Kagaku to Seibutsu 61(3): 132-138 (2023)
解説
麴菌の遺伝子高発現における転写および転写後発現制御機構麴菌における転写および転写後発現制御機構
Transcriptional and Post-transcriptional Regulatory Mechanisms for High Gene Expression in Aspergillus oryzae: Regulatory Mechanisms of Transcriptional and Post-transcriptional Expression in Aspergillus oryzae
Published: 2023-03-01
麴菌は長年の食品製造への利用の歴史から安全性が認められており,アミラーゼをはじめとする酵素タンパク質を大量に分泌生産する能力を有していることから,異種タンパク質の宿主としても利用されている.近年の研究により,麴菌によるアミラーゼ遺伝子や異種遺伝子の発現が,転写過程ならびに転写後の過程において複雑に制御されていることが明らかになってきた.本稿では,その概要について,筆者らのこれまでの研究を中心に解説する.
Key words: 麴菌; アミラーゼ; 転写因子; カーボンカタボライト抑制; コドン最適化
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
黄麴菌Aspergillus oryzae(以下,麴菌と表記する)は,我が国において清酒,味噌,醤油などの発酵食品の製造に1,000年以上にわたって利用されている糸状菌(カビ)である.麴菌の特徴の1つは,デンプン分解酵素を大量に分泌生産することであり,デンプン分解酵素遺伝子のプロモーターは強力な転写活性を有している.そのため,麴菌を宿主とした有用物質生産においては,デンプン分解酵素遺伝子のプロモーターが広く用いられている.麴菌のアミラーゼ遺伝子の発現は,デンプンやマルトオリゴ糖の存在によって誘導され,グルコースによって抑制されることは古くから知られていたが,詳細な発現制御機構は不明であった.そこで,筆者らは,アミラーゼ遺伝子の発現制御に関わる因子の機能解析により,アミラーゼ遺伝子発現制御の分子機構の解明に取り組むこととした.また,異種遺伝子を発現させた場合にその転写産物量が減少する機構の解明にも取り組んだ.
麴菌のアミラーゼ遺伝子の発現誘導には,AmyRとMalRという2つの真菌特異的Zn(II)2Cys6型転写因子が関与する.これらの転写因子が発見された経緯については,他の総説記事(1~3)1)五味勝也:バイオサイエンスとインダストリー,75, 206 (2017).3)五味勝也:生物工学会誌,100, 5 (2022).において詳細に紹介されているため,そちらを参照していただきたい.アミラーゼ遺伝子のプロモーターに結合して発現を誘導するAmyRの活性化機構については,Aspergillus属糸状菌のモデルとして用いられているAspergillus nidulansにおいて先行して解析が行われた.AmyRの細胞内局在解析の結果より,AmyRはα-グルコシダーゼの糖転移活性によりマルトースから生じるイソマルトースによって速やかに細胞質から核内への移行が誘導されることが示された(4)4) Y. Murakoshi, T. Makita, M. Kato & T. Kobayashi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 94, 1629 (2012)..さらに,イソマルトースを生成する強力な糖転移活性を有するα-グルコシダーゼとして,分泌型タンパク質でありGH31ファミリーに分類されるAgdBが同定された(5)5) N. Kato, S. Suyama, M. Shirokane, M. Kato, T. Kobayashi & N. Tsukagoshi: Appl. Environ. Microbiol., 68, 1250 (2002)..これらの結果から,A. nidulansでは細胞外に分泌されたAgdBの糖転移活性によって細胞外でマルトースからイソマルトースが生成し,AmyRの核移行が誘導されると考えられている.A. nidulansにおけるAmyRの活性化機構については,別の解説記事も参照していただきたい(6)6)國武絵美,小林哲夫:化学と生物,57,532(2019)..麴菌においても,AmyRの核移行とα-アミラーゼ遺伝子発現はマルトースよりもイソマルトースによって速やかに誘導されたため,AmyRの活性化機構はA. nidulansと共通であると考えられた(7)7) K. Suzuki, M. Tanaka, Y. Konno, T. Ichikawa, S. Ichinose, S. Hasegawa-Shiro, T. Shintani & K. Gomi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 99, 1805 (2015)..一方,麴菌ではマルトーストランスポーター遺伝子(malP)とGH13ファミリーに分類されるα-グルコシダーゼ遺伝子(malT)の発現を制御するMalRもアミラーゼ遺伝子発現誘導に関与する.精製したMalTの解析により,MalTはマルトースから糖転移産物を生成する活性を有することが明らかになったが(8)8) T. Ichikawa, M. Tanaka, T. Watanabe, S. Zhan, A. Watanabe, T. Shintani & K. Gomi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 85, 2076 (2021).,MalTには分泌シグナル配列が存在しないため,細胞内で機能していると予想される.これらのことから,A. oryzaeでは細胞外のマルトースがMalPによって取り込まれ,細胞内においてMalTの糖転移活性によって生じたイソマルトースによって核移行が誘導されることが示された(図1図1■マルトース存在時の麹菌におけるアミラーゼ遺伝子の発現誘導機構).すなわち,A. nidulansでは細胞外でイソマルトースが生じるのに対し,A. oryzaeでは細胞内でイソマルトースが生成するという決定的な違いがあることが明らかになった.
それでは,麴菌において分泌型α-グルコシダーゼはアミラーゼ遺伝子発現に関与しないのであろうか.A. nidulansでは主要な分泌型α-グルコシダーゼ遺伝子であるagdAとagdBを二重破壊することでデンプン培地での生育が著しく抑制されるのに対し(9)9) N. Kato, Y. Murakoshi, M. Kato, T. Kobayashi & N. Tsukagoshi: Curr. Genet., 42, 43 (2002).,A. oryzaeにおける二重破壊株ではα-アミラーゼ遺伝子発現にほとんど影響が現れないことから(8)8) T. Ichikawa, M. Tanaka, T. Watanabe, S. Zhan, A. Watanabe, T. Shintani & K. Gomi: Biosci. Biotechnol. Biochem., 85, 2076 (2021).,A. oryzaeにおける分泌型α-グルコシダーゼのAmyR活性化への寄与は極めて小さいと考えられる.また,A. nidulansのAgdBとは異なり,A. oryzaeのAgdBはマルトースからイソマルトースを生成する糖転移活性が低いことが報告されている(10)10) E. Nagayoshi, K. Ozeki, M. Hata, T. Minetoki & Y. Takii: J. Biol. Macromol, 15, 13 (2015)..興味深いことに,マルトースからα-1,6-糖転移産物を生成する活性の高いA. nidulansやAspergillus sojaeのAgdBでは450位がアルギニンであるのに対し,A. oryzaeのAgdBでは450位がヒスチジンとなっており,A. oryzaeのAgdBの450位をアルギニンに置換するとイソマルトースを含むα-1,6-糖転移産物を生成する糖転移活性が著しく高くなることが示唆されている(11)11) A. Kawano, Y. Matsumoto, A. Terada, T. Tonozuka, S. Tada, K. I. Kusumoto & N. Yasutake: Biosci. Biotechnol. Biochem., 85, 1706 (2021)..今後,AgdBによるイソマルトース生性能の強さがAmyRの活性化に与える影響を調べることで,麴菌とA. nidulansにおいてアミラーゼ発現制御機構が異なる生理的意義が明らかになることが期待される.
発酵食品の製造過程においては,麴菌を米などの固体基質上で生育させる固体培養が用いられている.麴菌は,液体培養と比較して固体培養でより大量の酵素タンパク質を生産し,固体培養でのみ生産が誘導される酵素タンパク質の存在も明らかになっている.グルコアミラーゼの1つであるGlaBは,固体培養で特異的に生産される酵素タンパク質の代表である.glaBの発現は他のアミラーゼと同様にAmyRによって制御されるが,それとは別に固体培養特異的な発現を制御する転写因子の存在が予想された.そこで,生産されたGlaBを簡便に検出可能なスクリーニング方法を構築し,公益財団法人野田産業科学研究所が中心となって作製された麴菌の転写因子破壊株ライブラリーからGlaB生産量が特異的に減少する株のスクリーニングを行った.その結果,C2H2型転写因子であるFlbCがglaBの発現を制御する転写因子として同定された(12)12) M. Tanaka, M. Yoshimura, M. Ogawa, Y. Koyama, T. Shintani & K. Gomi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 100, 5859 (2016)..FlbCはglaBだけでなく,アスパルティックエンドペプチダーゼ遺伝子pepA(pepO)などのプロテアーゼ遺伝子の発現も制御しており,固体培養特異的な酵素タンパク質遺伝子の発現を全般的に制御していると考えられる.現在,FlbCの活性化機構などについての解析が進められており,固体培養特異的な遺伝子発現の分子機構がこれから明らかになることが期待される.
麴菌のアミラーゼ遺伝子をはじめとする糸状菌の糖質加水分解酵素遺伝子の発現がグルコースの存在により抑制される現象は,カーボンカタボライト抑制(CCR)として知られており,古くから研究されている.1970年代には,A. nidulansにおける遺伝学的解析によりCCRに関与する因子として4つの因子が同定され,それぞれCreA, CreB, CreC, CreDと命名された(13~15)13) H. N. Arst Jr. & D. J. Cove: Mol. Gen. Genet., 126, 111 (1973).14) M. J. Hynes & J. M. Kelly: Mol. Gen. Genet., 150, 193 (1977).15) J. M. Kelly & M. J. Hynes: Mol. Gen. Genet., 156, 87 (1977)..CreAはC2H2型DNA結合ドメインを持つ転写因子であり,糖質加水分解酵素遺伝子のプロモーターに結合して発現を抑制する.CreAのDNA結合ドメインは,出芽酵母のCCR制御転写因子であるMig1のDNA結合ドメインと高い相同性を示すが,DNA結合ドメイン以外の領域については両者の保存性は高くない.CreBはubiquitin C-terminal hydrolasesに分類される脱ユビキチン化酵素であり,WD40-repeatドメインを有するCreCと複合体を形成する(16)16) R. A. Lockington & J. M. Kelly: Mol. Microbiol., 43, 1173 (2002)..脱ユビキチン化酵素と相互作用するWD40-repeatタンパク質は,脱ユビキチン化酵素の安定性や機能・活性の制御に関与することが知られていることから,CreCもCreBの制御に関与していると考えられる.CreDはN末端側に2つのアレスチン様ドメイン,C末端側にユビキチンリガーゼと相互作用するPXYモチーフを有し,ユビキチンリガーゼとその標的タンパク質とのアダプターとして働くと推定された(17)17) N. A. Boase & J. M. Kelly: Mol. Microbiol., 53, 929 (2004)..CreA以外の因子が全てユビキチン修飾に関与する因子であることから,長年にわたりCreAのユビキチン化修飾に伴う分解を介してCCRが制御されるというモデルが提唱されていた(16)16) R. A. Lockington & J. M. Kelly: Mol. Microbiol., 43, 1173 (2002)..
麴菌の酵素生産におけるCCRの影響が不明であったため,我々はまず始めにCCR制御因子破壊株の酵素生産性を調べた.その結果,CCRが解除されるcreA破壊株とcreB破壊株において,炭素源を5%マルトースとした液体培地におけるα-アミラーゼ生産量が野生株の約4倍に増加した(18)18) S. Ichinose, M. Tanaka, T. Shintani & K. Gomi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 335 (2014)..興味深いことに,creAとcreBの二重破壊株ではα-アミラーゼ生産量がさらに増加し,野生株の約7倍に達した.また,5%キシロースを炭素源とした培地においては,キシラナーゼやβ-グルコシダーゼの生産量がcreA破壊株で特に著しく増加し,二重破壊株ではさらに増加した(19)19) S. Ichinose, M. Tanaka, T. Shintani & K. Gomi: J. Biosci. Bioeng., 125, 141 (2018)..このことから,creAとcreBの二重破壊が酵素生産において極めて有効であることが明らかになった.
creAとcreBの二重破壊により単独破壊よりも酵素生産量が増加したこという実験結果から,CreAのユビキチン化修飾を介してCCRが制御されるというモデルに対する疑問が生じた.すなわち,CreBはCreAの脱ユビキチン化ではなく,CreAとは独立した機構でCCRの制御に関与していると考えられた.そこで,CreAが分解される機構が実際に存在するかの検証を行った.CreAの細胞内局在とタンパク質としての安定性を調べた結果,グルコースを添加した場合にはCreAは核内に局在して安定性が高いのに対し,マルトースを添加した場合には核内から消失し,非常に不安定であることが明らかになった(20)20) M. Tanaka, S. Ichinose, T. Shintani & K. Gomi: Mol. Microbiol., 110, 176 (2018)..また,CreAの核からの排出を阻害することでCreAが安定化したことから,アミラーゼ遺伝子発現誘導時においてCreAが核内から細胞質に排出されて分解される機構が存在することが示唆された.なお,出芽酵母においては,グルコース低濃度条件でAMP活性型キナーゼSnf1によってMig1がリン酸化されることで核内から細胞質に排出されることが知られているが(21)21) M. J. DeVit & M. Johnston: Curr. Biol., 9, 1231 (1999).,A. nidulansや麴菌のSnf1オーソログはCreAのリン酸化や核外への排出に関与しないため(20, 22)20) M. Tanaka, S. Ichinose, T. Shintani & K. Gomi: Mol. Microbiol., 110, 176 (2018).22) L. J. de Assis, L. P. Silva, O. Bayram, P. Dowling, O. Kniemeyer, T. Krüger, A. A. Brakhage, Y. Chen, L. Dong, K. Tan et al.: mBio, 12, e03146-20 (2021).,Mig1とCreAの核内からの排出機構は大きく異なると予想される.CreAの分解機構の存在が明らかになったことから,CreB-CreC複合体やCreDの関与の有無に興味が持たれた.我々の解析により,creB破壊株やcreC破壊株では,CreAの細胞内存在量が著しく減少することが明らかになった.一方で,A. nidulansにおける研究により,ユビキチン修飾を受けたCreAが検出されないことやCreAとCreBの物理的相互作用が見られないことから(23)23) M. A. Alam, N. Kamlangdee & J. M. Kelly: Curr. Genet., 63, 647 (2017).,CreB-CreC複合体が直接CreAを脱ユビキチン化するというモデルについては否定的な考えが現在は主流となっている.CreDについても,我々の解析によってcreDを破壊することによるCreAの安定性に大きな影響が見られなかったことから(20)20) M. Tanaka, S. Ichinose, T. Shintani & K. Gomi: Mol. Microbiol., 110, 176 (2018).,CreAのユビキチン修飾に関与しているとは考えにくい.近年,A. nidulansにおいてSCFユビキチンリガーゼ複合体や複数のプロテインキナーゼによるCreAの制御モデルが提唱されているが(22, 24)22) L. J. de Assis, L. P. Silva, O. Bayram, P. Dowling, O. Kniemeyer, T. Krüger, A. A. Brakhage, Y. Chen, L. Dong, K. Tan et al.: mBio, 12, e03146-20 (2021).24) L. J. de Assis, M. Ulas, L. N. A. Ries, N. A. M. El Ramli, O. Sarikaya-Bayram, G. H. Braus, O. Bayram & G. H. Goldman: mBio, 9, e00840-18 (2018).,報告されている研究数が十分ではないため,慎重な検証が求められる.
CreDのCreA制御への関与が否定されたことから,CreDの機能を明らかにするために,我々は膜タンパク質のエンドサイトーシスに注目した.一般に,膜タンパク質の存在量は環境に応じて厳密に制御されており,不要な膜タンパク質は速やかにエンドサイトーシス依存的に液胞へ輸送されて分解されることが知られている.出芽酵母においては,HECTユビキチンンリガーゼRsp5によって膜タンパク質がユビキチン化されることが,エンドサイトーシスに必要であることが明らかになっている.しかし,Rsp5は大部分の膜タンパク質と直接的に相互作用できないため,arrestin-related trafficking adaptor(ART)と呼ばれる因子がRsp5と膜タンパク質とのアダプターとして機能する(25)25) 阿部文快:化学と生物,55,74(2017)..CreDは,出芽酵母のARTタンパク質の1つであるRod1(Art4)と高い相同性を示し,Rod1はグルコース誘導性エンドサイトーシスに関与することが知られている(26)26) M. Becuwe, N. Vieira, D. Lara, J. Gomes-Rezende, C. Soares-Cunha, M. Casal, R. Haguenauer-Tsapis, O. Vincent, S. Paiva & S. Léon: J. Cell Biol., 196, 247 (2012)..そこで,我々はアミラーゼ遺伝子の発現誘導に関わる前述のMalPに注目した.グルコースを添加した後のMalPの細胞内局在を観察した結果,MalPはエンドサイトーシス依存的に細胞膜から液胞に輸送され,これにはRsp5オーソログであるHulAが必須であることが明らかになった(27)27) T. Hiramoto, M. Tanaka, T. Ichikawa, Y. Matsuura, S. Hasegawa-Shiro, T. Shintani & K. Gomi: Fungal Genet. Biol., 82, 136 (2015)..creD破壊株においてMalPの局在と分解を調べた結果,creDを破壊することでMalPのエンドサイトーシスと分解が著しく抑制されることが示された(28)28) M. Tanaka, T. Hiramoto, H. Tada, T. Shintani & K. Gomi: Appl. Environ. Microbiol., 83, e00592-17 (2017)..また,CreDとHulAが相互作用することも示されたことから,CreDはHulAのMalPへのリクルートを制御することで,グルコースによって誘導されるMalPのエンドサイトーシスに関与することが明らかになった(図2図2■グルコース存在時の麹菌におけるアミラーゼ遺伝子の発現抑制機構).
ARTタンパク質によるエンドサイトーシスの制御には,ARTタンパク質自身の翻訳後修飾が重要であることが知られている.我々は,CreDにおける2ヶ所のリン酸化部位を同定し,グルコース依存的に速やかに脱リン酸化されることを明らかにした.興味深いことに,CreDのリン酸化部位の変異はMalPのエンドサイトーシスには大きな影響を与えないものの,グルタミン酸に置換した擬リン酸化変異はcreB破壊によるCCR解除をキャンセルし,アラニンに置換した非リン酸化変異はcreB破壊によるCCR解除を促進することを見出した.このことは,CreDの脱リン酸化依存的にユビキチン化されるCCR制御因子がCreB-CreC複合体によって脱ユビキチン化されている可能性を示している(図2図2■グルコース存在時の麹菌におけるアミラーゼ遺伝子の発現抑制機構).この標的因子が明らかとなれば,CreA非依存的なCCR制御機構についての理解が飛躍的に高まることが期待される.最近になり,A. nidulansにおいてcAMPシグナリングが関わるCreA非依存的なCCR制御機構の存在が明らかにされており(6, 29, 30)6)國武絵美,小林哲夫:化学と生物,57,532(2019).29) E. Kunitake, Y. Li, R. Uchida, T. Nohara, K. Asano, A. Hattori, T. Kimura, K. Kanamaru, M. Kimura & T. Kobayashi: Curr. Genet., 65, 941 (2019).30) E. Kunitake, R. Uchida, K. Asano, K. Kanamaru, M. Kimura, T. Kimura & T. Kobayashi: AMB Express, 12, 126 (2022).,CreB-CreC複合体やCreDの関与について興味が持たれる.
麴菌においてアミラーゼ遺伝子プロモーターを用いて異種遺伝子を発現させた場合,プロモーターの転写活性能から期待されるだけの転写産物量が得られないことがある.我々は,麴菌を宿主とした異種タンパク質生産におけるコドン最適化の効果を解析している過程で,異種遺伝子のコドンを麴菌の使用コドンに最適化することで転写産物量が増加することを見出した(31)31) M. Tokuoka, M. Tanaka, K. Ono, S. Takagi, T. Shintani & K. Gomi: Appl. Environ. Microbiol., 74, 6538 (2008)..一般的に,コドン最適化による効果は翻訳効率の向上であり,転写産物量には影響を与えないと考えられていたため,その分子機構に興味が持たれた.転写産物の解析を行なった結果,コドンを最適化せずに発現させた異種遺伝子では遺伝子コード領域における異常な転写終結が起こり,転写産物が速やかに分解されていることが明らかになった(31~33)31) M. Tokuoka, M. Tanaka, K. Ono, S. Takagi, T. Shintani & K. Gomi: Appl. Environ. Microbiol., 74, 6538 (2008).32) M. Tanaka, M. Tokuoka, T. Shintani & K. Gomi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 96, 1275 (2012).33) M. Tanaka, M. Tokuoka & K. Gomi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 98, 3859 (2014)..
真核生物における転写終結には,複数の配列要素によって構成される3′-end processing signalが必要であり,生物種によって3′-end processing signalに違いがあることが知られている.糸状菌における3′-end processing signalについての情報が存在しなかったため,麴菌のEST解析のデータセットからpoly(A)鎖を含む配列を抽出し,麴菌のゲノム配列と照らし合わせて1043遺伝子由来の1,065個のpoly(A)付加部位周辺の配列データセットを取得した.このデータセットを用いて,poly(A)付加部位を基点としてその上流と下流における各塩基の存在頻度を調べた結果,全体的に非常にU-richであり,poly(A)付加部位の上流15–30塩基の領域が特異的にA-richとなっていることが明らかになった(図3図3■麴菌における3′-end processing signal)(34)34) M. Tanaka, Y. Sakai, O. Yamada, T. Shintani & K. Gomi: DNA Res., 18, 189 (2011)..一般的に,poly(A)付加部位の10–30塩基上流にはA-richな配列要素が存在し,特に哺乳動物においてはpoly(A)付加シグナルと呼ばれるAAUAAA(またはAUUAAA)配列の保存性が高いことが知られている.そこで,poly(A)付加部位上流15–30塩基の領域において出現頻度の高いヘキサヌクレオチドをマルコフモデルによって抽出した結果,AAUGAA配列が最も出現頻度が高かった.一方で,このAAUGAA配列が存在するのは調べた配列の6%のみであったことから,麴菌の3′-end processing signalにおいてpoly(A)付加シグナルに相当する保存性の高い配列要素は存在しないことが示唆された(34)34) M. Tanaka, Y. Sakai, O. Yamada, T. Shintani & K. Gomi: DNA Res., 18, 189 (2011)..このように保存性の高い配列要素が存在しない傾向は,酵母や植物の3′-end processing signalにおいても知られている.なお,AAUGAAが最も出現頻度の高いヘキサヌクレオチドであることは,アカパンカビでも報告されており(35)35) Z. Zhou, Y. Dang, M. Zhou, H. Yuan & Y. Liu: eLife, 7, e33569 (2018).,糸状菌における3′-end processing signalの共通の特徴であると考えられる.ここで,異常な転写終結が生じた異種遺伝子のGC含量に注目すると,コドンを最適化していない状態では37.8%であるのに対し,コドンを最適化すると52.8%に増加していた.麴菌の使用コドンバイアスを調べると,3文字目がAまたはTのコドンの使用頻度が低い傾向であることがわかる(図4図4■麴菌におけるレアコドンの例).すなわち,AT-richな異種遺伝子を麴菌で発現させると,遺伝子コード領域内のAU-rich配列が3′-end processing signalとして機能して異常な転写終結が生じるが,麴菌のコドンに最適化すると結果的にAT-richな配列が除かれ,異常な転写終結が回避されることが示された.最近になり,真核生物における遺伝子の発現量とその遺伝子に含まれるコドンバイアスに相関があることが明らかになりつつある(36)36) Z. Zhou, Y. Dang, M. Zhou, L. Li, C. H. Yu, J. Fu, S. Chen & Y. Liu: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 113, E6117 (2016)..興味深いことに,アカパンカビにおける半数近くの遺伝子において遺伝子コード領域での転写終結が生じ,その生じやすさは各遺伝子のコドン適応指標と負の相関があることが報告されている(35)35) Z. Zhou, Y. Dang, M. Zhou, H. Yuan & Y. Liu: eLife, 7, e33569 (2018)..すなわち,我々が麴菌の異種遺伝子発現で見出した現象が,真核生物における遺伝子発現において恒常的に生じ,遺伝子発現量の調節に関係していると考えられる.
本稿で解説したとおり,麴菌のアミラーゼ遺伝子発現制御の分子機構の一端が明らかになってきている.しかし,イソマルトースがどのようにAmyRの核移行を誘導するのかや,CreB-CreC複合体とCreDによるCCR制御機構など,ほとんど明らかとなっていない課題が数多く残されている.また,小胞体ストレ応答機構がアミラーゼ生産条件における生育に必須であることなど(37)37) M. Tanaka, T. Shintani & K. Gomi: Fungal Genet. Biol., 85, 1 (2015).,様々な制御機構が麴菌のアミラーゼ生産に関わっていることが明らかになってきている.麴菌がアミラーゼを大量に生産する際の制御機構の全容が明らかとなれば,有用物質の生産宿主としての麴菌のポテンシャルをさらに引き出すことが可能となることが期待できる.
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