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微生物におけるリジン研究の新展開生合成強化による高生産株の育種とストレス耐性の向上

Shota Isogai

磯貝 章太

奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科バイオサイエンス領域

Hiroshi Takagi

高木 博史

奈良先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科バイオサイエンス領域

Published: 2023-02-01

リジンは,哺乳類が生体内で生合成できない必須アミノ酸の一つであり,食事からの摂取が必要である.しかしながら,ヒトや家畜が主食とする穀類中のリジン含有量が少ないため,必要量の摂取が難しく,ヒトの健康や家畜の生育に悪影響を与える.そのため,家畜飼料には,微生物で発酵生産したリジンが不足分を補うために添加されている.一方,植物や微生物において,リジンは様々な環境ストレスに対する応答や適応に重要な働きを担っている.例えば,植物では干ばつストレスに応答してリジンの分解が誘導される.また,酵母(冷凍・酸化ストレス)や大腸菌(酸ストレス),コリネ型細菌(高温ストレス),海洋微生物(浸透圧ストレス)において,リジンがカッコ内のストレスに対する耐性に関わることが報告されている.本稿では,酵母のリジン生合成系酵素の理論的改変によるリジン生産性の向上と,大腸菌のリジン生合成強化による高温ストレス耐性の付与について,筆者らの研究成果を紹介する.

リジンを含むアミノ酸を高生産する微生物の多くは,個々のアミノ酸の毒性アナログ(構造類似化合物)に耐性を示す変異株のスクリーニングにより取得されてきた.ほとんどのアミノ酸は,生合成経路の律速酵素(多くの場合,初発反応を触媒する酵素)の活性が最終産物のアミノ酸によって阻害される(フィードバック阻害)ことで,細胞内含量が厳密に制御されており,最低限以上には生合成されない.一方,アミノ酸の毒性アナログに耐性を示す変異株では,このようなフィードバック阻害の対象となる酵素の遺伝子にアミノ酸置換を伴う変異が導入されることで,フィードバック阻害に対する感受性が低下し,対応するアミノ酸が高生産されることが多い.このような「アナログ耐性」を指標にした変異導入は,アミノ酸高生産菌の育種に極めて有効な手法であるが,候補株の選抜と解析に時間と労力を必要とする.したがって,例えばリジンの生産性をさらに向上させるためには,より効率的な手法が必要となる.また,変異体酵素におけるアミノ酸置換の種類は,変異導入に利用した手法や塩基配列に依存するため,実際にはフィードバック阻害への感受性がさらに低下するようなアミノ酸置換が存在する可能性がある.

酵母Saccharomyces cerevisiaeのリジン生合成では,初発反応を触媒するホモクエン酸シンターゼLys20がリジンによるフィードバック阻害を受ける律速酵素である(1, 2)1) A. Feller, F. Ramos, A. Piérard & E. Dubois: Eur. J. Biochem., 261, 163 (1997).2) H. Quezada, A. Marín-Hernández, D. Aguilar, G. López, J. C. Gallardo-Pérez, R. Jasso-Chávez, A. González, E. Saavedra & R. Moreno-Sánchez: Mol. Microbiol., 82, 578 (2011)..そこで筆者らは,Lys20の立体構造モデルを用いて,アミノ酸置換がリガンドの結合性に与える影響を評価することで,フィードバック阻害感受性の低下に寄与する既知のアミノ酸置換(1)1) A. Feller, F. Ramos, A. Piérard & E. Dubois: Eur. J. Biochem., 261, 163 (1997).を最適化し,機能が向上したLys20変異体の合理的な設計を試みた.その結果,既知の変異体(Ser385Phe)よりもフィードバック阻害感受性が低下し,リジン生産性を約1.5倍向上させる新しい変異体(Ser385Glu)が取得できた(図1A図1■酵母Saccharomyces cerevisiae(A)および大腸菌Escherichia coli(B)のリジン生合成経路(3)3) S. Isogai, T. Matsushita, H. Imanishi, J. Koonthongkaew, Y. Toyokawa, A. Nishimura, X. Yi, R. Kazlauskas & H. Takagi: Appl. Environ. Microbiol., 87, e00600-21 (2021)..以上の知見は,酵素の構造情報を用いたシミュレーションと実験的な解析を組み合わせることで,効率的にリジン生産性の向上が可能となることを示している.

図1■酵母Saccharomyces cerevisiae(A)および大腸菌Escherichia coli(B)のリジン生合成経路

(A)酵母では,α-ケトグルタル酸から8段階の酵素反応によりリジンが生合成される.本経路において,初発反応を触媒するホモクエン酸シンターゼLys20は,その活性がリジンのフィードバック阻害によって制御されることで,生合成量を調節している律速酵素である.(B)大腸菌では,アスパラギン酸から9段階の酵素反応によりリジンが生合成される.アスパラギン酸からは,リジンのほかにアスパラギン酸セミアルデヒドの還元によって生成するホモセリンを経由し,スレオニン・メチオニンが生合成される.本経路において,ThrAはアスパラギン酸のリン酸化とホモセリン合成の両方を触媒し,スレオニンによるフィードバック阻害に感受性を示す多機能酵素(アスパラギン酸キナーゼ/ホモセリンデヒドロゲナーゼ)である.

また,微生物は発酵生産環境において様々な環境ストレス(高温,酸化,低pH,冷凍,乾燥など)に暴露されており,これらの環境ストレスは,微生物の増殖や生理機能に悪影響を与え,目的化合物の発酵生産性を低下させる.したがって,微生物の発酵生産性の改善には,環境ストレスに対する耐性(ロバスト性)の強化が必要である.

最近筆者らは,リジンの添加により大腸菌Escherichia coliの高温ストレス耐性が向上すること,また変異育種により取得したリジン高生産株も高温ストレス条件における生育が改善することを見出した.リジン高生産株の全ゲノム解析によって,リジン・スレオニン生合成に関わる多機能酵素(アスパラギン酸キナーゼ/ホモセリンデヒドロゲナーゼ)ThrA(4)4) R. E. Viola: Acc. Chem. Res., 34, 339 (2001).に新規なアミノ酸置換Gly474Aspを同定した.さらにGly474Asp変異体の発現によって,リジン生合成能が強化され,大腸菌の高温ストレス耐性が向上することを明らかにした.酵素学的解析の結果から,Gly474Aspのアミノ酸置換によってホモセリンデヒドロゲナーゼ活性が低下したことで,リジンとスレオニンの共通の生合成中間体であるアスパラギン酸セミアルデヒドが蓄積し,リジンに変換されたと推測される(図1B図1■酵母Saccharomyces cerevisiae(A)および大腸菌Escherichia coli(B)のリジン生合成経路(5)5) S. Isogai & H. Takagi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 105, 6899 (2021)..以上の結果は,リジンを高生産する微生物が高いロバスト性を有することを示唆しており,そのロバスト性は有用物質を発酵生産する宿主として利用する際,発酵生産環境の維持にかかるコストを低減できる可能性を秘めている.リジンはアルギニンやグルタミン酸と同様に荷電アミノ酸であるため,高温ストレスによるタンパク質の変性防止に寄与するかも知れないが(6)6) A. P. Golovanov, G. M. Hautbergue, S. A. Wilson & L. Y. Lian: J. Am. Chem. Soc., 126, 8933 (2004).,リジン(もしくはその代謝産物)による高温ストレス耐性向上の詳細な機構は不明であり,今後の研究により明らかにされるものと期待される.

リジンは哺乳類にとって栄養学的に重要なアミノ酸であるだけでなく,微生物,植物のロバスト性に寄与する.筆者らは,このような機能性アミノ酸の細胞内外の含量を人為的に増加させることで,微生物や植物の高機能開発,有用物質の生産性向上などを行う育種手法を「アミノ酸機能工学」と命名した(7)7) H. Takagi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 83, 1449 (2019)..リジンはわが国の発酵化学産業を代表するアミノ酸の一つであり,アナログ耐性を指標に様々な微生物の高生産株が育種されている.さらに,これらの高生産株の解析により,リジン生合成系酵素の活性制御について数多くの生化学的・構造生物学的な知見が蓄積されている.今後,得られた知見をもとにリジン代謝経路を理論的に改変し,様々な産業用微生物からリジン高生産株を効率的に育種することで,食品・家畜飼料の高付加価値化や発酵生産性の改善に貢献できると期待している.

Reference

1) A. Feller, F. Ramos, A. Piérard & E. Dubois: Eur. J. Biochem., 261, 163 (1997).

2) H. Quezada, A. Marín-Hernández, D. Aguilar, G. López, J. C. Gallardo-Pérez, R. Jasso-Chávez, A. González, E. Saavedra & R. Moreno-Sánchez: Mol. Microbiol., 82, 578 (2011).

3) S. Isogai, T. Matsushita, H. Imanishi, J. Koonthongkaew, Y. Toyokawa, A. Nishimura, X. Yi, R. Kazlauskas & H. Takagi: Appl. Environ. Microbiol., 87, e00600-21 (2021).

4) R. E. Viola: Acc. Chem. Res., 34, 339 (2001).

5) S. Isogai & H. Takagi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 105, 6899 (2021).

6) A. P. Golovanov, G. M. Hautbergue, S. A. Wilson & L. Y. Lian: J. Am. Chem. Soc., 126, 8933 (2004).

7) H. Takagi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 83, 1449 (2019).