Kagaku to Seibutsu 61(5): 214-216 (2023)
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分泌因子を介した細胞外コミュニケーションによるがん治療抵抗性のメカニズムがんの治療抵抗性における分泌因子の役割
Published: 2023-05-01
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がん治療には外科手術の他に,化学療法や放射線療法,免疫療法が施される.これらの治療はがんを縮小させるために有効である一方で,耐性を獲得したがん細胞の存在によりその治療効果は限定的であり,治療後に生き延びたがん細胞の再増殖や浸潤・転移などへの進行は克服すべき課題となっている.がん細胞は放射線や抗がん剤への耐性をどのように獲得し,またどのようにして悪性化を進行させるのだろうか? そのメカニズムの全容はまだ解明されておらず,したがって治療後に起こる様々なイベントの分子・細胞レベルの理解は,治療効果向上において重要な課題である.近年の研究から,放射線や薬剤のストレスによりがん細胞から細胞外に放出される様々な「分泌因子」が,治療に対する耐性において重要な役割を担うことがわかってきた.本稿では,分泌因子を介した細胞間コミュニケーションや周囲の細胞外微小環境のリモデリングを含め,「細胞外に分泌される因子の働きによるがんの治療抵抗性」に関する知見を紹介する.
多細胞体は恒常性の維持やストレスへの適応のために,細胞外微小環境において様々な細胞間コミュニケーションをとっている.細胞間コミュニケーションは,細胞が隣の細胞と接触して直接的にシグナルを伝達する方法と,細胞外に分泌される因子(タンパク質,核酸,細胞外小胞など)を介して間接的に影響を与える方法に大きく分けられる.がん細胞においても,増殖因子や細胞外小胞等の細胞の増殖を助ける因子を細胞外に放出し,がん微小環境を構成する細胞外マトリックスや線維芽細胞,免疫細胞等と相互作用することが知られている.例えば,がん細胞から分泌される血管内皮増殖因子や血小板由来増殖因子などは腫瘍組織への腫瘍随伴マクロファージなどの動員を助ける.腫瘍随伴マクロファージは,がん細胞の増殖や浸潤を助け,血管新生を促すことにより,悪性化を促進する.また,がん細胞由来の細胞外小胞は,線維芽細胞を活性化することで微小環境を改変し,腫瘍の成長,浸潤,転移を促す.このように,がん細胞は分泌因子を介して周囲の細胞と相互作用することで,がん細胞自身にとって有利になるように腫瘍微小環境をリモデリングすることができる(1)1) S. Maacha, A. A. Bhat, L. Jimenez, A. Raza, M. Haris, S. Uddin & J. C. Grivel: Mol. Cancer, 18, 55 (2019)..
放射線や抗がん剤等のがん治療によるがん細胞への刺激は,分泌因子の放出を増加させる.これらの因子を介したがん細胞と周辺細胞とのコミュニケーションは,治療後のがん細胞の生存や増殖を促進する分子メカニズムにも深く関与することが報告されてきている.一般に,分泌因子が媒介する細胞–細胞間の相互作用は,分泌した細胞自身に働きかける「オートクライン」,大循環により遠方の細胞に作用する「エンドクライン」,隣り合った近い細胞に作用する「パラクライン」に大きく分けられる(2)2) G. Altan-Bonnet & R. Mukherjee: Nat. Rev. Immunol., 19, 205 (2019)..悪性度が非常に高く治療効果が低い神経膠芽腫細胞と脳腫瘍マウスモデルを用いた研究により,我々は放射線照射後に神経膠芽腫細胞から分泌される増殖因子Epiregulinが周辺細胞の上皮増殖因子受容体を活性化することでパラクライン効果をもたらし,放射線治療に対する抵抗性を強化することを見出した.特に興味深いことに,神経膠芽腫細胞への放射線刺激により,細胞内物質を細胞外に運ぶ小胞輸送(エキソサイトーシス)を制御する因子の一つである低分子量Gタンパク質Rab27bの発現が亢進した.さらに,Rab27bのタンパク質発現を抑制することで,Epiregulinの発現及び分泌が低下し放射線照射後の細胞生存率や細胞増殖が抑制され,放射線治療を組み合わせた脳腫瘍移植マウスの生存期間が著しく延長した(図1A図1■(A)マウス脳への膠芽腫細胞の移植実験:Rab27bの発現抑制と放射線治療の組み合わせが膠芽腫の成長を抑制し,マウスの生存期間を延長する.(B)Rab27b-Epiregulinの共亢進およびそれによるパラクライン効果ががん治療抵抗性をもたらす).これらの結果は,Rab27bがEpiregulinを介したパラクライン効果をもたらし,神経膠芽腫の放射線に対する抵抗性を強化することを示唆している(図1B図1■(A)マウス脳への膠芽腫細胞の移植実験:Rab27bの発現抑制と放射線治療の組み合わせが膠芽腫の成長を抑制し,マウスの生存期間を延長する.(B)Rab27b-Epiregulinの共亢進およびそれによるパラクライン効果ががん治療抵抗性をもたらす)(3)3) S. Nishioka, P. H. Wu, T. Yakabe, A. J. Giaccia, Q. T. Le, H. Aoyama, S. Shimizu, H. Shirato, Y. Onodera & J. M. Nam: Neurooncol. Adv., 2, vdaa091 (2020)..このほかにも,放射線や薬剤の刺激に応答して分泌される増殖因子や細胞外小胞を介した腫瘍増殖への影響が報告されてきており,分泌因子のパラクライン効果による治療抵抗性の分子メカニズムが徐々に明らかになりつつある.
がん細胞から分泌される因子は,周辺の細胞との相互作用だけでなく,細胞外マトリックスなど細胞を取り巻く細胞外微小環境のリモデリングも促すことで,治療後のがん細胞の生存・増殖・浸潤・転移を促進する分子メカニズムに深く関与する.特に,放射線などの刺激によりがん細胞から分泌されるMatrix metalloproteaseやCathepsinなどは,周辺の細胞外マトリックスを分解することでがん細胞の浸潤を促進し,のちに遠隔臓器への転移をもたらすことが報告されている.これらに関連して我々の最近の研究では,放射線刺激の後に生き残った乳がん細胞において,細胞内小器官であるリソソームの細胞膜側への輸送が促進されリソソーム内のプロテアーゼが細胞外に分泌されること,またそれによって,細胞外マトリックスの分解と浸潤能が亢進することが明らかとなった(4)4) P. H. Wu, Y. Onodera, A. J. Giaccia, Q. T. Le, S. Shimizu, H. Shirato & J. M. Nam: Commun. Biol., 3, 620 (2020)..これらの結果から,がん治療後に浸潤・転移を伴う再発が生じた場合,エキソサイトーシスによる内容物の分泌が重要な役割を果たしている可能性が示唆されたが,より詳細なメカニズムの解明は今後の課題である.
近年の様々な研究により,放射線や抗がん剤などの治療を生き伸びたがん細胞から分泌される様々な因子を介した周囲細胞・周辺環境とのコミュニケーションが,がん治療における障壁の一つとなっていることを示唆する知見が蓄積されてきている.今後,がん細胞が分泌する因子の構成やそれらの輸送メカニズムの詳細が明らかになることで,治療抵抗性を阻害する新薬の開発や新たな治療戦略の確立に繋がり,がんの治療効果がより向上するものと期待される.
Reference
2) G. Altan-Bonnet & R. Mukherjee: Nat. Rev. Immunol., 19, 205 (2019).
3) S. Nishioka, P. H. Wu, T. Yakabe, A. J. Giaccia, Q. T. Le, H. Aoyama, S. Shimizu, H. Shirato, Y. Onodera & J. M. Nam: Neurooncol. Adv., 2, vdaa091 (2020).