今日の話題

エマルションとフレーバーリリースエマルションの多様性と機能

Noriyuki Igura

井倉 則之

九州大学大学院農学研究院生命機能科学部門食品製造工学研究分野

Published: 2023-05-01

我々が食品を選ぶ際,その食品の味や匂いは重要な指標となっている.一方,その味や匂いを形成するフレーバー成分の食品からの放散挙動はフレーバーリリースと呼ばれており,食品中の炭水化物,タンパク質,脂質などの食品固有の成分とフレーバー成分との相互作用により,大きく変化する.特に,食品中に含まれる脂質は,疎水性成分のフレーバーリリースを大きく抑制する.そのため,水相と油相からなるエマルションにおいては放散されるフレーバー成分の化学的な性質によりその挙動は複雑になるといえる.

エマルションとは水と油のように互いに混じり合わない液体の一方(連続相)に,他方の液体(分散層)を分散させた(例えば,油相中に水滴を分散させた)系を指す.エマルションはその分散させたときの状態から多くの分類がなされる.例えば,連続相と分散相がそれぞれ水と油の場合は水中油滴型(Oil-in-Water, O/W)エマルション(図1a図1■エマルションの形態と界面状態が及ぼすエマルションの特性への影響),逆に油と水の場合は油中水滴型(Water -in-Oil, W/O)エマルション(図1d図1■エマルションの形態と界面状態が及ぼすエマルションの特性への影響)と呼ばれている.このような二相からなるエマルションだけでなくW/Oエマルションが液滴として水に分散したW/O/Wエマルション(図1b図1■エマルションの形態と界面状態が及ぼすエマルションの特性への影響)やO/Wエマルションが油に分散したO/W/Oエマルション(図1c図1■エマルションの形態と界面状態が及ぼすエマルションの特性への影響)のような多相エマルション(複合エマルション,double emulsionとも呼ばれる)もある.多相エマルションは親水性及び疎水性の機能性成分を内包し得ること,またW/O/Wエマルションは油相体積の減少による低カロリー食品の作製が可能となるなど,多くの医薬品や食品分野において,様々な用途への利用が期待されている(1)1) A. Kumar, R. Kaur, V. Kumar, S. Kumar, R. Gehlot & P. Aggarwal: Trends Food Sci. Technol., 128, 22 (2022).

図1■エマルションの形態と界面状態が及ぼすエマルションの特性への影響

エマルションはその内部の分散液滴により単純な液体とは異なる流動特性,多くは非ニュートン流体としての挙動を示す.さらにその流動特性は,エマルションの液滴径に依存している.一般的に分散相含有率が等しい時,液滴径が小さいほどエマルションの粘性係数は大きくなる.また,液滴径はエマルションからの香気成分の放散速度にも影響を及ぼす.液滴径が異なるエマルションからの香気放散速度を測定したところ,液滴径が小さいほどエマルションからの香気成分放散速度が増加することが明らかとなっている.これは液滴サイズの減少に伴い,油水界面の面積が増加することに起因していると考えられる(2)2) S. Tamaru, T. Noda, N. Igura & M. Shimoda: Food Sci. Technol. Res., 26, 293 (2020).

液滴径が200~1000 Å程度のエマルションはマイクロエマルションと呼ばれている(英語では,マイクロメートルサイズの液滴径を有するものをmicro-emulsion,ナノメートルサイズの液滴径を有するものをナノエマルション(nano-emulsion)と呼ぶ).エマルションの液滴径をこのような光の波長よりも短いサイズまで小さくすると,白濁していたエマルションは透明性を持ち,安定性が増加する.さらにマイクロエマルションは,液滴中に埋包したビタミンやカロテノイド,あるいはミネラルなどの機能性成分の体内への吸収動態も変化させると言われている.このような観点から,マイクロエマルションに関しても多くの研究報告がなされており,食品や医薬品への利用性が拡大している(3)3) K. Sneha & A. Kumar: Innov. Food Sci. Emerg. Technol., 76, 102914 (2022).

エマルションからのフレーバー成分の放散には,水相,油相,気相の三相が関係している.そのため,化学物質の二相間の濃度比で表され,疎水度や揮発性の指標となる分配係数は,フレーバー成分の放散挙動に強く影響を及ぼしていると考えられる.分配係数のひとつであるオクタノール–水分配係数(log Pow)は,化学物質の疎水度を測る指標として最も一般的であり,フレーバー成分の挙動を表すのによく用いられている.一方で食品中の香気成分は空気中に揮発してから,鼻腔において認識されていることを考慮すると,水相あるいは油相と気相との間の分配係数は,食品からの香気成分の放散挙動の解析に重要な因子となると考えられる.そのため,log Powだけでなく,水–空気分配係数(log Pwa)およびオクタノール–空気分配係数(log Poa)を加えた3つの分配係数を用いて香気成分の放散挙動を解析する必要がある.実際に,O/Wエマルションの分散相含有率を変えたときの香気放散挙動を調査したところ,分散相含有率の増加に伴い香気成分の放散速度や平衡時放散濃度は減少し,いずれの分散相含有率においてもlog Pwa,log Poaと放散速度および平衡時放散濃度との間に高い相関が認められている(4)4) S. Tamaru, N. Igura & M. Shimoda: Food Chem., 239, 712 (2018)..このように異なる分散相含有率においても分配係数,特に水–空気あるいはオクタノール–空気間の分配係数がフレーバーリリースの予測に有用となることが示唆されている.

エマルションからのフレーバーリリースには先述の因子の他にも,界面に存在している物質も影響を及ぼすと考えられる.一般的にエマルションは,その油水界面に界面活性剤を展開させることにより界面張力を低下させ,分散液滴の合一を防ぎ,その安定性を保っている(図1e図1■エマルションの形態と界面状態が及ぼすエマルションの特性への影響).近年,タンパク質や多糖類などの生体高分子を低分子の界面活性剤の代わり,あるいはこれらを界面活性剤と共に添加することでエマルションをさらに安定化させる研究が多く行われている(図1f図1■エマルションの形態と界面状態が及ぼすエマルションの特性への影響(3, 5)3) K. Sneha & A. Kumar: Innov. Food Sci. Emerg. Technol., 76, 102914 (2022).5) M. Zembyla, B. S. Murray & A. Sarkar: Trends Food Sci. Technol., 104, 22 (2020)..界面近傍の水相の粘性増加あるいはゲル化によりその安定性が増加していると考えられている.一方,ピッカリングエマルションと呼ばれる,不溶性微粒子による安定化に関する研究も増えてきている.ピッカリングエマルションの歴史は古く,1907年にPickeringにより無機粒子による安定化の報告がなされたのが始まりである.しかし,最近になって水に不溶なタンパク質,セルロースやデンプンなどの多糖を修飾した微粒子,あるいはポリフェノール結晶などを界面に配することで,環境にやさしい安定なピッカリングエマルションに関して多くの報告がなされている(図1g図1■エマルションの形態と界面状態が及ぼすエマルションの特性への影響(5)5) M. Zembyla, B. S. Murray & A. Sarkar: Trends Food Sci. Technol., 104, 22 (2020)..一方,油水界面にこのような生体高分子などが存在することにより,油相中に溶解しているフレーバー成分の移動が制限される,あるいはそれら生体高分子と相互作用することが考えられ,現在,これら生体高分子などを利用したエマルションからのフレーバーリリースについても報告が増えている(5)5) M. Zembyla, B. S. Murray & A. Sarkar: Trends Food Sci. Technol., 104, 22 (2020).

このようにエマルションは古くから扱われてきた系ではあるが,その基礎から応用まで,現在も多くの研究が進められている.さらに今後,様々な形態のエマルションからのフレーバーリリース挙動を調査することによって,エマルション形態を用いた食品の最適な風味予測や高機能性の付与が可能となり,より高品質な食品の開発が可能になると期待している.

Reference

1) A. Kumar, R. Kaur, V. Kumar, S. Kumar, R. Gehlot & P. Aggarwal: Trends Food Sci. Technol., 128, 22 (2022).

2) S. Tamaru, T. Noda, N. Igura & M. Shimoda: Food Sci. Technol. Res., 26, 293 (2020).

3) K. Sneha & A. Kumar: Innov. Food Sci. Emerg. Technol., 76, 102914 (2022).

4) S. Tamaru, N. Igura & M. Shimoda: Food Chem., 239, 712 (2018).

5) M. Zembyla, B. S. Murray & A. Sarkar: Trends Food Sci. Technol., 104, 22 (2020).