, 8, e51401 (2019)..
真核生物の細胞膜を構成する脂質のうち,ホスファチジルセリン(phosphatidylserine; PS)やホスファチジルエタノールアミン(phosphatidylethanolamine; PE)は細胞膜内層に蓄積する非対称分布を示し,この維持には4型P-type ATPaseであるフリッパーゼが関わっている.フリッパーゼは真核生物に広く認められ,出芽酵母では5種類,ヒトには14種類が確認されている(11)11) G. van Meer: Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 3, a004671 (2011)..フリッパーゼは,10回膜貫通タンパク質である触媒領域ATPaseと2回膜貫通タンパク質のβ-サブユニット(Cdc50ファミリータンパク質)からなる複合体として細胞膜,ゴルジ体やエンドソームに分布する(図3図3■細胞膜リン脂質非対称性を制御するフリッパーゼとSfk1の機能).それぞれのフリッパーゼは基質特異性と特有の細胞内局在を示すが,細胞膜フリッパーゼは主にPSやPEを外層から内層へATP依存的に輸送する(図3図3■細胞膜リン脂質非対称性を制御するフリッパーゼとSfk1の機能)(12)12) R. Panatala, H. Hennrich & J. C. Holthuis: J. Cell Sci., 128, 2021 (2015)..出芽酵母では,Dnf1–Lem3およびDnf2–Lem3複合体が主に,Dnf3–Crf1複合体が補助的に細胞膜のリン脂質非対称性を制御する(2, 13)2) T. Kishimoto, T. Mioka, E. Itoh, D. E. Williams, R. J. Andersen & K. Tanaka: Mol. Biol. Cell, 32, 1374 (2021).13) M. M. Frøsig, S. R. Costa, J. Liesche, J. T. Østerberg, S. Hanisch, S. Nintemann, H. Sorensen, M. Palmgren, T. G. Pomorski & R. L. López-Marqués: J. Cell Sci., 133, jcs.235994 (2020)..筆者らは,以前に細胞膜6回膜貫通タンパク質Sfk1(哺乳類のTMEM150ファミリータンパク質ホモログ)が細胞膜二重層間におけるリン脂質の両方向への移動(外層から内層,またはその逆)を抑制する可能性を見いだしており(図3図3■細胞膜リン脂質非対称性を制御するフリッパーゼとSfk1の機能)(14)14) T. Mioka, K. Fujimura-Kamada, N. Mizugaki, T. Kishimoto, T. Sano, H. Nunome, D. E. Williams, R. J. Andersen & K. Tanaka: Mol. Biol. Cell, 29, 1203 (2018).,フリッパーゼとの協調的な機能を有すると推測される.
右側は,細胞膜フリッパーゼ遺伝子(CRF1とLEM3)の欠損変異とSFK1遺伝子に導入した高温機能不全変異を組み合わせた出芽酵母の条件致死三重変異株(crf1 lem3 sfk1–2,図中には三重変異株と表記する)の解析を通して明らかにした細胞膜のステロール保持機能についての模式図.条件致死三重変異株は,高温において生育阻害を示し,それに伴って細胞膜のリン脂質非対称性に顕著な異常を示す.Filipin染色はステロールの染色法で,その蛍光シグナルは通常,野生株では細胞膜に観察される一方,三重変異株では細胞膜の分布が消失し,細胞内にシグナルが観察される.模式図についての解説は本文を参照されたい.文献2の一部改変.
このように細胞膜のリン脂質非対称性の因子の特定が進んでいるが,その生理的意義の解明は進んでいない.フリッパーゼをはじめ細胞膜で機能する関連因子は,単独または複数の機能を喪失してもなお他の因子で機能補完することができるロバストネスを持つと予測される.実際,出芽酵母や動物細胞での解析においても現在までに行われている細胞膜フリッパーゼに関わる遺伝子変異実験からは強い表現型が未だに見いだせずにおり,このような特性が解析を難しくしている.筆者らはこの問題に取り組むために,遺伝学で用いられる合成致死性(単独での遺伝子変異は生育するが,複数の遺伝子変異を同時に有するときに致死に至る現象)に着目し,出芽酵母における細胞膜フリッパーゼ関連遺伝子の遺伝学的相互作用解析を行った.その結果,3種の細胞膜フリッパーゼの不活化を引き起こすlem3とcrf1欠損変異に加えて,フリッパーゼとともにリン脂質非対称性制御に協調的に働く細胞膜タンパク質であるsfk1の欠損変異を組み合わせた三重変異株において,劇的な生育阻害が生じることを見いだした(2)2) T. Kishimoto, T. Mioka, E. Itoh, D. E. Williams, R. J. Andersen & K. Tanaka: Mol. Biol. Cell, 32, 1374 (2021)..そこで,筆者らは高温で致死に至るcrf1 lem3 sfk1–2条件致死変異株(以下,三重変異株)を作製し,その表現型解析を通して致死原因を探索した(2)2) T. Kishimoto, T. Mioka, E. Itoh, D. E. Williams, R. J. Andersen & K. Tanaka: Mol. Biol. Cell, 32, 1374 (2021)..三重変異株ではリン脂質量や組成に変化は見られないが,通常は細胞膜外層にほぼ存在しないPSやPEが過剰に露出していることから,リン脂質の非対称性に劇的な異常が生じていると推測された.さらに,通常は透過しない分子が通過してしまうように膜透過性が異常な上昇を示すこと,通常は内膜よりも極端に高い細胞膜の膜密度が顕著に減少すること,さらには多くの細胞膜タンパク質の局在異常を示すことなどが確認された.筆者らは細胞膜としての機能が喪失している状態,すなわち膜インテグリティの異常が生じていると予測している.これらの結果は,細胞膜リン脂質非対称性が細胞膜の機能や細胞の生存に必須である可能性を示唆している.
筆者らは,三重変異株の致死原因としてステロールが大きく関わることも見いだしている.遊離型ステロールに対して特異的に結合し,自家蛍光を発するFilipinによるステロール染色解析では,野生株や二重変異株のステロールはその大部分が細胞膜に分布しており,その一方,三重変異株では細胞膜の分布が失われ細胞内の膜構造へ移行することが確認された(図3図3■細胞膜リン脂質非対称性を制御するフリッパーゼとSfk1の機能右).蛍光官能基を導入したコレステロール(蛍光コレステロール)を細胞から導入した実験では,Filipin染色同様,蛍光コレステロールは野生株で細胞膜に多く観察されるが,三重変異株においては細胞膜にその蛍光像が観察されずに細胞内の脂肪滴タンパク質と一致する膜構造上に観察された.ステロールの生化学的解析から,三重変異株では遊離型エルゴステロール(細胞膜型)の減少とエルゴステロールエステル(脂肪滴型)の増加が示された.したがって,細胞膜のリン脂質非対称性はステロール分子の保持において重要な役割を持ち,非対称性の異常からその保持機能が失われたことにより,エルゴステロールが細胞内に輸送され小胞体においてエステル型に変換されて脂肪滴に蓄積したものと考えられる(図3図3■細胞膜リン脂質非対称性を制御するフリッパーゼとSfk1の機能).
筆者らは,この細胞膜エルゴステロールの喪失原因として「ステロールとリン脂質間の相互作用の欠如」を考えている(図4図4■ステロールとリン脂質の相互作用とその強さの決定要因).リン脂質の頭部基や脂肪酸鎖を介したステロールとの相互作用は,膜脂質の秩序化や脂質のパッキングに欠かせない(15)15) B. Mesmin & F. R. Maxfield: Biochim. Biophys. Acta, 1791, 636 (2009)..ステロール分子は,ステロイド骨格のA環3位の水酸基が周辺に分布する脂質の親水性頭部と,疎水性を示すステロイド骨格は脂肪酸の炭素鎖と,それぞれが相互作用する(図4図4■ステロールとリン脂質の相互作用とその強さの決定要因).またステロール分子は,リン脂質の不飽和脂肪酸鎖よりも飽和脂肪酸鎖に対してより高い親和性を示す(図4図4■ステロールとリン脂質の相互作用とその強さの決定要因)(15)15) B. Mesmin & F. R. Maxfield: Biochim. Biophys. Acta, 1791, 636 (2009)..出芽酵母では,細胞膜リン脂質における飽和脂肪酸鎖の割合が他のオルガネラより高く(15)15) B. Mesmin & F. R. Maxfield: Biochim. Biophys. Acta, 1791, 636 (2009).,細胞膜でのより強固な相互作用が予測される.また,異なった親水性頭部から構成されるグリセロリン脂質の中でもPSはコレステロールへの親和性が高い(16, 17)16) T. K. M. Nyholm, S. Jaikishan, O. Engberg, V. Hautala & J. P. Slotte: Biophys. J., 116, 296 (2019).17) M. Maekawa & G. D. Fairn: J. Cell Sci., 128, 1422 (2015)..加えて,リン脂質の頭部基は膜内部のステロールが細胞質相へ露出することを立体的に遮蔽する効果を示すことが提唱されている(図4図4■ステロールとリン脂質の相互作用とその強さの決定要因).リン脂質の中でも大きな頭部基を有するPSは遮蔽効果が高いことが予測される(15)15) B. Mesmin & F. R. Maxfield: Biochim. Biophys. Acta, 1791, 636 (2009)..このような効果を通じて,細胞膜内層のリン脂質は膜内部へのステロール分子の保持を担保するが,三重変異株では非対称性が崩れてPSが外層に露出するために相対的に内層側のPSが減少すること,または,非対称性が崩れるために従来の相互作用環境を保てなくなることが原因で,PSとの相互作用や頭部基による遮蔽効果などに由来するステロールに対する膜内保持効果が失われると考えられる.そして,ステロール分子は保護されずに細胞質に露出するような状態になり,LTPにより過剰に細胞膜から引き抜かれる可能性が推測される(後述).筆者らは,この可能性を裏付ける次のような結果を得ている.1)三重変異株において出芽酵母ORPをコードする遺伝子の一つKES1(OSH4)の高発現を誘導したときに,ステロール分布異常が部分的に回復し生育阻害や細胞膜の機能異常を抑圧した(2)2) T. Kishimoto, T. Mioka, E. Itoh, D. E. Williams, R. J. Andersen & K. Tanaka: Mol. Biol. Cell, 32, 1374 (2021)..2)この三重変異株のKES1による生育阻害の抑制効果は,エルゴステロール結合能が失われたkes1変異遺伝子の高発現では確認されなかった(2)2) T. Kishimoto, T. Mioka, E. Itoh, D. E. Williams, R. J. Andersen & K. Tanaka: Mol. Biol. Cell, 32, 1374 (2021)..3)三重変異株にkes1欠損変異を組み合わせた場合よりシビアな合成致死性を示した(未発表).4)三重変異株とStARkinファミリータンパク質lam1からlam4遺伝子の四重変異を組み合わせた七重変異株では生育が回復した(未発表).4)の結果は,StARkinファミリータンパク質の変異により細胞膜からステロールの抽出が阻害されることで細胞膜ステロールが部分的に回復したことが原因であると予測している.
LTPによる脂質輸送の方向性については議論の余地があるが,これらの結果はリン脂質非対称性とLTP(OSBP/ORPとStARkin)の厳密に制御された活性のバランスが細胞膜ステロールの維持に重要である可能性を示す.すなわち,リン脂質非対称性の破綻によりLTPによるステロール交換のバランス制御が崩れ,ステロール恒常性に異常が生じたのではないかと推測される.
一般的に遊離型ステロールは疎水性の性質を示し,細胞質や細胞外の水層とは相容れない.ステロール分子は,構造的には前述したようにリン脂質の親水性頭部や脂肪酸の炭素鎖と相互作用することで膜内での安定状態を保つ(図4図4■ステロールとリン脂質の相互作用とその強さの決定要因).このような相互作用により,基本的には脂肪酸鎖に囲まれることで膜のより内部に埋め込まれた分布を示し,膜外の物質との接触が制限されている.ところが最近,周囲の膜脂質環境の変化(ステロール濃度の上昇や周囲の膜脂質種の変化など)によりその制限が有効的に機能しない場合には,ステロール分子が膜表面に露出する可能性が示唆されてきた.Langeらにより,この状態を「ステロール活性化」または「アクセス可能なコレステロールの増加」と呼ばれる分子モデルとして提唱されている(図5A図5■ステロール活性化におけるSfk1の機能)(3)3) Y. Lange & T. L. Steck: Traffic, 21, 662 (2020)..このモデルの直接的な証明は現状ではないと思われるが,1)ヒト赤血球膜のコレステロールが生理的な濃度を上回った際に,コレステロール酸化酵素による酸化反応が顕著に上昇する(18)18) Y. Lange, H. B. Cutler & T. L. Steck: J. Biol. Chem., 255, 9331 (1980).,2)コレステロール濃度がリン脂質膜において化学量論的な結合能(リン脂質のステロール結合に対する必要量)を超えた場合,methyl-β-cyclodextrinによるステロールの抽出速度が大幅に増大する(19)19) A. Radhakrishnan & H. M. McConnell: Biochemistry, 39, 8119 (2000).,3)perfringolysin O(PFO)は,ウエルシュ菌(Clostridium perfringens)のコレステロール依存性サイトライシンファミリーに属する毒素であり,そのステロール結合能はステロール濃度に対して比例関係ではなくS字状,いわゆるシグモイド曲線を示す(20)20) T. Kishimoto, R. Ishitsuka & T. Kobayashi: Biochim. Biophys. Acta, 1861(8 Pt B), 812 (2016)..これらの報告は,ステロールへの反応性がリン脂質などの化学量論的な結合能を超えるような膜内ステロール濃度の増加により急激に上昇することを裏づけている.前述したようにリン脂質が示すステロールとの親和性は構造に依存しているが,ステロールとリン脂質の結合量は高親和性(長鎖,飽和)脂質では1: 1の量比での結合に対し,低親和性脂質ではステロール1に対しリン脂質2という比率で結合するなど親和性の違いとステロールの結合能の相関が報告されている(21)21) Y. Lange, S. M. Tabei, J. Ye & T. L. Steck: Biochemistry, 52, 6950 (2013)..
(A)ステロール活性化のモデル.(B)活性化ステロールプローブGFPenvy-D4Hのリポソーム結合実験と結合量の定量から作成した結合曲線.(C)出芽酵母野生株でのGFPenvy-D4H(緑)とSfk1(赤色)の共発現実験.解説は本文を参照されたい.文献2の一部改変.
活性化されたステロールとLTPとの接触頻度が増えることで,膜脂質交換反応が促進されると考えられる.また,膜内におけるステロールと膜タンパク質との局所的な位置関係は,活性化により変化しタンパク質の構造や機能に影響を与えうる(3)3) Y. Lange & T. L. Steck: Traffic, 21, 662 (2020)..このように,量や分布などの従来から検討されているパラメーターだけではなく,膜内分子状態もステロールの機能に関わる可能性が予測される.
現在までの確立されたステロール検出方法の中で,PFOは高濃度のステロール領域を検出するプローブとして利用されており,活性化ステロールの議論にも用いられてきた(20)20) T. Kishimoto, R. Ishitsuka & T. Kobayashi: Biochim. Biophys. Acta, 1861(8 Pt B), 812 (2016)..PFOは,ステロール結合ドメイン4(domain 4: D4)を通してステロールの3位の水酸基を標的として結合する(22)22) B. B. Johnson & A. P. Heuck: Subcell. Biochem., 80, 63 (2014)..この結合は30 mol%以上のコレステロールを含む人工膜で観察されることから,膜内部のステロールには直接結合できず膜より露出したステロール,すなわち活性化ステロールと考えられる分子群のみを認識すると予測される(22, 23)22) B. B. Johnson & A. P. Heuck: Subcell. Biochem., 80, 63 (2014).23) B. N. Olsen, A. A. Bielska, T. Lee, M. D. Daily, D. F. Covey, P. H. Schlesinger, N. A. Baker & D. S. Ory: Biophys. J., 105, 1838 (2013)..この結合特性を利用して,固定化された細胞のステロール高濃度領域の検出に成功している(24)24) Y. Ohno-Iwashita, Y. Shimada, M. Hayashi, M. Iwamoto, S. Iwashita & M. Inomata: Subcell. Biochem., 51, 597 (2010)..全長PFOは毒性を示すことから(22)22) B. B. Johnson & A. P. Heuck: Subcell. Biochem., 80, 63 (2014).,PFOのD4単独の領域が無毒化誘導体として生細胞での解析に利用されている(20, 25, 26)20) T. Kishimoto, R. Ishitsuka & T. Kobayashi: Biochim. Biophys. Acta, 1861(8 Pt B), 812 (2016).25) M. Abe, A. Makino, F. Hullin-Matsuda, K. Kamijo, Y. Ohno-Iwashita, K. Hanada, H. Mizuno, A. Miyawaki & T. Kobayashi: Mol. Cell. Biol., 32, 1396 (2012).26) T. Kishimoto, N. Tomishige, M. Murate, R. Ishitsuka, H. Schaller, Y. Mely, K. Ueda & T. Kobayashi: FASEB J., 34, 6185 (2020)..Johnson et al.は,Asp434残基をSerに置換するとPFO結合のステロール濃度の閾値が下がることを見いだしている(27)27) B. B. Johnson, P. C. Moe, D. Wang, K. Rossi, B. L. Trigatti & A. P. Heuck: Biochemistry, 51, 3373 (2012)..Maekawa et al.は,この変異を利用した新たなプローブ(D4H)を開発し,動物細胞での解析からPSがステロール分布を制御するという新たな機能を明らかにした(17)17) M. Maekawa & G. D. Fairn: J. Cell Sci., 128, 1422 (2015)..このように,D4/D4Hは内因性コレステロールの分布と動態を研究する有用なツールとして,特に動物細胞で用いられている.一方,D4自体は真菌類のエルゴステロールに対しての結合能力が低く,細胞内ステロールの検出効率に問題があり酵母では多くは確認されていない.筆者らがD4を元に開発したGFPenvy-D4Hは,エルゴステロールを25%以上含む人工膜に結合しシグモイド型の結合曲線を示す(図5B図5■ステロール活性化におけるSfk1の機能).また,出芽酵母でのエルゴステロールの検出がGFPenvy-D4Hを細胞内発現することにより可能となった(図5C図5■ステロール活性化におけるSfk1の機能)(2)2) T. Kishimoto, T. Mioka, E. Itoh, D. E. Williams, R. J. Andersen & K. Tanaka: Mol. Biol. Cell, 32, 1374 (2021)..
筆者らは,GFPenvy-D4Hの解析からSfk1が活性化ステロールの制御に関わる新たな可能性を見いだした(2)2) T. Kishimoto, T. Mioka, E. Itoh, D. E. Williams, R. J. Andersen & K. Tanaka: Mol. Biol. Cell, 32, 1374 (2021)..野生株でGFPenvy-D4Hを発現させたところ,細胞膜全体のステロールを検出するFilipin染色とは異なり,出芽部位に極性分布する特徴的なパターンを示した(図5図5■ステロール活性化におけるSfk1の機能左下).Filipin染色は細胞膜におけるステロール分子の均一な分布を反映しているのに対して(図3図3■細胞膜リン脂質非対称性を制御するフリッパーゼとSfk1の機能),GFPenvy-D4Hが活性化ステロール分子を認識しており,出芽部位と母細胞でのエルゴステロールの膜内状態の違いを示していると推測している(図5図5■ステロール活性化におけるSfk1の機能).成長端である出芽部位の細胞膜は新生された未成熟な膜であり,一方,母細胞の細胞膜では脂質分布が成熟している.この膜環境における成熟度合いの違いはリン脂質非対称性の確立にも反映されており,出芽部位ではリン脂質の保護機能が不十分であるためステロールの細胞質相への露出を頻繁に引き起こすと考えられる.興味深いことに,GFPenvy-D4Hの極性分布とは逆にSfk1は母細胞の細胞膜に局在した(図5図5■ステロール活性化におけるSfk1の機能C).さらに,SFK1遺伝子を高発現した場合Sfk1自体の局在に変化はないが,GFPenvy-D4Hの分布が出芽部位により限定されていた(2)2) T. Kishimoto, T. Mioka, E. Itoh, D. E. Williams, R. J. Andersen & K. Tanaka: Mol. Biol. Cell, 32, 1374 (2021)..そのため,Sfk1が母細胞における細胞膜ステロールの活性化を抑制する可能性が考えられる(図5図5■ステロール活性化におけるSfk1の機能).このメカニズムは現段階では不明であるが,出芽部位に局在するフリッパーゼとは機能部位が異なることから,フリッパーゼを介さないSfk1独自の機能によるものと考えられる.Sfk1は二重層間のリン脂質の移動を抑制する可能性を示すことから(14)14) T. Mioka, K. Fujimura-Kamada, N. Mizugaki, T. Kishimoto, T. Sano, H. Nunome, D. E. Williams, R. J. Andersen & K. Tanaka: Mol. Biol. Cell, 29, 1203 (2018).,このタンパク質はリン脂質の非対称性を維持する,または間接的に,他の脂質間の相互作用を強める機能を有するかもしれない.また,Sfk1自体が,直接的にステロールと結合して機能する可能性があれば興味深い.
真核生物の細胞膜において,ステロール分子が有する機能は様々で多岐に渡っているが,その基盤となる細胞膜ステロールの濃縮機構はLTPを中心に議論されてきた.そのため,筆者らが明らかにしたステロール分子の保持に関わる細胞膜リン脂質非対称性の機能は,細胞膜研究の新たな局面になると期待している.また,細胞膜のリン脂質非対称性やSfk1の新たな機能について,ステロール恒常性における位置付けを議論する必要があると思われる.Sfk1と細胞膜に存在するステロール分子数の量比を考えると,Sfk1の方が圧倒的に少ないと予測されることから,単独での機能とは考えにくい.そのため,同様の機能を持つ因子の同定が必要であろう.従来,細胞膜については受動的な機能,すなわちステロールの受け取りを行う媒体としての機能だけが考えられていた.一方,本稿で提示した疑問は従来とは異なり,細胞膜が積極的にステロールの保持やLTPへの受け渡しに影響を与えるという膜による脂質輸送制御という視点から生じている.それでは,この細胞膜のステロール保持機能に対してLTPは細胞膜からステロール分子を抽出する,または膜へ供給する際にどのように競合的に機能しているのであろうか? この過程において,ステロール分子に対して二つの作用を示すLTPと細胞膜の保護機能が複雑に入り混じり,ステロール分子をめぐる三つ巴の攻防戦を呈しているように思われる.ステロール恒常性を理解するためには,LTPと細胞膜のそれぞれの機能に加え,LTPと細胞膜,LTP同士の相関を俯瞰した議論が必要であろう.このような疑問に加え,本稿で紹介したステロール分子の膜内での振る舞い(活性化)を理解することで,ステロールが持つ新たな意義の発見も期待され,将来的にはステロール恒常性が関わるような現象,たとえば脂質異常症などの理解にも繋がるものと思われる.1769年にFrançois Poulletier de la Salleがコレステロールを発見して以来その歴史は約250年を経過しているが,ステロールに関わる疑問はいまだ多く残されているように感じる.本稿で呈した疑問はその中の一部であるものの,ステロールが有する重要な機能に関わるものであると考えられ,その解決からステロールの本質に迫ることができるのではないかと期待したい.
Acknowledgments
本稿の推敲にあたり,ご助言を賜りました北海道大学遺伝子病制御研究所の田中一馬教授と栗林朋子様,ならびに北里大学理学部の斉藤康二博士に感謝申し上げます.本研究の一部は科学研究費(18K06104, 21K06076)並びに公益財団法人発酵研究所による助成を受けています.
Reference
1) A. K. Menon: Curr. Opin. Cell Biol., 53, 37 (2018).
3) Y. Lange & T. L. Steck: Traffic, 21, 662 (2020).
4) L. H. Wong, A. Copic & T. P. Levine: Trends Biochem. Sci., 42, 516 (2017).
5) A. Pietrangelo & N. D. Ridgway: Cell. Mol. Life Sci., 75, 3079 (2018).
6) B. Antonny, J. Bigay & B. Mesmin: Annu. Rev. Biochem., 87, 809 (2018).
7) J. Luo, L. Y. Jiang, H. Yang & B. L. Song: Trends Biochem. Sci., 44, 273 (2019).
11) G. van Meer: Cold Spring Harb. Perspect. Biol., 3, a004671 (2011).
12) R. Panatala, H. Hennrich & J. C. Holthuis: J. Cell Sci., 128, 2021 (2015).
15) B. Mesmin & F. R. Maxfield: Biochim. Biophys. Acta, 1791, 636 (2009).
17) M. Maekawa & G. D. Fairn: J. Cell Sci., 128, 1422 (2015).
18) Y. Lange, H. B. Cutler & T. L. Steck: J. Biol. Chem., 255, 9331 (1980).
19) A. Radhakrishnan & H. M. McConnell: Biochemistry, 39, 8119 (2000).
20) T. Kishimoto, R. Ishitsuka & T. Kobayashi: Biochim. Biophys. Acta, 1861(8 Pt B), 812 (2016).
21) Y. Lange, S. M. Tabei, J. Ye & T. L. Steck: Biochemistry, 52, 6950 (2013).
22) B. B. Johnson & A. P. Heuck: Subcell. Biochem., 80, 63 (2014).