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コンタミ菌によって誘導されるスピルリナの形質転換発想転換による形質転換の実現

Shigeki Ehira

得平 茂樹

東京都立大学理学研究科

Satoru Watanabe

渡辺

東京農業大学生命科学部

Published: 2023-04-01

スピルリナ(Spirulina)は,熱帯や亜熱帯地方の重炭酸塩を多く含むアルカリ性湖沼に分布する糸状性のシアノバクテリアの一種である(図1図1■スピルリナ(Arthrospira platensis NIES-39)).原核生物でありながら細胞のサイズは大きく,直径5~8 μmの円筒状の細胞がらせん状に連なったトリコームと呼ばれる糸状体を形成する(1)1)太郎田博之:“藻類ハンドブック”,エヌ・ティー・エス,2012, p. 657..アフリカのチャド湖周辺では,古くから湖で大量に増殖したスピルリナを乾燥させ食料として利用してきた(現地ではダイエDiheと呼ばれている).商業的に利用されているスピルリナのほとんどは分類学的にはSpirulina属ではなく,近縁のArthrospira属に属しているが,本項では一般名としてスピルリナと呼称する.なお,国立環境研究所微生物系統保存施設から入手できるArthrospira platensis NIES-39はチャド湖,NIES-46はメキシコのテスココ湖から単離されたものである.両株とも日本のグループの研究によりゲノム配列情報が解読され,世界中で研究に用いられている(2, 3)2) T. Fujisawa, R. Narikawa, S. Okamoto, S. Ehira, H. Yoshimura, I. Suzuki, T. Masuda, M. Mochimaru, S. Takaichi, K. Awai et al.: DNA Res., 17, 85 (2010).3) S. Suzuki, H. Yamaguchi & M. Kawachi: J Genomics, 18, 56 (2019).

図1■スピルリナ(Arthrospira platensis NIES-39)

スピルリナは中国,アメリカ,インド,東南アジア諸国などで商業生産され,その生産量は56,000トン(2019年)に及ぶ(4)4) FAO: Global seaweeds and microalgae production, 1950–2019: https://www.fao.org/fishery/en/publications/280709, 2021..培養したスピルリナは乾燥され,粉末状に加工されて健康食品や食用青色色素,および飼料原料として利用されている(1)1)太郎田博之:“藻類ハンドブック”,エヌ・ティー・エス,2012, p. 657..またスピルリナはタンパク質を豊富に含んでおり,昆虫食と並んで未来のタンパク質源として期待されている.スピルリナから抽出される水溶性の青色色素フィコシアニンは,開環テトラピロールがタンパク質に結合した色素タンパク質であるが,乾燥重量あたり5~10%含まれており,氷菓やガム,糖衣菓子の着色剤として用いられている(1)1)太郎田博之:“藻類ハンドブック”,エヌ・ティー・エス,2012, p. 657..さらに,脂質,ビタミン,ミネラルなども豊富に含んでいることから,“スーパーフード”としても注目され,宇宙空間で生産可能な宇宙食としても研究開発が進められている(5)5) C. Verseux, M. Baqué, K. Lehto, J. De Vera, L. Rothschild & D. Billi: J. Astrobiol., 15, 65 (2016).

わずかな無機塩と光だけで大量に培養することができるスピルリナは,現状においても食料として利用できるなど十分に大きな魅力を備えているが,その可能性を最大限引き出すためには形質転換技術の開発が欠かせない.高いタンパク質含量を活かし,有用タンパク質,特に医薬品となる生理活性タンパク質などを生産させるホストとしての利用が期待されている.しかし,現時点では形質転換技術が確立されていないため,生産ホストとして利用することはできていない.スピルリナの形質転換を妨げる最大の要因は,スピルリナ自身がもつ強力なヌクレアーゼにより導入したDNAが切断・分解されてしまうことにあると考えられている(6)6) M. Kawamura, M. Sakakibara, T. Watanabe, K. Kita, N. Hiraoka, A. Obayashi, M. Takagi & K. Yano: Nucleic Acids Res., 14, 1985 (1986)..これまでに多くのタイプII制限酵素が同定されているだけでなく,ゲノム解析の結果,複数のタイプI制限酵素やCRISPR-Casシステムが存在していることも明らかとなっている(2)2) T. Fujisawa, R. Narikawa, S. Okamoto, S. Ehira, H. Yoshimura, I. Suzuki, T. Masuda, M. Mochimaru, S. Takaichi, K. Awai et al.: DNA Res., 17, 85 (2010)..また,スピルリナでは内在性プラスミドは発見されておらず,RSF1010のように宿主域の広いプラスミドも導入できていない.しかし,その重要性から,スピルリナの形質転換系を確立するための様々な試みがなされてきた.2001年にToyomizuらによって,エレクトロポレーションによりスピルリナに外部からDNAを導入することが可能であると報告されるなど,これまでに複数のグループから形質転換に成功したとの報告があるが,その後それらの方法を利用して形質転換を行なった報告はなく,安定かつ高効率な形質転換法の確立が求められている(7~10)7) M. Toyomizu, K. Suzuki, Y. Kawata, H. Kojima & Y. Akiba: J. Appl. Phycol., 13, 209 (2001).8) Y. Kawata, S. Yano, H. Kojima & M. Toyomizu: Mar. Biotechnol., 6, 355 (2004).9) W. Jeamton, S. Dulsawat, M. Tanticharoen, A. Vonshak & S. Cheevadhanarak: Plant Cell Physiol., 58, 822 (2017).10) J. Dehghani, K. Adibkia, A. Movafeghi, A. Barzegari, M. M. Pourseif, H. Maleki Kakelar, A. Golchin & Y. Omidi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 9267 (2018)..しかし,2022年になって米国のバイオベンチャーLumen Bioscience社のJesterらにより,これまでの状況を覆す新たな報告がなされた(11)11) B. W. Jester, H. Zhao, M. Gewe, T. Adame, L. Perruzza, D. T. Bolick, J. Agosti, N. Khuong, R. Kuestner, C. Gamble et al.: Nat. Biotechnol., 40, 956 (2022)..この論文では,スピルリナを導入したい標的DNAと混ぜて培養するだけで標的DNAが細胞内に取り込まれ,染色体DNAと相同組換えを起こすこと,つまりスピルリナが自然形質転換能を有することを示した.スピルリナにおいて初めて標的とする遺伝子の破壊株が作製されただけでなく,GFPやフィコシアニンなどの過剰発現株が作製された.過剰発現させたタンパク質は,可溶性タンパク質の29%を占めるまでになることも示された.さらに,Campylobacter jejuniの鞭毛に対する抗体を発現させたスピルリナが作製された.C. jejuniは感染症を引き起こす細菌で,発展途上国で多くの幼児の命を奪う原因となっている.鞭毛に対する抗体はC. jejuniの運動を妨げることで感染率を低下させると予測されるが,実際に抗体を発現させたスピルリナを経口投与されたマウスではC. jejuni感染症の発症が抑制されることが示された.

このように思いがけない方法でスピルリナの形質転換が実現し,その応用利用が始まっているが,Jesterらの方法にはいくつか興味深い点がある.まず,自然形質転換には,スピルリナの培養液にもともとコンタミネーションしていた別種のバクテリア(SphingomonasMicrocella)が必要である.無菌化したスピルリナでは自然形質転換は起こらず,コンタミしていた菌と再び混ぜると形質転換が可能となる.コンタミ菌の役割は,現時点では不明である.また,形質転換体を作製するためにDNAと混ぜられた菌体は寒天培地に塗布されることなく,抗生物質を添加した液体培地中で2~3ヶ月間継代培養される.その間に組換えが起こったゲノムDNAの割合が増加していき,最後にスピルリナのトリコームを顕微鏡下で一本ずつピペットで吸い取り単離する.スピルリナは細胞サイズが大きいため,このような方法で単離することができる.一般に微生物の形質転換には純粋培養した細胞を用い,固体培地上でコロニーを形成させることで形質転換体を単離する.しかし,彼らの手法では敢えてコンタミ菌の存在下で形質転換を行い,さらに固体培地も用いない.当該論文の責任著者であるJames Roberts教授はもともと動物細胞を対象とした細胞周期の研究者であり,このような形質転換方法の開発は,専門の異なる彼だからこそ発想できたのかもしれない.Jesterらの報告は,スピルリナの応用利用を飛躍的に発展させる可能性がある重要なものである.しかし,彼らの形質転換方法は独特であり,どこの研究室においても再現性よく形質転換体を得ることができるのか,今後の研究動向を注視していく必要がある.

Reference

1)太郎田博之:“藻類ハンドブック”,エヌ・ティー・エス,2012, p. 657.

2) T. Fujisawa, R. Narikawa, S. Okamoto, S. Ehira, H. Yoshimura, I. Suzuki, T. Masuda, M. Mochimaru, S. Takaichi, K. Awai et al.: DNA Res., 17, 85 (2010).

3) S. Suzuki, H. Yamaguchi & M. Kawachi: J Genomics, 18, 56 (2019).

4) FAO: Global seaweeds and microalgae production, 1950–2019: https://www.fao.org/fishery/en/publications/280709, 2021.

5) C. Verseux, M. Baqué, K. Lehto, J. De Vera, L. Rothschild & D. Billi: J. Astrobiol., 15, 65 (2016).

6) M. Kawamura, M. Sakakibara, T. Watanabe, K. Kita, N. Hiraoka, A. Obayashi, M. Takagi & K. Yano: Nucleic Acids Res., 14, 1985 (1986).

7) M. Toyomizu, K. Suzuki, Y. Kawata, H. Kojima & Y. Akiba: J. Appl. Phycol., 13, 209 (2001).

8) Y. Kawata, S. Yano, H. Kojima & M. Toyomizu: Mar. Biotechnol., 6, 355 (2004).

9) W. Jeamton, S. Dulsawat, M. Tanticharoen, A. Vonshak & S. Cheevadhanarak: Plant Cell Physiol., 58, 822 (2017).

10) J. Dehghani, K. Adibkia, A. Movafeghi, A. Barzegari, M. M. Pourseif, H. Maleki Kakelar, A. Golchin & Y. Omidi: Appl. Microbiol. Biotechnol., 102, 9267 (2018).

11) B. W. Jester, H. Zhao, M. Gewe, T. Adame, L. Perruzza, D. T. Bolick, J. Agosti, N. Khuong, R. Kuestner, C. Gamble et al.: Nat. Biotechnol., 40, 956 (2022).