農芸化学@High School

さかなの腸内細菌抗菌物質を探る

中崎 宏哉

学校法人大阪明星学園明星高等学校生物部

Published: 2023-02-01

魚の病気を治す薬をつくり,養殖や飼育に役立てるために,魚の腸内細菌から病原菌を不活性化させる物質を出す細菌を発見することを目的として本研究を行った.キダイの消化管から単離した腸内細菌を用いて,細菌間の種間関係を調べる独自の実験のバクテリアバトルを行った.その結果,ブレビバクテリウム属細菌が他の菌を不活性化する物質を出している可能性が示された.そこで,この細菌の魚の病原菌に対する抗菌活性をディスク拡散法で調べたところ,ブレビバクテリウム属細菌が抗菌活性をもつことが示唆された.

本研究の目的・方法および結果

【目的】

大阪明星学園生物部では,2018年度より「バイオサイエンスで環境問題に挑戦」をテーマとし,微生物の研究を行っている.2018年,原因不明の病気により養殖場で養殖している魚や水族館で飼育している魚が大量に死亡していることがニュースで報じられ,病気の原因には栄養,細菌,ウイルスなどの関わりがあること,そして細菌性の病気が養殖魚に与える損害は甚大であることがわかった(1)1) 江草周三:日本獣医師学会誌,21,143(1968)..養殖ハマチやアユなどの病気の原因となる細菌としては,病原性のあるビブリオ属細菌が知られている(1, 2)1) 江草周三:日本獣医師学会誌,21,143(1968).2) 杉田治男(編),佐藤秀一(著):“増補改訂版 養殖の餌と水—陰の主役たち”,恒星社厚生閣,2014..ビブリオ属細菌による感染症をビブリオ病といい,養殖ハマチでは体表に潰瘍が生じ,アユでは出血や潰瘍の形成が見られ,病原性のあるビブリオ属細菌としてVibrio anguillarumが分離されている(1)1) 江草周三:日本獣医師学会誌,21,143(1968)..したがって,ビブリオ属細菌などの病原菌を抑えることができる物質を出す細菌を発見することができれば,魚の病気を防ぐことにつながる.さらに,病原菌を不活性化する物質を特定することができれば,魚の病気を治す薬をつくることにもつながる.一方,ヒトの腸内細菌が健康の維持に役立つように,魚の腸内細菌の中にも免疫力を増強するものや抗菌物質を生産するものが含まれていることがわかっている(2)2) 杉田治男(編),佐藤秀一(著):“増補改訂版 養殖の餌と水—陰の主役たち”,恒星社厚生閣,2014..そこで,本研究では,魚の病原菌を不活性化させる物質(抗菌物質)を出す「さかなの腸内細菌」を発見することを目的として行った.

【実験方法】

1. キダイの腸内細菌の単離

本研究では,養殖もされ,身近で入手しやすく安価なキダイ(Dentex tumifrons)を使用した.外部からの細菌混入がないようにクリーンベンチ内で,キダイを解剖して消化管を取り出し,消化管内容物をZoBell液体培地で希釈した.次に,消化管内容物の希釈液をディスポループ(プラスチック製白金耳)でZoBell寒天培地全体に均一に塗り,室温・好気性条件で培養した.また,腸内細菌の培養には,杉田らの文献(2~5)2) 杉田治男(編),佐藤秀一(著):“増補改訂版 養殖の餌と水—陰の主役たち”,恒星社厚生閣,2014.3) 石田祐三郎,杉田治男(編):“海洋環境アセスメントのための微生物実験法”,恒星社厚生閣,2006.4) 石田祐三郎,杉田治男(編):“海の環境微生物学”,恒星社厚生閣,2011.5) 亀井勇統:Coastal bioenvironment19,33(2012).にある海洋細菌の非選択培地であるZoBell培地が適していると考え,ZoBell 2216Eの成分を参考にして,水1000 mLにペプトン5.0 g,酵母エキス1.0 g,人工海水塩分35.0 gを加えてZoBell液体培地を自作した.寒天培地は,液体培地に寒天15 gを加えたものを使用した.

コロニーが確認できた細菌は,微生物の同定に良く用いられる16S rRNA遺伝子領域をPCR法で増幅し,配列解析した約300 bpをBLAST検索した.

2. バクテリアバトル

バクテリアバトルとは,我々が発案した独自の混合培養方法で2種類の細菌を同じ培地上に植菌し,増殖の仕方から勝ち負けを判定して,細菌間の種間関係を調べるために行った実験である.バクテリアバトルの実験は次のように行った.

2種類の細菌についてZoBell液体培地を用いて30°Cで振とう培養した培養液を用意し,ZoBell寒天培地上に図1図1■バクテリアバトルでの植菌の仕方とその結果の(a)のように,プレートを上と下に分けて,その両端にそれぞれの細菌をディスポループで植菌し,真ん中には×字型に植菌した.真ん中に植菌するときは,先に片方の細菌を植菌し,7分間乾燥したあとにもう片方の細菌を植菌し,2種の細菌が混ざらないようにした.真ん中の交差部分(図1図1■バクテリアバトルでの植菌の仕方とその結果の(a)中の赤線の四角内)では先に植菌した方が培地に近いために増殖しやすいと考え,塗る順番による差異を観察するために,プレートの上と下では植菌する順番を逆にした.植菌後に30°Cで数日間培養した後,両端の部分において単独で細菌の増殖が確認できたとき,真ん中の交差部分で細菌の増殖のようすを確認し,面積の半分以上を占めた細菌の勝ちとした.

図1■バクテリアバトルでの植菌の仕方とその結果

(a)プレートを上と下に分け,両端にそれぞれの細菌を植菌し,真ん中は×字型に植菌した.上と下では交差部分(赤線の四角内)の植菌の順番を逆にした.(b)オレンジ色と黄色を3日間培養したようす.上では黄色が勝ち,下ではオレンジ色が勝っている.(c)オレンジ色が勝ち,そのコロニー付近の赤線内では,黄色が増殖できていない. 

オレンジ色;ブレビバクテリウム属細菌,黄色;ブラキバクテリウム属細菌,白色;マイクロバクテリウム属細菌.

3. ディスク拡散法(抗菌活性試験)

キダイから単離した腸内細菌を用いて,魚の病原菌であるビブリオ属細菌に対する抗菌活性をディスク拡散法で調べた.まず,ZoBell液体培地でキダイから単離した腸内細菌を30°Cで数日間振とう培養した.この培養液を卓上遠心分離機で10分間遠心分離(3200回転/分)した上澄み液と沈殿物,オートクレーブで滅菌したもの,ネガティブコントロールとしてZoBell液体培地のみの4種類の試料を用意した.次に,ZoBell液体培地でビブリオ属細菌を培養した培養液をつくり,クリーンベンチ内でZoBell寒天培地のプレートに,コンラージ棒で均一になるようにビブリオ属細菌の培養液を塗って乾燥させた.乾燥させたプレートに4種類の試料をろ紙に染み込ませたディスクをピンセットでおいて,30°Cで数日間培養した.培養後,ろ紙のまわりにビブリオ属細菌が増殖していない部分である阻止円ができているかを確認した.

【結果】

1. キダイの腸内細菌の単離

培養した結果,数mm程度の大きさで色の異なる丸形のコロニーが多数観察され,培養したプレートの中にオレンジ色・丸形,黄色・丸形,白色・丸形の3種類のコロニーが確認できた.これらの細菌の遺伝子解析で得られた塩基配列をBLAST検索した結果,相同性が98%以上であったことから,オレンジ色・丸形のコロニーの細菌はブレビバクテリウム属細菌(Brevibacterium sp.),黄色・丸形のコロニーの細菌はブラキバクテリウム属細菌(Brachybacterium sp.),白色・丸形のコロニーの細菌はマイクロバクテリウム属細菌(Microbacterium sp.)であることがわかった.

2. バクテリアバトル

キダイから単離した3種類の細菌をそれぞれ単独で培養して3日目にコロニーを確認したところ,大きさがほぼ同じであった.このことから,増殖速度が同じであると判断し,3種類の細菌を用いてバクテリアバトルを行った.本実験では,キダイから単離した細菌はコロニーの色が異なることから,オレンジ色のブレビバクテリウム属細菌はオレンジ色,黄色のブラキバクテリウム属細菌は黄色,白色のマイクロバクテリウム属細菌は白色とコロニーの色で呼び分けることとした.

バクテリアバトルの実験をした結果,オレンジ色対黄色の対戦が合計48回,オレンジ色と白色の対戦が合計25回,黄色対白色の対戦が合計18回で成立した.図1図1■バクテリアバトルでの植菌の仕方とその結果の(b)はバクテリアバトルの結果の例で,プレートの上では面積の半分以上を占めている黄色の細菌の勝ち,下ではオレンジ色の細菌の勝ちとした.

オレンジ色対黄色の結果を表1表1■バクテリアバトルの勝ち数のまとめの(a)にまとめた.合計48回中,オレンジ色の勝ちは43であった.先に黄色を植菌した場合に黄色の勝ちもあったが,後に植菌したオレンジ色の勝ちが多かった.また,先にオレンジ色を植菌した場合は,勝敗なしもあったが,勝ったのはオレンジ色だけであった.

表1■バクテリアバトルの勝ち数のまとめ
(a)オレンジ色対黄色
先に植菌した細菌オレンジ色勝ち黄色勝ち勝敗なし
黄色2040
オレンジ色2301
合計4341
(b)オレンジ色対白色
先に植菌した細菌オレンジ色勝ち白色勝ち勝敗なし
白色533
オレンジ色923
合計1456
(c)黄色対白色
先に植菌した細菌黄色勝ち白色勝ち勝敗なし
黄色801
白色432
合計1233
オレンジ色;ブレビバクテリウム属細菌,黄色;ブラキバクテリウム属細菌,白色;マイクロバクテリウム属細菌.

オレンジ色対白色の結果を表1表1■バクテリアバトルの勝ち数のまとめの(b)にまとめた.合計25回中,オレンジ色の勝ちが14と多かったが,白色の勝ちや勝敗なしもあった.先に白色を植菌した場合はオレンジ色の勝ちが5に対し白色の勝ちが3で,勝敗なしも3であった.しかし,先にオレンジ色を植菌した場合は,オレンジ色の勝ちが多かった.

黄色対白色の結果を表1表1■バクテリアバトルの勝ち数のまとめの(c)にまとめた.合計18回中,黄色の勝ちが12であった.ただし,その多くは先に黄色を植菌した場合であった.先に白色を植菌した場合は黄色の勝ちが4で白色の勝ちが3,勝敗なしは3であった.

オレンジ色が勝ちの場合,図1図1■バクテリアバトルでの植菌の仕方とその結果の(c)のように勝つことがあり,図中の赤線内のようにオレンジ色のコロニーが増殖した近くの部分では黄色のコロニーサイズが小さくなり,増殖できないようすが観察できた.

3. ディスク拡散法(抗菌活性試験)

バクテリアバトルの結果から,オレンジ色のブレビバクテリウム属細菌を用いて,ディスク拡散法の実験を行った.

その結果,上澄み液では図2図2■ブレビバクテリウム属細菌のディスク拡散法の結果の(a)のような阻止円が確認でき,沈殿物においても同様な阻止円が確認できた.オートクレーブで滅菌した試料やZoBell液体培地のみの試料では阻止円が確認できなかった.

図2■ブレビバクテリウム属細菌のディスク拡散法の結果

(a)ディスクのまわり(青い点線内)でビブリオ属細菌の増殖が減り阻止円が見られた. (b)ディスクのまわりにオレンジ色が見られ,そのまわりが白くなり,ビブリオ属細菌の増殖も減っている. (c)(b)を裏側から見たもの.ディスクのまわりのオレンジ色がよくわかる.

また,図2図2■ブレビバクテリウム属細菌のディスク拡散法の結果の(b)(c)のようにディスクのまわりにオレンジ色のものがあり,その外側に白色のものが見られる場合があった.外側の白色の物質の近くではビブリオ属細菌が増殖できていなかった.

【考察】

バクテリアバトルの結果から,オレンジ色のブレビバクテリウム属細菌は他の2種の細菌に対して勝ちが多く,黄色のブラキバクテリウム属細菌は白色のマイクロバクテリウム属細菌に対して勝ちが多かったことが明らかとなった.ただし,黄色や白色も先に植菌した場合には勝つ場合もあった.このことは,先に植菌した方が培地に近いために増殖しやすいという考えが正しかった結果であると思われる.それにもかかわらず,先に黄色を植菌した場合にオレンジ色の勝ちが多かったことから,オレンジ色が優先して増殖できる条件があったと考えられる.また,オレンジ色のコロニーが増殖した近くの部分で黄色のコロニーサイズが小さくなり,増殖できなくなった例があったことから,黄色はオレンジ色の付近では増殖しにくいことが考えられる.これらのことから,ブレビバクテリウム属細菌が他の細菌を不活性化する物質を出していることが考えられた.

また,培養液の上澄み液や沈殿物を染み込ませたディスクで阻止円が確認できたことから,本研究で魚の腸内から単離したブレビバクテリウム属細菌は,魚の病原菌であるビブリオ属細菌に対しても抗菌活性をもつことがわかった.上澄み液と沈殿物を染み込ませたディスクの両方から阻止円が確認されたのは,遠心分離機での分離が不十分であったことが原因であると考えられる.ディスクの周りに見られたオレンジ色のものはブレビバクテリウム属細菌で,その外側の白色のものは,ビブリオ属細菌が増殖できていないことから,何らかの物質がでたためにできたと考えられる.ディスクの観察から本研究で魚の腸内から単離したブレビバクテリウム属細菌が菌体外に抗菌物質を出している可能性が高いことが考えられた.

これまでに,オカダンゴムシから発見されたブレビバクテリウム属細菌が抗カビ物質を出していること(6)6) 片岡柾人:“オカダンゴムシの共生菌による抗カビ物質生産”,筑波大学 第14回「科学の芽」賞,2019.,ムラサキカイメンや海水から単離したブレビバクテリウム属細菌が抗菌活性をもつこと(7, 8)7) E. J. Choi, H. C. Kwon, J. Ham & H. O. Yang: J. Antibiot., 62, 621 (2009).8) V. Srilekha, G. Krishna, V. Seshasrinivas & M. A. S. Charya: Res. Pharm. Sci., 12, 283 (2017).,チーズから単離したブレビバクテリウム属細菌で抗菌ペプチドが確認されている(9)9) A. S. Motta & A. Brandelliet: J. Appl. Microbiol., 92, 63 (2002)..このようにブレビバクテリウム属細菌は他の細菌に対する抗菌活性をもつ物質を生産することが報告されている.今後,本研究で魚から単離したブレビバクテリウム属細菌からも,抗菌物質が確認できる可能性が高いと考えられた.

本研究の意義と展望

本研究で単離したブレビバクテリウム属細菌は,バクテリアバトルやディスク拡散法により抗菌活性をもつことがわかった.さらには,抗菌物質を産生し,産生した抗菌物質は菌体外へ放出され,魚の病原菌に作用することが期待できる.この抗菌物質は,魚の腸内から単離した細菌でつくられたものであることから,魚には安全である可能性が高く,本研究の目的である魚の病気を治す薬をつくり,養殖や飼育に役立てることができる可能性が高い.

また,本研究において行われたバクテリアバトルの実験方法は,高校の実験室で行うことが可能であり,結果も得やすいことから,他の研究においても細菌の抗菌物質の有無を調べる実験として活用することができると思われる.

今後,本研究で単離したブレビバクテリウム属細菌がつくり出す抗菌物質を特定することができれば,同定した物質が魚にとって安全であることを確認し,どの病原菌に対して作用があるかを調べたい.また,本研究のように抗菌物質に関する研究は,魚の薬の開発に貢献できるものであり,さらには,魚のプロバイオティクスとして,人における乳酸菌のような働きをもつ可能性も考えられる.

Acknowledgments

本研究を行うにあたり,長浜バイオ大学の長谷川慎先生と谷口祐一さん,大阪大学の飯田哲也先生にお世話になりました.公益財団法人武田科学振興財団の支援のもとで実施されました.お世話になった方々にお礼を申し上げます.

Reference

1) 江草周三:日本獣医師学会誌,21,143(1968).

2) 杉田治男(編),佐藤秀一(著):“増補改訂版 養殖の餌と水—陰の主役たち”,恒星社厚生閣,2014.

3) 石田祐三郎,杉田治男(編):“海洋環境アセスメントのための微生物実験法”,恒星社厚生閣,2006.

4) 石田祐三郎,杉田治男(編):“海の環境微生物学”,恒星社厚生閣,2011.

5) 亀井勇統:Coastal bioenvironment19,33(2012).

6) 片岡柾人:“オカダンゴムシの共生菌による抗カビ物質生産”,筑波大学 第14回「科学の芽」賞,2019.

7) E. J. Choi, H. C. Kwon, J. Ham & H. O. Yang: J. Antibiot., 62, 621 (2009).

8) V. Srilekha, G. Krishna, V. Seshasrinivas & M. A. S. Charya: Res. Pharm. Sci., 12, 283 (2017).

9) A. S. Motta & A. Brandelliet: J. Appl. Microbiol., 92, 63 (2002).