セミナー室

植物におけるカルシウムの機能欠乏症と耐性機構の分子メカニズム

Yusuke Shikanai

鹿内 勇佑

東京大学大学院農学生命科学研究科

Masaru Kobayashi

小林

京都大学農学研究科

Takehiro Kamiya

神谷 岳洋

東京大学大学院農学生命科学研究科

Published: 2022-12-01

植物におけるカルシウムの機能

カルシウム(Ca)は我々ヒトにとって重要なミネラルであり,体内では筋収縮,血管の収縮と拡張,神経伝達,細胞内シグナル伝達など身体・細胞の「機能調節」と,リン酸カルシウムとして骨や歯を形成する「構造維持」の役割を担っている.植物におけるCaの機能も,機能調節と構造形成維持の2つに分けて考えることができる.植物には筋肉や血管,神経は存在しないが,細胞内シグナル伝達にはCaが重要な役割を果たしており,その機構は基本的に動物細胞と共通している.植物細胞中のCaは細胞壁,液胞や小胞体に多く,これらの区画における濃度は10−3 M程度である.一方細胞質には少なく,Caイオン(Ca2+)濃度として10−7 M程度に制限されている.細胞膜,液胞膜や小胞体膜にはCa2+を通過させるチャネルが存在するが,それらチャネルは通常は閉じられているためCa2+の流れは起こらず,膜を挟んで104倍ものCa2+濃度差が形成されている.そのためひとたび種々の刺激に応じてこれらチャネルが開口すると,細胞質への急激なCa2+流入が起こる.流入したCa2+はカルモジュリンなどCa2+結合タンパク質と結合してその構造・活性を変化させ,細胞の代謝変化を誘導する.細胞質のCa2+は,Ca2+を能動輸送するポンプタンパク質により速やかに排出される.細胞質Ca2+濃度が再び低下するとCa2+結合タンパク質からCa2+が解離し,細胞は定常状態に戻る.植物ホルモンや環境変化,病原菌感染など様々な刺激で細胞質のCa2+濃度変化が起こることから,Caによる細胞機能調節は植物のライフサイクルのあらゆる局面で重要な役割を果たすと考えられる.具体例として,食害などの物理的な刺激を受けた葉では細胞質Ca2+濃度の上昇が起きることが知られる.この細胞質Ca2+濃度の上昇は刺激を受けていない別の葉にも数十秒~数分間で伝搬し,傷害を受けていない葉にも傷害応答関連遺伝子の上昇が見られることが報告されている(1)1) M. Toyota, D. Spencer, S. Sawai-Toyota, W. Jiaqi, T. Zhang, A. J. Koo, G. A. Howe & S. Gilroy: Science, 361, 1112 (2018).

構造形成・維持に関わる機能のひとつは膜の構造安定化である.細胞膜の外側表面は細胞内Caの主要な存在部位のひとつである.Caが欠乏すると細胞内からの電解質漏出,膜構造の崩壊などの障害をきたす.また植物細胞の力学的強度を支える細胞壁構造の構築にもCaが関与する.植物細胞壁は,セルロース(β-1,4-グルカン)の束であるセルロース微繊維とヘミセルロースが水素結合で会合して骨格を形成し,その間隙を親水性ゲルであるペクチンや構造タンパク質が充填することで構築される.ペクチンはガラクツロン酸を主成分とする酸性多糖である.ペクチン自体は水溶性なので,ゲルとして細胞壁のセルロース骨格間に保持されるためには,ペクチン同士が何らかの形で架橋され巨大分子となる必要がある.Ca2+はペクチンのガラクツロン酸残基が有するカルボキシ基と相互作用することでこの役割を果たしている(図1図1■細胞壁におけるCaの機能).同じく2価カチオンであるMg2+ではペクチンはゲル化しないので,Ca2+とペクチンのカルボキシ基の相互作用は単なるカチオンとアニオンのイオン結合ではなく,中心原子のサイズが重要な配位結合の性質をもつと考えられる.したがって,ペクチンを架橋する機能をCa以外で代替することはできない.

図1■細胞壁におけるCaの機能

Caは,ペクチン分子内のガラクツロン酸残基が連続した領域(ポリガラクツロン酸領域)においてカルボキシ基と相互作用し,多糖鎖間に架橋を形成する.

Caによる架橋を通じて形成されるペクチンゲルが細胞壁の強度や物性にどのような影響を及ぼすか,未だ完全には理解されていない.しかし,ダイズ胚軸にCa2+キレーターを作用させCa2+を除去すると組織が引張に応じて伸展しやすくなり,またその標品にCa2+を再添加すると再び伸展しにくくなる(2)2) N. Ezaki, N. Kido, K. Takahashi & K. Katou: Plant Cell Physiol., 46, 1831 (2005)..このことからCaによるペクチンのゲル化は組織の強度維持に実質的に寄与していると考えられる.ペクチンゲルについては,このような力学的強度維持機能の他にも,細胞間の結合を保つ接着機能,セルロース骨格の間隙を埋め細胞壁内の物質移動を制限するバリアとしての機能,親水性ゲルとして水分を保持する機能,あるいは分子内のカルボキシ基によるpH緩衝作用など多面的な機能が推定されている(3)3) W. G. Willats, L. McCartney, W. Mackie & J. P. Knox: Plant Mol. Biol., 47, 9 (2001)..したがって,そのゲル形成に必要なCaも,極めて多様な生理機能に関与する元素と考えることができる.

水耕栽培したシロイヌナズナをCaを含まない培地に移すと,1時間以内に根の伸長領域で活性酸素の蓄積と細胞死が発生する(4)4) Y. Oiwa, K. Kitayama, M. Kobayashi & T. Matoh: Soil Sci. Plant Nutr., 59, 621 (2013)..ホウ素(B)はCaと同じく(ただし,分子内の別の部位で)ペクチンを架橋する元素であるが,その除去でも同じく1時間以内に活性酸素の蓄積と細胞死が生じる.一方,カリウムやマグネシウムなど他の必須元素を培地から除去しても,このように急速な障害発生は観察されない.これと類似の知見がトマトの根伸長についても報告されている.トマトの水耕培地からCaあるいはBを除去すると根の伸長は直ちに停止するが,他の必須元素を除去した場合はそのような即時応答は見られず,少なくとも72時間後までは根の伸長が継続する(5)5) H. Kouchi & K. Kumazawa: Soil Sci. Plant Nutr., 21, 21 (1975)..つまりCaおよびBは,培地中に常に存在することが必要で,消失すれば直ちに障害が発生する元素ということになる.また,このように直ちに障害が観察されることは,両元素に共通の機能,すなわちペクチンの架橋・ゲル化の生理的重要性を示唆するものである.さらに,後述するCa欠乏症と同様に,植物のB欠乏症はCa欠乏症と似た症状(若い組織の壊死)を呈する.このこともペクチンの安定化が組織や器官の良好な生育に重要であることを示唆する.

CaあるいはB欠除処理で発現が誘導される遺伝子には,病原菌の感染時に誘導される感染特異的(pathogenesis-related protein; PR)タンパク質遺伝子が多数含まれる.病原菌は,植物細胞内に侵入するために障壁となる細胞壁を分解する.前述の通り,Ca及びBの主な機能の一つが細胞壁のペクチンの安定化である.CaやBが欠乏するとペクチンの構造が不安定になることが,病害応答と似た変化を引き起こす原因になっている可能性がある.実際に,ペクチンの断片であるオリゴガラクツロン酸は,傷害関連分子パターンとしても知られ,病害応答を引き起こす(6)6) R. Moscatiello, P. Mariani, D. Sanders & F. J. M. Maathuis: J. Exp. Bot., 57, 2847 (2006)..CaやB欠乏によって不安定化したペクチンが断片化され,これがCaやB欠乏下での病害応答様の一連の反応を引き起こしている可能性がある.

植物におけるカルシウムの輸送

Caは主に,葉からの水の蒸散に伴う水の流れ,蒸散流によって,主に細胞外の空間を経由して地上部に運ばれると考えられている(図2図2■カルシウムの輸送).植物の根における水の通り道(導管)は根の中心(中心柱と呼ばれる)に存在する.したがって,Caが地上部に到達するためには,中心柱にCaが運ばれる必要がある.

図2■カルシウムの輸送

矢印は水の流れを示す,カルシウムは蒸散流と共に地上部に運ばれる.したがって,蒸散の盛んな大きな葉に運ばれやすく若く小さな葉には運ばれにくい.

中心柱の周りの内皮細胞と呼ばれる細胞系列の周囲にはカスパリー線及びスベリンと呼ばれるバリアが存在する.Caはこれらのバリアを通過することができない.したがって,Caが中心柱に到達し地上部に移行するためには,これらのバリアが形成されない根の先端部から水とともに中心柱に移行するか,または内皮細胞において一旦細胞内に取り込まれた後に中心柱側に排出されるか,いずれかの経路をとる必要がある.

植物の根の細胞層は,同心円の円筒状のレンガのように重なっているものと考えると三次元的なイメージがしやすい.このとき,最も内側には導管を含む中心柱が存在し,その周りに内鞘細胞列が存在する.内鞘細胞の外側に,内皮細胞列が積み重なっている.この積み重なった内皮細胞のレンガの間を埋めるモルタルに相当する位置にあるリグニンがカスパリー線であり(「カスパリー」は,発見者カスパリーに由来する),内皮細胞を覆うビニルシートのように存在しているのがスベリンである.

リグニンは芳香族化合物が重合した木化成分であり,水を透過しないとされている.カスパリー線は一つひとつの内皮細胞に密着し,細胞外における水を介した物質拡散を遮断している.したがって,細胞外空間を移動するCaはカスパリー線を通過することができない.カスパリー線形成に関与する遺伝子は複数同定されており,それら遺伝子の変異株の多くは植物体内のCa濃度に異常を有する.そのうちの一つにロイシンリッチリピート受容体型キナーゼであるSCHENGEN3がある.シロイヌナズナのsgn3変異株においては地上部Ca濃度の低下が報告されている.これは,カスパリー線が壊れていることにより,中心柱内のCa濃度を周囲の環境より高く保てなくなっているためと考えられる(7)7) A. Pfister, M. Barberon, J. Alassimone, L. Kalmbach, Y. Lee, J. E. M. Vermeer, M. Yamazaki, G. Li, C. Maurel, J. Takano et al.: eLife, 3, e03115 (2014)..ただし,アブラナ科のYellow sarsonのsgn3変異株ではカスパリー線の形成が途切れ途切れになっており,地上部Ca濃度が1.3倍程度上昇している(8)8) T. D. Alcock, C. L. Thomas, S. Lochlainn, P. Pongrac, M. Wilson, C. Moore, G. Reyt, K. Vogel-Mikuš, M. Kelemen, R. Hayden et al.: Plant Physiol., 186, 1616 (2021)..これは,本来カスパリー線が発達してCaが通過できない根の領域からもCaが中心柱に到達できるからであると考察されている.カスパリー線の不全具合によって地上部Ca濃度が上昇したり低下したりすることは興味深い.

スベリンは内皮細胞を覆うように形成される脂肪性の物質である.カスパリー線とともに,中心柱への物質の移行を制限する.カスパリー線の形成に異常を来している変異株の一つのlcs2変異株やesb1変異株では,スベリンの過剰な蓄積も示す(9)9) B. Li, T. Kamiya, L. Kalmbach, M. Yamagami, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, S. Sawa, J. M. C. Danku, D. E. Salt, N. Geldner et al.: Curr. Biol., 27, 758 (2017)..これらの変異株では,地上部のCa濃度が低下している.これらの変異株にスベリン分解酵素遺伝子を過剰発現させると地上部のCa濃度は上昇する.このことから,スベリンの蓄積はCaの地上部への移行を阻害する構造体であることがわかる.

作物におけるカルシウム欠乏症

植物のCa欠乏症は,器官(葉,果実)の先端部の壊死として発生する.壊死は黒く見えるため,非常に目立つ.代表的な例として,トマトやピーマンなどの果実の先端が壊死する尻腐れ症,ハクサイやキャベツの葉の先端や,若い葉が壊死するチップバーン・芯腐れ症などが知られている(図3図3■作物のカルシウム欠乏症).下記にはそれぞれの作物の欠乏症の特徴について述べ,発症の分子機構については後で述べる.

図3■作物のカルシウム欠乏症

カルシウム欠乏症は組織の先端部に壊死として発生しやすく,商品価値の損失に繋がる.トマト:果実の先端が黒く壊死している.ハクサイ:葉の先端(中写真),内側の葉(右写真)が壊死している.

1. 果菜(尻腐れ症)

作物のCa欠乏症の代表例の一つがトマトやピーマンなどの果菜における尻腐れ症である.尻腐れ症は,名前のとおり,果実の先端部が壊死する生理障害である.Caは蒸散流によって地上部の各器官に輸送される.蒸散量が大きい器官は大きい葉であるため,生長中の果実へのCaの供給は相対的に制限されることになる.その一方で,果実は急速に肥大する.果実の肥大に伴って細胞壁も増加するが,細胞壁の安定化にはCaが必須である.したがって,果実においてはCaの需要と供給のバランスが崩れやすい状況にあり,尻腐れ症としてCa欠乏が顕在化すると考えられている.当然ながら,トマトやピーマンの可食部は果実であるため,尻腐れ症の発生は経済的損失に繋がる.

トマトの尻腐れ症は果実の大きい品種ほど発生しやすいことが知られる.これは,果実の生長スピードにCaの供給が追いつかないためであると考えられている.トマトの尻腐れ症の発生機構の研究として,トマトとトマト近縁種のSolanum pennelliiとの染色体断片置換系統の解析が行われている(10)10) H. Ikeda, T. Shibuya, M. Nishiyama, Y. Nakata & Y. Kanayama: Hortic. J., 86, 327 (2017)..染色体断片置換系統とは,それぞれの染色体の一部を別の種や系統の染色体で置換した系統であり,これにより,別の種や系統由来の染色体の効果を遺伝学的に解析できるようにしたものである.トマト(Solanum lycopersicum)の品種の一つであるM82の第8染色体の一部をトマト近縁種のS. pennelliiの染色体で置換した系統はM82に比べて低い尻腐れ症の発症率を示し,果実中のCa濃度が高く,果実の成長速度は低かった(10)10) H. Ikeda, T. Shibuya, M. Nishiyama, Y. Nakata & Y. Kanayama: Hortic. J., 86, 327 (2017)..また,同様に第5染色体の置換系統では,果実中のCa濃度は低く,果実の成長速度は早かったが,高い尻腐れ発症率を示した(この系統では糖度が高い:関連の話題としてコラム参照)(11)11) C. Matsumoto, H. Yada, C. Hayakawa, K. Hoshino, H. Hirai, K. Kato & H. Ikeda: Hortic. J., 90, 215 (2021)..これらの結果は,果実の肥大スピードが尻腐れ症発生に影響するという考察に矛盾しない.

2. 葉物野菜(チップバーン・芯腐れ症)

葉物野菜でのCa欠乏症はチップバーン(縁腐れ)や芯腐れ症がよく知られている.チップバーンは葉の外縁部が壊死するCa欠乏症で,葉物野菜全般に見られる.芯腐れ症は,ハクサイやキャベツなどの結球型の作物に見られ,結球内部の若い葉が壊死するものである.ハクサイやキャベツにおいてはチップバーンと芯腐れの両方が同時に起こることもある.ただし,チップバーンがその発生を外から見て確認できるのに対し,芯腐れ症は外見からではその発生を確認することができず,実際に切ってみないと確認できないため,より厄介な生理障害と言える.

3. イモ(空洞症)

イモにもCa欠乏症は発生する.ジャガイモのCa欠乏症として,塊茎における内部褐変や空洞症が知られている.イモの内部褐変もハクサイなどの芯腐れ症と同様に外部からその発生を確認できないが,透過光を利用した選別器が使用されている.ジャガイモの主根系から吸収されるCaは塊茎ではなく地上組織に優先して分配される.したがって,ジャガイモのCa欠乏症の防止には,主根系へのCa施肥ではなくストロン及び塊茎付近へのCa施肥が有効であることが知られている(12)12) J. P. Palta: Potato Res., 53, 267 (2010).

上記のように,Ca欠乏症はいずれも,生長の旺盛な組織へのCaの分配が少ないことによって引き起こされると考えられている.Ca欠乏症は壊死として発生し,商品価値を著しく低下させるため,Ca欠乏症に強い品種選択と栽培管理が必要である.

植物のカルシウム欠乏症及び耐性の分子機構

1. Ca欠乏症の分子機構

分子生物学的な研究によって,Ca欠乏症の発生に関与する遺伝子が同定され,組織内及び細胞内でのCaの分配が重要であることが明らかにされてきた(図4図4■カルシウム欠乏症及び耐性の分子機構).特に,細胞外空間における遊離Ca濃度,及び,小胞体におけるCaが重要であることが明らかにされている.

図4■カルシウム欠乏症及び耐性の分子機構

細胞外空間における遊離Ca濃度に影響する遺伝子としては,液胞局在のCa2+/H対向輸送体であるCAX1及び細胞壁多糖ペクチンの脱メチルエステル化酵素遺伝子(PME)が報告されている.

Ca2+/H対向輸送体(CAX1)は,酵母のCa輸送体変異株の高Ca条件下での生育を相補する植物の遺伝子として同定された(13)13) K. D. Hirschi, R. G. Zhen, K. W. Cunningham, P. A. Rea & G. R. Fink: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93, 8782 (1996)..CAX1は液胞に局在し,細胞質から液胞内へのCa2+の輸送を担っている.CAX1を過剰発現させるとCa欠乏症を呈することは,複数の植物種において,複数のグループから報告されている.シロイヌナズナ由来のCAX1を過剰発現させたトマトは尻腐れ症を呈しやすくなることが報告されている(14, 15)14) S. Park, N. H. Cheng, J. K. Pittman, K. S. Yoo, J. Park, R. H. Smith & K. D. Hirschi: Plant Physiol., 139, 1194 (2005).15) S. T. de Freitas, M. Padda, Q. Wu, S. Park & E. J. Mitcham: Plant Physiol., 156, 844 (2011).CAX1の過剰発現はタバコ,ピーマン,ジャガイモ等でも,チップバーン,尻腐れ,空洞症などのCa欠乏症を発生させる.シロイヌナズナcax1破壊株においてCa欠乏耐性であること,及びcax1cax3二重変異株の遊離Ca濃度割合が上昇することは,CAX1過剰発現株がCa欠乏症を発生しやすくなる結果と矛盾しない.

メカニズムに関する研究として,CAX1過剰発現トマトに関するde Freitasらの研究がある(15)15) S. T. de Freitas, M. Padda, Q. Wu, S. Park & E. J. Mitcham: Plant Physiol., 156, 844 (2011).CAX1過剰発現トマトの果肉の部分の総Ca含量は野生型株と比較して2倍程度の増加を示したが,細胞外の水溶性Ca濃度は30%程度の低下を示した.さらに細胞膜からの電解質漏出はCAX1過剰発現株で高かった.これら結果から,CAX1の過剰発現によってCaの液胞への取り込みが過剰となり,細胞外空間の遊離Ca濃度が低下したことで細胞膜安定化に寄与するCaが不足し,細胞死及びそれに引き続く尻腐れ症を招いた可能性を示唆している.さらに,同研究グループは,別の論文でRNAiによってトマトのPMEの発現を抑制した形質転換体の尻腐れ症の発生頻度を調査した(16)16) S. T. de Freitas, A. K. Handa, Q. Wu, S. Park & E. J. Mitcham: Plant J., 71, 824 (2012).PME抑制トマトでは尻腐れ症の発生率が有意に低下し,ペクチンのメチルエステル化率が高値に保たれ,細胞外空間の水溶性のCa濃度は高く,細胞膜からの電解質漏出は低かった.このことは,細胞壁中のペクチンのカルボキシ基をメチルエステル化されたままにすれば,ペクチンと相互作用するCaが減り,細胞外空間の遊離Ca濃度を保持することに繋がり,結果的に細胞膜の安定化と細胞死の抑制に繋がることを示唆している.

以上の研究結果から,細胞外空間の遊離Ca濃度の低下が尻腐れ症の原因の一つと考えられている.ただし一方で,細胞外空間にCaがたくさんありすぎると老化や生育抑制が起こることも知られており,単に細胞外空間へのCa濃度を高める遺伝的変異を導入すればCa欠乏症耐性の付与と良好な生育を両立できるというわけでもない.

細胞外空間のCa濃度の他,小胞体内のCa濃度を高く保つこともCa欠乏症の抑制に重要であると考えられている.例えば,小胞体局在のCa2+-ATPaseであるECA1のシロイヌナズナの破壊株では,Ca欠乏条件下での地上部の生育が抑制されることが報告されている(17)17) Z. Wu, F. Liang, B. Hong, J. C. Young, M. R. Sussman, J. F. Harper & H. Sze: Plant Physiol., 130, 128 (2002)..また,先に述べたCAX1を過剰発現させたタバコ及びトマトに,小胞体のCa結合タンパクであるCalreticulinCRT1を過剰発現させるとこれらのCa欠乏症様の症状を緩和したとする報告がある(18)18) Q. Wu, T. Shigaki, J. S. Han, C. K. Kim, K. D. Hirschi & S. Park: Plant Mol. Biol., 80, 609 (2012).

さらに,ハクサイの固定系統を用いたゲノムワイド関連解析及びdouble haploid系統,F2系統を用いた遺伝学的解析の3つに共通する候補領域内にCRT2が存在した(19)19) T. Su, P. Li, H. Wang, W. Wang, X. Zhao, Y. Yu, D. Zhang, S. Yu & F. Zhang: Plant Cell Environ., 42, 3044 (2019)..このハクサイのCRT2をシロイヌナズナcrt2破壊株に過剰発現すると,Ca含量を増加させ,EGTA添加培地(キレートによってCa利用を制限した条件)での生育及び細胞死の抑制を示した(19)19) T. Su, P. Li, H. Wang, W. Wang, X. Zhao, Y. Yu, D. Zhang, S. Yu & F. Zhang: Plant Cell Environ., 42, 3044 (2019).

以上の結果は,小胞体のCa濃度やCaイオンを保持するキャパシティが,何らかの形でCa欠乏条件での生育の維持や細胞死抑制に重要であることを示唆している.Ca欠乏症の発生に関与する遺伝学的研究をまとめたシステマティック・レビューとしてKuronuma and Watanabe(2021)(20)20) T. Kuronuma & H. Watanabe: Agriculture, 11, 906 (2021).がある.具体的な原著論文を参考されたい場合は当該レビューも参照してほしい.

2. 病害応答関連

先述の通り,植物のCa欠乏症は防御応答と同様の応答を示すことが明らかになりつつある.病原菌の感染や傷害を受けた植物の葉は細胞壁を変化させることが知られている.代表的な例がカロースの合成である.カロースは,グルコースがβ-1,3結合で連結したβ-1,3-グルカンを主鎖とする多糖である.カロースは,病原菌の菌糸の侵入部位付近に蓄積し,植物細胞への菌糸の侵入を物理的に阻止する役割や,病原菌の増殖を制限する役割を有していると考えられている(21, 22)21) M. G. Kim, L. da Cunha, A. J. McFall, Y. Belkhadir, S. DebRoy, J. L. Dangl & D. Mackey: Cell, 121, 749 (2005).22) D. Ellinger, M. Naumann, C. Falter, C. Zwikowics, T. Jamrow, C. Manisseri, S. C. Somerville & C. A. Voigt: Plant Physiol., 161, 1433 (2013)..また,原形質連絡へのカロースの蓄積はシンプラスティックな物質輸送の量を低下させる役割を有していることが知られている(23)23) J. M. Guseman, J. S. Lee, N. L. Bogenschutz, K. M. Peterson, R. E. Virata, B. Xie, M. M. Kanaoka, Z. Hong & K. U. Torii: Development, 137, 1731 (2010).

カロースの蓄積はCa欠乏時にも誘導される.筆者(鹿内,神谷)らの研究では,カロース合成酵素遺伝子GSL10の変異株はCa欠乏条件での生育が抑制され,野生型株に比較してCa欠乏時のカロースの蓄積が低く,また,野生型株に比較して葉の広い範囲に細胞死を呈した(24)24) Y. Shikanai, R. Yoshida, T. Hirano, Y. Enomoto, B. Li, M. Asada, M. Yamagami, K. Yamaguchi, S. Shigenobu, R. Tabata et al.: Plant Physiol., 182, 2199 (2020)..このことは,Ca欠乏条件においてカロースが蓄積することによって,細胞死の拡大を制限する機構が存在することを示唆する.具体的には,細胞死を伝搬する物質の拡散をカロースが制限している機構などが考えられる.

3. まとめ

植物のCa欠乏耐性機構を,植物が進化的に獲得してきた形質として捉えてよいかは不明である.すなわち,Caは土壌中に比較的多く含まれ,植物のCa欠乏“耐性機構”が,水・窒素などの他の主要な栄養素の獲得戦略・病気に対する抵抗性などと同様な次元,つまり,植物の進化の中でCa欠乏が選択圧になってきたかは不明である.

しかし,少なくとも作物栽培においてはCa欠乏症が発生し,同じ作物であっても品種によってはCa欠乏症の発生しやすさに差異がある.このことは,言うまでもなく,作物のCa欠乏症への成りやすさを決定する遺伝的な要因が存在することを意味する.上述の通り,Caの吸収・輸送は水の流れに,また,Ca欠乏による壊死の発達には防御応答が関与している可能性がある.Ca欠乏応答と,水輸送や防御応答等の既知の生物学的過程との関連を明らかにすることにより,乾燥にも強くCa欠乏症にもなりづらい品種の育成や,Ca欠乏症にも病気にもなりにくい作物育種が可能となるかもしれない.

Reference

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