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水素ガス発生基質としての食物繊維の可能性腸内細菌によるH2生成を食物繊維で促し,酸化ストレスを軽減する

Naomichi Nishimura

西村 直道

静岡大学学術院農学領域

Published: 2023-05-01

分子状水素(H2)が生体内で電子供与体として働き,酸化ストレスを軽減する(1)1) I. Ohsawa, M. Ishikawa, K. Takahashi, M. Watanabe, K. Nishimaki, K. Yamagata, K. Katsura, Y. Katayama, S. Asoh & S. Ohta: Nat. Med., 13, 688 (2007).ことが示されてから15年が経過した.酸化ストレスは疾病発症の要因となるため,化学的に安定なH2のこの作用は注目に値する画期的なものであった.しかしながら,生体におけるH2の作用を検証する多くの学術研究はガスや水による生体へのH2供給がほとんどである.日常的なことを考慮すれば,これらの供給方法ではかなり問題点も多い.ガスによる供給の場合,2~4%のH2を含むエアーボンベを持ち歩くことなど不可能であるし,水による供給の場合,H2の水への溶解度が低いため1日に供給できるH2量は極めて少ない.筆者らは日常的にH2を生体に容易に供給する方法として,大腸内で発生するH2(大腸H2)に注目している.ヒトの大腸管腔内には嫌気性細菌が40兆個ほど存在しており,糖質を利用した嫌気発酵によりATPを獲得し生育している.これらの70%程度の細菌はヒドロゲナーゼを有し,H2を生成する(2)2) P. G. Wolf, A. Biswas, S. E. Morales, C. Greening & H. R. Gaskins: Gut Microbes, 7, 235 (2016)..ヒト腸内細菌が大腸で利用できうる糖質は主に食物繊維であるため,これらを大腸に供給すればH2生成が促され,生体への持続的なH2供給が可能になると考えている.本稿では,H2発生基質としての食物繊維の可能性について筆者らのラットを用いた研究をもとに紹介する.

腹腔内組織に染みわたる大腸発酵由来のH2

腸内細菌により発酵されやすい食物繊維を摂取すると大腸H2が発生するが,このH2は主に以下の3つの運命をたどる.1)門脈に吸収後,肝臓を経由し肺から呼気排出,2)腸ガスとして排出,および3)メタン生成菌,硫酸還元菌,還元的酢酸生成菌などの細菌によるH2利用である.大腸管腔内のH2分圧が上昇すると,熱力学的にNADHの再酸化を抑制し発酵が抑えられるため,上記の3つの運命をたどり大腸管腔内からH2が除去されることが発酵維持に重要である.しかし,筆者らは大腸管腔内から腹腔内にH2が拡散するという大腸H2の4つ目の運命について明らかにした(3)3) N. Nishimura, H. Tanabe, M. Adachi, T. Yamamoto & M. Fukushima: J. Nutr., 143, 1943 (2013).

重合度が低く,腸内細菌により発酵されやすい食物繊維であるフラクトオリゴ糖を与えたラットの呼気および腸ガスのH2排出量と門脈血のH2濃度は上昇する(3)3) N. Nishimura, H. Tanabe, M. Adachi, T. Yamamoto & M. Fukushima: J. Nutr., 143, 1943 (2013)..このラットの動脈血H2濃度は極めて低く,門脈血中H2の大半が肺から呼気排出されることが確認された.これらのことから,上記の1)と2)によるH2の運命が確認された.このラットの腹腔内組織中H2濃度は上昇したが,腹腔外組織でH2濃度の上昇はわずかであった.また,フラクトオリゴ糖摂取ラットの腹腔内から多量のH2も検出された.これは大腸内で発生したH2が腹腔内に拡散していることを示すものであり,大腸で発生したH2の第四の運命が示された.このことは分子サイズの小さいH2は大腸組織を容易に通過し,腹腔内に拡散することを示している.腹腔内組織のうち,肝臓には大腸内で生成され門脈に吸収されたH2が多量に供給される.一方,肝臓以外の腹腔内組織には大腸内から腹腔内に拡散したH2が移行するが,とりわけ脂肪組織のH2濃度は高い(3)3) N. Nishimura, H. Tanabe, M. Adachi, T. Yamamoto & M. Fukushima: J. Nutr., 143, 1943 (2013)..これは非極性分子であるH2は水より脂質に対して3~5倍高い溶解性を示し(4)4) P. S. Schaffer & H. S. Haller: Oil Soap, 20, 161 (1943).,脂質含量の高い脂肪組織にH2が移行しやすいためと考えられる.したがって,大腸発酵由来のH2は,門脈を経由した肺までの経路(肝臓など)のほか,腹腔内組織の酸化ストレスに対しても還元的に作用することが期待される.

大腸H2による酸化ストレス軽減(肝臓,脂肪組織)

筆者らは,食物繊維を与えたラットの大腸で発生したH2が肝臓と脂肪組織に多量に供給されることに注目し,それらの組織で生じる酸化ストレスや炎症に対するH2の作用を調べた.ペクチンや難消化性デンプンのような腸内細菌による発酵を受けやすい食物繊維を肝虚血-再灌流モデルラットに与えると,急激な肝酸化ストレスの上昇とそれに伴う肝炎症の誘導を抑えられることが判明した(5)5) N. Nishimura, H. Tanabe, Y. Sasaki, Y. Makita, M. Ohata, S. Yokoyama, M. Asano, T. Yamamoto & S. Kiriyama: Br. J. Nutr., 107, 485 (2012)..また,高脂肪食ラットへのフラクトオリゴ糖投与は脂肪組織中のH2濃度を高め,炎症性サイトカインIL-6のmRNA量を低下させることを見いだした(3)3) N. Nishimura, H. Tanabe, M. Adachi, T. Yamamoto & M. Fukushima: J. Nutr., 143, 1943 (2013)..これらの結果から,大腸内の細菌により生成されたH2が肝臓や脂肪組織の酸化ストレスを軽減し,炎症を抑制する可能性が示された.

生体におけるH2の還元性はヒドロキシラジカルへの電子供与によると報告されている(1)1) I. Ohsawa, M. Ishikawa, K. Takahashi, M. Watanabe, K. Nishimaki, K. Yamagata, K. Katsura, Y. Katayama, S. Asoh & S. Ohta: Nat. Med., 13, 688 (2007)..しかし,H2とヒドロキシラジカルの標準酸化還元電位差は2.76 Vであるため,H2からヒドロキシラジカルへの電子供与による標準自由エネルギー変化は−267 kJ/molに相当する(図1図1■H2の酸化還元電位とH2によるα-トコフェロールラジカルヘの電子供与).ATPの加水分解による標準自由エネルギー変化が−30.5 kJ/molであることを考えれば,とてつもなく大きな自由エネルギー変化である.生体内でこのような大きな自由エネルギー変化を一段階の反応で生じることはなく,酸化還元電位差のより小さな化合物(電子親和性が極端に高くない化合物)に電子供与すると考えられる.アスコルビン酸はα-トコフェロールラジカルに電子供与し,α-トコフェロールに再生することにより酸化ストレス軽減に寄与することから,筆者らはアスコルビン酸合成欠損ラットを用い,H2の酸化ストレス軽減作用を調べた.その結果,大腸発酵由来のH2が脂肪組織でα-トコフェロールラジカルに電子供与し,酸化ストレスを軽減することを突き止めた(6)6) Y. Ishida, S. Hino, T. Morita, S. Ikeda & N. Nishimura: Br. J. Nutr., 123, 537 (2020).

図1■H2の酸化還元電位とH2によるα-トコフェロールラジカルヘの電子供与

(A)ヒドロキシラジカルと主要還元性物質の標準酸化還元電位,(B)α-トコフェロールラジカルのα-トコフェロールヘの再生.H2からヒドロキシラジカル(・OH)に電子供与されると267 kJ/molの自由エネルギー放出を伴うが,このエネルギー量を処理する仕組みはないと考えられる.H2の電子はα-トコフェロールラジカルの還元に利用され,α-トコフェロールを再生すると考えられる.α-Toc, α-トコフェロール;AsA, アスコルビン酸GSH, 還元型グルタチオン;GSSG, 酸化型グルタチオン;LOOH, 脂質ヒドロペルオキシド.

食物繊維摂取による大腸H2生成の持続性

H2ガスの吸入やH2水による供給と異なり,食物繊維摂取によるH2供給なら日常的かつ持続的なH2の生体への供給も可能である(7)7) N. Nishimura, H. Tanabe & T. Yamamoto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 81, 173 (2017)..つまり,食物繊維の摂取はH2供給を通じて,酸化ストレスの軽減に貢献する可能性が高い.これまでに消化管管腔内における消化吸収の修飾により引き起こされる食物繊維の生理作用が注目されてきたが,近年大腸内の細菌による発酵により生み出された代謝産物と宿主の相互作用に興味が移ってきている.H2もその一つであり,食物繊維が大腸内におけるH2生成を修飾し,生体内酸化ストレスの軽減に貢献する可能性があると考えられる.これは食物繊維の新しい機能といえるものでもあり,便通改善や血糖値上昇抑制とは異なる生理的意義が食物繊維にあると期待される.

Reference

1) I. Ohsawa, M. Ishikawa, K. Takahashi, M. Watanabe, K. Nishimaki, K. Yamagata, K. Katsura, Y. Katayama, S. Asoh & S. Ohta: Nat. Med., 13, 688 (2007).

2) P. G. Wolf, A. Biswas, S. E. Morales, C. Greening & H. R. Gaskins: Gut Microbes, 7, 235 (2016).

3) N. Nishimura, H. Tanabe, M. Adachi, T. Yamamoto & M. Fukushima: J. Nutr., 143, 1943 (2013).

4) P. S. Schaffer & H. S. Haller: Oil Soap, 20, 161 (1943).

5) N. Nishimura, H. Tanabe, Y. Sasaki, Y. Makita, M. Ohata, S. Yokoyama, M. Asano, T. Yamamoto & S. Kiriyama: Br. J. Nutr., 107, 485 (2012).

6) Y. Ishida, S. Hino, T. Morita, S. Ikeda & N. Nishimura: Br. J. Nutr., 123, 537 (2020).

7) N. Nishimura, H. Tanabe & T. Yamamoto: Biosci. Biotechnol. Biochem., 81, 173 (2017).