Kagaku to Seibutsu 61(5): 237-245 (2023)
セミナー室
植物の鉄獲得戦略を支える分子メカニズム植物の低鉄環境に対する適応戦略の理解とその応用
Published: 2023-05-01
© 2023 Japan Society for Bioscience, Biotechnology, and Agrochemistry
© 2023 公益社団法人日本農芸化学会
鉄は全ての動植物とほぼ全ての微生物の必須元素である.生体内での鉄の機能は多岐にわたり,呼吸や光合成における電子伝達,酸化還元や生合成をはじめとする種々の酵素反応,そして動物における酸素運搬などを担う.土壌中には鉄は豊富に存在するが,ほとんどが難溶態の三価鉄となっており,積極的な獲得メカニズムを用いなければ吸収できない.また,植物が吸収した鉄はヒトや家畜の鉄供給源としても重要である.本稿では,植物における鉄吸収と体内輸送,それに関わる遺伝子群の鉄欠乏に応じた発現制御メカニズムについて概説し,これらの応用として鉄欠乏耐性植物とミネラル(鉄,亜鉛)富化作物の創製に関することも含めて2019年以降の知見を中心に紹介する.それ以前の知見の詳細については,2019年の「解説」記事(1)1) 小林高範:化学と生物,57, 728 (2019).および関連の英文総説を参照されたい(2, 3)2) T. Kobayashi, T. Nozoye & N. K. Nishizawa: Free Radic. Biol. Med., 133, 11 (2019).3) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019)..
鉄は地殻中に4番目に豊富に存在する元素であるが,好気的な環境下ではそのほとんどが酸化されて難溶態の三価鉄となっており,植物は容易には吸収できない.したがって,植物はこのような土壌中の「鉄」環境に適応するため,2つの異なる鉄獲得戦略を進化させてきた(4)4) V. Römheld & H. Marschner: Plant Physiol., 80, 175 (1986)..つまり,双子葉植物および非イネ科単子葉植物ではStrategy Iと呼ばれる「還元戦略」を,イネ科植物はStrategy IIと名付けられた「キレート戦略」を主に利用して鉄を獲得している(4)4) V. Römheld & H. Marschner: Plant Physiol., 80, 175 (1986)..
Strategy Iでは,植物はプロトンの放出により根圏を酸性化して鉄の溶解を促進するとともに,クマリン類やフラビン類などの小分子代謝物の分泌によって,難溶態三価鉄の可溶化や二価鉄の還元を行っている(5~7)5) S. Santi & W. Schmidt: New Phytol., 183, 1072 (2009).6) P. Fourcroy, N. Tissot, F. Gaymard, J. F. Briat & C. Dubos: Mol. Plant, 9, 485 (2016).7) K. Robe, G. Conejero, F. Gao, L. Lefebvre-Legendre, E. Sylvestre-Gonon, V. Rofidal, S. Hem, N. Rouhier, M. Barberon, A. Hecker et al.: New Phytol., 229, 2062 (2021)..そして,根の細胞膜で三価鉄をより可溶性の高い二価鉄に還元し,Zrt/Irt様タンパク質(ZIP)ファミリー高親和性鉄輸送体を介して根の表皮細胞内に吸収している.シロイヌナズナでは,プロトンの根圏への放出はH+-ATPase 2(AHA2)によって(5)5) S. Santi & W. Schmidt: New Phytol., 183, 1072 (2009).,鉄の還元と根への吸収はFRO2還元酵素とIRT1輸送体によってそれぞれ行われている(図1図1■植物の根における鉄吸収と体内輸送の概要模式図)(8, 9)8) N. J. Robinson, C. M. Procter, E. L. Connolly & M. L. Guerinot: Nature, 397, 694 (1999).9) D. Eide, M. Broderius, J. Fett & M. L. Guerinot: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 93, 5624 (1996)..根の細胞膜において,AHA2, FRO2およびIRT1は複合体を形成することで効率の良い鉄取り込みを達成していると考えられている(10)10) A. Martín-Barranco, J. Spielmann, G. Dubeaux, G. Vert & E. Zelazny: Plant Physiol., 184, 1236 (2020)..クマリン類の分泌は,PDR9/ABCG37輸送体によって制御されていることが明らかにされているが(6)6) P. Fourcroy, N. Tissot, F. Gaymard, J. F. Briat & C. Dubos: Mol. Plant, 9, 485 (2016).,フラビン類の分泌輸送体は未同定である.
一方,Strategy IIはイネ科植物が持つ非常にユニークな鉄獲得機構であり,日本人研究者による貢献が大きい(11, 12)11) S. Takagi: Soil Sci. Plant Nutr., 22, 423 (1976).12) T. Takemoto, K. Nomoto, S. Fushiya, R. Ouchi, G. Kusano, H. Hikino, S. Takagi, Y. Matsuura & M. Kakudo: Proc. Jpn. Acad., Ser. B, Phys. Biol. Sci., 54, 469 (1978)..イネ科植物は,根で合成したムギネ酸類(MAs)を分泌輸送体TOM1によって根圏へ排出し,難溶態三価鉄をキレート化して可溶化する(11, 13)11) S. Takagi: Soil Sci. Plant Nutr., 22, 423 (1976).13) T. Nozoye, S. Nagasaka, T. Kobayashi, M. Takahashi, Y. Sato, Y. Sato, N. Uozumi, H. Nakanishi & N. Nishizawa: J. Biol. Chem., 286, 5456 (2011)..これにより生じたFe(III)-MAs複合体は,YS1/YSL輸送体により複合体のまま吸収される(図1図1■植物の根における鉄吸収と体内輸送の概要模式図)(14)14) C. Curie, G. Cassin, D. Couch, F. Divol, K. Higuchi, M. Le Jean, J. Misson, A. Schikora, P. Czernic & S. Mari: Ann. Bot., 103, 1 (2009)..
興味深いことに,植物はStrategy IあるいはStrategy IIのどちらか一方の戦略のみを利用している訳ではなく,還元・キレート戦略の両方を用いる植物種も見つかりつつある.例えばイネは,土壌中に二価鉄が溶解している場合には,Strategy IIのみならずOsIRT1およびOsIRT2二価鉄輸送体を介した還元戦略によって吸収していることが明らかにされた(15)15) Y. Ishimaru, M. Suzuki, T. Tsukamoto, K. Suzuki, M. Nakazono, T. Kobayashi, Y. Wada, S. Watanabe, S. Matsuhashi, M. Takahashi et al.: Plant J., 45, 335 (2006)..またイネでは,MAs以外にもカフェ酸やプロトカテク酸が根圏へ分泌され,三価鉄の可溶化や二価鉄への還元に関与していることが示唆されている(16)16) K. Bashir, Y. Ishimaru, H. Shimo, Y. Kakei, T. Senoura, R. Takahashi, Y. Sato, Y. Sato, N. Uozumi, H. Nakanishi et al.: Soil Sci. Plant Nutr., 57, 803 (2011)..
植物体内における鉄輸送では,根の表皮細胞における鉄吸収に続いて,鉄は根の内部にある維管束組織の導管へと積み込まれ,各組織へ送られる.その際,原形質連絡を通過せず隣の細胞へ鉄が移動するためには,各細胞における鉄吸収のみならず,細胞の内側から外側への鉄放出が必要である.シロイヌナズナでは,動物における腸管から血液中への鉄放出を担うFerroportin(FPN)輸送体のホモログであるAtFPN1/IREG1二価金属排出輸送体が見つかっている(17, 18)17) A. Donovan, A. Brownlie, Y. Zhou, J. Shepard, S. J. Pratt, J. Moynihan, B. H. Paw, A. Drejer, B. Barut, A. Zapata et al.: Nature, 403, 776 (2000).18) J. Morrissey, I. R. Baxter, J. Lee, L. Li, B. Lahner, N. Grotz, J. Kaplan, D. E. Salt & M. L. Guerinot: Plant Cell, 21, 3326 (2009)..この排出輸送体は根の維管束周辺の細胞膜に局在しており,鉄を二価鉄の形態で排出すると考えられている(図1図1■植物の根における鉄吸収と体内輸送の概要模式図)(18)18) J. Morrissey, I. R. Baxter, J. Lee, L. Li, B. Lahner, N. Grotz, J. Kaplan, D. E. Salt & M. L. Guerinot: Plant Cell, 21, 3326 (2009)..
また,鉄の吸収と同様に,鉄の体内輸送にはキレート分子およびその輸送体が重要な役割を担っている.非イネ科植物では,導管における主なキレーターはクエン酸である.クエン酸は,根の維管束周辺で発現するクエン酸排出輸送体FRD3/FRDLによって導管へ分泌される(19, 20)19) T. P. Durrett, W. Gassmann & E. E. Rogers: Plant Physiol., 144, 197 (2007).20) K. Yokosho, N. Yamaji, D. Ueno, N. Mitani & J. F. Ma: Plant Physiol., 149, 297 (2009)..クエン酸は,導管液のpHに近い酸性pHで最適なキレート能力を持ち,三価鉄との錯体を形成して地上部への鉄輸送に必須な役割を果たしている(21)21) T. Yoneyama, S. Ishikawa & S. Fujimaki: Int. J. Mol. Sci., 16, 19111 (2015)..イネのFRD3ホモログも同定されているが,シロイヌナズナのFRD3欠損体のような著しい成長阻害は起こらない(20)20) K. Yokosho, N. Yamaji, D. Ueno, N. Mitani & J. F. Ma: Plant Physiol., 149, 297 (2009)..イネにおいては,Fe(III)-クエン酸とFe(III)-デオキシムギネ酸(DMA)が導管内の主要な輸送形態であると考えられている(図1図1■植物の根における鉄吸収と体内輸送の概要模式図)(22)22) T. Ariga, K. Hazama, S. Yanagisawa & T. Yoneyama: Soil Sci. Plant Nutr., 60, 460 (2014)..
篩管では,MAsの中間産物であるニコチアナミン(NA)が鉄の体内輸送に重要であると考えられている.NAはNA合成酵素(NAS)によってS-アデノシル-L-メチオニン(SAM)から合成され,MAsの生合成を行わない非イネ科植物を含めた全ての高等植物で合成される(23)23) M. J. Haydon & C. S. Cobbett: New Phytol., 174, 499 (2007)..シロイヌナズナには4つのNAS遺伝子が存在し,NAS四重変異体では鉄を適切に地上部器官に配分することができず不稔となる(24)24) M. Klatte, M. Schuler, M. Wirtz, C. Fink-Straube, R. Hell & P. Bauer: Plant Physiol., 150, 257 (2009)..また,Fe(III)-MAs吸収輸送体YS1/YSLは,Fe(III)-DMAおよびFe(II)-NAの篩管を介した輸送に関わっていることが示唆されているが,実際にどのような鉄の形態で運ばれているかはさらなる検証が必要である(14)14) C. Curie, G. Cassin, D. Couch, F. Divol, K. Higuchi, M. Le Jean, J. Misson, A. Schikora, P. Czernic & S. Mari: Ann. Bot., 103, 1 (2009)..
このような体内輸送を経て,鉄は各器官・組織へと運ばれる.イネを含む穀物では,穀粒において母体となる胞子体と配偶体の間にシンプラストを介したつながりはない(25)25) X. Wu, J. Liu, D. Li & C.-M. Liu: J. Integr. Plant Biol., 58, 772 (2016)..したがって,鉄は輸送体を介して輸送されるはずであるが,これらは現在のところ同定されていない.穀粒に積み下ろされた鉄は,胚乳よりアリューロン層に蓄積する傾向があり,鉄はフィチン酸と結びついていることが多い(26)26) J. T. Beasley, J. P. Bonneau, J. T. Sánchez-Palacios, L. T. Moreno-Moyano, D. L. Callahan, E. Tako, R. P. Glahn, E. Lombi & A. A. T. Johnson: Plant Biotechnol. J., 17, 1514 (2019)..イネの胚乳と胚の間における鉄の移動は,OsYSL9輸送体が制御しているようである(27)27) T. Senoura, E. Sakashita, T. Kobayashi, M. Takahashi, M. S. Aung, H. Masuda, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Plant Mol. Biol., 95, 375 (2017)..
鉄を過不足なく吸収して利用するために,それらに関わる遺伝子の発現は鉄栄養状態に応じて厳密に制御されている.前述したStrategy IおよびStrategy IIによる根での鉄吸収に関わる主要な酵素やトランスポーターの遺伝子は,鉄欠乏により転写レベルで強く発現が誘導される.また,鉄の体内輸送に関わる遺伝子のいくつかも鉄欠乏により発現が誘導される.これらの根における鉄欠乏応答性遺伝子発現は,転写因子による転写制御ネットワークと,それを調節するタンパク質レベルの制御で構成されている(図2図2■鉄欠乏誘導性遺伝子の制御ネットワークの概略図 A: シロイヌナズナ;B: イネ)(1~3, 28, 29)1) 小林高範:化学と生物,57, 728 (2019).2) T. Kobayashi, T. Nozoye & N. K. Nishizawa: Free Radic. Biol. Med., 133, 11 (2019).3) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019).28) T. Kobayashi, A. J. Nagano & N. K. Nishizawa: J. Exp. Bot., 72, 2196 (2021).29) T. Kobayashi, H. Shinkawa, A. J. Nagano & N. K. Nishizawa: Plant J., 110, 1731 (2022)..シロイヌナズナ(図2A図2■鉄欠乏誘導性遺伝子の制御ネットワークの概略図 A: シロイヌナズナ;B: イネ)とイネ(図2B図2■鉄欠乏誘導性遺伝子の制御ネットワークの概略図 A: シロイヌナズナ;B: イネ)において,主要な制御因子の多くはホモログの関係にあり,機能的にも類似していることが近年明らかになってきた.それらの主要な転写因子はbHLH型(サブグループIVb, IVc, Ib, IIIa)に属しており,主にヘテロダイマーを形成して転写を制御すると考えられている.
転写因子を楕円形で,それ以外の因子を角丸四角形で示す.シロイヌナズナとイネで共通の因子を色付きで示し,ホモログを同じ色で示す.bHLH型転写因子のサブグループを括弧内に示す.未確定の経路を点線で示す.黒線で転写制御,赤線でタンパク質相互作用による制御,青線でユビキチン化(Ub),リン酸化(Pi)等のタンパク質修飾による制御を示す.
シロイヌナズナの鉄欠乏の転写制御で主要な役割を果たすのが,(1)鉄欠乏で自身は誘導されない転写因子AtbHLH34/104/105(ILR3)/115(サブグループIVc)およびURI(AtbHLH121;サブグループIVb)による転写誘導と,(2)その下流で鉄欠乏により誘導される転写因子AtbHLH38/39/100/101(サブグループIb)とFIT(AtbHLH29;サブグループIIIa)とのヘテロダイマー形成による転写誘導の2つの階層制御である(3, 30~32)3) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019).30) S. A. Kim, I. S. LaCroix, S. A. Gerber & M. L. Guerinot: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 24933 (2019).31) F. Gao, K. Robe, M. Bettembourg, N. Navarro, V. Rofidal, V. Santoni, F. Gaymard, F. Vignols, H. Roschzttardtz, E. Izquierdo et al.: Plant Cell, 32, 508 (2020).32) B. Schwarz & P. Bauer: J. Exp. Bot., 71, 1694 (2020)..(1)の転写因子群のターゲットは,鉄の体内輸送に関わる遺伝子や(2)の転写因子遺伝子のほか,後述する制御因子であるPYE転写因子,BTS/BTSLユビキチンリガーゼ,IMA/FEPペプチドの遺伝子などが含まれる.一方,(2)のターゲット遺伝子は,Strategy Iによる鉄吸収に関わる遺伝子や,鉄キレーター合成酵素を誘導するMYB10/72転写因子などであり,FIT依存性遺伝子とも呼ばれる.なお,FITは植物で初めて同定された鉄欠乏応答の制御因子であるトマトのFERのオーソログである(3, 33)3) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019).33) H. Q. Ling, P. Bauer, Z. Bereczky, B. Keller & M. Ganal: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99, 13938 (2002)..
シロイヌナズナはサブグループIVb bHLH型転写因子を3種持ち,それぞれが異なる機能を持つ.PYE(AtbHLH47)は上記(1)の下流で鉄の体内輸送に関わる遺伝子を負に制御するほか,AtbHLH105と結合して鉄の貯蔵に関わる遺伝子を負に制御する(34, 35)34) T. A. Long, H. Tsukagoshi, W. Busch, B. Lahner, D. Salt & P. N. Benfey: Plant Cell, 22, 2219 (2010).35) N. Tissot, K. Robe, F. Gao, S. Grant-Grant, J. Boucherez, F. Bellegarde, A. Maghiaoui, R. Marcelin, E. Izquierdo, M. Benhamed et al.: New Phytol., 223, 1433 (2019)..一方,AtbHLH11はサブグループIVc bHLH転写因子と結合して後者の機能を抑制する(36)36) Y. Li, R. Lei, M. Pu, Y. Cai, C. Lu, Z. Li & G. Liang: Plant Physiol., 188, 1335 (2022)..AtbHLH11の発現は鉄欠乏により転写レベルで抑制されるほか(36, 37)36) Y. Li, R. Lei, M. Pu, Y. Cai, C. Lu, Z. Li & G. Liang: Plant Physiol., 188, 1335 (2022).37) N. Tanabe, M. Noshi, D. Mori, K. Nozawa, M. Tamoi & S. Shigeoka: J. Plant Res., 132, 93 (2019).,タンパク質の安定性も鉄欠乏で減少することから(36)36) Y. Li, R. Lei, M. Pu, Y. Cai, C. Lu, Z. Li & G. Liang: Plant Physiol., 188, 1335 (2022).,何らかの形で鉄欠乏シグナルを受容することが示唆される.URIはサブグループIVc bHLH転写因子と結合し,上記(1)の転写誘導を行う(30, 31)30) S. A. Kim, I. S. LaCroix, S. A. Gerber & M. L. Guerinot: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 24933 (2019).31) F. Gao, K. Robe, M. Bettembourg, N. Navarro, V. Rofidal, V. Santoni, F. Gaymard, F. Vignols, H. Roschzttardtz, E. Izquierdo et al.: Plant Cell, 32, 508 (2020)..また,URIは鉄欠乏依存的にリン酸化されること,鉄欠乏時に標的プロモーターへの結合度が上昇すること(30)30) S. A. Kim, I. S. LaCroix, S. A. Gerber & M. L. Guerinot: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 24933 (2019).,鉄欠乏によりタンパク質の組織局在が変化することが報告されており(31)31) F. Gao, K. Robe, M. Bettembourg, N. Navarro, V. Rofidal, V. Santoni, F. Gaymard, F. Vignols, H. Roschzttardtz, E. Izquierdo et al.: Plant Cell, 32, 508 (2020).,鉄欠乏シグナルを受容する分子であることが想定される.
これらの転写因子による鉄欠乏応答を制御する因子としてユビキチンリガーゼBTS/BTSLと鉄欠乏誘導性ペプチドIMA/FEPが近年着目されている.BTS/BTSLはイネのHRZ(後述)のホモログであり,鉄欠乏応答を抑制する(3)3) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019)..BTSは前述の転写因子のうちAtbHLH105, 115と相互作用し,ユビキチン化により26Sプロテアソーム系による分解に導くと考えられている(3, 38)3) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019).38) D. Selote, R. Samira, A. Matthiadis, J. W. Gillikin & T. A. Long: Plant Physiol., 167, 273 (2015)..一方,IMA/FEPはBTSと相互作用することによりこの作用を競合的に阻害し,AtbHLH105, 115を分解から保護する(39)39) Y. Li, C. K. Lu, C. Y. Li, R. H. Lei, M. N. Pu, J. H. Zhao, F. Peng, H. Q. Ping, D. Wang & G. Liang: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e2109063118 (2021)..また,BTSはURIの分解とIMA/FEPのユビキチン化への関与も示唆されているほか(30, 39)30) S. A. Kim, I. S. LaCroix, S. A. Gerber & M. L. Guerinot: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 24933 (2019).39) Y. Li, C. K. Lu, C. Y. Li, R. H. Lei, M. N. Pu, J. H. Zhao, F. Peng, H. Q. Ping, D. Wang & G. Liang: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 118, e2109063118 (2021).,BTSLはFITをユビキチン化して分解に導くことが示唆されている(40)40) J. Rodríguez-Celma, J. M. Connorton, I. Kruse, R. T. Green, M. Franceschetti, Y. T. Chen, Y. Cui, H. Q. Ling, K. C. Yeh & J. Balk: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 116, 17584 (2019)..
これらの制御の多くはイネでも保存されているが(図2B図2■鉄欠乏誘導性遺伝子の制御ネットワークの概略図 A: シロイヌナズナ;B: イネ),シロイヌナズナのURIに相当する機能をもつ転写因子はまだ同定されていない.また,イネのサブグループIb bHLH転写因子OsIRO2を過剰発現すると,シロイヌナズナのホモログの場合とは異なり,鉄の吸収と体内輸送に関わる遺伝子の発現が上昇することから(3)3) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019).,OsIRO2はホモダイマーとして機能できると考えられる.OsIRO2の制御下にあるStrategy II関連遺伝子は,鉄の吸収だけでなく体内輸送にも関与している(2, 3)2) T. Kobayashi, T. Nozoye & N. K. Nishizawa: Free Radic. Biol. Med., 133, 11 (2019).3) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019)..また,これらはサブグループIVb bHLH転写因子OsIRO3によって負に制御されており(3, 41)3) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019).41) F. Wang, R. N. Itai, T. Nozoye, T. Kobayashi, N. K. Nishizawa & H. Nakanishi: Soil Sci. Plant Nutr., 66, 579 (2020).,シロイヌナズナのホモログPYEとは標的遺伝子が異なる.
イネでのみ解析されている転写因子として,ABI3/VP1(B3)型転写因子IDEF1とNAC型転写因子IDEF2が挙げられる(3)3) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019)..これらは鉄欠乏誘導性シス配列に結合する因子として同定されたものであり,自身は鉄欠乏で発現誘導されない.IDEF1は鉄の吸収や体内輸送に関与する遺伝子および,鉄欠乏誘導性の制御因子遺伝子の多くを発現誘導する.IDEF2は鉄の体内輸送に関与するOsYSL2トランスポーター遺伝子などを発現誘導する.また,イネのアコニターゼOsACO1は,酵素としての機能に加えて,イネの鉄欠乏誘導性遺伝子の発現を一斉に促進する役割を持つことが近年発見された(42)42) T. Senoura, T. Kobayashi, G. An, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Plant Mol. Biol., 104, 629 (2020)..OsACO1はRNAのステム—ループ構造を持つ特定の配列と結合する(42)42) T. Senoura, T. Kobayashi, G. An, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Plant Mol. Biol., 104, 629 (2020)..哺乳動物では,アコニターゼIRP1/2が鉄関連遺伝子のmRNAに存在するステム—ループ構造と結合して転写後制御を行うことが知られている(43)43) C. P. Anderson, M. Shen, R. S. Eisenstein & E. A. Leibold: Biochim. Biophys. Acta, 1823, 1468 (2012)..植物のアコニターゼにはこのような機能はないとこれまで考えられてきたが,OsACO1がこれまで見逃されてきた鉄欠乏応答の転写後制御を担う可能性が考えられる.
イネのユビキチンリガーゼOsHRZ1/2が相互作用して分解に導く因子として,シロイヌナズナと共通するサブグループIVc bHLH転写因子OsbHLH058(PRI2)/059(PRI3)/060(PRI1)のほか,bZIP転写因子OsbZIP83,グルタレドキシンOsGRX6/9が同定されている(1~3, 29)1) 小林高範:化学と生物,57, 728 (2019).2) T. Kobayashi, T. Nozoye & N. K. Nishizawa: Free Radic. Biol. Med., 133, 11 (2019).3) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019).29) T. Kobayashi, H. Shinkawa, A. J. Nagano & N. K. Nishizawa: Plant J., 110, 1731 (2022)..OsbZIP83はOsYSL2などを発現誘導して鉄の体内輸送を促進する.一方,OsGRX6/9は鉄の利用性に関与することが示唆されている.また,OsGRX6はOsbZIP83と結合する(29)29) T. Kobayashi, H. Shinkawa, A. J. Nagano & N. K. Nishizawa: Plant J., 110, 1731 (2022)..さらに,OsHRZ2の他のユビキチン化・分解標的タンパク質として,リン酸欠乏応答を正に制御するMYB-CC型転写因子PHR2(44)44) M. Guo, W. Ruan, Y. Zhang, Y. Zhang, X. Wang, Z. Guo, L. Wang, T. Zhou, J. Paz-Ares & K. Yi: Mol. Plant, 15, 138 (2022).と,コメの形態を制御するGタンパク質γサブユニットGS3が報告されている(45)45) W. Yang, K. Wu, B. Wang, H. Liu, S. Guo, X. Guo, W. Luo, S. Sun, Y. Ouyang, X. Fu et al.: Mol. Plant, 14, 1699 (2021)..HRZはこのような多様な生理機能を制御していると推定される.
イネの鉄欠乏誘導性ペプチドOsIMA1/2は,シロイヌナズナの場合と同様にHRZがサブグループIVc bHLHを分解する経路を阻害することで鉄欠乏応答を促進すると考えられているが(46)46) F. Peng, C. Li, C. Lu, Y. Li, P. Xu & G. Liang: J. Exp. Bot., 73, 6463 (2022).,OsIMA1/2の過剰発現イネではOsYSL2の発現が上昇しないのに対し(28)28) T. Kobayashi, A. J. Nagano & N. K. Nishizawa: J. Exp. Bot., 72, 2196 (2021).,OsHRZ1/2のノックダウンイネではOsYSL2を含む鉄欠乏誘導性遺伝子の発現が一斉に上昇することから(47)47) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).,OsHRZ1/2の経路はOsIMA1/2依存性の経路と非依存性の経路に分かれると推定され,OsbZIP83が後者を担っていると考えられる(28, 29)28) T. Kobayashi, A. J. Nagano & N. K. Nishizawa: J. Exp. Bot., 72, 2196 (2021).29) T. Kobayashi, H. Shinkawa, A. J. Nagano & N. K. Nishizawa: Plant J., 110, 1731 (2022)..
これらの鉄欠乏応答の上流には,鉄欠乏シグナルとそれを感知するセンサー分子が存在すると考えられる.植物細胞内鉄センサー分子の第一候補として,前述のイネのHRZとシロイヌナズナのBTS/BTSL(以後,HRZ/BTSと総称する)が挙げられる.HRZ/BTSは鉄および亜鉛と結合する5種類のドメインを持つ(47)47) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013)..これらのドメインが,細胞内の遊離の鉄と亜鉛の存在量とバランスに応じて鉄または亜鉛と結合することでHRZ/BTSが鉄栄養状態を感知し,自身の機能を変化させることで下流因子へシグナルを伝達している可能性が考えられる.HRZ/BTSノックダウン植物における下流遺伝子の発現変化は鉄欠乏条件よりも鉄十分条件,鉄過剰条件でより顕著になる(47, 48)47) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).48) M. S. Aung, T. Kobayashi, H. Masuda & N. K. Nishizawa: Physiol. Plant., 163, 282 (2018)..一方,コムギ胚芽のタンパク質合成系において,鉄欠乏によりBTSタンパク質が安定化すること,イネの根においてOsHRZ2タンパク質の安定性が鉄欠乏で上昇することが示唆されている(38, 44)38) D. Selote, R. Samira, A. Matthiadis, J. W. Gillikin & T. A. Long: Plant Physiol., 167, 273 (2015).44) M. Guo, W. Ruan, Y. Zhang, Y. Zhang, X. Wang, Z. Guo, L. Wang, T. Zhou, J. Paz-Ares & K. Yi: Mol. Plant, 15, 138 (2022)..また,OsHRZ1/2の標的であるOsbZIP83の分解は鉄欠乏条件で促進されることが示唆されている(29)29) T. Kobayashi, H. Shinkawa, A. J. Nagano & N. K. Nishizawa: Plant J., 110, 1731 (2022)..これらのHRZ/BTSの機能や性質と,金属結合状態との関連性を明らかにすることが今後の課題である.
第二の鉄センサー候補として,IMA/FEPが挙げられる.IMA/FEPの機能に重要なC末端側の保存領域はアスパラギン酸に富み,鉄やマンガン等の金属と結合すること,それにより不安定化することが示唆されている(49)49) L. Grillet, P. Lan, W. Li, G. Mokkapati & W. Schmidt: Nat. Plants, 4, 953 (2018)..ただし,IMA/FEPは転写レベルで顕著な鉄欠乏誘導性を示すので,鉄感知の初発過程を担うとは考えにくい.また,IMA/FEPは次項に記すように,器官間シグナリングを担う物質の候補としても注目されている.
これら以外に,イネでは鉄欠乏応答を促進する転写因子IDEF1と,アコニターゼOsACO1も鉄センサー分子の候補と考えられる.IDEF1は二価鉄および他の二価金属と可逆的に結合することで,鉄欠乏の進行度合いを感知する可能性が提唱されている(1, 3)1) 小林高範:化学と生物,57, 728 (2019).3) T. Kobayashi: Plant Cell Physiol., 60, 1440 (2019)..一方,OsACO1は他のアコニターゼと同様,鉄硫黄クラスターと結合する(42)42) T. Senoura, T. Kobayashi, G. An, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Plant Mol. Biol., 104, 629 (2020)..動物のアコニターゼ(IRP1)は鉄硫黄クラスターとの結合により鉄充足を感知するセンサー分子として機能している(43)43) C. P. Anderson, M. Shen, R. S. Eisenstein & E. A. Leibold: Biochim. Biophys. Acta, 1823, 1468 (2012)..今後の課題として,IDEF1やACO1が鉄関連物質との結合で機能を変化させることを明らかにすることに加えて,それらによる制御が他の植物で保存されているかを調査することが望まれる.
これまで述べてきた均一な鉄欠乏環境における植物の応答に加えて,土壌中の不均一な鉄環境に対する植物の器官間シグナルを介した鉄吸収制御の存在が知られている.植物は一部の根で鉄欠乏を感知すると,周りに十分な鉄が存在する根で積極的に吸収量を増加させ,個体全体における鉄ホメオスタシスを維持している(50, 51)50) G. A. Vert, J. F. Briat & C. Curie: Plant Physiol., 132, 796 (2003).51) V. Shanmugam, Y. W. Wang, M. Tsednee, K. Karunakaran & K. C. Yeh: Plant J., 84, 464 (2015)..シロイヌナズナを用いた解析から,この器官間コミュニケーションによる鉄吸収促進機構においては,還元戦略を担うIRT1やFRO2のみならず,鉄吸収促進に寄与するクマリンの生合成酵素群S8HおよびCYP82C4の遺伝子発現も正に制御されることが明らかになった(52)52) R. Tabata, T. Kamiya, S. Imoto, H. Tamura, K. Ikuta, M. Tabata, T. Hirayama, H. Tsukagoshi, K. Tanoi, T. Suzuki et al.: Plant Cell Physiol., 63, 842 (2022)..現在,根と葉をつなぐ器官間コミュニケーションを制御する因子として,上述の鉄欠乏誘導性ペプチドIMA/FEPが有力な分子と考えられている.IMA/FEPは,植物が根において鉄欠乏を感知すると,葉においてその発現が強く誘導される(49, 52)49) L. Grillet, P. Lan, W. Li, G. Mokkapati & W. Schmidt: Nat. Plants, 4, 953 (2018).52) R. Tabata, T. Kamiya, S. Imoto, H. Tamura, K. Ikuta, M. Tabata, T. Hirayama, H. Tsukagoshi, K. Tanoi, T. Suzuki et al.: Plant Cell Physiol., 63, 842 (2022)..また接木実験より,葉でIMA/FEPの発現が正常に誘導された際には,根におけるIRT1やS8Hなどの遺伝子発現量や三価鉄還元酵素活性が回復することが示された(49, 52)49) L. Grillet, P. Lan, W. Li, G. Mokkapati & W. Schmidt: Nat. Plants, 4, 953 (2018).52) R. Tabata, T. Kamiya, S. Imoto, H. Tamura, K. Ikuta, M. Tabata, T. Hirayama, H. Tsukagoshi, K. Tanoi, T. Suzuki et al.: Plant Cell Physiol., 63, 842 (2022)..したがって,IMA/FEPは葉から根へ移動して鉄吸収を促進する器官間シグナルとしての役割を担っているのではないかと考えられている(図3図3■器官間コミュニケーションを介した鉄吸収制御のモデル図)(49, 52)49) L. Grillet, P. Lan, W. Li, G. Mokkapati & W. Schmidt: Nat. Plants, 4, 953 (2018).52) R. Tabata, T. Kamiya, S. Imoto, H. Tamura, K. Ikuta, M. Tabata, T. Hirayama, H. Tsukagoshi, K. Tanoi, T. Suzuki et al.: Plant Cell Physiol., 63, 842 (2022)..しかしながら,IMA/FEPの移動性は証明されていない.また,葉の鉄栄養状態に応じて根の鉄吸収を調節する,つまり葉から根へ方向性を示す器官間シグナル伝達制御の存在も知られている(53, 54)53) D. G. Mendoza-Cózatl, Q. Xie, G. Z. Akmakjian, T. O. Jobe, A. Patel, M. G. Stacey, L. Song, D. W. Demoin, S. S. Jurisson, G. Stacey et al.: Mol. Plant, 7, 1455 (2014).54) Z. Zhai, S. R. Gayomba, H. Jung, N. K. Vimalakumari, M. Piñeros, E. Craft, M. E. Rutzke, J. Danku, B. Lahner, T. Punshon et al.: Plant Cell, 26, 2249 (2014)..近年,IMA/FEPを介した制御機構との関わりが明らかにされつつあり(55)55) M. J. García, M. Angulo, F. J. Romera, C. Lucena & R. Pérez-Vicente: Front. Plant Sci., 13, 971773 (2022).,これらの2つの器官間コミュニケーションの関係性について今後さらなる検証が必要である.
世界の土壌の3割を占める石灰質土壌はアルカリ性であり,鉄の溶解度がきわめて低いために植物は十分な鉄を吸収できない.植物の鉄欠乏は,クロロフィルの合成不全による新葉の黄白化(クロロシス)として現れ,生育不全を引き起こす.また,穀物は鉄の濃度が低く,世界で20億人以上が鉄欠乏性貧血症であると推定されている(56)56) World Health Organization (WHO): “World Health Report Reducing Risks, Promoting Healthy Life Geneva”, 2002..これらの問題に対処するための遺伝子工学的なアプローチとして,前項までで紹介した鉄の吸収や体内輸送,その制御に関わる遺伝子を導入または抑制することにより植物の鉄欠乏耐性や鉄の蓄積を向上させる研究が盛んに行われてきた.特に主要穀物であるイネは鉄欠乏に弱く,コメ(とりわけ白米)の鉄濃度がきわめて低いため,鉄欠乏耐性と鉄の蓄積を付与するターゲットとして重要である.
イネに鉄欠乏耐性を付与する方法は,2019年の「解説」記事に記したように(1)1) 小林高範:化学と生物,57, 728 (2019).,鉄キレート能力の強化,人工の三価鉄還元酵素遺伝子Refre1/372の導入,正の制御因子遺伝子の発現強化または負の制御因子遺伝子の発現抑制に大別できる.これらの同時導入により,さらなる耐性や,種々の環境における安定的な耐性が付与できる.2019年以降の報告例では,OsIMA1/2,OsbZIP83, OsGRX9の過剰発現によっても鉄欠乏耐性が向上するが,それらの過剰発現イネは初期生育が遅延する(28, 29)28) T. Kobayashi, A. J. Nagano & N. K. Nishizawa: J. Exp. Bot., 72, 2196 (2021).29) T. Kobayashi, H. Shinkawa, A. J. Nagano & N. K. Nishizawa: Plant J., 110, 1731 (2022)..
一方,イネ種子に鉄を蓄積する方法としては,鉄貯蔵タンパク質遺伝子の種子での発現,ムギネ酸合成能の付与,NA合成能の強化およびFe(II)-NAトランスポーター遺伝子の種子での発現,液胞への鉄輸送の抑制,正の制御因子遺伝子の強発現または負の制御因子遺伝子の発現抑制が挙げられる(1)1) 小林高範:化学と生物,57, 728 (2019)..これらの組み合わせで,鉄濃度をさらに上昇させることが可能である.また,これらの手法の多くは,種子の亜鉛濃度も増加させる.2019年以降の報告例では,OsIMA1/2の過剰発現イネでは種子中の鉄・亜鉛濃度が上昇する(28)28) T. Kobayashi, A. J. Nagano & N. K. Nishizawa: J. Exp. Bot., 72, 2196 (2021)..また,ZmYS1およびTOM1トランスポーターを,それぞれOsHMA2およびOsFRDL1プロモーターにより組織特異的に発現させることで白米中の鉄濃度が増加し,従来法の鉄貯蔵タンパク質遺伝子やNASの導入との組み合わせによる効果も検討されている(57)57) Y. Kawakami, W. Gruissem & N. K. Bhullar: J. Exp. Bot., 73, 5440 (2022)..
これらの手法のいくつかは,鉄欠乏耐性と鉄蓄積を同時に向上させるが,ほとんどの場合は鉄欠乏耐性または鉄蓄積のどちらかのみを目指した研究が行われており,これら二つの形質は別々に調査されてきた.しかしながら,農業現場での適用を考えると,アルカリ性土壌で栽培した穀物でも鉄濃度が高いことが望ましく,また中性から弱酸性土壌においても水環境などにより鉄欠乏が生じる場合があり,鉄富化植物の栽培において鉄欠乏耐性を同時に付与しておくことは生産の頑健性につながる.筆者らは,OsHRZ1/2の発現を低下させた「HRZノックダウンイネ」が鉄欠乏耐性を示すとともに,玄米と白米に通常イネの約3倍の鉄と約1.5倍の亜鉛を蓄積することに注目し(47)47) T. Kobayashi, S. Nagasaka, T. Senoura, R. N. Itai, H. Nakanishi & N. K. Nishizawa: Nat. Commun., 4, 2792 (2013).,これらの形質をさらに強化させることを目指した.そこで,HRZノックダウンのためのRNA干渉カセットと,三価鉄還元酵素遺伝子Refre1/372の発現カセットを同時にイネに導入することにより,イネがもともと持つ鉄吸収能力の強化と,外来の三価鉄還元能を組み合わせた.このイネはRefre1/372単独導入イネやHRZノックダウンイネよりも優れた鉄欠乏耐性と,HRZノックダウンイネ並の鉄・亜鉛蓄積を示した(58)58) T. Kobayashi, K. Maeda, Y. Suzuki & N. K. Nishizawa: Rice (N. Y.), 15, 54 (2022)..HRZ遺伝子の抑制は従来育種やゲノム編集によっても可能と考えられ,HRZは育種のターゲットとして非常に有望と期待される.
これまでに記したように,植物の鉄欠乏応答に関する遺伝子の解析は,主にシロイヌナズナとイネで行われてきた.今後はこれらの研究を推進するとともに,他の植物種における機能を明らかにして,有用植物の創成につなげていくことが重要と考えられる.さらに,ゲノム編集やゲノム育種,次世代シークエンシングやビッグデータ解析等の新しい技術と,既存の知見との融合により育種の効率化,高速化が期待される.また,肥料による鉄の補給は,不溶化やキレーターの残存,コスト面などで適用が限られていたが,近年開発されたDMAのアナログPDMAは安価に合成でき,適度な安定性を持ち,イネ科植物のみならず非イネ科植物にも顕著な鉄欠乏回復効果を示すことから,次世代型の鉄肥料として注目されている(59, 60)59) M. Suzuki, A. Urabe, S. Sasaki, R. Tsugawa, S. Nishio, H. Mukaiyama, Y. Murata, H. Masuda, M. S. Aung, A. Mera et al.: Nat. Commun., 12, 1558 (2021).60) D. Ueno, Y. Ito, M. Ohnishi, C. Miyake, T. Sohtome & M. Suzuki: Plant Soil, 469, 123 (2021)..このように,分子メカニズムに関する基礎的知見は,さまざまな面で応用につながる可能性を持っており,さらなる知見の積み重ねが重要である.
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