Kagaku to Seibutsu 61(3): 151 (2023)
書評
北本勝ひこ(編),北垣浩志,下飯仁,北本勝ひこ,吉田聡,丸山潤一,鈴木チセ(著)『発酵醸造学』(朝倉書店,2022年)
Published: 2023-03-01
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
2022年3月に「伝統的酒造り:日本の伝統的なこうじ菌を使った酒造り技術」のユネスコ無形文化遺産への提案が文化庁より発表された.我が国における発酵・醸造技術は,脚光を浴びている.そのような状況の中,本書は刊行された.本書は発酵醸造学分野のみならず,農芸化学分野を学ぶ学部学生や大学院生,そして研究者にとって最適な教科書である.
本書の編集と執筆を務めている東京大学名誉教授の北本勝ひこ先生は,国税庁醸造試験所において清酒酵母を中心とする研究を行った後,東京大学大学院農学生命科学研究科において麹菌の分子生物学分野を牽引されてきた.その他にも執筆者として名を連ねている北垣浩志先生,下飯 仁先生,吉田 聡先生,丸山潤一先生,鈴木チセ先生は,いずれも発酵醸造関連微生物分野の第一線で活躍する研究者であり,本書には微生物の魅力が随所に散りばめられている.
本書は4章構成である.第1章では総論であり,もしかしたら人類は学問という概念が成立する以前から発酵,醸造に対する創意工夫をし続けてきたのかもしれないという歴史的な奥深さを学ぶことができる.そして,発酵醸造食品とその生産に関わる微生物が明らかになってきた過程や発酵醸造食品が地域の伝統や文化,即ち我々の生活に密着した身近な存在になってきた過程を知ることができる.
第2章以降では発酵醸造食品について解説されている.第2章では酒類(日本酒,ワイン,ビール,焼酎,ウイスキーなど),第3章では発酵調味料(醤油,味噌,食酢など),第4章ではその他の発酵食品(納豆,寺納豆,甘酒,漬物類,チーズなど)を扱っている.どの発酵食品に対しても,定義,歴史,分類,製法,微生物,機能性等の項目を立て,読者が頭の中を整理し,理解しやすいように工夫されている.特に,製法における微生物の役割や発酵食品の成分生成に対する微生物の関与について,最新の知見を織り交ぜながら,丁寧に記述されており,興味深い.
その他に本書には22のコラムが書かれているが,個人的にはコラムから読み進めることをオススメしたい.各コラムは各著者の専門性を踏まえた独自の切り口で書かれており,発酵醸造学を構築してきた先人たちの魅力的なストーリーなど,これから発酵醸造学を学ぶ読者の興味を沸き立たせるに違いない.私自身は「お歯黒臭と栗香」というコラムに惹かれた.麹造りの過程で生成される香りとのことであるが,どのような香りであるか詳しく調べてみたい.
実は最近,フリーズドライ加工されたみそ汁にハマっている.いつもそうするようにマグカップに注いだみそ汁を片手に本書を読ませて頂いた.途中で気が付いた.自分自身,発酵醸造学について学ぶ一員であるはずなのに,そのような視点が欠落していた.このみそ汁一杯にも多くの先人達の知恵や技術が詰まっている.このみそ汁が美味しいと幸福感を感じることは大切であるが,本書は数十年後にどんなみそ汁を創ることができるのかを考えさせてくれる一冊である.あなたもお気に入りの発酵食品を傍らにおいて,本書を読みながら発酵醸造学の未来について考えてみませんか.