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精油成分の抗菌活性に着目した細胞死研究耐性菌を生じない抗菌薬開発の糸口

Kei Asai

朝井

東京農業大学生命科学部バイオサイエンス学科

Published: 2023-03-01

抗菌薬は,感染症を引き起こす微生物の増殖を抑えたり,殺したりする化合物である.また,抗生物質は微生物が作る抗菌薬であり,1928年にフレミングが初めてペニシリンを発見して以来,その後開発された多くの抗菌薬により,感染症による死者は激減した.一方フレミングは,不適切な抗生物質の使用が耐性菌を生み出す恐怖を,1945年に自身のノーベル賞受賞講演で既に予見している.Jim O’Neillレポートによると,このまま対策が取られなければ,全世界において薬剤耐性菌に起因する感染症による死亡者数は,2050年には,がんによる死亡者数を上回り,死因の第一になると予測されている(1)1) J. O’Neill: Tackling Drug-Resistant Infections Globally: Final Report and Recommendations. London, UK: Review on Antimicrobial Resistance, https://amr-review.org/sites/default/files/160518_Final%20paper_with%20cover.pdf, 2016.薬剤耐性(Antimicrobial resistance; AMR)の対策,特に耐性菌を生みださない,抗菌薬の開発は地球規模で解決する必要がある喫緊の課題である.

これまで抗生物質は,環境中に生息する細菌やカビを培養し,抽出液の抗菌作用を検定することで見つけられてきた.しかし,地球上に存在する微生物のうち,培養できるものは,わずか1%に過ぎず,大半は,既知の手法では培養できない難培養性といわれている.そこで,新たな抗生物質の探索源として,この難培養微生物に着目した研究例がある.isolation chip(iChip)は,多孔膜で仕切られた数百個もの微小なポッドの集積体で,個々のポッドに微生物一細胞を封入したチップを,微生物が生息していた環境に戻すことで,難培養の微生物を培養する仕組みである.iChipによる培養で単離された1万もの細菌の中から,黄色ブドウ球菌に抗菌活性のある新規抗生物質として,teixobactinが発見された(2)2) L. L. Ling, T. Schneider, A. J. Peoples, A. L. Spoering, I. Engels, B. P. Conlon, A. Mueller, T. F. Schäberle, D. E. Hughes, S. Epstein et al.: Nature, 517, 455 (2015)..teixobactinはAMR菌に対して,優れた溶菌作用をもつだけでなく,非致死量のteixobactinに黄色ブドウ球菌や結核菌を27日間暴露しても,耐性菌の出現が見られていない.共有結合している細胞壁の伸長は,分解と連結の協調が必要であり,バランスが乱れ細胞壁が損傷すると,細胞は膨圧に耐えられず溶菌する.Teixobactinが,タンパク質ではなく,細菌にとって必須な細胞壁の主要な構成成分であるペプチドグリカンとテイコ酸のそれぞれの生合成経路にあたる前駆体,lipid IIとlipid IIIに結合し,二重に細胞壁合成を阻害するので,耐性菌が出現しにくいと考えられている.

テルペン類は複雑かつ多様な構造を有し,様々な薬としても利用される有用な生理活性をもつ化合物群である.精油は植物の葉,茎,根等からの香気性の抽出物で,テルペン類を含むものが多く,リラクゼーション効果や治療薬,また優れた抗菌活性も有することが古くから知られ利用されている.筆者らは,インド原産のイネ科植物であるベチバーの根から得られる精油に含まれるセスキテルペン化合物,Khusimolの抗菌活性について,納豆菌の亜種で,グラム陽性細菌のモデル土壌細菌である枯草菌を用いて詳細に解析した(3)3) Y. Shinjyo, N. Midorikawa, T. Matsumoto, Y. Sugaya, Y. Ozawa, A. Oana, C. Horie, H. Yoshikawa, Y. Takahashi, T. Hasegawa et al.: J. Gen. Appl. Microbiol., 68, 62 (2022)..Khusimolを枯草菌の培養液に添加すると,対数増殖期の細胞だけでなく,定常期の細胞に対しても溶菌作用が観察された.定常期の細胞への作用は,細菌の増殖に必須な細胞機能を阻害する既知の抗生物質には見られない性質である.また,teixobactinと同様,Khusimolに長時間さらした枯草菌から,耐性菌の出現は観察されなかった.枯草菌のもつ種々のストレス応答機構を破壊し,どの機構が破壊されたときにKhusimolへの感受性が高まるか解析したところ,lipid IIを含む,細胞壁の合成・恒常性を維持する機構の影響が大きかったので,Khusimolにもteixobactin同様の作用があると考えている.一方,Khusimolに高感受性の枯草菌変異株から,野生株ほどではないが,耐性を回復した株を取得したところ,exodeoxyribonuclease(XseB)やpolynucleotide phosphorylase(PnpA)をコードする遺伝子に機能喪失の変異が生じていた.前者は,損傷DNAの修復酵素XseA-XseB複合体のサブユニットだが,サブユニットの一方が欠けると,単独では細胞死を起こすことが大腸菌で知られている.KhusimolはDNA gyraseに直接結合することで,その機能を阻害することがin silicoin vitroの解析から予測されている(4)4) G. R. Dwivedi, S. Gupta, S. Roy, K. Kalani, A. Pal, J. P. Thakur, D. Saikia, A. Sharma, N. S. Darmwal, M. P. Darokar et al.: Chem. Biol. Drug Des., 82, 587 (2013).ので,KhusimolによるDNA合成阻害を引き金として,XseB単独の細胞死が誘導されるのかもしれない.後者は,枯草菌において,toxin/antitoxin system(細胞の増殖及び細胞死を制御する原核生物に普遍的なシステム)の一つbsrE/SR5系において,SR5 RNAが負に制御するbsrE発現に,正に作用する核酸分解酵素であることが示唆されている.膜タンパク質toxin BsrEは,細胞膜に穴をあけ,溶菌・細胞死を誘発すると考えられている.Khusimolのような脂溶性セスキテルペンが細胞膜ストレスを引き起こすことで,bsrE/SR5系の発現が誘導されるのかもしれない.このように,teixobactin同様,Khusimolも多面的な作用を有することが,耐性菌の出現を抑える要因であろう.

抗菌薬を使用するにあたっては,まず病原菌への抗菌活性を指標にして探索された後,動物すなわちヒトに対する感染症治療効果を確認するとともに,副反応がないことを検証する必要がある.精油は,古くから生活の中で利用されてきたものであり,これはすなわち,ヒトに対する安全性が,実証されているということである.大量培養が容易な微生物を由来とするテルペン化合物ならば,大量の培養液から抽出し精製することも可能だが,植物由来のものはそうはいかない.また,複雑かつ多様な構造のテルペンを化学合成することは困難を極める.しかし近年,遺伝子組換えと細胞工学の技術発展に伴い,細菌や酵母を用いた微生物生産による植物由来テルペンの発酵生産の試みが,散見されるようになった(5)5) 原田尚志,三沢典彦:化学と生物,49, 825 (2011)..これにより,安価に大量に化合物が入手できれば,研究面においても,応用面においても,テルペンの利用が進むことは間違いない.物言わぬ植物だが,テルペンのような香気性の化合物で,植物はお互いや昆虫と一種の会話をしているといわれている.このような目を見張る作用を持つ植物由来の化合物に目を向け,その作用に耳を傾け,その力を借りて,来るべき耐性菌の恐怖から身を守る時代が来るのではないだろうか.

Reference

1) J. O’Neill: Tackling Drug-Resistant Infections Globally: Final Report and Recommendations. London, UK: Review on Antimicrobial Resistance, https://amr-review.org/sites/default/files/160518_Final%20paper_with%20cover.pdf, 2016

2) L. L. Ling, T. Schneider, A. J. Peoples, A. L. Spoering, I. Engels, B. P. Conlon, A. Mueller, T. F. Schäberle, D. E. Hughes, S. Epstein et al.: Nature, 517, 455 (2015).

3) Y. Shinjyo, N. Midorikawa, T. Matsumoto, Y. Sugaya, Y. Ozawa, A. Oana, C. Horie, H. Yoshikawa, Y. Takahashi, T. Hasegawa et al.: J. Gen. Appl. Microbiol., 68, 62 (2022).

4) G. R. Dwivedi, S. Gupta, S. Roy, K. Kalani, A. Pal, J. P. Thakur, D. Saikia, A. Sharma, N. S. Darmwal, M. P. Darokar et al.: Chem. Biol. Drug Des., 82, 587 (2013).

5) 原田尚志,三沢典彦:化学と生物,49, 825 (2011).