Kagaku to Seibutsu 61(1): 23-31 (2023)
解説
食品成分の体内吸収・代謝挙動評価技術機能性成分は標的とする臓器・組織に本当に到達している?
Analytical Systems for the Evaluation of Bioavailability of Functional Food Compounds: The Evidence of the Presence of Functional Food Compounds on the Targeted Organs or Tissues
Published: 2023-01-01
食機能に関する研究は現在も盛んに行われており,生活習慣病予防作用等の有益な生理作用が明らかにされている.その生理作用発現メカニズムとして,当該食品成分の細胞・分子レベルでのメカニズムに関する研究が多数報告されている.一方で,その作用発現には当該成分の体内吸収が前提となるにもかかわらず,その体内吸収性ならびに代謝挙動評価は十分になされていない.そこで本稿では,食機能の評価における成分の体内吸収・代謝挙動について,その評価系と分析法について概説し,質量分析系を用いた最新の評価事例についても紹介する.
Key words: バイオアベイラビリティ; 質量分析; イメージング; 食品成分; 臓器蓄積
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
食品成分をはじめ経口摂取された成分は,消化管を通過し,腸管より体内吸収されたのち体内循環される.ペプチドやポリフェノールなどの機能性成分の摂取は,生体調節作用を示すことが知られている一方,現状の食機能性研究においてもなお,in vitro(試験管レベル)での作用をin vivo(動物あるいはヒトレベル)での生理作用のメカニズムとして外挿する三段論法的研究が見受けられ,生体内での活性本体の同定,ならびに作用部位への到達については未解明なものが多い.筆者らの研究においても,低分子ペプチドの新たな機能として,動脈硬化予防作用や記憶改善作用等を実証するに至っているが,Foltz(1)1) M. Foltz, P. C. van der Pijl & G. S. M. J. E. Duchateau: J. Nutr., 140, 117 (2010).らが,「Current In Vitro Testing of Bioactive Peptides Is Not Valuable」と,辛辣に指摘するように,生体内でそのほとんどが分解・代謝を受けると考えられているペプチドやポリフェノール等の食品成分の機能性研究においては,そのバイオアベイラビリティの解明,すなわち,体内吸収性および臓器蓄積性等の評価が必須となる.非栄養素である食品成分の体内吸収性は低いものも多く,バイオアベイラビリティの評価などの薬理学的エビデンスが圧倒的に不足している.その要因の一つとして,食品成分のバイオアベイラビリティを的確に評価可能な分析系が十分でないことが推察される.本稿では,各種機能性食品成分のバイオアベイラビリティについて,現状の評価系と分析法,さらには,課題と最新技術等について概説する.
これまでに報告されている機能性食品成分の作用機序には,生体内の代謝系を標的としたものが多く存在する.それらの生理作用発現までのプロセスを考えると,経口摂取された成分は消化管での分解・代謝等の過程を耐え,腸管組織から体内吸収された後に,循環系血液にのって標的組織へと送達される必要がある.したがって,生理活性ペプチドのバイオアベイラビリティの評価においては,上記のプロセスを考慮した評価系がそれぞれ用いられている(図1図1■食品成分のバイオアベイラビリティ評価のための各種in vitroおよびin vivo試験系).
機能性食品成分のなかでもペプチドは,消化管でのプロテアーゼ分解を受ける.したがって,機能性ペプチドの消化管での分解耐性,あるいは,タンパク質や長鎖のオリゴペプチドに由来するペプチドの生成・探索のために,人工消化試験(in vitro digestion)がしばしば用いられる.人工消化試験は,胃内消化を想定し,低pH下でペプシン分解を行う(汎用される条件:37°C, 1~2 h, pH 2).次いで,腸管での消化過程を想定し,パンクレアチン(ブタやウシなどの膵臓からつくる酵素製剤でトリプシン,キモトリプシン,カルボキシペプチダーゼ,リパーゼなど様々な消化酵素を含む)消化(汎用される条件:37°C, 2 h, pH 6.0~7.5)等が行われる.これら消化処理後のサンプル中から対象としているペプチドの存在量の評価,もしくは,関心ペプチドの探索・同定を実施することで,消化耐性の評価や,新たに生成する生理活性ペプチドの探索等に利用されている.
腸管吸収性の決定において,小腸上皮細胞による成分の取り込み・輸送は重要である.その際に,小腸上皮細胞膜モデルとして汎用されているのがヒト結腸由来がん細胞であるCaco-2細胞を用いたin vitro膜透過試験である.Caco-2細胞をトランズウェル上で長期間(分化促進培地を用いる場合もある)培養することで,単層膜を形成し,細胞間隙にタイトジャンクションを形成した上皮様細胞へと分化するため,腸管吸収に関与する各種トランスポーター等を有する腸管吸収評価系として用いられている.Caco-2細胞は,ヒト由来細胞であることから各種トランスポーターへの親和性評価においてもヒトを想定した評価が可能である.トランズウェル上に培養した膜を介した透過試験を実施することで,頂膜側での細胞内への取り込みおよび側基底膜側での血液側への排出を想定した上皮膜透過性を評価可能である.さらに,siRNA法等を用いることで,目的成分の標的トランスポーターの特定も可能になる.一方,腸管上皮細胞での評価に限定されるため,消化管としての代謝酵素および血中や各種臓器での代謝・蓄積等は考慮されない.また,それぞれの継代環境などの要因で細胞株の性質が多様化しており,同一化合物の膜透過性についての室間再現性は乏しいとされている.
食品成分や薬剤成分の腸管透過性評価法のひとつとして,動物(主としてラットやマウス)の腸管組織を用いた腸管膜透過試験があげられる.動物の腸管膜を摘出し,Ussing chamber systemに当該腸管組織膜を頂膜側と側基底膜側がそれぞれのchamberを向くようにセットすることで,頂膜側チャンバーに添加した成分が膜を透過し,側基底膜側に移行した量から透過性を評価することができる.実際の動物組織をそのまま評価に用いることから,腸管組織としての完全性を有していることが特長である.さらに,標的輸送担体に対する阻害剤等を用いることで,目的成分の輸送経路の絞り込みは可能である.しかしながら,評価に動物そのものを用いるため,飼育にかかる施設や動物実験倫理審査等が必要になる.また,主としてラットやマウスの腸管組織が用いられるため,ヒトでの吸収性を考える際には,種差を考慮する必要がある.
経口摂取を前提とする食品成分の吸収性を評価する際は,動物に目的成分を経口投与し,その後血液,臓器あるいは尿中の目的成分の定量を行う.このin vivo評価系は動物個体としての完全性を有していることから,全身での代謝・分解等も含めたバイオアベイラビリティの評価が可能である.また,単回経口投与後から経時的採血することで,目的成分の薬物動態パラメータを評価可能である.一方,目的成分の吸収経路,代謝変換を受ける臓器等の特定はできないため,吸収機構の解明には,上記の様なモデル細胞や,動物組織を用いた検討を組み合わせる必要がある.また,必要に応じて,ヒトを用いた試験(6)6) C. Di Lorenzo, F. Colombo, S. Biella, C. Stockley & P. Restani: Nutrients, 13, 273 (2021).も行われる.
吸収性評価には,上述の各種バイオアベイラビリティ評価系にて獲得したサンプル中の目的成分の検出・定量が必須となる.食品成分および薬剤成分のバイオアベイラビリティ評価において用いられる分析系について以下に列記する.
目的成分が吸光特性を有する場合には,UV-HPLCを用いて成分検出することが可能である.ペプチドの場合は,220 nm,ポリフェノール等の場合は280 nm等が汎用され,Caco-2細胞透過試験後の透過液分析等に用いられる.ラットを用いた投与試験後の血中移行成分の分析にも用いられる場合もあるが,検出感度(~nmol/mL-plasma)の観点から,検出可能な成分が限定される上,現在ではあまり使用されていない.また,9-Fluorenylmethoxycarbonyl(Fmoc), Dansyl, 2,3-Naphthalenedialdehyde(NDA)の様な蛍光誘導体化法を組み合わせることで,ペプチドの高感度分析が達成されることから,血中微量ペプチドの分析に適応することも可能である(7)7) 福田俊彦,田中 充,松井利郎:食品加工技術,34, 66 (2014)..しかしながら,蛍光誘導体化HPLC法において,血中に存在する多量の夾雑成分からの目的成分のLC分離を達成するには,かなりの精製操作(除タンパク質処理,固相抽出に加え,カラム分取など)が必要な上,誘導体化反応を必要とすることから,前処理が非常に煩雑となる.さらに,適切な内標準の設定が困難なことも問題点としてあげられる.他方,あらかじめ蛍光標識した目的成分を用いたバイオアベイラビリティ評価が行われることもあり,当該標識化合物は蛍光測定が容易であり,組織分布の画像化も可能となる.ただし,あらかじめ蛍光標識した化合物を取り扱う際には,目的成分とは構造が異なっている(特に低分子の食品成分の場合にはその構造変化の影響は大きい)ことに留意し,腸管でのトランスポーター認識など,本来の目的成分が示す挙動とは異なる可能性があることを認識しておく必要がある.
RI法は,特に薬剤成分のバイオアベイラビリティ評価において,現在においても非常に広く用いられている手法である.目的成分にRI標識をする必要があり,標識には14Cや3Hなどが用いられる.上述の蛍光標識とは異なり,同位体元素を用いて標識することから,目的成分の構造を維持したままバイオアベイラビリティ評価が可能になる.さらに,標識元素のみに由来する放射活性を測定することから,シグナルに対する特異性,並びに,感度は極めて高く,夾雑物質の影響等も受けにくいことから測定が極めて容易である.その反面,放射性同位体の取り扱いについては,相当な配慮と被爆のリスクに十分に留意する必要がある.近年は蛍光分析や質量分析計などのnon-RI実験への移行が推奨されているものの,RI実験の感度と定量性などの有用性は歴然であり,感度や定量性の高いデータを取得したい場合や,その他代替法ではうまくデータ取得ができない場合のセカンドチョイスとして活用されるケースがある.
LC-MS法は,HPLCにより化合物を分離した後,検出器としてMSを用いるものである.MSの種類は,四重極(Q),タンデム四重極(QqQ),イオントラップ型(IT),飛行時間型(TOF),q-TOF型など様々あり,目的とする成分分析に応じて最適化する必要がある.上述のUV-HPLC等とは異なり検出器そのものが質量数に基づく分離能を有することから,シグナルに対する特異性が抜群に高く,現在のバイオアベイラビリティ評価において汎用される装置である.LC-MSへ試料を供する際にも,前処理は必須であり,除タンパク質処理(有機溶媒添加によるタンパク質沈殿,遠心限外濾過フィルターを用いた処理など),脱塩処理(固相抽出)に加え,必要に応じて精製・濃縮操作(固相抽出)が必要となる.この様な前処理を行ったとしても,試料やMSの種類によっては,目的成分が試料中の夾雑成分に埋もれてしまうことがある.また,この多量の夾雑成分により目的成分のイオン化効率が著しく低下するマトリックス効果という現象も問題とされ,いかに効率的に精製(前処理)するかが分析の要となる.そのため,選択性の高いMS/MSによるselective reaction monitoring(SRM)分析,TOF/MSによる精密質量解析,さらに,それらを組み合わせたq-TOF/MSによるSRM分析は非常に有用である.他方,MSは質量数による分離が可能であることから,安定同位体標識した目的成分を内標準として,独立して計測することが可能であり,定量分析にも適している.低分子ペプチドのバイオアベイラビリティ評価においては,目的成分が内因性ペプチドとしてすでに体内に存在する場合(9)9) K. Li, S. Guo, W. Tang & B. Li: Chem. Commun., 57, 12460 (2021).があり,経口摂取した成分のバイオアベイラビリティ評価が難しいことがある.その際は,投与するペプチドに安定同位体標識したものを用い,内標準にはさらに同位体標識数の異なるペプチドを準備することで対応可能である.上述のRI法での標識とは異なりLC-MS法では,[目的成分の分子量+標識数+H]+(ポジティブイオンモードの場合)としてシグナル検出するため,目的成分の分子構造そのものに由来するシグナルを検出しており,分解物や代謝物の影響は排除可能である.また,分解物や代謝物を標的とした分析も可能であり,代謝物解析にも適している.この様な特長から,近年はLC-MS法を用いたメタボロミクス解析が様々進化している.UV-HPLCと比較して感度は高く,フェムト~ピコmol/mL-plasmaレベルの成分検出が可能となる.目的成分の検出において十分に感度が得られない場合には,誘導体化反応を組み合わせることで,感度向上を試みる場合がある.
MALDI-MSイメージング法は,マトリックスと呼ばれる低分子有機化合物(陽イオンモードでは,フェノール酸系の化合物が一般的)をイオン化支援剤として用いることで,目的成分との共結晶を形成し,UVレーザー照射(330~350 nm)のエネルギーによる昇華,気相でのH+の授受反応を経てイオン化,検出する方法である.しかしながら,本法はマトリックスに由来するクラスター状のノイズピークが低分子領域(<500 m/z)に多数出現することから,低分子成分の検出には不向きとされている.この点は,食品成分や薬剤成分などの低分子を対象とする分析において,非常に大きな障害となっていることから,筆者らを含め様々な検討が行われている(後述の次章3. 先端的バイオアベイラビリティ評価技術も参照されたい).近年,このマトリックスに由来するノイズを低減・除去するため,有機マトリックスフリーでの分析法がいくつか開発されている.マトリックスの代わりに金属酸化物をコアとするナノ粒子をイオン化支援基材として用いるNano-Particle Laser Desorption Ionization(Nano-PALDI)法(10)10) 平 修:J. Mass Spectrom. Soc. Jpn., 63, 129 (2015).,金属基板表面におけるナノスケールの凹凸構造を利用してイオン化するSurface-assisted Laser Desorption Ionization(SALDI)法(11)11) S. A. Iakab, P. Ràfols, M. Tajes, X. Correig-Blanchar & M. García-Altares: ACS Nano, 14, 6785 (2020).,さらには,筆者らのグループにおいて開発したグラファイトカーボンブラックナノ粒子(GCB)を用いたGCB-LDI法(12)12) M. Tanaka, K. Arima, T. Takeshita, Y. Kunitake, N. Ohno, M. Imamura & T. Matsui: ACS Appl. Nano Mater., 5, 2187 (2022).が挙げられ,低分子領域のノイズを顕著に低減させ,低分子化合物のLDI-MS検出を達成している.また,これらLDI-MS法は,固体分析であることから,組織切片の様な生体試料をそのまま分析することが可能であり,XY方向に連続的にレーザー照射・スペクトル取得することで,目的とするシグナル強度をマッピングするイメージング分析が可能である.したがって,抗体等の特異的な標識等を必要とすることなく組織中に分布する成分の分布を可視化可能であることから,イオン化・検出可能な成分であれば,抗体等の作製が困難とされる低分子化合物の組織分布の可視化も可能となる.しかしながら,MALDI-MS法はマトリックス結晶の均質性や結晶精製における再現性の観点から,再現性・定量性に欠けることが問題とされている.
上述の評価系ならびに分析系を駆使して明らかにした食品成分のバイオアベイラビリティについて,その具体例を示す.これまで様々な機能性が明らかになっているにもかかわらず,その体内吸収性については極めて懐疑的とされた機能性ペプチド,さらには,機能性成分の代表例とされるポリフェノールを中心に,実際に用いられている評価系と最新の分析系が明らかにした知見について列記する.
これまでのペプチド研究において,高血圧予防,糖尿病予防,脂質代謝改善作用,動脈硬化予防作用などに資する様々な生体調節機能が明らかになっている.上記の生理作用の多くは,生体内の代謝系を標的としており,生理作用発現に至るには経口摂取された活性ペプチドがそのままの形で体内吸収・組織蓄積する必要がある.これまでに各種ペプチドの体内吸収性が明らかにされているが,その報告はin vitroおよびin vivoにおいて生理活性の認められたペプチドのなかでもごく一部のものに限られている(これまでに明らかにされた体内吸収性ペプチドについては,成書(13~15)13) Q. Xu, H. Hong, J. Wu & X. Yan: Trends Food Sci. Technol., 86, 399 (2019).14) W. Shen & T. Matsui: Food Funct., 8, 4306 (2017).15) W. Shen & T. Matsui: Int. J. Food Sci. Technol., 54, 1942 (2019).を参照されたい).ペプチドの体内吸収性評価においては,Caco-2細胞膜を用いた透過試験,ならびに,in vivoでの血中移行性評価等が行われており,その定量には安定同位体標識ペプチドを内標準としたLC-MS分析が用いられている.実際に体内吸収されたペプチドには,腸管吸収モデルペプチドとして知られるGly-Sar(Sar: N-メチルグリシン),高血圧予防ペプチドであるVal-TyrやIle-Pro-Pro,動脈硬化予防ペプチドであるTrp-Hisなどがあげられ,それらの血中移行量は最大濃度(Cmax)でフェムト~数十ピコmol/mL-plasmaレベルである.また,吸収可能なペプチド鎖長については,腸管吸収モデルジペプチドであるGly-Sarを基本骨格とした一連のモデルオリゴペプチドにより,5残基までは腸管吸収後に循環血に移行可能であることが実証されている.ただ,体内吸収性が確認された生理活性ペプチドは,2, 3残基のものがほとんどであり,これは腸管に存在するペプチドトランスポーター(PepT1)が,ジ・トリペプチドに対してのみ認識性を示すことに起因していると考えられる.
コーヒーや緑茶などをはじめ,様々な食品に含有されるポリフェノール類は,これまで機能性に関する多くの研究がなされており,それらの体内吸収性も重要視されている.様々なポリフェノールの体内吸収性が明らかになっており,それらの詳細については成書(6, 16)6) C. Di Lorenzo, F. Colombo, S. Biella, C. Stockley & P. Restani: Nutrients, 13, 273 (2021).16) T. Matsui: Food Sci. Technol. Res., 28, 13 (2022).を参照されたい.ポリフェノール類においてもCaco-2細胞膜を用いた透過試験により,その上皮細胞膜透過速度に加え,透過に関与するトランスポーターの同定など透過経路の評価・特定が行われている.また,in vivoでの体内吸収性試験については,動物実験に加えて,ヒト試験も多数実施されている.他方,ポリフェノール類は,小腸や肝臓において第一相および第二相解毒系により代謝を受け,一部は代謝物として体内吸収されることが明らかになっている.したがって,近年では目的成分の代謝物においても,標的とする生理活性が認められるとの報告もあり,ポリフェノール類の生理機能の評価において,代謝物の体内動態の把握が重要視されつつある.しかしながら,代謝物解析においては,標品の取得が極めて困難であることが問題とされ,代謝物の構造決定や定量分析にまで至った例はごく僅かである.
上述の通りMALDI-MSイメージングは,低分子の食品成分であっても組織中の蓄積や分布を可視化することのできる画期的な手法である.しかしながら,マトリックスの影響による低分子領域でのノイズピークの影響を低減する必要がある.その取組の一つとして,筆者らはキレート作用を有するフィチン酸のマトリックス添加剤としての有用性を見出している.フィチン酸を加えたマトリックス溶液を用いることで,アルカリ金属類の補足によるクラスターノイズの低減,目的成分の金属付加イオン形成の抑制,ならびに,マトリックス結晶の均質化が達成された(19)19) S.-M. Hong, M. Tanaka, S. Yoshii, Y. Mine & T. Matsui: Anal. Chem., 85, 10033 (2013)..さらに筆者らは本MALDI-MSイメージング法を動脈硬化予防ペプチドであるTrp-Hisとその逆配列ペプチドであるHis-TrpをUssing chamberを用いた腸管透過試験に展開している(図2a図2■低分子ペプチドTrp-HisおよびHis-TrpのMALDI-MSイメージングによる腸管吸収動態の可視化(a)とラット単回経口投与後血中動態(b)).その結果として,本MALDI-MSイメージング法によりTrp-Hisがそのままの形で腸管透過されていることが可視化された一方で,His-Trpは腸管組織から検出されず,分解物のHisおよびTrpが顕著に可視化された.このことは,実際の小腸組織におけるプロテアーゼ耐性が体内吸収性を大きく左右することをイメージングにより直接明示した初めての知見である(図2b図2■低分子ペプチドTrp-HisおよびHis-TrpのMALDI-MSイメージングによる腸管吸収動態の可視化(a)とラット単回経口投与後血中動態(b)).
一方,ポリフェノール類のMALDI-MS分析においては,対象化合物が低分子であることに加えて,その中性化学構造が故に,イオン化の起点がなく,イオン化効率が低いことが問題とされてきた(20)20) M. Monagas, J. E. Quintanilla-López, C. Gómez-Cordovés, B. Bartolomé & R. Lebrón-Aguilar: J. Pharm. Biomed. Anal., 51, 358 (2010)..そこで筆者らのグループでは,MALDIレーザーのUV波長のレーザー光を効率的に吸収し,そのエネルギーにより塩基を発生する光塩基発生剤であるNifedipineのMALDI-MSマトリックスとしての有用性を見出し,ポリフェノール類の水酸基からの強制的なプロトンの引き抜き反応による高感度検出を達成している(21)21) H.-N. Nguyen, M. Tanaka, G. Komabayashi & T. Matsui: J. Mass Spectrom., 51, 938 (2016)..このNifedipineを用いたMALDI-MSイメージング法により,ポリフェノールの腸管吸収経路および代謝挙動を可視化することのできる新たな評価系を構築するに至っている.ポリフェノールの吸収に関する各種トランスポーターの阻害剤を併用することで,本腸管in situ MALDI-MSイメージングは,腸管吸収可能なポリフェノールであるepicatechin gallate(ECG)がラット腸管を透過し,その透過にはモノカルボン酸トランスポーター(MCT)および有機アニオントランスポーター(OATP)が関与すること,および,腸管組織内の化合物を管腔へ排出するトランスポーターとして知られるATP Binding Cassette(ABC)トランスポーターも関与していることを明らかにしている.また,本MALDI-MSイメージング法は一度の分析で,ECGの腸管組織内代謝物の一斉可視化を可能にし,ECGが主として硫酸化およびメチル化を受けることを明示するに至っている.さらに,本法を用いることで,これまでは腸管吸収されないと考えられてきたテアフラビン類(本試験ではtheaflavin-3′-O-gallateを用いた)が,腸管組織内に一度取り込まれ,その後ABCトランスポーターを介して管腔排出されていることを初めて明らかにしている.本知見は,腸管組織内における成分分布の直接把握でしか評価できないことから,本MSイメージング法は腸管吸収性評価において極めて重要な評価系であると考えられる(図3図3■腸管in situ MALDI-MSイメージングによるepicatechin gallate(ECG)およびテアフラビン類(本試験ではtheaflavin-3′-O-gallate, TF3′G)の腸管組織内代謝物の一斉可視化).
MALDI-MSイメージング法は,マトリックス噴霧工程における再現性(噴霧量の確保,結晶の均質性)に乏しく,定量性がないことが問題とされていた.これらに対して筆者らは,マトリックス噴霧量を非破壊的に評価するための蛍光内標準物質を新たに設定することで,定量性の確保に成功している.最適蛍光物質としてローダミン6Gを見出し,当該物質の蛍光強度を指標にしたマトリックス噴霧量の再現性を確保するとともに,MSイメージングにおいては,当該物質のMS検出強度を用いて標準化することで,測定間の再現性の飛躍的向上を達成した(変動係数<5%).実際,機能性食品成分であるフェルラ酸を経口投与したラット腎臓において,皮質・腎盂などの領域に蓄積したフェルラ酸を定量・可視化するに至っており,約10 μmの厚みの組織切片から関心領域における体内吸収後の標的食品成分の定量・可視化が可能な方法として確立している(図4図4■MALDI-MSイメージングによるフェルラ酸投与(50 mg/kg B.W.)後ラット腎臓における蓄積挙動の可視化定量).
上述の高感度誘導体化LC-MS分析およびフィチン酸添加高感度MALDI-MSイメージング法を駆使し,脳への物質輸送に対するバリア機構である血液脳関門を透過するペプチドのスクリーニングをマウス脳灌流試験において実施している.その結果,Tyr-Proというジペプチドがそのままの形で血液脳関門を介して脳組織に到達・蓄積し,海馬,大脳皮質や視床下部という記憶等を司る領域に局在することを世界で初めて明らかにしている(図5図5■血液脳関門透過ジペプチドTyr-Proのマウス灌流試験(10 min)後の脳組織MALDI-MSイメージング)(23)23) M. Tanaka, S. Dohgu, G. Komabayashi, H. Kiyohara, F. Takata, Y. Kataoka, T. Nirasawa, M. Maebuchi & T. Matsui: Sci. Rep., 9, 5769 (2019)..さらに,本知見を契機とし,Tyr-Proをアルツハイマーモデルマウスに対して長期投与することで,記憶障害の改善に有効であることを実証するに至っており(24)24) M. Tanaka, H. Kiyohara, A. Yoshino, A. Nakano, F. Takata, S. Dohgu, Y. Kataoka & T. Matsui: NPJ Sci. Food, 4, 7 (2020).,本成果は標的臓器への積極的な機能改善を裏付けるこれまでにない新たな食機能研究の実績といえる.
上述のバイオアベイラビリティ評価技術のほとんどは,薬理学的アプローチを基本とするものであり,薬剤とは異なり,自由な食べ合わせが可能な「食品」を前提とした解析の観点が欠落している.多成分混合系である食品としての摂取,さらには,共存する成分による吸収・代謝への影響などを解析できるさらなる網羅的解析法が求められる.また,機能性タンパク質の様な生理活性本体が不明な食品成分の解析も必要となる.筆者らの研究をはじめ,タンパク質摂取に由来して血中移行するペプチドが明らかになりつつある(25, 26)25) X. Sheng, S. Nagaoka, M. Hashimoto, Y. Amiya, M. Beppu, K. Tsukamoto, E. Yanase, M. Tanaka & T. Matsui: Food Chem., 341, 128197 (2021).26) X. Sheng, M. Tanaka, R. Katagihara, M. Hashimoto, S. Nagaoka & T. Matsui: J. Agric. Food Chem., 69, 14840 (2021).が,ピーク検出されているにもかかわらず配列同定へ至れない多数のシグナルが存在しており,膨大な代謝物の存在が示唆されている.また,生体内代謝に影響を及ぼした結果として変化する代謝物の可能性も考えられ,これら代謝物を完全網羅するさらなる分析法が必要とされる.さらに,食機能に加え,生活習慣等に起因するリスクや加齢などの変化を生体内のメタボロームネットワークの変化として捉え,網羅的解析技術によって取得された膨大なメタボローム情報をAI・データサイエンスの技術と融合することで,予測評価しようとする提案もなされている.したがって,食機能の分野においても,バイオアベイラビリティの評価ならびにそれに伴うメタボロームの解析等が可能なさらなる高度な分析技術が必要になると考えられる.
分析技術の高度化において,日進月歩で進化する分析装置の性能向上には眼を見張るものがある.それと同時に,本稿に示した分析技術に限らず,すべての分析法において,試料の前処理の最適化がその性能を最大限に引き出すための鍵となる.高度な分析を達成するためには,分析の目的と対象成分の化学的性質,測定原理を十分に理解した上での最適化が必須であり,課題を解決するための分析化学的な工夫とアイデアが腕の見せどころである.
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