Kagaku to Seibutsu 61(4): 153 (2023)
巻頭言
農芸化学 これまでの100年,これからの100年
Published: 2023-04-01
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
昭和世代の私たち少年時代のヒーローは間違いなく「鉄腕アトム」(手塚治虫著)である.1952年~1968年,少年雑誌に連載され,約50年後の2003年の世界を描いている.現在のロボット工学者は少なからず鉄腕アトムの影響を受け,ロボット学の道に進んだと言われている.随分昔の記憶ではあるが,私の頭から離れないシーンがあった.太陽を挟んで反対側の軌道にもう一つの地球「第二の地球」があるという設定で,ある日第二の地球人がこちら側にやってきた.詳しいストーリーは省略するが,第二の地球人は動物の肉は食べず,その代わり食品を作る2つの装置を誇らしげに見せた.第一の装置は,残飯を放り込むと再加工して新たな食品を作り出す機械である.第二の装置は,大気から「カスミ」(別のシリーズでは「二酸化炭素と酸素」)を取り込み,やはり新たな食品を作り出す機械である.アトム誕生年である2003年頃に改めてこのシーンを思い出し,第一の装置は残飯を家畜の餌などに利用,あるいは堆肥化してリサイクルすることであろうか,また第二の装置は根粒菌などによる窒素固定を意味するのかと漠然と想像していたが,手塚治虫はもっと明確なシステムを想定していたはずである.さらに20年を経た現時点で見直してみると,食品廃棄物(ロス食品)を細粉化して3D-プリンターで新たな食品を創作する装置が開発,市販されていることがわかった.これは第一の食品リサイクルの装置にかなり近い形になっているのではないかと思われる.またカスミから食品を作る方法として当初は藻類などの大量培養をイメージしていたが,水素細菌を用いて水素と二酸化炭素から動物性タンパク質を効率よく生産する技術が検討されている.手塚治虫が描いていた未来技術が70年を経て実現化されつつあるように思う.
少し時代は遡るが,大正9年(1920年)有識者に未来の日本を予想するアンケートを実施し,それらをまとめた「百年後の日本」が出版された.その中には太陽光発電,テレビ電話,海底水族館の出現など,また農芸化学の分野では「草を変じ肉を作るの法が発明される」といった驚くほど的を得た未来像が記載されていた.ただその中で菊池寛は「幸福になるか疑問」と,まさに現代を辛辣に風刺するような発言をしていたことを付け加えておきたい.
前説が長くなったが,農芸化学の歴史を振り返ってみたい.1985年,工業所有権制度が100周年を迎えたのを機に特許庁が10大発明家を顕彰した.その中にはタカジアスターゼ,アドレナリン開発の高峰譲吉,グルタミン酸ソーダ発見の池田菊苗,ビタミンB1の発見で鈴木梅太郎が選ばれていた.高峰,池田は農芸化学出身ではないものの農芸化学分野での成果になるのではないだろうか.過去100年間で農芸化学分野で重要な発見が3件もあったことは我々の誇りでもある.私は,農芸化学は実学の学問であると教えられ,応用研究の道を選んだ.企業の研究者時代はトップから「10年先の研究を目指せ」と言われ,社会の役に立つものを追い求めてきたが,手塚治虫のようにさらに50年,100年後の未来を想定し,それに向かった研究を進めることを検討してみてもいいのではないかと考えるようになった.
SDGsの目標達成,さらにいずれ来るであろう人口100億人時代への課題は大きい.これからの未来を担う若い研究者の方々には,「生命,食糧,環境」を掲げた農芸化学の使命をいかんなく発揮し,おおいにチャレンジをしてもらいたいと願っている.