学界の動き

新産業酵母研究会(MINCY)の10年を振り返る多様な酵母の魅力を見る

Masamichi Takagi

髙木 正道

新潟薬科大学

Hiroaki Takaku

高久 洋暁

新潟薬科大学応用生命科学部

Ryouichi Fukuda

福田 良一

東京大学大学院農学生命科学研究科

Published: 2023-02-01

酵母とは何か,そしてMINCY創立の意義

世に酵母といえば,アルコール発酵によるアルコールの生成により他の微生物から自己を護り,地球上の様々な場所に広く分布しながら,一方ではそのアルコールや炭酸ガスの発生によりパンや酒類の生産を通して何千年もの間人類の生活を支え,その生活様式に多大な影響を与え続きて来た酵母の一種であるSaccharomyces cerevisiaeとその近縁種を指す.家庭でのパン作りのために今やこの酵母は市販されており,主婦を始めとする多くの人々に親しまれている.また,真核生物の生命を簡潔に体現している微生物として真核生物研究のモデルとして詳細な研究も進められている.原生生物界・植物界・動物界とともに真核生物の一大グループ(数百万種も存在するとも言われている)である菌界に糸状菌やキノコとともに位置づけられる酵母という一群の生物は,S. cerevisiaeを含む1500~2000種が取り上げられており,菌界進化系統樹の上では多系統群の生物として収斂進化と呼ばれる進化現象の結果,生じてきたものと考えられている(1)1) L. G. Nagy, R. A. Ohm, G. M. Kovács, D. Floudas, R. Riley, A. Gácser, M. Sipiczki, J. M. Davis, S. L. Doty, G. Sybren de Hoog et al.: Nat. Commun., 5, 4471 (2014)..即ち,菌界に属する生物が,古い地球上において恐らく植物とともに海から陸上に上陸して,植物に大きく依存した生活をし始めるようになった4~5億年前以来,細胞表層の合成・分解に関与するいろいろな酵素遺伝子の獲得・喪失や,それら遺伝子の転写制御遺伝子の変化などの要因の組み合わせにより菌界の進化系統樹の中の様々な位置で酵母型細胞様式が確立され,現在に至っているものと推定されている(2)2) E. Kiss, B. Hegedüs, M. Virágh, T. Varga, Z. Merényi, T. Kószó, B. Bálint, A. N. Prasanna, K. Krizsán, S. Kocsubé et al.: Nat. Commun., 10, 4048 (2019)..この酵母という名のもとに一括りにされている菌界に属する微生物たちは,勿論多様ではあるが,大雑把に言えば,菌糸状の増殖形態をとる,あるいはキノコ状の有性生殖器官を形成する他の菌類とは異なる酵母型細胞様式を確立させたと考えられる.それと同時に,あるものは植物への依存度を低下させ,またあるものはバイオサーファクタントの生産(3)3) D. Kitamoto, T. Fukuoka, A. Saika & T. Morita: J. Oleo Sci., 71, 1 (2021).や脂質の高生産(4)4) H. Takaku, T. Matsuzawa, K. Yaoi & H. Yamazaki: Appl. Microbiol. Biotechnol., 104, 6141 (2020).,メタノールやn-アルカンの代謝(5, 6)5) H. Yurimoto & Y. Sakai: Curr. Issues Mol. Biol., 33, 197 (2019).6) R. Fukuda & A. Ohta: “Yarrowia lipolytica: Genetics, Genomics, and Physiology” ed. by G. Barth, Springer, 2013, p. 111.などの特有の代謝機能を備え,地球上の極限環境を含む海水,河川,大気,土壌など様々な場所に,単独で,あるいは他の生物と共存してきたと考えられる.酵母の多くは出芽により増殖し,卵型の比較的均一な大きさの細胞を持ち,ゲノムサイズはコンパクトで,世代時間も割合に短く,細胞内膜系やタンパク質分泌系を備えており,生育条件があまり厳しくないため培養しやすいものが多く,我々が有用物質生産や環境浄化などのバイオテクノロジーで利用しやすいという特徴を持ったものへと進化してきていると考えられる.特に最近では多くの酵母のゲノム配列が決定されており,遺伝子操作系が開発されているものもある.このように多様な酵母の利用が容易になってきた状況を考えれば,いまだ研究の少ない未開発の酵母には,SDGs時代に環境に大きな負荷をかけないバイオテクノロジーに利用できる有用な性質が隠されていることが期待され大きな魅力が感じられる.このような多様な酵母の可能性という観点から,これまでS. cerevisiaeの研究のみが突出していた酵母研究と並行して,化粧品などに実用化されているバイオサーファクタントのMoesziomyces antarcticusによる生産(3)3) D. Kitamoto, T. Fukuoka, A. Saika & T. Morita: J. Oleo Sci., 71, 1 (2021).などS. cerevisiaeには全く期待できない新たな代謝能を利用した物質生産などの場としての酵母を探し出し,産業利用を目指す研究も推進されるべきであり,その研究者の情報交換や交流の場が是非必要であると考えられる.実際に,S. cerevisiae以外の酵母には,酵素,風味・呈味成分,糖・糖アルコール,アミノ酸,有機酸,脂質,バイオサーファクタントなどの供給源として,あるいは異種タンパク質生産の宿主として,さらにはバイオレメディエーションの生物触媒として期待されるものが存在することが報告されている(7, 8)7) E. A. Johnson: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 503 (2013).8) E. A. Johnson: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 7563 (2013)..このような趣旨で新たな研究会「新産業酵母研究会= Meeting of Industrial Non-Conventional Yeasts(MINCY)」を約10年前に設立した.以来,春と秋の年2回,例会を開催し,全国の研究者の中から毎回4人の演者を招き,講演をお願いし,これまで約80の講演が行われてきた.2021年にはその10年を記念し,春の日本農芸化学会のシンポジウム(“酵母研究の産業利用への展開:いま「Non-conventional Yeasts」が新しい”)と秋のMINCY例会での10年間の活動をまとめた講演(“新産業酵母研究会MINCYの10年を振り返る”)を行ってきたが,広くこの分野に興味を持つ研究者が多いと思われる本誌にこれまでの講演の内容をまとめ,今後の展望を記すことにしたい.このまとめ作業に関わったのはMINCYの運営委員会のメンバーで,本稿の筆者となっている3人と,図1図1■A. MINCY講演会で報告された酵母,菌類の分類 B. 有用酵母,菌類の分類学的位置(運営委員 高島氏により作製)についてはやはり運営委員会のメンバーである高島昌子氏(東京農大)である.

図1■A. MINCY講演会で報告された酵母,菌類の分類 B. 有用酵母,菌類の分類学的位置(運営委員 高島氏により作製)

A. MINCY講演会で報告された全ての酵母,菌類の分類をグラフにまとめた.B. MINCY講演会で報告された有用酵母,菌類(表1表1■新産業酵母研究会(MINCY)講演会で報告された有用酵母,菌類とその性質および遺伝子,酵素,代謝系)の分類学的位置を系統樹中に示した.系統樹はLiら(18)18) Y. Li, J. L. Steenwyk, Y. Chang, Y. Wang, T. Y. James, J. E. Stajich, J. W. Spatafora, M. Groenewald, C. W. Dunn, C. T. Hittinger et al.: Curr. Biol., 31, 1653 (2021).の図を許可を得て一部改変して転載した.系統樹にはSaccharomycotinaを除いて目レベルの分類名が記載されている.Saccharomycotinaではこのグループを構成する12の主要なクレードを反映する非公式の科レベルの名称が使用されている.分類名の後のカッコ内の数字は解析に用いたゲノムの数を示す.種名の前の数字は表1の菌群に付した番号を示す.

10年間の発表のまとめ

まず,10年間,即ち2011年の第1回例会から,2021年の第20回例会(2020年の例会はコロナ禍のため休会)までの例会で報告された全ての酵母種について,その割合を円グラフにしたものが図1A図1■A. MINCY講演会で報告された酵母,菌類の分類 B. 有用酵母,菌類の分類学的位置(運営委員 高島氏により作製)である.非常に多くの酵母,子嚢菌類と担子菌類の酵母が研究されていることがわかる.次にこれら講演の中から実用化に近いか,既に実用化されているもの約30題を筆者らの主観で選び,そこで研究されている酵母が菌類や酵母の系統樹の中でどのような位置に存在するのかを示した(図1B図1■A. MINCY講演会で報告された酵母,菌類の分類 B. 有用酵母,菌類の分類学的位置(運営委員 高島氏により作製)).ここで見るように,利用を目的に研究されている酵母は,担子菌門では4つの亜門に広く分布しており,一方子嚢菌門では,3つの亜門の中では酵母が多様化したSaccharomycotina亜門に偏っていることがわかる.菌類の系統樹の中で,我々研究者が利用を試みるほどにユニークで特徴的な酵母の分布は,今後の多様な酵母の利用を考える上で参考になれば幸いである.

なお,菌類の系統樹そのものが今でも議論されているほどに複雑であり,確定したものではないことをご理解の上,本図をご覧いただきたい.また,これら研究で扱われた酵母名,その性質および遺伝子,酵素,代謝系などを表1表1■新産業酵母研究会(MINCY)講演会で報告された有用酵母,菌類とその性質および遺伝子,酵素,代謝系にまとめた.これら図表の酵母に付けられた番号は対応している.この表には現在研究あるいは産業利用されている酵母だけでなく,現在は使用されていないものも含まれる.

表1■新産業酵母研究会(MINCY)講演会で報告された有用酵母,菌類とその性質および遺伝子,酵素,代謝系
有用物質,性質利用されている遺伝子・酵素・代謝系生物種番号
油脂生産油脂生産関連酵素Rhodosporidium toruloidesRhodotorula toruloides
Lipomyces starkeyi
Lipomyces
Myxozyma
グルコシルセラミド生産グルコシルセラミド合成酵素Lachancea kluyveri
Kluyveromyces thermotoleransLachancea thermotolerans
ωヒドロキシ脂肪酸生産 リコペン生産長鎖アルコール代謝酵素遺伝子,ゲラニルゲラニル2リン酸合成酵素遺伝子,HMG-CoAレダクターゼ遺伝子,アシルCoAオキシダーゼ遺伝子,グリセロール-3-リン酸デヒドロゲナーゼ遺伝子Yarrowia lipolytica
共重合ポリエステル(PHBH)生産n-アルカン,油脂代謝酵素Candida maltosa
バイオサーファクタントマンノシルエリスリトールリピッド合成酵素Pseudozyma antarcticaMoesziomyces antarcticus
Pseudozyma tsukubaensis
ソホロリピッド合成酵素Starmerella bombicola
Candida apicolaStarmerella apicola
油脂分解リパーゼYarrowia lipolytica
排水処理(環境浄化)Hansenula fabianiiCyberlindnera fabianii
ポリリン酸蓄積Hansenula anomalaWickerhamomyces anomalus
メタノール代謝メタノール代謝関連遺伝子Komagataella pastoris
Komagataella phaffii
Candida boidinii
n-アルカン代謝n-アルカン代謝関連酵素遺伝子Yarrowia lipolytica
有用酵素生産リパーゼPseudozyma antarcticaMoesziomyces antarcticus
Cryptococcus sp. S-2
生デンプン分解性α-アミラーゼ,酸性キシラナーゼ,耐熱性セルラーゼ,リパーゼCryptococcus sp. S-2
Geotrichum sp. M111
β-ガラクトシダーゼKluyveromyces lactis
異種タンパク質生産マイコウイルスタンパク質Saccharomyces cerevisiae
Schizosaccharomyces pombe
好酸性キシラナーゼ,好酸性セルラーゼ,リパーゼ,西洋ワサビペルオキシダーゼCryptococcus sp. S-2
医薬品用タンパク質Ogataea minuta
ヒトサイトカイン,母乳胆汁酸活性化リパーゼPichia pastoris (Komagataella pastoris)
アブラナ科由来抗菌蛋白質ディフェンシンAFP1
Komagataella pastoris
Komagataella phaffii
Candida boidinii
酒造,製パンアルコール発酵関連酵素Saccharomyces cerevisiae
バイオエタノールアルコール発酵関連酵素Saccharomyces cerevisiae
バイオエタノール生産アルコール発酵関連酵素Candida utilisCyberlindnera jadinii
バイオ乳酸生産乳酸合成関連酵素
バイオエタノールアルコール発酵関連酵素Scheffersomyces shehatae
バイオディーゼル脂肪酸合成酵素Cystobasidium iriomotense
醤油醸造醤油香気形成Zygosaccharomyces rouxii
エリスリトール生産エリスリトール合成酵素Moniliella megachiliensis
Moniliella
酵母エキスSaccharomyces pastorianus
Saccharomyces cerevisiae
Candida utilisCyberlindnera jadinii
コエンザイムQ10生産コエンザイムQ10合成酵素Schizosaccharomyces pombe
低温耐性Mrakia blollopis
不凍活性Glaciozyma antarctica
高温耐性Kluyveromyces marxianus
β-グルカンによる植物の生理活性向上β-グルカン合成酵素Saccharomyces pastorianus
睡眠の質の改善Saccharomyces cerevisiae(清酒酵母)
産膜形成flocculinSaccharomyces cerevisiae(ワイン酵母)
光合成Paulinella chromatophora
食用Grifola frondosa(マイタケ)
シモフリヒラタケ
Lentinula edodes(シイタケ)

次に図2A図2■A. MINCY講演会で報告された有用酵母,菌類の有用性質 B. 酵母の代謝マップと有用性質表1表1■新産業酵母研究会(MINCY)講演会で報告された有用酵母,菌類とその性質および遺伝子,酵素,代謝系に示した研究がどのような目的で行われているかを円グラフで示したもので,さらに図2B図2■A. MINCY講演会で報告された有用酵母,菌類の有用性質 B. 酵母の代謝マップと有用性質は酵母名を代謝系の中に書き込んだものである.これらを見ると,研究目的の一つはタンパク質生産(図2A図2■A. MINCY講演会で報告された有用酵母,菌類の有用性質 B. 酵母の代謝マップと有用性質,異種遺伝子発現・有用酵素生産)であり,一方代謝関係としては解糖系周辺のC1化合物や糖,脂質などの一次代謝に近い炭素代謝や細胞構造に損傷を与えやすい界面活性剤,アルカンなどの代謝が中心で,ここから見る限り酵母は,菌類の中で植物への依存度や生態系での分解者としての役割を弱め,糸状菌やキノコとは異なる独特の性質を持つ生物として存続してきたことが推定される.即ち,酵母という細胞形態をもって自然界で生き延びてきた生物の特徴(まさにこれを我々は利用しようとしているのだが)は,菌類全体の中で,植物組織の高分子物質を直接,加水分解したり,植物の様々な二次代謝産物の代謝に関わったりする能力(寄生,感染,共生)は低下し,植物表層に存在する高分子の加水分解産物である様々な糖類や,他の菌類が代謝しにくい脂質関連分子など一次代謝に近いところの物質を代謝し栄養として,生存することになって来たと言えそうである.現段階では仮説に過ぎないが,この酵母の代謝系の特徴は,菌糸状に増殖する糸状菌やキノコに比べて酵母細胞が堅牢で脂溶性物質・両親媒性物質に耐性を持つ傾向があるように見え,細胞形態・細胞構造の違いが根本にあるとも推定される.しかし一方で,糸状菌の中にも植物への依存度の低い生活をするものやリパーゼを生産するもの(9)9) P. Chandra, R. Enespa, R. Singh & P. K. Arora: Microb. Cell Fact., 19, 169 (2020).,アルカンやメタノールを資化できるもの(10, 11)10) J. B. van Beilen, Z. Li, W. A. Duetz, T. H. M. Smits & B. Witholt: Oil Gas Sci. Technol., 58, 427 (2003).11) R. Tye & A. Willetts: Appl. Environ. Microbiol., 33, 758 (1977).,また,Mortierellaなど高い油脂生産能を持つものやバイオサーファクタントを生産するもの(12, 13)12) E. Sakuradani, A. Ando, S. Shimizu & J. Ogawa: J. Biosci. Bioeng., 116, 417 (2013).13) D. S. Pardhi, R. R. Panchal, V. H. Raval, R. G. Joshi, P. Poczai, W. H. Almalki & K. N. Rajput: Front. Microbiol., 13, 982603 (2022).もいるようなので,絶対的な違いとは言えないであろう.なお,酵母と糸状菌やキノコとの大きな違いの一つに,ゲノムサイズがあり,例えば酵母ではS. cerevisiaeが12.1 Mb, Schizosaccharomyces pombeが12.6 Mb, Lipomyces starkeyiが21.4 Mb, Yarrowia lipolyticaが20.5 Mb, Moesziomyces antarcticusが18.1 Mb, Rhodotorula toruloidesが20.2 Mbのゲノムを持つのに対して,糸状菌ではAspergillus oryzaeが37.9 Mb, Neurospora crassaが41 Mb, Rhizopus arrhizusが50.3 Mb,キノコではLentinula edodes(シイタケ)が45.6 Mb, Tricholoma matsutake(マツタケ)が175.8 Mbのゲノムを持つように,一般に酵母は糸状菌やキノコと比較すると小さいゲノムを持つようである(14)14) National Library of Medicine: Fungi-NCBI-NLM, https://www.ncbi.nlm.nih.gov/labs/data-hub/taxonomy/4751/.酵母は,余計な遺伝子を獲得せず(あるいは余計な遺伝子を捨て),堅牢で脂溶性物質・両親媒性物質に耐性を持つ特定の機能に有利な生物として植物に過度に依存しない状態の多様な条件を持つ自然界で生き残ってきた可能性があると思う(15)15) ニコラス・マネー:“酵母:文明を発酵させる菌の話”,草思社,2022..実際に,植物が育たないような極限環境下でも酵母は見つかっている.

図2■A. MINCY講演会で報告された有用酵母,菌類の有用性質 B. 酵母の代謝マップと有用性質

A. 表1表1■新産業酵母研究会(MINCY)講演会で報告された有用酵母,菌類とその性質および遺伝子,酵素,代謝系に示した酵母,菌類と有用性質をまとめた.B. 酵母の代謝マップにおいて,表1表1■新産業酵母研究会(MINCY)講演会で報告された有用酵母,菌類とその性質および遺伝子,酵素,代謝系に示した酵母の有用性質の基盤となる代謝プロセスを示した.酵母の代謝マップはWikipediaの図を参考にして作成した(“Metabolic pathway,” Wikipedia: The Free Encyclopedia,24 April 2022, at 16:27 (UTC), https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=49095520). 数字は表1表1■新産業酵母研究会(MINCY)講演会で報告された有用酵母,菌類とその性質および遺伝子,酵素,代謝系の菌群に付した番号を示す.

MINCYの今後の展望

以上のようにMINCYの例会で報告された酵母種の中で,応用研究の対象となったものについて系統樹と代謝マップの上でまとめてみた.これらの情報を背景として,今後のMINCYの活動やさらには多様な酵母などの微生物の研究について,展望を述べたい.まず,これらの情報から,酵母が得意とする代謝分野がおぼろげながら明らかになってきたように思われる.それは,堅牢で脂溶性物質・両親媒性物質に耐性を持ついくつかの機能が得意分野らしいということである.勿論これに限ることはないが,糸状菌やキノコと比較した場合に,このような特徴には注目したい.国外の研究例を見ても(7, 8)7) E. A. Johnson: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 503 (2013).8) E. A. Johnson: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 7563 (2013).,酵母にはこのような特徴が見られると同時に,今後のMINCYの活動を酵母のみに拘って行く必要はなく他の真核微生物に広げることを検討すべきかも知れない.今後のMINCYの活動の方向性として,ここではいくつかのポイントを述べたい.

A. 酵母の多様性とそれらの利用研究のための方策

・糸状菌やキノコが主として植物との相互作用を中心に進化してきた(16)16) 小川 真:“カビ・キノコが語る地球の歴史:菌類・植物と生態系の進化”,築地書館,2013.のに対し,酵母は植物ともある程度関わりながらも,かなり自由に環境中に拡散し,多様なnicheで,多様な環境で生存している可能性が高い.また,脂溶性物質の代謝能という特性を持つと仮定すれば,ヒトを含む動物との相互作用という観点や,アルカンなどの直鎖状化合物のみならず脂溶性の環状有機物の代謝という観点など,複数の観点から自然界に生息する酵母を広く探索し,利用価値のあるものを選択するため環境DNA研究者との交流もDNA分析から生物の多様性を追求する上で有意義であり,それにより今後さらなる多様性の探索が可能になる.

・また,小型のゲノムを持つ酵母の場合には,多くの種のゲノム情報が得られていることに注目し,特徴ある性質の獲得には遺伝子の重複が関与している可能性を考慮して,ゲノム配列中から重複している遺伝子を探索し,その遺伝子から有用な表現型を類推して研究する,などの展開が期待される.

B. MINCYの対象の酵母から多様な真核微生物への拡大

・酵母という範囲を拡大し,酵母と近縁関係にある糸状菌やキノコに加え,生態学,分類学では研究されているが応用研究という点では日本での研究が少ない地衣類を含む菌類関連生物(地衣類は光合成能を持つ点がユニークであり,共生関係の中に酵母をも含むという報告がある.また,リトマス試験紙の色素など有用な化合物を合成する能力も知られている.)や,一方,酵母と類似のバイオテクノロジーの適応が可能な微細藻類(17)17) 尾崎達郎,和田真由美:オレオサイエンス20, 125 (2020).などの真核微生物の研究者も参加できるような研究会に発展させることも考える時期に来ていると思われる.

Reference

1) L. G. Nagy, R. A. Ohm, G. M. Kovács, D. Floudas, R. Riley, A. Gácser, M. Sipiczki, J. M. Davis, S. L. Doty, G. Sybren de Hoog et al.: Nat. Commun., 5, 4471 (2014).

2) E. Kiss, B. Hegedüs, M. Virágh, T. Varga, Z. Merényi, T. Kószó, B. Bálint, A. N. Prasanna, K. Krizsán, S. Kocsubé et al.: Nat. Commun., 10, 4048 (2019).

3) D. Kitamoto, T. Fukuoka, A. Saika & T. Morita: J. Oleo Sci., 71, 1 (2021).

4) H. Takaku, T. Matsuzawa, K. Yaoi & H. Yamazaki: Appl. Microbiol. Biotechnol., 104, 6141 (2020).

5) H. Yurimoto & Y. Sakai: Curr. Issues Mol. Biol., 33, 197 (2019).

6) R. Fukuda & A. Ohta: “Yarrowia lipolytica: Genetics, Genomics, and Physiology” ed. by G. Barth, Springer, 2013, p. 111.

7) E. A. Johnson: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 503 (2013).

8) E. A. Johnson: Appl. Microbiol. Biotechnol., 97, 7563 (2013).

9) P. Chandra, R. Enespa, R. Singh & P. K. Arora: Microb. Cell Fact., 19, 169 (2020).

10) J. B. van Beilen, Z. Li, W. A. Duetz, T. H. M. Smits & B. Witholt: Oil Gas Sci. Technol., 58, 427 (2003).

11) R. Tye & A. Willetts: Appl. Environ. Microbiol., 33, 758 (1977).

12) E. Sakuradani, A. Ando, S. Shimizu & J. Ogawa: J. Biosci. Bioeng., 116, 417 (2013).

13) D. S. Pardhi, R. R. Panchal, V. H. Raval, R. G. Joshi, P. Poczai, W. H. Almalki & K. N. Rajput: Front. Microbiol., 13, 982603 (2022).

14) National Library of Medicine: Fungi-NCBI-NLM, https://www.ncbi.nlm.nih.gov/labs/data-hub/taxonomy/4751/

15) ニコラス・マネー:“酵母:文明を発酵させる菌の話”,草思社,2022.

16) 小川 真:“カビ・キノコが語る地球の歴史:菌類・植物と生態系の進化”,築地書館,2013.

17) 尾崎達郎,和田真由美:オレオサイエンス20, 125 (2020).

18) Y. Li, J. L. Steenwyk, Y. Chang, Y. Wang, T. Y. James, J. E. Stajich, J. W. Spatafora, M. Groenewald, C. W. Dunn, C. T. Hittinger et al.: Curr. Biol., 31, 1653 (2021).