今日の話題

ジャパン・ブルーとインジゴ還元酵素藍染めの藍建て発酵に関与するインジゴ還元酵素

Kazunari Yoneda

米田 一成

東海大学農学部食生命科学科

Haruhiko Sakuraba

櫻庭 春彦

香川大学農学部応用生物科学科

Toshihisa Ohshima

大島 敏久

大阪工業大学工学部生命工学科

Published: 2023-01-01

「青は藍より出でて藍より青し」や,「紺屋の白袴」など藍染めに関する諺はいくつかあり,古くから日本人の生活や文化が藍染めと密接に関わってきたことを示している.藍染めの歴史は古く,東大寺の大仏の眼晴(黒目)を描いた際に筆に結んだ藍染めの紐(縹縷;はなだのる)が,奈良時代の貴重な国宝として東大寺にある正倉院に納められている.また,明治時代には,著名な作家であるラフカディオ・ハーン(日本名:小泉八雲)が日本特有の藍染めが溢れた風景を述べており,日本特有の青色が彼にはとても興味深く映ったことがわかる(1, 2)1) 青木正明:“天然染料と衣服”,日刊工業新聞社,2022, p. 31.2) 三木産業(株)技術室:“藍染めの歴史と科学”,裳華房,1992, p. 1..現代では,サッカー日本代表のユニフォームに青色が採用されているが,Japan blue(藍色)がその由来であることは有名な話である.

天然藍染めに用いられるインジゴ(インディゴ)染色液は,色素であるインジゴの還元反応によって作られる(図1図1■藍染めとインジゴの生成過程).インジゴの還元反応は,微生物の発酵を巧みに利用して還元する「藍建て発酵」という伝統的手法が用いられる.発酵食品は私達の身の回りに多く存在しているが,衣服の染色にも微生物の酵素の働きを利用した「発酵」が関わっていることは意外と知られていない.

図1■藍染めとインジゴの生成過程

藍染めの方法とそのメカニズムについて以下に説明する.タデアイ(Polygonum tinctorium Lour.)の葉の中にはインジゴの前駆体である無色で水に溶けるインジカン(インドキシル-β-D-グルコシド)が存在しており,葉の細断により葉中の酵素β-グルコシダーゼと混合され,加水分解を起こしインドキシルとグルコースが生じる(図1図1■藍染めとインジゴの生成過程).次にこれを乾燥させる過程でインドキシルは空気により酸化され青色で水に溶けないインジゴ(酸化型)に変換する.そのインジゴを含む葉を乾燥後,室内に積み上げ(寝床と呼ばれる),そこに散水し湿らした後,5日後に「切り返し」と呼ばれる作業を行う.切り返しとは,乾燥葉に水を適度にかけつつ上下をひっくり返し,発酵を促す作業のことである.約4か月間,この散水と切り返しの作業を繰返し行うことによって青色のインジゴの微生物濃縮が進み,堆肥状の塊「すくも」が生産される.次の藍建て発酵の工程では,この「すくも」をアルカリ条件下で微生物による還元反応(発酵)を行う.この発酵工程では好アルカリ性バシラス属細菌などにより,不溶性のインジゴは一度還元され水に溶けるロイコインジゴへ変化し,繊維の染色が可能となる(図1図1■藍染めとインジゴの生成過程).繊維を染色液に漬け込み,ロイコインジゴを吸着させたのち引き上げて,空気にさらして酸化させると再び不溶性のインジゴを生じて繊維に固定され青色に染色される.この工程を繰り返すことにより鮮やかなジャパン・ブルーの色合いが達成される(1, 2)1) 青木正明:“天然染料と衣服”,日刊工業新聞社,2022, p. 31.2) 三木産業(株)技術室:“藍染めの歴史と科学”,裳華房,1992, p. 1.

藍染めの工程では,藍師と呼ばれる職人の長年の経験と勘に基づいて作業が続けられてきてたが,バシラス属細菌がインジゴを還元する生化学的な分子メカニズムについては,これまで全く明らかになっていなかった.

我々は,藍染めのインジゴ還元に関わると予測される新規な酵素(FMN依存性NADH-インジゴ還元酵素)を好熱性バシラス属細菌であるBacillus smithiiに見出した.これまでに藍染め染色液から単離されたB. cohnii由来のインジゴ還元酵素は不安定であったため,高い安定性が期待できるB. smithiiから耐熱性インジゴ還元酵素ホモログを発見した.この酵素はアミノ酸配列のホモロジー検索からFMN依存性NADH-アゾ還元酵素(EC 1.7.1.6)に分類されることも明らかになっている(3)3) H. Suzuki, T. Abe, K. Doi & T. Ohshima: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 9171 (2018)..そこで,本酵素の遺伝子クローニングおよび,大腸菌を用いた組換え酵素の大量調製を行った.インジゴ還元活性を確認するために活性測定を行う必要があるが,基質であるインジゴは不溶性化合物であり,そのままでは酵素反応も進まず,また分光光度計を用いた基質濃度の変化の測定は不可能である(図1図1■藍染めとインジゴの生成過程).そのため,インジゴにスルホ基(−SO3H)を導入した水溶性のインジゴカルミンをモデル基質として使用し,酵素活性の分光光度計による検出を行った.また,酸素(O2)存在下では酵素活性は検出できないため(ロイコ体が空気酸化され,インジゴカルミンに戻ってしまう),窒素ガスでキュベット内の溶存酸素を除去してから酵素活性測定を行う工夫が必要であった.この方法により正確なインジゴ還元酵素活性の測定と精製や機能解析が可能になり,長年不明であったインジゴの微生物還元メカニズムを解明することができた.また,インジゴ還元酵素の立体構造も決定しており,安定性の高いインジゴ還元酵素の原子レベルの構造を明らかにすることに成功した(4)4) K. Yoneda, M. Yoshioka, H. Sakuraba, T. Araki & T. Ohshima: Int. J. Biol. Macromol., 164, 3259 (2020)..さらに,分子ドッキングシミュレーションを行うことで,基質であるインジゴやNADHとの複合体モデルを構築し,基質結合部位の詳細な構造が明らかになった(5)5) K. Yoneda, H. Sakuraba, T. Araki & T. Ohshima: FEBS Open Bio, 11, 1981 (2021).

インジゴの藍建ての発酵工程は,おそらくグルコースが解糖系で嫌気的に分解され,その過程でNADHが生産される.このNADHの電子の最終的な受容体がインジゴであり,ここで示したFMN依存性インジゴ還元酵素反応によりロイコインジゴに変換されると考えられる.しかしながら,細胞内に存在すると予想されるインジゴ還元酵素が細胞内のNADHから細胞外にある不溶性のインジゴにどのようにFMNを介して電子が渡されるかに関しては,今のところ全く不明である.おそらく,細胞膜を介したFMNH2からインジゴへの別の電子伝達システムが存在すると考えられる.現在のアルカリ条件下で行う藍建て発酵による染色では,羊毛や絹織物などのタンパク質繊維では生地が傷みやすいために困難である.インジゴ還元酵素を用いた藍染め法の開発は多様な染色法を可能にし,21世紀のジャパン・ブルーの大きな展開へと繋がるが,そのためにはさらなる生化学と生物工学的解明が必要である.

一方,藍染めには今回紹介した「すくも」を還元することによって染めつける建て染め以外にも,藍の葉が収穫できる時期にしか行えない「生葉染め」(藍の生葉のインジカンが分解することで生じる水溶性のインドキシルを繊維に吸着させてインジゴを生じる;図1図1■藍染めとインジゴの生成過程)がある.この場合,藍の葉由来のβ-グルコシダーゼが藍染め工程の鍵となる重要な酵素である.生葉染めでは,藍の濃紺色ではなく淡いエメラルドグリーンの色調に美しく染め上げることができる.

この研究の中で,インジゴ還元酵素がNADHを電子供与体として,p-ヨードニトロテトラゾリウムバイオレット(INT)や水溶性のホルマザンを生成するテトラゾリウム塩である,2-(4-ヨードフェニル)-3-(2,4-ジニトロフェニル)-5-(2,4-ジスルホフェニル)-2H-テトラゾリウム(WST-3)などを電子受容体とするNADH脱水素酵素(ジアホラーゼ活性)を有していることがわかった.安定性に優れたNADHジアホラーゼは臨床分析などで使う酵素サイクリングにも有効利用が期待できる.

最後に,インジゴ還元酵素が藍染めという伝統産業を支え,その生化学的な分子メカニズムの解明が色鮮やかな21世紀のジャパン・ブルーの世界を蘇らせることにつながることを学ぶ教材として,バイオテクノロジーという学問や研究に興味を持つ高校生,生物系の大学生には有効であろうと思われる.本酵素を利用した酵素化学の実験教材の開発を期待したい.

Reference

1) 青木正明:“天然染料と衣服”,日刊工業新聞社,2022, p. 31.

2) 三木産業(株)技術室:“藍染めの歴史と科学”,裳華房,1992, p. 1.

3) H. Suzuki, T. Abe, K. Doi & T. Ohshima: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 9171 (2018).

4) K. Yoneda, M. Yoshioka, H. Sakuraba, T. Araki & T. Ohshima: Int. J. Biol. Macromol., 164, 3259 (2020).

5) K. Yoneda, H. Sakuraba, T. Araki & T. Ohshima: FEBS Open Bio, 11, 1981 (2021).