書評

牧野周,渡辺正夫,村井耕二,榊原均(著)『エッセンシャル植物生理学―農学系のための基礎』(講談社,2022年)

伊福 健太郎

京都大学大学院農学研究科

Published: 2023-03-01

私たち人類は,全ての生命活動の営みにおいて植物なしには生存できない.近年,食糧問題や環境問題などの社会課題解決が求められる中,それらの課題に直接関わる植物科学の重要性が増している.「植物生理学」は,様々な生育環境における植物の発芽,成長,生殖といった,生活環全体を通じての生命現象を理解することを目指す,植物科学の中心となる学問体系である.これまでに国内外で数多くの「植物生理学」の成書や教科書が出版されてきた中で,本書の特徴は,植物を学ぶ農学系,とりわけ農芸化学や生産農学などで植物を専攻する学生を強く意識して書かれている点である.植物栄養学,育種学,作物学といった農学的(応用的)視点から,理学的な基礎から最先端の植物科学の知識を学習する内容となっており,従来の植物生理学の教科書とは趣を異にする優れた書籍である.

本書は10章からなる.第1章では,歴史から見た食糧生産と植物科学の関わりについて,主要作物の栽培化過程とその増産戦略が述べられる.そして将来の食糧増産のために植物科学に期待されることとして,ゲノム編集作物などの最新の取り組みを含めた展望が紹介される.通常の教科書では,こうした総括的な内容の章は後半にあることが多いが,冒頭にあることで,この本の趣旨である「人類の生命活動における植物生理学の重要性」を強く認識した上で後半の学習へと進むことができる.つづけて,第2章からは,植物の形態と機能を生活環から概観した上で,光合成,栄養生理,生殖,遺伝学,さらにはゲノム科学,植物ホルモンとストレス応答のシグナル伝達,の項目が解説される.各章においても,作物の特性や農業的価値との関わりが重点的に紹介され,すでに基礎的な植物生理学を学んできた読者でも目から鱗が落ちる知識があるに違いない.後半の遺伝学,ゲノム科学,シグナル伝達に関する章では,分子生物学や分子遺伝学の知見も数多く紹介され,それらが今日の植物生理学をいかに発展させてきたかを知ることができる内容となっている.全体として必要な内容がコンパクトにまとまっており,理学・農学の垣根を越えて,植物に関係する様々な講義の教科書として用いることが可能であると思われる.

著者らは,それぞれの分野のトップランナーの研究者であり,要点を絞った明快な説明文と,美しい図や写真に加えて,専門用語に関する細やかな補足説明が欄外に付記されていることで,各項目の重要事項をスムーズに学ぶことができる.また各章に関連するコラムが数多く配置され,学習する知見の歴史的背景,社会や農業現場との関わり,さらには発展的な最新知見や技術を知ることができる.実際,それらのコラムを読むのは非常に楽しく,学習過程に彩りを与え,植物生理学を学ぶことの意義と重要性が自然に理解できるように工夫されている.本学会で植物を専攻する学生や研究者のみならず,食糧生産や環境科学を専攻する会員にも是非,読むことをお薦めしたい書籍である.