解説

食品化学・医学への応用に向けたメイラード反応の化学的研究新奇メイラード反応生成物の探索と同定および分析法開発

Chemical Study of the Maillard Reaction for Application to Food Chemistry and Medicine: Exploration, Identification, and Development of Analytical Method of Novel Maillard Reaction Products

Yuri Nomi

能見 祐理

新潟薬科大学応用生命科学部応用生命科学科

Published: 2023-05-01

メイラード反応は食品の加熱や貯蔵中に頻繁に起こり食品の品質に多大な影響を及ぼすと同時に,生体内においても徐々に進行し老化や各種病態の進展に関与する.反応条件により生成物は多種多様に変容するため,生成物の構造や反応機構が不明なものが多い.そのため,食品の品質や生体の病態に関わる生成物の探索と解析・評価法の確立が望まれている.しかし近年,分析装置の高度化と解析技術の進展に伴い,これまで測定が困難とされてきた物質についてもアプローチできるようになってきた.そのような背景の下,メイラード反応の機構解明と制御法の確立に向けて筆者が取り組んできた研究成果について紹介する.

Key words: メイラード反応; グリケーション; 褐変; 終末糖化産物(Advanced Glycation End-products); α-ジカルボニル化合物

メイラード反応の概要と研究動向

メイラード反応はアミノ化合物とカルボニル化合物の共存により起こる非酵素的褐変反応であり,食品の加工・貯蔵時に普遍的に起こる成分間反応のひとつである.トーストの焼き色や香ばしい香り,ビールの琥珀色,醤油やコーヒーの褐色色素はメイラード反応によってもたらされる.この反応は1世紀以上前の1912年にLouis Camille Maillard博士(1878~1936)によって発見された.当時,Maillard博士はアミノ酸とグリセロールを加熱してペプチドが形成されるかを調べていたが,この時に使用していたグリセロールをグルコースに変えると茶色く色づく(=褐変)現象を偶然見出したことに端を発する.一連の褐変反応は1950年頃に発見者の名前にちなんでメイラード反応と呼ばれるようになった.また,反応基質からアミノカルボニル反応とも呼ばれ,現在ではアミノ基とカルボニル基の間で起こる求核付加反応に始まる一連の反応を総括的に表したものとして理解されている.

メイラード反応の概略を図1図1■食品におけるメイラード反応の概要に示す.反応は初期・中期・後期段階に分けられる.初期段階では,還元糖のカルボニル基とアミノ化合物のアミノ基間の脱水縮合と化学的転位によりアマドリ化合物が生成される.中期段階ではアマドリ化合物の分解により種々のカルボニル化合物が形成される.ここで形成されるカルボニル化合物は,3-deoxyglucosone(3-DG)やmethylglyoxal(MG)のように構造内にカルボニル基が2つ隣り合って存在するため反応性が高く,後期段階で生成する化合物群の前駆体となることが多い.後期段階では中期段階で生成した反応性の高いカルボニル化合物とアミノ化合物がさらに反応し,脱水・縮合・酸化などの複雑な過程を経てメラノイジンのような高分子褐色色素や香気成分,味修飾物質など多種多様な化合物が形成され,これら生成物が食品の外観や美味しさ,風味形成に大きく寄与する.食品の主要成分である還元糖や脂質,アスコルビン酸はカルボニル基を有し,アミノ酸やペプチド,タンパク質はアミノ基を有するため,この反応は食品中で頻繁に起こる.この反応で生じる物質は食品の加熱香気,色調,物性や機能性,安全性に関わり,食品の品質に重大な影響を及ぼすことから,食品化学分野で研究が進展してきた.

図1■食品におけるメイラード反応の概要

一方,生体内で亢進する本反応が糖尿病合併症や加齢性疾患,老化の原因の一つとして捉えられるようになってから,現在では医学分野においても研究がなされている(1)1) 白河潤一,永井竜児:化学と生物,53, 299 (2015)..生体内で起こるメイラード反応は「糖化反応」と呼称されている.生体タンパク質はリン酸化,アセチル化,糖鎖修飾などの翻訳後修飾を受けることによって,その機能が制御されている.正しく修飾されることはタンパク質恒常性維持のために重要であるが,糖化反応は非酵素的かつ非特異的な修飾であるため,酵素的に制御された翻訳後修飾とは異なるものになる.カロリーの高い食事・運動不足・飲酒・喫煙などにより引き起こされた生活習慣病により,生体内に過剰に生じたアルデヒドが原因となり細胞内外で糖化反応が進行する(図2図2■食品・生体におけるAGEsが生体に及ぼす影響の概略).糖化反応の後期段階に生成・蓄積される最終産物は終末糖化産物(Advanced glycation end products; AGEs)と呼ばれている.ペプチドやタンパク質が反応する場合,反応部位はN末端アミノ基,Lys側鎖のε-アミノ基,あるいはArg側鎖のグアニジノ基になるため,塩基性アミノ酸の修飾構造体が多く同定されている.糖化反応の亢進に伴い,生体高分子のAGEs形成による修飾・変性・架橋が起こり,それらが蓄積することで細胞に障害が生じる.また,AGE構造を認識する特異的レセプターであるAGEs受容体(Receptor for advanced glycation end products; RAGE)を介したシグナル伝達より炎症反応が惹起される.さらに,AGEsの蓄積は活性酸素の産生を誘導し,酸化ストレスを引き起こす.以上が,AGEsが老化や疾病の原因物質と呼ばれる所以である.生体内における糖化反応の進行はさまざまな病態の危険因子となる.

図2■食品・生体におけるAGEsが生体に及ぼす影響の概略

メイラード反応は反応の条件(pH,温度,酸素の有無など)によって多種多様な生成物が形成するため,研究が始まってからほぼ1世紀近く経った現在でもいまだに反応機構の全容が明らかにされていないのが現状である.反応の初期段階におけるアミノ基からカルボニル基への求核付加反応は理解しやすいが,中期段階以降に多種多様な分解・開裂・重合・酸化反応が五月雨式に起こり,反応に関わる物質も増えるため,その反応機構は非常に複雑なものとなる.そのため,各段階の反応の指標となりうる生成物の探索や同定が行われ,反応の進行を評価するのに活用されてきた.初期段階ではアマドリ化合物,中期段階では各種カルボニル化合物,後期段階ではメラノイジン由来の褐変度(420~450 nmの吸光度や色差計でのL*, a*, b*値,ΔE*値など)や香気成分,終末糖化産物AGEsなどが反応の経過を示すマーカーとして利用することができるが,反応機構や生成物についてはいまだ不明な点も多く,測定法も確立されていないものが多い.しかし近年の機器分析・解析技術の進歩により,これまで測定が困難とされてきた物質についてもアプローチできるようになってきた.そのような経緯もあって,筆者はメイラード反応の機構解明とその制御に向けて,先行研究で見逃されてきた未知化合物の探索とその構造解析,反応指標物質の一斉分析法の開発とその応用研究に取り組んできた.本稿ではその成果について紹介する.

新奇反応生成物の同定と生成機構解析

1. グルタチオンとグリオキサールのメイラード反応生成物

筆者の修士課程において故グュエンヴァンチュエン教授の指導の下で取り組んだ研究である.グルタチオン(γ-Glu-Cys-Gly; GSH)は動植物や微生物の細胞内に比較的高濃度(0.1~10 mM)に存在するトリペプチドであり,構成アミノ酸であるCysのチオール基の反応性により活性酸素種を還元的に消去するほか,グルタチオンペルオキシダーゼやグルタチオンS-トランスフェラーゼの補酵素として過酸化水素や過酸化脂質,求電子的な化合物,重金属など生体異物の解毒代謝を担っている.一方,生理的条件下においてGSHとグルコースのアマドリ転位生成物が形成し,その糖化産物によってGSHが補酵素として関与する解毒代謝に関わる酵素活性が低下するという先行研究があった(2)2) M. D. Linetsky, E. V. Shipova, R. D. Legrand & O. O. Argirov: Biochim. Biophys. Acta, Gen. Subj., 1724, 181 (2005)..糖尿病患者の血中ではグルコースより反応性が高いα-ジカルボニル化合物(α-DCs)量の上昇(3)3) H. Odani, T. Shinzato, Y. Matsumoto, J. Usami & K. Maeda: Biochem. Biophys. Res. Commun., 256, 89 (1999).とGSHの枯渇(4)4) P. S. Samiec, C. Drews-Botsch, E. W. Flagg, J. C. Kurtz, P. Sternberg Jr., R. L. Reed & D. P. Jones: Free Radic. Biol. Med., 24, 699 (1998).が観察されることから,疾病の進展に伴う糖代謝不全によって生じた過剰のα-DCsがGSHと反応する可能性があると考え,pH 7.4での生理的条件下におけるGSHと短鎖α-DCsであるグリオキサール(GO)およびMGの反応生成物を探索することにした.先行研究においてペプチドとGOを反応させるとN末端側に320 nm付近に極大吸収をもつpyrazinone構造が形成された(5, 6)5) R. Krause, J. Kühn, I. Penndorf, K. Knoll & T. Henle: Amino Acids, 27, 9 (2004).6) N. van Chuyen, T. Kurata & M. Fujimaki: Agric. Biol. Chem., 37, 1613 (1973).ことから,当初はpyrazinone化合物の生成を予想し反応生成物の探索を試みたが,当該化合物の形成は確認されなかった.そこで改めて反応に伴い生成される化合物を詳細に解析した結果,GSHとGOの反応溶液からN末端側にdioxomorpholine構造を有する新奇化合物N-[3-(2,5-dioxomorpholin-3-yl)propanoyl]-cysteinylglycineを同定することに成功し,その生成機構を明らかにした(図3A図3■筆者らによって同定された新奇メイラード反応生成物(7)7) Y. Nomi, H. Aizawa, T. Kurata, K. Shindo & C. V. Nguyen: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 2408 (2009)..この化合物はGOとの反応24時間後ではほぼ単一のピークとしてクロマトグラム上に検出されたことから,主要な反応生成物と考えられる.一方で,GO同様に糖代謝不全で生成するMGとGSHの反応では多数のマイナーピークが検出され,GOとの反応で見られたような単一の生成物は検出されず,生成物の同定には至らなかった.本研究で見出されたdioxomorpholine構造はGSHとGOの特異的な生成物である可能性が高い.GOはアマドリ化合物の酸化分解や脂質過酸化などの酸化的条件下で生成しやすいことから,本研究で見出された反応生成物は細胞内酸化ストレスの増大に伴うアルデヒド修飾体のバイオマーカーとなる可能性がある.

図3■筆者らによって同定された新奇メイラード反応生成物

2. 弱酸性条件下で生成するペントース由来低分子黄色色素

メイラード反応による着色・褐変は構造不詳の高分子褐色色素であるメラノイジンに起因すると従来考えられていたが,黄色や赤色,青色を示すさまざまな低分子色素も多数生成し,それらが蓄積あるいはメラノイジンの前駆体となって着色・褐変現象に寄与しうることが明らかになってきた.黄色や赤色を示す物質の可視光(380~780 nm付近)吸収スペクトルでは,特徴的な極大吸収(黄400~450 nm;赤500~560 nm)が観察される(図4図4■各色素の吸収スペクトルの比較と高分子褐色色素メラノイジンの予想構造).400~450 nmの短波長域の光は紫~青色で,500~560 nmの中波長域の光は緑色である.つまり,黄色あるいは赤色を示す物質は,その補色である紫~青色や緑色の波長光を吸収するという性質がある.補色以外の可視光が反射されることで,黄色や赤色を認識するのである.しかし,茶色を示す物質の可視光吸収スペクトルにはそのような極大吸収は見られない(図4図4■各色素の吸収スペクトルの比較と高分子褐色色素メラノイジンの予想構造).ヒトは黄色~赤色の明度が下がった色を茶色と認識するようである.つまり,短波長~中波長域の光を吸収し,かつ長波長域の反射光がある程度抑えられると茶色と認識することになる.すなわち,多数の低分子色素,特に黄色~赤色を示す色素構造が累積することで褐変・着色がもたらされるという理屈である.一つひとつの低分子色素の色強度が低くても,それらが多数累積することでメイラード反応に特有の褐色(茶色)を呈するようになる.それら一つひとつの色素の形成を理解することがメイラード反応による褐変機構の解明に繋がると考え,当時筆者の博士後期課程の指導教官だった村田容常教授はメイラード反応で形成される新奇低分子色素の探索を積極的に進めていた(8, 9)8) M. Murata, H. Totsuka & H. Ono: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 1717 (2007).9) H. Totsuka, K. Tokuzen, H. Ono & M. Murata: Food Sci. Technol. Res., 15, 45 (2009)..その流れで筆者もこの研究テーマに取り組むことになった.

図4■各色素の吸収スペクトルの比較と高分子褐色色素メラノイジンの予想構造

メイラード反応は反応の条件の違いによって多種多様な生成物が形成するにもかかわらず,従来のモデル反応系を用いた研究では特定の反応条件(中性付近,ヘキソースとの反応)がもっぱら採用され,それ以外での条件下での検証が十分なされていなかった.食品においては中性だけでなく弱酸性を示すものも多く存在し,植物性食品においてはより反応性が高いペントースも含まれていることから,これら反応条件で生成する物質の褐変への寄与が予想された.そのような背景の下,醤油や味噌などの弱酸性褐変食品中で褐変に寄与すると考えられる低分子色素化合物を探索することにした.各種単糖やその分解物の弱酸性条件下における褐変を比較し,最も褐変していたペントースとアミノ酸のメイラード反応に着目して研究を進めた結果,pH 5の弱酸性条件下においてD-xyloseとL-lysineから特異的に形成する新奇低分子黄色色素dipyrrolone類が同定された(図3B図3■筆者らによって同定された新奇メイラード反応生成物(10)10) J. Sakamoto, M. Takenaka, H. Ono & M. Murata: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 2065 (2009)..Dipyrrolone類の可視光吸収スペクトルをみると450 nm付近に極大吸収があり,ビールの黄金色を彷彿とさせるような鮮やかな黄色を呈している.Xylose-lysine加熱溶液におけるdipyrrolone類の色素寄与率を算出すると約15%であった.すなわち,加熱溶液の色全体の15%をこの色素類だけで説明できるということになる.Dipyrrolone類の色素団構造は弱酸性かつペントース共存下であればlysine以外のアミノ酸やジペプチドのcarnosineからも形成する(11, 12)11) Y. Nomi, J. Sakamoto, M. Takenaka, H. Ono & M. Murata: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 221 (2011).12) Y. Nomi, K. Yamazaki, Y. Mori, H. Matsumoto & S. Sato: Biosci. Biotechnol. Biochem., 85, 2042 (2021).が,その形成にはlysineのε-アミノ基やcarnosineのβ-アラニン残基のような鎖状のアルキルアミンが必須であると考えられる.また,13C安定同位体を用いた解析により,hydroxymethyl基が付加したdipyrrolone類縁体の形成に糖以外の炭素源(酢酸)も関与することが判明した(13)13) Y. Nomi, R. Masuzaki, N. Terasawa, M. Takenaka, H. Ono, Y. Otsuka & M. Murata: Food Funct., 4, 1067 (2013)..Dipyrrolone類はピロール環とピロロン環がメチン架橋した構造を有しており,架橋により共役系が伸長することで可視光部に吸収をもつようになるが,この架橋形成に緩衝液中の酢酸が関わるケースもあることが明らかとなった.さらに,メイラード反応の中期段階で生成するα-DCsについても解析を行い,dipyrrolone類の反応前駆体を特定した(12)12) Y. Nomi, K. Yamazaki, Y. Mori, H. Matsumoto & S. Sato: Biosci. Biotechnol. Biochem., 85, 2042 (2021)..食品には様々な糖質,アミノ酸やペプチドが含まれており,このような低分子色素構造が遊離アミノ酸やペプチドに形成し多数累積することで,メイラード反応に特徴的な褐色を呈することが示唆された.Dipyrrolone類には味増強作用や抗菌作用はないものの,α-トコフェロールに匹敵する脂質過酸化抑制能を示し,DPPHラジカル消去活性およびORAC法での測定においてアスコルビン酸よりも高い抗酸化能を示した(13)13) Y. Nomi, R. Masuzaki, N. Terasawa, M. Takenaka, H. Ono, Y. Otsuka & M. Murata: Food Funct., 4, 1067 (2013)..メイラード反応で生じる褐変色素の健康機能性として油脂の自動酸化に対する抗酸化作用が知られているが,dipyrrolone類のような部分構造の形成によって抗酸化性を発揮することが推察される.

3. ピリドキサミンとペントースのメイラード反応生成物

過去に同定されたメイラード反応生成物を鑑みると,いずれも有機溶媒で抽出,あるいはシリカゲルやODSカラムクロマトグラフィで吸着あるいは分配された物質が数多く報告されていた.しかし,上述のような方法では高極性物質は単離できていない可能性が高い.極性が高いが故に見逃されている反応生成物が多数存在すると考え,高極性物質にターゲットを絞った反応生成物の探索を行うことにした.アミノ基を有するビタミン類のメイラード反応生成物に着目し,各種ビタミン類と単糖類のメイラード反応を検証した結果,ビタミンB6類縁体であるピリドキサミンとxyloseを中性条件下で加熱した際にピリドキサミンの顕著な消費が観察された.ピリドキサミンがメイラード反応により消費されたと考え,反応生成物の探索を進めることにした.高極性物質を分離できる分析カラムを用いて解析を行った結果,ピリドキサミンとペントースの中性条件下でのメイラード反応で生成する新奇化合物を単離し,構造決定した(図3C図3■筆者らによって同定された新奇メイラード反応生成物(14)14) Y. Nomi & Y. Otsuka: Sci. Rep., 10, 1823 (2020)..同定された化合物はピリドキサミンのアミノ基が脱離し,ピリジン環とテトラヒドロピラン,エンジオール構造をもつシクロペンテノンが縮環した構造をしていた.本物質は中性~弱塩基性条件下で顕著に生成し,消費されたピリドキサミンの約3割の収率で生成したことから,ピリドキサミンとペントースの中性条件下における主要な反応生成物であると考えられる.反応中間体の探索を目的としてα-DCsを測定したところ,中性条件下で生成が促進されるはずの1-deoxypentosone量が予想よりも少なかった.よって1-deoxypentosoneが消費され形成に寄与することが示唆された(図3C図3■筆者らによって同定された新奇メイラード反応生成物(14)14) Y. Nomi & Y. Otsuka: Sci. Rep., 10, 1823 (2020)..今回見出された反応産物は従来多用されてきたODSカラムクロマトグラフィでは保持されずにvoid画分に溶出されるため,これまで見逃されてきた反応産物であると考えられる.ピリドキサミンはビタミンB6としての補酵素作用に加え,金属キレート作用や反応性カルボニル化合物の捕捉作用があり,糖化反応の阻害剤として知られている.食品によって含まれるビタミンB6の種類は大きく異なるが,ピリドキサミンは鶏の肝臓や卵黄に比較的多く含まれる(15)15) H. Thi Viet Do, Y. Ide, A. N. Mugo & T. Yagi: Food Nutr. Res., 56, 5409 (2012).ことから,これら食材の調理・加工操作によりメイラード反応産物が生成し,ビタミンB6がもたらす生理作用に影響を与える可能性がある.

AGEsの一斉分析法の開発と食品・生体試料中グリケーション産物の解析

糖化反応で生成するAGEsは加齢や疾病の進行に伴って体全体で緩やかに生成され,慢性疾患の発症と増悪の原因となることが示唆されている一方,食事由来のAGEsおよびそれらの前駆体の一部は消化管から吸収され,細胞や組織内に蓄積される(図2図2■食品・生体におけるAGEsが生体に及ぼす影響の概略).AGEsは炎症を制御する遺伝子の転写を促進するAGE受容体(RAGE)との相互作用を介して,糖尿病合併症やアルツハイマー病などの慢性疾患発症に関与することが示唆されている.すなわち,食事から摂取されるAGEsにおいても炎症を促進し,各種疾患の発症と憎悪に関与する可能性がある.食事性AGEsは熱により分子修飾されているため,小腸での消化吸収を逃れやすく大部分は結腸に達する.結腸内微生物の増殖のための基質として利用され,腸内微生物叢バランスに影響を与える可能性も示唆されている(図2図2■食品・生体におけるAGEsが生体に及ぼす影響の概略).しかし,食事性AGEsの吸収・代謝挙動やその生理作用については未解明な部分が多々あり,さらにAGEsとしてN6-carboxymethyllysine(CML)のみが測定されているケースが多く,CML以外のAGE分子種についての知見が不足していた.CML以外のAGE分子種がヒトの健康に対して影響を及ぼしている可能性もあるが,それらを検証した報告はまだまだ少ない.

そこで,まず多種類のAGEをモニターできる高速液体クロマトグラフィ-タンデム質量分析(LC/MS/MS)システムの構築を目指すことにした.極性物質の保持と分離に強いさまざまなカラムを選定した結果,Imtakt社製のIntrada Amino Acidカラムを用いることで,誘導体化などの複雑な前処理をせずに直接化合物を分離・保持することが可能となった(図5図5■LC/MS/MSシステムにおけるAGEsのMRMクロマトグラムと化学構造(16)16) Y. Nomi, H. Annaka, S. Sato, E. Ueta, T. Ohkura, K. Yamamoto, S. Homma, E. Suzuki & Y. Otsuka: J. Agric. Food Chem., 64, 8397 (2016)..もともとアミノ酸分析用に設計されたカラムのため,アミノ酸修飾体であるAGEsについても良好な分離を示し,複数の分離モードを備えているため今後同定されうる新奇AGE構造体についても十分対応可能であると考えている.実際に,本分析法により測定可能なAGEsは現在13種まで拡張している.Arg由来のAGEであるhydroimidazolone類(図5図5■LC/MS/MSシステムにおけるAGEsのMRMクロマトグラムと化学構造; G-Hs, MG-Hs)は3種の異性体が存在し,逆相カラムのような極性に応じて分離する分配モードでは異性体分離は困難であるが,本カラムはそれら異性体についても良好な分離を示している.

図5■LC/MS/MSシステムにおけるAGEsのMRMクロマトグラムと化学構造

構築した分析システムを用いて,褐変食品である醤油・ビール類に含まれるLysあるいはArg由来の遊離AGE 7種について分析したところ,醤油にはCML, N6-carboxyethyllysine(CEL),methylglyoxal-derived hydroimidazolone 1(MG-H1)が主に含まれていた(16)16) Y. Nomi, H. Annaka, S. Sato, E. Ueta, T. Ohkura, K. Yamamoto, S. Homma, E. Suzuki & Y. Otsuka: J. Agric. Food Chem., 64, 8397 (2016)..醤油中の遊離CML, CEL, MG-H1量はタンパク質含量および褐変度と正に相関し,醤油を40°Cで長期保存するとCMLが増加する一方で,90°Cの短時間加熱ではMG-H1が増加した(16)16) Y. Nomi, H. Annaka, S. Sato, E. Ueta, T. Ohkura, K. Yamamoto, S. Homma, E. Suzuki & Y. Otsuka: J. Agric. Food Chem., 64, 8397 (2016)..市販のビール類を分析したところ,特定の銘柄のビールテイスト飲料でMG-H1が高値で検出されたが,この製品は麦芽の代わりに大豆タンパクを主原料とし,嗜好性向上の目的で大豆タンパク分解物と糖を100~130°Cで加熱したものを添加していたことから,その影響によるものと考えられた(16)16) Y. Nomi, H. Annaka, S. Sato, E. Ueta, T. Ohkura, K. Yamamoto, S. Homma, E. Suzuki & Y. Otsuka: J. Agric. Food Chem., 64, 8397 (2016)..原材料・製造方法や貯蔵・加工条件によって形成するAGEsの種類に違いが見られたことから,AGEsの測定を食品の品質評価に応用できる可能性が示された.

また,鳥取大学医学部との共同研究において本分析法を生体試料へも適用させ,2型糖尿病患者と非糖尿病患者の血清中遊離AGEsとインスリン分泌および抵抗性との関連について検討した.血清中の遊離AGEを測定したところ,CML, CEL, MG-H1が多く検出され,CMLおよびCEL濃度は2型糖尿病患者で有意に高かった(17)17) T. Okura, E. Ueta, R. Nakamura, Y. Fujioka, K. Sumi, K. Matsumoto, K. Shoji, K. Matsuzawa, S. Izawa, Y. Nomi et al.: J. Diabetes Res., 2017, 5139750 (2017)..また,2型糖尿病患者の血清遊離CML濃度はインスリン分泌等と負の相関が認められ,インスリン感受性とは正の相関が認められた(17)17) T. Okura, E. Ueta, R. Nakamura, Y. Fujioka, K. Sumi, K. Matsumoto, K. Shoji, K. Matsuzawa, S. Izawa, Y. Nomi et al.: J. Diabetes Res., 2017, 5139750 (2017)..2型糖尿病におけるインスリン分泌障害の発症および予測にAGEs測定が役立つ可能性がある.さらにこの研究を発展させ,男女9名における外因性の食事性AGEsと内因性の生体AGEsとの関連および血中での動態を解析した.CMLは赤血球中に分布する一方で,MG-H1は食事に由来することが明らかになった(18)18) Y. Nomi, H. Kudo, K. Miyamoto, T. Okura, K. Yamamoto, H. Shimohiro, S. Kitao, Y. Ito, S. Egawa, K. Kawahara et al.: Biochimie, 179, 69 (2020)..ヒトでの試験食(1食あたりCML, CEL, MG-H1をそれぞれ2.6, 0.7, 3.8 mg含む)摂取後の血中遊離CML, CEL, MG-H1量を測定したところ,食後有意に増加したのはMG-H1であり,CMLおよびCELは食事前後で変化しなかった(18)18) Y. Nomi, H. Kudo, K. Miyamoto, T. Okura, K. Yamamoto, H. Shimohiro, S. Kitao, Y. Ito, S. Egawa, K. Kawahara et al.: Biochimie, 179, 69 (2020)..AGE構造に依存して異なる代謝挙動を示すことが示唆された.また,150人の血中AGEs量と遺伝子多型との相関について検討した結果,血中CML濃度がヒトのアルコール類代謝経路の律速酵素アルデヒドデヒドロゲナーゼ2(ALDH2)遺伝子多型と相関しており,ALDH2活性が高いと血中CML濃度が有意に低いことが明らかとなった(18)18) Y. Nomi, H. Kudo, K. Miyamoto, T. Okura, K. Yamamoto, H. Shimohiro, S. Kitao, Y. Ito, S. Egawa, K. Kawahara et al.: Biochimie, 179, 69 (2020)..ALDH2はアセトアルデヒドを無毒な酢酸に分解する酵素として知られているが,CMLの反応前駆体の消去にも関与する可能性がある.

おわりに

以上,筆者がこれまでに取り組んだメイラード反応に関する研究成果について紹介させていただいた.人類が火を取り扱うようになってから食物を加熱調理するようになり,食品の殺菌・保存性の向上,消化吸収性・嗜好性の向上など人類が生存・繁栄する上で多くのメリットがもたらされた.メイラード反応のない食生活はもはや考えられない.加熱調理におけるメイラード反応は複雑であり,AGEsに限らず未知の反応や化合物が依然存在している.メイラード反応を理解し,制御・利用するためには,より一層の反応生成物の同定と性状解析,反応機構や経路のより詳細な解明,より高感度で信頼性の高い反応産物や反応経過の検出法の開発,嗜好性や食品の品質,安全性や機能性に関する評価が求められる.食に対する高い関心に応えるためにも,分析化学以外のさまざまな研究技術を取り入れた分野融合的な研究を行い,食品の品質制御・向上に資する成果を創出するとともに生物学的研究の根拠となる有益な知見を提供していきたい.

Reference

1) 白河潤一,永井竜児:化学と生物,53, 299 (2015).

2) M. D. Linetsky, E. V. Shipova, R. D. Legrand & O. O. Argirov: Biochim. Biophys. Acta, Gen. Subj., 1724, 181 (2005).

3) H. Odani, T. Shinzato, Y. Matsumoto, J. Usami & K. Maeda: Biochem. Biophys. Res. Commun., 256, 89 (1999).

4) P. S. Samiec, C. Drews-Botsch, E. W. Flagg, J. C. Kurtz, P. Sternberg Jr., R. L. Reed & D. P. Jones: Free Radic. Biol. Med., 24, 699 (1998).

5) R. Krause, J. Kühn, I. Penndorf, K. Knoll & T. Henle: Amino Acids, 27, 9 (2004).

6) N. van Chuyen, T. Kurata & M. Fujimaki: Agric. Biol. Chem., 37, 1613 (1973).

7) Y. Nomi, H. Aizawa, T. Kurata, K. Shindo & C. V. Nguyen: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 2408 (2009).

8) M. Murata, H. Totsuka & H. Ono: Biosci. Biotechnol. Biochem., 71, 1717 (2007).

9) H. Totsuka, K. Tokuzen, H. Ono & M. Murata: Food Sci. Technol. Res., 15, 45 (2009).

10) J. Sakamoto, M. Takenaka, H. Ono & M. Murata: Biosci. Biotechnol. Biochem., 73, 2065 (2009).

11) Y. Nomi, J. Sakamoto, M. Takenaka, H. Ono & M. Murata: Biosci. Biotechnol. Biochem., 75, 221 (2011).

12) Y. Nomi, K. Yamazaki, Y. Mori, H. Matsumoto & S. Sato: Biosci. Biotechnol. Biochem., 85, 2042 (2021).

13) Y. Nomi, R. Masuzaki, N. Terasawa, M. Takenaka, H. Ono, Y. Otsuka & M. Murata: Food Funct., 4, 1067 (2013).

14) Y. Nomi & Y. Otsuka: Sci. Rep., 10, 1823 (2020).

15) H. Thi Viet Do, Y. Ide, A. N. Mugo & T. Yagi: Food Nutr. Res., 56, 5409 (2012).

16) Y. Nomi, H. Annaka, S. Sato, E. Ueta, T. Ohkura, K. Yamamoto, S. Homma, E. Suzuki & Y. Otsuka: J. Agric. Food Chem., 64, 8397 (2016).

17) T. Okura, E. Ueta, R. Nakamura, Y. Fujioka, K. Sumi, K. Matsumoto, K. Shoji, K. Matsuzawa, S. Izawa, Y. Nomi et al.: J. Diabetes Res., 2017, 5139750 (2017).

18) Y. Nomi, H. Kudo, K. Miyamoto, T. Okura, K. Yamamoto, H. Shimohiro, S. Kitao, Y. Ito, S. Egawa, K. Kawahara et al.: Biochimie, 179, 69 (2020).