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昆虫素材の有効利用に向けた加工手法の検討加工操作による昆虫素材の嗜好性制御

Teppei Imaizumi

今泉 鉄平

岐阜大学応用生物科学部

岐阜大学先制食未来研究センター

Hiroyuki Hattori

服部 浩之

名古屋大学アジアサテライトキャンパス学院

名古屋大学大学院生命農学研究科

Nanako Wakita

脇田 ななこ

岐阜大学大学院自然科学技術研究科

Published: 2023-04-01

2022年11月に世界の人口は80億人に到達し,今後,更なる増大が予想されている.その一方で,世界の食料安全保障の確保が大きな課題として挙げられ,タンパク質需給においても従来の主要なタンパク質源(畜肉や魚肉)だけでは需要量に対して供給が不足すると目されている.そのような状況において,新たなタンパク質源の開拓が加速し,その候補の一つとして昆虫が挙げられている.昆虫は,2013年に国際連合食糧農業機関が栄養的・経済的側面も踏まえて,タンパク質源としての利用の有効性を報告書にまとめている(1)1) A. Van Huis, J. Van Itterbeeck, H. Klunder, E. Mertens, A. Halloran, G. Muir & P. Vantomme: FAO For. Pap., 171, 5 (2013)..日本国内でもベンチャー企業の立ち上げが進んでいるほか,異業種企業が新規事業として取り組んでいる例も最近は耳にするようになってきた.特に,コオロギ(ヨーロッパイエコオロギ,フタホシコオロギ)に関しては生産管理のしやすさから,新規参入が比較的容易であり,国内での食用昆虫産業の中核を担っているようである.また,その生産プロセスにおいては飼育ケースを多段式に組んで行う例が多く,効率化,高品質化のためのノウハウ蓄積も進んでいる.このように現在は昆虫を家畜化する流れが興っており,自然界に生息する昆虫を主に採集によって得てきた伝統的な昆虫食文化とは一線を画す.また,食用昆虫生産は必要面積が比較的少なく,室内で行われることも多いため,都市近郊あるいは都市内部での生産も想定できる.生産自体の環境負荷が大きい牛・豚肉や,広大な農場で生産され輸入依存度も高い大豆から作られる大豆肉と比べると,食用昆虫はこれからの日本社会に適合するタンパク質源としての可能性を秘めている.

人類は新石器時代の食料生産革命を経て,長い年月ののちに産業革命を迎え,食品加工技術を発達させてきた.食品加工技術の発達とともに,栄養的機能(一次機能)だけでなく嗜好的機能(二次機能)や生体調節機能(三次機能)の追求も進んでおり,消費者への訴求力を高めている.食用昆虫についてもそのような機能向上が期待されているが,現状,適用されている加工技術のバリエーションは少なく,十分な検討が進んでいないようである.特に,嗜好性について抵抗感を示す消費者は多く,見た目や風味,味などといった点で,昆虫らしさを押し出した素材だけでなく,その特徴を抑えた昆虫素材の開発が望ましいと筆者らは考えている.

食用昆虫は乾燥後,姿を残した状態で販売される例が多くみられる.見た目は,嗜好的評価が大きく分かれる要素であり,この形態での製品が国内消費者の多くに受け入れられているとは言い難い.そのため,乾燥後,粉末化させたパウダー状の素材(2)2) 中村 純:多様な昆虫食品のマーケティング・販売,“代替プロテインによる食品素材開発”,竹内昌治監修,エヌ・ティー・エス,2021, pp. 159-161.も流通が拡大している.パウダー化して見た目の面での昆虫らしさを除去することで,一般消費者にとっては嗜好的なハードルが大きく引き下げられる.実際の利用例としては,パンや麺類,クッキー,チョコレートなどにコオロギパウダーを添加したものがある.一方,特にコオロギは,乾燥製品の臭いが強く,パウダー素材の添加量が制限される.そのため,多くの場合,製品中に含まれるコオロギパウダーの量は数パーセント程度に留まっている.必然的にこれらの製品中に含まれるコオロギ由来のタンパク質はわずかな割合となり,副原料としての利用形態では代替的なタンパク質源としての役割は望めない.代替タンパク質源としての本来の役割を求めていくためには,昆虫素材の悪臭等の低減を図り,より添加量を増やした製品の開発が必要である.

これまで,筆者らの研究においてコオロギパウダーの悪臭の原因物質特定と加工操作による悪臭低減を検討してきた.その一例として,コオロギ加工で一般的に用いられる熱風乾燥を行ったパウダーの香気成分分析の結果を示す(図1図1■コオロギパウダーの香気分析結果の例).におい嗅ぎGC-MSでの分析の結果,コオロギパウダーの香りに特徴的な成分として,3-メチルブタナール,酢酸,酪酸,吉草酸,イソ吉草酸といった物質が同定された.また,乾燥温度や乾燥前処理としてのブランチングの影響についても検討を行った.なお,ブランチングとは冷凍野菜等の酵素失活等を目的とした熱湯処理であり,野菜の乾燥時での適用では乾燥速度向上といった効果もみられる(3)3) F. R. Reis, C. Marques, A. C. S. de Moraes & M. L. Masson: Food Control, 142, 109254 (2022)..筆者らの実験の結果,コオロギパウダーの悪臭原因物質は乾燥温度が低いほど低下するといった傾向がみられ,また,ブランチング操作を加えることによる悪臭低減効果はより顕著に表れた.ブランチング時には熱湯中へ悪臭成分が溶出することが考えられたが,その一方で,他の栄養成分も同様に失われる可能性があり,ブランチング条件は目的に応じて適切に設定すべきである.いずれにしても,コオロギパウダーの品質制御における加工操作の重要性が示された.また,筆者らはマイクロ波加熱技術を応用した新規乾燥手法についても検討を進めており,乾燥時間の大幅な短縮に加え,さらなる悪臭低減の可能性も示されている(未発表データ).一般的に用いられる熱風乾燥は低コストで導入できるという利点を有する一方で,乾燥中に高温や多量の酸素に長時間曝されるため品質劣化も懸念される(4)4) B. Xu, E. S. Tiliwa, W. Yan, S. M. R. Azam, B. Wei, C. Zhou, H. Ma & B. Bhandari: Food Res. Int., 152, 110744 (2022)..そのため,現在の昆虫製品の流通の大半を占める乾燥製品においても品質向上の余地は多く残されていると考えられる.また,最近は食用昆虫においてもソーセージやハンバーグといった形態を想定した研究が進められている(5)5) M. M. Borges, D. V. da Costa, F. M. Trombete & A. K. F. I. Câmara: Curr. Opin. Food Sci., 46, 100864 (2022)..多くの代替タンパク質がそうであるように,既存の食肉製品に以下に近づけるかが代替タンパク質源としての目指すべきゴールの一つとなる.そのためにはコオロギらしさ,昆虫らしさの要因を特定,除去し,さらに,肉らしい風味,テクスチャーの付与を行っていくこととなる.このような目標達成に向けて加工プロセスの構築を行っていく必要があり,これによって食用昆虫産業の市場開拓におけるブレークスルーをもたらすだろう.

図1■コオロギパウダーの香気分析結果の例

赤字は同定された悪臭物質とにおいの質

Reference

1) A. Van Huis, J. Van Itterbeeck, H. Klunder, E. Mertens, A. Halloran, G. Muir & P. Vantomme: FAO For. Pap., 171, 5 (2013).

2) 中村 純:多様な昆虫食品のマーケティング・販売,“代替プロテインによる食品素材開発”,竹内昌治監修,エヌ・ティー・エス,2021, pp. 159-161.

3) F. R. Reis, C. Marques, A. C. S. de Moraes & M. L. Masson: Food Control, 142, 109254 (2022).

4) B. Xu, E. S. Tiliwa, W. Yan, S. M. R. Azam, B. Wei, C. Zhou, H. Ma & B. Bhandari: Food Res. Int., 152, 110744 (2022).

5) M. M. Borges, D. V. da Costa, F. M. Trombete & A. K. F. I. Câmara: Curr. Opin. Food Sci., 46, 100864 (2022).