解説

オルガノイド培養の課題と展望研究者目線で語るオルガノイド研究

Challenges and Prospects for Organoid Culture: Organoid Research: From the Perspective of a Researcher

Shinsuke Matsui

松井 伸祐

東京農業大学食品安全健康学科生体環境解析学研究室

Kousuke Sakaguchi

坂口 恒介

東京農業大学食品安全健康学科生体環境解析学研究室

Ken Iwatsuki

岩槻

東京農業大学食品安全健康学科生体環境解析学研究室

Published: 2023-04-01

内胚葉の三次元幹細胞培養系であるオルガノイド培養系が開発され,これまで不可能であった消化管,肝臓,膵臓,味蕾細胞の培養が可能となった.このことで,消化器機能の基礎的理解が一気に進むと同時に,オルガノイドを使った応用研究にも注目が集まっている.本稿では,オルガノイド研究の歴史から現段階での課題とその解決法について論じる.また,オルガノイドが今後どのような分野での活用が期待されているかを,オルガノイド研究に従事している研究者たちの目線で紹介したい.

Key words: オルガノイド; 内胚葉; 消化管

はじめに

消化管は食物の消化・吸収だけでなく,センサー機能,内分泌機能,バリア機能,輸送機能など様々な機能を有している.しかしながら消化管は,生体の内側に存在し観察がしにくいこと,また初代培養が極めて難しく実験に適した細胞株が限られているという課題が常態化し,研究がそれほど進んでいなかった.最近になりオルガノイド培養系という消化管細胞の培養に適した画期的な手法が確立され,消化器機能の基礎的な理解が一気に進もうとしている.本稿では,現在オルガノイド培養系を使っている研究者の目線で,オルガノイド培養系をその歴史から現段階における課題まで紹介する.また今後,様々な分野での利用が見込まれるオルガノイドの将来展望についても述べたい.

オルガノイド培養系とは

現在,我々が消化管研究に用いるオルガノイドとは,一般に,細胞の自己組織化により構築される3次元構造体のことを意味する.米国国立医学図書館が作成している文献のデータベースであるPubMedにて“オルガノイド(organoid)”を検索すると2000年代から論文が出てくるが,本章で扱うオルガノイドは,特に2009年に佐藤らが開発した新しい消化管幹細胞の培養手法(オルガノイド培養系)(1)1) T. Sato, R. G. Vries, H. J. Snippert, M. van de Wetering, N. Barker, D. E. Stange, J. H. van Es, A. Abo, P. Kujala, P. J. Peters et al.: Nature, 459, 262 (2009).によって作出される組織構造体とする.同方法は,生体内の幹細胞を3次元で維持し,in vitroにおいて正常な消化管機能を解析可能にする画期的な培養手法である.具体的には,マトリゲルという特殊なゲルに幹細胞を包埋し,Wnt3a, R-Spondin, Nogginなどの増殖因子やサイトカインを添加した培地で培養する(マウス小腸を培養する場合は内在するPaneth細胞がWnt3aを供給するため外部から添加する必要はない).すると,包埋した幹細胞が,マトリゲル内で3次元構造を保ちながら増殖・分化する(図1図1■味蕾および消化管・膵管オルガノイド培養系の概要).作製されたオルガノイドはミニ臓器とも呼ばれ,生体内の細胞機能を模倣することから,再生医療,創薬,基礎研究など様々な分野で活用されている.また,オルガノイドは従来の株化細胞と同様に必要に応じて増殖・凍結保存も可能なため,動物実験の代替法としての役割が期待されている.このように,オルガノイドを用いた研究は近年ますます注目されている.

図1■味蕾および消化管・膵管オルガノイド培養系の概要

生体組織から幹細胞を採取し,マトリゲルに包埋した後,R-spondin, Noggin, EGFなどが添加された培養液にて培養することで三次元の幹細胞培養系であるオルガノイド培養系が完成する.細胞はそれぞれの組織を反映し,味蕾オルガノイドは球体になり,消化管オルガノイドはクリプトが増え金平糖のような形になる(マウス由来組織の場合).

オルガノイド培養系の歴史

ここでは,オルガノイド培養系が確立される以前の細胞培養環境について振り返ってみる.まず,細胞を組織から取り出し培養することを初代培養と呼ぶ.腸管,肝臓,膵臓,味蕾,肺などは全て内胚葉由来の臓器であるが,いずれの組織も初代培養が難しく,正常な消化管由来細胞をin vitroで解析することは極めて困難であった.トリプシンやコラゲナーゼなどの消化酵素で組織を処理し,単一細胞化した後に培養を試みると毎回すぐに細胞が死滅してしまっていた.そこで研究者たちは培地組成を変更する,培養皿表面のコーティングを変えるなど数々の工夫を行なってきたが,もともと腸管や舌上皮は再生のサイクルが早いことから数日で細胞は死んでしまう.腸管上皮細胞の場合3, 4日で,味蕾の場合は2週間でほぼ全ての細胞が入れ替わるため,再生を支える幹細胞の実態をつかみ,そのニッチ(幹細胞周囲の微小環境)をin vitroで再現する必要がある.しかし当時は,幹細胞のマーカー分子さえ見つかっておらず,幹細胞を維持することができる培養条件の確立は困難であった.逆に肝臓や膵臓などは定常時には増殖する細胞がほとんどおらず,特殊な状況下でないと再生しないため,生体外で細胞を維持することは難しかった.そこで,幹細胞や幼若な細胞を豊富に含む胎仔の細胞が培養に用いられてきた(2)2) T. Kinoshita, T. Sekiguchi, M. J. Xu, Y. Ito, A. Kamiya, K. Tsuji, T. Nakahata & A. Miyajima: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 96, 7265 (1999).ほか,フィーダー細胞などを使い目的の細胞が生き残ることができる条件を模索してきた.しかし,ある程度の期間は培養可能でも,幹細胞の維持・増殖を支えるには不十分であったため,再生を繰り返す培養系の構築には至らなかった.

筆者らも,これまで消化管の一部である味細胞の初代培養系に取り組んだが,味細胞も小腸と同様,取り出して単一細胞化するとすぐに死滅してしまうことがわかった.唯一,マトリゲルというがん細胞由来の細胞外マトリックス(後述する)を使用した場合のみ,細胞分裂が観察され,長期間維持することができた(図2図2■味蕾オルガノイドの原型).しかし,筆者らが味細胞の初代培養にチャレンジしていた2003年当時はiPS細胞すら報告されていない時期であり,増殖する細胞の実態は不明であった.

図2■味蕾オルガノイドの原型

マウス有郭乳頭をトリプシンにて消化後,マトリゲルでコーティングした培養皿にて培養したもの.マトリゲルがないと細胞は死滅してしまうが,この培養では少なくとも細胞塊が形成され成長していくことがわかった(矢印).この研究をしていた当時(2003年頃)は,味幹細胞の存在場所や幹細胞のマーカーはわかっておらず,増殖してきた細胞が何かもわからなかった.

上記のような状況であったため,消化管やその付属器官(肝臓や膵臓など)の研究には,株化細胞が使われてきた.例えば,ヒト結腸がん由来の細胞であるcaco-2細胞は,腸管吸収上皮細胞のモデルとして吸収や炎症の研究に利用されてきた.また,マウス内分泌細胞がん由来のSTC-1細胞やGLUTag細胞,ヒト結腸癌患者由来のNCI-H716は,消化管においてホルモン分泌を調節する因子の探索研究等で利用されてきた.これらの株化細胞は,数少ない消化管上皮細胞の研究ツールとしてだけでなく,味細胞の代替細胞として頻繁に使用されてきた.しかし,株化細胞はがん由来細胞株であるため,細胞の性質が変化しており生体内の細胞と異なる点が多く,正常な細胞機能を反映しているとは言い難かった.

このような状況の中,2007年にCleversらは消化管クリプトに局在する幹細胞のマーカー分子として,Wnt標的遺伝子の一つであるLgr5というGタンパク質共役型の受容体を同定した(3)3) N. Barker, J. H. van Es, J. Kuipers, P. Kujala, M. van den Born, M. Cozijnsen, A. Haegebarth, J. Korving, H. Begthel, P. J. Peters et al.: Nature, 449, 1003 (2007)..この2年後に同じグループにいたSatoらがLgr5陽性の幹細胞を増殖させる小腸オルガノイド培養系を確立した(1)1) T. Sato, R. G. Vries, H. J. Snippert, M. van de Wetering, N. Barker, D. E. Stange, J. H. van Es, A. Abo, P. Kujala, P. J. Peters et al.: Nature, 459, 262 (2009)..小腸由来オルガノイドを皮切りに,消化管の他の部位や,肝臓や膵臓など消化管付属器に由来するオルガノイドが相次いで樹立された.現在では,胃,膵臓,肝臓,小腸,大腸,口腔内の味細胞などからオルガノイドが樹立されており,それぞれ研究が進められている.これら臓器の幹細胞は共通して幹細胞マーカーであるLgr5を発現し,栄養要求性も類似しており,オルガノイド作製のための培養条件も似通っている.つまり,内胚葉由来の組織では,何らかの形でLgr5陽性の幹細胞を採取することができればオルガノイドの作出が可能だと思われる.

オルガノイド培養系の課題

オルガノイド培養系は画期的な培養手法ではあるが,一方で確立されてから日が浅いため課題もまだ多く存在する.ここでは「培養試薬の課題」,「動物種の違いによる課題」,そして「構造的な課題」の大きく3つに分類してそれぞれ紹介する.

1. 培養試薬における課題

オルガノイドを培養するにあたり,培養液の組成が重要であることは言うまでもない.しかし,培養に不可欠な因子の中には細胞由来成分や動物血清を含む試薬があり,安全面やロット差による活性の違いが問題を生むこともある.

まず,オルガノイド研究を行う上での最重要因子は,マウスEngelbreth-Holm-Swarm(EHS)肉腫の基底膜マトリクスの抽出物である.我々は,米国コーニング社が販売するマトリゲルを使用している.類似する製品は他メーカーからも販売されているが,比較検討したことがないため,ここではマトリゲル以外の製品には言及しないでおく.マトリゲルは,ラミニン,コラーゲンIV,プロテオグリカン等の細胞外マトリックスの成分を豊富に含み,重合することで弾性のあるゲルを形成して,上皮の基底膜周辺に形成される結合組織の環境を再現する.オルガノイド培養に欠かせないマトリゲルであるが,高価な上に製品間のばらつきがあることが多い.マトリゲルは肉腫をマウス生体内で育て,その後細胞外マトリクスを抽出しているため,タンパク質濃度など品質の違いが生じていると考えられる.この品質の違いが,オルガノイド培養系に影響を及ぼすかどうかはわかっていない.というのも,マトリゲルには1,800種類以上のタンパク質が含まれ,どの成分が幹細胞維持に重要かわかっていないからである(4)4) C. S. Hughes, L. M. Postovit & G. A. Lajoie: Proteomics, 10, 1886 (2010).

また,EHS肉腫の抽出物であるマトリゲルには,精製過程でマウス由来成分や肉腫由来成分の混入が避けられず,安全性や品質管理の面でヒトの臨床応用へは留意すべきである.さらにここ数年間,一般の試薬と比べマトリゲルの供給が安定していない.入手困難時には研究を一時的に中断しなければならないなど,不測の事態が起きやすい状態にある.オルガノイド研究の発展のためにも,品質が一定で安全なEHSゲルを安定的に供給できるような生産体制の強化や研究開発の推進を切に願う.EHSゲルの代替品として,無細胞系で生産された人工マトリクスの開発などに我々は期待している.

もう一点,マトリゲルと同様,オルガノイド培養に欠かせない因子であるWntの調製法の課題を挙げたい.Wntは幹細胞の増殖・維持に必須の分泌性因子である.そのため,マウス小腸オルガノイドのように内因性Wntの供給源であるPaneth細胞が存在する場合を除き,ほとんどの内胚葉由来組織のオルガノイド培養ではWntを添加しないと培養が維持できない.我々は,サルの様々な組織からオルガノイド培養を行なっているが,消化管の各部位,膵臓,味細胞と試した全ての内胚葉臓器においてWntの外部添加が必要であった.

Wntには19種のファミリー分子が存在し,それぞれの分子が活性化する経路により,1)Wnt/βカテニン経路,2)平面内細胞内極性経路(PCP経路),3)Ca2+経路の3つに大別されている.オルガノイド培養系で使用されているWntは,Wnt/βカテニン経路を活性化するWnt3aである.Wntは脂質修飾(パルミトイル化)により水に溶けにくく凝集しやすいことから,精製法によっては生物活性が低下することが知られている.そのため,高い活性を維持したWntを得るためには,Wntを発現する細胞株の培養上清(conditioned medium; CM)を使わなければならない.また,CMを作製する際にはFBS(ウシ胎仔血清)が入った培地を使用することが必要であった.Wnt CM作製時になぜFBSが必要となるかは長らくわかっていなかったが,2016年に大阪大学のMiharaらの研究により,FBS中の血清タンパク質の一種であるAfamin(αアルブミン)が,Wnt分子と複合体を形成することで疎水性を下げて可溶化状態を保ち,溶液中におけるWntの生物活性の維持に寄与していることが明らかとなった(5)5) E. Mihara, H. Hirai, H. Yamamoto, K. Tamura-Kawakami, M. Matano, A. Kikuchi, T. Sato & J. Takagi: eLife, 5, e11621 (2016)..現在では,AfaminとWnt3aを同時に発現・分泌させて複合体を形成したAfamin/Wnt3a-CMが製品化され,FBSなどの動物血清を用いることなくオルガノイドを培養することが可能になっている.我々もサル消化管オルガノイドの作製時にはAfamin/Wnt3a-CMを利用しており,良好な培養成績を得ている.オルガノイドを再生医療に応用する際には,動物由来成分を培養に持ち込まないことが望ましいため,Wntを供給しながら無血清培養系を構築できるAfaminに寄せられる期待は大きい.

2. 研究対象の課題「動物種の違い」

消化管におけるオルガノイド培養系は,2009年にマウス小腸から樹立されたが,ヒトでは2011年に小腸と大腸で初めて報告された(6)6) T. Sato, D. E. Stange, M. Ferrante, R. G. Vries, J. H. Van Es, S. Van den Brink, W. J. Van Houdt, A. Pronk, J. Van Gorp, P. D. Siersema et al.: Gastroenterology, 141, 1762 (2011)..現在では多種多様な動物種でオルガノイド培養が導入されており,我々もこれまでに,マウス,サル,スンクス,ニワトリなどの内胚葉由来臓器からオルガノイドの構築を行い機能解析などに活用している(7~11)7) W. Ren, B. C. Lewandowski, J. Watson, E. Aihara, K. Iwatsuki, A. A. Bachmanov, R. F. Margolskee & P. Jiang: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 16401 (2014).8) J. Ohki, A. Sakashita, E. Aihara, A. Inaba, H. Uchiyama, M. Matsumoto, Y. Ninomiya, T. Yamane, Y. Oishi & K. Iwatsuki: Biosci. Biotechnol. Biochem., 84, 936 (2020).9) C. Kimura-Nakajima, K. Sakaguchi, Y. Hatano, M. Matsumoto, Y. Okazaki, K. Tanaka, T. Yamane, Y. Oishi, K. Kamimoto & K. Iwatsuki: Int. J. Mol. Sci., 22, 8548 (2021).10) N. Takakura, S. Takemi, S. Kumaki, M. Matsumoto, T. Sakai, K. Iwatsuki & I. Sakata: Cell Biol. Int., 44, 62 (2019).11) A. Inaba, S. Kumaki, A. Arinaga, K. Tanaka, E. Aihara, T. Yamane, Y. Oishi, H. Imai & K. Iwatsuki: Biochem. Biophys. Res. Commun., 536, 20 (2021).

ヒトやサルなどの霊長類からオルガノイドを作製する場合,げっ歯類と比べ,より多くの増殖因子や生理活性物質が必要となる.そのため,霊長類のオルガノイド培養は,マウス由来のオルガノイド培養に比して費用がかかる.また,ヒトから直接サンプリングした生体組織に由来するオルガノイドを樹立するためには,バイオセーフティーレベルや倫理的な条件をクリアしなくてはならず,ハードルが高くなっている.このようなことから,ヒトなどの霊長類オルガノイドを扱っている研究室は医学系以外では少なく,それゆえに全体的にマウス由来オルガノイドを用いた研究が多い.しかし,げっ歯類と霊長類では臓器間の種差が大きく,研究成果をヒトへ外挿する際には動物種による違いに留意する必要がある.例えば,嗅覚や味覚受容機構を研究する場合,マウスの嗅覚受容体は1,100個ほどもあるのに対してヒトの嗅覚受容体は400個弱しかない.味覚受容体においても,機能的な苦味受容体はマウスにおいて35個あるとされるが,ヒトでは26個しか見つかっていない他,甘味料に対する感受性も,げっ歯類と霊長類では異なる.つまり,マウスとヒトの間では嗅覚も味覚もかなり異なるようである.その他,げっ歯類はヒトの消化管ホルモンであるモチリンを持たず,そもそも研究ができない.

3. 「構造的な課題」

本稿で取り上げる最後の課題は,オルガノイドの極性に起因するものである.消化管研究の目的の多くは,食品因子や薬剤の動態や生理活性を解明することであるが,いずれも消化管の管腔側における現象に着目している.しかしながら,通常のオルガノイドは,マトリゲル中に浮遊した状態で存在するため基底面(basolateral)がマトリゲル側に,食べ物が通る管腔側にあたる頂端面(apical)は内側を向いている.当然,食品因子や薬剤を培地に添加しても,それらの因子は基底面側からオルガノイドに届くことになり,生体内で通常起こる頂端面に作用した際の応答は再現できない.この課題を解決するため,以下のように様々な工夫がこらされている.

3.1 マイクロインジェクション法

マイクロインジェクション法は,マイクロニードルと呼ばれる極小の針をオルガノイドへ差し込み,物質を管腔側に添加する手法である(12)12) S. S. Wilson, A. Tocchi, M. K. Holly, W. C. Parks & J. G. Smith: Mucosal Immunol., 8, 352 (2015)..マイクロインジェクションのメリットは,培養したオルガノイドの立体構造を壊すことなく物質を管腔側へ曝露することができることであり,後述する反転培養系や単層培養系と比べて,生体内の構造を最も反映していると考えられる.一方で,特殊なインジェクション装置が必要なことや,手技的な面で難易度がやや高い.また,オルガノイド一つひとつにインジェクションを施さなければならないため,短時間の反応を一度に観察する実験系には適さない.さらに,細い針でわずかな液量を添加するため,オルガノイド内部に注入する精度に課題があり,蛍光デキストランなどを使って目的の場所へ注入できているか,漏れがないかなどを確認する工夫が必要である.

3.2 反転培養系:インサイドアウト

管腔側へのアクセスが難しいという課題に応えるのがオルガノイドの細胞極性を真逆にしてしまう反転培養系である(13)13) J. Y. Co, M. Margalef-Catala, X. Li, A. T. Mah, C. J. Kuo, D. M. Monack & M. R. Amieva: Cell Rep., 26, 2509 (2019)..腸管オルガノイドにトリプシン処理とシリンジングを施し,マトリゲルに包埋せずに浮遊培養するだけで,オルガノイドの上皮細胞極性を反転させることができる.つまり,球体状のオルガノイドの基底膜側と頂端面が通常培養時と表裏反対(インサイドアウト)になる.これによって腸管の管腔側が培地に露出し,添加した因子への応答を即座に観察することができるという.この培養系では,培地に直接食品因子や微生物を添加し上皮細胞の反応を観察することが容易であり,メリットは多い.筆者らが追試実験した結果,すべてのオルガノイドが反転するわけではなく,極性が反転したものとしていないものが混在する結果となった.手技的な問題もあるが,同培養系を利用する際は,個々のオルガノイドに着目する研究に向いていると思われる.また,反転培養させたオルガノイドは通常のオルガノイドに比べて増殖が遅く,また終末分化した細胞が生じやすいため,幹細胞の維持培養には不向きであるようだ.

3.3 単層培養系

最近我々は,小腸オルガノイドを単層化して頂端面を上にした状態で平面培養することによって,小腸上皮における食品因子の機能解析を試みている.腸管オルガノイドは,マトリゲルやコラーゲンなどの基底膜成分にてコーティングした基盤上では,管腔側を上側に向け接着する(14)14) N. Sasaki, K. Miyamoto, K. M. Maslowski, H. Ohno, T. Kanai & T. Sato: Gastroenterology, 159, 388 (2020)..接着した細胞間ではタイトジャンクションが形成され,消化管バリア機能を有した単層細胞となる.この単層細胞をセルカルチャーインサート(ボイデン・チャンバーインサートとも呼ばれる.以後カルチャーインサートと表記する.)に接着させることで,有用なアッセイ系になることが示されている(図3図3■セルカルチャーインサートを用いた単層培養系(15)15) C. Moon, K. L. VanDussen, H. Miyoshi & T. S. Stappenbeck: Mucosal Immunol., 7, 818 (2014)..このシステムはカルチャーインサートに細胞を播種して単層化させた後,上方あるいは下方にのみ細胞を刺激する因子を添加し,細胞由来の分泌成分を下部あるいは上部培養液から回収することができるようになるシステムである.肝心なのは,カルチャーインサート上の上皮細胞はタイトジャンクションによりバリア機能を有しているため,上にも下にも物質を通すことがない点である.そのため,この系を成功させるには100%に近い細胞密度で単層化されていることが条件となる.最近我々は,単層化したサル消化管オルガノイドにグルコースを添加し,GLP-1が分泌されることを確認しており,今後,単層培養系は食品因子のスクリーニングツールとして広く利用されることになると感じている.

図3■セルカルチャーインサートを用いた単層培養系

セルカルチャーインサートとは基底部に,細胞の分泌物や培地因子など小さな物質透過性孔が空いている細胞培養用のディッシュであり,培養プレートとの組み合わせで,培養プレートのwellとインサート内で隔てられた培養が可能となる.インサート内でオルガノイドを単層培養することにより,頂端側から食品因子や薬剤を添加し,それによって放出されるホルモンや神経伝達物質が基底側から回収できる.その逆の実験も可能である.

単層培養系は,細胞を介した物質の移動を解析できるシステムだが,問題もいくつかある.一つは,オルガノイドを単層化することで,細胞分化の効率が下がってしまうことである.内分泌細胞などは特に分化しにくい細胞であるため,分化効率を上げる工夫が必要である.また,カルチャーインサートは不透明の膜でできているため,倒立型顕微鏡での継時観察が困難という技術的な課題も存在する.

以上,粘膜上皮頂端面へのアプローチのための様々な試みが行われているが,それぞれ長所と短所が存在しており,今もなお手法の改善や新しい手法の開発が進められている.

オルガノイド研究の未来

ここまでオルガノイドの歴史から現在までの課題とその解決法について述べてきたが,オルガノイド研究が拓くことが期待される様々な分野への貢献について述べたい.

1. 消化管センサー機能の解析

オルガノイド培養の最大の特徴は,生体内臓器に存在する細胞をin vitroにて再構築できることである.これは,がん細胞由来の株化細胞と大きく異なる点である.消化管オルガノイドの場合,幹細胞から分化する全ての系列の細胞をオルガノイド内に発現させ,機能解析することが可能である.

我々は,消化管に存在する化学センサー細胞である内分泌細胞とtuft細胞に着目して研究している.これらの細胞は,味覚受容体をはじめ味覚受容に必要なシグナル分子を有しており,栄養因子や危険因子に応答してホルモンやサイトカインを分泌することが示唆されている.しかし,いずれの細胞も上皮の1%以下の割合でしか存在せず,解析が難しい細胞の筆頭に挙げられている.そこで,消化管オルガノイドを作製し,それぞれの細胞への分化誘導を行い,細胞の存在比を高めた上で解析することを計画している(図4図4■オルガノイドを用いたセンサー細胞の解析).具体的には,栄養因子や危険因子にどの細胞が反応しホルモンやサイトカインを分泌するかなどを調べる予定である.すでに国内外でこのような研究が進んでおり,新たな研究成果が期待されている.

図4■オルガノイドを用いたセンサー細胞の解析

オルガノイドを用いることで臓器特異的に発現する細胞の詳細な解析が可能になる.上記の写真は,小腸から作製したオルガノイド(左写真)を内分泌細胞とtuft細胞へ分化誘導した後,それぞれの細胞のマーカーに対する抗体にて染色したものである(中央写真).分化誘導を確認後,種々の因子を添加してアッセイを行うことで小腸でのセンサー細胞の機能を解析できる.

2. 疾患の原因究明と創薬研究

オルガノイドは,疾患研究や創薬研究にも幅広く利用されている.がん患者から提供を受けた腫瘍部の生検試料など,疾患を持ったヒトの臓器や組織からオルガノイドを作製すると,そのオルガノイドは病変部の性質を有した状態を保つことがあると報告されている(16)16) G. Vlachogiannis, S. Hedayat, A. Vatsiou, Y. Jamin, J. Fernandez-Mateos, K. Khan, A. Lampis, K. Eason, I. Huntingford, R. Burke et al.: Science, 359, 920 (2018)..そのため,治療を行う上で患者へ投与する薬や放射線治療などin vitroにおいてあらかじめ“試し打ち”(非臨床試験)し,個人に適した治療戦略の構築が可能である.さらに,疾患部位から作製したオルガノイドを用いた薬剤スクリーニングは,既存薬の効能確認はもちろん新規医薬品の開発段階における候補化合物の探索にも応用し得るだろう.オルガノイドを用いた非臨床試験の発展は難病の治療法の確立や,未知の病に対する有用なツールになると期待されている.

治療法の確立に付随して,疾患の病態形成メカニズムの究明にも有効活用できることが示唆されている.2019年に粟飯原らは,胃オルガノイドにピロリ菌を注入し,胃上皮のダメージ・修復とピロリ菌の動態関係性について明らかにした(17)17) H. Hanyu, K. A. Engevik, A. L. Matthis, K. M. Ottemann, M. H. Montrose & E. Aihara: Infect. Immun., 87, e00202 (2019)..ピロリ菌感染は,胃がんをはじめとする胃炎症性疾患に深く関わっているが,どのように症状を悪化させるのかそのメカニズムは不明であった.この実験によって,胃が障害を受けるとその部分にピロリ菌が集結しコロニー形成を行うことで胃粘膜の修復が遅延することが明らかとなっている.

3. 遺伝子導入を用いた新しいモデル組織・細胞の開発

オルガノイドは生体内の組織を模倣した培養系であるが,遺伝子導入を行うことが可能であるため,新しいモデルを構築し様々な解析ツールとして用いることが可能である.これまでにCleversらは,CRISPR/Cas9を用いた遺伝子組換え技術によりオルガノイドの性質を変化させることに成功している(18)18) G. Schwank, B. K. Koo, V. Sasselli, J. F. Dekkers, I. Heo, T. Demircan, N. Sasaki, S. Boymans, E. Cuppen, C. K. van der Ent et al.: Cell Stem Cell, 13, 653 (2013)..最近,稲葉らは腸管上皮に存在するセンサー細胞の1つであるtuft細胞に,CRISPR/Cas9を使って赤色蛍光を導入したと報告している(日本味と匂学会2022年大会)(19)19) 稲葉明彦,岩槻 健,今井啓雄:日本味と匂学会2022年大会,2022..このように,オルガノイドに遺伝子を導入することが日常化するのも遠くない未来であり,病態モデルの作出はもちろん,個体では解析できなかった多重遺伝子変異の導入や,細胞に新しい機能を付与するなど新たな試みがなされるだろう.

4. 再生医療用のドナー細胞としてのオルガノイド利用

最後に,オルガノイドを使った再生医療について述べたい.再生医療と聞くと,日本でも研究が進んでいるiPS細胞やES細胞が頭に浮かぶ.これらの細胞はどんな臓器にも分化させることができる多能性幹細胞であり,国内外でいくつもの臨床研究が進んでいる.一方,オルガノイドをドナーとして患者に移植する事例はこれまでになかった.しかし,ごく最近,世界に先駆けて東京医科歯科大学のチームが潰瘍性大腸炎の治療を目指して移植を実施したと報告があった(2022年7月にプレスリリース:https://www.tmd.ac.jp/press-release/20220707-1/).消化管に慢性的な炎症を起こす潰瘍性大腸炎は,従来の治療法では治癒が難しく指定難病となっており,日本でも多くの患者がいる.オルガノイドを使った移植治療法が,世界に1000万人以上いるとされる患者の新しい治療法になることを期待したい.

我々は疾患を対象とした研究ではないが,霊長類から味蕾オルガノイドを作製し,高齢者の味覚消失に伴うQOL低下の改善を目指した研究を行っている.再生する臓器には必ず幹細胞が存在し,その再生を支えている.味細胞も髪の毛や皮膚と同様に,2週間ほどで新しい細胞と入れ替わることは既に述べた.我々は,再生医療のドナー細胞の作出を目指して,マウス味蕾周辺から幹細胞を取り出し,味蕾オルガノイドの作製に成功している(7)7) W. Ren, B. C. Lewandowski, J. Watson, E. Aihara, K. Iwatsuki, A. A. Bachmanov, R. F. Margolskee & P. Jiang: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 111, 16401 (2014)..現在は,研究対象を霊長類に移し,サルやヒトの味蕾周辺組織から味蕾オルガノイドの作製に取り組んでいる.将来,我々の作製した味蕾オルガノイドを用いた研究が,味覚を失ったり低下した方々への治療につながればと願っている.

まとめ

内胚葉の幹細胞培養法であるオルガノイド培養法が確立されてから,まだ十数年しか経っていないが,毎年のように同培養法を用いた新たな成果がトップジャーナルに発表されている.本稿では,取り上げられきれない膨大な量の報告は,当該分野が発展していることを意味するに他ならない.

オルガノイドを用いた研究は動物実験を削減することにもつながり,時代のニーズともマッチするため,今後も医学薬学分野にとどまらず,新しい機能性成分・食品・調味料の開発など農学分野やそれらの融合領域においても活用されると考えられる.しばらくはオルガノイド培養から離れられそうにない.

Acknowledgments

本稿に執筆にあたり意見をいただいた稲葉明彦氏に感謝いたします.

Reference

1) T. Sato, R. G. Vries, H. J. Snippert, M. van de Wetering, N. Barker, D. E. Stange, J. H. van Es, A. Abo, P. Kujala, P. J. Peters et al.: Nature, 459, 262 (2009).

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