解説

Rhodococcus属細菌の低栄養性とその利用炭素・窒素・硫黄源を含まない培地に苦なく生育する超低栄養性細菌

Oligotrophy in Rhodococci and Its Application: Two Genes Involved in the Oligotrophic Growth of a Rhodococcus Strain

Nobuyuki Yoshida

吉田 信行

静岡大学大学院総合科学技術研究科工学専攻

Published: 2023-03-01

これまでに知られているような独立栄養条件でなくても,炭素・窒素源無添加の培地に生育する細菌を「超低栄養性細菌」と呼んでいる.興味深いことに,驚くほど簡単に自然界から超低栄養性細菌を単離することができ,その多くはRhodococcus属に属する細菌である.これまでに単離したものの中で最も良い生育を示したのがR. erythropolis N9T-4株であり,窒素・硫黄源無添加の培地でも生育する.本菌を用いて低栄養性の解明に挑んでおり,まだまだ未知な部分が多いが,最近になって少しずつその炭素・窒素代謝が明らかになりつつある.低栄養生育に必須な遺伝子の解析を中心に,その産業応用の可能性も解説する.

Key words: 超低栄養性細菌; ロドコッカス属細菌; メタノール脱水素酵素; アルデヒド脱水素酵素

はじめに

低栄養性細菌を探し始めた理由の1つは,もっと効率的にCO2を固定する微生物はいないか? ということである.低炭素社会の実現という聞き慣れた命題に微生物学がどのように寄与できるか,を考えた場合,CO2を「原料」とする独立栄養性細菌の利用が最先鋒であろうし,産業応用の可能性を秘めた多くの研究がある.ただ,CO2固定にエネルギーがかかり過ぎることがやはりネックとなっている.そこで,最初は本当に興味本位で炭素源を除いた無機塩のみからなる培地(BM培地)を用いて自然界からの微生物の単離を試みた.炭素源を含まない条件でも,CO2を固定する独立栄養性細菌は単離されてくる.筆者らは,独立栄養性細菌がCO2を固定する際に必要となるエネルギー源(光,金属,水素など)を添加せず,さらにアンモニア酸化細菌も排除するために,BM培地中の窒素源は硝酸態窒素を用いた.このような培地を用いても驚くほど簡単に微生物を単離することができるが,それらを超低栄養性細菌(スーパーオリゴトローフ)と名付け,研究を続けている(「超」をつけた理由はコラムを参照).発見から10年ほど文句を言われたことはなかったのだが,つい最近,この名前がおかしいと論文をリジェクトされかかった.低栄養条件下で生育速度が遅くなるだけで,大腸菌でもそのうち生育してくるのではないかとの指摘を受けた.“そのうち生育してくる時間”が短いものも低栄養性細菌と呼んでも良いかも知れないが,例えば大腸菌などはBM培地で培養し続けても生育してくることはない.以下超低栄養性細菌に関するこれまでの知見を紹介するので,このような定義づけについても諸氏からのご意見を伺いたい.

Rhodococcus属細菌の低栄養性

興味深いことに,筆者らが自然界から単離した超低栄養性細菌は全てRhodococcus属あるいはStreptomyces属の細菌のみであった(1)1) N. Yoshida, N. Ohhata, Y. Yoshino, T. Katsuragi, Y. Tani & H. Takagi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 2830 (2007)..したがって,このような超低栄養性は放線菌特有の性質であることが予想できるが,後述の通り,α-プロテオバクテリアに属する細菌においても人為的ではあるが同様の超低栄養性が確認されている.研究室保存のRhodococcus属についてもそのほとんどが超低栄養性生育を示した(図1図1■さまざまなRhodococcus属細菌の低栄養生育(文献2の図を転載)(2)2) N. Yoshida: “Biology of Rhodococcus, 2nd ed.,” ed. by H. M. Alvarez, Springer Nature Switzerland AG, 2019, p. 87..つまり,わざわざBM培地を用いて単離したものだけでなく,超低栄養性はRhodococcus属に普遍的に備わった性質であると言える.

図1■さまざまなRhodococcus属細菌の低栄養生育(文献2の図を転載)

BMプレート培地(0.1% NaNO3, 0.1% KH2PO4, 0.1% K2HPO4, 0.05% MgSO4·7H2O, 1 mg/L チアミン,1.5%精製寒天)に研究室保存のRhodococcus属細菌の懸濁液をスポットし,4日間培養した.

筆者らがこれまでに単離した超低栄養性細菌の中で,再現性よく最もよい生育を示したものが鹿児島県志布志市にある備蓄原油基地から単離したR. erythropolis N9T-4株(現在はR. qingshengiiであることが判明)である(3, 4)3) N. Ohhata, N. Yoshida, H. Egami, T. Katsuragi, Y. Tani & H. Takagi: J. Bacteriol., 189, 6824 (2007).4) N. Obi, R. Moriuchi, H. Dohra, K. Kimbara, M. Shintani & N. Yoshida: Microbiol. Resour. Announc., 11, e00891-22 (2022)..本菌はBM固体培地上で3日間ほどでコロニーを形成する.パウチ袋にCO2吸着剤を共存させて培養すると生育を示さず,このようなCO2制限条件下であっても,培地中に炭酸水素塩を添加しておいたり,CO2ガスを培養途中で注入することで生育が見られた.したがって,CO2を固定して生育していると考えられ,実際にCO2の細胞構成成分への取り込みも確認できたが,ゲノム解析あるいは生化学的な解析からは本菌の独立栄養的なCO2固定経路は未だ見いだされていない.興味深いことに,本菌は炭素源だけでなく窒素源,硫黄源を培地中から除いても生育することがわかっており,このうち窒素源についてはそのメカニズムが明らかとなっている.低栄養条件でアンモニアトランスポーターをコードするamtBが高発現しており,amtB欠損株は窒素源無添加のBM(BM-N)培地に生育しなくなる.パウチ袋に入れるなどの密閉条件下ではBM-N培地上で生育しなくなるが,そこに大気中と同程度の微量アンモニアを注入すると生育する(5)5) N. Yoshida, S. Inaba & H. Takagi: J. Biosci. Bioeng., 117, 28 (2014)..したがって,本菌は窒素源として大気中の微量アンモニアを利用できることが明らかとなった.硫黄源については詳細に検討はしていないが,窒素源同様密閉/大気下で硫黄源を含まないBM培地上での生育に差が生じることから,大気中の硫黄化合物を利用できるものと予想している.

超低栄養性に必須な2つの酵素遺伝子

CO2が炭素源なのか,あるいはその他に炭素源・エネルギー源になるものがあるのか,という点についてはっきりとした答えは出ていないが,これまでの網羅的な解析によりN9T-4株の低栄養炭素・窒素代謝の大まかな流れは明らかになりつつある(図2図2■N9T-4株の低栄養条件下における炭素・窒素代謝(文献6掲載の図を改変)(6)6) 吉田信行,矢野嵩典,湯 不二夫,高木博史:バイオサイエンスとインダストリー,73, 215 (2015).aldAmnoAは本菌を低栄養条件,つまりBM培地で生育させた際に最も発現する遺伝子であり,それぞれNAD依存性のアルデヒド脱水素酵素(ALDH)とN,N′-ジメチル-4-ニトロソアニリン(NDMA)依存性メタノール脱水素酵素(MDH)をコードする.それらタンパク質も低栄養条件で高生産されていることを二次元電気泳動で確認されている(3)3) N. Ohhata, N. Yoshida, H. Egami, T. Katsuragi, Y. Tani & H. Takagi: J. Bacteriol., 189, 6824 (2007)..これらの遺伝子欠損株の低栄養生育能は極めて低下するので,aldAmnoAは低栄養生育に必須な遺伝子でもある.なぜこれらの遺伝子が必須なのか? それら遺伝子産物である酵素の機能解析は重要である.aldAがコードするALDHはバクテリアから哺乳類まで保存されている,短鎖脂肪族アルデヒドに作用し,NADを補酵素とする脱水素酵素である.このファミリーに属する酵素は比較的基質特異性の広い酵素であるが,ホルムアルデヒドに作用しないとされている.しかしながら,本菌のALDHはホルムアルデヒドに対して最も高い活性を示し,C2~C8脂肪族アルデヒドが基質となった(3)3) N. Ohhata, N. Yoshida, H. Egami, T. Katsuragi, Y. Tani & H. Takagi: J. Bacteriol., 189, 6824 (2007).mnoAが上述の通りMDHをコードするとアノテーションされていることから,当初本菌の低栄養生育とC1代謝との関連性を予想した(7)7) 由里本博也,加藤暢夫,阪井康能:バイオサイエンスとインダストリー,63, 773 (2005)..しかしながら,本菌のゲノム解析からC1同化経路すなわち,ホルムアルデヒド固定経路が存在しないことが判明したので,現在はC2以上のアルコールあるいはアルデヒド代謝との関連性を検討している.上記2遺伝子の他に本菌の低栄養生育に必須な遺伝子としては,トランスポゾン変異株ライブラリーの解析などからaceA, aceBおよびpckG(それぞれイソクエン酸リアーゼ,リンゴ酸シンターゼ,ホスホエノールピルビン酸カルボキシキナーゼをコード)が同定されている(8)8) T. Yano, N. Yoshida, F. Yu, M. Wakamatsu & H. Takagi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 99, 5627 (2015)..これらは,グリオキシル酸経路と解糖系への流れが必須であることを示しており,低栄養生育とC2代謝との関連性を示唆するものである.

図2■N9T-4株の低栄養条件下における炭素・窒素代謝(文献6掲載の図を改変)

アルコール代謝系,アンモニア代謝系に関与する遺伝子の発現が特に顕著である.中でもaldA, mnoAは富栄養条件(LB培地)での発現に比べ400倍以上の発現を示す.また,低栄養条件/富栄養条件で培養した菌体にはいずれもα-ケトグルタル酸脱水素酵素活性が検出できず,コハク酸セミアルデヒドを経由する変形TCA回路を持つ.

NDMA-MDHはグラム陽性菌のメチロトローフがメタノールを資化する際の初発酵素であり(9)9) L. V. Bystrykh, J. Vonck, E. F. van Bruggen, J. van Beeumen, B. Samyn, N. I. Govorukhina, N. Arfman, J. A. Duine & L. Dijkhuizen: J. Bacteriol., 175, 1814 (1993).,NDMAを人工電子受容体として用いることでその酵素活性を測定できる.グラム陰性のメチロトローフのMDHも2,6-ジクロロインドフェノール(DCIP)などを人工電子受容体としてメタノールを酸化するが,生体内ではピロロキノリンキノン(PQQ)が電子受容体となることは古くから知られている(10)10) J. A. Duine, J. Frank & J. K. van Zeeland: FEBS Lett., 108, 443 (1979)..しかしながら,グラム陽性菌のMDHにおけるin vivoでの電子受容体は不明であった.近年,NDMA-MDHの生体内での電子受容体がマイコファクトシン(MFT)という物質である可能性を示す報告があった(11)11) A. A. Dubey & V. Jain: Biochem. Biophys. Res. Commun., 516, 1073 (2019)..このMFTについては,PQQに相当する役割が予想されており,PQQに非常によく似た経路で生合成されることも予想されている(12)12) R. Ayikpoe, V. Govindarajan & J. A. Latham: Appl. Microbiol. Biotechnol., 103, 2903 (2019)..しかしながら,MDHの電子受容体であるということを直接示した例はない.興味深いことに,N9T-4株ゲノムのaldAmnoA間に,MFTの生合成系の遺伝子がすべて存在していることがわかった(図3図3■N9T-4ゲノムに存在する低栄養性遺伝子クラスター領域(文献13掲載の図を改変)(13)13) R. Ikegaya, M. Shintani, K. Kimbara, M. Fukuda & N. Yoshida: Biosci. Biotechnol. Biochem., 84, 865 (2020)..このうち,MFTの前駆体ペプチドをコードするmftAを欠損させると低栄養生育能を失うことから,MFTがMDHの電子受容体である可能性が高い.本領域には本菌の低栄養性への関与が予想される他の遺伝子もいくつか存在しており,低栄養性遺伝子クラスターとして,現在さまざまな検討を進めている.

図3■N9T-4ゲノムに存在する低栄養性遺伝子クラスター領域(文献13掲載の図を改変)

遺伝子の模式図の下に示した棒グラフは低栄養条件下/富栄養条件下での遺伝子発現の比を表している.赤色:MFT生合成関連遺伝子,紫色:ABCトランスポーター,黄色:二成分制御系遺伝子.

N9T-4株にとって栄養とは何なのか?

本菌はBM液体培地での生育は極めて悪く,当初BM寒天培地での検討を続けてきたが,寒天を食べているだけでないのか? という指摘を多く受けた.支持体としてシリカゲルを用いたBM固体培地でも良好な生育を示すので,その指摘はかわすことはできても,さまざまな解析で定量性に欠けることが問題であったし,多量の菌体が必要な際は苦労していた.そこで,さまざまな培養方法を検討した結果,スポンジにBM培地を染み込ませて培養することにより,液体培地での生育が10倍程度上昇することを見いだした(14)14) T. Matsuoka & N. Yoshida: Biosci. Biotechnol. Biochem., 82, 1652 (2018)..スポンジを培地にどっぷりと沈ませると効率が悪くなり,培地の量が重要であることもわかったが,このことから低栄養生育に足場が必要なのではなく,大気との接触が重要であることが予想できた.この培養方法により,これまで曖昧だった検討を厳密に行うことができるようになった.上述の通り,窒素源の検討では密閉/大気下でBM固体培地での生育に差が出たことから大気中のアンモニアに辿り着いたわけだが,炭素源については密閉/大気下で生育の差が出ず検討が進まなかった.スポンジ培養を用いると,炭素源を含まないBM培地を用いて密閉/大気下で生育の差を確認することができた.現在この培養系を用いてN9T-4株の炭素代謝の再検討を行っており,いくつかの新しい知見を得ているが,それはまた改めて紹介したい.

低栄養条件で高発現する2つの遺伝子は,LB培地で培養すると発現が抑制されることは以前からわかっていた.また,グルコースを添加してもaldAおよびmnoAの発現は変わらず,今のところ両遺伝子の発現を抑制する炭素化合物はn-ヘキサデカン,n-テトラデカンなどのn-アルカンのみである.N9T-4株が低栄養/富栄養を判断する基準は何なのだろうか? そこで,両遺伝子のプロモータ領域の下流に緑色蛍光タンパク質遺伝子(EGFP)をつなげたレポータ系を作成し,さまざまな培養条件で両遺伝子の発現を解析した(15)15) Y. Ikeda, M. Kishimoto, M. Shintani & N. Yoshida: Microorganisms, 10, 1725 (2022)..LB培地で両遺伝子の発現が低いのはこれまでの結果と一致するが,LB培地の構成成分であるトリプトンあるいは酵母エキスをBM培地に添加してもそれぞれで両遺伝子の発現が抑制された(図4A図4■aldA, mnoAの発現におけるBM培地への添加物の影響(文献15掲載の図を改変)).一方で,カザミノ酸を添加した場合はそれらの発現に影響を及ぼさなかった.BM培地にエタノールを添加すると両遺伝子は強く発現したが,同様にトリプトン,酵母エキスはそれらの発現を強く抑制し,カザミノ酸の効果は少なかった(図4B図4■aldA, mnoAの発現におけるBM培地への添加物の影響(文献15掲載の図を改変)).また,興味深いことにリンゴ酸を加えると両遺伝子の発現は著しく抑制された.さまざまな有機酸を検討したが,両遺伝子発現を抑制したものはリンゴ酸のみであった.これは,上述したグリオキシル酸経路と関連するものと考えられ,リンゴ酸の蓄積はC2代謝の停滞を意味し,低栄養生育が抑えられるのかも知れない.BM培地に有機物,特にトリプトン,酵母エキスを添加すると良い生育を示すので,生育あるいは菌密度が遺伝子発現に影響する可能性もあるが,例えばLB培地での遺伝子発現を見ると,培養初期から後期にかけて同様の発現抑制が見られた.これらの結果から,トリプトンに含まれるようなペプチドと酵母エキスに含まれるリンゴ酸が低栄養/富栄養代謝を切り替えるシグナルになっている可能性が示唆された.両遺伝子とも同じ転写制御因子(AldR1)による調節を受けることが明らかとなっているが(13)13) R. Ikegaya, M. Shintani, K. Kimbara, M. Fukuda & N. Yoshida: Biosci. Biotechnol. Biochem., 84, 865 (2020).,上記のレポーターアッセイでの結果のほとんどでmnoAの方が強く抑制を受けている点は興味深い.

図4■aldA, mnoAの発現におけるBM培地への添加物の影響(文献15掲載の図を改変)

BM培地への添加物の濃度は以下の通り.各培地で24~48時間培養し,菌体の蛍光強度を測定.各値はコントロールベクターを持つ菌体の蛍光強度に対する相対強度で表している.エラーバーは3連で行った実験の標準偏差.

aldA, mnoAによる有用微生物の低栄養化

最初に述べた通り,超低栄養性細菌を研究し始めたきっかけは,もっと効率的にCO2を固定する微生物を探したいということであった.N9T-4株は低栄養条件でCO2を取り込んでいることは明らかであるが,CO2を原料とした物質生産系の構築にはまだまだその炭素代謝の理解が足りない.しかしながら,超低栄養性細菌を用いるとそれだけ培養コストを下げることができることから,トータル的なバイオプロセスの低炭素・低エネルギー化に結びつく.N9T-4株をベースとした物質生産系についても検討中であるが,逆に上記2つの遺伝子を用いて他の有用微生物の低栄養化ができないか検討してみた.

R. wratislaviensis DSM 44193株はトリアシルグリセロール(TAG)を細胞内に顕著に蓄積することが知られており,バイオ燃料生産の有望株である(16)16) H. M. Alvarez, O. M. Herrero, R. A. Silva, M. A. Hernández, M. P. Lanfranconi & M. S. Villalba: Appl. Environ. Microbiol., 85, e00498-19 (2019)..DSM 44193株はBM培地上でN9T-4株と同程度の生育を示し,一見超低栄養性を示すように見える(図5図5■R. wratislaviensis DSM 44193株は低栄養性ではない).しかしながら,BM-シリカゲル培地上では生育せず,スポンジ培養でも生育は見られなかった.これこそが寒天あるいは寒天に含まれる成分で生育しているタイプであり(高価な精製寒天を使っているにも関わらず…),超低栄養性細菌を単離する際に注意が必要な点である.aldA, mnoAをそれぞれ単独で,あるいはタンデムに連結した発現プラスミドを構築し,DSM 44193株形質転換体の生育を調べた(aldA株,mnoA株,aldA/mnoA株).その結果,いずれの形質転換体においてもN9T-4株のような超低栄養性を附与することはできなかった.DSM 44193株によるTAG生産においては炭素源としてグルコン酸が用いられることが多い.そこで,BM培地にグルコン酸を添加し,その生育とTAG生産を検討した.その結果,特にaldA, mnoA両方を発現させた株で生育が促進されることがわかった.蛍光顕微鏡下でTAGの生産を観察したところ,図6図6■aldA, mnoA導入株におけるTAG生産能の向上のように形質転換体で蛍光のシグナルが強くなり,aldA/mnoA発現株で最も強い蛍光シグナルが検出された.細胞内TAG含量の測定結果も概ね生育および蛍光顕微鏡観察の結果と同様で,両方遺伝子の導入によりTAG生産性を20%ほど向上させることができた.

図5■R. wratislaviensis DSM 44193株は低栄養性ではない

BM寒天培地ではN9T-4株と道誉の生育を示すようであるが,シリカゲルやスポンジを支持体とした場合も生育は見られなかった.エラーバーは3連で行った実験の標準偏差.

図6■aldA, mnoA導入株におけるTAG生産能の向上

aldA, mnoA,およびその両方を発現させたDSM 44193株を1%のグルコン酸を含むMSM培地で培養し,ナイルレッド染色後,蛍光顕微鏡観察を行った.RK2はベクターコントロール株.スケールバーは5 µm.

おわりに

上述の通り,筆者らはRhodococcus属,Streptomyces属の超低栄養性細菌しか単離できていないが,東北大学の永田らのグループはプロテオバクテリア門に属するSphingobium japonicum UT26株のトランスポゾン変異株が超低栄養性を示すことを見いだした(17)17) S. Inaba, H. Sakai, H. Kato, T. Horiuchi, H. Yano, Y. Ohtsubo, M. Tsuda & Y. Nagata: Microbiology, 166, 531 (2020)..UT26株は超低栄養性を示さないが,亜鉛含有アルコール脱水素酵素をコードするadhXがトランスポゾン由来のプロモータにより構成的に発現した結果,超低栄養性を示すようになったと考えられる(永田らはhigh-yeald growth under oligotrophic conditions, HYGO株と呼んでいる).また,UT26株の自然突然変異でも低頻度ながらHYGO表現型を示すとの報告もある.海洋も含め,地球上の大部分が低栄養環境であることを考えると,超低栄養性を示す細菌は環境中に普遍的に存在する可能性がある.また,富栄養条件では生育せず,低栄養条件で生育できる微生物(偏性オリゴトローフ)も多数単離できることから,微生物生態学的にも無視できない微生物群となろう.超低栄養性細菌の産業応用と生態系での役割,両面から研究を進めて行きたい.

Reference

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