Kagaku to Seibutsu 61(5): 203 (2023)
巻頭言
学会発表と論文発表
Published: 2023-05-01
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
卒業研究で研究室に配属以来すでに40年余になる.所属先はいくつか異動したが,幸いなことに,これまで何らかの形で『研究』に携わってくることができた.最初に入会した学会は「日本農芸化学会」で,自身が初めて発表したのも,岐阜で開催された「日本農芸化学会中部関西合同支部大会」である.今でもその光景を覚えている.その後,研究対象に応じて他の学会にも入会し,様々に研究発表を行ってきた.自身ではなく,共同研究者や指導する大学院生が発表する場にも立ち会い,それなりに場数をこなしてきたとも言える.しかし,昨今のコロナ禍で対面での学会がほぼ中止になり,本会の春の大会もこの3年オンラインが中心である.そこで,学会における対面での発表について考えてみた.ひとつには,昨年9月の本会北海道・東北支部合同支部会に参加したことにある.3年ぶりの対面での支部会で,開催にあたっては,両支部の支部長はじめ運営の方々のご苦労はいかばかりであったろうかと思う.しかし,若い大学院生,特に,2020年に修士課程に入学された学生さんたちは,もろにパンデミックの影響を受け,それまで一度も対面での学会発表の経験が無かったと思われる.筆者の研究室の院生も同様である.久しぶりの対面支部会は,多くの参加者がおられ,演題数もこれまでの最大と聞いた.中には,7時間以上かけて参加された方もおられるという.それだけ,待ち望まれていたんだとあらためて思った.
もちろん,オンラインでの会議システムも2020年春以降急速に拡がり,それまでZoomのZの字も知らなかった我々が,あっという間に使えるようになったことは驚異的である.人間いくつになっても必要に迫られれば学び,身につけることができるのだと感じいった.また,通常なら参加しないであろう遠方の半日程度の小さな研究会にも参加できることは大いなる利点である.しかし,やはりリアルの学会とは違う.いくら画面が大きくとも,何人もの顔が映し出されているとどこに焦点を当てれば良いのか戸惑う.発表する側も,発表ツールがあるためか,あまり緊張もせずにすらすら話すことができてしまう.これから,様々な制約が緩和されて対面学会も増えてくるではあろうが,学会の意義と現地で参加するモチベーションをどこに求めればよいのか,自問自答する.
ところで,研究成果の発表の場としては,もうひとつ,学術論文がある.査読を受けて出版になる原著論文は,研究成果を公知にするという意味で重要である.昨今の業績評価において論文数が評価対象の上位におかれて,学会等の発表はそれよりも低く評価されがちである.しかも最近では一部の分野において,下手に学会発表するとアイディアやデータが盗まれるとの危惧からか,論文発表してから学会発表するという順番の研究者もおられると聞く.それは真に自由で闊達な学問の発展,研究の進展にとって良いことなのだろうかと常々疑問に思ってきた.古い話ではあるが,筆者が大学院生の当時,研究室を主催する教授から「研究で新しい成果を得たら,まずは学会で発表する.そこでいろいろな質疑を受けて議論することで,陥穽にも気づくことができる.研究はある意味,群盲象をなでるようなものであり,議論によってこそ研究は深まり,最終的に論文として発表できるのだ.」と言われた.実際に,学会発表の後に声を掛けられて共同研究に進んだ事もあり,また,ポスター発表を見て,面識の無い研究者に質問して,実験装置を借りた経験もある.このような事は,対面での質疑・会話でこそ成立つのではないだろうか.現在の一部の動向はこれに反するものであり,あまりにそれが過ぎるのはどうかと考える.確かに,競争心が無くなり,みんなで手をつないでゴールする徒競走にも問題はあるだろうが,研究という営みは,自身の疑問に解を得たい,こころの底から湧き上がる知りたい,という欲求に基づくものなのではないかと,未だに青く考えている.