解説

フジツボが群居するしくみ幼生を惹きつけるフェロモンと蛍光

How Barnacles Settle Gregariously: Pheromones and Specific Fluorescence Induce Larval Settlement in Barnacles

Kiyotaka Matsumura

松村 清隆

北里大学海洋生命科学部

Published: 2023-01-01

フジツボは,海洋生態系において重要な位置を占める付着生物であり,かつ人間にとっては,船底や臨海プラントの海中構造物に付着する代表的な汚損生物でもある.2008年に船底防汚塗料への有機スズ化合物の使用が国際条約で禁止されて以降,「海洋環境に負荷をかけないで,汚損生物を防除する新たな技術」の開発が進められてきている(1).一方,「汚損生物の付着メカニズムを解明することで,防汚技術の開発のヒントを探る」という考え方をもとにした基礎研究の重要性は以前から認識されているのだが,なかなか進展していないのが現状である.ここでは,「フジツボはなぜ集まって付着するのか」という基本的な疑問に対する答えを探る研究を紹介する.

Key words: フジツボ; キプリス幼生; 着生フェロモン; 蛍光

はじめに

「地球上における生命の誕生は海の中で起こった」という説の信憑性に関しては様々な議論があるが,「地球上の生物進化の重要なステップの多くは海の中で進行した」ということに疑問を抱く研究者はほとんどいないと思われる.長い進化の過程を経て,海の中には陸上に比べてはるかに多様な生物(特に動物)が生息するようになった.海棲動物の生活様式は,大きく分ければ,海水中という三次元空間を自由に移動するものと,海底または海中の構造物の表面上で二次元的に生息するものに分けられる.もちろん,海底の土壌中で三次元的に生息する動物も存在するが,多くの場合,そういった動物は土壌中の垂直方向の移動は小さい.二次元的な生活空間を持つ,いわゆるベントス(底生生物)は,カニやウミウシのように海底を這い回るものと,フジツボ,サンゴやホヤのように基質に付着して生活する付着生物(固着生物)が含まれる.付着生物は移動できないため,二次元的というより零次元的な生活空間ということになるかもしれない.いずれにしても,このようなベントスの多くは,生活史のある時期(幼生期)は三次元空間を移動して生活している.特に付着生物は,幼生期には遊泳または浮遊しているが,ある時期になると基板に付着して,その後はずっと固着生活を送るようになる.通常,幼生が付着する際には,遊泳(浮遊)生活から固着生活に適応するために体のつくりを劇的に変える.これが変態である.幼生の付着と変態は一連の発生過程として,英語では“larval settlement”と表現され,日本語では“着生”,“着底”などと呼ばれている.ほとんどの付着生物にとって,この着生という過程はその後その場所で一生(半生)を過ごさなければならないため,特に「どこに着生するか」が大問題となる.そこで,生き残りや生殖(種の継続)のために,付着生物の幼生は着生場所決定のための精緻な環境認識機構を進化させてきたと考えられる.ここでは,フジツボの幼生が着生時にどのようなシグナルを,どのように認識して着生場所を決定しているか,についてそのメカニズムを解説する.

フジツボという生物

着生場所の決定について述べる前に,フジツボという生物について概観したい(2)2) 山口寿之,松村清隆,加戸隆介:化学と生物,40, 624 (2002)..フジツボは19世紀初めまでは,石灰質の殻を持つため「軟体動物」と考えられていたが,その幼生の形態から1829年に「節足動物」の「甲殻類」に分類されるようになった.あまり知られていないが,進化論で有名なチャールズ・ダーウィンは,「種の起源」を著す前にフジツボの分類と形態における先駆的な研究をし,フジツボ系統分類学の基礎を築いた(3)3) C. Darwin: “A monograph on the sub-class Cirripedia with figures of all species. The Balanidae, Verrucidae, etc.” Ray Society Publication, 1854..フジツボ研究はダーウィンが進化論を醸成していく上で重要な役割を担っていたのかもしれない.

フジツボの成体は,他の甲殻類とは異なり,「動かない」という生存戦略をとっているわけであるが,浅瀬から深海まで世界中の海に多種多様なフジツボ(蔓脚類)が生息していることから,動物らしからぬこの戦略は海洋生態系の中で一定の成功を収めていると言える.ただし,フジツボがこの「動かない」生活を成立させるためには,3つの大きなハードルを越える必要がある.それは「外敵からいかに身を守るか」,「餌をいかにして摂るか」,そして「いかに繁殖するか」である.

「自己防衛」に関しては,ほとんどのフジツボは非常に硬い石灰質の殻を備えることで対応している.もちろん,この硬い殻を噛み砕く魚や穴をあける巻貝などの外敵も存在するが,限られている.「摂餌」に関しては,基本的にはフジツボ成体は,殻上部の楯板と背板の間から蔓脚を拡げて水中に懸濁するプランクトンなどの有機物を絡めとって餌とする.蔓脚には多数の剛毛が生えており,微細な餌を濾し取ることに役立っている.よって,餌となるプランクトンなどの豊富な海域に固着すれば,動くためのエネルギー消費を節約できるという戦略で十分に元が取れると考えられる.

もう一つのハードルである「生殖戦略」については,少し事情が違うようである.ほとんどの動物では,最も活発に動く時期(成長段階)と生殖行動をする時期は一致しているが,フジツボでは動くことができない時期に生殖活動をする必要がある.また,他のベントスの多くは,体外に放卵と放精をして,水中で受精,初期発生が進むのに対し,一般的にフジツボを含む甲殻類は交尾をすることで体内受精し,孵化するまで親が抱卵する.エビやカニは活発に動ける個体が異性の成熟個体を見つけて交尾行動をするのだが,動けないフジツボはどのように交尾をするのであろうか? 実は,ほとんどのフジツボは雌雄同体であり,同一個体内に卵巣と精巣をもっている.また,その雄性生殖器すなわちペニスは,伸縮性に富み,体とのサイズ比で動物界最長といわれるほど長く(長いもので周殻直径の8倍くらいまで)伸長する.よって,成熟したフジツボはペニスを体外に伸ばすことで,周辺に固着している個体に精子を送り込むことが可能となる.さらに雌雄同体ということで,雌雄異体の動物に比べれば,周辺に交尾可能な同種個体がいる確率は高いことになる.また,交尾をして体内で初期発生を進行させて,孵化してから外敵の多い海水中に出ていく,ということで,水中で体外受精する動物に比べれば,幼生期の初期減耗は抑えられることになる.

しかし,以上のような生殖戦略上の利点を活かすためには,同種個体がある程度集まって生息することが必要である.いくらペニスが長いといっても,届く範囲には限界があり,進化の過程でペニスの伸長に力を注ぐより,群居性を確保した方が良さそうである.

そこで,フジツボの付着期幼生は,同種個体が群居するための高度な環境認識能力を持つようになったと考えられる.

フジツボの幼生着生

体内で受精し発生が進行してノープリウスとして孵化(孵出)した幼生は,遊泳しながら植物プランクトンなどの有機物を餌として成長する.そして,他の甲殻類と同様に,脱皮を繰り返して体のサイズと構造を変えつつ,第6期ノープリウス幼生に達する.そして,幼生期最後の脱皮により,基板への付着が可能なキプリス幼生へと変態する.キプリス幼生は,ノープリウス幼生とは形態が大きく変わり,「基板への付着」という仕事を成就するための特徴を持っている.柿の種のような,左右に扁平な紡錘形をしたキチンの背甲で覆われるが,下側は開いており,そこから,第一触角と胸肢が出ている.この一対の第一触角は,付着前の探索行動,接着物質(セメント)の分泌,という付着にとって重要な役割を担っている.また,体のほぼ中央にはセメント腺と呼ばれるセメント物質(タンパク質が主成分と考えられる)の産生と分泌に関わるそら豆状の器官,さらにこの時期に特異的に出現する複眼がみられ,これらも幼生付着に深く関わっていると考えられる(図1図1■タテジマフジツボの生活史と付着期キプリス幼生).

図1■タテジマフジツボの生活史と付着期キプリス幼生

キプリス幼生は,付着するために特化した幼生であり,通常は口や消化管を持たず,摂餌をしない.すなわち,外部からのエネルギー供給なしで,ひたすら付着場所を探して,最終的に付着・変態して幼体となる.ただし,付着場所を探すためには一定期間遊泳する必要があるため,そのエネルギー源として,キプリス幼生は油細胞やビテリン様タンパク質を利用していると考えられる(4)4) K. Shimizu, C. G. Satuito, W. Saikawa & N. Fusetani: J. Exp. Zool., 276, 87 (1996)..このビテリン様タンパク質は,多くの動物では卵黄に含まれ,発生過程のエネルギー源として利用されているが,摂餌をしないキプリス幼生はこれを利用するように進化してきたのかもしれない.

着生フェロモン

1. 基板吸着性着生フェロモンSIPC

さて,このキプリス幼生はエネルギーが尽きる前に付着変態(着生)して,摂餌ができる幼体にならなければならない.さらには種族維持のためには,先に述べたように群居することが必要である.同種フジツボが群居するためには,同種個体間でのコミュニケーションが必要であり,1950年代から英国のCrispを中心とする研究グループにより,フジツボ成体由来の基板吸着性化学物質が同種幼生の着生を誘起することが実験的に示され,その着生誘起物質(着生フェロモン)の本体がタンパク質であることが示唆されてきた(5, 6)5) D. J. Crisp & P. S. Meadows: Proc. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 156, 500 (1962).6) D. J. Crisp & P. S. Meadows: Proc. R. Soc. Lond. B Biol. Sci., 158, 364 (1963)..しかし,1990年代に入るまで,そのタンパク質性フェロモンの構造についてはよくわかっていなかったため,私たちは,1990年代にこの着生フェロモンの研究に着手した.研究材料として,成体と幼生の実験室での飼育法が確立していたタテジマフジツボAmphibalanus amphitriteを選択し,まずは,基板吸着性着生フェロモンの活性を調べるための定量的なバイオアッセイ法を開発した.このアッセイ法では,タンパク質吸着性をもち,かつキプリス幼生が着生可能なニトロセルロースメンブレンにサンプルを塗布して,領域ごとの着生個体をカウントすることで着生誘起活性を測定した.そして最終的に,高分子量糖タンパク質複合体である着生誘起タンパク質複合体(Settlement-Inducing Protein Complex, SIPC)を単離した(7)7) K. Matsumura, M. Nagano & N. Fusetani: J. Exp. Zool., 281, 12 (1998).

タテジマフジツボのSIPCは,分子量約20万の糖タンパク質であり,3つのサブユニットから構成されていることがわかり,マンノースに結合する特異的レクチンによる着生誘起阻害が見られたことから,その糖鎖構造も着生誘起活性に関わっていることが示唆された.精製されたSIPCの部分アミノ酸配列情報から,この糖タンパク質の遺伝子クローニングを実施し,5.2 kbのcDNAの塩基配列を決定した.その結果,SIPCは17アミノ酸残基のシグナルペプチドを含む1547アミノ酸からなる糖タンパク質であることが判明した(8)8) C. Dreanno, K. Matsumura, N. Dohmae, K. Takio, H. Hirota, R. R. Kieby & A. S. Clare: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 103, 14396 (2006)..そのホモロジー検索から,SIPCは生体防御に関係するα2マクログロブリンと相同性を持つことがわかり,その分子進化に関する研究の進展が期待される(図2図2■タテジマフジツボSIPCの構造).

図2■タテジマフジツボSIPCの構造

タテジマフジツボ 着生誘起タンパク質複合体SIPCのcDNA全長配列から推定されるアミノ酸配列における(A)シグナルペプチド,S–S結合,及び糖鎖結合部位.(B)SIPCとα2-マクログロブリン(A2M; 各種フジツボとカブトガニ由来)のチオエステル結合部位の比較.これらのことから,SIPCは,A2Mとの相同性はあるが,新規タンパク質であることが示された.

SIPCはどの発生段階で合成されるのか? また,この糖タンパク質は他種フジツボやフジツボ以外の生物ももっているのであろうか? こういった疑問に答えるために,SIPCの抗体を作成して発現解析をした.その結果,タテジマフジツボのSIPCは幼生発生の段階で徐々に合成量を増加させ,付着期のキプリス幼生では成体での発現量に匹敵するほどのSIPCが合成されていることが判明し,さらにキプリス幼生が基板上で探索行動をする際に第一触角先端から分泌するタンパク質性物質にSIPCが含まれることから,成体~幼生間だけでなく,幼生同士のコミュニケーションにSIPCが利用されていることが示唆される(9)9) K. Matsumura, M. Nagano, Y. Kato-Yoshinaga, M. Yamazaki, A. S. Clare & N. Fusetani: Proc. Biol. Sci., 265, 1825 (1998)..SIPCは調べられたすべてのフジツボ種で確認されたのに対し,フジツボ以外の動物では確認できなかったことから,フジツボ特有のタンパク質であると考えられる.それでは,SIPCの構造や活性に種得異性があるのであろうか? SIPC(成体抽出液)は,同種キプリス幼生に対して最も強い着生誘起活性をもっていたが,別種のキプリス幼生に対しても着生誘起活性を示した(10)10) Y. Kato-Yoshinaga, M. Nagano, S. Mori, A. S. Clare, N. Fusetani & K. Matsumura: Comp. Biochem. Physiol. A Mol. Integr. Physiol., 125, 511 (2000)..さらに,数種のフジツボにおけるSIPC遺伝子の配列情報から,種による変異が認められている(11)11) T. Yorisue, K. Matsumura, H. Hirota, N. Dohmae & S. Kojima: Biofouling, 28, 605 (2012)..しかし,現時点ではSIPCの構造と種特異的な着生誘起活性の相関の詳細については不明である.またフィールド実験で,SIPCは種特異的に実海域に生息するキプリス幼生に対して付着前の探索行動を誘起することが確かめられている(12)12) K. Matsumura, J. M. Hills, P. O. Thomason, J. C. Thomason & A. S. Clare: Biofouling, 16, 181 (2000).

SIPCに関するいくつかの最近の研究は,さらなる構造的および機能的情報を提供している.SIPCの糖鎖はその着生誘起活性に関与していることが示唆されているが,タテジマフジツボSIPCは,7つの潜在的な糖鎖結合部位をもち,実際にN-グリカン部分の構造的特徴から,主に高マンノース型糖鎖が結合していることが示され,マンノース結合レクチンとの相互作用の以前の観察を裏付けている(13)13) H. E. Pagett, J. L. Abrahams, J. Bones, N. O’Donoghue, J. Marles-Wright, R. J. Lewis, J. R. Harris, G. S. Caldwell, P. M. Rudd & A. S. Clare: J. Exp. Biol., 215, 1192 (2012)..SIPCに関する別の構造的および機能的研究では,表面プラズモン共鳴によって,一連の自己組織化単分子層でのSIPC吸着挙動を調べた結果,試験したすべての表面で不可逆的かつ非協調的に吸着することが明らかになり,SIPCが吸着特性を持つ「粘着性」タンパク質であることが示された(14)14) L. Petrone, N. Aldred, K. Emami, K. Enander, T. Ederth & A. S. Clare: Interface Focus, 5, 20140047 (2015)..これらの特徴は,基質結合フェロモンとしての機能に合致している.また,組換えSIPCがキチンに結合してCaCO3の沈殿を誘導し,方解石結晶の形態を調節できることが発見され,着生フェロモンとしての機能とは別に,SIPCがフジツボ殻の結晶形成の調節に関与している可能性が示された(15)15) G. Zhang, X. X. Yang, P. M. Leung, L. S. He, T. Y. Chan, G. Y. Yan, Y. Zhang, J. Sun, Y. Xu & P.-Y. Qian: Sci. Rep., 6, 29376 (2016)..一方,タテジマフジツボと同属のヨーロッパフジツボは,“MULTIFUNCin”と呼ばれる199.6 kDaの多機能糖タンパク質を持ち,生息地の選択と捕食に影響を与えることが報告されている(16)16) G. A. Ferrier, S. J. Kim, C. S. Kaddis, J. A. Loo, C. Ann Zimmer & R. K. Zimmer: Integr. Comp. Biol., 56, 901 (2016)..すなわち,“MULTIFUNCin”は,同種フジツボキプリス幼生の着生を誘起するともに,捕食者へのシグナルにもなっている可能性が示された.この糖タンパク質は,その特徴や分子構造から「SIPCファミリー」に属すると考えられる.さらに,組換えSIPCの断片の活性を調べた研究では,SIPCはキプリス幼生に対して,低濃度では着生誘起を,そして高濃度では逆に着生を回避する効果が観察され,SIPCが幼生の着生フェロモンとして単純に着生を誘起するだけでなく,過密状態を避けるように着生阻害効果も併せ持つ可能性が示唆されている(17)17) M. Kotsiri, M. Protopapa, S. Mouratidis, M. Zachariadis, D. Vassilakos, I. Kleidas, M. Samiotaki & S. G. Dedos: J. Exp. Biol., 221, 185348 (2018)..最近,SIPC刺激に応答してキプリス幼生で発現する遺伝子群の解析から,タンパク質輸送,変態や殻の石灰化に関連する遺伝子が見出されている(18)18) X. Zhang, C. Liang, J. Song, Z. Ye, W. Wu & B. Hu: Biochem. Biophys. Res. Commun., 525, 823 (2020)..しかし,現時点でSIPCの幼生側の受容体についてはよくわかっておらず,種特異性や濃度による幼生の応答の違いなどの分子メカニズムに関する研究は今後の課題である.

2. 拡散性着生フェロモンWSP

SIPCのような基板吸着性フェロモンとは異なり海水中に拡散してフジツボキプリス幼生の着生を誘起する拡散性着生フェロモンの存在も考えられてきた.このフェロモンに関しては,1980年代からフジツボ成体の飼育水中にその活性物質があるという報告があり,比較的低分子のペプチドが候補として挙げられてきた.一方で,2000年代にタテジマフジツボ成体抽出液より,海水中に溶解した状態で着生誘起活性を示す分子量約32 kDaのタンパク質が精製された(19)19) N. Endo, Y. Nogata, E. Yoshimura & K. Matsumura: Biofouling, 25, 429 (2009)..ここにおいても,拡散性活性物質を調べるためのバイオアッセイ法を工夫する必要があり,私たちは寒天ゲルを用いることとした.具体的には,寒天中に試験サンプルを溶解してゲル化してシャーレの蓋に固定することで,海水中に徐々に拡散するよう工夫して拡散性フェロモンの活性を測定した.なお,この拡散性フェロモンWaterborne Settlement Pheromone(WSP)のcDNAクローニングにより推定される構造は,15アミノ酸残基のシグナルペプチドを含む251アミノ酸からなるタンパク質で,クピンスーパーファミリーに属するタンパク質との部分的相同性が認められるが,その機能の詳細は不明の新規タンパク質と考えられる.このWSPの着生誘起活性はレクチンで阻害されることはないことから,SIPCとは異なり糖鎖の活性への関与はないと考えられた.さらに,大腸菌でWSPの組換えタンパク質を発現させたところ,この組換え体でも着生誘起活性が認められ,糖鎖などの修飾を受けていないタンパク質部分のみで活性をもつと考えられる.また,ごく最近のWSP組換えタンパク質を使った研究では,低濃度のWSPには逆に着生を阻害する活性があることから,キプリス幼生は成体から分泌されるWSPの濃度勾配を感知して,十分なWSPが存在する同種成体の近傍に至るまで着生を回避している可能性が示唆されている(20)20) S. Kitade, N. Endo, Y. Nogata, K. Matsumura, K. Yasumoto, A. Iguchi & T. Yorisue: Front. Mar. Sci., 10, 3389 (2022)..しかし,拡散性着生フェロモンの受容体や作用機序の分子メカニズムは不明な点が多い.

以上のような着生フェロモン,すなわち同種成体由来の化学シグナルが,フジツボの群居に重要な役割を担っていることは確かであるが,これらのシグナルは流れのある海中では,その発生源である同種成体から離れているとその効果を発揮することができないと考えられる.基板吸着性のSIPCは専ら付着基板上で機能するが,野外実験の結果から,拡散性フェロモンもその発生源(成体フジツボ)のごく近傍でのみ機能していることが示唆されている(21)21) P. D. Elbourne & A. S. Clare: J. Exp. Mar. Biol. Ecol., 392, 99 (2010)..それでは着生フェロモンのような化学シグナル以外の環境要因がフジツボの群居成立に関与している可能性はないのであろうか?

視覚シグナル

フジツボの眼の発生は実にユニークである.孵化直後のI期ノープリウス幼生は頭部の中心に一個の単眼をもっており,これは幼生期を通じて大きな変化はない.しかし,VI期ノープリウス幼生の後期,すなわちキプリス幼生になる直前に,単眼とは別に一対の複眼が単眼の左右に出現するようになる.そしてキプリス幼生に変態した後,この複眼は体の左右両側に位置することで,その視覚機能を高度化するようになると考えられている.この複眼は個眼の数こそ少ないが,昆虫などの複眼と基本的な構造は同じである.その後キプリス幼生が付着変態(着生)する際に,この一対の複眼は完全に捨て去られ,成体には存在しない.すなわちフジツボはその一生の間に,複眼という眼を幼生期のそれも付着期という短い発生段階においてのみ持つことになる.このような,付着期特異的に発現する複眼は,何か特別な機能を持っている可能性が考えられる.フジツボ複眼の形態に関する研究はあったが,その機能はほとんどわかっていなかったため,私たちは,キプリス幼生が視覚を用いて同種成体を見分けることができ,これが群居成立に寄与しているのではないかと考えた.そこで,タテジマフジツボキプリス幼生を用い,化学シグナル(着生フェロモン)の影響を排除するため,透明なプラスチック容器の中に成体フジツボを収容して,キプリス幼生が視覚で同種個体を認識して着生するかどうかを調べた.その結果,確かにキプリス幼生は同種成体の周辺に着生する傾向が観察され(図3図3■キプリス幼生を誘引する視覚シグナルのバイオアッセイ),さらに,タテジマフジツボキプリス幼生は,色の識別もでき,特に赤色の基板上を好んで着生することが判明した(22)22) K. Matsumura & P.-Y. Qian: J. Exp. Biol., 217, 743 (2014)..フジツボキプリス幼生は,着生時に視覚を利用している可能性が示されたわけだが,それでは,実際にどのような視覚シグナルを認識しているのであろうか?

図3■キプリス幼生を誘引する視覚シグナルのバイオアッセイ

これらの研究とは別に,様々な海洋生物が蛍光を発することが知られている.ノーベル賞を受賞した下村脩博士が発見したオワンクラゲの緑色蛍光タンパク質GFPについては,分子ツールとして生命科学の発展に大きく寄与してきたが,これら海洋生物における蛍光タンパク質の自然界における真の機能については必ずしも解明されているわけではない.実は,タテジマフジツボも蛍光を発することが確認され,さらに興味深いことにこのフジツボの殻は赤い蛍光物質を持っていることがわかった.この赤色蛍光がキプリス幼生に対する視覚シグナルになっているのではないだろうか,と考えて,フジツボ成体そのものではなく,殻から抽出した赤色蛍光物質をキプリス幼生が視覚で認識するかどうかを,透明な容器に抽出液を入れて調べてみた.その結果,予想通りキプリス幼生は赤色蛍光物質の周辺に着生する傾向が確認され,幼生にとっての視覚シグナルは赤色蛍光物質である可能性が示された(22, 23)22) K. Matsumura & P.-Y. Qian: J. Exp. Biol., 217, 743 (2014).23) 松村清隆:日本マリンエンジニアリング学会誌,49, 508 (2014)..なお,この赤色蛍光は熱処理やプロテアーゼ処理によって消光することなどからタンパク質と考えられるが,その構造と機能の解明は今後の課題である.

おわりに

これまでに述べてきたように,フジツボは群居するために様々な着生誘起シグナルを利用しており,幼生着生に至るまでに以下のようなプロセスが考えられる.(I)付着期のキプリス幼生は,まずはある程度遠方から同種成体フジツボの殻に存在する赤色蛍光をこの時期に特異的に発現する複眼を利用して認識して蛍光の発生源の方向に向かう.(II)数メートルまで近づいたキプリスは,成体フジツボから放出される拡散性着生フェロモンWSPを認識し,その濃度勾配に従ってさらに近づく.(III)最終的には同種成体の殻もしくはその周辺に存在する基板吸着性着生フェロモンであるSIPCを触れることで認識し,同種個体の周辺に着生する(図4図4■タテジマフジツボキプリス幼生を導く着生誘起シグナル).

図4■タテジマフジツボキプリス幼生を導く着生誘起シグナル

このようなフジツボの群居成立へのケミカルシグナルと視覚シグナルの関与は,フジツボが長い進化の過程で獲得してきた生存戦略と考えられる.しかし,まだその精緻なメカニズムの一端しか解明されていない.例えば,着生フェロモンの受容体,視覚シグナルとしての蛍光物質の構造,キプリス幼生が着生に至るまでのシグナル伝達機構など不明な点が多い.最近は,ゲノム解析や発現遺伝子の網羅的な解析などの技術が進み,フジツボ幼生の着生機構研究にも適用されてきている.しかしながら,幼生の着生行動といった複雑な生命現象の真の姿を知るためには,詳細な行動観察,適切なバイオアッセイ法の開発,そして実際に海の中で何が起きているかを調べることも重要である.さらなるフジツボ着生機構の研究が,近い将来,効果的な防汚技術の開発につながることを期待する.

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