農芸化学@High School

土壌中のケラチン分解細菌の発見羽毛を利用した新肥料開発に向けて

一場 祥仁

広島県立西条農業高等学校

平井 智也

広島県立西条農業高等学校

中西 将也

広島県立西条農業高等学校

井上 大聖

広島県立西条農業高等学校

Published: 2022-12-01

本校の畜産科から排出されているニワトリの羽毛を窒素肥料として有効活用するために,校内の土壌中からケラチン分解細菌を見つけることを目的として研究を行った.その結果,土壌中からプロテアーゼ生産細菌を単離し,その中から目的のケラチン分解細菌を割り出し,属までを同定した.このことから,土壌中にケラチン分解細菌が存在すると結論づけた.本結果を踏まえ,窒素肥料の完成を目指しており,それが実現できれば,将来的に校内での循環型農業の一つのモデルができると考えている.

本研究の目的・方法・結果および考察

【目的】

2020年の食鳥流通統計調査によると,肉用若鳥は7億2519万羽,重量で表すと216万3628 t処理されており(1)1) 農林水産省:令和2年食鳥流通統計調査結果,2021.,トリ羽毛が日本だけで年間1万t,世界的には10万t以上排出されている(2)2) 渡部邦彦:化学と生物,48, 821 (2010)..広島県内の養鶏場に聞き取り調査をしたところ,大型の養鶏場では羽毛の引き取りを回収業者に委託し,回収や処理を行っているが,小規模の養鶏場では現地で焼却処分や埋め立て処分を行っている.

本校でもニワトリを飼育しており,食肉加工時に羽毛が生じる.その羽毛は堆肥舎で牛の糞などと一緒に堆肥に混ぜられているが,有効に活用されているとは言えない.

羽毛は90%以上がケラチン様タンパク質で構成されている(3)3) 今田千秋,武本裕樹,小林武志,寺原 猛,山田勝久:海洋深層水研究,13, 25 (2012)..ケラチン繊維は他のタンパク質繊維,例えば絹と比較して,それを構成しているアミノ酸の種類が豊富であると言われている(4)4) 古賀城一:皮革科学,47, 205 (2002)..また,特定のアミノ酸が作物に良い効果を与えることが知られている.このような,羽毛の高タンパク質でアミノ酸の種類の豊富さを,窒素肥料として活用したいと考えた.

しかし,ケラチンは分子内および分子間ジスルフィド結合(S-S)によって不溶性かつ頑丈な組織構造の形成を可能にしており(4)4) 古賀城一:皮革科学,47, 205 (2002).,難分解性繊維であることから分解速度はかなり遅いことがわかっている(5)5) 上甲恭平:繊維と工業,62, 334 (2006).

私たちは,ケラチンを分解する細菌を単離し,細菌量を高濃度にしたり,細菌の組み合わせを工夫したりすることにより,羽毛を自然分解に任せるよりも,効率的に分解させることで窒素肥料を作成できると考えた.

これまで,陸上微生物や好熱菌(2)2) 渡部邦彦:化学と生物,48, 821 (2010).,海洋由来の細菌(3)3) 今田千秋,武本裕樹,小林武志,寺原 猛,山田勝久:海洋深層水研究,13, 25 (2012).等,様々なケラチナーゼ生産微生物が報告されている.その中で,陸上微生物では,羽毛や羊毛などの難分解性ケラチンを完全に分解することは困難である(3)3) 今田千秋,武本裕樹,小林武志,寺原 猛,山田勝久:海洋深層水研究,13, 25 (2012)..私たちは,本校の土壌中に存在する羽毛を分解する細菌の利用,および単離した細菌を組み合わせることで羽毛を完全に分解する,またはそれと同程度分解する可能性があると考えた.

そこで,羽毛から窒素肥料を作成する初期段階として,校内の土壌中からケラチンを分解する細菌を単離および同定することを本研究の目的とした.

【方法】

1. 実験I

予備実験としてウマの毛1 gをだしパック(120 mm×110 mm)に詰め,校内の4地点に埋めた.研究開始時期にニワトリの羽毛を入手することができなかったため,代わりとして年中入手可能である本校の馬術部から供されるウマの毛を用いた(図1-①図1■プロテアーゼ生産細菌からケラチン分解細菌を見つける実験方法).

図1■プロテアーゼ生産細菌からケラチン分解細菌を見つける実験方法

次に,土に埋めたウマの毛を2週間後に回収し,滅菌水にウマの毛を漬けて懸濁液を作成した.懸濁液は104倍に希釈した(図1-②図1■プロテアーゼ生産細菌からケラチン分解細菌を見つける実験方法).

希釈した懸濁液をプロテアーゼ生産細菌発見のためにスキムミルク培地に塗布して培養した(図1-③図1■プロテアーゼ生産細菌からケラチン分解細菌を見つける実験方法).

培養後,目視で区別できるコロニーをコロニーA~Gとし,それぞれを単離した(図1-④図1■プロテアーゼ生産細菌からケラチン分解細菌を見つける実験方法).プロテアーゼ生産細菌のなかからケラチン分解細菌を見つけるために,単離した細菌をウマの毛のみが炭素源となるよう調製した液体培地で培養した(図1-⑤図1■プロテアーゼ生産細菌からケラチン分解細菌を見つける実験方法).細菌が増殖すると液体培地は濁る.このとき,細菌が炭素源として使用できるのはウマの毛しかない条件で細菌の増殖が確認できた場合は,ウマの毛を分解して炭素源を取り出していると考えた.濁りが観察できた培養液を平板培地に塗布して継代培養を行った.

羽毛が確保できてからは羽毛を用いて実験Iと同じ内容の実験を行った.

2. 実験II

ウマの毛を分解した細菌が羽毛にも有効かを調べるための実験を行った.ウマの毛のみが炭素源となるように調製した液体培地のうち,濁りが認められた培地から単離した細菌を使用し,羽毛と細菌の条件(a 羽毛あり,菌あり.b 羽毛なし,菌あり.c 羽毛あり,菌なし.d 羽毛なし,菌なし)を変えた液体培地で培養し,濁りを観察した(図1-⑥図1■プロテアーゼ生産細菌からケラチン分解細菌を見つける実験方法).実験IIに使用した液体培地は炭素源が羽毛のみになるように調製した.

3. 実験III

コロニーC(後述)と,その後発見した炭素源が羽毛のみの液体培地を濁らせる細菌3種の計4種からDNAを抽出し,16SrDNA配列の前半部分をPCRによって増幅し,配列情報による細菌の属までの簡易同定を行った.

4. 実験IV

土壌への植菌の有無でどれほど羽毛が分解されるか検証実験を行った.炭素源が羽毛のみの液体培地を濁らせた4種の細菌を用いて,土壌の滅菌の有無と土壌への植菌の有無の条件で行った.

【結果】

1. 実験I

炭素源をウマの毛に限定した液体培地で培養したコロニーA~Gのうち,畑で採集されたコロニーCが濁りを発生させた.

また,1カ月経過したコロニーCの液体培地を観察したところ,ウマの毛は試験管内で崩壊していた(図2-ii図2■細菌によるウマの毛の分解(i: 分解前 ii: 分解後)と羽毛の分解実験結果(iiia 羽毛あり菌あり,b 羽毛なし菌あり,c 羽毛あり菌なし,d 羽毛なし菌なし)).

図2■細菌によるウマの毛の分解(i: 分解前 ii: 分解後)と羽毛の分解実験結果(iiia 羽毛あり菌あり,b 羽毛なし菌あり,c 羽毛あり菌なし,d 羽毛なし菌なし)

羽毛を用いて実験Iを行い,コロニーC以外に3種が炭素源を羽毛のみにした液体培地を濁らせた.

2. 実験II

コロニーCの液体培地のウマの毛を羽毛に変えて実験を行った結果,“羽毛あり細菌あり”の条件で培養を行った液体培地に濁りが見られた(図2-iiia図2■細菌によるウマの毛の分解(i: 分解前 ii: 分解後)と羽毛の分解実験結果(iiia 羽毛あり菌あり,b 羽毛なし菌あり,c 羽毛あり菌なし,d 羽毛なし菌なし)).

3. 実験III

コロニーCと,その後発見した炭素源が羽毛のみの液体培地を濁らせる細菌3種の計4種の細菌は,Enterobacter sp.が3種,およびChryseobacterium sp. 1種であることが明らかになった.

4. 実験IV

「滅菌した土壌+植菌なし」では羽毛の分解は確認できなかった.「滅菌した土壌+植菌あり」では羽毛の分解が確認できた.「滅菌しなかった土壌+植菌なし」では「滅菌した土壌+滅菌あり」と同じくらい羽毛を分解していた(図3図3■滅菌しなかった土壌への植菌による羽毛の分解結果中央).「滅菌しなかった土壌+植菌あり」が今回行った条件の中で一番羽毛を分解していた(図3図3■滅菌しなかった土壌への植菌による羽毛の分解結果右).

図3■滅菌しなかった土壌への植菌による羽毛の分解結果

中央図と右図は2週間後の結果を示した(左:実験前,中央:植菌なし,右:植菌あり).

【考察】

実験Iの結果において,ウマの毛を入れた液体培地が濁っていたことや,1カ月後のウマの毛が崩壊していたことから,今回発見した細菌はケラチンを分解したと考えられる.また,実験IIにおけるa(羽毛あり菌あり)の液体培地が濁ったことから,ウマの毛を分解した細菌は羽毛も分解していると考えられる.

実験IIIにおいてケラチンを分解した細菌の属までが明らかになった.なお,Chryseobacterium sp.はバイオセーフティレベル1であるため害はないが,Enterobacter sp.は種によってバイオセーフティレベル2なので取り扱いに注意が必要である.

実験IVの検証実験では,植菌ありの方が羽毛を分解しており,ケラチン分解細菌の分解能力が実証できた.土壌の滅菌なし植菌ありが一番羽毛を分解したことから,今回発見したケラチン分解細菌と,未同定の別の細菌の相互作用でより分解されたのではないかと考える.また,これらの細菌のケラチン分解能力に差があることから,ケラチナーゼだけではなく,羽毛を構成しているその他のタンパク質分解酵素も関係していると考える.

以上の結果から,校内の土壌中からケラチンを分解する細菌を取得する目的は達成されたと考えている.

本研究の意義と展望や課題

【意義】

本研究では,土壌中から羽毛を分解できる細菌を取得することができた.このことから,本校で廃棄される羽毛から窒素肥料を作成できる可能性が高まった.また,この細菌は羽毛だけでなくウマの毛も分解することから,ウマやニワトリ以外の生物のケラチンも分解できる可能性が考えられる.そうすれば,当初考えていた羽毛だけではなく,畜産で飼育している馬や牛の毛や爪も窒素肥料の材料として使用できる可能性がある.また,理髪店から大量に出るヒトの髪の毛もケラチンでできており,これらも細菌の利用により窒素肥料に変換するなどの応用も考えられる.そして,これらの動物由来の肥料は有機肥料であり,化学肥料のように地下水中に硝酸イオンが溶け出すことも少ない.このように,廃棄されたり,活用されていなかったりする物を活用して資源化する試みは,今後の循環型農業実現にむけて重要であると考える.

【展望や課題】

土壌への植菌の有無でどれほど羽毛が分解されるかの検証結果から,滅菌した土壌に植菌することで羽毛の分解が早くなる細菌を見いだした.しかし,分解能力の判断が目視であるため,「滅菌した土壌+植菌あり」と「滅菌しなかった土壌+植菌なし」の分解の程度を明確に示すことができなかった.今後は細菌の組み合わせによるケラチン分解能力を調べるとともに,分解の程度を数値化していく予定である.

最終的には,畜産科で生じた羽毛を用いて窒素肥料を作成し,その窒素肥料を使って園芸科が作物を育て,間引いたものや売れない作物をニワトリに与えるという循環型農業を本校で確立したいと考えている.

Acknowledgments

本研究の遂行にあたり,国立研究開発法人産業技術総合研究所バイオ変換グループの皆さまにはご指導とご助言,細菌の同定にご協力いただき,厚く御礼申し上げます.さらに,ウマの毛を提供してくださった本校馬術部員の方々や羽毛を提供してくださった畜産科の方々に深く感謝を申し上げます.なお,本研究は(公)武田科学振興財団の「(2022年度)高等学校理科教育振興助成」に採択され研究費の支援を受けております.この場をお借りしてお礼申し上げます.

Reference

1) 農林水産省:令和2年食鳥流通統計調査結果,2021.

2) 渡部邦彦:化学と生物,48, 821 (2010).

3) 今田千秋,武本裕樹,小林武志,寺原 猛,山田勝久:海洋深層水研究,13, 25 (2012).

4) 古賀城一:皮革科学,47, 205 (2002).

5) 上甲恭平:繊維と工業,62, 334 (2006).