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生命の根源物質5-アミノレブリン酸の生理機能と多様な分野での応用について5-アミノレブリン酸の機能と応用

Taku Chibazakura

千葉櫻

東京農業大学生命科学部バイオサイエンス学科

Published: 2023-02-20

ヘムやクロロフィル,ビタミンB12など,テトラピロール環に金属イオンが配位した構造を持つポルフィリン化合物は,様々な基盤的生命反応に不可欠であるが,それらの生合成の共通出発基質が5-アミノレブリン酸(5-aminolevulinic acid;以下5-ALA)である.5-ALAは有名なミラーの放電実験で生成された有機物にも含まれており,まさに生命の根源物質の1つと言えるであろう.5-ALAは全ての生体内で合成されるδ-アミノ酸で,速やかにポルフィリン化合物へと代謝される.生体外より5-ALAを投与すると下流のポルフィリンが蓄積することから,5-ALA生成がポルフィリン生合成経路の律速段階となっている.すなわち,5-ALAの投与によってヘム,クロロフィル等の合成量が増加し,呼吸・光合成等のエネルギー代謝が活性化されることから,5-ALAは種々のサプリメントや肥料として既に実用化・市販されている.それらに加え,近年新たに臨床上有用な生理機能が見出されており,「健康の素」アミノ酸として注目されている.以下に,5-ALAとポルフィリンによる生体機能調節と多様な臨床応用について最新の知見をいくつか紹介する(図1図1■5-アミノレブリン酸とその代謝産物(ポルフィリン化合物)およびその応用例).

図1■5-アミノレブリン酸とその代謝産物(ポルフィリン化合物)およびその応用例

ミトコンドリア呼吸鎖を構成する複合体の多くはヘムやヘム結合シトクロムを活性中心に持つため,5-ALA投与によって呼吸鎖を中心とするミトコンドリア機能や糖・脂質代謝異常等の改善が期待される.その一例として,糖尿病に対する5-ALAの効果が注目されている.5-ALA合成酵素(ALAS)の活性はグルコースによって抑制される(1)1) U. Giger & U. A. Meyer: J. Biol. Chem., 256, 11182 (1981).ため,過剰な細胞内グルコースによって5-ALA合成およびミトコンドリア機能が低下し,TCA回路での代謝が低下する.インスリン耐性のII型糖尿病では,インスリン分泌は正常にもかかわらず,標的細胞のインスリン応答が損なわれているため,細胞内グルコースが過剰となり,血中グルコースを取り込めなくなっている.これを改善する手段として,5-ALA投与により電子伝達系を活性化してミトコンドリア機能を向上させる方法が考えられる.実際,投薬治療中のII型糖尿病患者において,5-ALAと鉄サプリメントの摂取により,食後血糖値と糖化ヘモグロビン(HbA1c)値の改善が示されている(2)2) F. Al-Saber, W. Aldosari, M. Alselaiti, H. Khalfan, A. Kaladari, G. Khan, G. Harb, R. Rehani, S. Kudo, A. Koda et al.: J. Diabetes Res., 2016, Article ID 8294805 (2016)..また,ラットではALAS活性は老化に伴い減少することが示されており,ヒトにおいてもヘムが活性中心を担うミトコンドリア呼吸鎖複合体IVの活性は老化とともに減少する(3)3) J. Hayashi, S. Ohta, Y. Kagawa, H. Kondo, H. Kaneda, H. Yonekawa, D. Takai & S. Miyabayashi: J. Biol. Chem., 269, 6878 (1994)..これらは,5-ALA産生能と老化の間に負の相関があり,5-ALAの補給が抗加齢にも役立つことを示唆する.

がん細胞においては,ヘム前駆体のプロトポルフィリンIX(PpIX)に鉄イオンを配位するフェロキラターゼの活性低下等により,5-ALAを投与してもヘムに代謝されずPpIXが顕著に蓄積する(4)4) F. Yamamoto, Y. Ohgari, N. Yamaki, S. Kitajima, O. Shimokawa, H. Matsui & S. Taketani: Biochem. Biophys. Res. Commun., 353, 541 (2007)..PpIXは光増感物質であり,励起光により赤色蛍光を発するほか,強い光照射により活性酸素種(ROS)を生成する.PpIXが発する赤色蛍光を利用してがん組織を可視化するのが光線力学診断(ALA-PDD)であり,まず正常組織との識別が困難な脳腫瘍の術中診断処置として適用され(5)5) W. Stummer, U. Pichlmeier, T. Meinel, O. D. Wiestler, F. Zanella & H.-J. Reulen, ALA-Glioma Study Group: Lancet Oncol., 7, 392 (2006).,さらに膀胱がんへの適用や前立腺・胃・肝がん等での臨床応用研究が進んでいる.

一方,5-ALA投与によりがん組織特異的に蓄積したPpIXに光照射を行い,ROSを増大させて細胞死を誘導するのが光線力学療法(ALA-PDT)である.ALA-PDTは最初に光照射の容易な皮膚がんに適用され(6)6) J. C. Kennedy, R. H. Pottier & D. C. Pross: J. Photochem. Photobiol. B, 6, 143 (1990).,その後,咽頭・膀胱・前立腺・子宮頸がん等に臨床応用研究が広がっている.5-ALAは臨床レベルの経口投与でもほとんど副作用がなく,患者のQOLを担保する上でALA-PDTは優れた治療法として期待される.さらに,5-ALAはがん温熱療法の増感剤となる可能性も示されている.温熱療法は,がん細胞が41~43°Cの温熱に感受性を示すことを利用し,副作用が少なく低侵襲ながん治療法として用いられているが,効果が穏やかであるため化学療法や放射線療法との併用に留まっており,温熱療法単独の治療効果を高める手段が求められている.そこで筆者らがヒトがん細胞株における5-ALAの温熱増感作用を検証した結果,肝細胞・大腸・胃がん等由来の細胞株において5-ALA添加が温熱下での細胞死を増強する(ALA温熱効果;ALA-HT)一方,正常細胞には影響しないことが示された.これらのがん細胞株では,高蓄積したPpIXにより温熱下でROSが増大する(7)7) T. Chibazakura, Y. Toriyabe, H. Fujii, K. Takahashi, M. Kawakami, H. Kuwamura, H. Haga, S. Ogura, F. Abe, M. Nakajima et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 422 (2015)..担がんマウスを用いた検証においても,温熱処理のみと比べて,温熱・5-ALA併用による腫瘍増殖の顕著な抑制が観察されており(未発表データ),ALA-HTは温熱療法の増感手段として有用と期待される.

近年,DNA・RNAの特殊構造であるグアニン4重鎖(G4)が,転写・複製・クロマチン高次構造等の制御要因として注目されているが,PpIXやヘム等のポルフィリン化合物がG4構造に結合して安定化させ,近傍遺伝子の発現やゲノム複製を抑制することがわかってきた.G4構造はヒトの疾患関連遺伝子領域や病原体生物・ウイルスゲノム中にも多く存在することから,5-ALAの投与により,それらの疾患の治療や感染症の予防・治療を行う試みがなされている.例えば,神経伝達に重要なG4結合タンパク質が機能欠損しているATR-X症候群のモデルマウスにおいて,5-ALA投与は疾患標的遺伝子(シナプス伝達抑制因子)のG4構造による発現抑制を回復させ,記憶学習障害を改善する(8)8) N. Shioda, Y. Yabuki, K. Yamaguchi, M. Onozato, Y. Li, K. Kurosawa, H. Tanabe, N. Okamoto, T. Era, H. Sugiyama et al.: Nat. Med., 24, 802 (2018)..また,5-ALAはマラリア原虫の増殖を阻害することが知られている(9)9) K. Komatsuya, M. Hata, E. O. Balogun, K. Hikosaka, S. Suzuki, K. Takahashi, T. Tanaka, M. Nakajima, S. Ogura, S. Sato et al.: J. Biochem., 154, 501 (2013).が,これは蓄積したPpIXが原虫ゲノムのG4構造に結合し,ゲノム複製や遺伝子発現を抑制するためと推察されている.さらに最近,新型コロナウイルスのゲノム中にもG4構造が多く存在することが明らかとなり,5-ALA投与によって新型コロナウイルス(オミクロン変異株を含む)の培養細胞での感染と増殖が顕著に抑制されることが報告された(10, 11)10) Y. Sakurai, M. M. Ngwe Tun, Y. Kurosaki, T. Sakura, D. K. Inaoka, K. Fujine, K. Kita, K. Morita & J. Yasuda: Biochem. Biophys. Res. Commun., 545, 203 (2021).11) M. M. Ngwe Tun, T. Sakura, Y. Sakurai, Y. Kurosaki, D. K. Inaoka, N. Shioda, C. Smith, J. Yasuda, K. Morita & K. Kita: Trop. Med. Health, 50, 30 (2022)..先行的な臨床研究においても,5-ALAと鉄剤を併用した患者は通常の治療薬を投与した患者より症状の回復が早いことが報告されている(12)12) K. Kaketani & M. Nakajima: Open COVID J., 1, 52 (2021)..PpIXやヘムはG4構造のみならず,コロナウイルスの細胞受容体であるACE2にも結合すること,またヘムの増加がROSの消去に重要なヘムオキシゲナーゼ(HO-1)の発現を誘導することから,5-ALAの投与がウイルス遺伝子の発現・複製抑制に加えて,ウイルスの細胞への感染やそれに伴うROS増大を介した炎症反応等も抑制することが示唆される.COVID-19の予防と治療の両方に向けて,5-ALAの臨床応用の可能性が大いに期待される.

Reference

1) U. Giger & U. A. Meyer: J. Biol. Chem., 256, 11182 (1981).

2) F. Al-Saber, W. Aldosari, M. Alselaiti, H. Khalfan, A. Kaladari, G. Khan, G. Harb, R. Rehani, S. Kudo, A. Koda et al.: J. Diabetes Res., 2016, Article ID 8294805 (2016).

3) J. Hayashi, S. Ohta, Y. Kagawa, H. Kondo, H. Kaneda, H. Yonekawa, D. Takai & S. Miyabayashi: J. Biol. Chem., 269, 6878 (1994).

4) F. Yamamoto, Y. Ohgari, N. Yamaki, S. Kitajima, O. Shimokawa, H. Matsui & S. Taketani: Biochem. Biophys. Res. Commun., 353, 541 (2007).

5) W. Stummer, U. Pichlmeier, T. Meinel, O. D. Wiestler, F. Zanella & H.-J. Reulen, ALA-Glioma Study Group: Lancet Oncol., 7, 392 (2006).

6) J. C. Kennedy, R. H. Pottier & D. C. Pross: J. Photochem. Photobiol. B, 6, 143 (1990).

7) T. Chibazakura, Y. Toriyabe, H. Fujii, K. Takahashi, M. Kawakami, H. Kuwamura, H. Haga, S. Ogura, F. Abe, M. Nakajima et al.: Biosci. Biotechnol. Biochem., 79, 422 (2015).

8) N. Shioda, Y. Yabuki, K. Yamaguchi, M. Onozato, Y. Li, K. Kurosawa, H. Tanabe, N. Okamoto, T. Era, H. Sugiyama et al.: Nat. Med., 24, 802 (2018).

9) K. Komatsuya, M. Hata, E. O. Balogun, K. Hikosaka, S. Suzuki, K. Takahashi, T. Tanaka, M. Nakajima, S. Ogura, S. Sato et al.: J. Biochem., 154, 501 (2013).

10) Y. Sakurai, M. M. Ngwe Tun, Y. Kurosaki, T. Sakura, D. K. Inaoka, K. Fujine, K. Kita, K. Morita & J. Yasuda: Biochem. Biophys. Res. Commun., 545, 203 (2021).

11) M. M. Ngwe Tun, T. Sakura, Y. Sakurai, Y. Kurosaki, D. K. Inaoka, N. Shioda, C. Smith, J. Yasuda, K. Morita & K. Kita: Trop. Med. Health, 50, 30 (2022).

12) K. Kaketani & M. Nakajima: Open COVID J., 1, 52 (2021).