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乳酸駆動型のモノ造りプラットホームバイオ燃料と化成品原料の同時生産

Akihiro Ohnishi

大西 章博

東京農業大学応用生物科学部醸造科学科

Published: 2023-04-01

Dark-fermentation(暗発酵)という言葉がある.微生物が嫌気的環境下で起こす有機物の加水分解現象の呼び名として用いられる.しかし,Dark(ダーク)はなんとも不気味な響きがある.これは光エネルギーを用いた光合成プロセスの「Photo-fermentation(光発酵)」と区別するために「Dark(暗)」が用いられているので,決してうしろめたい何かがあるわけではない.Dark-fermentationは糖類などの炭水化物が豊富なバイオマス(Biomass)からバイオ製品(Bio-products)を生産する技術でもあり,生産物は水素(H2)や脂肪酸類(Fatty acids)などである.生産物側の立場から,水素発酵(Hydrogen fermentation)あるいは酸発酵(Acid fermentation)と呼ばれることもある.ちなみに嫌気性発酵としてよく知られているメタン(CH4)発酵はAnaerobic-digestion(嫌気性消化)と呼ばれて区別されている.

水素はバイオ燃料(Biofuel),脂肪酸類は化成品の原料(Chemical building blocks)として経済的な価値が見込まれている(1, 2)1) R. L. Shahab, S. Brethauer, M. P. Davey, A. G. Smith, S. Vignolini, J. S. Luterbacher & M. H. Studer: Science, 369, eabb1214 (2020).2) A. Ohnishi, Y. Bando, N. Fujimoto & M. Suzuki: Int. J. Hydrogen Energy, 35, 8544 (2010)..Dark-fermentationは光を必要とせず簡便な施設で実施可能なこと,エネルギー収率が高いこと,他のバイオプロセス「バイオプラスチック生産など」との親和性が高いことなど,複数の利点があるため未利用資源の利活用技術としての期待がある.このような燃料と化成品原料の地産地消を実現するモノ造り技術の社会実装は,農産物や未利用物などの地上資源に基づく循環型経済である「サーキュラーバイオエコノミー(Circular Bioeconomy)」の形成に寄与すると考えられる.しかしながら,過去20年以上にわたってシステムの最適化とスケールアップへの挑戦が行われてきたが,Dark-fermentationの社会実装は未だ達成できていない.最も大きな問題はプロセスの不安定性で,その原因は乳酸菌(Lactic Acid Bacteria)の混入(コンタミネーション)である.Lactobacillus属やEnterococcus属に代表される乳酸菌は,乳酸発酵(Lactate fermentation)により糖類を消費して乳酸を生成する.Dark-fermentationで働く一般的なClostridium属の嫌気性細菌は,この乳酸菌との相性が最悪である.まず通常のClostridium属は乳酸を利用(資化)できない.また,乳酸菌の増殖速度が速いので基質競合(糖類の奪い合い)の面でClostridium属は強烈に不利である.さらに,乳酸菌はClostridium属の成長を妨げる乳酸やバクテリオシンなどの物質を生産する.これらの影響でDark-fermentationは予測不能な崩壊を引き起こし,長期的な運転が困難とされている(2)2) A. Ohnishi, Y. Bando, N. Fujimoto & M. Suzuki: Int. J. Hydrogen Energy, 35, 8544 (2010)..乳酸菌の混入は長年Dark-fermentationのアキレス腱とされてきた.

乳酸駆動型暗発酵(Lactate-driven dark-fermentation)は,乳酸の消費を駆動力とした暗発酵技術である.鍵になるのは後述する乳酸消費細菌(Lactate-utilizing bacteria)である.乳酸消費細菌を利用することで,乳酸菌による乳酸発酵の流れを暗発酵に引き戻し,水素や脂肪酸の生産を達成することができる(3)3) A. Ohnishi: “Microbial Factories, Biofuels, Waste treatment: Volume 1”, V.C. Kalia, eds Springer, 2015, pp.47–71..このため上述の問題点を回避する手段になると考えられる.次にこれに関連する微生物と現象を簡単に紹介する.

一部の嫌気性細菌は糖類や乳酸からC1~C8あるいはそれ以上の炭素鎖を持つ脂肪酸を生産する.ギ酸(C1:メタン酸),酢酸(C2:エタン酸),プロピオン酸(C3:プロパン酸),酪酸(C4:ブタン酸),吉草酸(C5:ペンタン酸),カプロン酸(C6:ヘキサン酸),エナント酸(C7:ヘプタン酸),カプリル酸(C8:オクタン酸)などである.脂肪酸はヒトにとっては栄養や生体機能調節因子であり,工業では化成品の原料として利用される.特に中鎖脂肪酸(C5~C8)は抗生物質,食品添加物,可塑剤,潤滑剤,界面活性剤,接着剤,フレーバーのような化成品あるいはジェット燃料の前駆体など,様々な用途が見込まれている(4)4) S. Sarria, N. S. Kruyer & P. Peralta-Yahya: Nat. Biotechnol., 35, 1158 (2017)..微生物による中鎖脂肪酸の生産事例は少ないが,β酸化(β-oxidation)に関連する反応が一つの鍵になっている.

β酸化経路は脂肪酸アシルCoAをアセチルCoAに分解する反応である.脂肪酸のカルボキシ基に補酵素A(CoA-SH)が結合して脂肪酸アシルCoAができる.アシル(Acyl)は脂肪酸残基(R-CO-)を指す.次に脂肪酸アシルCoAのβ位の炭素(-CH2-)が2段階で酸化される.そして脂肪酸のα位とカルボキシ基の2つの炭素がアセチルCoAとして切り出される.脂肪酸はβ酸化の過程で炭素数が2つ少ないアシルCoAと,アセチルCoAに解列することになる.ヒトの好気的な代謝ではここで生じたアセチルCoAはクエン酸回路に利用され,酸化の過程で生じたNADHとFADH2もその先の電子伝達系で利用される.

Caproiciproducens属,Eubacterium属,Megasphaera属などの一部の嫌気性細菌は,高分子の脂肪酸の合成反応としてこのβ酸化の逆反応(Reverse β-oxidation)を利用する(図1図1■β酸化の逆反応).特にMegasphaera属は乳酸の消費と,水素と脂肪酸の生成能力に長けた乳酸消費細菌である(1, 3)1) R. L. Shahab, S. Brethauer, M. P. Davey, A. G. Smith, S. Vignolini, J. S. Luterbacher & M. H. Studer: Science, 369, eabb1214 (2020).3) A. Ohnishi: “Microbial Factories, Biofuels, Waste treatment: Volume 1”, V.C. Kalia, eds Springer, 2015, pp.47–71..β酸化の逆反応は脂肪酸アシルCoAの合成反応で炭素数の大きい脂肪酸を生成する.乳酸は,まずピルビン酸に酸化され,次にアセチルCoAを生成する.このアセチルCoAを炭素供与体として付加しながら脂肪酸の炭素鎖を2つずつ伸長する反応である.例えばプロピオン酸から吉草酸,酢酸から酪酸,酪酸からカプロン酸などを生成できる(図1図1■β酸化の逆反応).プロピオン酸は乳酸からアクリル酸経路などを経て生成できる.乳酸以外の短鎖脂肪酸(C2~C4)も供給される場合は中鎖脂肪酸(C5~C8)あるいはさらに大きな炭素数の脂肪酸を生成する.このようにβ酸化の逆反応では乳酸を原料として様々な炭素数の脂肪酸を合成できる.乳酸や糖類以外に木質のバイオマスを出発材料にする場合は,セルロース分解性糸状菌Trichoderma reeseiがセルロースから糖類を生成することでこの反応系と連結できる(1, 3)1) R. L. Shahab, S. Brethauer, M. P. Davey, A. G. Smith, S. Vignolini, J. S. Luterbacher & M. H. Studer: Science, 369, eabb1214 (2020).3) A. Ohnishi: “Microbial Factories, Biofuels, Waste treatment: Volume 1”, V.C. Kalia, eds Springer, 2015, pp.47–71.

図1■β酸化の逆反応

石油化学の経済システムと同様に,地上資源に基づくサーキュラーバイオエコノミーの形成には複数の有価物を同時生産する技術を開発し,各プロセスの価値を最大化する必要がある.乳酸消費細菌による乳酸駆動型のモノ造りプラットホームが,バイオ燃料と化成品原料の同時生産技術を社会実装に導くゲームチェンジャー(Game changer)になることを期待している(5)5) A. Ohnishi, Y. Hasegawa, N. Fujimoto & M. Suzuki: Bioresour. Technol., 343, 126076 (2022).

Reference

1) R. L. Shahab, S. Brethauer, M. P. Davey, A. G. Smith, S. Vignolini, J. S. Luterbacher & M. H. Studer: Science, 369, eabb1214 (2020).

2) A. Ohnishi, Y. Bando, N. Fujimoto & M. Suzuki: Int. J. Hydrogen Energy, 35, 8544 (2010).

3) A. Ohnishi: “Microbial Factories, Biofuels, Waste treatment: Volume 1”, V.C. Kalia, eds Springer, 2015, pp.47–71.

4) S. Sarria, N. S. Kruyer & P. Peralta-Yahya: Nat. Biotechnol., 35, 1158 (2017).

5) A. Ohnishi, Y. Hasegawa, N. Fujimoto & M. Suzuki: Bioresour. Technol., 343, 126076 (2022).