解説

分子ネットワーク解析による新規天然分子の発見タンデム質量分析インフォマティクスを基盤とした化合物探索アプローチ

Approach of Natural Product Discovery by Molecular Networking: Investigation of Chemicals by Bioinformatics Approach Based on the Tandem Mass Spectrometry

Yuya Kakumu

各務 裕也

岐阜大学大学院連合農学研究科

Tohru Mitsunaga

光永

岐阜大学応用生物科学部

Published: 2023-01-01

近年,有用天然物を獲得するために行われてきた“ものとり研究”が生物活性を指標とした伝統的手法からゲノミクスやメタボロミクスを取り入れた合理的かつ効率的な手法に変化しつつある.中でもタンデム質量分析を基盤としたメタボロミクスは,バイオインフォマティクス解析技術の飛躍的な進歩によって既知物質の迅速同定や代謝物の生体変換の追跡を可能としている.本稿では,タンデム質量分析の膨大なデータからケミカルスペースをネットワークとして可視化できる分子ネットワーク解析とそれを活用した新規化合物の探索,および生物間相互作用に関連する鍵物質同定への取り組みについて解説する.

Key words: 分子ネットワーク解析; メタボロミクス; 天然物探索; バイオインフォマティクス; デレプリケーション

人類の健康と学問の発展において,地球上の植物や微生物,海洋生物などが生産する二次代謝産物,いわゆる天然物が果たしてきた貢献は極めて大きい.これは天然物の複雑で多様な構造をはじめとする化学的特性や強烈な生物活性に起因する.19世紀初頭にケシの実からモルヒネが精製されたことを契機に,様々な生物から単離された有用天然分子は,医薬品や染料,食品添加物へと応用されるとともに,分析・合成手法の開発や生命現象を紐解くツールとして有機化学や分子生物学を中心とした学問領域の進歩に寄与してきた.このような背景から,新規天然物を探索する“ものとり研究”は現在でも精力的に行われている.

しかしながら,長年の探索研究によって種々の精製過程を経て新たに得た化合物が既知物質やその類縁体に留まり,ユニークな構造を有する新規天然物の発見数は減少傾向にある.このような状況を打破すべく,生物活性を指標として人海戦術的に化合物を取得する伝統的な手法から,近年急速に発展しているゲノム科学や情報科学,分析技術を取り入れた効率的な探索手法へのパラダイムシフトが起こりつつある.中でも代謝産物の総体解析であるメタボロミクスにおいて,液体クロマトグラフィータンデム質量分析(LC-MS2)を用いたノンターゲット解析は抽出物中に存在する主要物質から超微量物質までを包括的に検出し,各イオンのMS2スペクトルから既知物質を迅速同定するデレプリケーションが可能であるため,時間と労力のかかる精製過程前に新規化合物を推定できる強力な手法の1つである.本稿では,メタボロミクスを用いた“ものとり研究”の中でも,最近特に注目されているバイオインフォマティクス解析プラットフォームGlobal Natural Products Social Molecular Networking(GNPS, https://gnps.ucsd.edu)(1)1) M. Wang, J. J. Carver, V. V. Phelan, L. M. Sanchez, N. Garg, Y. Peng, D. D. Nguyen, J. Watrous, C. A. Kapono, T. Luzzatto-Knaan et al.: Nat. Biotechnol., 34, 828 (2016).の分子ネットワーク解析を活用した新規天然物の探索研究を中心に解説するとともに,生物間相互作用の理解へ向けた研究で強力なツールとして働いた例をいくつか紹介する.

GNPSでのデレプリケーションと分子ネットワーク解析

2013年にカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)のDorresteinとBandeiraらが立ち上げたGNPSは,MSデータの管理,スペクトルライブラリー,分子ネットワーク解析をはじめとする様々な機能が搭載されたクラウド型複合プラットフォームである(図1図1■GNPSでのMS2スペクトルライブラリー検索と分子ネットワーク解析(1)1) M. Wang, J. J. Carver, V. V. Phelan, L. M. Sanchez, N. Garg, Y. Peng, D. D. Nguyen, J. Watrous, C. A. Kapono, T. Luzzatto-Knaan et al.: Nat. Biotechnol., 34, 828 (2016)..GNPSスペクトルライブラリーは,MassBank, NIST, ReSpect等の無償データベースや,UCSDのグループが取得した天然物や生物活性分子のMS2スペクトル,コミュニティーユーザーが各自でスペクトルを追加できるコミュニティーライブラリーから構成され,2016年時点で計221,083種のスペクトル(18,163種の化合物)が登録されている.また,ユーザーが登録したスペクトルはGold, Silver, Bronzeでランク分けされ,Wikiスタイルによるキュレーションを定期的に行うことで堅牢性を維持するとともに,登録スペクトル数を増加させている.この日々増加するデータベースに対して,ユーザーは取得した全MS2データを一挙に検索することができ,さらにアライメントアルゴリズムに基づいた類縁体検索も同時に行うことが可能である.これまで,天然物に焦点を当てたパブリックデータベースは存在せず,簡単な操作で膨大なMS2データを一斉に解析できることから今後の天然物を含むメタボロミクスにおけるデレプリケーション用データベースとして主要な立場を担っていくことが考えられる.

図1■GNPSでのMS2スペクトルライブラリー検索と分子ネットワーク解析

しかし,いくらコミュニティーベースのライブラリーであっても,登録化合物数は約18,000種であり,天然物データベースとして代表的なDictionary of Natural Productsに収録されている約328,000種と比較して圧倒的に少ない.すなわち,これまで長らく問題であった未登録既知物質のアノテーションができず,結果的に大量の未同定ピークが残存する点については実質的に解決できていないことになる.そこで,GNPSでは未同定ピークに構造情報を付与するための,分子ネットワーク解析(Molecular Networking)を行うことができる.これは,構造的に類似した化合物が似たMS2フラグメントパターンを示す性質を利用しており,各MS2スペクトル間における類似性をコサインスコアとして評価することで,基本骨格または部分構造が類似した化合物群をネットワークとして可視化するバイオインフォマティクス解析である(図1図1■GNPSでのMS2スペクトルライブラリー検索と分子ネットワーク解析).ネットワーク上では,各前駆イオンから得られたMS2スペクトルをそれぞれノード(点)として表現し,MS2スペクトルの類似性がユーザーの定めたコサインスコアの閾値を超える場合,ノード間はエッジ(線)で連結される.分子ネットワーク解析はライブラリー検索も同時に行うため,ライブラリーにヒットしたMS2スペクトルは既知物質のノードとしてアノテーションされる.したがって,アノテーションされたノードと連結したノードを容易に構造推定することが可能であり,数少ない既知物質ノードから大量の未同定ノードへと構造情報を拡張できるようになった.また,メタボロミクスで汎用されるLC-MS2のような多次元(保持時間,イオン強度,MS, MS2スペクトル)で膨大なデータが,検出イオンのケミカルスペースとして二次元のネットワークに集約されることから,化合物群の多様性やサンプル間の変化を直感的に理解できる.このように,分子ネットワーク解析はこれまでのメタボロミクスにおけるインフォマティクス解析とは一線を画す魅力的なツールであり,“ものとり”をはじめとする天然物化学や,化学生態学,薬物代謝学などの幅広い研究領域で活用されている(2)2) A. T. Aron, E. C. Gentry, K. L. McPhail, L.-F. Nothias, M. Nothias-Esposito, A. Bouslimani, D. Petras, J. M. Gauglitz, N. Sikora, F. Vargas et al.: Nat. Protoc., 15, 1954 (2020).

GNPSがパブリックなプラットフォームとして開設されてから,10年と経たずに多種多様な機能が次々と搭載されてきている.例えば,LC-MS2を用いたメタボロミクスで推奨されるfeature-based molecular networkingは,MZmine 2やMS-DIAL, OpenMS等のMS解析ソフトウェアで処理したアウトプットデータを用いることで,LC部で分離した異性体の識別,同位体ピーク由来のノードや同じイオンに由来するノード重複の削減を可能にし,半定量的分子ネットワークを構築できる(3)3) L.-F. Nothias, D. Petras, R. Schmid, K. Dührkop, J. Rainer, A. Sarvepalli, I. Protsyuk, M. Ernst, H. Tsugawa, M. Fleischauer et al.: Nat. Methods, 17, 905 (2020)..他にも,ニュートラルロスから部分構造を推定するMS2LDA(4)4) J. J. J. van der Hooft, J. Wandy, M. P. Barrett, K. E. V. Burgess & S. Rogers: Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 113, 13738 (2016).やデータベース登録化合物のin silico MS2フラグメントパターンによるデレプリケーションツールNAP(5)5) R. R. da Silva, M. Wang, L.-F. Nothias, J. J. J. van der Hooft, A. M. Caraballo-Rodríguez, E. Fox, M. J. Balunas, J. L. Klassen, N. P. Lopes & P. C. Dorrestein: PLOS Comput. Biol., 14, e1006089 (2018).など,コンピュータシュミレーションを基盤とした解析をさらなる構造情報拡張のために使用できる.また最近では,同じ化合物由来でありながらMS2フラグメテーションが異なるイオン付加体やクラスターイオンをイオンクロマトグラムのピーク形状に基づいた相関性を利用することで同一ネットワークへと集約可能なion-identity molecular networkingも公開された(6)6) R. Schmid, D. Petras, L.-F. Nothias, M. Wang, A. T. Aron, A. Jagels, H. Tsugawa, J. Rainer, M. Garcia-Aloy, K. Dührkop et al.: Nat. Commun., 12, 3832 (2021)..ユーザーはサンプルのMS2データを取得さえすれば,GNPS上で様々な手法を組み合わせることでそれぞれの研究目的に合わせた解析を行うことができる.

分子ネットワークによる新規天然物の迅速解析

分子ネットワーク解析を活用したものとり研究の報告数は過去数年で急速に上昇しており,既に数百種もの新規化合物が単離されている(2)2) A. T. Aron, E. C. Gentry, K. L. McPhail, L.-F. Nothias, M. Nothias-Esposito, A. Bouslimani, D. Petras, J. M. Gauglitz, N. Sikora, F. Vargas et al.: Nat. Protoc., 15, 1954 (2020)..ここでは,現在我々が取り組んでいるベトナム産薬用植物からの生物活性物質の探索研究(7)7) Y. Kakumu, T. M. T. Nguyen & T. Mitsunaga: Phytochemistry, 202, 113322 (2022).を紹介したい.

ベトナム伝統生薬“Ba chac”として知られるミカン科常緑樹Melicope pteleifoliaは,アシルフロログルシノールとイソプレノイドを生合成前駆体とするメロテルペノイドやフロキノリンアルカロイド,環状ペプチド等の二次代謝産物に富み,多面的な生物活性を示す(8, 9)8) Q. Yao, Y. Gao, C. Lai, C. Wu, C.-L. Zhao, J.-J. Wu & D.-X. Tang: J. Ethnopharmacol., 251, 112546 (2020).9) B. W. Lee, T. K. Q. Ha, E. J. Park, H. M. Cho, B. Ryu, T. P. Doan, H. J. Lee & W. K. Oh: J. Org. Chem., 86, 1437 (2021)..我々はこれら構造多様な生物活性物質に興味を持ち,分子ネットワーク解析を用いて未知ケミカルスペースを探索することにした.

まずM. pteleifoliaの葉抽出物とそこから得られた3つの分配画分についてLC-MS2によるノンターゲット分析を行い,得られたデータをMZmine 2で解析後,feature-based molecular networkingで分子ネットワーク解析を行った(図2図2■ミカン科Melicope pteleifoliaから分子ネットワーク解析を用いて単離した新規2H-クロメン二量体の構造と三量体の推定構造).その結果,50個のサブネットワークを含む分子ネットワークが構築された.GNPSスペクトルライブラリーよりM. pteleifoliaから単離報告のあるアシルクロメン,フロキノリンアルカロイド,フラボノイド類に相当する化合物群のデレプリケーションに成功した.また,ライブラリーには存在しなかったが本植物に特異に存在するC-グルコシルアシルフロログルシノール類(10)10) B.-W. Lee, J.-G. Park, T. K. Q. Ha, H. T. T. Pham, J.-P. An, J.-R. Noh, C.-H. Lee & W. K. Oh: J. Nat. Prod., 82, 2201 (2019).のネットワークを連続的な水酸基のニュートラルロスとピラノース環開裂パターンから推定した.一方で,2番目に大きなネットワークにはライブラリーと一致するノードが存在せず,全ノードのMS2スペクトルでm/z 247に特徴的な共通プロダクトイオンを示した.前駆イオンから算出した分子式や既知物質との比較による詳細な解析により,本ネットワークはユニークなジメチルクロメン二量体および三量体に相当する化合物群であり,共通プロダクトイオンはクロメン間リンカーでのベンジル開裂によって生じるイオンであると推測できた.本化合物群をこれまでほとんど探索されていないケミカルスペースとして単離標的に定め,標的前駆イオンを主に検出したn-ヘキサン画分を分画することにした.また,n-ヘキサン画分から得た細画分を用いて再度分子ネットワーク解析を行ったところ,想像以上に構造多様性に富んだ類縁体が存在するとわかった.各種クロマトグラフィーを用いてメルプテルクロメンA–Eと命名した標的化合物5種を単離し,核磁気共鳴や高分解能MS,光学分割,密度汎関数理論による計算により絶対立体配置を含む構造を決定した.なお,一部の化合物に顕著な一酸化窒素産生阻害能を示すことを明らかにし,その活性発現にはリンカー結合部位が重要であることがわかった(7)7) Y. Kakumu, T. M. T. Nguyen & T. Mitsunaga: Phytochemistry, 202, 113322 (2022)..メルプテルクロメン類は単量体間の結合様式にエチリデンもしくは1,3-ジアリールブタノールを含む斬新な化合物であり,ジメチルクロメンアシル還元体から誘導される二級ベンジルカルボカチオンの非選択的アルキル化によって生成すると考えている.そのため,同一ネットワークに含まれる数多くのノードはメルプテルクロメン類の構造異性体や立体異性体に由来すると推測される.また,微量で単離に至らなかった三量体の推定構造は,分子式とMS2スペクトル,および単離した新規化合物の構造から導き出すことができた.

図2■ミカン科Melicope pteleifoliaから分子ネットワーク解析を用いて単離した新規2H-クロメン二量体の構造と三量体の推定構造

我々の研究では,分子ネットワーク解析をサンプル中の未探索ケミカルスペースの可視化や新規化合物の効率的な単離のために使用した.その他では,種特異的な未知化合物を有するサンプルを見出すために,数百種類に及ぶサンプルの大規模なメタボロームデータから分子ネットワーク解析を行った研究もいくつか報告されている(11, 12)11) M. Crüsemann, E. C. O’Neill, C. B. Larson, A. V. Melnik, D. J. Floros, R. R. da Silva, P. R. Jensen, P. C. Dorrestein & B. S. Moore: J. Nat. Prod., 80, 588 (2017).12) F. Olivon, P.-M. Allard, A. Koval, D. Righi, G. Genta-Jouve, J. Neyts, C. Apel, C. Pannecouque, L.-F. Nothias, X. Cachet et al.: ACS Chem. Biol., 12, 2644 (2017).

誘導体プローブを用いた推定天然物の単離

大腸がんリスク因子コリバクチン(13)13) 平山裕一郎,渡辺賢二:化学と生物,60, 123 (2022).や病原真菌に対する根圏防御物質タナマイシン(14)14) C. W. Johnston, M. A. Skinnider, M. A. Wyatt, X. Li, M. R. M. Ranieri, L. Yang, D. L. Zechel, B. Ma & N. A. Magarvey: Nat. Commun., 6, 8421 (2015).など,存在を示唆されながらも構造解明までに長年を要した化合物は少なくない.一方で,生合成を模倣した天然物全合成研究などにおいてその過程で合成された化合物が後に生物から単離される例もたびたび報告されている(15)15) B. E. Hetzler, D. Trauner & A. L. Lawrence: Nat. Rev. Chem., 6, 170 (2022)..このような天然物は超微量,不安定,もしくは精製困難であることに共通し,合理的な単離,構造決定を行うためには事前に部分構造や骨格に関する構造情報を獲得することが必要不可欠である.その点において分子ネットワーク解析は,MS2パターンから化合物クラスや部分構造を推定することに最適である.すなわち,存在すると予想される化合物もしくは簡略化体をシード(プローブ)として使用することで,プローブノードに連結した潜在天然物のノードを一気に発見する(釣り上げる)ことが可能である.この方法を用いて,EvannoとBeniddirらは,海綿から双性イオン型キノノイドを発見した(図3図3■半合成プローブを用いた分子ネットワーク解析により単離した海綿由来新規セスキテルペンベンゾキノンイミンの構造(16)16) N. Bonneau, G. Chen, D. Lachkar, A. Boufridi, J.-F. Gallard, P. Retailleau, S. Petek, C. Debitus, L. Evanno, M. A. Beniddir et al.: Chem.-Eur. J., 23, 14454 (2017).

図3■半合成プローブを用いた分子ネットワーク解析により単離した海綿由来新規セスキテルペンベンゾキノンイミンの構造

海綿Dactylospongia metachromiaは,セスキテルペンキノンやキノンアミンを有する.4,9-フリードドリマン型セスキテルペンに1,4-ベンゾキノンが結合した主要物質イリマキノンは,ゴルジ体断片・小胞化誘導作用をはじめとする興味深い生物活性を示し,その活性にはベンゾキノン部が重要であることがわかっている.ベンゾキノンの反応性を利用した構造活性相関研究(17)17) L. Evanno, D. Lachkar, A. Lamali, A. Boufridi, B. Séon-Méniel, F. Tintillier, D. Saulnier, S. Denis, G. Genta-Jouve, J.-C. Jullian et al.: Eur. J. Org. Chem., 2018, 2486 (2018).において,イリマキノンが35°Cのアンモニア水中でπ電子局在性ベンゾキノンイミンへと容易に誘導されたことから,生体中においても同様の化合物が存在する可能性があることを予想した.そこで,誘導体をフィッシングプローブとしてD. metachromia酢酸エチル抽出物と同様にLC-MS2で分析し,次いで分子ネットワーク解析を行った.期待通りに,誘導体ノードを中心として抽出物由来のノードが1つのクラスターを形成したことから,誘導体プローブに類似した天然分子の存在が示唆された.標的ノードの精製を進めた結果,ベンゾキノンイミンがアミノアルキル化された8種のダクチロシアニン類を発見した.青色色素ダクチロシアニン類は天然では初の6π+6π局在性ベンゾキノンイミンを含む化合物であり,溶媒の極性によって色調が変化するソルバトクロミズムを示すことが報告されている.

このように,分子ネットワーク解析は単に二次代謝産物をネットワークとして可視化することができるだけでなく,生物中での主要物質から数工程で誘導できる推定天然物プローブを起点とした新たなケミカルスペースを切り拓くことができる.

分子ネットワーク解析による生物間相互作用解明

前述の通り,分子ネットワーク解析は質量分析で包括的に検出したイオンの構造類似性に基づく分類とその視覚的理解に長けている.したがって,異種生物間で起こる化学コミュニケーションや生物変換,薬物動態で代謝される有機化合物の追跡と可視化を行うことができる.そこで,ものとり研究以外でも分子ネットワーク解析が強力なツールとして使用された研究について紹介する.

生物は環境中において同異種生物と共生,寄生,あるいは捕食・被食の関係にあり,それらの相互作用にはファイトアレキシンやフェロモン,マイコトキシンのように少なからず天然物が関係している.例えば枯草菌Bacillus subtilisが生産するサーファクチンは強力な界面活性作用を有する環状リポぺプチド系抗生物質であり,バイオフィルム形成誘導や微生物生育阻害といった機能を持つことからB. subtilisが微小環境中での生存競争を生き抜くために必要不可欠である(18)18) J. M. Raaijmakers, I. D. Bruijin, O. Nybroe & M. Ongena: FEMS Microbiol. Rev., 34, 1037 (2010)..裏を返せば,B. subtilis生育下でも競合的に生育することのできる微生物はサーファクチンに対する何らかの回避機構を有していると考えられる.

さて,BrunelleとPradoらはイヌガヤの針葉より単離したB. subtilis 9E1a株と内生糸状菌Paraconiothyrium variabile LCP5644株が拮抗的に生育することを発見し,分子ネットワーク解析と質量分析イメージングを組み合わせることでサーファクチンが介する相互作用を解明した(19)19) M. Vallet, Q. P. Vanbellingen, T. Fu, J.-P. Le Caer, S. Della-Negra, D. Touboul, K. R. Duncan, B. Nay, A. Brunelle & S. Prado: J. Nat. Prod., 80, 2863 (2017)..まず,麦芽エキス寒天培地で単一培養した両株の酢酸エチル抽出物,および共培養したときの競合ゾーンと各コロニーの競合ゾーンから離れた部分の酢酸エチル抽出物をLC-MS2で分析し,分子ネットワーク解析を行った.得られた分子ネットワークのうち,サーファクチンC13–C15がアノテーションされた分子ネットワークは,競合ゾーンおよび単一,共培養時でのB. subtilis抽出物由来のノードから構成されていた.したがって,P. variabileはサーファクチン類生産菌に対して競合的に生育するための耐性機構を獲得していると推測できた.興味深いことに,同一分子ネットワークにはサーファクチン類由来のイオンから+18 Daの前駆イオンも含まれ,それらはサーファクチン類と同様のMS2フラグメントパターンを示すことがわかった.このことから,B. sabtilisから生産されるサーファクチン類はP. variableにより非活性型直鎖ペプチドへと加水分解されていることが予想された.次いで,加水分解型直鎖サーファクチンが相互作用の過程においてどこで生成されるかを調査するため,マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析(MALDI-TOF-MS)および飛行時間型二次イオン質量分析(TOF-SIMS)による質量分析イメージングを行った.サーファクチン類がB. sabtilisのコロニー内とその近隣で局所的に検出されたのに対し,加水分解物はほとんどが競合ゾーンで検出されたことから,Streptomyces属が加水分解酵素を分泌して分解,無毒化する機構を持つように糸状菌P. variableも同様の耐性機構を有していることが示唆された.

サーファクチンを介した化学相互作用はほかにも存在する.Luzzatto-KnaanとDorresteinらは,パターン形成細菌Paenibacillus dendritiformisB. subtilis NCIB 3610株との共培養下でB. subtilisへと誘引されるユニークなスウォーミングを示すことを発見した(20)20) T. Luzzatto-Knaan, A. V. Melnik & P. C. Dorrestein: ACS Chem. Biol., 14, 459 (2019)..質量分析イメージングでB. subtilisのコロニーおよびその周辺の培地上でm/z 1058のシグナルを検出したが,共培養時においてP. dendritiformisコロニー付近では検出されず,代わりにm/z 622, 658のシグナルを強く検出した.これら前駆イオンに関する構造情報を得るために,単一・共培養下での各微生物抽出物についてLC-MS2分析および分子ネットワーク解析を行った.その結果,m/z 600程度のイオンはそれらのみでクラスター化し,MS2パターンよりサーファクチン類が加水分解されて生成したLeu-Leu-Glu-脂質鎖から成る直鎖リポペプチドに相当することがわかった(図4図4■分子ネットワークを用いたB. subtilisP. dendritiformisで起こる化学相互作用の解析).続くサーファクチン合成酵素欠損株や分解物を用いた実験により,サーファクチンはP. dendritiformisに誘導物質として作用し,分解物の直鎖リポペプチドは同種コロニーの生育を制限する境界マーカーとして働くと考察された(20)20) T. Luzzatto-Knaan, A. V. Melnik & P. C. Dorrestein: ACS Chem. Biol., 14, 459 (2019).

図4■分子ネットワークを用いたB. subtilisP. dendritiformisで起こる化学相互作用の解析

上述した2例は,質量分析イメージングが得意とする分子イオンの空間的局在性マッピングに分子ネットワークから得られる構造情報を付与したことで,相互作用における鍵物質の同定や生体変換などの微生物間で起こる分子レベルでの生命現象が解明された好例である.微生物–微生物相互作用の他にも,黒茶の後発酵過程に起こるフラバン-3-オール類の真菌による生体変換(21)21) H.-F. Xie, Y.-S. Kong, R.-Z. Li, L.-F. Nothias, A. V. Melnik, H. Zhang, L.-L. Liu, T.-T. An, R. Liu, Z. Yang et al.: J. Agric. Food Chem., 68, 7995 (2020).や,海産無脊椎動物の食物連鎖におけるビスピロールアルカロイド類の移行と化学修飾に関する研究(22)22) M. Takaki, V. F. Freire, K. J. Nicacio, A. F. Bertonha, N. Nagashima, R. Sarpong, V. Padula, A. G. Ferreira & R. G. S. Berlinck: J. Nat. Prod., 84, 790 (2021).にも活用されており,表現型である二次代謝産物を押さえることができる分子ネットワーク解析は生物界を跨いだ相互作用に関連する化合物の構造情報解明において極めて有効な解析手法であるといえる.

おわりに

近年のタンデム質量分析を基盤としたバイオインフォマティクス解析手法の開発は枚挙に暇がない.その中でも,分子ネットワーク解析やライブラリー検索,データデポジットのできるGNPSは世界中の研究者に利用され,天然物化学とその周辺領域の研究における次世代型インフォマティクスプラットフォームとして確固たる地位を築いている.ゆえにここで紹介したような分子ネットワーク解析を活用した合理的かつ迅速なものとり研究や生物間相互作用解明に関する研究は,今後一層増加していくと予想される.

分子ネットワーク解析は膨大な分析データを一挙に解析できるというアドバンテージがある一方,アウトプットされた分子ネットワークやアノテーションが真に正しいかどうかは依然として化学の目で判断する必要がある.しかし,GNPSではユーザーフレンドリーな解析手順やその過程で生じる問題点の解決法などが十分に用意されており,フォーラム上で開発者と議論することも可能であることから,初めて使う人でもこれらを参考にしながら容易に解析することができる.本解説で分子ネットワーク解析に少しでも興味を持ち,天然物化学研究の発展に活用して頂けたら幸いである.

Reference

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